オルトロス星域会戦ー6
「バラクラヴァ級でも、敵機の完全阻止は出来ないか」
デイル・ガートン『共和国』第2艦隊群司令官は、防空戦闘の結果を見て舌打ちしていた。
第2艦隊群の派遣が決まってから急遽編入された2隻の新型巡洋艦は期待以上の働きを見せているが、所詮2隻で出来ることなどたかが知れている。彼が乗る旗艦アポロンは再び航空攻撃を食らうことになりそうだった。
バラクラヴァ級はもともと船団護衛艦として設計が進められていた艦である。設計初期の仮想敵は海賊船や仮装巡洋艦であり、防空艦としての使用はあまり考えられていなかった。
武装として大量の両用砲が選択されたのも、低防御の敵艦に対しては高威力の砲少数より低威力の砲多数が効果的と判断されたからに過ぎない。
だが『共和国』-『自由国』戦争において航空部隊が予想以上の戦果を挙げたこと、同時に自らも敵航空機によってかなりの被害を受けたことが、バラクラヴァ級の運命を変えた。
他国がASM-15に匹敵する威力のミサイルを航空機に搭載して襲ってくれば、戦艦や空母といった大型艦でも危ない。艦隊を守るための防空艦を建造するべきだという意見が、『共和国』宇宙軍の艦政本部から上がり始めた。
そこで白羽の矢が立ったのが当時建造が決定されたばかりだったバラクラヴァ級だった。同級は船体規模の割に多数の両用砲を装備し、艦隊に追随するための必要最低限の機動性、そして何より大量建造に適した構造を持っていた。
これに新型レーダーと照準装置を搭載すれば、そのまま防空巡洋艦として使用できる。艦政本部はそう考えた。
それに伴ってバラクラヴァ級の建造計画は拡大され、加えて改設計も行われた。船団護衛部隊だけでなく決戦部隊にも編入されることになれば、当然建造数を増やす必要があった。
また新型防空システムが予想以上に場所を取った上に、砲の旋回速度を改善するために砲塔用モーターと発電機も大型化されたので、船体の延長が必要になったりもした。
かくしてバラクラヴァ級の1番艦バラクラヴァと2番艦セヴァストポリは予定よりやや遅い時期、惑星ファブニルで『ネックレスの夜』事件が起きた頃に竣工した。
そのためファブニル星域会戦には参加できなかったが、今回の『連合』リントヴルム政府軍支援作戦には訓練を切り上げて参戦する運びとなった。『共和国』の既存の対空砲システムがファブニル星域会戦の後半で醜態を晒したため、新型防空艦の実戦投入が急がれた面もある。
そのバラクラヴァ級2隻は訓練不足を考えれば非常に健闘していた。まだ戦艦にも搭載されていない新型対空レーダーと照準装置、旋回速度が向上した多数の両用砲はほぼ期待通りの威力を発揮しており、接近してくるスピアフィッシュの大群に大打撃を与えている。
全長440mとこの時代の巡洋艦にしては小柄な艦ながら、対空戦闘力は通常の巡洋艦1個戦隊を上回る。設計を担当した技師はそう豪語したが、それがただの景気づけではなかったことを、バラクラヴァ艦長のデジレ・ヴィヨット大佐は確信した。
バラクラヴァに搭載された44門の両用砲はほとんど機銃並みの速度で旋回しながら、割り当てられた宙域にいる敵機を連射している。流石に一撃で敵機を落とすほどの射撃精度はないが、敵機の予想進路全てに多数の砲火が集中されれば、かなりの確率でそのうちの一発が命中する。
「また1機撃墜、これで7機目です」
副官が次々に上がってくる報告を見ながら嬉しそうに言った。バラクラヴァとセヴァストポリを合わせれば、撃墜した敵機の数はこれで12機。既存の巡洋艦では到底不可能な大戦果だ。
「アポロン、3発被弾。レーダーが使用不能になった模様です」
「…分かった。本艦から射撃データを送る」
だが続いて飛び込んできた悲報に、ヴィヨットは拙速に戦果を喜んだことを後悔した。防空艦の使命は敵機を撃墜することではなく、味方主力艦を守ることだ。いくら戦果を挙げようとも、その主力艦が被害を受けたのでは防空艦の本分は果たせなかったと判断される。
ましてや今バラクラヴァとセヴァストポリが守っている艦はアポロン、第2艦隊群の旗艦だ。その艦を守れなければ、防空艦の価値はない。
「戦闘機部隊より入電、敵機40機以上、本艦とセヴァストポリに向かっています!」
「…!」
ヴィヨットは呻いた。バラクラヴァ級の対空火力を見た敵戦闘機部隊の指揮官は、攻撃目標を変更した。真の目標である戦艦ではなく、邪魔な防空巡洋艦を最初に片づけることにしたのだ。
バラクラヴァ、セヴァストポリの両用砲、機銃は敵機の大群に向かって光の雨を浴びせ続ける。対して敵戦闘機も2隻に向かって機銃を発砲し、双方が放つ光の線が交差する。その絶え間ない光はどこか両者が、互いを引き寄せようとしているかのようにも見えた。
その光の雨の中で、また一つの巨大な閃光が走る。被弾したスピアフィッシュのエンジンが爆発したのだ。その真っ白い爆炎は、一瞬だけ周囲を塗りつぶすがすぐに消滅し、モニターにはまた、光の雨の応酬が映し出される。
その光景はどこか不条理なまでに美しく、永遠に続くのではないかと思わせるような非現実性を秘めていた。
宇宙戦闘機の編隊は、遠い軍艦からでは青白い蛍火の群れにしか見えない。その蛍火が光の雨の中を飛び、時折膨張して白い火球に変わる。巡洋艦の乗組員たちは、恐怖と興奮に駆られ、目の前の戦闘に熱狂しながらも、どこか自らが巻き込まれた光景に魅せられていた。
彼らに嘲笑と叱責のいずれかを浴びせようとするかのように、青白い蛍の群れはさらに小さな白い光を吐き出した。白い光はそのまま、2隻のバラクラヴァ級に迫ってくる。彼らに攻撃をかけた40機余りのスピアフィッシュは、10機を撃墜されながらも残りは対艦ミサイルの発射に成功したのだ。
「目標を敵ミサイルに変更、レーダー妨害、回避運動開始!」
ヴィヨット大佐はすぐさま対処指示を出した。僚艦のセヴァストポリも同じ行動を取る。既にミサイルを発射した敵機を攻撃しても無意味であり、今は艦自体を生き延びさせる必要があった。
先ほどよりかなり小さな火球が虚空に出現する。2隻に向かって飛翔する『連合』のホーネット対艦ミサイルが、対空砲火によって破壊されたのだ。
火球が出現した後、レーダー画面に僅かなノイズが入るが、すぐに復旧する。バラクラヴァ級の防空システムは敵の電波妨害や戦場での電波異常に対してかなりの抗湛性を持つし、もともとホーネットは『共和国』軍のASM-15と比較して搭載反応炉の出力が小さく、破壊されたときに出る電磁波も少ない。
砲員たちは画面に表示された異常に顔をしかめたが、次の瞬間にはそれが復旧したことに気付いた。2隻は動じることなく、射撃を続行する。
対空砲による抵抗が行われる一方で、他の手段も試みられている。バラクラヴァ級の外見上の特徴となっている巨大な送受信アンテナから、ホーネット対艦ミサイルの誘導装置に合わせた波長の電波が不規則に発射され、照準を狂わせる。艦自体も進路を急激に変更し、ミサイルのセンサーの範囲外に出ようとする。
これらの努力は報われたとも、そうでなかったとも言えた。まず多くのミサイルが対空砲火で破壊されるか、電波妨害と回避運動によって何もない空間をすり抜けていった。結果として、何もしないよりはずっと小さな被害で済んだことは事実だ。
一方でその「ずっと小さな被害」の内容はあまりに重篤なものだった。2隻は自らに向けて発射された60発の対艦ミサイルの9割近くを無力化したが、残りの1割強、7発は直撃コースを描いていたのだ。
「ミサイル接近中、回避不能!」
(これが、防空艦の限界か)
見張り員の絶叫が響くバラクラヴァの艦上で、ヴィヨット艦長は内心そう思った。防空艦とは所詮、味方が制空権確保に失敗した時に投入される受動的な兵器だ。そんな艦が活躍する時点で、戦闘には半ば負けていると考えてよい。
そしてまた、防空艦とはその名の通り、致命的なまでに防御的な兵器だ。戦闘機は自らの火器の射程外にいる敵機を追撃して仕留めることが出来るが、防空艦にはそんな真似は出来ない。機動性が違いすぎるため、基本的に相手が自分の火器の射程内に入ってくれることを期待するしかない存在だ。
敵機はそうしたければ、防空艦を苦も無く迂回できる。さらに悪いことに、相手が交戦を決定した時は、こちらが対応しきれないほどの圧倒的戦力を集中して戦闘を開始することが可能だ。この戦いがまさにそうであったように。
黙考するヴィヨットは、伝わってきた凄まじい衝撃でよろめいた。衝撃は一度だけではない。これまで人類が経験してきた最大の地震にも匹敵する振動と大音響は、4回続けて繰り返された。
心なしか、着弾の衝撃は一発ごとに大きくなっていくようにも感じた。最初のミサイルによる衝撃が収まりきらないところに次が着弾するため、艦への打撃が重なり合っているのかもしれない。
4発目が着弾したとき、乗員たちはこのまま艦が打撃によって分解するのではないかという恐怖を感じた。将兵の中でこれが初の実戦となる者たちは、とても人間のそれとは思えないほどの金切り声を上げたり、あるいは声すら出せずにうずくまっている。
中には悲鳴を上げながら戦闘指揮所のデスクの下に潜り込んだ者や、階段に向かって駆け下りようとしてそのまま動けなくなった者もいた。
まだ冷静さを保っていた者たちは、彼らが地震やハリケーンが頻発する惑星の出身者であることに気付いた。おそらく無意識のうちに、自分の出身惑星の災害への対処を実践したのだろう。重力さえ人工的に作られている環境にいながら、人はなかなか習慣というものを捨てきれないらしい。
ヴィヨット達は少々あきれながらも、彼らを責める気にはなれなかった。対処法それ自体は滑稽の極みだが、自らがいかなる災害をも上回る危機にあるという認識については完全に正しい。
『連合』のホーネット対艦ミサイルには『共和国』のASM-15のような、どんな堅艦の装甲板をも貫通して致命傷を負わせるような威力はないが、軍艦を撃沈できる兵器であるのは確かだ。
しかもバラクラヴァ級は安価に量産できることを重視した設計のため、普通の巡洋艦より防御力が弱い。4発もミサイルを食らえば、当たり所によっては簡単に沈没してしまう。
「無事…か」
ヴィヨットはそう言いながら目を開き、初めて自分が無意識に目を閉じていたことに気付いた。そしてそんな感慨を抱けるということは、どうやら艦は沈没を免れたらしい。とは言っても、あの衝撃を考えれば甚大な被害を受けたことは確実であり、手放しで喜ぶ気にもなれないが。
「機関科より艦長。機関温度制御室損傷。現在、全反応炉を停止して復旧中です。予備発電機を稼働させたので通信機は使用できますが、砲の使用は不可能です」
「索敵科より艦長。レーダー使用不能。光学索敵器は3番、6番、10番のみ使用可能」
「応急科より艦長。10個のブロックが全壊し、他に4個が完全に電路を切断されました。死者数は80名前後と推定されます」
艦内の各所から被害報告が伝わる。しかしそれはまだ序の口だったことを、次の報告を聞いたヴィヨットは悟った。
「セヴァストポリ、轟沈しました!」
「事実なのか!?」
「頼むから誤認であってくれ」、ヴィヨットはそう願わずにはいられなかった。正式に戦隊を組んでいたわけではないが、セヴァストポリはバラクラヴァの姉妹艦であり、両艦の乗員は戦友のようなものだ。 その艦が沈没したとは信じたくなかった。現在は通信が混乱し、正確な情報を集めにくくなっている。そのせいで何かとんでもない誤情報が入ったのだと願いたかったが。
「事実です。セヴァストポリがいた位置から大規模な爆発光を観測しました」
「…分かった」
ヴィヨットは短く返答した。セヴァストポリへの直撃コースを描いていたミサイルの数は3発、バラクラヴァより1発少ないが、艦が沈没するかどうかの明暗は、命中弾の数のみで決まるものではない。
セヴァストポリはバラクラヴァより運が悪い場所にミサイルを受けたのかもしれないし、あるいは訓練期間が短かったせいで応急科が適切な対応を取れなかったのかもしれない。いずれにせよ、バラクラヴァの姉妹艦はその乗員753名と共に完全に消滅したのだ。
ヴィヨットは大きく息を吐いた。2隻のバラクラヴァ級の初陣は散々な結果に終わった。1隻は沈没し、もう1隻も完全に戦闘不能だ。そしてモニターには今、もっと悪いことが起きようとしていることを示す情報が表示されていた。
「バラクラヴァ戦闘不能。セヴァストポリ轟沈。敵機多数、本艦に突入してきます」
第2艦隊群旗艦アポロンの戦闘指揮所では、先ほど両艦で起きたのと同じ混乱が再現されようとしていた。2隻の防空巡洋艦は期待通りの活躍は見せたものの、それが敵機の集中攻撃を誘った。現在、両艦とも戦闘できる状態ではない。
「本艦を援護できる艦や戦闘機隊はいないのか?」
参謀長のオットー・ティメルマン中将が絶叫する。だがもちろん、そんなものがいるはずもなかった。2隻のバラクラヴァ級以外に、周囲にまともな対空火力を持つ艦はいなかった。
戦闘機隊については、ほとんどが撃墜されるか燃料切れで退避し、戦いを続けている部隊はほとんどない。現在の『共和国』で最大最強の部隊である第2艦隊群の旗艦は、単独で敵機の猛威に晒されていた。
クロノス級戦艦は『共和国』の艦船の中で最も防御力が高いが、既に14発のミサイルを食らった状態では、耐久性にも限界がある。
対空砲の半数以上は破壊され、射撃用レーダーも使用不能、残った砲は砲塔に装備された小型照準器を頼りに発砲している状態だ。現在接近中の敵機の攻撃を防ぐことなど、出来るはずもなかった。
生き残っている光学装置からは、その新たな敵機の姿がモニターに転送されてくる。機数は十数機と少ないが、ほとんど無抵抗の艦を攻撃するには十分すぎるほどだ。
「敵機ミサイル発射しました。着弾まであと25秒!」
その報告でガートンは、旗艦アポロンと司令部の命運が尽きたことをはっきりと悟った。今のアポロンにはミサイルを回避する手段はない。対空砲火やジャミングはおろか、回避運動すら不可能だ。敵が放ったミサイルはほぼ全てが命中することになるだろう。
「総員、衝撃に備えよ!」
艦長がほとんど意味のない指示を義務的に発する中、最初の衝撃が来た。艦全体に鈍い破壊音と甲高い金属音が入り混じったような不快な大音響が響き、戦闘指揮所の電子機器にノイズが走る。それが収まらないうちに次の衝撃が続けざまに艦と乗員を打ちのめす。
そして破局は唐突に訪れた。何発目の被弾かはもはや誰にも分からなかったが、1発のミサイルがその前の度重なる被弾で装甲板に形成された裂け目の付近に命中し、弾体の一部が溶解しながらも反応炉の壁に突き刺さったのだ。
「だ、第3はんの…」
機関長は瞬時に事態を把握したが、報告を最後まで終えることはできなかった。人間の発声器官が許す限りの速度で話し終える前に、彼の意識は肉体とともに蒸発している。
そして一瞬後には、機関科員全員を消滅させた光と熱は戦闘指揮所にも流れ込む。ガートン大将を初めとする司令部要員もまた、目の前が急に白く染まったことを認識する間もなく蒸発した。
その光景を観察できる者がいれば、赤みを帯びた白い何かが反応炉の丸みを帯びた金属壁に飛び込み、続いてそこから青白い光が膨張するのが見えたであろう。
光は人間の目には一瞬としか表現できない速度で膨張を続け、周囲の反応炉もすべて飲み込んでいった。そして続いて反応炉の格納場所全体を飛び出した青白い光は、艦全体の大きさを超えて、成長を続けた。
膨張を続ける光が収まったとき、先ほどまでアポロンがいた場所には、膨大な金属粒子のガスと多少の他の物質のみが残されていた。そこを遠巻きにして、スピアフィッシュの大群が飛び去っていく。この戦いを象徴するような光景を、第2艦隊群の残存艦の将兵は為すすべもなく見ていた。
旗艦の沈没を境とするかのように、戦闘は終息に向かい始めた。どちらかが壊滅したわけではなく、単にスピアフィッシュに搭載されていたミサイルが底をついたのだ。ミサイルを発射した結果身軽になったスピアフィッシュの大群は、虚空に連なる艦船と航空機の残骸を尻目に、自らの母艦に向かって飛び去って行った。
最高司令部が失われる中、艦隊、分艦隊指揮官の一部は敵空母に対する報復攻撃を考えていたが、それが実現する見込みは非常に薄かった。まず敵空母が正確にどこにいるかが分からないし、分かったところで追いつける可能性は低い。
第2艦隊群がこれから隊列を再編して敵空母にたどり着く前に、彼らは艦載機の収容を完了して撤退を開始しているだろう。航空攻撃ならまだ敵を捕捉できる見込みはあるが、現在発着艦可能な空母が18隻しかいない状況では、おそらく50隻以上の空母を擁する敵艦隊に勝てるはずがない。
実際、ガートン大将の戦死確認に伴って指揮権を引き継いだ次席指揮官のモンタルバン中将は、艦隊全てをいったん『共和国』領内に引き揚げさせる計画を立て、幕僚にその作成を命じ始めていた。
だがもはや、呑気に引き上げの計画を練るどころでは無かった。モンタルバン中将の旗艦に、新たな緊急信が入ったのだ。
「敵艦隊発見。艦数1,500隻以上だと…」
モンタルバンは報告の内容に息を飲んだ。彼は一しきり、このような事態を防げなかった警戒体制の欠如、艦隊の防空能力の不足等を罵った後、最大の原因に向かって一際大きな罵声を浴びせた。
「結局、リントヴルム政府などという連中と同盟したのが間違いだったという事か! 連中はイピリア政府とグルになって、我々をだまし討ちにしたに決まっている!」
モンタルバンは知らなかったが、この疑いは完全な偏見の産物だったにもかかわらず、完全に正鵠を射てもいた。惑星オルトロスが攻撃を受ける約1日前、『連合』リントヴルム政府軍主力部隊もまた、『共和国』支配下にある惑星ニーズヘッグへの降下作戦を開始していた。




