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オルトロス星域会戦ー3

 「早く、早く発艦するんだ!」

 

 巡洋艦ケーニヒグレーツからの連絡を受けた『共和国』軍第2艦隊群本隊では、各航空戦隊の司令官が血相を変えて艦載機隊の発信を急かしていた。

 惑星オルトロスには『連合』リントヴルム政府軍の航空部隊も存在するのだが、彼らの基地はさっきイピリア政府軍によって破壊された。よって第2艦隊群が頼れるのは、自身の空母艦載機のみということになる。

 



 だがその航空隊の発進は遅々として進まなかった。これは訓練不足のせいというよりは、むしろ本日行われた大規模な訓練のせいである。

 空襲の報告が届いたとき、ほとんどの機体は訓練後の整備の真っ最中、訓練が終わったパイロットは大部分が酒を飲んだり艦を離れたりしていた。各艦は艦載機の整備を無理やり切り上げ、戦闘可能なパイロットをかき集めるところから始めなければならなかった。

 

 混乱と混沌の中、何とか「発見」された出撃可能な機体とパイロットがカタパルトに上がり、秩序だっているとはとても言えない状態で射出されていく。

 数は何とか揃い始めたが、その大部分は中隊どころか小隊すら組んでおらず、単機で行動しているものも散見された。

 



 「各機、直ちに敵攻撃隊の迎撃に迎え!」

 

 おおよそ500機ほどが発艦した時点で、自棄になったような命令が出された。そろそろ敵攻撃隊が第2艦隊群目がけて攻撃態勢に入りそうだったからである。 

 

 「死んで来いっていうのか?」

 

 パイロットたちは悪態をついた。最新の情報によれば相手は約5500機、対空装備の機体だけでも2000機を超えるのは確実だ。そんな敵部隊に統制のとれていない500機で挑めというのだ。

 

 防御側の有利があると言っても、あまりに無謀だ。彼らにとってこの命令は無意味な自殺を強要するものとしか思えなかった。

 



 一方、他の考え方をした者も少数いた。自分たちの役割は敵攻撃隊と正面から戦って撃破することではなく、とにかく攻撃のそぶりを見せて足止めを行うことだ。

 そうやって他の艦載機が発進し、艦隊が対空戦闘用の陣形を組むまでの時間を稼ぐのだ。迎撃命令はそのためのものであり、ただの自暴自棄ではない。

 

 なおこちらの解釈をした者の士気も、前者の解釈をした者に比べて特に高かったわけではない。どちらも、上層部の不手際によって艦隊が危機に陥り、自分たちがその尻拭いで酷く分の悪い戦闘を強要されているという認識では共通していた。

 

 だがともかく、彼らは命令通り敵の攻撃隊目がけて前進した。上層部は特に意識しなかったが、訓練直後で疲労し、さらに言えばこんな場所に連れてこられたこと自体を嫌がっていた彼らが黙って任務を果たしに行ったのは驚異的な事だったかもしれない。それが極めて致死率の高いものとなれば猶更だ。

 


 「これは…」

 

 愛国心か、あるいは軍人としての誇りに駆り立てられて迎撃に向かった『共和国』軍のパイロットたちは、目前に迫りくる敵の姿を見て絶句した。

 夥しい光の列が、第2艦隊群目がけて前進している。肉眼はおろかレーダーを使っても、容易に全体像は掴めない。情報では5500機だが、そのような数字は目の前の光景が突き付けてくる本質を著しく矮小化するものだ。少なくともパイロットたちにとって敵の数はただ「膨大」としか表現できなかった。

 


「散開して、一撃離脱を徹底しろ!」

 

 敵機の一部が集団でこちらに向かってくるのを目撃した『共和国』側の飛行隊長は、そう絶叫すると自らの直率部隊を敵側面に誘導した。数の差とこちらのパイロットのコンディションを考えると、正面からぶつかったら確実に全滅する。

 

 この状況で『共和国』軍が持つ唯一の強みは、指揮システムにおける優位だ。『共和国』宇宙軍航空隊はRE-26電子偵察機を艦隊周辺に展開させて索敵と通信補助を行っており、任意の宙域に素早く航空隊を集合させる事ができるのだ。『共和国』-『自由国』戦争の時から取り入れられたこのシステムは、劣勢な兵力における迎撃戦闘を容易にしていた。

 戦闘に当たっては、この強みを生かすしかない。隊長はそう思っていた。

 

 早くも戦場では機銃の発射光と、エンジンに直撃を受けた機体の爆発光が目立ち始めた。『共和国』軍機は隊長の命令に従い、敵との正面対決は避けて一撃離脱を繰り返す動きに出たが。

 

 

 「数が違いすぎる」

 

 『共和国』のパイロットたちは呻いた。RE-26からの情報をもとに敵の一群に奇襲をかけても、背後や側面からもう一群、もしくは二群や三群が襲ってくる。

こちらが機動力で優っていれば何とかなるかもしれないが、残念ながらPA-25戦闘機の性能は、『連合』のスピアフィッシュと同程度でしかない。指揮システムにおける多少の優位など、数の暴力の前には全く無力だった。

 


光の滝を思わせるスピアフィッシュの大群の周囲に幾つかの爆発光が走り、その後に少しだけ色と形状が違う閃光が走る。PA-25の攻撃で数機のスピアフィッシュが撃墜された後、報復攻撃で今度はPA-25が次々に散っているのだ。

光の群れは全体として止まることはない。PA-25と交戦した部隊もすぐに隊列に復帰し、次の攻撃に備える。確実に何機かは撃墜されているはずなのだが、少なくとも『共和国』軍の目には数が減ったようには見えなかった。相変わらず膨大な、ほとんど無数と言ってもいいほどの戦闘機が向かってくる。

 



 一方、明らかに減っているものもあった。編隊の外周部で繰り返される交戦の規模と頻度である。『共和国』軍は少数機にしては奮戦したが、交戦のたびに自らも損害を受け続け、戦力は半分ほどにまで落ち込んでいた。

 撃墜された者はもちろん、生き残った者もただでさえ低かった士気を低下させ、明らかに及び腰になっている。もはや『共和国』軍の防空隊は、敵にとっての脅威ではなくなりつつあった。

 

 これは「索敵面の優位を利用して奇襲をかけ続ける」という戦法が完全に破綻した事の証明とも言える。少なくともこの局面では、『連合』軍の数が『共和国』軍の小手先の戦術を押しつぶした。

 

 加えて『共和国』軍の最優秀のパイロットはファブニル星域会戦に投入された第1艦隊群に優先して配属されており、第2艦隊群には新米が多かった。これが初の実戦となる彼らは命令通りの一撃離脱が出来ず、敵機との格闘戦から抜け出せなくなった挙句に袋叩きにされる例が目立った。

 実は敵のパイロットの方もかなり新米が混ざっていたのだが、数の差が彼らに幸いした。危険な状況になっても、味方機が助けてくれることが多かったのだ。『共和国』軍は敵に戦果と共に、貴重な実戦経験まで進呈してしまったと言える。

 


 相対的に僅かな『共和国』軍機を一蹴した『連合』イピリア政府軍攻撃隊は、洪水のように第2艦隊群に突入していった。防ぎきれないという報告を受けたガートン大将は、防空隊が稼いだ僅かな時間の中で発艦可能になった機体を全て出撃させると共に、戦闘能力のない支援艦船に退避を命じた。


 『連合』イピリア政府軍と『共和国』宇宙軍最初の戦いであるオルトロス星域会戦はこうして、前者の奇襲成功によって始まった。








 


 

 オルトロス星域会戦が勃発する2週間ほど前、『連合』リントヴルム政府のハロルド・アディソン外務局長はその生涯で最も重要な客人と対面していた。


もっとも彼は、交渉に関する実権を殆ど持っていない。イピリア政府成立に衝撃を受けたリントヴルム政府は、『共和国』に倣った中央集権化を実行しようとしているためだ。

手始めに重要な部局のトップを排除し、それまで下っ端だった人間を高い地位に付けた。組織の動脈硬化を防ぐ為という建前だったが、実際には最高会議と政務局以外の部局の力を弱めるのが目的だ。

アディソンも外務局長という地位には就いているが、実質的には単なる外交官でしかなかった。




その事を知ってか知らずか、相手は真剣な眼差しで交渉を進めようとしている。そしてアディソンは、その姿に少なからぬ衝撃を受けていた。

 まず若い。20歳そこそこにしか見えない女性だ。そして信じられないほどに美しい。財閥階級の令嬢にも、これほどの美貌の持ち主は珍しいだろう。

だが彼女の美貌は、何か不吉なものを湛えているようにも感じられた。もちろん、相手の正体を知っているが故の錯覚かも知れないが。

 

「初めに言っておきます。貴国への降伏は不可能です。もちろん私にも、祖国を裏切るつもりはありません」

 

アディソンは紅い眼に射竦められながらそう言った。現在のリントヴルム政府ははっきり言って沈みかけた泥船に等しく、その要人たちはイピリア政府や『共和国』に次々と亡命している。

だがアディソンには、祖国を捨てて敵国や反逆者のもとに走る気はなかった。


一方の相手は救世教徒が信じる神とやらが直々に造形したとしか思えない程に整った顔に不可解な表情を浮かべながら、アディソンの方を見ている。

 彼女が小首を傾げると銀白色の髪がふわりと舞い、反射した光が部屋の中を一瞬照らしたように見えた。

 

 「おや? それなら何故、私と会おうなどと思われたのですか?」

 

 目の前の女、イピリア政府の最高指導者たる救世教第一司教は、僅かな皮肉が込められた口調でそう言った。全てを捧げたくなるほどに美しい笑顔と声が、抗いようも無くアディソンの神経系の一つ一つに染み付いていく。

 アディソンはぞっとしながら、必死で第一司教の声を振り払った。

 

 「私の提案はただ、2年間の不可侵協定を結ぶことです。こちらは貴国への攻撃を行わず、その代りに貴国もこれ以上の領土拡大を控える。そちらにとっても悪い取引では無いはずです」

 

 アディソンは第一司教の嘲りとも同情ともつかない視線に耐えながら、必死で訴えた。2年の時間、リントヴルム政府はそれを必要としている。恥を忍んで『共和国』と講和したのも、それが原因だった。

 



 ファブニル星域会戦とその後の内戦の結果は、リントヴルム政府に少なくとも1つの教訓を与えた。自国の体制が致命的なまでに時代遅れになっていることである。


 リントヴルム政府は大財閥の集合体であり、それぞれの財閥が独自に惑星と軍を所有している。

 この封建的な統治システムは、通信技術と航宙技術が未熟で恒星間通信に莫大な時間がかかった時代には合理的だった。

 遠方の各惑星で起きていることに、いちいち首都惑星リントヴルムに存在する政府の指示を仰いでいたのでは、未決案件の山が形成されて行政が麻痺してしまうからだ。

 

 また軍についても、それぞれの惑星に分散して現地の財閥が指揮する方式の方が、中央に集中させる方式より優れていた。

 宇宙暦500年代までは恒星間航行に莫大な時間がかかり、遠方の惑星で何か事件が起きてから、中央に待機する軍を出動させたのでは間に合わない場合が多かったからだ。


 


 しかし時代は変化した。今や恒星間通信は分単位、恒星間航行も日単位で行える。こうなると、封建的な統治システムは非効率なものになる。

 その弊害はまず経済に現れた。『連合』では各財閥が国内にブロック経済を形成してしまっており、自国内における恒星間交易に外国貿易並みの手間と費用がかかるのだ。


 もっともこれは工業地帯の分散という副産物を生み、他国の侵略に対する『連合』の抵抗力を強めるという結果にもなったが、平時の経済活動を阻害しているのは確実だ。

 国内関税その他の障壁を撤廃してブロック経済化を解消すれば、『連合』の経済成長率は1%近く向上するという試算もある。


 この問題は歴代政府において何度も議論されていたが、そのたびに有耶無耶にされていた。自領の惑星を国家内国家にしているのが財閥階級で、『連合』政府を形成しているのも財閥階級なのだから、真剣に解決が試みられるはずが無いのである。



 

 だが経済的非効率などはまだ可愛いものだ。封建性の最悪の影響は軍隊に現れている。『連合』軍は国家軍隊と言うより財閥の私兵の寄せ集めであり、宇宙軍では艦隊レベル、地上軍では方面軍以上のレベルで協調行動が全く取れない。酷いことに通信規格の統一すら碌に行われていないのだ。


 ファブニル星域会戦の第一の敗因は間違いなくこれである。『連合』軍の兵士は『共和国』軍の兵士に比べて劣っていなかったし、兵器の性能も互角だったが、中枢神経が壊れていたのだ。



 これらの問題を解決するには、『共和国』そしてイピリア政府に倣った中央集権化を行うしかない。大量の領土を失った後、リントヴルム政府は遅まきながらそう気づいた。


 しかし問題は中央集権化の過程で、多数の財閥が既得権益を喪失することだ。特権階級が自らの特権を喪失することは、歴史的に見ても内乱と革命騒ぎを生み出す最高の材料だ。


 例えば世界初の中央集権国家である『共和国』は、その過程で内戦寸前の状態になり、隣国である『自由国』の侵攻を招いた歴史がある。当時の『共和国』より各財閥の力が強い『連合』リントヴルム政府の場合、中央集権化はさらに困難な作業となるだろう。

 各財閥を何とか説得し、どうしても従わない財閥を政府から排除するためにかかる時間は2年。リントヴルム政府の政務局と内務局はそう試算していた。



 それまでは、イピリア政府とのこれ以上の戦いは何としても避けなければならない。現在のイピリア政府は概してリントヴルム政府より評判が良く、救世教徒以外の『連合』人の評価も高いからだ。国内改革無しに内戦が続けば、確実に負ける。



 旧政府に対する反逆者に他ならないイピリア政府の評価が高い理由はまず、国内政策にある。彼らはブロック経済の破壊、血筋とは無関係の官吏登用、法の厳格な適用と汚職の追放など、『連合』人が求めて止まなかった改革を実行しているのだ。


 少なくとも今のところ、彼らは『大内戦』時代の救世教徒が頻繁に行った残虐行為とは無縁で、むしろ善政を布いていると言って良い。それが領内の『連合』人が救世教支配に対して、あまり抵抗を示さずに受け入れている理由である。

 救世教自体は嫌いでも、以前より政治がまともになって経済状況に改善の可能性が見られれば、国民はリスクを冒してまで反逆は試みないものなのだ。



 或いは救世教徒以外の支持基盤を持っていることが、現実的な政策に繋がっているのかもしれない。リントヴルム政府ではそう分析していた。


 イピリア政府は救世教徒の他にも、軍の辺境部隊、財閥の下で実際に経済を動かしている平民のテクノクラート、非財閥系の小企業の経営者といった集団を支持基盤としている。いずれも国にとって無くてはならない役割を果たしていながら、旧『連合』政府では冷遇されていた集団だ。

 また救世教は下層階級の居住区では政府の代わりに福祉の提供や職の斡旋を行っており、彼らの支持も大きい。

 イピリア政府が殆ど抵抗に遭うこともなく急激に伸長したのは、まずは辺境部隊の支持を取り付けたこと、そして2つ目には救世教徒以外の『連合』人多数を味方につけたからなのだ。



 一方のリントヴルム政府の領内は、基本的に旧『連合』政府時代のままだ。改革を約束してはいるが、国民にはあまり信用されていない。

 『連合』の政治史は、有益なはずの改革が財閥同士の利害衝突の挙句に潰え去った例で溢れており、今回もどうせそうなるという空気が漂っている。



 ここで2年の猶予を得て集権化と改革を行わなければ、いずれリントヴルム政府はイピリア政府による攻撃を待つまでもなく勝手に崩壊する。軍と政治警察が忠誠を保っても、経済を動かしている人々がそっぽを向けば国はもたないのだ。


 早い話、兵器の部品を生産している工場の管理者や船団の運航計画の作成者がイピリア政府の統治を望んでリントヴルム政府への協力を拒否すれば、その時点で終わりだ。

 経済が止まれば軍隊も動かなくなり、国土はイピリア政府の占領を待つばかりになる。


 国民がほぼ無条件に自国政府を支持する対外戦争と違い、内戦では国民の支持が重要になる。そして今のところ、リントヴルム政府はその点でイピリア政府に大敗している。

 リントヴルム政府が生存できるかは、イピリア政府が先鞭をつけた改革を自らも実行できるかにかかっているのだった。



 しかし問題は、イピリア政府が2年間の休戦を受け入れるかだ。交渉を任されたアディソンとしてはそう思っている。イピリア政府は内戦に勝ちつつある。今更休戦など虫が良すぎるといわれても仕方がない。







 「我々にメリットがありませんね」


 息をのみながら回答を待つアディソンに対し、第一司教はあっさりとそう答えた。アディソンは一瞬落胆したが、ここで交渉を切り上げるわけにはいかないと思い直した。

 

 「そうですかな? 失礼ながら、貴国は自らが置かれている環境をご存じないようです。我々と休戦しなければ、同時に2つの国を相手にすることになりますよ」

 

 アディソンは敢えて脅すような言葉を使った。リントヴルム政府は『共和国』と休戦協定を結んでいるが、イピリア政府は結んでいない。

 それどころか、政府発表で『共和国』への敵意を煽るような言葉を連発している。

 

 『連合』人の伝統的な反『共和国』感情を考えれば、この政策は国内を纏めるには有効だ。救世教徒であろうと無かろうと、『連合』の誇りと敵国への憎悪を煽る言葉には敏感に反応する。  

 世界唯一の救世教国家と化したイピリア政府の領内で殆ど混乱が発生しておらず、リントヴルム政府領でも特に平民がイピリア政府を応援しているのは、内政への期待とともに外政方針への賛同もあるのだろう。

 

 しかし一方で、イピリア政府は『共和国』とリントヴルム政府の両方を相手にするという、戦略的には最悪の状態に陥っている。2つの国を合わせればその国力はイピリア政府の2倍近くになり、圧倒的に不利だ。

 

 「ほう? 『共和国』を信用できる味方とお思いなのですか?」

 

 第一司教が皮肉を返し、アディソンは一瞬言葉に詰まった。『連合』人が『共和国』人を嫌うのと同じくらい、『共和国』人も『連合』人を嫌っている。

 両国は歴史的に見てもライバル同士であり、しばしば小規模な戦火を交えたり、互いへの破壊工作を行ってきた仲だ。

 

 


 イピリア政府という共通の敵がいてさえ、両国の仲は控えめに言ってもぎくしゃくしている。1週間ほど前にも首都惑星リントヴルムで、『共和国』の工作員グループが摘発された。


 このグループは『共和国』にとって信用できないうえに、敗戦続きで国民に全く人気のないリントヴルム政府を転覆し、イピリア政府に対抗できる新政府を樹立しようとしていたらしい。

 さらに『共和国』から援軍と称して送られてきた軍隊も、その意図は怪しいものだった。彼らはリントヴルム政府が一定以上弱体化していれば、イピリア政府に先手を打ってその領土を併合してしまうという意図を持っている。現地の諜報員はそう伝えてきているのだ。


 一方のリントヴルム政府はと言えば、援軍に来た『共和国』軍をわざわざ不毛の、しかもイピリア政府の攻撃を受けやすい位置にある惑星に案内している。

 リントヴルム政府はイピリア政府軍の矛先が、『共和国』軍に向かうことを期待している。或いはもっと言えば『共和国』軍が壊滅することを願っているのだ。

 

 両国の仲などそんなもので、「右手で握手を交わし、左手にナイフを隠す」どころか、「右手で握手を交わしつつも、左手は刺す準備を万端に整えている」状態だ。状況次第でいつ敵に逆戻りするか分かったものではない。

 

 



 「まあ、休戦協定を結ぶかはともかく、私たちイピリア政府はこれから真の敵である『共和国』に対処する予定です。その意味では利害が一致するかもしれません」

 

 しばらく黙っていた第一司教が、アディソンの眼を覗き込みながら唐突にそう言った。アディソンはまた寒気を覚えた。第一司教の美しい紅い瞳から放たれる視線が、アディソンの心を探ったように感じられたのだ。

 もちろん錯覚だろうが、第一司教の完璧な美貌には、話し相手にそのような超自然的恐怖を与える所があった。

 

 それはそうと、アディソンには第一司教の言葉の真意を訪ねる必要があった。内戦の相手であるリントヴルム政府ではなく、『共和国』が真の敵とはどういうことだろう。

 

 「真の敵ですか? 」

 「そうです。私たちは、あなた方リントヴルム政府を敵とみなした事はありません」

 

 (何を言うか)、アディソンは内心でそう思った。イピリア政府軍はリントヴルム政府から有人惑星の4割を奪い、抵抗する部隊には容赦なく攻撃を加えた。それで敵意が無いなど、お粗末に過ぎる言い訳だった。

 

 第一司教がアディソンの内心に気付いたのかは不明だ。彼女は相変わらず、人形のような微笑を浮かべたままだった。

 

 「私はただ、『連合』と人類世界を本来の姿に戻したいだけなのです。特定の個人に対する恨みは持っておりません」

 「その本来の姿が救世教の支配ですか? 随分、大時代な思想と言わざるを得ませんな」

 

 第一司教の言葉に、アディソンは鋭く反駁した。イピリア政府は支配下の惑星に流されているプロパガンダ放送において、リントヴルム政府がこれまでに犯してきた罪を糾弾した上で、救世教への信仰によってのみ人類は争いから解放されると主張している。

 遥か昔の救世教時代には人類は平和に暮らしていたが、『連合』政府(現在のリントヴルム政府)と、その子孫である辺境国家が世界を戦乱と流血が絶えない地獄に変えてしまったというのが、イピリア政府の主張だった。

 

 もしかしたらそうなのかもしれないが、だからと言って全てを救世教時代に戻せば上手くいくというのはあまりに短絡的だ。アディソンはそう思う。

 救世教徒がどう思うかに関わらず、人類世界は救世教時代とは全く違ったものになっている。

 

 「私を愚かな懐古主義者とお考えのようですね」

 

 いかにも失望したと言わんばかりに、第一司教は呟いた。

 

 「『大内戦』時の救世教徒の行動を見れば、そう思わざるを得ません」

 

 アディソンは数百年前に、同じような蜂起を試みた連中の時代錯誤な蛮行について指摘した。かつての『大内戦』でリントヴルムを初めとする惑星群の支配権を握った救世教徒は、「帰無一新」をスローガンに、『連合』政府に少しでも関係する人間を族誅した。

 そうする事で、遥か昔の救世教時代と同じ宗教的に純粋な社会を作ろうとしたのだ。

 

 救世教徒が占領した惑星ではしばしば、政府の高官や財閥系企業の株主、軍の高官はもちろん、下級官僚や兵士まで家族を含めて皆殺しにされた。

 財閥同士の政争でも族誅は時々発生したが、救世教徒が行ったそれは度を越していた。恒星間通信の記録を調べたところ救世教を揶揄するような発言をした過去があるとか、「神敵」と決め付けられた人間と一度話した事があるという程度の罪状が、本人を含めて六親等までの人間に死刑判決を下す理由となったのだ。

 

 


 この虐殺は、旧体制的な汚れが残っている限り、神の意志による理想世界を作る事はできないという理論によって正当化された。

 

 真っ白な紙にしか新しい絵は描けない。一度描き損ねた紙は燃やすしかない。『大内戦』当時の救世教第一司教はそう述べている。

 

 神のもとで平和に暮らしていた人類は『連合』政府が建前として掲げていた自由主義、そして『連合』政府の実態だった邪悪な貴族政治によって病んでしまった。彼らをかつての救世教時代の理想に相応しい構成員に戻すには、『連合』政府の影響という病原菌を全て取り除かなければならない。

 そうする事で人類は、財閥階級の富や権力ではなく、唯一の神のみを崇拝するという平穏な暮らしを送ることが出来る。『大内戦』における救世教徒は、大体このような考えを持っていたという。

 


 アディソンがイピリア政府に加わる気になれないのは、この歴史が理由だった。イピリア政府は今のところリントヴルム政府より有能だし、『共和国』に屈さない誇りも持っている。

 

 だがその後はどうなるのか。またかつてのような虐殺が行われ、『連合』を破壊してしまうのではないか。アディソンはそう疑っていた。

 

2018 3/31

 『連合』リントヴルム政府の行動があまりに愚かでリアリティに欠けるというご指摘がありましたので、同国の行動の背景にあった事情に関する説明を追加しました。背景説明は次回も続きます。

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