緑旗ー7
2日後、彼らは来た。『連合』で建造された5隻の軍艦が降伏、もしくは融和を表す信号を送りながらやって来たのだ。
旗艦のドニエプル級戦艦にオルレアンが合言葉を送信すると、やはり内務局から教えられたとおりの合言葉が返ってくる。ドニエプル級は続いて、通信回線を開くように要請してきた。
画面に出た男の姿を見て、オルレアンの乗員たちは驚愕した。彼らがよく知っている人物、そしてこんな場所にいるはずが無い人物だったからだ。
「ロル・ビドー少将? 貴方が何故?」
相手の理知的な顔と小柄な体躯を見て、リーズは思わず叫んだ。ファブニル星域会戦において、オルレアンが捕虜にしたはずの『連合』軍高官ではないか。彼がどうして、再び『連合』軍の戦艦に乗っているのだろうか。
「成程、内務局の友人とはあなた方の事でしたか。成程分かりました。確かに『共和国』にとっても友人と言っていいですね」
リコリスが微妙な皮肉を込めて挨拶をした。その言葉でリーズはやっと、ビドーが何故ここにいるのかを悟った。
あの時の捕虜は全員が内務局直轄軍に引き渡された。そして内務副局長はその中で、『連合』国内の特定のグループに属している者を選び出して、極秘に『連合』国内に連れ戻そうとしている。
「お久しぶりです。あなた方の武運長久、いや私の立場上、武運は祈れませんな。せめて長久だけでも祈らせていただきますよ」
ビドー少将は礼儀正しくそう言った。その横に現れたこれまた見覚えのある人物の姿を見て、オルレアン乗員は更に驚愕することになった。
ビドーとは対照的な長身と、渋みのある整った顔立ちをした男、ファブニル星域会戦で『連合』宇宙軍部隊の副司令官を務めていたフェルナン・グアハルド大将も何故か捕虜収容所から釈放されていたのだ。 もっともその顔は心労によるものか、初めて会ったときに比べて随分とやつれてはいたが。
「輸送船1084号を出して頂きたい。我々にとって必要不可欠な資金と、必要不可欠な御方が乗っていますので」
沈痛な顔をしているグアハルドに代わって、ビドーが落ち着いた声で言った。リコリスは黙って了解の信号を送ると、指定された輸送船をドニエプル級戦艦に接舷させるように命令した。
すぐに互いの船外作業員が宇宙服を着て往復し、巨大な箱を輸送船から戦艦に向かって動かしていく。その中身は大きさを別にしても相当の重量があるらしく、運搬に艦載艇を運ぶためのクレーンを使用する場面も散見された。
「反乱側の戦力に貴金属を渡しているみたいですね」
リーズは異様な光景を見ながら、自らの推測を口にした。
2週間ほど前から、『連合』国内では騒乱が発生している。イピリアを初めとする惑星に同じ『連合』の地上軍が降下し、占領するという異常事態が相次いでいるのだ。実質上の内戦である。
『連合』の現政府と戦争状態にある『共和国』は、当然内戦における反乱側を支援するだろう。
また内戦で物を言うのは何と言っても資金力だが、紙幣や電子通貨などは混乱が始まった時点で無価値になる。そのため外国の反乱勢力への資金援助には貴金属を渡すのが常識である。
グアハルド大将やビドー少将は間違いなく、『連合』政府側ではなく反乱側の派閥に属している。だから内務局は彼らを資金とともに送り出している。そう考えるのが自然だった。
「それにしても随分な大盤振る舞いね。それだけ見込みがあるグループと言う事か」
リコリスはリーズの意見に同調しながらも、どこか不安げな口ぶりだった。モニターの中では延々と、大量の貴金属が詰まっているであろう箱が戦艦の艦内に輸送されていく。おそらく中小国家の国家予算に匹敵する量だ。
長い積み下ろし作業が完了した後、最後に『共和国』の船外作業服を着た人間が、異様に多くの作業員に護衛されながら、ドニエプル級戦艦の内部に入っていった。
よく見るとその手には厳重に包装された箱のようなものが抱えられている事が確認できる。彼ないし彼女は、そのまま出てくる様子が無い。
「これで作業は完了しました。ご協力ありがとうございます」
ビドー少将とグアハルド大将は丁重に頭を下げた。リーズは最後に艦内に入ったのが誰なのかについて非常な興味を感じたが、相手が正直に答えるはずも無いのでやめておいた。
「ところで」
ビドーが不意にこちらを見据えた。引き渡しは完了したのに、まだ何かあるのだろうか。
「あなた方も、我々の陣営に加わりませんか?」
「は?」
その視線に捉えられたリコリスが珍しく素っ頓狂な声を出した。リーズも同感である。
確かにビドーたちは『共和国』にとって「敵の敵」だが、それ以上の何物でもない。『共和国』の軍人が彼らに加入すべき理由など、存在するはずが無い。だがビドーの口調は真剣そのものだった。
最初のうち、惑星イピリアで展開されている戦いはほぼ互角に見えた。火力では車両を持つ政府軍が優るが、個々の将兵の戦闘技能ではエリート部隊である宙兵の方が上だ。
政府軍が歩兵戦闘車に搭載された90㎜迫撃砲や30㎜機銃で攻撃をかけると、宙兵は装甲服を着ていない生身の人間には不可能な速度で機動し、狙いを外そうとする。
90㎜砲弾が落下するたびに、近くにいた宙兵が倒れていく。装甲服を貫通した弾片で重要臓器を損傷するか、モーターを動かすためのコードを切断されているのだ。
装甲服は中世の騎士が着用していた板金鎧以上に重いため、動力源が失われた瞬間、兵士は一歩も動けなくなる。等身大の牢獄に閉じ込められた彼らは、絶望の表情を浮かべながらなおも周囲に落下し続ける砲弾に晒され続けるしか無かった。
30㎜機銃もまた、絶大な威力を発揮している。宙兵たちは近くの遮蔽物に隠れ、隙を見て躍進運動を行っているのだが、電磁式機銃から放たれる30㎜弾の雨には、大抵の遮蔽物を後方の兵士ごと粉砕出来るだけの破壊力があった。
駐屯地周辺の樹木や土嚢の山に30㎜機銃が撃ち込まれると、粉々になった木端や布切れの中に赤と銀の破片が散乱する。後方に隠れていた反乱軍兵士の肉体が、装甲服ごと破砕されているのだ。
対する宙兵たちは車両を正面から相手にせず、まずは陣地に籠っている政府軍兵士の排除に着手した。重擲弾が次々と陣地内に撃ち込まれ、政府軍兵士が伏せた瞬間に今度は軽装の兵が躍り込んで塹壕内を掃討する。
政府軍兵士も反撃するが、陣地内の白兵戦では明らかに宙兵に分があった。宙兵は特殊部隊を起源としており、1対1での近接戦闘訓練を豊富に積んでいる。
彼らが塹壕内に多数突入してくれば、主に遠距離での射撃戦を行うために訓練されている政府軍兵士は対抗不可能だった。
政府軍兵士が狭い場所では扱いづらい長大な8㎜自動小銃を構えなおす前に、宙兵が持つ小型ハンマーが彼らの手足に向かって振り下ろされた。タングステン合金製のハンマーが高速で振り下ろされると装甲服は衝撃で変形し、内部の人間の骨も衝撃で砕け散る。
政府軍兵士が銃を取り落したところで、とどめの一撃が頭部に叩き込まれ、砕けたヘルメットの隙間から血と脳漿が流れ出ていく。まるで地球時代初期の戦闘行為における、棍棒での殴り合いが再現されたかのようだ。
ハンマーはもともと工兵用の装備だったのだが、室内や塹壕内での戦いに有用である事が分かり、宙兵が改造の上で白兵戦装備の一つとして採用していた。
こんな時代錯誤とも言える接近戦用武器が採用されたのは、『大内戦』中期から始まった全歩兵装甲化の影響である。これまでの防弾ベストより遥かに頑丈な装甲服を貫くために歩兵用小銃は大口径長銃身が主流になり、狭い場所での取り回しが難しくなった。
装甲化前は銃剣を使う、あるいは最悪、銃自体を棍棒として使うことが出来たのだが、全長1.5m近い大型銃ではそうもいかない。かといって小型化すると装甲服を貫けなくなる。これは正規部隊にとってはともかく、特殊部隊にとっては深刻な事態だった。
火力戦が主体の正規部隊は、銃が大型化しても左程困りはしなかった。装甲化以後、歩兵の主要武器となった8㎜自動小銃は普通の人間には扱えないほどに巨大で反動が強かったが、装甲服に内蔵された運動補助システムは、特別な身体能力を持たない兵士が同銃を正確な照準で連続発砲する事を可能にした。
『大内戦』における第二次ペリクレス攻防戦では、装甲化された政府軍兵士1万が、8㎜自動小銃の威力と長射程を生かして救世教軍の従来型歩兵3万を撃退したという一幕がある。
このような歴史を踏まえ、正規部隊用の技術開発と訓練は、8㎜小銃弾を遠方の敵に正確に命中させる事が重視された。装甲化前の主流だった5.5㎜弾と比較して大重量かつ高速で飛翔する無薬莢の8㎜弾は、1㎞以上の有効射程を持っていたためだ。
小銃がここまで長射程になり、また装甲服に組み込まれた射撃用センサーの性能も向上した以上、正規軍同士の戦いは遠距離戦が主流になるはず。だから白兵戦用装備の開発や訓練などしなくてもいい。正規部隊はそう開き直っていた。
一方、室内や森林内で戦闘を行うことが多い特殊部隊はその様に開き直ることは出来なかった。短機関銃や拳銃など従来の白兵戦用銃器は、銃弾の初速が低すぎて装甲服を貫くことが出来ず、その価値が疑問視された。もちろん銃剣や軍刀、あるいはシャベルなどの刺突武器も同様である。
室内戦で使えるサイズで、敵装甲歩兵を撃破できる武器は存在せず、大量の銃弾をばらまいて関節部へのまぐれ当りを狙う、あるいは格闘を挑んでナイフを装甲服の隙間に射し込む等の確実性が低い戦術しか使えなかった。
特殊部隊の存在価値自体が疑問視され始める中、とある戦例が注目された。森林内で敵歩兵と遭遇した工兵が、宿営地建設に使うハンマーによる接近戦を挑むことで、彼らを何とか撃退した事があったのだ。
歩兵の8㎜自動小銃は森林内では周囲の物体に衝突して狙いを付けにくく、コンパクトで大重量のハンマーで殴りかかってくる工兵に対処出来なかった。そしてこの小戦闘で捕虜にした敵兵を調査したところ、注目すべき事実が判明した。ハンマーは予想よりずっと破壊力が高かったのだ。
工兵は当初、敵の歩兵は怯えて逃げただけだと考えていた。銃弾さえ跳ね返せる装甲服をハンマーで殴ったところで、大した効き目は無いと考えたのだ。
しかし実際には、逃げ遅れた敵兵は複雑骨折を初めとする重傷を負っていた。ハンマーは装甲を貫きはしなかったが大きく凹ませ、内部の機器と人体に吸収不可能な衝撃を与えていたのだ。
特殊部隊はこれに目を付けた。彼らは取りあえずの白兵戦用武器として斧を使っていたが、嵩張る上に刃こぼれしやすいという欠点があった。
対するタングステン合金製ハンマーはよりコンパクトで扱いやすかったし、装甲服のパワーを利用すれば、扉や壁を破壊するにも十分だった。
こうしてハンマーは特殊部隊、その派生形である宙兵部隊の制式装備となった。正規部隊は一連の動きを先祖返りと嘲ったが、特殊部隊は気にしなかった。実際に接近戦で効果的だったからだ。
彼らを笑った正規部隊の方はというと、シャベルで関節部を突くという戦術を採用したが、武術の達人で無ければ不可能な机上の空論だった。一対一の果し合いならともかく塹壕内の乱戦で、敵の全身のうちでごく一部を占めるだけの関節に正確な突きを繰り出せる兵などほんの一握りしかいない。
対するハンマーは、とにかく敵に当たりさえすれば大ダメージを与えられる。汎用性はともかく、純粋な白兵戦用武器としてどちらが優れているかは明らかだった。
正規部隊上層部もその事を陰で認めており、シャベルを使った白兵戦の訓練はほとんど行われていなかった。実用性の無い格闘技術を習得させるより、射撃を練習させた方が遥かに戦力向上に繋がったためである。
そして今、正規部隊は白兵戦を軽視した代償を払っていた。政府軍兵士たちはシャベルを握って対抗しようとしたが、構えた所で腕、もしくはシャベル自体をハンマーで殴られ、呻き声を上げながら取り落とした。
続いての第二撃が頭部や胴体に叩き込まれ、彼らに致命傷を与えていく。塹壕内は急速に、政府軍兵士の死体と生きている反乱軍兵士で埋まっていった。
そして歩兵戦闘車の方は致命的なミスを犯した。多数の宙兵が塹壕内に躍り込み、一部は武器弾薬が詰まったコンテナを持ち込んでいたのを見ながらも、装備する重火器で塹壕内を掃射する事を躊躇したのだ。
これが『共和国』地上軍なら間違いなくそうしただろう。前の戦争で『自由国』軍がしばしば実施した夜襲に悩まされた彼らは、多数の敵が陣地内に突入した場合は、後方の砲兵部隊に命令して味方ごと撃つという戦術に行き着いた。
一旦塹壕内に敵の白兵部隊が入ってくれば、内部の兵が生還できる可能性は実質的に零だったからだ。そして敵に第一線陣地を明け渡せば内部の物資を利用されるし、何より今度は二線目以降の陣地が危険に晒される。
全体的な被害を減らすには、生き残っているかもしれない味方ごと陣地を破壊するのが、非情だが最善の戦術だった。
だが実戦経験の無いイピリア方面軍は、陣地内に踏み込んだ敵兵を味方ごと掃討するという選択が出来なかった。彼らは味方が白兵戦で宙兵を撃退するというあり得そうもない可能性に賭けた結果、戦機を逃してしまった。結果として歩兵戦闘車たちは、塹壕内に展開する宙兵からの攻撃を受けることになった。
まずは重擲弾が歩兵戦闘車に撃ち込まれた。弾種は閃光弾。車両が外部を観察するためのカメラを使用不能にするための兵器だ。そして乗員の目が強烈な光で眩んでいる間に、宙兵は他の、もっと効果的な兵器を持ち出した。
「注意しろ。奴らは重狙撃銃を持ち込んでいる!」
最初にその存在に気付いた車長が、全員に注意を促した。彼が乗る操縦席の横には小さな穴が開いており、隣には砲手だった物体が散乱している。反乱軍の重狙撃銃が放った15㎜弾が操縦席の装甲を貫通し、砲手を即死させたのだ。
15㎜重狙撃銃は生身の歩兵に扱う事が出来ないほどに重く、発射時の反動が大きいが、モーターで身体能力を強化した装甲歩兵なら、肩撃ちでの発砲が可能だ。8㎜自動小銃のようなフルオート射撃は出来ないが、銃弾が大きくて重い分、特に遠距離での命中精度が優れている。
普通は特殊部隊が敵要人への遠距離狙撃や、駐機もしくは離陸直後の航空機に対する破壊工作を行う際に使う武器だが、反乱軍はそれを車両への攻撃に用いたのだ。
高初速の15㎜弾は、政府軍歩兵戦闘車の装甲をあっさりと貫通していく。政府軍歩兵戦闘車の群れは、乗員を射殺されるか内部の機構を破壊され、次々に停止した。
元々『連合』が使用するレインディア歩兵戦闘車は、例えば『共和国』のI-22歩兵戦闘車に比べて装甲が薄い。
これは技術ではなく設計思想の違いである。後者は戦闘力を重視しているの対し、前者は作戦レベルでの機動力を重視している。平たく言うと、装甲を薄くすることで重量を軽くし、走行装置への負担を軽くしているのだ。
そのためレインディアには長期間走行しても故障しにくいという特徴があり、長距離の進撃や撤退を行うのに向いている。
また軽い分1隻の大気往還艇により多くを搭載できるのだが、15㎜重狙撃銃の射撃に晒されている政府軍兵士にとっては、そんな事は全く救いにならなかった。
I-22なら耐えられるはずの銃弾が車体を貫通するたびに、彼らは自軍が装備する車両の脆弱さを呪った。
宙兵部隊は歩兵戦闘車が後退した隙をついて、コンテナから回収された重機関銃を塹壕に据え付けていく。それを見た生き残りの政府軍歩兵もまた、後退せざるを得ない状況に置かれた。戦闘車両および砲兵の支援無しに重火器を装備した陣地を攻撃するのは、自殺行為そのものだからだ。
宙兵が一定の地歩を固めたのを確認したのか、上空の艦隊から追加のコンテナが投下される。さらに宙兵の一部は投下された軽車両に乗り込んで、先に降下した第一陣と合流し始めた。政府軍の通信所や下級司令部は次々に陥落し、軍隊としての統制が取れなくなっていく。
「後は本隊が降りて来る事になるな」
政府軍士官の何人かは惨憺たる戦況を眺めながら呟いた。宙兵部隊は自らに課せられた役割を果たした。後は大気往還艇が、宙兵が確保した橋頭保に着陸し、軌道エレベーター発着場を建設する事になるのだろう。
人口と駐留兵力の少ない惑星への奇襲ならともかく、惑星イピリアには20億人近い住民と、全ての駐屯地を合わせると合計で150万を超える兵士がいる。
そんな惑星を占領できるだけの宙兵が、反乱軍に存在するとは思えない。敵はこのまま宙兵を降下させ続けるのではなく、大気往還艇に乗った通常の地上軍を降ろして決着を付けようとするはずだった。