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ファブニル星域会戦ー2

すでに偵察は完了し、4番機を含む全ての艦載機には帰還命令が出ている。その状況で急機動を行う理由は、対戦闘機戦闘しか考えられない。

4番機は最も敵艦隊に接近したため、既に撃墜された2機より尚更多くの敵機に追い回されているかもしれない。

 

数秒後、詳しい状況が表示された。4番機を襲っているのは敵の一個小隊4機らしい。4番機は既に敵艦隊から離れているにも関わらず、しつこく追ってきているようだ。

 

(これだと、4番機の帰還が遅くなる…下手をすれば戦闘のせいで燃料がなくなる)

 

その意味に気づいたリーズは背筋が寒くなるのを感じた。例え撃墜されなくても、燃料不足になった時点で4番機は帰れなくなる。4番機パイロットの操縦技術を考えれば、非常に手痛い損失だ。

 問題はそれだけではない。あのパイロットが戦死すれば、政治的にも厄介なことになる可能性がある。この手の問題に疎いリーズですら、そのことを理解していた。

 

「針路をx12、y25、zマイナス8に変更。機関出力45%。甲板要員は一時艦内に退避せよ」

 

隣のリコリスは素早く航宙用モニターに目を走らせると、変針命令を出していた。艦外用作業服を着こんだ甲板要員が、手近なエアロックに一目散に駆け込んでいく。それを確認したオルレアンの機関出力が再び上げられ、艦が大きく変針を始める。

 

 「この針路は、4番機に接近して少しでも燃料消費を少なくするおつもりですか?」

 「それもあるわね」

 「それも、ということは他に理由が?」

 

 答える代わりにリコリスは戦闘指揮所中央に位置する戦況モニターの一角に指揮棒を伸ばした。そこには味方艦隊の予想針路が映っている。オルレアンはそのうち最も前面に出ている部隊に接近する方向に動いていた。もっと詳しく言うと、その部隊のやや後方に。

 

 「さっきの針路のままだと、着艦作業中に敵艦隊に襲われる可能性があったわ。特に敵機がこのまま4番機について来た場合、艦の正確な位置が知られるし。対してこの針路だと、着艦作業中に味方の支援が期待できる」

 「分かりました」


 「本艦は着艦作業中は全くの無防備になるから、こういう場合は味方の支援を受けざるを得ないのよ。士官学校では『可能な限り味方を支援し、必要な場合に味方を頼れ』と習ったと思うけど、今回はその必要な場合に該当すると思う」

 

 (これが『共和国』英雄の戦闘指揮…)

 

 リーズは感服するしかなかった。もちろん航宙科が算出したデータがあってのことだが、これほど短時間で最適な針路を決定できるのは非凡と言うしかない。

 

 「さてと、味方艦隊の奮戦を祈るばかりね。少なくとも、本艦が着艦作業を終えるまでは持ちこたえてもらわないと。…その後のことはともかく」

 「ちょっと待ってください! 今味方同士の助け合いについて話されましたよね!?」

 

 士官学校の教官じみた言葉から一転して、これまでで最大の暴言である。リーズはひっくり返りそうになった。

 

 「流石に冗談よ。着艦作業が終わった後は戦闘に協力するわ。でも、それまでは後ろにいた方がいいのは確かよ。」

 (結局、この人はよく分からないなあ…)

 

 少なくとも戦闘では有能な指揮官であることは確かなのだが、言動は余りに不穏だし愛国心があるかどうかさえ不明だ。リーズが考えていた『共和国』英雄のイメージとは、あまりにかけ離れていた。




 「流石ね… アリシア飛行曹長」

 

 そのリコリスはリーズの方を見もせず、安堵と感嘆が入り混じったため息をついていた。彼女の視線の先を見たリーズは絶句した。

 さっきオルレアン4番機を襲っていた4機の敵機のうち、2機の姿がモニターから消えている。4番機のパイロットであるアリシア・スミス飛行曹長は4:1という圧倒的な劣勢の中、敵2機を撃墜したのだ。

 



 そしていきなり、4番機からオルレアンへ通信が入った。正確に言うと艦内の航空管制員との会話だが、リーズは戦闘指揮所にもその音声が入るように通信機を調整していた。


  「あ、わざわざ近くに来てくれるの? ありがと。ちょっと待ってね。後2機だから、あいつら片づけたらすぐに着艦するからね」

 「無理しないで! 敵から逃げることを優先して! 近づいたら、オルレアンの艦砲で援護してもらうから」

 「そんなことしなくて大丈夫よ。あの程度の敵じゃ、あたしを落とせないから」

 

 セリフの内容と状況にも関わらず、その声はとても魅力的だった。音楽的に澄んでいて、それでいてどこかあどけない響きもある。

 そして声の主のアリシア・スミス飛行曹長も、少なくとも外見上はとても魅力的だった。無骨なデザインの戦闘機用ヘルメットに紅茶色の髪を収めた15歳の少女は戦闘機のコクピットより、アイドルのオーディション会場にでもいる方が遥かに似合いそうに見える。

 

 「意外と撃墜記録稼げなかったなあ。あれだけ敵艦隊に接近したら、もっと追ってくると思ってたんだけど」


  可愛らしい顔に不満げな表情を浮かべながら、アリシアは残り2機の敵機に接近を始めた。恐ろしいほどの急機動だが、宇宙戦闘機の重力制御機構は15歳の少女の小さな体を旋回に伴うGから完璧に保護している。

 もっともそれ以前に、並みのパイロットがこんな機動をすれば機体が制御不能になるのだが、『連合』軍にとって不運なことに、アリシアは並みのパイロットではなかった。

 

 無謀とも言える動きに仰天した『連合』軍のパイロットたちは、慌てて連携を取ろうとしたが、アリシア機はその前に2機の間をすり抜けていった。続いて、衝突を恐れて散開せざるを得なかった2機のうち1機を、アリシア機が追撃する。


  「大したことないわね。この連中」

 

 澄んだ翡翠色の目に敵の機動をとらえながら、アリシアは独白した。8歳の時から宇宙航空機に乗ってきた彼女にとって、目の前の敵の操縦能力は拙劣極まりないものだった。

 



 一方のリーズとリコリスは部下の戦果への喜びと、困惑が入り混じった複雑な表情を浮かべていた。アリシア・スミス飛行曹長はオルレアン(もしかしたら『共和国』軍全体)で最も有能で、かつ最も扱いが難しいパイロットだった。リコリスとは別の意味で軍人らしからぬ言動もさることながら、家柄が大問題だったのだ。

 彼女の父親の名はアルヴィン・スミス。『共和国』で最大の企業兼政治集団であるスミス財閥の分家の長だった。アリシア・スミスは妾腹とはいえ、『共和国』最大の実力者の家系に連なる人間なのだ。

 そんな彼女が一介のパイロットとして軍に志願したことは、人事係を仰天させた。スミス財閥が何を考えているのかは不明だが、おそらく軍にとっていい事ではない。経験上、彼らは反射的にそう思った。


 これで操縦が下手なら適性なしとして追い返せたのだが、幼少時から趣味で宇宙航空機に乗っていたというアリシアはむやみに優秀であり、軍拡に伴うパイロット不足に悩んでいた『共和国』軍にとって是非欲しい人間だった。結局彼女は、パイロットとして採用されてしまう。

 とは言え、性格的にも家柄的にも問題が有り過ぎる人物を受け入れたがる部隊などあるはずがない。すったもんだの挙句、アリシアは偵察巡洋艦オルレアンの乗員となった。

 リコリス艦長は渋々、アリシアを受け入れた。装備でも人員の配置でも冷遇されていたオルレアンにはパイロットが必要だったし、アリシアが非常に優れた操縦技術を持つことは確かだったからだ。

 


 「ふふ、遅いのよ。行動が丸わかりなのよ」

 

 そのアリシア・スミス飛行曹長はコクピット内で敵を嘲笑していた。『共和国』軍主力戦闘機のPA‐25は、『連合』軍のFA-9スピアフィッシュ戦闘機と総合性能ではほぼ同程度だ。

 だから4:1でかかれば確実に勝てるはずだと『連合』軍は思っていたが、彼らの誤算はアリシアが普通のパイロットではないことだった。

 襲ってきた4機のうち既に2機を撃墜したアリシアのPA‐25は、残り2機を追い詰めつつあった。

 

 「さてと、後2機か。割と詰まんない戦いだったなあ」

 

 アリシアはぼやきながら、急機動で攻撃を躱そうとする敵機目がけて機体を反転させた。常識外の素早い動きに仰天したスピアフィッシュのパイロットが次に見たのは、視界を覆いつくす閃光だった。そしてこれが、彼の見た最後の光景となる。


  「後1機」

 

 一撃でコクピットを撃ち抜かれたスピアフィッシュがあらぬ方向に飛んでいくのを見ながら、アリシアは不満そうに言った。最後のスピアフィッシュは勇敢にも、アリシア機に正面から突っ込んできたが。

 

 「あーあ、さっさと逃げればいいのにねえ。しつこい人間は損するわよ。全く、あたしの家族も人のこと言えないけど」

 

 アリシア機はチャフを放ちながら、急に機体を加速させた。一瞬アリシア機を見失ったスピアフィッシュは次の瞬間、相手が自分の背後を取ったことに気づいた。そして知ってもいた。この距離であの敵機のパイロットが放つ射撃は百発百中であることを。


 「これで終わりか。戻ったらアイスクリームでも食べようかなあ」

 

 時間にして数分の一秒の射撃、それだけでスピアフィッシュはエンジンを撃ち抜かれて分解した。これでアリシア機は滞りなく、オルレアンに着艦できることになる。


 オルレアンが進路の変更を完了してから彼女が敵4機を全滅させるまでおよそ40秒、演習でその能力を確認しているリコリスやリーズですら、思いもしなかったほどの早業である。こんなことなら、針路変更の必要がなかったくらいの。

 

 「その…おめでとう。アリシア飛行曹長。貴官のような優秀なパイロットの存在は非常に心強い」

 「ありがとう。じゃあ戻るから」


 1機で一個小隊を全滅させるという恐るべき光景を見た管制員は、どこか疲れ果てた声でアリシアにそう言った。

 

 一方、アリシアが軽快な返礼と共に帰途に付き始めたことを確認したリコリスは着艦作業の準備を命じると、戦闘指揮所で思い切りため息をついた。

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