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ファブニル後半戦-16

 困惑顔で戦闘指揮所に戻ったリーズ准尉は、取りあえずエルシーが命令を拒否する可能性は無いとリコリスに伝えた。リコリスは非常に不思議そうな顔をしたが、すぐにそれ所では無いとばかりにモニターに視線を移した。

 

 「戦艦1隻と駆逐艦3隻、ですか」

 

 リーズは表示されている敵戦力とその動きを見て息を呑むしかなかった。オルレアンの周辺には20隻のCシップに加えて護衛駆逐艦4隻がいるが、戦力としてはあまり期待できない。

 護衛駆逐艦は海賊船や仮装巡洋艦から輸送船を守るために設計された艦であり、全ての性能において艦隊型駆逐艦の半分にもならない代物だ。当然、戦艦と撃ち合うなど問題外と言える。

 


 「そしてしかも、敵戦艦はクロノス級を2隻も仕留めた新鋭戦艦。率直に言って、最悪の相手」

 

 リコリスが口にした敵の情報に、リーズはさらなる戦慄を覚えた。『共和国』軍人として、彼女もまたクロノス級戦艦を世界最強の戦艦として信頼してきた。接近中の敵戦艦はそのクロノス級を上回る性能を持っているというのだ。

 

 そして何より恐ろしい事に、その敵艦は『連合』製の戦艦とは思えないほどの加速度で接近していた。オルレアンやCシップ群は現在、敵戦艦から遠ざかる針路をとっているのだが、それが空しく見えてくる程に速いのだ。

 リーズは敵戦艦の位置から、接敵を30分後とさっき予想したが、これだと20分もしないうちに最初のCシップが敵主砲の射程に入る。

 



 「極めつけに、Cシップには艦載機の重整備が出来ないから、二度目の攻撃隊を発艦させる事もできない。笑えて来るような状況ね」

 

 そう言ったリコリスは本当に笑い出した。戦闘指揮所の面々は、そんな彼女をぞっとしたような目で見た。さしもの『共和国』英雄も、あまりに絶望的な状況に気が触れたのではないか。そんな疑いの目がリコリスに注がれる。

 

 「あの、艦長。何なら本艦だけでも後退させては?」

 

 リーズはそう進言した。鈍足のCシップを見捨てる形になるが、オルレアンが生き延びる道はそれしかないように思われた。

 この場にいるのは、戦艦の装甲に対しては豆鉄砲以下の武装しか持たない艦ばかりだ。ASM-15対艦ミサイルだけは戦艦にも通用するが、発射数はオルレアンと護衛駆逐艦4隻を合わせて16発。この程度の数を撃っても、強力な対空火力を備えた戦艦に命中するかは怪しい。

 しかも相手はクロノス級戦艦2隻の攻撃にも堪えた新鋭戦艦だ。1発や2発のミサイルが命中しても、戦闘を継続できる可能性が高い。

 

 

 「やっと学んだようね。戦場では勝てない相手から逃げるのも重要な事」

 

 そんなリーズに対して、リコリスは慈しむように言った。おそらく会戦序盤で、リーズがリコリスの消極的な態度に反発した事を言っているのだろう。

 

 「それなら、やっぱり後退」

 「しないわ。本艦はCシップ及び護衛駆逐艦を統制して、敵戦艦を迎え撃つ」

 

 リコリスはそう言って立ち上がった。大方の予想とは正反対の言葉に、リーズはおろか他の士官まで顔を見合わせる。

 

 「小の虫を殺して大の虫を生かす。もちろんそれは正しい」

 

 リコリスはそんな独り言を呟いた。間違いなく、敵艦隊の攻撃を価値の低い艦に誘導するというコリンズ准将の戦術を揶揄したものだろう。続いて彼女は、確かな自信を含んだ声で言った。

 

 「しかし小の虫の方にも、黙って殺される筋合いは無い。せいぜい、悪あがきを楽しみましょう」

 


 「アスピドケロン星域会戦の再現だ。艦長殿なら、あの奇跡を起こせるはずだ」

 

 リーズと同じくらい若い士官が、リコリスの言葉に反応する。『共和国』-『自由国』戦争緒戦でリコリスが指揮した、準有人惑星からの奇跡の脱出劇は、『共和国』軍将兵の間で語り継がれている。対するリコリスは少しだけ顔をしかめた。

 

 「アスピドケロン…か」

 

 ほとんど聞こえないほどに小さな声で呟いたリコリスは何故か、リーズの方を見つめた。彫刻的に整った顔に嵌め込まれた蒼い瞳には、戦闘直前の緊張ともまた違う激情の色がある。

 

 「あの…どうなさいましたか?」

 

 自分が何か重大なミスでもしたのだろうか。リーズはそう思って質問したが、リコリスは無言で首を横に振ると、対処指示を出し始めた。

 

 「艦載機隊出撃準備。全機対艦装備。いや待って。1機だけ偵察装備」

 「対艦攻撃をかけられるおつもりですか? しかし、たった4機で攻撃しても効果は薄いと考えますが」

 

 リーズは困惑して質問した。戦艦クラスの艦を攻撃するには、最低でも2個中隊16機が必要というのが軍事的な常識だ。オルレアンが現在使用できる最大機数の4倍である。

 

 「それでも、戦場にASM-15対艦ミサイル6発を追加できる」

 

 もはや形振り構わない。敵戦艦の撃沈に利用できそうなものは全て投入する。そう言いたげな口調であり、『全ての資源を敵の撃滅へ!』という戦時下スローガンを実質化したような命令といえる。もっとも本人はそう言われれば間違いなく嫌な顔をするだろうが。

 続いて彼女は、さらに形振り構わない命令を出した。


 「准尉、Cシップの火力…は流石に情報にないか。戦時標準型輸送船の火力は?」

 「えっと、少し待ってください。あ、両用砲1門と4連装機銃2基ですね」

 

 リコリスの質問に、リーズは慌てて答えた。輸送船や商船は、海賊対策として最小限の火力を持っている。と言っても数は少ないし火器管制装置も旧式なので、正規の軍艦には例えそれが駆逐艦だったとしてもかなわないが。

 

 「成程、本艦から射撃データを送ってやれば、敵の駆逐艦を始末するには十分使えるか」

 

 リコリスは満足そうに頷いた。正規軍艦と海賊船や武装商船の差は、武装よりも火器管制にある。レーダーと光学装置で制御された軍艦の砲は遥か彼方の標的を撃てるのに対し、砲を取り付けただけの商船は目の前にいる相手しか撃てない。リコリスは統制射撃という手段を用いることで、その輸送船の砲をも数に加えるつもりのようだ。

 

 彼女は続いて、Cシップ群の指揮官を呼び出すように通信科に命令した。『共和国』軍において輸送船の船長を務めるのは中尉もしくは大尉だ。

 もちろんCシップは普通の輸送船ではないが、それでも船長はいいところ少佐、全体の指揮官は中佐と言ったところだろう。つまりこの場の最上級指揮官はリコリスということになる。 

 



 モニターに顔を出した指揮官に、リコリスはいつもながらの無愛想な口調で説明した。

 

 「既に知らされている事と思うが、敵の高速戦艦が接近している。貴隊はこれから指示する位置に移動し、命令次第発砲せよ」

 「待ってください。我が隊の火力を全て浴びせても、戦艦の装甲に傷一つ付けられるはずが」

 「もちろんそうだ。私もそのような事は期待していない」

 

 Cシップの指揮官はそれを聞いて、ぞっとしたような表情を浮かべた。リコリスがCシップを囮、というより敵の攻撃の吸収材として使い、その間に自分だけ逃げるつもりではないかと疑っているらしい。

 

 「どうした? 『共和国』英雄になれる良い機会だと思うが」

 

 リコリスが冷徹な口調で言ったのを聞いて、画面の前の男の顔はさらに蒼白になった。

 リーズは頭を抱えたくなった。リコリスは興味が無い相手に対しては必要最低限の事しか話さないし、例え誤解されてもそれを正す義務は自分には無いと考える傾向がある。

 

 「その、艦長…リコリス大佐は、別にあなた方に囮になれと言っている訳ではありません。オルレアンも同じ宙域で戦います」

 

 リーズが慌ててフォローするも、相手の顔は引きつったままだった。

 

 「私を信用する必要はないが、指示には従ってもらう。貴官が名誉を保つ唯一の方法は、私の命令に従う事だという事は自覚してもらいたい」

 

 リコリスの自分では丁寧に説明したつもりらしい言葉も、ただ恐怖を掻き立てる役目しか果たさなかったのは明白である。

 だがそれでも、この言葉は当人の意図とは異なる形で効果を発揮したらしい。Cシップの指揮官は悲壮な顔で、リコリスの命令に全面的に従うと答えたのだ。

 


 おそらく彼はリコリスの言葉を、2つのどちらかを選択しろという意味で捉えている。命令を無視して軍事裁判による不名誉な死を遂げるか、命令に従って輸送船と同じ戦闘力しか持たない船で敵新鋭戦艦に立ち向かった英雄として死ぬかという。


 そう言えば『共和国』宇宙軍士官学校の集会場には、遥か昔の軍事指導者の名言、『服従すれば死の可能性、反抗すれば確実な死が与えられる』が掲げられていた。『共和国』英雄勲章をぶら下げた上官による命令は、この言葉に沿ったものとして解釈されるのが自然だった。

 

 リーズは出来れば誤解を正したかったが、説明している時間も無いので諦めた。Cシップ群の指揮官のみならず他の乗員にとっても、リコリスの命令に従ったほうが生還できる可能性が高いのは明らかだ。相手がそうすると言っている以上、これ以上余計な事を言うべきでは無かった。

 

 「本当に、勝てるんですか?」

 

 Cシップ群の指揮官がモニターから消えたのを確認した後、それでもリーズは質問せずにはいられなかった。

 この場にいる25隻、巡洋艦1隻、護衛駆逐艦4隻、Cシップ20隻全ての火力を合計しても、敵新鋭戦艦の火力には遠く及ばないのは明らかだ。リコリスの性格をよく知るリーズとしては、彼女が戦闘を決意したという事が信じられなかった。

 

 「どうでしょうね。戦争は所詮人間が遂行するもの。そして、人間のやる事に絶対はない」

 

 リコリスは薄く笑った。自信を示しているのか自暴自棄を表しているのか、判断に困る表情だ。

Cシップの指揮官がいなくなってから質問してよかったと、リーズはつくづく思った。

 

 「ただ…アスピドケロンと違うのは、全員に助かる可能性があるという事ね」

 

 リコリスはふと柔らかい表情を浮かべた。そして彼女の声がほんの少しだが震えている事に、戦闘指揮所でおそらくリーズだけが気づいた。

 

 (この人も怖いんだ。多分、私よりずっと怖いんだ)

 

 当然と言えば当然の事実を、リーズは初めてはっきりと認識した。現在のリコリスはオルレアンだけで800人以上、臨時指揮下に入れた艦を含めればおそらく1万人近くの人間に対して、生殺与奪の権利を握っている。彼女が正しい命令を出せば彼らは生き残り、間違った命令を出せば死ぬ。

  

 いつも自信に満ちた、というか不遜極まりない態度で命令を出すリコリスだが、内心はおそらくそうではない。彼女は巨大すぎる責任を、一人で抱えているのだ。


 しかもリコリスは何だかんだ言って、直属の部下には非常に優しい人間だ。平均的な指揮官以上に、命令を下すときに感じる重圧は大きいはずだ


 「大丈夫よ、准尉。私が指揮を執っている限り、この艦はおそらく沈まない。保証は出来ないけどね」


 リーズの表情が変わったのを不安と受け取ったのか、リコリスは穏やかな声でそう言った。軍人としては危ういまでに優し気な表情だった。


 


 



 

 「敵の護衛艦艇がほとんどいない?」

 

 フェルナン・グアハルド大将は目を剥いた。いくら何でも話がうますぎると思ったのだ。

 

 「その通りです。敵戦力は小型空母20隻の他には、巡洋艦1隻と駆逐艦4隻だけです」

 

 戦闘を進んでいた駆逐艦カラヴェラのレーダー員は、完全に困惑したような顔でそう繰り返した。

 

 「小型空母と言うのは確かな情報なのか? その中に巡洋艦が混ざっているという事は?」

 

 ロル・ビドー少将も念を押すように質問した。レーダーによる観測で分かるのは、艦の大きさだけだ。だからレーダー員が敵の艦種を誤解しているのかもしれないと、ビドーは疑っているようだ。

 

 艦隊副司令官とその参謀長という雲の上の相手に詰問されたレーダー員は、縮こまりながらも自己の判断を述べ続けた。

 

 「レーダーから分かるのは、400mから600mクラスの艦20隻の集団が非常にゆっくりと動いていて、その集団に艦載機が時々向かっているという事です。我々はこの動きについて、着艦中であるため高速航行が出来ないからだと解釈しております」

 「確かに、それ以外の解釈は取りようがないな」

 「また中型艦の集団周囲には中型艦1隻と小型艦4隻がいます。彼らを護衛しているようです」

 


 グアハルドは考え込んだ。その情報が正しいとすれば、確かにカラヴェラのレーダー員が言うとおり、敵には護衛艦艇がほとんどいないという事になる。だがそんなに都合よく、無防備な敵空母が目の前に現れるものだろうか。

 


 「艦載艇を出して詳細な情報を入手しては?」

 

 旗艦エニセイ戦闘指揮所に詰めている士官の一人がそう提案したが、すぐに却下された。艦載艇は一応の偵察能力を持っているが、主な用途は軍艦同士の連絡や荷物の運搬であり、自衛能力も機動力も無きにひとしい。そんな兵器を空母部隊目がけて偵察に出しても、艦載機によって撃墜されるだけだろう。


 「取りあえず、駆逐艦のみを急行させて威力偵察を行いましょう」

 

 続いてビドーが進言した。20隻の中型艦が本当に全て小型空母なのか確認するため、まずは駆逐艦による攻撃を加えて探りを入れようというのだ。

 

 グアハルドはこの案にかなり魅力を感じたが、すぐに考え直した。情報の信憑性を確認するのと引き換えに戦力の分散と時間の浪費を行うのは得策とは言えない。

 中途半端な攻撃を行えば、敵空母は未着艦の艦載機を見捨てて逃げるかもしれないし、もっと悪い事に攻撃隊がエニセイ目がけて放たれるかもしれない。

 

 「正攻法でいく。駆逐艦群は本艦の左舷方向に展開し、索敵を行ってもらう」

 

 結局グアハルドが決定したのは、敵が態勢を整える前に突入し、抵抗を火力で粉砕するという単純明快な方法だった。

 なお左舷側に駆逐艦を展開させるのは、先ほどの敵戦艦との交戦において、左舷の光学装置と副砲がかなり破壊されたためである。ドニエプル級戦艦と言えども、無傷で砲戦を切り抜けることはできない。主砲塔1基が新型艦につきものの初期故障を起こしたのを始め、艦体には細かなダメージが蓄積していた。

 

 「敵艦隊、やや速度を上げました」

 

 続いて切迫した報告が入る。空母と言う艦種は一般的に戦艦よりも高速だ。従来の『連合』軍戦艦より遥かに機動性が向上したドニエプル級も例外ではない。愚図愚図していては、長蛇を逸する可能性があった。

 


 「最大戦速!」

 

 何か不吉な予感を感じつつも、結局グアハルドは攻撃を決意した。これが敵の罠であっても、所詮相手は最大でも巡洋艦だ。攻防性能ではドニエプル級戦艦の敵ではない。

 多数の巡洋艦に対艦ミサイルを撃ち込まれれば持たないが、その前に敵空母の何隻かは必ず道連れに出来るはずだ。結局第二統合艦隊をまとまった戦闘部隊として機能させる事ができず、今回の敗北を招いた自分にとってこれが最善の償いだ。彼はそう考えていた。

 


 エニセイの巨体の後方に、今までよりずっと巨大な熱と光の帯が出現する。機関が最大まで出力を上げた証拠である。

 エニセイを初めとするドニエプル級戦艦には、これから竣工し始める新鋭空母ガリラヤ級と同じ機関が搭載され、前級のクラブリー級戦艦と比較して6割増しの推力重量比を達成していた。しかもクラブリー級より遥かに大型化した艦体に対してだ。

 

 そしてこの宙域、というより人類世界全体を見渡しても、ドニエプル級戦艦を上回る戦闘力を持つ軍艦は存在しない。エニセイの巨体は、阻止不可能な災厄として『共和国』軍に接近しつつあった。

 


 

 対する『共和国』側の反応は意外なものだった。完全に後ろを向いて逃げるでも、開き直って砲戦を挑むでもない微妙な動きをとっている。そしておまけのように、戦艦と比較すれば芥子粒のように小さな兵器が飛来してきた。

 

 「敵戦闘機1機、本艦に接近中!」

 「敵機、電波を盛んに発信しています!」

 「攻撃隊を呼び寄せるつもりか」

 

 敵機の接近とその行動について報告を受けたグアハルドは、『共和国』軍の意図をそう推測した。今までに攻撃隊が放たれなかったところを見ると、あの空母部隊は艦載機を大規模に発艦させる事ができない状態にある。

 

 たぶん機体の整備が終わっていないか、攻撃隊の帰還直後で格納庫が混雑して出撃準備が整わないのだろう。

 そのため彼らは周辺の他の空母部隊に応援を依頼しているのだ。あの妙な動きを見ると、自らを囮にして時間を稼ぎ、攻撃隊の到着を待つ作戦なのかもしれない。

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