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ファブニル後半戦ー15

 砲撃戦において圧勝したにも関わらず、『連合』軍第二統合艦隊副司令官のフェルナン・グアハルド大将は、難しい顔をしていた。

 他の艦との連絡は相変わらず取れず、旗艦エニセイはたった3隻の駆逐艦のみを伴って行動せざるを得なかったためだ。敗れたとはいえ副司令官が指揮する部隊としてはあまりに寂しい陣容だ。

 発見された『共和国』軍の空母部隊を撃滅し、惨敗の屈辱をいささかなりとも晴らすはずが、これでは不十分な攻撃にならざるを得ない。


 「確かに本艦だけでは大した戦果は挙げられないでしょうが、ドニエプル級戦艦の実戦テストとしては成功だったと思われます」


 第二統合艦隊副参謀長のロル・ビドー少将が宥めるようにそう言った。これは確かにその通りだった。

 グアハルドが座乗する旗艦、ドニエプル級戦艦の3番艦であるエニセイは、形式不明の『共和国』軍大型戦艦2隻を完膚なきまでに叩きのめした。1隻は沈没し、もう1隻も戦闘不能になってよろめくように逃げている。『連合』軍最新最強の戦艦に相応しい戦果だった。



 ドニエプル級戦艦は宇宙暦680年代のゴルディエフ軍閥領紛争をきっかけに建造が主張されるようになった艦である。

 この紛争は両国の境界地帯に存在した軍閥の支配地域に、『連合』が侵攻したことで始まった。『連合』は20倍近い国力を背景に容易く同地の占領を進めていったが、これを『共和国』は危惧した。

 ゴルディエフ軍閥領全体が『連合』の手に落ちれば、『共和国』の重要な工業地帯が『連合』宇宙軍の侵攻圏内に入るのだ。これはどんな国にとっても悪夢であり、また『連合』の侵攻作戦の真の狙いでもあった。

 

 だが『共和国』は軍閥側について『連合』と戦うほど無謀ではなかった。代わりに行ったのが、『共和国』側に存在する残りの軍閥領を『連合』に先駆けて併合することだった。

 『共和国』が味方になる事を期待していた軍閥側としては、いい面の皮である。ゴルディエフ軍閥領を当時支配していたニコライ・ゴルディエフは幼い2人の娘と共に、両国への呪いの言葉を吐きながら何処かに逃亡していった。

 

 そして最重要目標とされた惑星ファブニルに『共和国』軍と『連合』軍がほぼ同時に到着した事が、後の『連合』ー『共和国』戦争の引き金となったのは、今も行方不明の彼の怨念が結実した結果と言えなくもない。

 両軍はファブニル周辺で小競り合いを演じた挙句、同惑星を共同占領することで合意した。その後ファブニルの元住民の多くが両国の奥地に強制移住させられる一方、多数の『連合』人と『共和国』人がファブニルに入植した。そして両者の対立が『ネックレスの夜』事件を引き起こすことになり、最終的な開戦につながったのだ。

 



 歴史の話はさておき、この680年代の軍事衝突の結果、『連合』の艦船設計に疑問が投げかけられた。『連合』の戦艦は砲撃戦で『共和国』の戦艦を圧倒したものの、速度に優る彼らは機関に損傷を受けた艦を除いて『連合』の追撃を振り切った。そして十分に距離を取った戦艦群はいきなり変針すると、補助艦艇との合同攻撃をかけてきたのだ。

 

 結局この戦いで『共和国』は戦艦2隻沈没4隻損傷、『連合』は戦艦1隻沈没6隻損傷の被害を受けた。『連合』の辛勝とみなされる結果だが、それはそれとして後半戦で『共和国』軍艦の機動力を見せつけられた軍指導部と艦政本部の一部は、自軍の戦艦の設計思想に疑いを抱くようになった。

 いくら強力な艦であっても、相手が一対一の戦いに乗ってこなければ意味がない。戦闘能力も重要だが、相手に戦闘を強要する能力、あるいは不利な状況での戦闘を避ける能力も同じくらい重要ではないか。紛争の結果を研究した艦政本部の一グループは、そう考えるようになっていた。

 

 結果が一応の勝利だったことと、辺境国家の兵器を参考にすることへの躊躇いから彼らの声は埋もれがちだったが、宇宙暦690年代に入ると状況は変化した。

 新しく『連合』最高指導者に就任したトニオ・ストルキオの財閥に属する企業が軍艦用機関の製造を行っていたこと、及び『共和国』ー『自由国』戦争における『共和国』の大勝利が、高速戦艦の建造を後押ししたのだ。


 こうして生まれたドニエプル級は、特に従来の『連合』軍戦艦の弱点とされた機動力が、大幅に改善された傑作艦となった。攻防性能においても他艦を圧倒していることは、先ほどの『共和国』軍戦艦2隻の運命が示している通りだ。

 

 「それにしても残念ですな。ストリウス中将の高速艦隊構想が実現していれば、会戦の勝利は逆転していたかもしれません」

 「その仮定は無意味だ。あの構想の実現は、最初から有り得なかった」

 

 ビドー副参謀長の言葉をグアハルドは窘めた。高速艦隊構想とは、第二統合艦隊参謀長のダニエル・ストリウス中将が、辺境部隊で司令官職を務めていた時に出した艦隊の編成案だ。

 当時一番艦が就役間近だったドニエプル級戦艦8隻を中心とした60隻程度の部隊で、コンパクトな編成と相まって、従来の『連合』軍を遥かに上回る機動力を発揮できる予定だった。

 提案書では国境で偵察活動を行う他国の軍艦を追い払うための部隊とされていたが、実際には大規模な艦隊戦をも意図している事は明らかだった。実際ストリウス中将は自らが提唱した高速艦隊が、「敵高速部隊の阻止と主力部隊への牽制、及び空母部隊や補給部隊への攻撃」に向いている事を認めている。

 

 

 しかしいずれにせよ、高速艦隊構想が日の目を見る可能性は最初から存在しなかった。戦死率が高く利権が少ない辺境部隊には、平民出身者や没落した財閥の出身者など、軍内の非主流派が多く集められる。 当然、辺境部隊はある意味他国の軍隊以上に『連合』政府から警戒されており、そんな集団に新鋭戦艦を中心とする強力な部隊を編成させるなどあり得ない事だった。 

 なお、あからさまに反乱を恐れるそのような態度が、ますます辺境部隊の将兵の心証を悪化させて忠誠心を弱めたのは言うまでも無い。他に誰もやろうとしないので辺境部隊総司令官を10年以上務めていたグアハルドは、その事をよく知っていた。


 

 例えば一部の辺境惑星では、『連合』にとって最悪の敵性分子とされる救世教徒が、軍事訓練をやったり武器を製造したりしていたが、余程目に余らない限り、軍は見て見ぬふりをしていた。

 救世教徒は辺境部隊に対しては無害だったし、スラム化した都市郊外における自治組織として、治安の維持に役立っていたからだ。

 出世コースを外れた結果として辺境惑星に来た軍人や文官たちは最初その状況に目を剥いたが、すぐに状況に順応した。救世教徒を下手に弾圧すれば星の治安が悪化し、報告が中央に届けば立場がさらに悪くなる。最悪サボタージュや反乱煽動の罪を着せられて死刑になるという状況では、黙っていた方が得策だった。

 

 


 「敵空母部隊、未だに艦載機を収容中のようです。動く気配を見せません」

 

 そんな感慨にふけっていたグアハルドの耳に、歓声交じりの報告が届いた。大胆にもグアハルドの部隊の近距離で艦載機を収容していた敵空母は、もう少しで旗艦エニセイの主砲の射程に入る。

 

 もちろん戦艦1隻で全ての敵空母を沈める事は出来ないし、やがては敵の護衛によって返り討ちにされるだろう。それでも、今回の会戦において重要な役割を果たした『共和国』軍の空母部隊に大損害を与えておけば、これからの戦いは少しは楽になるはずだった。




 


 



 艦載機運用能力を持つ艦は全てそうだが、パイロットの居住区画は戦闘指揮所のかなり近くにある。戦闘機パイロットは養成に金と時間がかかるので、艦が被弾した時になるべく戦死しないよう、艦の高級幹部と同じ主要防御区画内に居住するのだ。

 

 そのせいもあって、パイロットには士官と同じく小さいが個室が与えられる。士官居住区にわざわざ下士官兵用の二段型居住区を作ると艦の使い勝手が悪くなり、かえってスペースの無駄遣いになるためだ。 加えて、パイロットは最も戦死率が高い兵科なので、その位の待遇にしないと志願者が集まらないという問題もある。

 


 そのパイロット用の個室のドアを、リーズは順番に叩いていった。オルレアンの搭載機数は8機だが、今回は5機しか積んできておらず、パイロットも最初から5人しかいなかった。だからエルシーは、残った3個の部屋のうちどれかにいるはずだ。

 だがその3つの部屋には誰もおらず、艦載機予備部品の置き場になっていた。ならばと他のパイロットの部屋を順番に訪ねてみたが、いずれも部屋の主しかいない。

 

 


 (まさかね)

 

 リーズは最後の部屋の前に立った。そこにはアリシア・スミス飛行曹長が住んでいる。するといきなり、背後から声がかけられた。

 

 「あれ? リーズ・セリエールさんでしたっけ。どうかしました?」

 「ああ、アリシア飛行曹長。エルシー飛行兵曹がどこにいるか知らない?」

 

 背後に立っていたのは当の本人だった。部屋の中で食べるつもりなのか、艦内の売店で売られているケーキをトレイに載せて持っている。

 

 この辺りが、アリシアの好感が持てるところであり、妙な所でもあった。普通の財閥出身者なら、非番の兵に命令して部屋に運ばせる。絶対に自ら歩いて行ったりはしない。それ以前に、財閥出身者が前線勤務などやっているのがおかしいのだが。

 

 「エルシーなら、あたしの部屋にいますけど。呼びますか?」

 「は?」

 

 そんな感想も束の間、リーズはアリシアの言葉に耳を疑った。スミス家の人間とサンドフォード家の人間が同じ部屋にいる?

 

 「悪いですけど、ドア開けてくれませんか? 両手が塞がっているので」

 「…ああ、うん」

 

 混乱しながらも、取りあえずリーズはアリシアの部屋のドアを開けた。割とたくさんの私物が置かれているが、リコリスの部屋よりは片付いている。

 部屋の隅に椅子と兼用のベッドがあり、隣に小さな机が置かれているというのが大まかな配置だ。机の上では紅茶が入ったカップが2つ湯気を立てている。

 

 そしてベッドには、亜麻色の髪をした少女、エルシー・サンドフォードが確かに座っていた。モニターで一度見た通りの綺麗な顔立ちをしているが、琥珀色の目には微かに泣いたような跡があった。

 

 「あの、何か御用でしょうか?」

 

 エルシーは上官を相手にする新兵によく見られる、おずおずとした口調で聞いてきた。アリシアもそうだが、財閥出身者にこういう態度を取られるとどうも調子が狂う。

 その隣にアリシアが座った。彼女はリーズも座るように促したが、リーズは断った。この部屋に長居をする訳にはいかない。

 

 「ごめん、お邪魔して。その…これから出撃してもらうかもしれないけど、出られる?」

 「…はい」

 

 エルシーは少し躊躇った後でそう答えた。説得するまでもなく話が済んだのはいいが、一体どういうことだろう。

 


 その横ではアリシアが紅茶を口に含んでいる。それを何となく見ていたリーズは不意に恐怖を覚えた。パイロットは帰還不能となった時の自決用に、毒薬のカプセル、別名「退職手当」を所持している。

 カプセルの状態で服用した時は20分ほど、水に溶かした場合には数十秒で死をもたらす猛毒だ。アリシアが戻ってくるまで一人でいたエルシーは、やろうと思えば紅茶にカプセルの中身を混ぜ、アリシアを毒殺する事が出来る。

 

 リーズはカップを引っ手繰ろうとしたが、その前にアリシアは中身を半分ほど飲んでしまっていた。もし毒が混ざっていたとすれば、十分に致死量だ。

 

 「他には何か?」

 

 エルシーは相変わらずの不安そうな口調で聞いてくる。ぱっと見は本当に気の弱そうな少女だが、スミス家と同じ位悪名高いサンドフォード家の出だ。


 彼女の祖先である『首狩り公妃』、エレミア・サンドフォードは惑星アピスに赴任した際、星の有力者全てを集めた宴会を催した。毒入りの酒を用意してだ。

 乾杯の合図があった数分後には、会場にはエレミアと護衛の兵以外、生きている人間は存在しなくなった。エレミアはその光景を眺めながら、「死人は問題を起こさない」と呟き、兵に転がっている死体の頭部を切断するよう命じたとされている。

 


 「ところでエルシー、ケーキ食べる?」

 「ありがとう」

 

 だが危惧したような事は何も起きなかった。紅茶を全て飲み干したアリシアはいつまで経っても床に倒れこまない。もちろんエルシーの方も同様だ。

 

 

 「出撃は多分、30分くらい後になると思う。それじゃ、失礼するわ」

 

 

 目の前の光景に違和感どころではない奇妙さを覚えながらも、リーズは深くは追及しなかった。取りあえず仲良くしているなら、それでいい。そう思ったのだ。


 筆者には取りあえず書き終えた部分を、後先考えずに投稿してしまう悪癖があります。そのせいでこの数週間、読者の皆さんには多大な失望とご迷惑をおかけしたと思います。申し訳ありませんでした。今回削除した部分については、修正のうえでまた投稿する事になると思います。

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