ファブニル後半戦ー11
対する『共和国』軍は総司令部の戦術能力はともかく、個々の指揮官の質にばらつきが目立つ。2年前の戦争で『自由国』を降伏に追い込み、この戦いでも『連合』に苦杯を舐めさせた『共和国』軍だが、決して無敵の存在ではない。
「増援部隊、後3分で到着します。戦力は巡洋艦と駆逐艦を合計して150隻前後」
崩れかけている隊列を何とか立て直したストリウスの耳に、第四艦隊と第七艦隊に要請した増援部隊が来たという報告が届いた。
だがストリウスはその動きを見て眉をひそめた。敵戦艦群目がけて最短距離で突っ込む形になっている。『共和国』軍のような長射程ミサイルを持たない『連合』軍がそんなことをすれば、大損害を受けた挙句に戦果は僅少なものになるだろう。
確かにウィリアムソンはストリウスに軟禁される前、可及的速やかに増援を送れという命令を出しているし、ストリウスもそれを追認した。
だが可及的速やかにとは、損害を無視しろという意味ではないとストリウスは思う。ただ勇壮に突撃するだけなら一兵卒でも出来る。命令を柔軟に解釈し、最小限の犠牲で目的を達成するのが指揮官たるものの務めではないのか。
(指揮官の未熟さゆえか。それとも政治的配慮ゆえか)
どうも後者の方が有りそうな気がした。第四艦隊と第七艦隊は総司令部の命令に対し、無視とは言わないまでも消極的な態度を取り、敗北の原因の一つを作っている。
その汚名を雪ぐためには出来る限り命令に忠実(ストリウスに言わせれば硬直的解釈)で、かつ勇壮な戦いをするしかない。増援部隊の指揮官はそう判断したのではないか。彼らもまた上級司令部に連座して軍法会議に掛けられる危険があるのだから。
ストリウスが渋い顔で見守る中、『連合』軍の巡洋艦、駆逐艦は『共和国』軍の戦艦部隊と交戦し、次々に撃沈されていった。まるで敵の要塞に向かって突撃し、砲火で蠅のように打ち倒されていく地球時代の歩兵だ。
(これで終わりか…)
ストリウスは『共和国』軍戦艦部隊を表すモニター上の点を睨み付けながら、内心で覚悟を決めた。宇宙空間に傲然と聳え立つ巨大な要塞が小型艦を子犬のように蹴散らしていく様子が脳裏に浮かぶ。そして彼らが全滅すれば、次はストリウスたちの番だ。
「味方戦闘機、敵戦艦を攻撃中!」
思わぬ報告が来たのはその時だった。ストリウスは一瞬、ユーフラテスの通信科員までがさっきのウィリアムソンのように正気を失ったのではないかと疑った。
第一艦隊と第八艦隊の空母艦載機は制空権の維持で精いっぱいだというのに、どこに敵艦隊を攻撃できるだけの艦載機がいるというのか。
「確かな情報か?」
ストリウスは念を押した。「虚言であれば軍法会議にかけてやる」と付け加えてやりたくなる誘惑に一瞬駆られたが、それは言わないことにした。生還すら大いに危ぶまれる状況で、軍法会議の脅しなど全く意味を持たない。
「確かです。第六十二分艦隊所属の機体です!」
「第六十二、ハミルトンか。生き残っていたとはな」
この時ようやく、ストリウス、というより『連合』軍第二統合艦隊総司令部は、ハミルトンの第六十二分艦隊が壊滅を免れたことを知った。
そして自分たちは負けるべくして負けたのだともストリウスは思った。戦争が始まってから急きょ編成された第二統合艦隊を構成する各艦隊間では、戦闘データの共有が碌に行われていない。
実際にこの目で見るまで信じられなかったのだが、各艦隊がそれぞれ違う財閥が製造した違う規格の通信機を装備しているせいで、他の艦隊との情報交換が著しく困難になっているのだ。早い話が、総司令部は直率部隊以外の部隊に生じた損害も戦果も満足に確認できていない。
そこに各艦隊の指揮官の対立意識から来る非協力的な態度が加わり、第二統合艦隊、いや『連合』軍全体が国家軍隊というよりは傭兵の寄せ集めのような武装集団となっていた。
宇宙海賊や宗教ゲリラなどの弱小勢力相手の戦いでは欠点は表面化しなかったが、宇宙第二の国家の正規軍との戦いでは醜態をさらすことになったのだ。
その『共和国』軍は我々とは大違いだ。ストリウスはそうも思う。彼らは全ての部隊が総司令部の命令通りに行動しているようだし、ある部隊が攻撃されればすぐに他の部隊が反撃してくる。
この戦いで見られた各部隊間の柔軟な協力と、兵力の大胆な機動集中は、『連合』軍の指揮システムでは出来ないことばかりだった。
部隊間の指揮システムの問題については、ストリウスが評価する数少ない上官であるグアハルド大将もさんざん指摘していたのだが、何もかもが有耶無耶のままで『連合』は今回の戦争を迎えることになってしまった。その結果が惨敗だ。
だが今は敗戦の原因について何かを言うべき時ではない。軍隊の指揮系統の徹底的な見直しはぜひ行う必要があるが、それもこの戦いで生き残ってからの話だ。
「第二十二、第三十一両分艦隊に命令。航空攻撃が終了し次第、敵艦隊の最弱部を襲撃せよ!」
ここが勝負どころと見たストリウスは最後の予備兵力の投入を決めた。思いがけず行われた航空攻撃と並んで、これが『連合』軍が繰り出すことが出来る最後の一撃だ。失敗すれば後は殲滅されるだけとなる。ストリウスはそう覚悟していた。
ストリウスは無論知らなかったが、軍隊全体の力が尽きかけているという状況は『共和国』軍にも共通していた。
『共和国』軍の補助艦艇群はグアハルド大将の部隊への突撃によって自らも重大な被害を受けていた上、切り札のミサイルもこの時点で使いつくしている。戦闘の最終局面に限っては、防御力に劣る彼らは『連合』軍巡洋艦相手に耐えがたいキルレシオを強いられていた。
後は戦艦部隊だが、彼らもまた大きく消耗し、苦戦していた。戦艦部隊はまず『連合』軍の補助艦艇が行ってきた自殺的な突撃の阻止のために、隊列の整頓と一時後退を行わざるを得なかった。無論追撃の速度は鈍くなるが、自軍の補助艦艇が消耗している以上、戦艦で迎撃する以外に選択肢はなかったのだ。
この攻撃は何とかしのぎ切ったが、その後に思いもよらない事態が起きた。戦艦部隊の砲撃で撃沈された『連合』軍艦艇の後ろから、多数の戦闘機が襲い掛かってきたのだ。彼らは『共和国』軍とは逆に、戦艦だけを執拗に狙ってきた。
「空母部隊に出撃可能な艦載機隊を出させろ!」
第1艦隊群司令長官ディートハルト・ベルツ大将は血相を変えた。その横では参謀長のミシェル・ポラック中将と主席参謀のノーマン・コリンズ准将も焦燥の色を浮かべている。
『連合』軍のミサイルに『共和国』軍のASM-15ほどの威力がないことは確認しているが、それでも多数を撃ち込まれればどうなるか分からない。『共和国』の戦艦は巡洋艦ほどではないにせよ速度を重視する設計のため、『連合』の戦艦に比べて装甲が薄いという事実を考えれば尚更だ。
「無理です。今から艦載機を出しても間に合いません」
航空参謀のセルゴ・ルイコフ准将が返答した。現在の『共和国』軍は追撃のために戦闘艦艇が突出する一方、艦載機の収容のために大きく動けない空母部隊は遥か後方にいる。今から出せるだけの艦載機を出撃させても、到着するのは空襲が終わった後だろう。
彼らを阻止できるだけの『共和国』軍機が姿を見せない中、『連合』軍の戦闘機は中隊ごとに編隊を組んで『共和国』艦隊に襲い掛かった。
整然たる隊形を組んで虚空を進む戦艦や巡洋艦の周囲を、彗星を思わせるエンジンの噴射光が飛び交う。さらにその光目がけて各艦が機銃や両用砲を発射し、『共和国』軍艦隊周辺の宇宙空間は歓楽街の夜を思わせる有様だった。
「当たれ! 当たれ!」
各艦の対空砲員はほとんど死相を浮かべながら、自砲の担当宙域に来た敵機に連射を浴びせた。大まかな照準はレーダーや光学装置と連動した射撃指揮装置によって行われるが、実際に砲を操作して引き金を引くのは彼らだ。対空砲員たちは開戦前に気が遠くなる程行った訓練通りに、艦隊の周囲を飛び交うスピアフィッシュと撃ち合った。
戦艦ネルガルのある対空砲員は自艦を横切ろうとしたスピアフィッシュに機銃を乱射し、ようやく命中弾を得た。敵機の片翼を吹き飛ばしたのを見て歓声を上げた彼と仲間たちだったが、その笑顔はすぐに恐怖と驚愕で凍り付いた。
被弾したスピアフィッシュが急旋回して、彼らの機銃座目がけて突っ込んできたのだ。まるで死を免れないことを知った敵機が、せめて仇敵を道連れにしようとしているかのように。
もちろんそんなことは有り得ない。戦闘中にどの艦のどの機銃で撃たれたかなど、戦闘機側から判別することは不可能だ。だからこれは、あくまで奇妙な偶然に過ぎなかったのだが、砲手たちにとってはそんな事実は何の慰めにもならなかった。
「とっととくたばれ!」
敵を倒すためというよりも自分が生き残るため、機銃座から連続した光の束が伸びていく。さらに他の機銃座も自艦の危機に気づき、傷ついたスピアフィッシュに銃火を浴びせた。
光のスコールを思わせる光景だったが、スピアフィッシュは引き返さない。自らも機銃を乱射しながら、ネルガルに一直線に突入してくる。
ネルガルの対空砲員と見張り員はこのまま体当たりを食らうことを覚悟し始めたが、その時スピアフィッシュの胴体中央、コクピットがあるあたりに閃光が走った。パイロットが即死したのは間違いない。
歓声も束の間、彼らの歓喜は再び凍り付いた。コクピットは潰したが、エンジンは破壊できていない。そしてあの敵機は、明らかに直撃コースを取っている。
一瞬後、機銃員たちは目の前の景色全てが暴力的な光に支配されるのを目撃した。パイロットを失ったスピアフィッシュは尚も前進を続けた挙句、機銃座の至近距離で大爆発を起こしたのだ。
爆光が止んだ時、スピアフィッシュの機影は跡形もなく消えていたが、機銃座も高熱と大量の破片によって機能不全になっていた。その内部では機銃座にいた者全員が焼き殺されるか、機銃座の薄い外壁を貫通した破片で切り刻まれている。事実上の相打ちだった。
同じような場面は至る所で散見された。『共和国』軍の対空砲火はスピアフィッシュ隊にそれなりの打撃を与えているが、それをかいくぐって攻撃を実行するスピアフィッシュもまた多い。
戦場ではスピアフィッシュの墜落以上に『共和国』軍艦隊へのミサイルの命中が目立ち、それに伴って隊形の緊密さと対空砲火の密度は、少しずつ低下していった。
「敵機、突っ込んできます!」
そこらかしこで戦闘機が撃墜されたり艦艇にミサイルが命中したりする時に出る白い光が走る中、旗艦アストライオスにも敵戦闘機が迫ってきた。
もちろん対空砲火も発射されるが、どうも効果は薄いようだ。少なくとも、Cシップから出撃した『共和国』軍機を『連合』軍艦隊が迎撃した時ほどの戦果は挙がっていない。
「速度差のせいか」
ベルツ司令官は舌打ちした。『共和国』宇宙軍では当然艦隊が空襲を迎撃するという訓練も行われ、演習結果の分析も精力的に行われている。
だが演習の時に敵機役を務めるのは当然ながら自軍の戦闘機だ。その演習結果を反映した各艦の対空砲の装備数や砲を動かすモーターの性能は、対艦装備のPA‐25をもとに設計が決められている。
そこに落とし穴があったのだとベルツは思う。『共和国』宇宙軍のPA‐25と『連合』宇宙軍のスピアフィッシュは対空装備では大体同じくらいの飛行性能を持つが、対艦装備での機動性は後者が上回ることが、この戦いで確認されている。多分『連合』のホーネット対艦ミサイルは、『共和国』のASM-15対艦ミサイルより軽いからだろう。
演習より機敏な敵機を相手にすることになった『共和国』軍の防空システムは有効に機能せず、『連合』軍機は多くが対空砲火を突破してミサイルを発射してきたのだ。
「敵機、ミサイル発射しました! 避けられません!」
再び絶叫が響く。数秒後、会戦前半で戦艦の主砲射撃を食らった時をも上回る衝撃が、アストライオスの艦体を貫いた。戦闘指揮所の照明が一瞬消え、電子機器の一部が緊急停止する。
「3発命中。第2主砲塔旋回不能。電路を切断された模様。左舷第4レーダー及び逆探損傷」
「敵艦隊の一部が向かってきます! 規模は2個分艦隊相当」
「やるな。『連合』軍」
被害報告と敵状報告が同時に届く。その内容にベルツは舌を巻き、『連合』宇宙軍に対する認識を改めた。