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ファブニル後半戦ー9

『共和国』宇宙軍が敵軍を各個撃破するために集結していた頃、偵察巡洋艦オルレアンは風変わりな客を迎えていた。

 

 「4番機が戦場で迷子になっていた友軍機を1機拾ってきています。一緒に着艦させていいかどうか聞いてきてますが」

 「…ああ、いいわよ。意外に優しいところあるのね。アリシア飛行曹長って」

 

 4番機と聞いて身構えたリコリスの耳に入ってきたのは、わざわざ艦長に報告するまでもないような些細な情報だった。彼女は拍子抜けしながら快諾した。

 

 「本当にいいんですか?」

 「何か問題でもあるの? 別にいいでしょう。格納庫には余裕があるのだし。むしろ戦力不足の本艦としては、歓迎パーティーを開いてあげたいくらいよ」

 

 「…その機体のパイロットですが、サンドフォード財閥の人間と名乗っているんです」

 「な!? どうして? どうして、アリシア飛行曹長は助けたの? そんな人間を?」

 

 リコリスは凍り付いた。アリシアが所属するスミス財閥と、サンドフォード財閥は不倶戴天の敵のはずだ。政権が交代して前政権の閣僚やその他の不穏分子が大量に処刑された折には、互いに相手側の人間を告発しあい、粛清の対象にし合っている。

 


 スミス家とサンドフォード家は両方が『共和国』が建国された時から存在する名家で、同時にその頃から犬猿の仲だ。

 原因についてはいろいろ言われているが、煎じ詰めて言えば両家が握っている権力の大きさが近すぎ、握っている利権の内容が似すぎていたせいだろう。

 

 その不仲ぶりは宇宙暦696年に起きた大粛清の時もいかんなく発揮された。この時の内務局長で、粛清の終了後に政務局長になったローレンス・クラークが属するクラーク家は、本来スミスとサンドフォードの両家に比べれば、新興の小財閥に過ぎなかった。

 

 だが両家は、共同してクラーク家を叩き潰して粛清を終了させるのではなく、互いに相手の財閥の人間を告発し合ってそれを激化させた。

 この政争はスミス家の辛勝に終わったが、実質的にはピュロスの勝利、あるいは両家のクラーク家に対する敗北だった。大粛清後の両家はそれまでに有していた権力の過半をクラーク家に奪われた上、有していた私兵部隊も正規軍によって壊滅させられたからだ。

 


 身内の多くをスミス家の密告によって処刑場や強制収容所に送られた上に権力を奪われたサンドフォード家の人間は、当然ながら400年に渡って塗り固められてきたスミス家への憎悪をさらに上塗りしている。スミス家の方も同じだろう。

 この2つの財閥の人間同士が、戦場で助け合うことなど有りえないはずだ。相手をこっそり後ろから撃つことなら十分あり得るが。

 



 「どうします? 艦長?」

 「…着艦させなさい。取りあえずの整備と補給もやってあげて」

 

 他に選択肢はない。受け入れれば間違いなく厄介なことになるが、受け入れなければもっと厄介なことになるだろう。

 

 それに、戦闘機のパイロットなどをやっているということは、財閥の人間と言っても下っ端だろう。もしかしたら、アリシアと同じ程度にはまともな人間である可能性もある。  

 相手がクラーク政権の粛清の尻馬に乗った挙句自らもその対象になったフランク・サンドフォードや、マーガレット・サンドフォードならともかく、何の躊躇いもなく他人を銃殺する輩だと家柄だけで判断すべきではないだろう。

 



 そのパイロットが乗るPA‐25は、アリシアのすぐ後に着艦した。報告を受けたリコリスは、すぐに搭乗員待機室へ回線を繋がせた。とりあえず顔を拝んでやろうという好奇心より、そのパイロットとオルレアン乗員が衝突を始めるのではないかという不安からだ。



 「スミス、さっきの『スペア』ってどういうこと!? あなたと違って、私はスペアじゃなくて一応、嫡出子で」

 「相続権持ってない時点でスペアよ。あたしと同じでね。まあエルシーがどうしても違うというなら…」

 「私は、私は違う!」

 

 モニターが稼働し始めた途端に、リコリスの耳に飛び込んできたのはやけに若い女性の声だった。その声の主は、どうやらアリシアと口げんかしているらしい。

 

 リコリスは頭を抱えながら、モニターに映る声の主を見つめた。アリシアと同じくらいの歳と背格好をした美しい少女で、『共和国』の飛行服を着込んでいる。そして少女は、今にも泣きだしそうな顔でアリシアに抗議していた。

 

 (成程、確かにあまり、サンドフォード家の相続人には見えない)

 

 リコリスは現実逃避のようにそう思った。アリシア・スミスは性格はともかく外見的には、スミス家の人間と言われてぎりぎり納得できる部類に入る。

 財閥階級の人間にしては背が低い気がするが、スミス家は元々小柄な人間が多いし、彼女の紅茶色の髪と翡翠色の目もスミス家によく見られる。美しいというより可愛らしい顔立ちも財閥の人間としては若干珍しいが、スミス家にああいう顔の人間がいないわけではない。


 一方、そのアリシアと口論中の少女は、亜麻色の髪と琥珀色の目をしている。サンドフォード家の人間は普通、くすんだ感じの金髪と碧い目をしているはずだが、少女の風貌はあまりそれらしくないのだ。

 体型的にも同家には大柄な人間が多いが、少女の身長と体重はアリシアとほとんど変わらなそうだ。顔立ちだけはまあ、財閥の人間といって違和感のない整い方をしているが。



 と言う訳で少女が「スペア(財閥の血は引いているが相続権が無く、何か起きると粛清のスケープゴートに使われる人間への蔑称)」、扱いされても不思議では無かった。

 

 取りあえずそこまで危険な人間でもなさそうだが、かといって歓迎できるかと言うと躊躇いがある。血筋と態度を考えればアリシアとはもちろんのこと、平民出身の他の兵とも一悶着起こす可能性がある。

 



 まあ予想していたよりは大分ましそうなのは確かだが。少なくとも、スミス家やサンドフォード家が過去に示した最悪の例と比較すれば、アリシアともう一人の少女はずっとまともな人間に見える。記録に残っている中で最もよく知られた2例を思い返しながら、リコリスはそう感じた。

 

 


 宇宙暦500年ごろに惑星ムルグッハを統治していた『飢餓公』、アレクサンドル・スミスは経済運営の失敗によって最初の1年間に4000万人を餓死させた。

 しかもアレクサンドルは自分の面子と私欲のために、飢饉の発生後も他の星からの食糧輸入を拒否したため、状況は悪化を続けた。軍隊の反乱によってアレクサンドルがムルグッハの統治権を剥奪された時には、もともと11億人だった人口が9億人まで減っていたという。

 


 死に至らしめた数ではずっと少ないが、アレクサンドル・スミスと同じ位悪名高いのが、『首狩り公妃』、エレミア・サンドフォードである。アレクサンドルより少し後の時代に惑星アピスを統治していた彼女は、その地位を追われる事を恐れるあまり、恣意的な逮捕と粛清を繰り返した。

 のみならず、特に危険と見なした政敵については処刑後に頭部を切断し、ホルマリン漬けにして自らの寝室に飾らせた。政敵が間違いなく死亡しており、二度とエレミアを脅かす事は無いと確認するための行為だったらしい。

 


 なお「公」や「公妃」と言うのは実際の称号ではなく、2人が自分の惑星で行使していた絶対権力を揶揄する俗称である(『共和国』には公式の貴族制度は存在しない)。

 ルグラン政権とクラーク政権による中央集権化が行われるまで、『共和国』内の惑星ではそれぞれ別の財閥による徴税や法の執行が行われていた。のみならず、各惑星を支配する財閥は恒星間輸送と恒星間通信を好きに制御出来た。

 そのため政治家に相応しくない人間が惑星の統治を行った場合、ほとんどチェック機能が働かないままに暴政が布かれる事がよくあったのだ。もっとも、ルグラン政権やクラーク政権は、各財閥が行使していた絶対権力を惑星単位から国家単位に広げたものとも言えるのだが。

 


 ともあれ、格納庫で口論している2人の少女はどう見ても、『飢餓公』や『首狩り公妃』からは程遠かった。その事にリコリスは胸を撫で下ろしていた。

 

 それに何といっても、スミス財閥とサンドフォード財閥の人間が、銃弾や刃物ではなく言葉を交わしているというだけでも特筆に値するだろう。

 リコリスが知る限り、両財閥の人間が話をするのは普通、国家反逆罪を裁くための法廷でだけだ。それと一方に所属する人間が処刑される際に、もう一方の構成員が罵声と嘲笑を浴びせる所なら目撃したことがある。

 いずれにせよ、両財閥の人間はたとえ口喧嘩であれ、互いに話し合いなどしないのが普通なのだ。

 

 「あの…とりあえず和解してくれる? 少なくとも戦闘が続いている間は」

 

 リコリスは尚も言い争いを続けるアリシアともう1人の少女に話しかけた。決闘騒ぎや告発騒ぎになっていないのは慶賀の至りだが、このまま争いを続けられてはいつそれに発展しないとも限らない。



  




 『連合』軍第二統合艦隊旗艦ユーフラテスに座乗するオーガスト・ウィリアムソン大将の思考は、絶望と混乱の海を漂っていた。彼には信じられなかったのだ。光栄ある『連合』軍の艦隊が、ここまで無残な状況に陥ることが。

 

 「グアハルド大将の残存兵力は…」

 

 ウィリアムソンは呆けたような顔で言った。先ほどまで大艦隊を叱咤していた提督の姿はそこにはない。今のウィリアムソンは、ただ現実逃避を行うだけの形骸と化している。あるいはそれ以下の、現実に起きていることを認識することすらできない木偶に。

 

 「司令官、しっかりしてください。もはやグアハルド閣下の部隊は当てにできません」


  参謀長のダニエル・ストリウス中将はウィリアムソンに冷厳な事実を告げた。細面の端正な顔に嵌め込まれた灰色の瞳には、焦燥と絶望の色がある。

 グアハルドが指揮していた3個艦隊はさっき、『共和国』宇宙軍が放ったミサイルの雨の中で壊滅した。おそらく戦闘可能な艦は100隻も残っておらず、その100隻にした所で、隊列を整えるまでには気の遠くなるような時間がかかるだろう。


 

 「だ、第七艦隊と第四艦隊を呼び寄せろ。両艦隊と合流すれば、まだ敵と互角に近い戦力に…」

 

 ようやくウィリアムソンは新たな命令を出した。だが遅すぎた。隊列の後方にいた第七艦隊と第四艦隊が、ウィリアムソンが直率する第一艦隊およびその後方の第八艦隊に合流する前に、速度性能で勝る『共和国』軍の全艦隊がウィリアムソンの艦隊に襲い掛かってきたのだ。


 

 『共和国』軍の補助艦艇のほとんどがさっきの戦闘でミサイルを撃ち尽くしていたが、それでもその数は『連合』軍の補助艦艇にとって脅威だった。

 そして特筆すべきは、このとき誰もが予想もしなかった事態、『連合』軍が戦艦数で『共和国』軍に圧倒されるという前者にとっての悪夢が実現したことだろう。

 

ウィリアムソンや幕僚が絶望の面持ちで見つめる中、『共和国』軍は『連合』軍の戦艦に集中砲火を浴びせた。

 

 予想に反して、すぐ崩壊するかと見えた『連合』軍戦艦部隊は善戦した。戦艦同士の撃ち合いで雌雄を決する事を戦術思想とし、重火力・重防御を備えた『連合』の戦艦は、1隻辺り2隻から3隻の『共和国』軍戦艦を相手に互角の戦いを演じて見せたのだ。

 『連合』軍のエリートたる戦艦部隊乗員は、圧倒的に不利な戦況下にあっても、粛々と自らの任務を実行した。既に勝利を確信したように堂々と進撃する『共和国』の戦艦部隊に、美しいと言ってもいい程整然と進む『連合』の戦艦部隊が時計のような正確さで砲火を浴びせる。

 

「我が軍の司令官たちに我が軍の兵士たちと同じプロ意識があったなら、ファブニルの勝敗は逆転していた」、『連合』軍の戦艦のうち一隻を指揮していたディーター・エックワート大佐は、後にそう指摘する事になる。

 

 そして兵士たちが訓練の中で培った技能と勇気は、それに相応しい配当をもたらした。『連合』軍戦艦が発砲するたび、『共和国』軍の戦艦は主砲塔を射撃不能にされ、あるいは艦の指揮要員を殺傷されて戦闘力を失っていった。

 一方の『連合』軍戦艦は分厚い装甲が幸いして、相手程重大な被害は受けていない。『連合』軍は自軍の戦術思想と艦の設計思想が完全に間違っていたわけでは無い事を、戦闘の終盤になって証明して見せたのだ。

 


 だがそれも束の間の事だった。戦艦部隊の周囲に展開する『共和国』軍の巡洋艦や駆逐艦から、この戦いで『連合』軍が嫌という程目にした青白い光の矢が投射された。戦艦部隊同士の戦いでは埒が明かないと見た『共和国』軍が、あの恐るべき対艦ミサイルを発射したのだ。

 

 グアハルドの艦隊との戦いで大量の対艦ミサイルを消費したためか、その数は決して多くは無かった。だがそれでも一部は『連合』軍戦艦を直撃し、火力か機動力のどちらかを奪っていく。そこに『共和国』戦艦部隊が集中砲火を浴びせ、隊列を分断した。

 

 『連合』軍の駆逐艦部隊もまた勇戦し、決死の突撃を敢行して『共和国』軍の艦艇多数を撃沈した。しかしその代償として、数に勝る『共和国』軍の巡洋艦、駆逐艦から猛射を浴びてほとんどが沈没する。

 

 「撤退だ、撤退する」

 

 ウィリアムソンは絶叫した。『共和国』軍の砲火は既に、彼の旗艦ユーフラテスにまで降り注いでいる。ユーフラテスは既に主砲塔一基が使用不能になった上、レーダーの一部が破壊されて射撃管制にも支障が出ていた。

 

 ウィリアムソンの横ではストリウス参謀長が必死に考えを巡らせていた。もはやこうなっては、挽回の余地はない。ウィリアムソンの言う通り撤退するしかないのだが、果たしてそれが可能だろうか。

『共和国』の艦は一般に『連合』の艦より高速であり、そのことが『連合』軍のお粗末な統率と共に今回の戦闘の勝敗を分けた。そしてその速力は追撃戦でこそ、もっとも有効に発揮されるのだ。

 

ストリウスは既に旗艦ユーフラテスとウィリアムソン司令官、そして自分自身の生還を絶望視していた。第一艦隊と第八艦隊は、勝利に意気上がる『共和国』軍によって全滅させられる運命を免れないだろう。


かといって降伏するわけにはいかない。そんなことをすれば『共和国』は多数の軍艦を手に入れ、『連合』軍の今後の反抗作戦は不可能となってしまう。だとすれば…

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