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ファブニル後半戦ー8

「どういうことだ? 奴らは何がやりたいんだ」

 

 『連合』宇宙軍第二統合艦隊司令官のオーガスト・ウィリアムソン大将は、旗艦に定めた戦艦ユーフラテスの艦上で混乱していた。『共和国』軍は先ほど、大規模な航空攻撃をかけてきた。主力の戦艦に被害はなかったが、補助艦艇はかなりの被害を受けた。

 そこまではまだ分かる。彼らがどうやってあそこまで大量の戦闘機を投入できたのかは不明だが、大規模な航空攻撃で補助艦艇を潰すというのは言ってみれば常識的な戦法だ。

 

 解せないのがその次だ。『共和国』軍はその後、こちらの混乱を利用して巡洋艦と駆逐艦を後方に下げ始めた。普通なら嵩にかかって攻めてくるはずなのに。

 

 「撤退する気なのか?」

 

 ウィリアムソンは独白した。これまでの戦いで、両軍はほぼ同じだけの被害を受けた。

 正確には『連合』の被害の方がやや多いが、戦力で劣る『共和国』軍は相対的にはより多くの被害を受けたと考えられる。敵がこの事実を重く見て、撤退を決断したというのはあり得ないことではない。

 

 だからさっきの攻撃は、その撤退を援護するために行われたものだったとの推測は可能だ。巡洋艦や駆逐艦ばかりが狙われたのは、これらの艦艇のほうが高速なので撤退戦にあたって脅威になりやすいと判断したからかもしれない。

 

 



 何か嫌な予感がしたが、ウィリアムソンにはその予感の正体は分からなかった。とりあえず彼はさっきの攻撃で被害を受けた部隊に対して、隊列を整えるように命じた。敵がこのまま仕掛けてこないなら、追撃するまでだ。

 

 「まあいい。各艦隊に命令しろ。戦艦部隊を前面に出して撤退中の敵艦隊を攻撃、空母部隊は出撃可能な機体を対艦装備に変換しろ。『共和国』軍に止めを刺してやれ」

 

 

 だがウィリアムソンの表情は段々と苛立ちで曇り始めた。各艦隊の指揮官たちが追撃を行おうとしないのだ。

 

 「おい、どうなっている? 連中は何故動かん?」

 

 ウィリアムソンの詰問に対し、通信科員が困惑したように答えた。

 

 「第三艦隊より入電、旗艦の機関故障により追撃不能。第四艦隊より入電、現在隊列を再編中、追撃開始には30分程度かかる見込み。第七艦隊より入電、敵艦隊の後退は罠と確信、追撃は危険と判断…」

 「ふ、ふざけるな!!」

 

 ウィリアムソンは絶叫した。旗艦が損傷した時の引継ぎや、脱落艦が出たときの隊列の再編は散々訓練を行っているはずだ。訓練と実戦は違うとはいえ、全艦隊がこれほど手間取るはずがない。

 第七艦隊に至っては明白な命令違反だ。危険そうだから行動を見送るなどという主張が通れば、軍隊は成り立たない。

 

 「小官が考えるに…」

 「何だね。言いたいことははっきり言いたまえ」

 

 傍に控えていた参謀長のダニエル・ストリウス中将がためらいがちに言った。ウィリアムソンは彼と折り合いの悪い第二統合艦隊副司令官フェルナン・グアハルド大将の派閥に属するこの参謀長を嫌っていたが、珍しくその言葉に耳を傾けることにした。

 

 「各部隊の司令官たちは、自分の部隊だけが突出して大損害を受けることを恐れています。負けているならともかく、表面的には勝っている状況で不均衡な被害を受ければ、そのまま戦後の影響力低下に繋がりますから」

 「売国奴共が!」

 

 確かにそれなら頷ける。『連合』の軍隊は半ば以上、財閥の私兵のようなものだ。各分艦隊、艦隊の最高司令官のほとんどが財閥出身で、将兵には国家からの安い俸給とは別に、特別手当と称する各財閥からの給金が出ている。

 そのため『連合』軍は各部隊単位で見れば強い一方、今回のように集まると弱い。各部隊の指揮官が、他の財閥子飼いの部隊に被害を押し付ける事で、国内での相対的な優位を確保しようとするためだ。

 




 憤怒の表情を浮かべるウィリアムソンを、ストリウス参謀長の方はやや冷ややかな目で見ていた。政府に議員を送り込めるほどの大財閥の出身者にも関わらず、指摘されるまで指揮官の人選の裏に気づかないとは。

 自らも一応財閥出身者であるストリウスだが、彼の財閥は弱小で権力との縁はなかった。ストリウスが士官学校に入学したのは、軍の方が政界や経済界よりは家柄に左右されなかったからだ。

 

 もちろんそれも程度問題であることは、第二統合艦隊の各艦隊の指揮官の人選を見れば明らかだ。目の前のウィリアムソンも、実力と言うよりは財閥同士のパワーゲームの結果司令官になったらしい。ストリウスは前々からの印象を確信に変えた。

 


 それはそれとして、ストリウスもまた、敵の動きに解せないものを感じていた。『共和国』軍がそのまま撤退する気なら、無理をせずに行かせてやるべきかもしれない。各艦隊の足並みが揃わないこの状況で追撃を行えば、思わぬ損害を被る可能性もある。

 

 だがストリウスは、敵が撤退しているという考え自体にどうも納得できなかった。この戦いに敗れれば、『共和国』は終わりだ。両国の国力の差を考えれば、ここで勝たねば彼らに未来はない。それなのに、そうたやすく撤退を決めるだろうか。

 

 そして何より、敵の動きは撤退にしては不自然だ。撤退戦では複数の部隊に分かれて逃げることで一部だけでも救おうとするものだが、航空攻撃の後で後退した『共和国』の巡洋艦と駆逐艦は、むしろ集合を始めている。彼らの向かい側には、第二統合艦隊副司令官のフェルナン・グアハルド大将が指揮する3個艦隊がいる。

 


 ストリウスは考えを巡らせた。『共和国』-『自由国』戦争において、『共和国』軍はしばしば機動力を生かして敵の一部を集中攻撃する戦術を取っていた。

 あれは分艦隊レベル、もしくは艦隊レベルの話だったが、彼らが艦隊群レベルで戦力集中を行う能力を持っているとすれば。

 

 「司令官、大至急、グアハルド大将の部隊と合流しましょう!」

 

 ストリウスは蒼白な顔で、ウィリアムソンに意見を出した。

 

 「何故だね? そんなことをすれば追撃が不可能になってしまうではないか」

 

 ウィリアムソンはいらだったようにそう返した。元から折り合いが悪いことに加え、先ほどからの苛立ちがよけい彼の機嫌を悪くしているらしい。

 

 「我が部隊は重大な危機に陥っています」

 「我が部隊? それは私の部隊かね? それとも君のボスであるグアハルド大将の部隊かね?」

 「両方です。このままでは、第二統合艦隊全体が崩壊します!」

 

 ウィリアムソンの当てつけ口調を無視して、ストリウスは訴えた。もはや追撃などと言っている場合ではないし、もちろん派閥間の対立意識を振りかざしている場合でも無いのだが、彼の上官にはそれが理解できないようだった。

 



 「ああ、分かった。合流することにしよう」

 

 ウィリアムソンは戦況図をしばらく眺めた後、いかにも不承不承といった口調でそう言った。ストリウスの考えが正しいことには気づいたが、その事を認めたくないのが丸分かりだった。

 

 ウィリアムソンが指揮する4個艦隊は、のろのろと変針してグアハルド大将の部隊に向かい始めた。

 その中でも第四艦隊と第七艦隊は異常に遅れている。この2艦隊は第二統合艦隊旗艦ユーフラテスとは異なった規格の通信機を使用しているため、命令の伝達に時間がかかるのだ。

 あるいはそれにかこつけたサボタージュの可能性も否定できない。ストリウスはそう感じたが、とりあえずは無視した。無論心の中では、何とかして両艦隊の司令官を査問会に引きずり出すことを決意していたが。


 


 



 

 「おかしい! 何故奴らは動かん!? 何故無理にでも追撃してこない?」

 

 『共和国』軍第1艦隊群司令長官のベルツ大将は、敵の動きを見て首を捻っていた。ノーマン・コリンズ主席参謀が考案した戦術では、一時的に部隊を後退させたうえで再編成を行う。当然、その間は第1艦隊群は無防備になり、敵は嵩にかかって攻めてくると思われた。

 それなのに、『連合』軍は動こうとせず、元の位置に止まり続けている。

 

 「分かりませんが… とにかく我々に都合がいいことは確かです。これなら、ほとんど被害無く敵の3個艦隊を殲滅できます」

 

 作戦を考え出した張本人のノーマン・コリンズ准将も、『連合』軍の不可解な動きに戸惑っていた。航空攻撃で敵の補助艦艇をかなり削ったとはいえ、今現在交戦が行われている場所から兵力を引き抜けば、その過程で『共和国』軍にかなりの損害が出ることをコリンズは覚悟していた。

 予想が非常に奇妙かつ都合のいい形で裏切られたことに、『共和国』軍随一の俊才と言われる彼でさえ困惑を隠せなかった。

 


 戦場での最高司令部が敵の意図を読みかねて混乱する中、『共和国』軍は迅速に動いた。6個艦隊が戦艦中心の部隊と補助艦艇部隊に再編成され、巨大な2つの集団を形成したのだ。

 集合時間を優先したために、巡洋艦と駆逐艦が入り混じった奇妙な臨時部隊が隊列内に多数形成される形になったが、やむを得ないこととされた。『共和国』の巡洋艦はこのような事態まで想定して、駆逐艦に何とか追随できる機動力を与えられていたので、重大な問題は起きないと判断されたのだ。

 


 集団は形成されるや否や最大戦速での前進を開始した。目標は『共和国』軍旗艦アストライオスから見て右側の3個艦隊である。


 「もう一つの敵部隊、動き始めました。どうやら合流を開始した模様!」

 

 無視される形になった左側の部隊は、謎の沈黙の後でようやく行動を再開していた。どうやら、ようやく部隊間に開いた穴を塞ぐ動きに出たらしいが。

 

 「何をやっているんでしょうな? 彼らは?」

 

 コリンズが9割の軽蔑と1割の不安を込めた顔でつぶやき、ベルツもそれに同意した。『連合』軍の機動はあまりに愚かだ。約4個艦隊の戦力は、必然性もなく2つに分かれているのだ。どうすればこのような機動が選択されうるのか、『共和国』軍の士官たちには全く理解できなかった。

 

 もちろん彼らは、『連合』軍の各艦隊の司令官同士が反目し合っているうえに、名目上の上官ではなく自分が所属する財閥の命令に従って動いていることは知らなかった。

 『連合』軍がすったもんだする中、『共和国』軍の巨大な補助艦艇部隊は後方に戦艦部隊を引き連れながら、2つに分かれた『連合』軍のうち1隊、フェルナン・グアハルド大将の部隊に突っ込んでいく。

 

 

 補助艦艇の数は戦闘開始時に比べれば大きく撃ち減らされ、また全ての艦が突撃に参加したわけでもないが、それでも800隻近くの艦が殺到する。その様は、地球時代に千年以上にわたって陸戦の主力だった、騎兵部隊の突撃を思わせた。

 

 『共和国』軍の各艦は、航空攻撃で半壊した敵前衛を蹴散らすと、残った敵艦めがけて同時異方向から襲いかかっていく。会戦序盤で第33分艦隊が成功させた対艦ミサイル飽和攻撃が、遥かに大きな規模で再現されようとしていた。

 

 「ついに…」

 

 指揮官の何人かは、現在自分たちが達成しようとしていることに、大きな感慨を覚えていた。対艦ミサイルの豪雨によって、艦隊クラスの敵を壊滅させる。

 『共和国』軍が長年夢見てきた戦いが、宿敵の『連合』軍相手に達成されようとしている。大きな錯誤と流血の代償ではあったが。




 「撃て! 奴らを主力部隊に接近させてはならん!」

 

 『連合』軍の補助艦艇の各指揮官は、戦慄きながら麾下の艦艇に向かって命令した。あの数の艦が一斉にミサイルを撃ち込んで来れば、戦艦であっても致命傷を受ける。そのことが分かっての命令だった。


  命令に従い、巡洋艦と駆逐艦の主砲が『共和国』軍めがけて次々と発射され、対艦ミサイルを残していた艦はそれも惜しみなく発射する。彼らの攻撃は、突撃してきた『共和国』軍の巡洋艦、駆逐艦を次々に捉えた。

 主砲塔に直撃を受けた巡洋艦が沈黙し、艦橋を破壊された駆逐艦が大きく進路を外れて迷走し始める。運悪くミサイル発射筒や機関に直撃を食らった艦は、小型の太陽を思わせる閃光と共に消滅する。

 

 だがその返礼はすぐ返された。全体としてはともかく個々の宙域においては、『共和国』軍の艦のほうが圧倒的に多い。先の空襲による被害、そして『共和国』宇宙軍が艦隊群レベルでの機動に成功したためだ。

 さらに言えば通信能力に劣る『連合』軍は、大規模な部隊で複雑な機動戦を行うのが苦手なのに対し、このタイプの戦闘こそが『共和国』宇宙軍の十八番だった。連携も取れないまま各個応戦を続ける『連合』軍各部隊は、数倍する巡洋艦や駆逐艦、さらには後続の戦艦から集中砲火を浴びた。

 それはもはや火力の滝だった。荷電粒子砲のビームの束が、周囲の宇宙空間全てを塗りつぶそうとするかのような密度で、立ちはだかる『連合』軍の艦めがけて殺到したのだ。『連合』軍の艦は『共和国』軍の艦と比べて装甲が厚いが、それでもこれほどの火力の集中に耐えられるものではなかった。

 


 戦闘宙域中央の数十か所で、とてつもない量のマグネシウムを焚いたような白い光が発生した。数限りない直撃弾を受けた『連合』軍の補助艦艇の機関が爆発し、艦全体を原子単位まで分解したことを示す仇花である。

 運よくそこまでに至らなかった艦も大半が兵装と艦の指揮中枢を破壊され、戦闘単位としては全く無意味な存在に成り下がった。

 


 邪魔者を排除した『共和国』の突撃部隊は、そのまま『連合』軍中央の戦艦部隊に突入していく。それを阻止できるだけの艦は、もはや『連合』に残っていなかった。

 戦艦はまだかなりの数が戦闘力を保っているのだが、機動力に劣る彼らは、迅速に位置を変えて相手を迎撃する事ができない。その欠点を補うための補助艦艇は多くが失われている。

 

 対する『共和国』軍は、機動力にものを言わせて完全な先手を取り、局所的な数の優位を確保することが可能だった。

 『共和国』軍の戦術思想は「対艦ミサイル飽和攻撃」なのだが、実際にはミサイルの数というより艦の数の優位によって、敵防御火力を封殺するという意味合いが強い。戦闘力を多少犠牲にしてでも、安価で速い艦を多数建造するという建艦政策が取られているのもそのためだ。

 


 そして少なくともこの局面では、艦の数の優位は完璧に機能した。隊列が混乱し、パッチワーク状に孤立した『連合』の部隊めがけて、『共和国』の巡洋艦や駆逐艦が同時異方向から殺到する。

 一部は戦艦の主砲射撃で撃沈されたが、ほとんどは対艦ミサイルの有効射程まで接近すると、彗星を思わせる光の矢を次々と吐き出した。

 

 その数は約6000、ここまで大量の対艦ミサイルが使用された戦闘は、戦史に類例がないものだった。

 


 ASM-15の雨は『連合』軍の艦艇、さっきは沈没を免れた中央部の巡洋艦と駆逐艦、そして隊列の後方にいた戦艦に向かって殺到した。必死の対空砲火が一部を撃墜したが、それは全くもって無駄な努力だった。命中するミサイルの数が五発であろうが十発であろうが、艦が沈むことに変わりはないのだから。

 

 やがて先ほどまで『連合』軍の3個艦隊がいた場所を、ミサイルの爆発光が埋め尽くした。そこに戦艦群の砲火が撃ち込まれ、残敵を掃討していく。


 一しきり閃光が走った後、世界最大最強だったはずの『連合』宇宙軍は、敗残兵の群れに変わり果てていた。生き残りは応戦する素振りも見せず、数隻の小集団、あるいは単艦で脱出していく。




 『共和国』宇宙軍は彼らを追跡しなかった。多数の艦が沈没し、金属片と電磁波が散乱している宙域に侵入する事への危惧、及び『連合』第二統合艦隊の残り半分を迎撃する必要があるためだった。

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