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ファブニル後半戦ー7

 エルシー・サンドフォードにとっての戦闘が奇妙な形で終わりを迎えているころ、他の宙域でもCシップから発艦した攻撃隊が、『連合』軍の艦隊に襲い掛かっていた。

 

 『共和国』軍はこの戦いに120 隻以上のCシップを3群に分けて投入しており、その搭載機数は合計で2000機近くに達する。そして『共和国』のベルツ司令官は、全機を対艦装備で出撃させて、最初に目についた敵艦を叩くように命令した。

 

 何の工夫もない正面攻撃と言うことも出来るが、この一見単純極まりない戦術を採用した裏にはそれなりの計算があった。

 まず航空戦力では基本的に『連合』の方が兵力で優っており、中途半端な機数を出しても撃破されるだけだ。一気に大兵力を投入しての飽和攻撃しか選択肢はない。何割かは撃墜されるだろうが、残りは敵艦に辿り着けるはずだ。

 

 またCシップ所属機のパイロットは正規空母所属の者に比べて未熟な者が大半であり、彼らに細かい攻撃目標を指定しても混乱を生むだけだ。下手をすると、目標を探し回っているうちに敵機に襲われて全滅しかねない。

 それならむしろ、とにかく目についた敵艦を攻撃させた方がいい。大体は艦隊外周の巡洋艦や駆逐艦が標的となるだろうが、これから『共和国』軍がやるべき事を考えれば、下手に戦艦などを襲うよりその方が好都合だ。

 



 ベルツの命令一下、PA-25戦闘機の大群はCシップから飛び立つと、敵味方のレーダー波や通信波を辿って戦場に接近していった。複雑な航法をこなせる者がごく少ない以上、こうした単純な方法を使った方が敵艦に辿り着きやすい。問題は攻撃を遂行した後の帰還であるが、これはほとんど考慮されていなかった。

 

 この作戦を立案したノーマン・コリンズ准将が堂々と認めていたように、Cシップからの攻撃隊はそれ自体がミサイルの一段目のようなものとして扱われていた。

 彼らに期待されていたのは、敵艦にミサイルを命中させるか、少なくとも敵艦隊の注意を味方艦隊からそらすことであり、その後は多くが片道攻撃になることが織り込み済みだったのである。


 むろんパイロットたちにはその事実は伝えられず、しかもこれが初陣となる大多数のパイロットには、そんなことを考える余裕自体がなかった。彼らはただ、巨大なASM-16対艦ミサイル2発を抱えて重くなった機体を制御し、僚機に追い付くので精いっぱいだった。

 

 いきなり現れた『共和国』軍機の大群に、『連合』の戦闘機部隊の一部が仰天しながらも戦場を離れて向かってくる。その機動から推測されるパイロットの腕はまちまちだったが、少なくともCシップから発艦した攻撃隊よりは優れていることが推定された。

 

 「撃て!」

 

 敵機の姿を見た『共和国』側の指揮官が各機に機銃の発射を命じた。一人一人の技量はもとより期待していないが、多数の機体が射撃を行えば少しは命中するかもしれないという判断だ。

 普通なら散開を命じるところだが、現状のパイロットの能力を考えると、編隊を崩せばそのまま多くの機体が戦わずして行方不明になる。密集隊形で機銃を乱射しながら突撃した方が敵艦隊への到達率は高くなると指揮官たちは判断していた。

 


 『共和国』軍の編隊から機銃が乱射され、発光性粒子の集団が豪雨のように殺到する。その光の雨には軍艦の砲のような威力は無論ないが、同じ戦闘機に致命傷を与えうる威力は十分にあった。

 一人一人は碌に狙いもつけずにただ引き金を引いているだけだが、それでも数は力だ。『連合』軍機の一部は、蜘蛛の巣に引っかかった子虫のように、『共和国』軍が放つ光の網に引っ掛かった。編隊の前方で時折光が爆発し、そこでスピアフィッシュが被弾して撃墜されたことを伝える。

 

 だがもちろん『共和国』軍の攻撃隊も無傷ではいられなかった。ASM-16は戦艦の装甲板すら貫通する大威力の代償として非常に重く、装備すると機動性を著しく損なう。正面から接近して意外な損失を被った『連合』軍機はすぐにそれに気づくと、自らの優位を最大限に生かせる戦法に切り替えた。

 

 多数のスピアフィッシュが、大きく進路を変えて『共和国』軍編隊の側面を通過していく。彼らは編隊をいったん迂回して、その死角から攻撃することにしたのだ。機動性が同等の相手には使えない戦術だが、目の前の敵には通用する。『連合』のパイロットで目端が利くものはすぐにそれに気づき、僚機に伝えていた。

 

 必死に敵艦への接近を試みるPA‐25戦闘機に、『連合』軍のスピアフィッシュ戦闘機が猛禽のように襲い掛かり、対空ミサイルと機銃のカギ爪で次々と引き裂いて行く。

 スピアフィッシュのパイロットにとっては、演習で無人標的機を撃つよりも手軽な任務だった。相手はほとんど反撃できないうえに、標的機より動きが鈍いのだ。 

 

 『共和国』軍の巨大な編隊はスピアフィッシュの攻撃を受けて、ゆっくりとだが確実にやせ細っていった。パイロットたちは何とか反撃しようとしていたが、彼らの技量、そして何よりASM-16の大重量を抱えていては、蟷螂の斧以下の無駄な抵抗でしかない。これが初陣となるほとんどのパイロットは元より、指揮官クラスにも撃墜されるものが相次いだ。

 


 ほとんど虐殺と言っていい戦闘に激怒したかのように、『共和国』軍正規空母から出撃した対空装備のPA‐25が戦闘に介入してスピアフィッシュを攻撃する。対艦装備の機体を落として勝ち誇っていたスピアフィッシュ達は、思いがけない方向から攻撃を食らって次々と火を噴いた。

 

 辛くもスピアフィッシュ戦闘機の攻撃を突破したPA‐25を、今度は対空砲火が襲う。『連合』軍の艦が標準装備するAAC-13小型荷電粒子砲と、M-23四連装レーザー機関砲は艦艇の防御砲火としては史上最も強力かつ正確な火力を、重いミサイルを抱えながら向かってくるPA‐25に叩きつけていく。

 

 『連合』軍艦隊の前方宙域は、被弾したPA‐25のエンジンと搭載ミサイルが誘爆するときの光で照らし出された。一見美しくさえ見える光景だが、その中では確実に一人の人間の肉体が超高温の炎によって蒸発している。

 

 それでも生き残った機体は『連合』軍艦隊めがけて前進を続け、ここまで抱えてきたミサイルを叩きこんだ。マッターホルン級、ラスダシャン級の巡洋艦や、カリマンタン級、クレタ級の駆逐艦の艦上に対艦ミサイル直撃の爆炎が出現し、時折機関が誘爆を起こした時特有の暴力的な閃光が煌めく。

 

 もともと『共和国』軍のASM-16対艦ミサイルは、戦艦クラスの艦の装甲版を破壊できるように設計されている。そのようなミサイルが遥かに装甲の薄い巡洋艦や駆逐艦に命中したのだ。大抵の艦は一発の命中で戦闘不能になり、運の悪い艦は轟沈した。


 


 『連合』軍の艦隊周辺に爆発的な光が煌めき続ける中、ミサイルを発射して身軽になったPA-25の群れは中隊、小隊単位、あるいは単機で帰途についた。その数は当然、出撃時に比べて大きく減少している。 さらに帰路の航法ミスによって生じるであろう行方不明機を含めれば、『共和国』軍飛行学校の教官たちが青ざめるような被害が出ていた。

 


 

 とは言え戦果だけを見れば、PA‐25隊の犠牲と献身は正当に報われたと言える。PA‐25の最後の一機が離脱した時、戦艦の身代わりとなって空襲を引き受ける形になった『連合』軍の巡洋艦部隊と駆逐艦部隊は見るも無残な状態になっていた。

 

 多数が沈没したり戦闘不能になったうえ、隊列が大きく乱れている。とても組織的な戦闘が可能な状態ではない。そこに『共和国』軍の巡洋艦と駆逐艦が襲い掛かり、正確な砲火を叩きつけていく。隊列が乱れた『連合』の艦は、集中砲火を浴びて各個撃破されつつあった。


 『連合』軍は輸送船改造のCシップという思いもしなかった敵によって、窮地に陥っていたのだ。

 そして今、彼らには更なる災厄が訪れようとしていた。


 



 「そろそろ、予定の機動を開始すべきです」

 

 ノーマン・コリンズ第1艦隊群首席参謀は、ディートハルト・ベルツ司令官にそう進言した。若々しく端正な顔立ちには微笑と嘲笑を混ぜ合わせたような笑みが浮かんでいる。彼は戦況を見ていち早く、『連合』軍の欠点に気付いたのだった。

 

 「目標は本艦の右舷側にいる3個艦隊、あの集団に全戦力を叩きつけて殲滅しましょう」

 

 コリンズが見たところ、『連合』軍は高性能な兵器とよく訓練された兵員を有する一方で、統率に重大な問題を抱えている。分艦隊より上のレベルでの連携が全くなっておらず、大兵力の利を生かし切れていないのだ。

 

 さらに耳を疑うような情報も入ってきている。敵の通信波を受信して解析したところ、艦隊ごとに周波数や暗号化のレベルが異なるというのだ。つまり彼らは、通信機器の統一が出来ていない可能性が高い。

 

 これなら勝てる。コリンズはそう判断していた。初戦で1個艦隊を壊滅させた後、『連合』軍は大きく分けて2つの集団になっている。そして両集団には、互いに情報交流と相互支援を行う意思も能力も無さそうに見えた。

 

 「左舷方向の部隊はどうする?」

 

 ベルツ司令官の質問に、コリンズはよどみなく答えた。

 

 「最低限の見張りのみを残して放置します。本来は1個艦隊相当の戦力を抑えとして残すつもりでしたが、敵の連携の悪さを考えれば、それで十分でしょう」

 

 コリンズが考案し、今実行に移されようとしている戦術、最初の奇襲が失敗した場合の第2案は、両軍の機動力の差を生かした各個撃破だった。

 もともと『共和国』軍の艦艇は機動力に優れている。仮想敵である『連合』軍戦艦部隊の火力を考えれば、多少防御を強化しても無駄であり、それよりは速力を重視したほうがいいという判断によるものだ。 補助艦艇はもちろんのこと、戦艦もまた彼らに追随できるように諸外国に比べて遥かに大出力の機関を搭載している。

 

 このため『共和国』軍が全速力で機動すれば、『連合』軍は対応できない。ここにコリンズは勝機を見出していた。敵の全容が判明した時点で、その一部めがけてこちらの全戦力を集中させ、他の部隊が駆けつけてくる前に無力化する。そして返す刀で、救援に来た部隊をも撃破するのだ。



 Cシップから放たれた攻撃隊は、この戦術を成功させるための第一の矢である。さすがに『連合』軍の巡洋艦や駆逐艦は、『共和国』軍の戦艦よりも速いので、こちらの機動を妨害してくる可能性がある。彼らにある程度の打撃を与えておかなければ、各個撃破戦術は成功しないのだ。攻撃隊に戦艦ではなく補助艦艇を狙わせたのはそれが理由だった。

 

 そして今、作戦の前提条件は完全に整っていた。Cシップからの攻撃隊が奮戦したことで、『連合』軍の補助艦艇は大打撃を受け、隊列を再編中だ。彼らはしばらくの間、『共和国』軍の機動を止めることは出来ないだろう。

 


 一方の『共和国』軍はいったん部隊を後退させ、ブレスラウ級巡洋戦艦を中心に多数の高速部隊を編成し始めている。第1艦隊群は宇宙戦闘史上初めての偉業、1000隻以上の艦艇による統一機動に成功しつつあった。

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