ファブニル後半戦ー4
第1艦隊群旗艦の戦闘指揮所でコリンズとシェファードが睨み合う中、オルレアンの周囲ではCシップからPA-25が次々に発進していた。その少し後方でも多数の戦闘機が発進しているらしい。
「さてと第2艦隊の損傷艦は送り届けたし、ミサイルの再装填も済んだし、そろそろ前進するとしましょうか。准尉、航空科に艦載機の出撃準備を指示して」
上層部からは何の指示も届いていないが、リコリスは再び戦闘に介入することにした。理屈上、何の命令も受けていないオルレアンはずっとこの場所にいるべきなのだが、そんな消極的な行動を取れば確実に上層部に難癖を付けられる。
政府が気まぐれを起こせば、下手をすればリコリスだけでなく他の乗員まで収容所送りだ。積極行動を取った方がまだ危険は少ないとリコリスは判断していた。
なおさっきの戦闘で臨時編成されたリコリス隊は既に解散となり、所属艦艇のうち戦闘力を残した艦は第2艦隊の他の部隊に編入されている。先任順位の低い大佐が部隊を指揮するのは異例過ぎたので、やむを得ないことだった。
もっともほとんどの艦がかなりの損傷を受けていたことを考えれば、ついてきても役に立ったかは怪しいのだが。
「どのように動かれるつもりですか?」
オルレアンの機関が再び稼働を始める中、リーズが質問してきた。
「現在、味方の第4艦隊が苦戦していて、第2艦隊はその救援に向かうみたい。そこで本艦はこう動く。艦載機は本艦の前方1宇宙単位辺りを偵察させることにするわ」
現在、両軍は大体において艦隊単位か分艦隊単位で戦っている。本来なら「艦隊群」として戦力を有機的に運用すべきなのだろうが、『共和国』軍が1400隻、『連合』軍がおそらく2000隻弱などという規模の戦闘では、そんな事は不可能に近いようだ。結局のところ、航空戦を除いたほとんどの戦いは、艦隊司令官や分艦隊司令官が勝手に指揮しているのが実情だった。
リコリスが持つ指揮棒の動きを見たリーズは、すぐに艦長の意図を察したらしい。
「要するに、味方の目になろうということですか」
「まあ、そういうことよ。戦闘詳報に、『友軍への偵察支援』と書き込んでおいて」
「はい!」
リーズ准尉が緊張しながらも、はっきりと復唱を返してくる。リコリスは割と、この副官を気に入っていた。「予備役でも士官学校を出たてでも構わないから、とにかく副官を送ってほしい。私が自分で書類仕事をやるよりは遥かにましだろうから」と要求した結果配属されてきた人間にしては、期待以上に物覚えがいいし事務処理能力が高い。おそらく戦闘指揮官としての資質はないが、副官としては有能だった。
ただ…
(やっぱり、似ている…)
リコリスはリーズを見ながら、そう思わずにはいられなかった。薄い茶色の髪に明るい緑色の瞳と、それほど高くはないが形のいい鼻梁。派手さはないが欠点の少ない優しげな顔立ちも、そして表情も声も。全てが耐え難いほどに似ていた。姉妹や従妹であれば同時に収容所送りになったはずだから、血縁関係があったとしても遠縁のはずだが。
しばらくリーズの姿を見つめていたリコリスは、彼女が怪訝そうにこちらに向き直ったのを見て、慌ててモニターに視線を移した。
オルレアンはこれから前線に向かうが、その中にやみくもに突っ込むことはせずに偵察機と艦自体のレーダーで、戦闘中の味方が発見できていないかもしれない敵艦を探す。勝てそうな相手ならオルレアンが沈め、手ごわそうな場合は味方に連絡するに留める。
単艦での戦闘力に乏しい反面、索敵・通信能力に優れたオルレアンにとって、それが最も自軍に貢献できる動きだとリコリスは思っていた。もっとも、そう都合よく好きにやらせてもらえるかは怪しいのだが。
オルレアンは最大戦速で戦場に向かった。その途中でさっきCシップから発進していたPA-25を何機か追い抜いた事が確認される。
瞬間的な加速度では巡洋艦より航空機の方が遥かに大きいが、燃料搭載量の少ない航空機はずっと機関を最大出力で動かす訳にはいかない。そのため一定以上の長距離移動では、むしろ軍艦の方が速いのだ。特に航空機が重い対艦ミサイルを搭載して飛んでいる場合は。
「これは、酷いわね」
戦場に近づくに従って詳しい戦況情報が入ってくる。その概略を見たリコリスは、文字通り頭を抱えたくなった。考えていた偵察支援をやる所ではなさそうだ。その横で、リーズが律儀に復唱した。
「戦艦80隻前後、空母30隻前後、巡洋艦180隻前後、駆逐艦400隻前後ですか…」
モニターには確かにその数字が映し出されていた。この宙域の敵は1個艦隊ではない、それどころか2個艦隊ですらない。おそらく3個艦隊だ。そして戦艦や正規空母の数だけで比較すれば、『連合』の3個艦隊は『共和国』の4個艦隊から5個艦隊に匹敵する。
その敵と正面からぶつかった『共和国』軍第4艦隊は、大損害を受けて潰走しかけていた。救援に駆け付けた第2艦隊も、多数の戦艦の前に太刀打ちできずにいる。
何故このような状況が生じているかをリコリスは察した。敵の当初の戦力は8個艦隊、味方より2個艦隊多かった。第2艦隊は緒戦で敵1個艦隊を壊滅させたが、それでも6個艦隊対7個艦隊。どこかの部隊が1個艦隊あたり敵2個艦隊を相手取ることになる。その結果が、目の前の惨状ということだ。
「貧乏人が見栄を張って金持ちと喧嘩すると、こういうことになるのよね」
リコリスがどこか無責任な口調で評する間にも、第2艦隊と第4艦隊は苦戦を続けていた。
『連合』が誇る強大な戦艦部隊は、仲間が先ほどリコリスとコヴァレフスキー少将によって味合わされた屈辱を晴らそうとするかのように、整然とした隊列を組みながら凄まじい砲火を浴びせている。数百門の戦艦主砲が作り出す暴力的な火力の網は、各所で『共和国』の艦を戦隊単位で蒸発させていた。
『共和国』軍は数少ない戦艦で相手を牽制する一方、ミサイル戦闘群による攻撃をかけようとしているが、上手くいっているとは言い難い。大型艦への対艦ミサイル攻撃には奇襲か数の面での優越が必要とされるが、今の『共和国』軍はその両方を欠いているのだから当然だった。
突入した駆逐艦たちはほとんど例外なく、護衛の巡洋艦部隊と戦艦自身の砲撃に阻まれ、撃沈されるか空しく撃退されていった。
「航空戦は…まだましか。もうすぐ味方の攻撃隊もくるし」
続いてリコリスは別の情報に目をやり、状況を手短に評価した。軍艦同士の対決の結果は惨憺たるものだが、航空戦はそれ程でもない。敵航空部隊は数が多い割に連携が拙劣であり、全て対空装備で出撃した『共和国』の戦闘機隊はそれなりに奮戦しているようだ。
とはいえ、戦況が有利というわけではない。確かに大規模な空襲こそ防いではいるが、撃ち漏らした敵機が小隊や中隊単位で接近しては、味方に攻撃をかけてきている。数隻の巡洋艦が対艦ミサイルを食らって落伍する様子が、オルレアンのレーダースコープにも映っていた。
航空戦の状況を確認したリコリスは、出撃直前の艦載機隊に回線をつないだ。
「こちら艦長、予定を一部変更する。全機は発進後、本艦に接近する敵対艦攻撃機を迎撃せよ」
「ええ!? そんなのつまんないです! 対艦装備のスピアフィッシュなんて、あたしじゃなくても、というか新米でも落とせるじゃないですか!」
「…アリシア飛行曹長。戦場は個人の武勇を競うための場ではない。それを忘れないように。それと、年齢的には貴方も十分新米の部類よ」
「…はーい」
何となく不満そうな口調のまま、アリシア・スミス飛行曹長機は発進していった。他の2機もそれに続く。敵機の大群に襲われたら持たないが、対艦装備の一個中隊くらいなら迎撃できるだろう。
「偵察とか敵戦艦への攻撃とかじゃないんですね」
リーズがリコリスの命令に首を傾げた。戦況を考えれば、そちらの方が良さそうに思えるのは確かだ。特にアリシアは、演習において単機での撃沈判定を何度も出しており、対艦攻撃においても天才ではあるのだが。
「危ないからね。こんな乱戦の中で長距離を飛ばすのは。本艦が戦闘中に艦載機が燃料切れになったりしたら目も当てられない。だから直衛を命じたのよ。直衛なら、何かと回収がやりやすいし」
「ああ、艦長が仰っていた本艦の欠点ですか」
「そういうこと」
アジャンクール級巡洋艦が失敗作と見なされたのは、砲戦における脆弱性だけが原因ではない。そもそも巡洋艦に艦載機を積むという発想そのものが、演習で間違いと見なされたのだ。
確かに艦載機があれば偵察に便利だし、いざとなれば対戦闘機戦闘や対艦戦闘をやらせることも出来るのだが、問題は回収だった。
アジャンクール級は最前線で駆逐艦部隊の指揮に当たるための艦であり、激戦の場に身を置くことになる。そしてもちろん戦闘中に艦載機の収容など出来るはずもない。このため演習では戦闘機とパイロットの喪失判定が続出した。
元々オルレアンの搭載機になる予定だったRPA-26があれば、この問題はある程度解決できるはずだった。RPA-26は3座で高い航法能力を持つ大型の戦闘偵察機であり、戦闘が終わるまで遠巻きに待機するか、他の空母を見つけて着艦する事が可能だったからだ。
だがRPA-26の開発はまるでアジャンクール級巡洋艦の完成に見合わせたように頓挫した。軍上層部が「ASM-15を4発搭載しての対艦攻撃も可能である事」等と言う欲張った注文を付けていたためである。
一応この要求を出した人物としては、同時期に制式配備が進んでいたASM-15の長射程に期待していたらしい。同ミサイルがあれば、敵の対空砲の射程外から敵艦を攻撃可能だ。だから被弾率の高い大型機でも対艦攻撃は出来ると考えたようだ。
一時は『共和国』宇宙軍航空隊の搭載機の半数を、RPA-26で置き換える計画まで出された。戦闘開始前に多数のRPA-26を出撃させ、防空スクリーンの外側から敵艦隊に先制攻撃をかける。そのような虫のいい作戦が、一時期『共和国』軍の兵器開発部では真剣に検討されていたのだ。
だからRPA-26を搭載する艦として設計されたアジャンクール級巡洋艦の格納庫内には、ASM-15の格納設備がある。
しかし残念なことに、この計画を元にRPA-26の要求仕様を決めた人物は、ASM-15がどのような兵器であるかを忘れていた。あるいは、欠点とそれへの対処の難しさを甘く見ていた。
ASM-15 に搭載された小型反応炉は高効率な反面非常に気難しく、発射直前まで専用の格納容器に入れておかなければいつ暴走するか分からない。
アジャンクール級のように数機しか運用しないのならともかく、数十機の航空機にミサイルを取り付けて発艦させる必要がある正規空母には危険すぎて搭載できないのだ。楽観的な兵器開発部はこの問題はいずれは解決すると見込んでいたが、結局どうにもならないまま戦争が始まってしまった。
結局航空機用の対艦ミサイルとしてはASM-16、ASM-15を扱いやすくする為の研究が失敗した時の保険として開発されていた兵器が採用された。
効率が悪いが安定性も高い反応炉を搭載し、速度ではなく重量によって敵艦の装甲を撃ち抜くタイプのミサイルである。ASM-15と重さは同じで威力と有効射程はかなり落ちるというある意味欠陥兵器だが、高価な正規空母の安全には変えられない。
これで梯子を外された形になったのがRPA-26である。同機の機体強度は、要求に従ってASM-15を4発搭載するだけの水準にされていた。そして対艦攻撃を行わないなら全く無用なこの機体強度は機体を重量過多にして飛行性能を下げたうえ、構造材がレーダーやコンピューターの搭載スペースまで圧迫した。
RPA-26はASM-15の搭載という条件をクリアしようとした結果、肝心の長距離偵察機能において欠陥機と化してしまったのだ。再設計には最初から新しく作るのと同じ位の時間がかかり、それなら次期主力戦闘機のPA-27の偵察型でも作った方が無駄がないとされた。
かくしてRPA-26の開発が失敗した結果、アジャンクール級巡洋艦には結局PA-25が搭載された。そして単座機のPA-25は、長距離飛行すると自分か艦を大きな危険に晒すことになる。
空母であれば危なくなったら逃げて、後で改めて艦載機を集めればいい。だが多数の駆逐艦を指揮しなくてはならない巡洋艦はそうもいかないのだ。結果として艦載機は、直接戦闘に関与しない空母に搭載した方がいいという結論になった。
実際、失敗作扱いされたアジャンクール級の代わりに建造されたブレスラウ級には、艦載機運用能力がない。兵器開発部はRPA-26の開発失敗によって、ようやく正気に戻ったのだ。
今では全く無用の産物となった、オルレアン格納庫内のASM-15運用設備と言う副産物を残して。
だが今のオルレアンには指揮すべき駆逐艦部隊がいない。いざとなれば単艦で戦場を抜け出して、艦載機を収容すればいいとリコリスは判断していた。
この状況では当初考えていた長距離偵察はリスクが大き過ぎるが、敵の攻撃機を迎撃させる位のことは出来るだろう。