ファブニル後半戦ー3
ベルツがコリンズの作戦案を実行に移すよう命令していた頃、偵察巡洋艦オルレアンは戦場から大きく離れ、後方部隊と合流していた。
周囲には多数の軍艦も存在するが、それらには共通する特徴があった。ほとんどが大きな損傷を受けていたのだ。多くは今後の戦闘に耐えられそうにないどころか、生還できるかも怪しい状態だった。
オルレアンがこんな場所にいるのは、戦闘不能になった艦をまとめて後方部隊に合流させるよう、第2艦隊司令部から命令されたためだった。
損傷艦をそれぞれ単独で後退させると、特に通信装置や航法用コンピューターを破壊された艦が迷子になる危険があるので、誘導役の艦を付けたほうがいい。そしてその誘導役には、通信能力が高い割に戦闘力が低い(抜けても艦隊の戦力にとって痛手となりにくい)オルレアンが最適だと、第2艦隊司令部は判断したらしい。
速力と戦闘力が大幅に低下した艦の集団を率いて戦場の合間を抜けるのは戦闘以上に危険な任務だったが、リコリスは何とか敵に発見される事なく、彼らを後方部隊に合流させていた。
命令した第2艦隊司令官を含めてほとんど誰も気づかなかったが、これはもしかしたら、敵戦艦撃沈以上の偉業だったかもしれない。
かくして現在オルレアンの周りには、大きな損傷を受けた艦ばかりがひしめいている。敵の主砲射撃で戦闘指揮所を破壊された戦艦、ほとんど全ての兵装を破壊された巡洋艦、機関の半分が停止した駆逐艦。まるで軍艦の壊れ方の見本市だった。
損傷艦の周りには緊急度が高い順に工作艦や病院船が横付けされている。このままでは機関が暴走する危険がある艦を強制冷却したり、重傷者に艦内の医務室では不可能な治療を行うためだ。
戦場では喪失と戦闘不能は同義だが、戦争全体の事を考えれば両者には天と地の差がある。後方部隊は1隻でも多くの艦、1人でも多くの乗組員を助けるべく奮闘していた。
一方、どこか手持無沙汰に見える部隊もいた。工作艦や病院船の間を彷徨っている不愛想な形状の構造物、商船に若干の軍用設備を追加して作られた補給船舶である。
「妙に豪華ね。我が国の後方部隊にしては」
リコリスは共同して戦闘詳報の作成と補給手続きをやっている、副官のリーズ准尉に声をかけた。
「豪華って、数がですか?」
「ええ、第1艦隊群の総力出撃とはいえ、流石にこんな数は必要ない気がするわ」
オルレアンの周りにはとてつもない数の補給船舶がひしめいていた。各船の船外灯は衝突事故が防止できる最低限にまで出力を落としてあるようだが、それでもその光の束は暗闇を飛ぶ無数の蛍の群れのように目立った。どうも高速輸送艦に普通の輸送船を合わせて、300隻はいそうだ。
純粋な数だけではなく、戦闘艦艇との相対数で見てもリコリスが見たこともない程大規模な補給部隊だった。これ程の数が本当に必要なのかとリコリスは訝しく思った。
普通軍艦が一回の会戦で燃料を消費し尽くしてしまうことはない。無論帰りの燃料や食料も必要だが、それを運ぶ船は戦闘が終わった後で呼び寄せればいいだろう。このような規模の補給部隊を戦場のすぐ近くに連れて来るのは、貴重な支援艦艇を無意味な危険に晒しているとしか思えない。
戦術上の合理性を抜きにしても、目の前の補給部隊の数は異常だった。『共和国』は国力において遥かに勝る連合を仮想敵としているため、軍備はどうしても正面装備に傾く傾向がある。
後方支援艦艇の不足は正面部隊の遠征能力の不足につながるが、そもそも兵力が不足していれば緒戦で敗北することが確定しているからだ。
その『共和国』軍がこれ程の補給部隊を用意して見せたのは不可解だった。高速輸送艦が足りない部分を鈍足の輸送船で間に合わせ、その輸送船すら足りない場合があるので時には軍艦の居住区に補給物資を詰め込むというのが、リコリスが知る『共和国』軍の(悲しい)事情だというのに。
それとも、この輸送艦の群れには惑星ファブニルに降下する予定の地上軍が乗っているのだろうか。それなら頷けるというかむしろ少ない位だが、この場合また別の疑問も湧いてくる。
普通地上軍は宇宙軍が攻略予定の惑星の制宙権を確保してから投入されるものだ。地上軍を載せた輸送艦は戦闘部隊のすぐ後ろを付いて行ったりせず、戦闘が終わるまで遥か遠くで待機するというのが、有人惑星の攻略作戦における戦術の常道と言える。
奇襲的に降下作戦を行う場合は別だが、まさか上層部はファブニル攻略で奇襲が成立すると考えたわけではないだろう。
(あれ?)
リコリスは目を見張った。オルレアンを取り囲む蛍の群れの一部が移動している。輸送船の一部が、敵艦隊に向かって前進を始めていたのだ。
部隊の規模以上に不可解な動きだ。前進している部隊は「輸送艦」ですらない輸送船そのもの、早い話が現在大量建造中の戦時標準船に見える。そんな船が敵艦隊に向けて突進しても、虐殺の対象になるだけのはずだが。
そして次に起こった事態を見て、リコリスを初めとするオルレアン乗員はさらに驚愕した。前進中の「輸送船」が次々に戦闘機を吐き出し始めたのだ。
機種はオルレアンが搭載するのと同じPA‐25で、全機が2本の巨大な筒のようなものを抱えている。ASM-16、『共和国』軍が採用する航空機用の対艦ミサイルだろう。
「そういうことか。あんなものを本気で実戦投入するなんてね。流石はコリンズ准将、普通の人間なら思いついてもやろうとは思わないわよ」
リコリスは独白した。彼女は今回の戦いにおける作戦を立案した第1艦隊群主席参謀、ノーマン・コリンズ准将の能力については認めていた。人間としては大嫌いだったが。
「その… あの船は一体何ですか?」
事態を察しきれないらしい副官の質問に対し、リコリスは忌々し気に答えた。
「輸送船を改造して格納庫とカタパルトを取り付けて、戦闘機を飛ばしているのよ。当然整備施設がないから2回目の出撃は出来ないし、着艦できるかも怪しいけどね」
リコリスたちが見ていた船は、開戦直前になって『共和国』軍が大量建造(あるいは改造)したCシップと呼ばれる兵器だった。基本構造は戦時標準船だが、元の船より区切りが少ない貨物庫と艦載機射出用のカタパルトを持ち、戦闘機16機の積載と発進が可能になっている。
なお戦闘機を積むのに使えない部分の貨物室には、通常の輸送船と同様に補給物資が積まれており、補給船舶としての使用も可能となっている。
と言うと優れた兵器のようだが、実際には『共和国』軍の貧しさを表す代物でしかない。リコリスが看破したように、無理やり船内に押し込まれた狭苦しい格納庫では艦載機の動作確認位しか出来ないし(複雑な整備が出来ないため、2度目以降の出撃は不可能)、通信能力が乏しいせいで一度出撃した艦載機を呼び戻せるかも怪しい。
見栄っ張りの『共和国』軍上層部ですら、これを「空母」と呼ぶのは躊躇い、Cシップというよく分からない名前を付けたほどだ。
それでもコリンズ准将の意見でCシップの建造が決定された理由は、既存の戦時標準船の設計を一部変更するだけで大量建造できるからだった。『共和国』の国力では『連合』との空母建艦競争は不可能であり、安上がりなCシップで高価な正規空母の数の差を埋めるしかなかったのだ。
Cシップの建造が決まったのは開戦の僅か7か月前だったが、両軍の直接対決となったこのファブニル星域会戦までに『共和国』は122 隻のCシップを建造することが出来た。
すなわち『共和国』軍は本会戦に正規空母20 隻分の航空兵力を追加投入することが可能になったのだ。しかも普通の戦時標準船より多少上という程度の建造時間と費用で。
「第11輸送隊より入電、艦載機の発艦と集合が終了、今より攻撃を行うという事です」
「第12、第13輸送隊も5分以内に攻撃準備を完了します」
『共和国』第1艦隊群旗艦アストライオスに届いた報告を、ディートハルト・ベルツ司令官を始めとする司令部要員はどこか重苦しい表情で聞いていた。
取りあえず敵に妨害されることなく、Cシップからの艦載機隊の発艦が完了しそうなのは喜ぶべきことだ。Cシップから出撃する攻撃隊がいなければ、『共和国』の戦術は成り立たないのだから。
だが問題なのは、その攻撃隊がこれからどうなるかだった。
「連中はさぞ驚いているでしょうな。いきなり2000機の攻撃隊に襲われるのですから」
重い空気が漂う中、一人だけ陽気な声で作戦の第一段階が無事に完了しそうな事を祝っている男がいる。Cシップの大量投入を考えた張本人であるノーマン・コリンズ准将である。
「問題はその2000機のうち、何機が帰ってくるかです」
司令部の中で最も沈痛な顔で報告を聞いていた人物、航空参謀のマイケル・シェファード准将が苦虫を嚙み潰したような口調で言った。シェファードは本来このような作戦には反対だったのだが、結局は押し切られたという過去がある。
コリンズの作戦案を葬り去ることが出来なかった彼はひたすら、それが必要になる局面が来ないように願っていたのだが、運命はシェファードにもCシップの搭載機のパイロットにも微笑まなかったらしい。
「まあ3割と言った所でしょうな。敵対空システムの性能によっては、もっと少なくなるかもしれませんが」
コリンズが涼しい顔で放った言葉を聞いたシェファードは、思わずその俳優のように整った顔に唾を吐きかけたくなった。
この男は航空に無知だからあのような戦術を提案したのではなかったらしい。自分が考えた戦術が航空部隊にどれ程の犠牲を強いるか完全に分かっていながら、コリンズはその実行を主張したのだ。
シェファード(そしてコリンズ)が、攻撃隊の帰還率が半分を切ると判断した理由は距離にある。
Cシップの群れは敵に正体を気付かれないように補給部隊や整備部隊と同じ位置に配置されており、艦隊所属の空母に比べて敵から遥かに遠い位置にいる。当然その搭載機のパイロットは『共和国』の航空戦史上類を見ない遠距離攻撃を強いられることになるのだ。
これは宇宙航空機という兵器の性質上、非常に過酷な任務となる。宇宙航空機で遠距離攻撃を行う場合、パイロットは敵の前にまず距離と戦わなくてはならないのだ。
惑星上で運用される航空機を使った攻撃であれば、パイロットは地上の構造物や上空の星を確認することで、自分が今どこにいるかを判断できる。最悪の場合でも、自分が地上の一地点から見て前後左右上下のどちらに進んでいるか位の事は分かるだろう。
対して宇宙航空機ではそれが不可能だ。宇宙には固定された目印も上下の概念も無いので、パイロットは容易に方向感覚を失う。戦闘のための機動を行った場合は尚更だ。
つまり遠距離を飛んで戦闘を行ったパイロットは敵や味方の部隊の正確な位置どころか、自分が今どこをどの方向に飛んでいるのかさえ分からなくなる場合がある。
この点では艦船も同じ事だが、船は航法用の大型コンピューターを積んでいるし、多数の航宙科員が乗り込んで現在位置をチェックしている。だから船が宇宙で迷子になる事は珍しく、単独航行していた小型船が時々行方不明になる程度だ。
だが残念ながら、宇宙航空機にそんなものはない。軽量化と撃墜された場合の人的被害軽減のために乗員は一人だけだし、大型コンピューター等を搭載すれば鈍重になってかえって生存率が下がってしまう。 結局この兵器は固定目標への攻撃か、あるいは多少の航法の誤差が問題にならないような大規模戦闘への介入にしか使えないのだ。
今回の場合、取りあえず敵艦への攻撃は可能だろう。双方が1000隻以上の艦を繰り出した大規模戦闘であり、艦が沈没する時に発せられる電磁波や、互いのレーダー波や通信波を辿っていけば戦場にはたどり着ける。
だが問題は攻撃後に戻ってくることが出来るかだ。おそらくこの過程で戦闘と同じか、それ以上の機体とパイロットが失われるのではないかと、シェファード航空参謀は危惧していた。
もちろん理屈上は、発艦して敵艦隊を攻撃し、戻ってくることは可能だ。宇宙空間には空気抵抗が存在しないので、旋回を行わない限り燃料は消費されない。だから攻撃後はCシップ群の未来位置に向かって慣性で進めば、ほとんど燃料がない状態であってもいつかは帰還できる。
しかし、そう上手くいくはずが無いとシェファードは思うし、コリンズもその事を間接的に認めているようだ。
まず攻撃後のパイロットが、自分の位置と進んでいる方向を認識できるかが怪しい。せいぜい、味方艦が多い場所と敵艦が多い場所が分かる程度だろう。それでは正確に母艦の未来位置に進むこと等到底出来ない。
さらに言えば、Cシップはずっと同じ位置にいるわけではないし、等速直線運動しているわけですらない。部隊内での位置を微調整するために各艦が少々機関を稼働させただけで、発艦した航空隊から見た時の未来位置は大きく変化する。さらに敵の攻撃を受けでもしたら、等速直線運動した場合とはかけ離れた位置に部隊が移動してしまうのは明らかだ。
正規空母の場合は強力な送信機と機関を積むことで、帰還に関する問題を解決している。正規空母部隊は攻撃隊を発進させた後、敵の戦闘艦艇に襲われないギリギリの位置にまで接近し、そこで大出力の誘導電波を出して攻撃後の機体を回収するという戦術を取るのだ。
この戦術を可能にするため、正規空母という艦種は戦艦並みの通信能力と駆逐艦並みの機動力を持っている。逆に言うと、だからこそ高価で大量建造が難しいのだが。
対して鈍足で通信機能も貧弱な安価なCシップでは、母艦が攻撃隊を迎えに行くことなど不可能だ。パイロットは自力で帰還するしかなく、戦闘以外の理由による被害が大量に出るのは確実だった。
「どうかしましたかな?」
シェファードが自分を睨みつけている事に気付いたらしいコリンズが、わざとらしい口調で質問してきた。凛々しさと甘さが溶け合った美しい顔立ちと声だが、それ故に余計忌々しかった。
「小官は本作戦における航空隊の消耗を懸念しているだけです」
怒鳴りつけるような口調にならないよう努力しながら、シェファードはそれだけ言った。コリンズ自身が言った通り、Cシップから発艦した攻撃隊はおそらく7割以上が未帰還となるだろう。つまり1400機以上の機体とパイロットが失われるわけだ。
「もしCシップからの攻撃隊が全滅しても、その程度の消耗は許容できるでしょう。最近の航空機製造工場の拡充により、2000機の機体ならすぐに補充できます」
「パイロットはどうなのです? もっとも訓練に手間と金がかかる兵科なのですが」
「それも前の戦争以来の飛行学校の定員増を考えれば、短期間で補充できるはずです。たかが2000人程度が失われたところで、戦争遂行上大きな問題にはなりません」
コリンズは堂々とした口調でそう言うと、戦闘指揮所内を大袈裟だが不思議なほど優雅な仕草で見渡した。まるで自分の主張が戦略的に正しいことを、全員に印象付けようとしているかのように。