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ファブニル星域会戦-13

 リコリスは戦況モニターに目を走らせると、通信科に鋭い口調で指示した。

 

 「無線封鎖を解除してレーダーを稼働。同時に最大出力で電文を打ちなさい。意味は…そうね。『我が艦隊が救援に向かう。それまで1分持ちこたえよ』とでもしておきましょうか。どうせ敵に意味は分からないでしょうけど、もしかしたら暗号が解読されているかもしれないし」

 「艦隊って… これは艦隊とは呼べないでしょう…」

 

 リコリスの命令を聞いたリーズは思わずそう口に出してしまった。艦隊とは、宇宙軍の正式の用語としては複数の分艦隊を指揮下に持ち、独自の後方支援部隊を保有する戦闘単位のことだ。

 一般用語でも最低10隻ほどの軍艦の集団を指す。巡洋艦と駆逐艦1隻ずつの部隊など、どんな定義に照らしても艦隊とは呼べない。

 

 「確かにわが部隊は艦隊ではないわ。でも、敵はどう考えていると思う?」

 「?」

 「敵の立場になれば、私たちについて分かっているのはそれが戦艦2隻を沈めた部隊であることだけ。それが全速力で近づいてくれば、どんな反応を示すかしら?」

 

 確かにそうだった。これまで先程沈めた2隻の戦艦以外の敵艦に遭遇していないことから、敵はリコリス隊についての情報をほとんど持っていないと考えるのが自然である。彼らに分かるのは『連合』の力の象徴である主力艦2隻を一瞬で沈めたその部隊が、着々と接近しつつあることだけだ。

 

 「まあ普通の指揮官ならひとまず距離を置こうとするわ。目の前の敵と戦いながら、戦力不明の別の部隊に襲われるなんて冗談ではないし。もちろん、賭けだけどね」

 

 リコリスが言い終わる前に、ほとんど信じがたいという口調での報告が来た。

 

 「敵艦隊、逃走します!」

 (ほ、本当に逃げた!)

 

 報告を送ってきた通信兵同様、リーズも内心絶句していた。リコリスがいう賭けは、今のところ完璧に成功しつつある。

 


 「さてと、連中はすぐに戻ってくるはず。それまでに、態勢を整えておかないとね。准尉、旧シュペール隊の巡洋艦との交信を」

 

 一方のリコリスは作戦が図に当たったことを喜ぶでもなく、憂鬱そうな声でそう指示した。リーズは慌てて、通信用モニターを操作した。大雑把な命令、あるいはその受信は通信科の仕事だが、細かい調整が必要な通信は戦闘指揮所のモニターで行われることが多い。

 

 「この戦争、勝てるのかな? もうこの戦術は通用しないみたいだけど」

 

 機器を操作するリーズの耳に、リコリスの独白が聞こえた。どうやら彼女は、目の前の戦闘から離れて、この会戦が終わった後のことまで考えているらしい。リーズとしては、そもそもこの場での戦闘に勝って生還できるか自体が怪しいと思うのだが。

 

 「でも大丈夫よ。取りあえず、今は勝った。私たちは多分、全滅を免れる」

 

 リコリスがリーズの方に向き直りながら微笑んだ。そう言えば、リコリスが嘲笑ではなく微笑を浮かべるところは初めて見た。

 続いてリーズは初めて、モニターを操作する自分の手がひどく震えていることに気づいた。リコリスはそれに気づいたのかもしれないと思い、恥ずかしさで顔面に血が上るのを感じる。

 

 「艦長、双方向通信の準備出来ました」


 それを抑え込むようにリーズは力強く報告した。リコリスがさらに柔らかに笑う。リーズは少し戸惑った。天才的な戦術家で、時には非情な決断も下す人物とは思えない程、その表情は優し気に見えたのだ。

 


 



 この時、コヴァレフスキー少将の旗艦ロスバッハは、重力航法と通常航法を併用しながら、オルレアンの近くに来ていた。その道すがら、敵戦艦2隻沈没と敵巡洋艦部隊遁走を確認したコヴァレフスキーは、温存していた第18ミサイル戦闘群を中心に攻撃部隊を編成している。これまでの戦闘によって敵艦隊側面に空いた兵力の真空地帯に突入させるためだ。

 部隊は第33分艦隊旗艦ロスバッハを含み、コヴァレフスキーが直率していた。


 「危険ではありませんか」

 

 この決定を聞いた参謀長は渋い顔をした。ブレスラウ級巡洋戦艦はそれなりの戦闘力を持つ艦だが、戦艦に遭遇すれば勝てない。

 そもそもの建造コンセプト自体、「戦闘艦艇」ではなく「巡洋艦部隊に追随出来る機動力と、自衛能力を持つ高速部隊移動司令部」だ。そのような艦が戦艦多数を擁する敵中央部隊に接近して一歩間違えれば、司令部全滅の恐れがある。


 「確かに危険ではあるな」

 

 コヴァレフスキーはあっさりと認めた。

 

 「では、現場の指揮を第18ミサイル戦闘群司令部か第31巡洋艦戦隊司令部に委譲し、本艦は現在地に留まっては」

 「それはできんよ。巡洋艦や駆逐艦では通信機能と司令部機能が低すぎる。こんな雑多な部隊の指揮統率など不可能だ。それに、本艦の火力は敵補助艦艇の排除に極めて有用だ。味方と離れるわけにはいかん」

 

 攻撃部隊は主力の第18ミサイル戦闘群に、これまでの戦いで大打撃を受けたり、司令部が全滅したりした駆逐隊や巡洋艦戦隊を臨時に編入したものだ。言わば寄せ集めであり、小型艦の通信機能では僚艦がどこにいるかさえ把握できない可能性が高い。

 そしてブレスラウ級巡洋戦艦の火力は、この戦いで極めて有効に機能してくれた。建造時は巨大すぎると叩かれた艦だが、敵高速艦を短時間で排除するには、最低限この程度の大きさと火力が必要であることが実戦で示されたのだ。

 むしろ分艦隊旗艦用に1隻などと言うケチな事はせず、戦隊規模で各分艦隊に配備するべきかもしれない。そのブレスラウ級を遊ばせる事は、コヴァレフスキーにとって問題外だった。

 

 

「最大戦速。敵の増援到着前に主力部隊を撃つ!」

 

 第33分艦隊は多大な犠牲と引き換えに、敵側面を固めていた部隊を撃破した。だが敵の中央部隊と反対側の部隊はまだ多くが無傷だ。彼らが隊列を整えて迎撃にこないうちに攻撃を成功させなければ、勝利は覚束なかった。

 

 「旧シュペール隊、合流してきます」

 

 通信科員が歓声を上げる。一時は全滅も危ぶまれた旧シュペール隊だが、数を大きく減らされながらも合流してきたのだ。

 

 「ただ…敵艦隊も接近中のようです」

 

 通信科員が続いて深刻そうに報告した。確かに10隻の味方艦の後ろには、17隻の敵艦がいる。味方は敵艦隊の動きを何とか躱しながら、こちらに近づいているようだが。

 

 「シュペール隊の次席指揮官は誰だったかな?」

 

 コヴァレフスキーは信じがたい光景を見てそう呟いた。彼はすぐに、旧シュペール隊の意図に気づいたのだ。指揮官を失った部隊がこれ程の動きをするなど、常識では考えられない。

 次席指揮官の巡洋艦艦長が恐るべきやり手だとしか考えられないが、第18巡洋艦戦隊の各艦長は、そう傑出した人物ではなかったはずだ。それとも艦長としては凡庸だが、部隊の指揮官としては卓抜な軍人だったのだろうか。


 (あるいは…勝手に…)

 

 自分が前に彼らを救援するために送り出した人物の性格を考え、コヴァレフスキーはかぶりを振った。彼女ならやりかねない。戦闘に勝つことだけを重視し、規則や他人の面子など歯牙にもかけないあの人物なら。

 



 

 「あーあ、自分がこんなに働き者だったとは思わなかったわ」

 

 リコリス・エイブリング大佐はそんな愚痴を吐きながら、旧シュペール隊の指揮を執っていた。文句を言う間にも、視線は戦況モニターから離さない。奇襲によって戦艦2隻を葬ったとはいえ、敵はまだ17隻もいる。少しでも指揮を誤れば、即座に大損害を受けることになるだろう。

 本来これはあってはならない人事だった。確かにシュペール隊を構成していた第18巡洋艦戦隊と第15ミサイル戦闘群の指揮官は両方が戦死していたが、まだ巡洋艦の艦長は2人残っている。

 指揮を執るとすれば彼らのどちらかであり、そもそも編成上は第33分艦隊の指揮下にすら入っていないリコリスでは断じてないはずだ。

 

 だがリコリスは敢えてその原則を無視し、自分が指揮を執ることに決めた。コヴァレフスキー少将から、部隊の指揮をするように依頼されたと主張して。

 なおこれは嘘ではない。コヴァレフスキーはリコリスに、「シュペール隊については君に任せる」と確かに言っているし、通信記録も残っている。それが彼らを指揮して危機から脱出させろという意味かについては、意見が分かれるところではあるが。

 

 もちろん巡洋艦の艦長2人は指揮権を取り上げられることにいい顔をしなかったが、リコリスは敢えて自分の意思を押し通した。確かに先任順位では2人の方が上だが、実質的に最も指揮を執りやすいのは自分だと主張し、最終的にそれを認めさせたのだ。

 リコリスが指揮を執る根拠は、艦の能力だった。元は指揮専用艦として建造されたアジャンクール級は第18巡洋艦戦隊のクレシー級より格段に強力な通信能力と、情報処理能力を持つ。

 しかもクレシー級の通信設備は先の戦闘で損傷を受けている。従って部隊全体の指揮を執る能力を持つ艦に乗っている大佐は自分しかいない。リコリスはそう言って2人を説得した。

 2人は納得しかねる表情でそれを聞いていたが、リコリスが『共和国』英雄であることを知るや否や、いきなり態度を変えて指揮権の委譲を申し出てきた。

 


 「私は確かに生きた『共和国』英雄だけど、主流派でもなければ、ましてや政府のスパイでもない。乗っている艦を見れば分かるでしょうに」

 

 リコリスはその豹変ぶりに呆れ果てたが、ともかく最初の目的を達成したのは確かだった。彼女は勲章や称号それ自体に何の価値も認めていなかったが、ある種の人間を威圧する為の道具として役立つことには気づいていた。特に『共和国』のような国家では。

 

 「あの…艦長。それはどういう?」

 「ああ、そうか。貴方は知らないのね。それはいいことよ」

 「え?」

 「全艦針路x3、y8、zマイナス4」

 

 事情を知らない副官のリーズ准尉の質問を、リコリスはこれまた苦い顔で切り捨てると、臨時部隊に次の針路を指示した。彼女の部隊の戦力は巡洋艦3、駆逐艦7、しかも多くが損傷を受けている。

 対する敵は無傷か軽い損傷を受けているだけの巡洋艦5、駆逐艦12。正面から戦って勝てる戦力比ではない。勝利のためには司令部直轄部隊と密接な協力を行う必要がある。

 

 「分艦隊司令部に通信。今より20秒後に、敵艦隊を砲撃するよう依頼。指揮下の全艦は8秒後にx5、y1に変針。敵艦隊に反撃を加える」

 

 旧シュペール隊と司令部直轄部隊を合計した兵力は、目の前の敵よりずっと多く、普通に戦えば勝てる。だがそれだけでは駄目なのが現状だ。

 負けなくても撃滅に手間取れば、敵中央の戦艦が隊形を整えて向かってくる。さらに後方に展開しつつある敵部隊もそのうち向かってきて、第33分艦隊全体が挟撃の中で押しつぶされるだろう。


 だがリコリスには自信があった。まず戦闘記録を見る限り、今指揮を執っている部隊の錬度はかなり高く、急激な機動にも対応できるようだ。あの状況で全滅しなかったのを見ても、将兵の能力がかなりの高水準にあることが伺える。それに艦長たちも基本的には従順であり、リコリスの命令を無視したり、故意に誤解したりすることはありそうにない。

 この部隊と司令部直轄部隊が合同すれば、目の前の敵部隊、敵中央部隊への道に立ちはだかる最後の壁は短時間で打ち砕くことが出来る。リコリスはそう判断していた。

 

 (大きな獲物を狙い過ぎたのが、貴方の失敗よ)

 

 リコリスは胸中で、中央部隊にいるであろう敵の総指揮官に話しかけた。艦隊司令官か分艦隊司令官かは不明だが、かなり優秀な軍人ではあったのだろうと思う。

 前の戦争の戦訓を学び、少数の戦艦を外郭部隊にも配置した事。戦艦と補助艦による合同攻撃と奇襲の組み合わせによって、多数の『共和国』軍艦艇を撃沈した事。全てが敵指揮官の能力の高さを示唆している。これ程のことが出来る指揮官は、『共和国』軍全体を探しても数少ないだろう。

 

 だが彼ないし彼女は一つの間違いを犯した。残存した外郭部隊の一部を大損害を出しながらも前進する第33分艦隊の前方ではなく後方に移動させ、挟撃をかけようとしたことだ。

 立場が逆であれば、おそらくこの戦術は上手くいっただろう。機動力に優れた『共和国』の艦なら、敵が中央への攻撃を完了する前に後方からの襲撃を行い、挟撃と殲滅に成功していたはずだ。

 

 だが敵にとっては不幸なことに、『連合』の艦は全般的に足が遅い。鈍足の戦艦を編成に含んでいればなおの事だ。結果として後方に回った部隊は単なる遊兵と化している。

 そしてまた、彼らは気づいていないらしいが、第2艦隊の本隊がまもなく到着する。第33分艦隊は現在半ば包囲された形になっているが、本隊の攻撃に乗じて撤退することは可能なはずだ。艦の性能特性と、偵察におけるミスが、敵指揮官の戦術を破綻させたのだ。

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