2つの戦線ー1
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『共和国』軍は惑星フルングニルからの撤退作戦について、「我が軍の勝利」と強弁した。
敵軍に自軍より多くの損害を与え、作戦目的だったフルングニル守備隊の救出にも「概ね成功」したというのがその根拠である。
760万の残存兵力のうち490万を救出したというのを「概ね成功」と呼ぶのは特異な言語感覚だが、過半数は助けたのだから完全な嘘ではない。
そして輸送船の被害を考慮せずに軍艦だけで比較すれば、『共和国』軍は確かに自らの2倍を超える被害を『連合』軍に与えている。
一方の『連合』軍もまた勝利を主張した。彼らは「『共和国』軍艦船1万隻を相手に戦い、そのうち3000隻以上を撃沈した」と発表し、「我が軍の記念碑的な大勝利」であったと述べたのだ。
これも嘘ではない。確かに『共和国』軍の軍艦と輸送船を合わせれば1万隻に達したし、『連合』軍はほとんどが輸送船からなる3000隻以上を確かに沈めている。
そしてどちらの見方がより正しいかと言えば、明らかに『連合』の方だった。
『共和国』軍はこの戦いであまりに多くの輸送船を失ったため、予定していた惑星ユトムンダスへの侵攻作戦が不可能になった。
一方の『連合』軍は惑星フルングニルを奪回し、『共和国』軍を目に見える形で押し戻し始めた。
この戦闘は戦争の主導権を、『共和国』から『連合』へと完全に移動させたのだ。
無論、一般の国民に詳しい事実は公表されていない。だが大抵の『共和国』人は、戦況悪化に薄々気付いていた。
彼我の損害は秘匿できても、『共和国』軍が後退しつつあるという事実は誤魔化せない。報道機関が黙っていても、前線から一時帰国した将兵の口までは閉じられないからだ。
一部の高官しか知らない軍事機密ならともかく、任地や戦闘結果についての情報まで封じるのは非現実的だ。のべ人数でみれば何千万という将兵が戻ってくれば、戦況についての大まかな事実は国民全体に伝わってしまう。
これを防ぐには休暇で戻ってきた将兵を特定の星に収容して恒星間通信の会戦を切るしかないが、そんな真似をすれば軍の士気が極端に悪化する。
『共和国』政府としては、前線から銃後に広まりつつある敗北主義を傍観する以外に手が無いのだった。
そして政府の方はこちらも幸か不幸か、自国が置かれている状況を大まかにだが認識していた。
一時は『連合』首都惑星リントヴルムにまで接近していた前線は、縮んだバネが戻るように『共和国』本土に接近している。
現在の両国の領域図は『連合』の政権交代時のものと酷似しており、その後に行われた『共和国』の攻勢が完全な失敗に終わったことを雄弁に語っていた。
しかし、それだけならまだ良かったかもしれない。現在の前線は未だに、開戦前の国境より遠くにある。この状況のままで講和が成立すれば、戦争は『共和国』の勝利と言えるからだ。
実際『共和国』外務局は、『連合』にその条件での講和を打診している。
現在の『連合』が支配する地域は、30年前の『連合』領とほぼ一致する。この辺りで戦争を止めても、『連合』国民に申し訳は立つのではないか。それだけでは不満と言うなら、非公式に戦時賠償を支払ってもよい。
外務局は中立国を通してそう提案し、この戦争を『共和国』優位の形で終わらせようとしていた。
だが『連合』側の反応は、現状維持等、戦争に負けつつある側が言い出してよい条件では無いという、至極冷淡なものだった。
旧ゴルディエフ軍閥領全域の割譲。『共和国』が『連合』に与えた戦争被害全てについての賠償金支払い。国家としての公式謝罪。もし講和を望むというならこれら全ての受諾が最低ラインで、それ以下の条件なら交渉する価値は無い。『連合』側の外交担当者はそう述べ、『共和国』側の提案を一蹴している。
攻め込んできて負けた側が、何の代償もなく終わりを言い出すなど噴飯ものの要求だ。『連合』外務局は言外にそう述べている。傲慢とも言えるが、現状をよく認識した態度でもあった。
惑星ファブニルの軌道上では、そんな状況を如実に示す行事がひっそりと行われていた。同惑星の軌道上にあった軍司令部を、惑星アクリスに後退させる準備が始まっていたのだ。
数か月前までは後方基地だったファブニルだが、『連合』軍の前進によって今や前線となっている。敵の奇襲を受ける可能性を考えれば、司令部は後方に下がらざるを得なかった。
「酷いものだな」
『共和国』宇宙軍第3艦隊群司令官のエゴール・コヴァレフスキー大将は、運び出されていく設備や資料の山を眺めながら溜息をついた。
司令部の後退と言うだけで不名誉だが、その後退のやり方は惨めさを上塗りしているように感じられたのだ。
『連合』軍に察知されて襲撃されるという万一の可能性を考慮し、司令部の後退は定期運航の貨客船を徴用して行われる。民間人のふりをして逃げるという、通常はゲリラの敗残兵がする行為を、正規軍の最高司令部がやるのだ。
また下位の部隊には事前の情報を渡さず、報告は後退が完了してからする予定だ。無論民間人には事後報告さえ行わない。
機密を知る者は少ない方がいいのは確かだが、道義的に見て正しいかは疑問だとコヴァレフスキーは思う。
上層部が指揮下の将兵と本来軍が保護すべき国民に黙って前線から逃げ出すのだ。借金取りに怯える親が、家に子供を残したまま夜逃げするようなものである。
『連合』が何らかの手段でこれを知って情報を拡散すれば、『共和国』の前線と銃後の士気は戦わずして急落するだろう。
「どうせなら、基地の設備ごと首都まで後退すればいいのですが。どの道、再度の『連合』領侵攻作戦等不可能なのですから」
コヴァレフスキーに応えるように、不謹慎極まりない発言が上がった。発言の主は言わずもがなの人物である。
「まあ、貴官の意見にも一理はあるが、政府がそれを飲む事は絶対にないな」
コヴァレフスキーは溜息交じりに応えた。発言の主、白衛艦隊司令官のリコリス・エイヴリング少将は、フルングニル撤退後にこれからの戦争計画についての上申案を出している。
その計画序盤では、総司令部及び工業設備を奥地に疎開させることになっていた。『連合』軍の攻勢に対する水際での防衛は諦め、『共和国』領の1/3近くを明け渡してしまうのだ。
場合によっては首都移転や、工業設備と労働者を同盟国に移す事もあり得るとまで、リコリスは上申書に書いている。言わば『連合』軍に対する初期段階での抵抗を全て放棄し、軍は逃げの一手を取るのだ。
敗北主義扱いされかねないこんな戦争計画をリコリスが出した背景には、彼我の兵站能力と回復力の差があった。
現在の前線で両軍が激突してそれぞれ同等の被害を受けたとすれば、その損害を回復して攻勢能力を取り戻すのにかかる時間は『連合』軍の方が遥かに短い。つまり『共和国』軍は再戦する毎に不利な戦力での戦いを強いられることになる。
その為水際防衛では、最終的にじり貧になって負けるだけだと、リコリスは結論付けていた。
水際防衛の代替案としてリコリスが出したのが、『連合』軍をぎりぎりまで突出させてから頭部を強打し、長期に渡って攻勢能力を奪うという計画である。
『連合』軍とて、無限の兵站能力を持つ訳では無い。母国から離れていくに従って、その回復力は落ちていく。いつかは、双方の回復速度の差が逆転する時が来るのだ。
リコリスの計画では、そこで全力での反撃を行い、『連合』軍主力を『共和国』国内で殲滅することになっている。
そうして『連合』軍が攻勢を行えない期間を作る事で、対等に近い条件での講和に持ち込む。それがリコリスの提案した、この戦争の出口戦略だった。
だがこの戦争計画が日の目を見る事は無かった。あまりに多くの国土を敵国に引き渡す事に対する情緒的、政治的な忌避感が軍事的合理性を押しのけたのだ。
何しろリコリスの計画では、旧ゴルディエフ軍閥領地域全体とその先にある『共和国』の工業地帯の大部分を一時放棄する事になっている。場合によっては首都惑星イルルヤンカシュまで捨てるのだ。
全ての星を合わせると『共和国』人口の4割が、一時的とはいえ『連合』軍の占領下に入ってしまう。政府にとっては、恐らく敗戦以上に受け入れがたい事態だ。
だから『共和国』政府は、軍事的にはそれが最も成功率が高いと分かっていても、リコリスの案を受け入れられない。
戦争に勝つことが仕事の軍人と、国民を統治するのが仕事の政治家ではそもそも原則が異なる以上、仕方がないことだった。
「死守命令では味方は縛れても、敵は縛れないのですけどね」
リコリスが同じく溜息交じりで答えた。彼女の視線の先には、最近偵察部隊が撮影してきた惑星フルングニル周辺の映像が映し出されていた。
映像の中では推定2000隻を超える艦が2つに分かれて演習を行っている。フルングニル戦での損害のせいか空母とその艦載機だけは数が少ないが、総体的には『共和国』宇宙軍の現有戦力を上回るだろう。
しかも『連合』宇宙軍の戦力はこれが全てでは無い。惑星ユトムンダスの基地にも、1000隻前後の『連合』軍艦隊が展開している事が既に確認されている。
作戦前から危惧されていた通り、フルングニル撤退後の『共和国』と『連合』の戦力差は急速に拡大していた。
数だけではなく、装備の更新も目覚ましかった。主力はドニエプル級のままのようだが、映像内では同級より2回りほど巨大な戦艦が、何隻も舳先を並べる様子が映し出されている。
粗い映像の為詳細は不明だが、その攻防性能はウルスラグナ級に匹敵する可能性があると、映像の解析者は警告していた。
その戦艦群の周りにはコロプナ級の改良型と思われる巡洋艦が並び、艦載機は全てバラグーダになっている。
戦前からの装備が未だ半数以上を占める『共和国』軍に対し、『連合』軍はほぼ完全に兵器の更新を済ませていた。
これらの映像が示す事実はただ1つだ。リコリスの言う通り、『共和国』が『連合』領を併合できる可能性はもう無い。後はどれだけ傷を抑えながら、この戦争から抜け出すかだ。
「仮の話だが、貴官が『共和国』宇宙軍全軍の指揮を執ったとして、この戦争を引き分けで終わらせることは可能だろうか?」
「可能性は半分以下ですね。半年前なら7割の確率で、戦前の国境線に戻せたでしょうが」
コヴァレフスキーの質問に対し、リコリスが素っ気ない口調で答えた。「無能」及び「謙遜」という言葉の対極に位置するこの人物がそう言ったという事は、恐らくそうなのだろうとコヴァレフスキーは思った。
しかも現実のリコリスは1個艦隊の司令官に過ぎない以上、敗戦を回避できる可能性は半分以下より更に低い。
コヴァレフスキーは運び出されていく資料の山を見ながら、大きく息を吐いた。ここから『連合』領侵攻作戦の指揮を執っていた日々は確かに存在した筈だが、今では夢の中の出来事のように思えた。
ギルベルト・フェルカー中尉は指揮下の中隊とともに、惑星スレイブニル軌道上に接近していた。中隊が囲む内側には、ギルベルトが乗るPA-27の偵察型であるRE-27が2機飛んでいる。
大部隊だと敵に発見されてしまうが、あまりに小さな部隊は一瞬で全滅してしまう。その間を取ったのが、戦闘機と偵察機合わせて10機というこの編隊だった。
「おっと…」
ギルベルトは小声で呟いた。目の前に浮かぶ画面の1つに、逆探反応を伝える信号が出たのだ。レーダーを装備した何者か、即ち敵機もしくは敵艦がいるという証である。
「皆、落ち着いて動け。下手に加速すると、赤外線探知に引っかかる」
言うとギルベルトは、編隊をレーダー波の発信源から遠ざかる方向に動かした。煩く点滅していた警告信号が次第に疎らになり、ついには完全に消えていく。
上手く姿をくらますことが出来たか、或いは敵がレーダーの反応に気付かなかったのだろう。
「情けないもんだな。ついこの間まで、俺たちが敵の偵察機を追い回す側だったんだが」
弟のラルフ・フェルカー准尉が、珍しく悲観的な口調でぼやいた。
ラルフの言う通り、ここ惑星スレイブニルは数か月前まで『共和国』軍のものだった。それも前線ですらなく、本国と前線を繋ぐ中継点の1つである。
半年前なら、『共和国』軍機が少数でコソ泥のようにスレイブニルを飛ぶ事は有り得なかった。敵に怯えながら飛ばなければならないのは『連合』軍機の方で、『共和国』軍機にとってのスレイブニルは自軍の庭だったのだ。
だが今、状況は残酷なまでに変化していた。スレイブニルは『連合』軍の反攻作戦によって陥落し、奪還作戦の目途は全くついていない。
ギルベルトたちの偵察行も再占領の下準備ではなく、ただ単に『連合』軍の戦力配置を掴むためのものだ。
一時は『共和国』軍の攻勢における出撃基地だったスレイブニルは、今や手の届かない目標に変わっていた。
「大型20に、中型と小型がその何倍かという所か」
ギルベルトはラルフのぼやきをいったんは無視して、RE-27から送られてきた情報を反芻するように呟いた。
解像度の低い航空機用レーダーでは絶対的な大きさや正確な数は分からないが、100から200前後の何かがスレイブニル軌道上にいる。
「もう少し接近しよう。相手の正体が知りたい」
ギルベルトは僚機に命じた。敵が支配する惑星への接近は危険だが、「何かがいる」だけでは偵察の成果としてあまりに不十分だ。
レーダーに映ったものが軍艦なのか、それとも輸送船団なのか位は調べておくべきだろう。
PA-27とRE-27の小柄な機体は、しばらくエンジンもレーダーも切った状態で宇宙空間を進んでいった。
眼を塞いでゆっくりと歩くような飛行を敵地で行うにはかなりの勇気が必要だが、偵察の為の小編隊にとっては、これが最も安全だ。下手にレーダーやエンジンを全開にしようものなら、四方八方から集まってきた敵機に取り囲まれてしまう。
客観的には僅か数分だが主観的には数時間にも感じられる飛行の末、10機は先程レーダーで観測された物体の1つを目の前にした。正確には、一瞬だけ稼働させたレーダーがその大きさと大体の形状を捉えた。
「何だ。これは?」
相手が軍艦と輸送船どちらであるかを確認しようとしたギルベルトは、実際に映ったものをみて思わず素っ頓狂な声を上げた。
軍艦でも航空機でもない。歪な円筒形をした全長数キロメートルはあろうかという構造物が、この場所での軌道速度で動いている。
「皆、避けろ!」
茫然としていられる時間は長くなかった。その構造物の陰から、明らかに敵機と判断できる熱源反応が次々と出現したからだ。
「回頭した後、全速前進で突っ切れ!」
ギルベルトは大声で命じた。PA-27は優れた空戦性能を持つが、この状況で戦闘を挑むのは自殺行為だ。戦闘にかまけている間に別の敵機に包囲され、袋叩きにされるのが目に見えている。
ここは余計な機動を一切行わず、運を天に任せて逃げるしかない。
「邪魔だ!」
正面から突っ込んできた敵機に罵声と銃撃を浴びせながら、ギルベルトは自機を大きく旋回させた。不運な味方機がほぼ同時に撃墜されたらしく、右横のモニターに白い爆発光とノイズが走る。
ギルベルトたちを待ち構える試練はそれで終わりでは無かった。もはや封鎖する意味も無い為全力稼働させたレーダーには、計100機近い敵機がこの場に集合しつつある様子が映っている。
前後左右上下全ての方向から光の球が飛んでくる中を、残り9機の『共和国】軍機は全速で駆けていった。
(連中、もうすぐファブニルに来るのか?)
機体を小刻みに動かして銃撃を躱しながら、ギルベルトは脳の片隅で考え込んだ。つい先ほど目撃した物体は明らかに軍事衛星、それも大型艦船の整備機能を持つ本格的なものだ。
それが大小合わせて100個以上、惑星スレイブニルの軌道上に並んでいる。惑星スレイブニルは今、『連合』宇宙軍の巨大基地に姿を変えようとしているのだ。
その理由は彼らに聞かなくても推測できる。『連合』軍は惑星スレイブニルの先にある目標、即ち『共和国』軍の策源地である惑星ファブニルに狙いを付けている。
「何が、『現段階では警戒目的の小規模な基地しかないから、それ程危険な任務では無い】だ! お偉方ご自慢の、ファブニルの基地より立派で警備厳重だぞ!」
ギルベルトに同調するように、ラルフが悪態を付く声が機内無線から聞こえてきた。
ラルフの言う通り、『共和国』軍上層部は、現時点での惑星スレイブニルの基地化は無いか、あっても小規模と判断していた。軽空母1隻と巡洋艦4隻と言う、本当にやる気があるのか疑わしい戦力で行われた今回の偵察はその表れである。
もちろん『共和国』軍上層部も、単なる楽観に基づいて『連合』軍は来ないと判断した訳では無い。
度重なる戦いで『連合』軍も疲弊していると思われる事、及びスレイブニルの位置から考えて、ある程度は合理的に推測したものだ。
『連合』領侵攻作戦とその後始末において、『共和国』側は2000を超える損失を計上した。軍艦以外の損害を含めると、数字は容易く数倍に膨らむ。
一連の作戦における艦船の損失数は、『共和国』が前世紀の戦争で失った艦船を全て合わせた合計に匹敵するだろう。
地上軍についても計900万を超える完全損失を出しており、『共和国』地上軍史上最悪と言われたゲリュオン攻防戦が霞んで見える。『連合』領は多くの『共和国』側将兵にとって、踏み込めば2度と帰れない地獄だったのだ。
だが『連合』軍もまた、無傷で勝った訳では無い。一連の戦いで『連合』軍は、軍艦2500隻と地上軍1500万を失ったと推定されるのだ。
しかも『共和国』側の被害が同盟国軍を含んだ数字なのに対し、『連合』軍の被害は単独で受けたものだ。
人類世界最大の国家と言えども、これだけの損害から回復するには時間がかかる。その為前線はしばらく平穏だろうというのが、『共和国』側の認識だった。
また『連合』軍の被害が『共和国』側予想より小さかったとしても、早期のスレイブニル基地化は無いというのが、大抵の『共和国』軍人の考えだった。スレイブニルはファブニルに近すぎるというのが、その理由である。
惑星ファブニルと惑星スレイブニルは、駆逐艦でもぎりぎり往復できる程度の位置関係にある。もっと言えば、『共和国』が研究を進めている超長距離宇宙航空機が片道なら飛行できる程だ。
これは攻勢の際に補給線が短くて済むという長所でもあるが、最悪の短所でもある。敵の目の前に基地を作るというのは、基地が完成するまで妨害を受け続けるという事だからだ。
敵要塞の火砲の射程内から塹壕を掘り始める地上軍がいないのと同様、敵艦隊主力の航続圏内に基地を作る宇宙軍もいない。それが『共和国』側の考える常識だった。
基地化するにしても、それはファブニルから『共和国』宇宙軍主力が退去した後になる。『共和国』軍上層部はそう考え、スレイブニルへの偵察を軽視していたのだ。
だが多くの一見正しい理論がそうであるように、『連合』軍のスレイブニル基地化は無いという推測も、現実によって論破されていた。
『連合』軍は惑星スレイブニルに、『共和国』のファブニル策源地に勝るとも劣らない巨大基地を建造しようとしている。
「皆、何としても情報を持ち帰るぞ。後方で惰眠を貪っているお偉方に、前線がどれだけ酷いことになっているか教えてやる」
ギルベルトはラルフに合わせるように部下たちを叱咤激励した。あの基地の全容や意図は不明だが、1つ確かなことがある。
この戦争の状況は、後方の民間人及び上層部が漠然と考えているより悪そうだということだった。




