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フルングニル再戦ー12

リコリスは蜜と酢を同時に飲まされたような心境で、旗艦オルレアンの戦闘指揮所に立っていた。

なおオルレアンが艦隊戦の指揮を執る事になった為、帰還中の攻撃隊の誘導は第2旗艦アジャンクールに一任されている。

 

「敵艦多数。我が隊の側方を通過します」

 

リコリスの心境を無視するように、偵察機が報告を上げて来る。狙い通り、彼らは白衛艦隊に気付いていないようだ。

 





白衛艦隊は本来、この宙域にはいない筈だった。

リコリスが当初狙っていたのは、後退する『連合』軍艦を装って敵空母部隊に接近し、航空機と軍艦による同時攻撃で殲滅することである。即ち白衛艦隊は、もっと前方に出る予定だった。

 

だがアジャンクールがキャッチした通信波が全てを変えた。その電文は旗艦ウルスラグナからであり、現在司令部が危機に陥っており、全ての部隊は支援のために急行せよと命じてきたのだ。

 それだけではない。電文には旗艦ウルスラグナの周囲にいると予想される部隊への言及と、具体的な指示まで入っていた。その部隊の中には、白衛艦隊も含まれていたのだ。

 


この電文を受けて、リコリスはやむなく方針を司令部への支援に変更した。


 まず航空隊は司令部直轄部隊周辺に向かわせ、戦闘を支援する。白衛艦隊本隊は鈍足だが、航空隊だけは他のどの部隊よりも早く到着できるからだ。

  一方本隊は位置的に、戦闘に駆け付けてもまず間に合わない。その為リコリスは、コリンズと協議の上任務を残敵掃討に変更した。


 白衛艦隊の艦載機というひと押しが加われば、『共和国』側は7割の確率で勝てる。ただ機動力が低いウルスラグナ級戦艦は、勝利後の追跡に向いていない。

そこでリコリスとコリンズは白衛艦隊の待ち伏せによって、戦果を拡大する事にしたのだった。



そして今目の前では、本隊との戦闘に敗北した敵が白衛艦隊の脇を無防備に通過しようとしていた。

 戦闘において最も被害が出やすいのは、敗走中に追撃を食らう時だというのは、古代から続く原則だ。白衛艦隊は不完全ながらその状況を作り出そうとしていた。

 







 「敵艦隊、射程に入りました」

 「了解。射撃を開始せよ。砲撃目標は各戦隊の司令官に一任する」

 

 リコリスは命令というより追認の言葉を発した。この段階まで来れば、艦隊の司令官クラスがやることは少ない。後は砲員の技量に期待するだけだ。

 


 その言葉に応え、白衛艦隊の旧式戦艦群は一斉に主砲射撃を開始した。巨木を思わせる光の筋が混乱して逃げ惑う敵隊列に吸い込まれ、連続した爆発が起きる。

 その後には完全に停止した敵艦、及び無数の残骸が残された。

 

 旧式戦艦の砲撃による戦果としては異様に大きいが、当然の結果でもあった。敵艦の多くは傷ついており、その応急科は既に発生している被害への対処にかかりきりになっている。

 そこで発生した新たな被弾は、まさに止めの一撃の役割を果たしたのだ。

 



 それでも敵艦の大半は逃れていくが、白衛艦隊は特に追撃は行わなかった。そもそも白衛艦隊は敗走する敵を丁字でも同航戦でもなく、反航戦の形で攻撃しており、追いかけようが無いのだ。

 

 リコリスがこの陣形を取った理由は、危険の回避である。

 丁字や同航戦で迎え撃てば戦果を拡大しやすいが、それは多大な危険と隣り合わせだ。下手をすれば追い詰められた敵全体が、血路を開こうとして突っ込んで来るという展開も考えられるからだ。

 そんなことになれば、現在の稼働艦が100隻にも満たない白衛艦隊はひとたまりもない。

 

 

 だが反航戦の形を取れば、白衛艦隊の相手をするのは常に敵の一部だけだ。敵はこちらに向かってくるのではなく、横を通過していくだけだからだ。

 

 しかも戦場心理からして、いったん白衛艦隊の横を通り過ぎた部隊が、新たに戦闘を挑むために戻ってくることはまず無い。

 指揮官にとって、血路を切り開く為に部下を鼓舞するのは割合容易である。一方、いったん死地を抜け出た部隊に再び戻るよう要求するには、神業に近い人心掌握力が必要だ。

 ただでさえ撤退中と言う士気の振るわない状況で白衛艦隊の攻撃を浴びた部隊が、反転して再戦を挑んでくる事などほぼあり得ないのだ。

 

 そこに航空優勢による情報上の優位が加われば、白衛艦隊は常に、自らの全力を以て敵の分力を打ち続けることが出来る。

 



 最初の部隊が無数の残骸を残して過ぎ去った後、次の部隊が現れた。こちらの位置を悟られない為にレーダーは切ってあるが、各艦の艦尾から伸びる幽光のような航跡の群れは、光学装置にはっきりと映し出されている。

 やがてその航跡の前方目がけて、白衛艦隊の砲が一斉に発砲を開始した。再び虚空に白い光が爆発し、熱で光を帯びた破片が飛び散っていく。偵察機の支援を受けた白衛艦隊は、反撃も出来ない敵を一方的に撃っていた。


 砲術科専攻生向けの射撃演習のような戦いはしばらく続いた。次から次へと現れる敵艦を、白衛艦隊の戦艦と巡洋艦が訓練用の吹き流しのように撃っているのだ。

 ただ1つ訓練と違うのは、その結果が合格と落第ではなく、生と死の境目となることだろうか。


 

 更にその次に現れた部隊も同じ運命を辿り、白衛艦隊の周囲は金属屑の堆積場となっていく。見本のようなワンサイドゲームだった。

 

 







 「敵艦、全体が針路を変えました」

 「頃合いみたいね」

 

 リコリスは数分後に来た報告を聞いて頷いた。白衛艦隊の存在が敵全体に知れ渡ったらしく、撤退中の敵は次から白衛艦隊を迂回する針路を通るようだ。

 

 「じゃあ、最後は精々派手に決めましょう」

 

 リコリスは次いで微笑した。現在オルレアンは、戦艦部隊の反対側、敵が迂回してくるであろう場所に潜伏している。その周囲にはポルタヴァ級ミサイル巡洋艦6隻と、20隻程の駆逐艦が展開していた。

 

 「全艦、対艦ミサイル発射! その後全速で本隊に合流する」

 

 針路を変えた敵の最初の部隊が見えた所で、リコリスは皆が待ち望んでいたであろう命令を出した。撤退する敵の鼻先に向かって、ミサイルを叩き込むのだ。

 


 数百発の青白い光の矢が、オルレアンがいる方向に向かってくる敵艦隊に伸びていく。戦果の確認は偵察機に任せ、オルレアンと周辺の艦は一目散に後退した。今回の戦いにおける白衛艦隊の仕事は、これで完全に終わりだった。

 

 



 「司令官、おめでとうございます。完璧な勝利ですね」

 

 この戦いが初陣となる通信手が、遠ざかっていく戦場を見ながら興奮の面持ちで言った。

 先ほどの待ち伏せだけで最低100隻、戦闘全体で見れば恐らく200隻近い敵艦を、白衛艦隊は仕留めている。

 対する白衛艦隊側の被害は沈没が18隻と、中破以上の損傷が31隻。少ない損害では無いが、戦果と比較すれば異常な程に軽微と言える。

 戦闘の勝敗を彼我の損失比という点で定義するなら、白衛艦隊はその通信手の言う通り圧倒的勝利を収めていた。

 


 「ええ、貴方たちはよくやってくれたわ」

 

 リコリスはひとまずそう答えた。嫌な予感はするが、それをここで説明しても状況が変わる訳では無い。ここは素直に部下を労っておく位しか、リコリスに出来る事は無かった。













 ダニエル・ストリウス元帥は殆ど物理的な痛みと屈辱を感じながら、旗艦ベレジナの戦闘指揮所に立ち尽くしていた。

 数で上回り、こちらのホームグラウンドで戦うという優位にも関わらず、『連合』宇宙軍は負けた。 

 『連合』軍が数の優位を活かすより、『共和国』軍が初見参の新鋭艦の力で『連合』側の隊列を突き崩す方が、僅かに早かったのだ。

 

 それだけなら、ストリウスには状況を立て直す自信があった。『連合』側の隊列は崩れたが、損害自体は左程でも無かった。また『共和国』軍の方は完全に息切れして追撃も出来ない状態だったからだ。

 全体を後退させて隊列を立て直した後で再戦を挑めば、今度こそ勝てる。幕僚たちは口々にそう進言し、ストリウスもそのつもりだったのだ。

 


 しかし戦場後方に浸透していた、僅か100隻程の部隊が『連合』側の勝機を完全に奪ってしまった。

 その部隊の待ち伏せによって『連合』側は合計1個艦隊相当の戦力を無力化された上、余計な艦隊運動を余儀なくされたのだ。

 お陰で『共和国』軍は隊列再編の時間を獲得し、完全に態勢を立て直している。再戦を挑むどころか、全軍による追撃さえ危惧される状況だった。

 


 数字には表れないがより大きな被害は、恐らく将兵の心理面に出ていた。

 後退という行動はただでさえ士気を低下させる。その途中で敵の罠に掛かったことは、各級の指揮官から一般兵に至るほぼ全員に、敗北感を蔓延させた。

 自分たちは最初から最後まで『共和国』軍の術中に嵌り、何を為す事もなく負けたのでは無いか。将兵の間にはそんな意識が充満し、戦争自体の勝敗に対する見方や上官への信頼を始めとする多くの無形資源を腐食させていた。

 

 『紅炎』作戦や『黒点』作戦の成功は、『共和国』軍主力と戦わなかったから得られたものではないか。『連合』宇宙軍は正面からの対決では、『共和国』宇宙軍に絶対に及ばないのではないか。旗艦ベレジナに乗り込んでいる幕僚陣までが、小声でそんな言葉を呟いている有様だ。

 自国領で自軍より数が少ない敵を迎え撃つという状況で戦闘に負けた影響は、兵にとっての模範であり士気の根源であるべき高級士官たちにまで、無力感と敗北主義を生じさせていた。

 



 「司令官、ご無事だったようですね」

 

  そんなベレジナの戦闘指揮所に、突然通信が入ってきた。相手は第二十一艦隊司令官のディーター・エックワート中将である。乗艦が被弾した際に負傷したらしく、右腕をギプスで固定している。


 「君こそ、無事だったようで何よりだ」


 ストリウスは若干の後ろめたさを感じながら敬礼を返した。

 エックワートの第二十一艦隊は、この戦いで壊滅的な被害を受けている。その責任の一部は、第二十一艦隊を戦線中央に呼び寄せたストリウスにあった。

 

 第二十一艦隊を投入した事によって『連合』軍は『共和国』軍をぎりぎりまで追い詰めたものの、最後の最後で逆転された。

 突然戦場に出現した敵機の大群によって第二十一艦隊は大損害を受け、続いてその隙を衝いた『共和国』軍の猛攻を食らってしまったのだ。結果論で言えば、第二十一艦隊はストリウスの司令部直轄部隊の盾になったも同然である。

 

 現在確認されている第二十一艦隊の残存艦は30隻にも満たず、この部隊がまさに体を張って『共和国』軍の攻撃を食い止めたことを示していた。

 



 「惜しい戦いでしたな。何かが1つ違っていれば、我が軍が勝ったと思うのですが」

 

 エックワートがやや無理に作った印象のある笑みを浮かべ、ストリウスは無言で頷いた。

 エックワートの言う通り、何か1つの原因で戦闘の勝敗が決まる事は滅多にない。大抵の戦いには複数の要因が絡み、その中で僅かだが多くの合計点を稼いだ者が勝利を収める。

 

 今回の戦いで、『連合』軍が『共和国』軍に及ばなかった項目は何なのだろう。ストリウスはしばし黙考した。

 兵器の性能なのか、それを動かす将兵の質なのか、或いはストリウスを始めとする高級士官の指揮能力なのか、はたまた単なる運か。とにかくそのうちどこかで『共和国』軍に水を開けられた結果、『連合』軍は戦術的敗北を喫した。

 

 単純な喪失艦の数で言えば、『連合』軍は『共和国』軍の2倍の損失を出したと推定される。緒戦の惨敗程ではないにせよ、この戦いが『連合』軍にとって栄光の1ページとなることは無さそうだった。

 





 「だが戦略レベルでは許容範囲の結果だ。『共和国』軍は当分、大規模な攻勢を実施できない。我が軍はその間に兵力を集積し、今度こそ勝利を収めよう」

 

 次にストリウスは、敢えて強気な言葉を口にした。意気消沈している周囲へのアピールもあるが、事実でもある。

 この戦いは『連合』軍の戦術的敗北だが、作戦以上のレベルでは引き分けまたは辛勝と言えるのだ。

 

 

 まず戦略レベルで言うと、この戦いは『共和国』軍にとって何ら利益になっていない。戦闘という行為の究極的な目的は彼我の戦力比を自軍優位にすることだが、『共和国』軍はそれを達成できていないのだ。

 

 『共和国』軍の被害は純粋な数で言えば『連合』軍の半分程度であり、一見すると戦闘後の戦力比は彼らの側に傾いたように見える。

 しかしそれは錯覚だ。古来から多くの遠征軍を破滅させてきた力、即ち距離が彼らの前に立ちはだかっている。

 

 『連合』軍は戦闘の後、すぐに損傷艦の修理を始めることが出来る。周囲の惑星は全て『連合』の領土であり、必要に応じて自走ドックの工作艦D型を呼ぶ事も出来るからだ。

 

 対する『共和国』軍は、まず彼らの策源地である惑星ファブニルまで戻る必要がある。またファブニルにあるのは整備と補給用の設備が中心の為、損傷艦の修理は更なる奥地にまで戻らなければ行えない。  

 『連合』軍がすぐに戦力の回復を始められるのに対し、『共和国』軍はその準備から始めなければならないのだ。

 

 この時間差は、当然ながら互いの戦力比に影響を与える。『共和国』軍が損傷艦の修理を終える頃には、『連合』軍は修理に加えて新戦力の配備を済ませているだろう。

 

 そこに元々の国力の差からくる生産力の違いが加わる。この戦いでより多くの打撃を受けたのは、むしろ『共和国』軍の方だった。

 



 それだけではない。『連合』軍は今、戦略的勝利だけでなく作戦レベルの勝利をも掴もうとしていた。 

 ストリウスは戦闘結果が怪しくなってきた時点で、会戦での戦術的勝利に頼らない第2の手を打っていたのだ。

 

 

 「そうですな。我々は戦闘に負けましたが、この戦いに勝ちました」

 

 エックワートが頷く。戦闘における彼我の損失とはあくまで、勝敗を構成する要素の一部である。

 戦争は点取りゲームではなく、敵国の意思に対してこちらの意思を押し通す行為だ。彼我の損失比とは、その過程で発生する副次的要素でしかない。

 

 極論を言えば、相手の損害1に対して10の損害を出しても、敵国を屈服させればその戦争は勝ちなのだ。同じように、戦術的には敗北しても作戦目的を達成すれば、その戦いは勝ちと言える。

 



 「ただ、我が軍の戦闘力が『共和国』軍に一歩及ばなかったのも確かです。次の戦いは、こちらが圧倒的に有利な条件で挑むべきでしょう」

 

 だがエックワートは続いて問題を提起した。作戦レベル以上における意味合いがどうであれ、『連合』軍が劣勢な『共和国』軍に戦闘で負けたのは事実だ。

 もしこれで次も負ければ、危険な厭戦気分が軍や後方に広まる可能性がある。次の戦いには絶対不敗の態勢で臨むべきだと言いたいらしい。

 


 「それはそうだが、彼らが乗って来るかな?」

 

 ストリウスは首を傾げた。敵にとって不利な決戦の強要というのは、ある意味で戦闘に勝つ以上に難しい行為だ。

 大抵の軍は自らが不利と見れば主力同士の戦闘を回避する。強引に決戦に持ち込むには、敵国にとって絶対に引き渡せない場所、例えば首都や有力な産業地帯を脅かす必要があるのだ。

 しかしその為には、戦闘に際しては重荷にしかならない膨大な補給部隊を引き連れて敵地を長躯進撃しなければならない。言わば今回の『共和国』軍のようなものだ。


 自らに有利な状況での決戦を挑もうとすると、その行為自体が不利な状況を作ってしまう。歴史上多くの用兵家がこのジレンマを克服できず、部下と共に敵地に屍を晒してきた。

 


 「今回に限っては、彼らは乗らざるを得ません。絶対にじり貧になって負けるよりは、どんなに確率が低くても勝負を挑む方が合理的ですから」

 

 だがエックワートは自信に満ちた表情を浮かべていた。どうやら、考えている作戦があるらしい。

 

 「第二十四艦隊より入電。艦載機隊とともに目標に到達したとの事です」

 

 ストリウスは詳細を聞こうとしたが、その前に通信科が報告を送ってきた。予定より少し遅れたが、事態はストリウスの計画通りに動いているらしい。

 

 「勝ったな」

 

 ストリウスはエックワートとともに笑みを浮かべた。これで『連合』軍の勝利が確定した。些末な戦術的勝利など、『共和国』軍にくれてやればいい。



















 「失敗するかもしれないと感じられる作戦は多分失敗する作戦。多分失敗すると感じられる作戦は確実に失敗する作戦。確実に失敗すると感じられる作戦は作戦ですらない」、冒険主義、特に軍事行動におけるそれを諌めた警句である。

 リコリスはこの言葉に無条件で賛同している訳ではないが、確かに一理あるとは思っていた。特に今のような、「多分失敗すると感じられる作戦計画」の末路を目の前に突き付けられている状況では。

 

 彼女が眺めている宙域図の中では、味方輸送船団の阿鼻叫喚が発生していた。緒戦の大損害を生き残った敵空母部隊が、輸送船団に向かって大規模な攻撃隊を放ったのだ。

 少数の護衛艦に守られているだけの無防備な船団は、初歩的な演習で使われる標的と同じくらいに仕留めやすい相手だろう。

 


 「何とかならないんですか?」

 「ならないわね」

 

 副官のリーズの質問に、リコリスはそう答えるしかなかった。リコリスの白衛艦隊は輸送船団から遠く離れた位置にいる。艦隊の対空砲火で船団を守ることは不可能だ。


 指揮下には一応空母もいるが、その数はたった6隻だし、即座に発艦できる機体は70機ほどしかない。撃墜された数はそれ程多くないが、連戦で機体もパイロットも疲れ切っているのだ。

 敵空母攻撃を断念した時点で、白衛艦隊が輸送船団の為に出来る事は全て無くなっていた。


 画面の中では相変わらず、大規模な航空隊に襲われた輸送船団が成すすべもなく破壊されている。『連合』軍のバラグーダ戦闘機の大群は、船団の疎らな対空砲火を悠然と掻い潜り、勝手気ままにミサイルを発射しているのだ。

 『連合』軍のホーネット対艦ミサイルは『共和国』軍のASM-15のような大威力を持たないが、装甲のない輸送船を沈めるには十分だ。画面の中では船を表す光点が、目を背けたくなるようなペースで消えていく。

 それは同時に、船の乗員や惑星フルングニルから引上げ中の地上軍将兵の死をも意味していた。特に後者は気の毒なことだと、リコリスは他人事のように思う。






 (機体を捨ててまで、輸送船を攻撃するとはね)


 自分でも嫌になるくらい冷静に、リコリスは敵空母部隊指揮官の戦術を推理した。敵の指揮官は見事にこちらの裏をかき、2回目の航空攻撃を成功させたのだ。


 『共和国』軍は緒戦で、『連合』軍の空母のうち半分近くを撃沈ないし撃破した。しかもその時点で、『連合』軍の空母艦載機の大半は母艦の外にいた。


 この状況では、母艦を失った艦載機は生き残った空母に着艦することになるが、空母の処理能力には限界がある。定数の2倍近い機体を何とかしようとすれば、整備員は身動きさえ取れないだろう。


 処理能力を超えた数の艦載機で格納庫と発着甲板が塞がれれば、新たな攻撃隊の発進は不可能になる。よって以降の敵空母部隊は戦力から除外して構わない。

 敵空母部隊のうち一群の撃破を知った『共和国』軍司令部はそう考え、以降は手元の航空機を艦隊戦の支援に回した。



 この方針は成功だったかに見えた。航空優勢を確保した『共和国』軍は、艦隊戦力で優る『連合』軍に対して索敵面で優位に立ち、戦術的勝利を収める事に成功したからだ。

 

 『共和国』側の喪失艦は沈没と帰還不能を合わせて351隻。対する戦果は『連合』軍艦1000隻の撃沈が報告されている。

 戦場につきものの誇大報告はあるだろうが、少なくとも『共和国』軍が『連合』軍艦隊に大損害を与え、輸送船団への突入を防いだのは確かだ。

 いかにも失敗しそうだった今回の作戦だったが、一応の勝利で終わりそうだと、リコリスですら戦闘経過を見ながら思っていたのだ。


 その楽観論を、輸送船団に襲いかかった3000機以上の敵機が打ち砕いた。既に無力化されたはずの部隊からの攻撃に、『共和国』軍は全く対応できず、易々と攻撃を許したのだ。


 


 今となっては敵空母部隊指揮官が何をしたかが分かる。処理出来る以上の艦載機については着艦を許可しなかったか、着艦させてから機体を捨てて格納庫と発着甲板を空けたのだ。

 膨大な数の艦載機を犠牲にする事で、『連合』軍は会戦中に今一度の攻撃隊を放つ権利を手にした。


 これは『共和国』軍には絶対に予測できない手だった。

 『共和国』軍もファブニル星域会戦で多数の艦載機を半ば使い捨てにしたことはある。だがあれは、代わりに会戦全体での勝利を得られそうだったからそうしたのだ。

 単に攻撃隊を放つために艦載機を捨てるという戦法は、貧乏性の『共和国』軍司令部には思いつかなかった。



 そしてその攻撃隊が目標にしたものも、『共和国』軍の常識外にあった。

 会戦の終了直後であり、戦場には後一撃を加えれば撃沈出来そうな損傷艦が散らばっている。対空火力が激減した損傷艦は航空機にとって理想的な目標であり、当然敵は損傷艦を狙うと、『共和国』側は考えていた。


 実際、敵攻撃隊の発見報告を受けた後にベルツ元帥が出した命令は、帰還の見込みがある損傷艦を守れというものだった。

 今になって『連合』軍が航空攻撃を行うのは、追加の戦果を上げて艦隊戦での敗北をカバーする為だと、『共和国』側のほぼ全員が推測していたのだ。




 だが『連合』軍航空隊は、損傷艦を襲わなかった。彼らはその代わりに、各艦隊の隙間を通過して輸送船団に襲いかかったのだ。


 考えてみれば合理的な策だと、リコリスは後悔の中で思った。『共和国』側の作戦目的は守備隊の撤退。『連合』軍にとっては戦闘に勝てなくても、その守備隊を乗せた船団さえ撃破すれば『共和国』軍の意図を挫けるのだ。



 「輸送船団からの通信を傍受。敵艦100隻前後が突入して来たとの事です」

 

 そこにダメ押しのような報告が届いた。敵艦隊の一部は戦場を迂回して後方に浸透しており、それが輸送船団を襲っているというのだ。


 艦の数はそう多くないが、『共和国』軍主力の全てが船団から遠い宙域にいる状況では致命的だ。船団についている僅かな護衛艦では艦隊型軍艦の攻撃を阻止できず、輸送船の被害は100隻単位で増えるだろう。





 オルレアンの光学装置からは随分と長い間、被弾した輸送船が爆発を起こす様子を観察する事ができた。それが『共和国』全体を待ち受ける運命の先触れのように見え、リコリスはぞっとした。

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