フルングニル再戦ー10
「ここは周りの航空戦力全てを投入するしかありません! 対艦装備でなくても対空装備でも偵察機でもいい。とにかく航空機を集めて敵の攻撃を妨害するんです!」
『共和国』側の旗艦ウルスラグナの戦闘指揮所は、一瞬呆然としていたが、その沈黙は我に返ったような声によって打ち消された。参謀長のポラック大将が、周囲を叱咤するように対応策を提案したのだ。
「それで行きましょう。また部隊全体は針路を方位角マイナス15°とし、突破を目指します」
一瞬遅れて、首席参謀のコリンズ少将が賛同の声を上げた。普段はポラックを始めとする他の参謀と対立することが多い彼だが、今回ばかりは意見が一致したらしい。
(言い換えると、他に策は見当たらないという事か)、2人の案を追認しつつも、ベルツは内心で呻き声を上げていた。2人の意見はごく常識的なものだが、それ故に劇的な効果をもたらす望みが薄いのだ。
ポラックとコリンズは、艦ではなく航空機をあてにしている。旗艦救援の部隊を呼び寄せようとしても、隊列が混乱して至る所に沈没艦の残骸が散らばっている現状では、なかなか思うに任せない。
旗艦ウルスラグナを救い得る存在は、機動性が高い航空部隊をおいて他に無いのだ。
しかし問題は、広い戦場に散らばった航空部隊をどうやって集めるかという事だとベルツは思う。
空母部隊との連絡が取れていない以上、ベルツたちとしては発艦後の機体が集まって来る可能性に賭けるしかない。
だが航空機の受信能力には限界がある以上、ウルスラグナからの要請は偶然ごく近くを飛んでいる機にしか届かない可能性が高いのだ。
ポラックの提案通り機種や装備を問わずに集合命令を出したとしても、精々100機程が集まってくればいい方ではないだろうか。
「いや、敵味方の配置に関する小官の予想が正しければ、まとまった数の航空機は用意できます。問題はそれまで我々が持ちこたえられるかです」
ベルツの悲観的な予測を読んだかのようにコリンズが言った。妙に楽観的な内容で、ベルツは一瞬リップサービスを疑ったが、すぐに思い直した。
コリンズというのはそんな気遣いが出来る人間では無い。である以上、コリンズには本当に、戦力として意味のある数の航空機をどこからか調達してくる自信があるのだろう。
問題は戦争を始めとする大抵の人間の営みにおいて、自信と事実はイコールではない事だが。
「分かった。では航空戦力の調達については貴官に一任する」
だがベルツはひとまずそう言うと、目の前の戦闘に集中する事にした。コリンズの自信が事実に基づくものなのか、或いは戦場における極度の緊張が往々にして生み出す白昼夢の産物なのかは不明だ。
しかしその中でただ1つ分かるのは、旗艦ウルスラグナが生き延びるには、コリンズの自信を信じるしかないということだった。
ベルツの自暴自棄と入り混じった決意に応えるかのように、旗艦ウルスラグナの主砲が射程内に入った敵大型艦目がけて発砲を開始する。
長大な砲身からは小規模な天文現象に匹敵する密度のエネルギーが放たれ、虚空を切り裂きながら敵艦に向かっていった。
対する敵大型艦の方は、未だ発砲の気配を見せていない。彼らはただ、ウルスラグナを始めとする第1戦艦戦隊の4隻の前方を遮る為の機動をただ延々と続けていた。
「巡洋戦艦だな」
その動きを見たベルツは敵の正体を推察した。敵大型艦の加速性能は、明らかにドニエプル級より高い。
それにドニエプル級ならもう主砲の有効射程だが、目の前の敵艦は未だ発砲していない。と言うことはあの大型艦はドニエプル級より射程の短い主砲を持つ、未知の新鋭艦ということになる。
またそこからもう1つ、敵の艦種が少なくとも戦艦では無いという推測が可能だった。
戦艦という兵器は基本的に、後から建造された艦程強力な砲を持つ。前級より小型の戦艦でも、主砲だけは強化されるのが普通だ。
理由は単純で、戦艦とは基本的に艦隊戦にしか使えない艦だからである。
多用途艦である巡洋艦なら、前級より攻撃力が低くても許される場合がある。例えば航続距離が長いとか運用費が安いと言った長所は、多少の戦闘性能の低さを補って余りとされることも多い。
巡洋艦の本業は航路の安全維持であり、戦闘力は海賊船や私掠船に対して絶対優位であれば十分と言う場合も多いからだ。
だが戦艦は違う。戦艦が航路護衛に出張ることは有り得ず、敵の軍艦と戦う事だけがその使命だ。
である以上、戦闘における最重要要素である攻撃力は、他の何を犠牲にしても世代間の技術進歩分強化される。そうしなければ、新しい戦艦を作る意味など無いのだ。
しかし敵大型艦はこの法則に反し、ドニエプル級戦艦より射程が短い、つまりは弱い主砲しか持っていない。
よって普通の戦艦では有り得ず、巡洋艦を大型化して攻防性能を高めた大型巡洋艦か、戦艦を小型化して費用を削減した小型戦艦と言う事になる。
どちらも本式の戦艦を運用できない弱小国の主力艦に採用されることが多く、纏めて巡洋戦艦と呼ぶのが一般的だ。
「ドニエプル級戦艦で無かったのは、不幸中の幸いでしょうか」
ポラック参謀長が慎重な口調ながら楽観論を口にした。
巡洋戦艦とは結局のところ、矮小化された高速戦艦でしかない。巡洋戦艦が出来る事は大抵高速戦艦にも出来るし、逆に巡洋戦艦には高速戦艦との戦闘が出来ない。
敵巡洋戦艦のスペックがどうであれ、同数のドニエプル級を相手にするよりはましだと、ポラックは考えているのだろう。
「敵巡洋戦艦1隻轟沈!」
ポラックの楽観論に応えるように、索敵科が歓声を上げた。第1戦艦戦隊が放った砲撃のどれかが敵巡洋戦艦を直撃し、一撃で沈没させたのだ。
ウルスラグナ級戦艦の主砲は、最大有効射程からでもドニエプル級戦艦の装甲を貫通出来ることが、これまでの戦いで実証されている。それより遥かに薄いであろう巡洋戦艦の装甲等、紙切れ同然だった。
「第2戦艦戦隊、第10巡洋艦戦隊とともに戦場に到着します!」
大型艦撃沈に湧く戦闘指揮所に、更なる歓声が響いた。激戦の中ではぐれていた第2戦艦戦隊、第1戦艦戦隊と全く同じ戦力を持つ部隊がようやく来たのだ。
新たに戦場に加わった4隻のウルスラグナ級戦艦は、遅参を詫びるかのように獰猛な火力を振るい始めた。
巨大な主砲群が敵巡洋戦艦を叩き伏せ、その横の副砲群は隙あらば接近を試みる敵巡洋艦、駆逐艦を退散させていく。
第2戦艦戦隊によってまず血祭りにあげられたのは、不用意な接近を試みた2隻の巡洋艦だった。4隻のウルスラグナ級の舷側から地吹雪のような光の束が放たれ、不運な巡洋艦を押し包んだのだ。
荷電粒子から放たれる弾着観測用の光だけで艦影が隠れるほど濃密な副砲射撃が収まった時、2隻の巡洋艦は原型を止めていなかった。
1隻は今まさに落城しようとする中世城郭のように赤く発光し、光の中で全ての艦上構造物が溶け崩れている。
数えきれないほどの密度で命中した高速粒子が、艦全体を破壊するとともに高熱を発生させ、真空中に疑似的な炎を作っているのだ。
もう1隻は原型どころか、まともな形状さえ残っていない。十数秒前まで確かに1隻の艦が存在した筈の場所にあるのは、大まかに分けて6つに分かれた金属の残骸と無数の破片だけだ。
砲撃自体によるものか誘爆によるものか、それすら分からない惨状だった。
次に今度は主砲が、敵巡洋戦艦を直撃した。命中の瞬間、対艦ミサイルの直撃でも発生しないような巨大な白い光が煌めき、周囲にはプラズマ化寸前の金属と思しき光の粉が散乱する。
先ほどのように轟沈こそしなかったが、敵巡洋戦艦の前部兵装が完全に使用不能になったのは、爆発の規模だけで分かった。
新参者に負けじとするかのように、第1戦艦戦隊も咆哮する。目標はミサイル攻撃を狙っているらしい10隻ほどの駆逐艦群だ。
副砲と両用砲に交じって主砲まで用いた防御砲火が光の壁のように駆逐艦群に向かい、連続した爆発が起こる。
砲撃を行った『共和国』側ですら何が起きているか分からない程の狂騒が収まった後、その方向に残っているのは遁走中の駆逐艦6隻だけだった。後の4隻は連続して被弾し、跡形もなく消滅したのだろう。
まるで巨大な軍馬に乗った筋骨隆々の騎士が、群がる雑兵を蹴散らしているようだ。計8隻のウルスラグナ級の奮迅を見たベルツは、柄にもなくそんな感慨を抱いた。
ベルツ自身は、ウルスラグナ級建造に必ずしも賛成では無かった。高性能は認めるが大き過ぎて艦隊行動に不向きだし、何より建造に費用と時間がかかり過ぎると感じていたからだ。
戦前には、ウルスラグナ級建造計画を延期すべきと言う内容の意見書を出した事もある。
『連合』との緊張が高まる中、技術的冒険の度合いが大きい上に量産性が低い、実験艦紛いの兵器を作るのは愚策だ。むしろ従来の技術のみが用いられた中型の戦艦を大量に建造した方が良い。ベルツ及び意見書に署名した士官たちはそう考えていた。
ウルスラグナ級戦艦は実戦向きの兵器と言うより、技術のテストベッド兼国威発揚用の玩具に見えたのだ。
その考えは今でも基本的に変わっていない。第1戦艦戦隊が司令部とともに孤立したのはウルスラグナ級の低い機動性が原因であり、数が揃わないのは構造が量産に向かないからだ。
戦艦の数を補うために前級であるエレボス級を追加建造しなければならない時点で、主力戦艦として失格である。
しかしそのベルツも、ウルスラグナ級の絶大な攻防性能は認めざるを得なかった。
戦闘開始以来、旗艦ウルスラグナは計8発の対艦ミサイルと、様々な砲合わせて数十発の直撃を受けている。普通の戦艦なら沈没するか少なくとも戦闘不能だが、ウルスラグナは違った。
機関は未だに全速での運転が可能であり、主砲塔もミサイル命中の衝撃で故障した1基を除いて使用可能。乗員の死傷も戦闘という状況を考えれば無視できる程度だ。
これがベルツがかつて提唱した中型戦艦であれば、とっくに沈没して司令部は全滅していただろう。
ウルスラグナ級戦艦は実は非常に優れた兵器だったのか。或いはどんな兵器も相応しい場を与えられれば輝くという法則の例なのか。
どちらにせよ少なくともこの場の状況に、ウルスラグナ級戦艦の性能は見事に合致していた。
「これなら…」
ベルツの考えが伝染したように、戦闘指揮所の誰かが呟いた。
ウルスラグナ級戦艦は無敵だ。航空戦力の到着など待たずとも、8隻のウルスラグナ級さえあれば、『共和国』軍はこの戦いに勝てるのでは無いか。そんな考えが仄見える口調だ。
だが当のベルツはそこまで楽観的にはなれなかった。無敵の兵器などと言うものは存在しない。正確に言えば、自己完結した兵器システムというものは無い。
最強の戦車も歩兵や工兵の支援が無ければ、地雷やロケット砲で簡単に破壊される。逆に車両による支援が無い歩兵部隊は、敵装甲車両に容易く蹂躙されてしまう。
この原則は地上戦だけではなく、宇宙戦闘でも同じだ。同じ艦種のみで編成された部隊は、もっとバランスの取れた編成の敵に決して対処できない。
ウルスラグナ級戦艦がその例外になり得るとは、ベルツには思えなかった。
「第10、第11巡洋艦戦隊より入電。『我、敵巡洋戦艦の攻撃を受けつつあり。支援を請う』、以上です」
「敵巡洋艦及び駆逐艦、一斉に突入してきます!」
その予測を裏付けるような悲報が、さっきとは打って変わった悲壮な声で伝えられた。巡洋戦艦の一部が、突然目標をこちらの巡洋艦に変更したのだ。
更に敵の巡洋艦と駆逐艦が、巡洋戦艦の火力支援を受けながら纏まって接近を試みているという。
「弱点に気付いたか」
ベルツは唸り声を上げた。ウルスラグナ級戦艦は、強大な攻防性能と引き換えに機動性が低い。機動戦に際しては、補助艦の支援頼みだ。
敵はウルスラグナ級の巨体を見て、その事実に気付いたらしい。彼らは巡洋戦艦の火力でこちらの補助艦を排除しつつ、巡洋艦と駆逐艦による同時異方向からの一斉攻撃を掛けようとしている。
「……この場の全艦は第1、第2戦艦戦隊の火力支援域に後退せよ。使用可能な全火力を以て、敵を迎え撃つ」
逡巡の末、ベルツは出来れば出したくなかった命令を伝えた。指揮下の艦全てを旗艦の周辺宙域に集合させるのだ。
このような陣形にははっきり言って、相互の火力支援が容易という以外の利点が無い。密集によって艦隊運動が困難になるし、警戒艦を置かないので索敵能力も無いに等しくなる。
地上戦で言えば、全部隊が警戒線も敷かずに1つの陣地に籠るようなものだ。
しかしこの状況では、他に選択肢が無かった。敵の方が圧倒的に数も機動性も上である以上、普通の戦い方をしても分断されて殲滅されるだけだ。
それに今見えている敵だけでも対処不能なのに、わざわざ警戒部隊を遠くに展開させて戦力を分散させる意味はない。
今の『共和国』側に出来るのは、全火力を集中できる態勢を作って耐え続ける事だけだった。
ベルツの内心を知ってか知らずか、命令を受けた補助艦たちは引率の教師に群がる幼児の集団のように、8隻のウルスラグナ級の元に駆け付け始めた。
その後ろからは、『連合』軍艦の大群が押し寄せている。これまでに確認された計150隻程か、それとも新手がまた加わったかは考えたくも無かった。
「撃て、撃て! とにかく数を減らすんだ」
ウルスラグナ艦長が絶叫する。現状における『共和国』側の唯一のアドバンテージは、主砲の有効射程の長さだ。ウルスラグナ級の巨砲と精緻な火器管制装置は、敵巡洋戦艦を容易くアウトレンジから撃破出来る。
その僅かな強みを生かし、本格的な戦闘に入る前に少しでも敵戦力を削っておこうと言うのだろう。
だが『共和国』側の予想以上に、『連合』軍の接近は急だった。巡洋戦艦が戦艦と比べて唯一優るのは機動性だが、彼らはそれを最大限利用していた。
あらゆる方向から押し寄せて来る敵艦に砲員が照準を付けかねている間に、敵艦の大群は気づけばかなりの近距離まで近づいていたのだ。
まず最初の歓迎とばかりに押し寄せたのは、巡洋戦艦の主砲射撃と、駆逐艦によるミサイル攻撃だった。青白く光る発光性粒子の束とミサイルの白い航跡が、熱帯性低気圧がもたらす豪雨並みの密度で飛来してくる。
ウルスラグナの主砲がようやく敵艦1隻を仕留めた直後に、それらはほぼ同時に8隻の戦艦を直撃した。
直撃の瞬間、ウルスラグナの艦内には乗員がこれまで一度も経験したことが無い振動と轟音が響き渡り、艦内の照明が明滅した。
一部では直下型地震に見舞われた建物のように内壁と機械類が落下し、不運な兵が下敷きになって呻き声を上げている。
電路が切断された事で完全な暗闇となった艦内には血と生肉の臭いが絶叫とともに漂い、直接的な被害を受けなかった将兵の士気をも著しく低下させた。
正確に何が起きているかは分からないが、少なくとも大損害を受けたのは確実だと、彼らは直感的に悟っていたのだ。
一方、戦闘指揮所には非常電源によって電力がすぐさま供給されたが、こちらも混乱という点では大差が無かった。
各所で電路が切断され、伝令の兵が走る連絡通路も寸断された結果、被害の詳細は戦闘指揮所に全く伝わっていなかったのだ。
入ってくるのは切断を免れた通信回路から流れて来る、絶望的なまでに断片的な情報だけだ。自らの艦がどんな被害を受けたかも分からないまま、ベルツを始めとする司令部は全体の指揮をとらざるを得なかった。
ただ被害の全貌は、把握できなくても推測する事は出来た。破壊を免れた後部の光学装置から、第1戦艦戦隊2番艦ハルワタートと、3番艦スルオシャの惨状が確認できたのだ。
ハルワタートは複数の対艦ミサイルが艦橋を直撃したらしく、艦上構造物の中央部が完全に崩壊している。更に左舷側の副兵装は根こそぎ吹き飛ばされるか、溶解して捻じ曲がっており、主砲塔だけが辛うじて原型を止めていた。
艦全体を覆いつくしているケロイド状の醜い跡は、巡洋戦艦の主砲がほぼ同じ個所に同時に命中した事によるものだろう。
3番艦スルオシャの被害は更に甚大だった。こちらは主砲塔以外の艦上構造物が全て元の形を保っておらず、屑鉄の堆積場の上で巨大な怪物が暴れまわったような有様だ。
いかに強力な艦でもその防御力には限界がある。その事実を、ハルワタートとスルオシャ、そしてウルスラグナもまた晒しているであろう惨状は証明していた。
そこに敵巡洋戦艦群の主砲が、追い打ちの攻撃をかけてくる。その主砲の速射性にベルツは目を見張った。一昔前の主力戦艦に匹敵するであろう威力の砲が、巡洋艦の主砲のようなペースで発砲しているのだ。
当然ながらその分命中する数も多く、8隻のウルスラグナ級の艦上には絶え間なく爆発光が走っている。
巡洋戦艦なら本物の戦艦よりは与しやすい。戦闘前に抱いていたその考えは誤りかも知れない。度重なる被弾のせいで最早被害報告さえ上がってこない戦闘指揮所で、ベルツは苦い感慨を抱いた。
敵巡洋戦艦は確かに主砲1発当たりの火力ではドニエプル級に及ばないし、防御力も低い。だがその主砲の速射性と高速性能は、今の状況に限れば戦艦より厄介だった。
ベルツが焦燥の表情を浮かべる中、主砲の射程に入ったらしい敵巡洋艦が新たに発砲を開始する。『共和国』側の巡洋艦が排除しようとするが、数が違い過ぎた。
光学装置越しに見える景色の中で目につくのは、『連合』側から『共和国』側に向かってくる砲撃だけで、その逆は全く見えない。
今や司令部直轄部隊全体が、豪雨の中を這いずりまわる瀕死の浮浪者同然の状況だった。
やがて光学装置に、艦の爆沈がもたらす巨大な閃光が映し出される。どの艦が沈没したかさえ分からないまま、司令部直轄部隊は砲火の下でのたうっていた。
エルシーはPA-27のコクピットで思わず息を呑んだ。見た事もない程に巨大な戦艦が、今まさに沈もうとしている。
その周囲には先ほど艦内で見た敵巡洋戦艦が、熊の死体に群がる狼の群れのように並んでいた。
「いきなり呼び出されたかと思えば、こんな滅茶苦茶な状況。これ、もう負けているんじゃないの?」
唖然としているエルシーの耳に、無線から伝わってくるアリシアの声が響く。
下手をすれば敗北主義扱いされかねない発言だが、目の前の状況を非常に的確に伝えてもいた。これはもう、手遅れでは無いだろうか。
2人が見守る中で、沈みかけていた巨大戦艦はゆっくりとその動きを止めた。後部に僅かにあった航跡は完全に消え、小規模な爆発が全体を覆いつくしている。
爆発は次第に集合して巨大化し、遂には艦を溶解させていった。
巨大戦艦は後7隻いるが、どの艦も長くは持ちそうにない。周囲にいる巡洋艦や駆逐艦も同様だ。
「無駄口を叩くな。とにかく任務に集中しろ」
「はいはい。とにかく仕事はするわよ。意味があるかは知らないけど」
通信回路を埋め尽くす驚愕と悲観論に、攻撃隊隊長の声が響き渡る。アリシアがそれに対し小声で呟いた。
エルシーたちを含む計300機程の攻撃隊は、元々白衛艦隊が準備していた、敵空母攻撃用の部隊である。
戦闘が予想外の混戦状態になった結果、白衛艦隊は陽動の筈だった敵空母攻撃が可能な位置にまで辿り着いた。そこで白衛艦隊の航空部隊は対艦攻撃隊を編成し、敵空母の隙を衝いてやるつもりだったのだ。
だがそこで、突然の救援要請が来たらしい。エルシーたちには詳しく知らされていないが、情報を総合すると、どうも重要な部隊が危ないと言う。
そこで攻撃隊は急遽目標を変更して発進したのだが、該当の宙域に辿り着いてみればこの惨状だった。
しかし隊長が生真面目に、アリシアが明らかな皮肉を交えて言う通り、とにかく上の命令に従うのが軍人の務めである。
エルシーたちとしてはそれに意味があろうが無かろうが、目の前の敵を攻撃するしかなかった。




