フルングニル再戦ー9
司令部直轄部隊同士の激突と言う椿事が当事者を含む誰も知らないままに進行していた頃、リコリスの白衛艦隊は厄介な敵と対峙していた。
緒戦で壊滅させた筈の敵艦隊の一部が再結集すると、白衛艦隊に戦闘を挑んできたのだ。主力はこの戦いで初めて姿を見せた巡洋戦艦で、コロプナ級の改良型と思われる巡洋艦が随伴している。
それらが白衛艦隊の頭を抑える形で展開し、こちらの艦隊運動を阻害するとともに火力を集中して押し潰そうとしていた。
「とっとと離脱して、もっと無能な敵を叩きたいけど、そうもいかないわね」
リコリスは皮肉ではなく本気でぼやいた。
敵の戦力は白衛艦隊と同じ100隻前後。それがこの混乱の中で、統制の取れた艦隊運動を維持している。リコリスが仕掛けた最初の罠に嵌ったことを差し引いても余りある厄介さだ。
リコリスが顔をしかめる中、敵巡洋戦艦の艦影がモニターの中で次第に大きくなっていく。
彼らが接近しているのではない。丁字を描かれたこちらが、勝手に敵に向かって突っ込む形になっているのだ。艦隊戦における状況としては最悪に近い。
「前衛は対艦ミサイル発射。敵の艦隊運動を妨害せよ。戦艦部隊は針路を方位角40°とし、敵艦隊に同航戦を挑む」
内心で舌打ちを繰り返しながら、リコリスは矢継ぎ早に指示を出した。このまま敵の思うように動かれれば敗北するだけだ。何としても血路を切り開く必要がある。
対艦ミサイルの航跡が虚空を舞い、白衛艦隊中央に展開する戦艦群が一斉に回頭していく。
一見するとプロパガンダに使えそうな程勇壮な光景だが、現実はそれと程遠い事をリコリスは知っていた。敵の方がほぼ全ての性能で上回り、こちらは小手先の策で何とか凌いでいるだけだ。
その事実はやがて、現実の被害として現れ始めた。敵巡洋戦艦の砲撃が次々と白衛艦隊の戦艦を直撃し、その装甲を貫通し始めたのだ。
第301戦艦戦隊旗艦エンリルは砲戦開始から5分で10発の直撃を受け、主砲塔2基を破壊された上に、機関も缶室の半分が機能不全に陥った。
艦長以下の乗員たちは何とか艦を戦場から脱出させようとしているが、予断を許さない状況だ。
第304戦艦戦隊で2番艦の位置にあったシャマシュの被害は更に悲惨だった。命中した砲撃の1つが戦闘指揮所を破壊し、艦全体の機能が数十秒間麻痺したのだ。
たかだが数十秒だが、戦闘の中では致命的な数十秒だった。砲撃が止まり、明後日の方向に舵を切り始めた同艦に向かって、複数の巡洋戦艦の砲撃が一度に集中したのだ。
艦全体を覆いつくす程の閃光がシャマシュの艦上に走り、溶融した破片が火花のように周囲に飛び散る。その光は戦場からやや離れた場所にいた旗艦オルレアンからでも観測できるほどだった。
そして無論、被害もそれに比例する。
最初の被害を逃れていた応急科は対処を試みたが、所詮は無駄な努力だった。一度に20発以上の戦艦主砲が直撃し、艦全体で電路切断と要員の戦死、各種機器の一斉停止が起きるという事態に対応する方法など人類世界に存在しない。
焼け石に一滴の水をかけようとしたが、その水がある場所すらわからないと言う惨状だった。
砲撃が収まったとき、かつて『連合』軍のジョルア級戦艦11番艦マデイラとして建造され、『共和国』』軍による鹵獲後はシャマシュの名で呼ばれていた艦の姿は無かった。
光の中から現れたのは表面全体が溶解し、全ての艦上構造物が捻じ曲がった状態で複雑に結合した不気味な金属塊である。
その内部では脱出出来なかった乗員たちが、業火に焼かれて生きながら炭化の各過程を辿っている。紆余曲折の末祖国の敵となった艦とその乗員は、その祖国の手によって火刑に処されたのだった。
一方で白衛艦隊側の砲撃も命中してはいるが、その数は敵に比べて明らかに少ない。平均して白衛艦隊が1発命中させる間に、敵は2発から3発の直撃と、それに比例する被害をもたらしていた。
理由は砲員の能力や射撃に使用している照準器その他の性能差ではない。数の差だ。
白衛艦隊の戦艦が一斉射を行う間に、敵巡洋戦艦は2回以上の斉射が可能なようだ。この性能差がそのまま、単位時間当たりの命中数となって現れている。
リコリスは眉をひそめながら、敵巡洋戦艦の姿を見据えた。
船体規模と比較して大きすぎる主砲塔と、いかにも戦時急造という印象の箱型の艦上構造物が特徴の歪な艦容だが、追い詰められている側としては異様な迫力を感じる。
戦闘だけを目的に生まれた兵器としての凄みが、醜いともいえる艦形に表れているようだった。
「ここは巡洋艦と駆逐艦を突っ込ませて、様子を見るというのは?」
「それは愚策よ。あの巡洋戦艦の火力を考えると、艦と乗員を無駄死にさせるだけ」
戦況に危機感を抱いたらしい戦闘指揮所要員の1人が提案してきたが、リコリスは却下した。巡洋戦艦という艦種の役目の1つは、戦場から戦艦以外の敵艦を排除して戦闘全体を優位にすることだ。
その巡洋戦艦に向かって補助艦艇が正面攻撃をかけるのは、無意味な自殺行為でしかない。
「でも、このまま砲撃戦を続けても、勝ち目が無いような気がしますけど」
それに対し、今度はリーズが懸念を口にした。
巡洋戦艦に確実に勝てる艦は、同等の機動力と同等以上の攻防性能を持つ高速戦艦しかいないが、その高速戦艦は白衛艦隊には存在しない。
また低速戦艦でも普通は勝てはしなくても負けもしない筈だが、この状況ではその常識は成り立たない。白衛艦隊の低速戦艦と敵巡洋戦艦では、設計と構造材や装甲板の材質に2-3世代の差がある為だ。
電子計算機の黎明期にはその時点の据え置き機の性能が5年後の携帯機を下回るという事態がしばしば発生したが、この現象はそれ程顕著でないにせよ、兵器にも当てはまる。
本来なら戦艦には勝てない巡洋戦艦も、世代が違えば正面からの殴り合いで勝利を収めることが可能なのだ。白衛艦隊側の戦艦に生じている被害と比べて相対的に少ない敵巡洋戦艦の被害は、この事実を如実に示している。
この状況で正面からの砲撃戦を続行すれば、リーズが言うとおり負けは確実だ。だから巡洋艦や駆逐艦による攻撃で形勢を逆転しようという主張にも、最低限の合理性は存在する。
問題はそのような行為が勝利ではなく、単に過程の異なる敗北にしかつながらないことだが。
「まあ貴方たちの言うとおり、このままの戦い方を続けるのは自殺行為だけど…」
言うとリコリスは考えている戦術を説明しようとしたが、その案は単なる案として一生を終えることになった。白衛艦隊の誰もが予想だにしていなかった事態が、目の前で発生し始めたのだ。
「敵艦隊、撤退していきます。理由は……不明」
索敵科員が、刑場に引き出された後で刑の執行中止と釈放を知らされた死刑囚のような声で、目の前の状況を伝えている。
先程まで白衛艦隊を苦しめ、殲滅の構えさえ見せていたことが嘘のように、敵艦隊は逃げている。通信障害その他の不測の事態が生じたためではないことは、その整然とした艦隊運動から見て明らかだ。
「何を考えているの? あいつら?」
リコリスもまた、呆けたような声を出した1人だった。偽装後退からの逆撃を狙っているにしても、あの逃げ方は不自然すぎる。
そもそもさっきまでの戦況なら、そんな小手先の策を用いるより、正面対決を続けた方が有利な筈だ。
第一に考えられるのは敵が状況判断が出来ない無能な上に自らの策に溺れている可能性だが、敵の指揮官がそんな馬鹿だとはリコリスにはどうしても思えない。
仮にそれほどの無能だとしたら、撤退以前に白衛艦隊が彼らを壊滅させるという形でこの戦闘が終わる筈なのだ。
「まあいいわ。だったら、次はこうするだけ」
リコリスは混乱しながらも、次の行動を指示した。敵が逃げた理由が何であれ、白衛艦隊は行動の自由を得た。精々それを活用させてもらうつもりだった。
リコリスと対峙していた『連合』軍艦隊の司令官、ディーター・エックワート中将は、期待と後悔と困惑が入り混じった表情を浮かべていた。
緒戦で第二十一艦隊に大損害を与えた敵をようやく追い詰めたと思った所で、総司令部から思わぬ通信が届いたのだ。
それによると、現在『連合』軍は危機に陥っている。未知の巨大戦艦を中心とする『共和国』軍部隊が『連合』軍の隊列中央を食い破り、旗艦ベレジナに肉薄しているというのだ。
更にその背後からはこれまで戦闘に参加していなかった『共和国』軍部隊が集結しており、『連合』軍隊列の裂け目を広げようとしていると報告では伝えられている。
『連合』軍はこのままでは、隊列を二分されて統制の取れた行動が取れなくなった挙句、殲滅される可能性が高い。『連合』軍司令官のストリウス元帥はそう述べ、周囲の部隊に支援要請を出していた。
エックワートがストリウスの危惧に対して抱いている感情は、正直言って半信半疑と言った所だ。
現状で分かっている敵味方相互の部隊配置は、確かにストリウスの懸念を裏付けるものにも見える。だが一方で、単なる偶然とも取れるのだ。
現在の両軍の状態を一言で纏めるなら乱戦による混沌状態だが、それでも注意して見れば一応のパターンは見出すことが出来る。
まず旗艦ベレジナから見てエックワートがいる側は『共和国』優位。緒戦のミサイル攻撃がエックワートのいる側に集中し、第二十一艦隊を含む『連合』軍部隊の多くが局所的な敗北を喫したのが原因である。
一方で降り注いだミサイルの数が少なかった逆側では、数に優る『連合』側が優位となっている。艦隊単位で見ると横一線に近い形で展開していた両軍だが、現在互いの隊列の形状はS字型に変形していた。
ストリウスが問題としている「未知の巨大戦艦を中心とする部隊」とやらは、そのS字の中間、正確に言えばエックワートから見てベレジナの少し向こうにいる。やや『連合』軍が優位で、さっきまでは『共和国』軍が後退しつつあった宙域だ。
『共和国』軍の巨大戦艦はそこに小規模な突出部を形成し、群がって来る『連合」軍艦を尽く追い返していた。
この状況を『共和国』軍の意図的な動きとすれば、確かに『連合』軍は危機に陥っている。巨大戦艦がこのまま進撃を続け、他の『共和国』軍部隊が続けば、『連合』軍はS字の中央部分で引き裂かれてしまうからだ。
相手の隊列を分断して相互支援を不可能にし、各個撃破するのは、『共和国』軍の得意技である事から、この仮説には一定の信憑性がある。
だが別の見方も出来る。現在の状況は意図ではなく偶然の産物である可能性だ。
そしてこちらの方が遥かに可能性が高いと、エックワートは思う。理由は通信状況である。
乱戦の中で『連合』軍の各部隊はまともな相互通信が行えず、各艦隊は所属空母からバラグーダ複座型を飛ばして伝令役にしている。
エックワートがストリウスからの連絡を受け取れたのも、そのバラグーダの1機が『共和国』軍戦闘機に追い回され、第二十一艦隊の空母に緊急着艦してきた為だ。要は偶然の産物である。
『共和国』軍の通信機の性能が『連合』軍に比べて特に優れている訳でも無い以上、この状況は彼らにとっても同じと考えられる。
艦に備え付けの通信設備では近距離の友軍にしか連絡を送れず、遠距離通信は確実性の低い航空機頼みということだ。
厳密に言えば航空優勢を握っている分彼らの方が有利だが、航空機は本来伝令用の兵器では無い以上、五十歩百歩どころかドングリの背比べだ。
そもそも『共和国』軍の通信状況が『連合』軍より顕著に良いなら、こんな乱戦は発生していない筈なのだ。
その状況で隊列の分断からの各個撃破等と言う複雑な機動を行う能力が『共和国』軍にあるとは、エックワートには思えなかった。
ストリウスが言う突出部とは『共和国』軍が意図して作ったものでは無く、『共和国』軍の各部隊が相互連絡を取れないままに前進と後退を行った結果、偶然出来上がったものでは無いだろうか。
この見方を裏付ける傍証として、巨大戦艦の後に続いているという他の『共和国』軍部隊の動きは拙劣極まりない。小規模な兵力を逐次投入しては、その都度旗艦ベレジナ周辺の部隊に撃破されているのだ。
最初から意図していたならもっとやりようがある筈で、彼らは状況を把握しないまま手探りで動いているようにしか見えなかった。
ストリウスの危惧は、ファブニル星域会戦の経験に基づく『共和国』軍への過大評価から来ているのではないか。エックワートとしてはそう思えてならない。
彼我の通信能力に大差があったあの戦いにおいて、『連合』軍は『共和国』軍による分断と各個撃破をほぼ完全な形で食らい、敗北した。
その記憶がストリウスの思考に微妙な影を落とし、『共和国』軍の指揮・通信能力への過剰な恐れにつながっているのでは無いだろうか。
だがそれでも、エックワートはストリウスの命令に従い、第二十一艦隊を戦闘から離脱させた。万一ストリウスの予想通りであった場合の保険、及びこれは危機というよりも好機だという判断によるものである。
現在『共和国』軍は中央部において、無理な攻撃を繰り返しては損耗を重ねている。そこに第二十一艦隊が介入すれば、中央部の戦況は完全に『連合』軍優位になるだろう。
そうなれば隊列を2つに切断されるのは、『連合』軍ではなく『共和国』軍の方だ。ストリウスが危惧している各個撃破戦術を、攻守を逆にして実行する機会が目の前に転がっているのだ。
せっかく追い詰めていた敵を逃がすのは惜しいが、会戦全体の勝利と引き換えなら納得できる取引だ。旧式艦中心の半個艦隊の殲滅より、全体の勝利の方が明らかに価値が高い。
かくしてエックワートの第二十一艦隊は、リコリスの白衛艦隊を放置し、旗艦ベレジナのいる中央戦域に向かった。
後に「双方ともに成り行き任せに行われた無様な殴り合いで、戦術史的に見るべきものがあるのは序盤と終盤のみ」と語られるこの戦いにおいて数少ない、艦隊レベルの司令官が主体的に行った行動である。
賢明な行動であったかについては、過程論者と結果論者、英雄史観を取る者と民衆史観を取る者の間で議論が百出し、未だに結論が出ていない問題だが。
エックワートが細部は違うが総体的には正しい状況認識の下で行動を決定していた頃、『共和国』軍もまた、自らの置かれた状況に気付きつつあった。
こちらでも、情報不足による微妙な齟齬と判断ミスはあったものの、とにかく何をすべきかについては正しい判断をしていたのだ。
「つまり、我が隊は敵補給部隊または敵空母部隊の付近に接近しています。この状況は会戦の勝敗及び、これからの戦略を変える好機です」
旗艦ウルスラグナの戦闘指揮所では、ノーマン・コリンズ首席参謀が熱弁を振るっている。
『連合』軍の攻撃の仕方はいかにも奇妙だ。もっと戦力を集中してから攻撃すればいいのに戦力の逐次投入を繰り返しているし、最初から戦場に存在する戦艦部隊は全く動かないどころか逃げようとしている。
お陰で合計数で言えば圧倒的に劣る筈の司令部直轄部隊は、かなりの損害を受けながらも未だ生き残っていた。
敵がこのような愚かな行動を取っている原因は大体推測可能だと、コリンズは説明した。司令部直轄部隊は知らぬ間に、敵の急所に辿り着いたのだ。具体的には残った半分の敵空母、または補給部隊の付近に。
敵が戦力を逐次投入しているのは勝利ではなく時間稼ぎを重視しているからであり、戦艦部隊の後退は空母または補給艦の最後の盾となる為だ。
コリンズは現状をそう解釈すると、現在司令部が統括可能な部隊全てを投入して、目の前の敵を粉砕するよう主張した。
そしてこの案は最終的に、『共和国』側の総指揮官であるベルツ元帥に採用されたのだった。
エックワートのそれと同じく、コリンズの考えにもまた微妙な過ちが含まれていたが、両軍の将兵の誰もそんな事を知りようが無かった。
コリンズの推測は当時『共和国』軍司令部が入手していた情報の中で編み出し得るものとしては最良に近いもので、もっとも説得力があったのだ。
かくして両軍はどちらも意図せぬままに、1つの決戦場に集結し始めた。双方の最高司令部が周りにある部隊をあるだけ投入し、目の前の敵の粉砕を試みたのだ。
なおここに至っても、両者はこれが互いの司令部直轄部隊同士の決戦であるとは気づいていない。戦争と言う行為においてしばしば見られる、奇妙な現象の1つではあった。
「何と言う無様な戦いだ」
ディートハルト・ベルツ元帥は戦況を見て呻いていた。彼の敵手たるダニエル・ストリウス元帥もほぼ同様の感想を抱いていたが、無論知る由もない。
ベルツに分かるのは、自分たちが『共和国』軍らしからぬ拙劣な戦闘を戦っており、しかもそこから抜け出す術が見当たらないという事だけだった。
ベルツの視線の先では両軍の艦船の航跡が数えきれないほど交差して巨大な編み目を作り上げ、その内部では引っ切り無しに命中の閃光が走っている。
そして両軍には続々と増援が到着している。と言えば聞こえはいいが、要するに消耗戦である。
『共和国』軍は旗艦ウルスラグナを守る為に集まってきた部隊を片っ端から戦場に投入し、『連合』軍の攻撃を防いでいるのだ。
戦力を集中してから叩きつければもっと優位に戦える筈だが、その間に致命傷を受けるリスクを考えれば実行は難しい。またこの混乱の中では後退して隊列を立て直すのも困難だ。
『共和国』軍はそれが戦術上の禁忌と知りつつ、近くにある部隊を来た順番で戦場に送り出すという、所要に満たない戦力の逐次投入を行っていた。
「『連合』軍もまた消耗しています。彼らも同じ状況にある以上、戦況は一概に不利とは言えないでしょう」
コリンズ首席参謀がベルツの弱気を咎めるように言った。手元の戦力を片っ端から叩きつけざるを得ないのは、『連合』軍の方も同じ事だ。
補給艦か空母かはたまた別のものか、彼らはとにかく何らかの理由で『共和国』軍にここを突破させまいとしているようだ。その為彼らは『共和国』軍に対抗するように、到着した増援を出鱈目なタイミングで投入している。
拙劣な戦いをしているのは『連合』軍も同じ事である以上、悲観するには当たらない。コリンズはそう考えているようだ。
「戦力は敵の方が多い。先に力尽きるのは我が軍の方である可能性が高いぞ」
だがベルツはコリンズの楽観論に乗る気にはなれなかった。艦の総数では『連合』軍の方が多い上に、司令部直轄部隊がいるのは『連合』軍が優勢な宙域だ。
増援部隊を消耗し尽くすのは、『共和国』軍が先である可能性の方が高い。
「もうすぐ、第2、第3戦艦戦隊が到着します。そうすれば状況は改善するはずです。勝負に出るのはそれからです」
対するコリンズは自信ありげに言った。第2、第3の両戦艦戦隊は、どちらもウルスラグナ級戦艦4隻で編成された、世界最強の砲戦部隊だ。
乱戦の中で第1戦艦戦隊とはぐれた彼らだが、現在周囲の兵力を纏めながら、ベルツたちのもとに急行中だった。
ベルツは取りあえず頷いたが、微妙な気分だった。第2、第3の戦艦戦隊は確かに強力だが、煎じ詰めれば計8隻の軍艦に過ぎない。戦況自体を劇的に変化させる程の力が彼らにあるものだろうか。
しかしベルツにも他の幕僚にも、コリンズに反論する時間は与えられなかった。旗艦ウルスラグナ側面に、巨大な光が連続して出現したのだ。
この戦争が始まって以来嫌になる程見た光景、友軍艦船の轟沈である。
「新手の戦艦部隊が来たか」
ベルツは顔をしかめながら敵の正体を予測した。
あの場所にいたのは、ブレンハイム級巡洋艦6隻だ。ブレンハイム級は防御力を妥協した設計だが、それでも艦隊型巡洋艦であり、巡洋艦以下の艦との戦いでの轟沈は考えにくい。
そのブレンハイム級が一瞬で沈められたということは、敵は戦艦部隊ということになる。
しかしベルツはすぐに間違いに気づいた。轟沈の閃光が収まっていく中現れた敵艦は、戦艦では有り得ない加速度を発揮し、第1戦艦戦隊に接近してきたのだ。
「これは、まずいですね」
その光景を見たコリンズが、彼には珍しく顔を引き攣らせた。これまで敵に来ていた増援は数隻から十数隻単位であり、それが細切れに投入されたため、司令部直轄部隊は何とか対処できた。
対してブレンハイム級の残骸の向こうから現れた敵艦の数は、どう見ても100隻はいる。しかも彼らは明らかに、ベルツの第1戦艦戦隊を次の目標としていた。




