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フルングニル再戦ー7

 しかもこの宙域には、身を隠せそうな漂流物が存在しない。宇宙と地上を問わず、戦力において劣勢な側は遮蔽物を活用するものだが、白衛艦隊が戦っているのは地上で言えば大草原のような場所なのだ。

 これでは分散して逃げることさえ容易ではない。


 「安心して。今戦っている敵は倒せる。敵のもう一隊に関してはまだ分からないけど」


 一方のリコリスは、少なくとも表面上は冷静な声で言った。顔を見合わせていた戦闘指揮所要員たちが、一斉に目を輝かせる。

 『共和国』英雄がそう言う以上、この戦いには十分な勝算があるのだろうと彼らは思ったようだ。


 だが一体どうする気だろうと、リーズは思った。白衛艦隊は自由に使える予備兵力を持っている訳では無いし、もちろん「脅威の新兵器」の類とも無縁だ。

 将兵の質が比較的高いのを別にすれば、旧式艦中心の半個艦隊に過ぎないのだ。



 「ところで中尉、私が最初に取った牽制針路をどう思った?」


 リコリスが突然、次の質問をぶつけてきた。白衛艦隊は最初、空母への攻撃を偽装する為に、敵を迂回するような針路を取っていた。リコリスはその針路についての意見を聞いてきたのだ。


 「敵に近すぎる気がしました。敵の一部を本隊から引き剥がす目的なら、もう少し遠くを通った方が良かったのでは」


 リーズは少し困惑したが、こちらも正直に答えた。

 どうせ本気で空母を攻撃する意図など無い牽制機動とは言え、リコリスが取った針路はあまりにわざとらしく見えた。お陰で白衛艦隊は、敵側方どころか前方で迎撃を食らっている。

 もう少し敵の外側を迂回していれば、戦闘に入る前に時間稼ぎが出来たのではないだろうか。


 「うん、これもその通り。私はいい副官を持ったみたいね」


 リコリスがお世辞とも本心ともつかない褒め言葉を発する。リーズは感激と言うより混乱した。リコリスは結局のところ、何が言いたいのだろう。



 「ついでに言うと、この針路も何だか変です。これじゃ、敵を引きつけるどころか、合流させちゃうじゃないですか」


 リーズは困惑したまま続きを言った。現在白衛艦隊は、敵本隊に向かって斜めに突っ込んでいく形になっている。

 白衛艦隊の目的は敵を牽制して戦力の一部を引き剥がすことの筈だが、その任を果たす気があるようにはとても見えないのだ。せっかく引き付けた敵艦隊だが、これではもうすぐ、元の木阿弥である。



 現に敵本隊からは、もう1つの敵艦隊が白衛艦隊の頭を抑える形で展開しはじめている。『連合』軍は艦隊を合流させて、白衛艦隊を確実に仕留めようとしているのだ。


 少なくとも現在の状況を見る限り、リコリスの思惑は全てが完全に裏目に出ているようにしか、リーズには見えなかった。

 リコリスは戦隊や戦闘団レベルの指揮では天才だが、分艦隊以上の指揮は出来ないのではないか。そんな不遜とも思える考えが、リーズの脳裏を過ぎるほどに。





 だがその考えは突然断ち切られた。モニターに無数の流星群のようなものが映し出されたのだ。流星群は白衛艦隊の頭を抑えようとしていた敵艦隊と交差すると、随所で大爆発を起こしていく。


 敵艦隊は各艦がばらばらに転舵して流星群を回避しようとしたが、それは同時に大混乱をも意味していた。衝突寸前での一斉回頭や機関停止が繰り返され、一部では実際に衝突が発生したのだ。

 巡洋艦と戦艦が衝突して前者の艦首と後者の主砲塔が捥ぎ取られ、最大戦速で進んでいた駆逐艦同士が衝突して大爆発を起こしていく。

 まるで球で一杯のビリヤード台に新たな球を突き込んだ時のように、『連合』軍艦隊の隊列は崩壊していった。




 そこに青白い航跡が突っ込んでいく。『共和国』軍本隊の巡洋艦と駆逐艦である。流星群のように見えたあれは、『共和国』軍が発射したASM-15対艦ミサイルの雨だったらしい。


 



 一方、白衛艦隊と交戦中の敵艦隊はミサイルによる「直接的」被害は受けていない。彼らの位置はミサイルの針路外だった為だ。

 だが彼らは、直接的被害に勝るとも劣らない間接的な被害に巻き込まれつつあった。ASM-15の雨を食らって壊乱した艦隊が、彼らのすぐ前方にいた為だ。

 

 普通なら滑らかに合流できただろうが、この状況では交差点に突入した瞬間、目の前で玉突き事故が起きたに等しい。

 各艦はいきなり停止したり、急回頭して自分に向かって突っ込んで来る味方艦を避けようと、必死の努力を繰り返した。

 そしてその努力自体が新たな隊列の混乱を生み出し、艦隊を戦闘集団から単なる軍艦の集合体に変えていく。




 「各艦、接近砲戦。敵が混乱しているうちに仕留めよ」


 リコリスはその光景を見て薄笑いを浮かべながら指示を出していた。

 

 リーズは称賛と言うより畏怖を覚えた。リコリスは最初から、味方本隊の攻撃のタイミングを計算に入れて、艦隊をここまで持ってきたらしい。

 本隊の攻撃を利用して敵艦隊同士を強制的に密集させ、団子状態にして戦闘力を発揮できなくする。それが彼女の狙いだったのだ。

 


 白衛艦隊は迅速に動いた。今まで火力で圧倒され気味だった鬱憤を晴らすかのように、3-4隻が一塊になって、回頭中でまともに応戦できない敵1隻を攻撃していく。



 いかに『連合』軍艦が頑丈でも、ここまでの火力の集中には耐えられなかった。

 ドニエプル級戦艦の優美な巨体に次々と虫食いのような穴が空き、1隻また1隻と隊列から脱落していく。

 コロプナ級巡洋艦は主要装甲帯を除く全ての場所を撃ち抜かれ、廃墟のような姿になって必死の回避運動を繰り返す。

 各艦の動きが原因で隊列は更に混乱し、『連合』軍はまさに悪循環の中でのたうっていた。



 「まるで射撃演習ですな」


 参謀の1人が率直な感想を口にした。数えきれないほどの『連合』軍艦が被弾し、白衛艦隊の側面はまるで松明行列のような有様になっている。

 もちろんその中では、無数の将兵が業火に焼かれているのだが、『共和国』側から惨劇の様子は見えない。砲員たちは殆ど射撃ゲームのような感覚で、次から次へと現れる目標を砲撃していた。



 「ここからが本番よ。次はこう簡単にはいかないはず」


 対するリコリスは素っ気なく答えた。彼女の視線の先には、敵のもう1隊が存在した。














 「これはこれで、悪くない展開か」


 『共和国』宇宙軍司令官のディートハルト・ベルツ元帥は、複雑な心境で状況を総括した。当初の予定とはかなり違うが、少なくとも負けてはいない。

 『共和国』宇宙軍の攻撃は順調に、『連合』軍艦隊に切り込みつつあった。



 「白衛艦隊より入電。『本隊の適切なる支援、感謝に堪えず』、以上です」


 更に感謝と言うよりは皮肉としか思えない電報が入り、ベルツは微妙な気分になった。

 前衛を務める白衛艦隊の司令官は、自分の部隊に本来課されていた役割が何かを完全に理解していたらしい。


 「気にすることはありません。あの白衛艦隊司令官が勝利の為の犠牲になるような殊勝な性格でないこと位、初めから分かっていますから」


 ベルツの心境を察したのか、首席参謀のコリンズ少将がこちらも皮肉っぽい口調で言った。なお白衛艦隊の配置を決めたのは、当のコリンズである。


 

 「彼女のことを信頼しているようだな」


 ベルツも釣られて皮肉を返した。平気で味方を犠牲にするコリンズと、平気で命令を曲解するリコリス、ある意味で似たもの同士だが、その事実は好意ではなく同属嫌悪を招くものらしい。


 「ええ、能力面では」


 コリンズが嫌な顔をしながら、今度は本心らしい言葉を発した。士官学校時代の軋轢は未だに消えていないようだ。





 「ミサイル艦部隊、後退を完了しました」


 そこに新たな報告が入る。『連合』軍に最初の一撃を加えた部隊が役目を終えて、後方に下がったのだ。

 そしてこのミサイル艦部隊こそ、白衛艦隊司令官が言うところの「適切なる支援」を提供した部隊だった。


 ミサイル艦というのは艦のクラス名でもなければ、カテゴリーでもない。本来ならそうなる筈だったのだが、現状では単なる総称に過ぎなかった。



 ミサイル艦という発想の原型は、ASM-15対艦ミサイルの開発時から存在した。

 従来の常識を超える射程を持つ同ミサイルを遠距離から大量に発射し、敵艦隊の隊列を大混乱に陥れる。この戦術の為に、高速・軽防御・軽武装だがミサイル発射筒のみ重装という艦の建造が提案されたのだ。


 計画案ではこの種の艦は100隻以上建造され、『共和国』軍主力の一角となる筈だった。第66巡洋艦戦隊のポルタヴァ級巡洋艦は、その第一ロットである。



 しかし対『連合』戦争が始まったことで、ミサイル艦建造計画はペーパープランへの回帰の道をゆっくりと進み始めた。

 戦訓から重視されたのは『連合』軍の強力な航空部隊から周囲を守る防空艦、それにどんな任務も一通りこなせる汎用艦であり、攻撃しか能がない艦の優先順位は大幅に引き下げられたのだ。


 ミサイル艦計画は計12隻のポルタヴァ級完成を最後に無期延期となり、建造中だった改ポルタヴァ級はそのまま解体されて資材となった。

 『連合』軍に対する秘密兵器となる筈だったミサイル艦は、その対『連合』戦争の現実に敗れて消えようとしていたのだ。



 だがミサイル艦を計画案の墓場から引き上げたのも、対『連合』戦争だった。開戦後しばらくしてからの戦訓の1つとして火力の増強の必要性があり、ミサイル艦はその目的に合致していたのだ。


 ドニエプル級やコロプナ級といった『連合』軍新鋭艦は強大な火力と強固な装甲を持つ。その為、『共和国』軍は戦術レベルで『連合』軍の一歩先を行っても、実際の戦闘では常に大規模な出血を強いられた。

 『連合』軍艦は不利な状況に持ち込まれてもなお、個艦性能の優位を生かして奮戦することが出来たのだ。


 この事態に対し、『共和国』宇宙軍は1つの結論を出した。新造艦はともかく既存艦の防御力強化は現実的ではない。ならば必要なのは火力だ。

 『連合』軍艦の装甲を一撃で破壊できる火力により、こちらが沈められる前に相手を沈めるのだ。



 その火力の提供役として見直されたのがミサイル艦である。

 ウルスラグナ級戦艦の主砲は人類世界の全ての軍艦を破壊する威力を持つが、戦艦主砲は戦艦にしか搭載できない。対して対艦ミサイルなら、小型艦にも搭載できる。

 短期間での火力増強という課題に答えられるのは、明らかにミサイルの方だった。



 だが『共和国』には、新たな巡洋艦を建造する余裕が無かった。中大型艦用ドックは建造中のブレンハイム級巡洋艦やウルスラグナ級戦艦、それに修理を待つ損傷艦で埋まっていたのだ。

 戦艦の大量建造が出来ないが故の苦肉の策である筈の巡洋艦すら建造する余裕が無い。それが『共和国』の国力のお寒い現実だった。



 そこで取られたのが、新規建造ではなく改修という方法である。解体予定だった旧式艦や元通りにするには損傷度合いが激しすぎる損傷艦に、大量のミサイル発射筒を取り付けたのだ。


 なおこれらミサイル艦はポルタヴァ級には多少あった砲戦能力は無く、強引な改修のせいで機動性もお粗末なものだ。

 つまり遠距離からミサイルを発射する以外のことは何も出来ないが、それで十分だった。

 新造艦であれば単機能では済まされないが、廃物利用同然の改修艦なら、建造時に要求された機能を1つでもクリアしていれば合格なのだ。




 そのミサイル艦たちは、このフルングニル星域で、機械的な意味だけではなく戦場における実戦力としても、見事に機能を果たしていた。

 『共和国』軍本隊の先鋒として『連合』軍に対艦ミサイルの一斉射撃を浴びせ、数十隻を撃沈するとともにその隊列を完全に混乱させたのだ。


 更に敵前衛を吸い寄せる役割しか期待されていなかった白衛艦隊は、その攻撃に乗じて見事に敵艦隊を撃破している。限りなくスクラップに近かった艦艇を集めて作った兵器としては上出来だろう。



 「全軍突撃せよ」


 ウルスラグナの戦闘指揮所が興奮に沸く中、ベルツは静かな口調で命じた。危ない所だったが、何とか前進が間に合いそうだと内心で思いながら。


 費用対効果で見る限り破格の戦果を上げたミサイル艦だが、『共和国』軍は表に出ない所で大きな代償を払っている。攻撃のテンポが遅れているのだ。


 『共和国』軍の本来のドクトリンである重層同時打撃は、全艦による攻撃を基本としている。

 相手が態勢を整える前に艦隊の全艦が一斉に火力を投射し、敵の抵抗を圧殺して主導権を握る。それが戦争の中で洗練されていった『共和国』軍の基本戦術だ。

 『共和国』軍は機動力を重視する軍隊だが、その最終目的はあくまで火力の集中にあるのだ。

 


 だがミサイル艦を投入したせいで、その一斉攻撃は不可能となった。ミサイル艦はミサイルの他に武装も無ければ言うに足る防御力も無い以上、ミサイル発射後は速やかに逃げるしかない。

 そしてそれは、『共和国』軍本隊とミサイル艦部隊の針路が逆向きに交差することを意味するのだ。

 


 その状況で本隊が一斉攻撃を試みれば、どうなるかは言うまでも無い。ほぼ確実に、先ほどの『連合』軍と同じかそれ以上の混乱に見舞われる。

 攻撃をかけられるのは、機動力の高いミサイル戦闘群だけである。『共和国』軍は先制攻撃と引き換えに、用兵上の愚策として知られる戦力の逐次投入を強いられているのだ。

 


 だがそんな状況も、ミサイル艦の集団が無事に後退を完了したことで終わった。

 後は戦艦と巡洋艦が、攻撃力と機動力に優れるが継戦能力の低いミサイル戦闘群に代わって攻撃の主力となり、敵艦隊を撃滅するのだ。

 



 「左舷上方に敵巡洋艦。更に右舷に敵戦艦。更に前方に……」

 

 旗艦ウルスラグナの戦闘指揮所にも次々に、敵艦発見の報告が入ってくる。『共和国』軍本隊は順調に、敵艦隊内部に突入したようだ。

 

 「これで後は」

 

 ベルツは呟いた。いろいろと際どい場面もあったが、どうやら勝ちが見えてきた。これなら隊列が混乱した『連合』軍を翻弄し、最終的には殲滅出来る。

 その勝利は作戦レベルでは輸送船団の防衛成功に、戦略レベルでは敵の反攻作戦の足止めにつながる筈だ。

 




 その決意に応えるように、接近してきた敵艦に向かって旗艦ウルスラグナに備わる大小の火器群が咆哮する。

 世界最大最強の戦艦の1番艦としてこの世に生を受けた巨艦は、様々な理由で今まで実戦に参加出来なかった鬱憤を晴らすかのように、小規模な天文現象を思わせるエネルギーの塊を周囲に投射していた。

 

 それ自体が1つの建造物かと思われる程に巨大な主砲塔群は、重々しいと言うには速過ぎる動きで旋回すると、射程内の敵艦を次々に撃っていく。

 その大きさに相応しい高速・高密度の荷電粒子の束を浴びた敵艦は、例外なく大損害を受けて遁走した。


 これまで破壊不能に近かったドニエプル級の主要装甲帯でさえ、ウルスラグナの主砲は易々と貫通して内部に破壊と混乱をもたらしていく。

 

 



 主砲群が戦艦を打ちのめしていく傍らでは、その間を敷き詰めるように配置された副砲群も発砲を繰り返している。

 光の大きさ自体は主砲に比べればささやかだが、その頻度と密度はともすれば主砲を上回るほどの存在感を示していた。

 

 そして威力もまた、見た目に恥じない。流石に戦艦には通用しないが、それ以外の艦はことごとく、集中豪雨を思わせる光の束の前に撃ち倒されていく。

 不用意にウルスラグナに接近を試みた巡洋艦や駆逐艦は次々に撃沈されるか、浮かぶ廃墟同然の姿となって遁走していった。

 

 前線で敵艦多数と撃ち合うというのは旗艦の行動としてあまり賢明とは言えないが、世界最強の戦艦としては相応しい活躍と言えた。




 だがベルツは次第に嫌な予感を覚え始めた。旗艦周辺への敵艦接近というのは、本来異常事態であるはずなのだ。

 ウルスラグナは隊列の中央、そう簡単には敵艦が侵入してこない位置にいる。ベルツがウルスラグナを旗艦に定めたのも別に攻撃力が高いからではなく、防御力と通信能力を評価してのことである。

 

 そのウルスラグナに、両手で数えても足りないほどの敵艦が群がっている。最初は敵艦隊の隊列混乱に伴う偶然かと思っていたが、それにしては数が多すぎた。

 

 更に不吉なことに、各部隊からはまともな情報が入ってこない。受信機で探知されるのは戦隊レベルの通信ばかりで、分艦隊以上のレベルで何が起きているかが全く分からないのだ。

 

 「まさか、これは?」

 

 コリンズが珍しく青ざめた顔で呟いた。聞き返そうとしたベルツに呼応するように、ウルスラグナの巨体が振動する。

 震え方としては大したことが無いが、不吉な予感を倍増させるには十分すぎるほどだった。

 

 「応急科より艦長。『対艦ミサイル2を左舷前部に被弾、損害は軽微』」

 

 各員が顔を見合わせる中、振動の原因についての報告が来る。これでミクロレベルで何が起きたかは分かったが、全く安心は出来なかった。

 対艦ミサイルを食らったということは、旗艦の護衛部隊及びウルスラグナ自体の砲火を突破するほど多くの敵駆逐艦が、中央部に突っ込んできたということだ。

 

 それが暗示するのは、あまりに恐ろしい結論だった。

 

 「司令官、我々は明らかに乱戦に巻き込まれています。敵艦隊は隊列を修正しないまま、我が軍に突っ込んできたようですね」

 

 誰もが薄々気づきながらも言おうとしなかったその結論を、大声で単刀直入に述べた人物がいる。言わずと知れたコリンズである。

 もし率直さを人格上の美点とするなら、彼は非常に性格のいい男ということになるだろう。

 









 『連合』宇宙軍司令官のダニエル・ストリウス元帥は会心の笑みを浮かべていた。

 これまで基本的に先手を取られっぱなしだった『連合』軍だが、ここに来て『共和国』軍の思惑を打ち砕くことに成功したのだ。

 

 『共和国』軍が遠距離から対艦ミサイルの雨を浴びせてきた時点で、ストリウスは彼らの意図を察していた。

 先制攻撃によってこちらの戦力を減らすとともに隊列を崩壊させ、『共和国』軍のお家芸である分散した敵への集中攻撃をかけるつもりなのだ。これまで数多の軍がこの展開に持ち込まれ、敗亡していった。

 

 しかし裏を返せば、それは彼らが1つのパターンに固執しているという事でもある。『共和国』軍は「相手の陣形を崩壊させながら、自らは隊列を維持する」以外に、勝ち方を知らないに等しいのだ。

 

 ストリウスはここを衝くことにした。『共和国』軍とは言わば、「有名なチェーン店の雇われコック」だ。本店から指示されたやり方に忠実に従う限りにおいて非常に有能だが、他のやり方は知らず、不測の事態に弱い。

 であればその不測の事態を作り出してしまえば、彼らの勝ちパターンを崩壊させ、こちらが有利な展開に持っていく事が出来るはずだ。

 

 

 そこでストリウスは一計を案じた。敢えて防御ではなく、攻撃に出たのだ。

 

 先制攻撃を受けた場合の対処法は一般には後退と再編成だが、馬鹿正直にそんな動きをするのは敵の思う壺だ。

 それは『共和国』側が予想している通りの動きであり、こちらが再編を終える前に『共和国』軍が突入、そのまま主導権を握られるのが目に見えている。

 

 その為ストリウスは、後退も再編成も行わず、前衛はそのまま『共和国』軍本隊と交戦に入るよう命じた。

 機動力の高い『共和国』軍に対して受け身の姿勢を取れば、そのままタコ殴りにされかねない。それよりは不利な状況でも攻撃を加え、相手の衝撃力を削った方が得策だと判断したのだ。

 


 そしてストリウスは同時に次の手を打った。対艦ミサイル攻撃の影響を受けていない部隊に対し、交戦中の前衛を迂回して『共和国』軍本隊に一斉に突入するよう命じたのだ。


 これまでの『連合』軍であれば出来ない動きだが、機動の妨げとなっていた旧式戦艦は既に船団護衛や国境警備に回されている。

 ストリウスが指揮する主力部隊は全て、高速のドニエプル級戦艦やウトゥルク級巡洋戦艦を主力とし、『共和国』軍に劣らない高速機動が可能だ。

 前衛との接触で多少なりとも『共和国』軍の動きが鈍れば、彼らの不意を衝く形で逆に攻撃を加えられるのだ。賭けではあるが、かなり勝率の高い賭けだった。

 


 そして『連合』軍は賭けに勝った。『共和国』軍が異変に気付いたときには、『連合』軍本隊は戦闘を完全な乱戦に持ち込むことに成功していたのだ。

 強引な高速機動によって『連合』側の隊列は崩壊したが、予想外の方向から奇襲を受けた『共和国』軍もまた、四分五裂の状態となって壊乱している。


 自らは隊列を維持したまま混乱した敵を葬り去るという『共和国』側の虫のいい考えを、ストリウスは完全に崩壊させることに成功していた。

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