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ファブニル星域会戦ー11

 「高く評価されていますね」


 リーズはリコリスにそう声をかけた。コヴァレフスキー少将に対するリコリスの言動は、普通の人間が見ればほとんど無礼なまでに素っ気ないと思っただろうが、彼女の基準からすれば驚くほどに恭しい態度だった。

それ以上に驚きだったのが相手の態度で、リーズは上官がリコリスを信頼するそぶりを見せるのを初めて見た。

 

「まあね」

 

リコリスはこれまた素っ気なく返すと、話題を切り替えた。

 

「そろそろ味方駆逐艦との合流ね」


 先の戦闘で共闘した部隊が全滅した後、オルレアンはコヴァレフスキー少将の直接指揮下に入っている。

 だから今オルレアンは単独で航行しているのだが、別に単艦での戦闘を命令されているわけではない。

 コヴァレフスキーはリコリスに、僚艦を失ったため同じく単艦で行動している駆逐艦フォカエアと合流し、次いで現在戦闘中の第15ミサイル戦闘群、および第18巡洋艦戦隊の応援に向かうように指示していた。

 

「通信科より艦長、味方駆逐艦来ました。交信を求めています」

「了解、レーザー通信を準備」

 

リコリスは気乗りのしない声で短く返答した。彼女は基本的に他人と会話すること自体が嫌いだし、何の悪意もなくとも相手に不快感を与える傾向がある。

リーズははらはらしながら身構えた。リコリスが何か余計なことを言った場合にフォローするためだ。

 

 

  相手の駆逐艦艦長はすぐに画面に出た。少佐の階級章を付けた30歳前と思われる男性で、リコリスの姿を見るや否や驚きと多少の軽蔑が混ざった表情を示した。おそらく、相手があまりに若いことに不信感を抱いたのだろう。

続いて彼はリコリスの軍服に飾られた『共和国』英雄勲章を見るや否や一転して大きく身構えた。

 

「し、小官はフェルモ・スパーノ少佐と申します。閣下におかれましては」

 

 リーズは少し呆れた。「閣下」というのは普通将官以上の軍人か政府の高官に対して使われる呼称で、ただの巡洋艦の艦長で大佐のリコリスに呼びかける時に使う言葉では全くない。スパーノ少佐は、よほど緊張しているらしい。

 もっとも、それも無理はないとリーズは思いなおした。『共和国』軍では駆逐艦の艦長は、「原則として中佐、ただし勤務評定が良好な場合は少佐でも可」とされているが、最近はごく普通の少佐が駆逐艦を任されることが多いという話はリコリスから聞いている。


 スパーノ少佐もその口であるらしく、経験に見合わない重責を負わされて緊張しているのだろう。20代前半で完璧に軍艦を指揮できるリコリスのような人間の方が特別なのだ。

 スパーノは何となく怯えたような様子でリコリスの顔色を窺っている。一方のリコリスは特に何も言わず、ただ無表情で相手を観察していた。 態度の豹変に関する嫌味も皮肉も言わなかったのは、彼女なりの自制心かもしれない。単に相手のことがどうでも良かったからという可能性も捨てきれないが。

 


 それにしてもスパーノの小心な態度は、部下を不安にさせること夥しいと思われた。これならまだ平時のリコリスの怠惰と無頓着の方がましかもしれないと、リーズは密かに上官に関する評価を付け直したほどだ。

リーズが言えた義理でもないが、『共和国』軍の人材不足はかなりのものらしい。どう見てもナンバーワンを務める柄ではなさそうなこの人が、駆逐艦とはいえ一艦の長を務めている所を見ると。

 

 ついでに言うと、リーズがオルレアンに乗ってリコリスの補佐をしているのも、この人材不足のせいである。『共和国』軍では士官学校卒業生と士官昇進を目指す曹長は士官認定試験後、訓練部隊で半年ほど勤務してから少尉任官することになっている。

この訓練部隊勤務中の軍人を「准尉」と呼ぶのだが、リーズは何故か士官学校卒業後すぐの准尉の段階で実戦部隊所属艦であるオルレアンに配属された。人事部によると士官が不足していて、正規の養成課程を終えるまで待っていられないという。


 「そ、それで小官は閣下の指示に従えばよいということですが…」

 

 沈黙に耐えかねたらしいスパーノが相変わらず怯えたような声で話しかけてくる。これからの任務を恐れてのことか、あるいはリコリスを恐れているのかは定かではない。

 対してリコリスは、言われて初めて気づいたような口調で口を開いた。

 

 「ああ、分かった。これからの行動方針について伝える。我々は現在戦艦を含む敵と交戦中の味方の支援に向かう。ただし、我々の戦力は少ない。正面から向かったのでは…」

 「少し待ってください。戦艦を含むというのは確かなのですか? 小官には何の情報も」

 

 自己紹介もせずに単刀直入に命令を伝えようとしたリコリスの言葉をスパーノが遮った。対してリコリスは無表情のまま質問に答えた。


 「事実だ。本艦の受信機で味方の交信を傍受した結果、その情報が入った。シュペール准将はまだ持ちこたえているが、このままだと全滅する」

 

 オルレアンは巡洋艦としては平均より少し大きい程度だが、レーダー、光学測距機、送受信機などは新鋭戦艦用の機材を搭載している。そのせいで艦形が歪になり、しかも砲に回すスペースと電力を食われているのだが、とにかく索敵・通信能力だけはやたらに高い。目の前のフォカエアのような駆逐艦はおろか、標準的な戦艦よりずっと遠くの情報まで拾って広範囲に指示を出すことが可能だ。

その巨大な受信機は味方艦隊、クリスティアン・シュペール准将が指揮する部隊の現状を既に捉えていた。

 

「戦艦…」

 

 スパーノが画面の向こうで息をのむ音が聞こえた。それも当然だった。第33分艦隊は編成に戦艦を含んでいない。つまりシュペール准将は巡洋艦と駆逐艦だけで戦艦と交戦していることになる。さっき全滅した部隊と同じように。


 「言うまでもないが、我々の戦力で正面から戦えば、絶対に戦艦に勝てない。必要なのは奇襲だ」

 

 リコリスが話を続ける。スパーノは沈黙した。『共和国』英雄の指揮能力に期待しているのか、単に威圧されているだけなのかは不明だ。

 だが少なくとも言えるのは、巡洋艦と駆逐艦1隻ずつで戦艦に挑むのは、普通に考えれば自殺行為であることだ。リコリスの普段の言動を知るリーズは、彼女が戦闘を決意したということ自体が信じられない思いだった。


 「勝算は?」


 スパーノが呆けたような顔で聞いた。内心ではリーズもそれを知りたかった。


 「残念だが…ないことはない。全くないなら逃げても文句は言われなかっただろうが、一応の勝算がある以上、やってみるべきだろう」


 リコリスは謎かけのような曖昧な返答をした。その蒼い瞳には相変わらず苛烈な、それでいて理性的な光が宿っている。


 

 「これよりシュペール隊の救援に向かう。と言っても、もう手遅れかもしれないが、弔い合戦程度にはなると思う。航法は重力航法。完全無線封鎖」

 

 臨時指揮官の不謹慎極まりない言葉とともに、オルレアンと駆逐艦フォカエアは揃って虚空を進んでいく。彼らの存在を知る者はほとんどいなかった。レーダーを切り、しかも機関を稼働させずに慣性と惑星、衛星の重力を利用して動いている軍艦とただの漂流物を見分けるのは不可能に近いのだ。

 『連合』軍はもちろんのこと、『共和国』軍でさえオルレアンとフォカエアの正確な位置を知らない。


 



 なおこのとき既に、リコリスの不謹慎な予言は的中しつつあった。『共和国』軍の第15ミサイル戦闘群の残存駆逐艦11隻と、急派された第18巡洋艦戦隊のクレシー級巡洋艦4隻は、恐るべき強敵と対峙していたのだ。

 彼らはまず目の前に立ちふさがってきた巡洋艦と駆逐艦合計20隻ほどの艦隊に向かって、対艦ミサイル一斉攻撃を実行、12隻を撃沈破して残りを潰走させた。だがその先にいたのは…

 

 「新手のミサイル戦闘群の投入を要請しろ! いや、この際は一個駆逐隊でも構わん!」

 

 第18巡洋艦戦隊を指揮するクリスティアン・シュペール准将は、旗艦のクレシー級巡洋艦ポワティエの艦上で絶叫していた。彼が見据えるモニターには、金属製の巨大な怪物が映っていた。900m近い全長を誇る巨体に、大小合わせて数百の火器を揃えた化け物が。

 その怪物、『連合』軍のシルダリヤ級戦艦2隻はシュペールの部隊目がけて盛んに砲撃を放ってきた。その火力密度は、さっき『共和国』の巡洋戦艦ロスバッハが『連合』の駆逐艦に放った砲撃を遥かに上回る。機動力を必要最低限で妥協し、残りの全てを火力と防御力につぎ込んだ艦のみが持ちうる恐ろしい戦闘力だ。


 シュペールが戦艦の姿を見た瞬間にレーダー妨害と回避運動を命じたため、被害は巡洋艦と駆逐艦各1隻の沈没に止まっているが、その2隻の運命は巡洋艦が正面から戦艦と殴り合えば何が起きるかを暗示していた。  

 クレシー級巡洋艦はアジャンクール級の2倍の主砲を持つが、その火力はあくまで同格の巡洋艦を想定したものだ。駆逐艦の主砲でもある両用砲に至っては、駆逐艦以下の小艦艇や輸送船、航空機を撃つための砲に過ぎない。

 

 対する戦艦は巡洋艦を一撃で戦闘不能にしうる巨大な主砲と、巡洋艦の主砲に匹敵する威力を持つ副砲、さらに大量の両用砲を搭載している。火力は一隻で巡洋艦数個戦隊に匹敵するだろう。

 その事実を誇示するかのように、2隻のシルダリヤ級戦艦はシュペール隊に凄まじい砲火を浴びせてきた。動きの鈍い主砲による射撃は転舵を繰り返すことで躱せるが、副砲、両用砲から繰り出される光の雨とも呼ぶべき連続斉射は回避できない。

 空間全てを塗りつぶそうとするかのような砲撃を食らい、シュペール隊の艦は確実に戦力を削ぎ取られていく。

 もちろん『共和国』側も反撃の砲火を浴びせるが、戦艦が傷ついた様子は全くなかった。自己の主砲に耐えうるだけの防御力を持つ戦艦が、巡洋艦や駆逐艦の砲で重大な被害を受けることは有りえない。それがシュペールの部隊の前に立ちはだかる冷厳な事実だった。


 「分艦隊司令部より緊急信。『敵艦隊と思われるもの、後方より貴方に向かう』」

 

 さらに不愉快な情報が届く。敵はこの宙域に部隊を集結させ、シュペールが指揮する部隊の殲滅を図っているらしい。

 

 シュペールは目の前の敵艦隊を睨み据えた。相手が戦艦だけなら迂回して突破するか、あるいは対艦ミサイルを撃ちこんでやればいい。しかし戦艦の前面には当然のように巡洋艦と駆逐艦が侍っている。

 無理な機動を試みれば彼らによって頭を押さえられ、そこに戦艦主砲を撃ち込まれて壊滅的な結果を招くだろう。



 所詮はそれが『共和国』の戦術思想の限界だったのかもしれない、シュペールはそう思う。補助艦艇からの対艦ミサイル飽和攻撃で戦艦を倒すという戦術は、その戦艦が孤立している場合にのみ成立する。多数の補助艦艇は戦艦に勝てる可能性があるが、戦艦と補助艦艇を組み合わせた戦闘団には勝てない。一方を倒そうとすれば、もう一方にやられる。

 

 「進路x8、yマイナス3、z7、奴らを戦艦から引きはがせ」

 

 シュペールは艦隊を一時後退させ、敵艦隊の追撃を誘うよう命令した。戦艦と巡洋艦・駆逐艦では速力に大差がある。相手が調子に乗って前進してくれば、相互支援が不可能になったところで一撃を食らわせてやれる。

 シュペール隊の旗艦ポワティエが、大きく数が減った砲を発射しながら回頭し、他艦も後に続く。

 

 (よし、ついてこい)


 シュペールは敵の動きを見て内心ほくそ笑んだ。モニターに映る赤い矢印の塊の一部が剝がれ始めている。敵は狙い通り巡洋艦と駆逐艦を艦隊から分離した。

 

 「進路このまま。十分に距離を取ったところで一撃を食らわせてやる」

 

 おそらく相手はこちらの後退を、大損害を受けて戦闘続行が不可能になったためとみているだろう。だが実際には、部隊はまだかなりの戦力を残している。戦艦さえいなければ、ほぼ同数の敵艦に引けを取るものではない。

 

 


 「x3、y8、z2に衛星、あれを隠れ蓑に撤退しましょう!」

 

 ポワティエの艦長が意見を出した。このファブニル星域には、名前の由来となった惑星ファブニルの外側に2個の衛星が存在する。確かにその陰に隠れれば、敵の光学機器もレーダーも通用しなくなることが期待された。

 

 「よし、全軍、衛星ギリギリを抜けろ。衝突回避のためレーダーを全力で稼働」

 

 シュペールは艦長の意見に従った。いったん衛星の陰に隠れてしまえば、敵にはシュペール隊の進路も位置も読めなくなる。上手くすれば、追撃してきた敵艦隊を逆に後方から襲うことも可能だ。

 巡洋艦3隻、駆逐艦10隻に減少した艦隊が、ほぼ惑星と言ってもいい程に巨大な岩塊の脇を通過していく。シュペールを含む将兵たちは、ほとんどが逆転勝利を予想していた。

 

 だが。

 

 「前方に敵巡洋艦2、駆逐艦4、わが隊に対して丁字を書いています!」

 

 ポワティエが衛星の横を通り過ぎようとした瞬間、レーダー員の絶叫が響いた。

 

 (しまった…)

 シュペールは失敗を悟った。衛星の向こうが見えないのは味方も同じことなのだ。敵はこちらが衛星の陰に逃げようとすることを予測して別動隊を先回りさせ、不意打ちをかけてきたらしい。

 

 その別動隊の正体は、おそらく戦艦との遭遇前に撃破した敵の残存部隊だ。進撃速度を優先し、いったん潰走した敵に止めを刺さなかったのが裏目に出た。彼らは戦艦から指示を受け、シュペールの後を付けてきていたのだ。

 ほぼ同数の敵補助艦艇を撃破し、次に戦艦を襲うという計画は崩壊した。シュペールの部隊は優勢な兵力を持つ敵艦隊に挟み撃ちにされている。これではまともな戦いどころか、逃げることすら容易ではない。


 (どうする?)

 

 シュペールは自問したが、それが全く無意味な行為であることも自覚していた。どのような戦術的天才でも、このような状況にはまり込んだ部隊を救うことは出来ない。

 

 「敵艦発砲!」

 

 再び絶叫が戦闘指揮所にこだまする。シュペールは石化したように、目の前の敵艦隊を見つめていた。永遠とも思われる一瞬の後、敵巡洋艦2隻の斉射がポワティエに降り注いだ。

 

 「後方の敵部隊、射撃を開始しました!」

 

 機能を失いつつあるポワティエの戦闘指揮所に、さらに無慈悲な報告が届く。シュペールはそれが、自らと部隊への死刑宣告であることをはっきりと悟っていた。

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