フルングニル再戦ー6
「全艦、針路は本艦より方位角マイナス6°、俯角1°」
リコリスは意識的に笑顔を作りながら命じた。この針路でも「敵に脅威を与える」ことに変わりはない。
「えっと、この針路ってもしかして、敵空母部隊の残りに攻撃をかけるつもりですか?」
思わぬ針路に戦闘指揮所が先ほどまでとは違うざわめきを見せる中、リーズが声をかけてきた。
少なくとも彼女は、リコリスの命令の真意に気付いたらしい。
「正解」
リコリスは微笑んだ。今命令した針路は敵艦隊の側面を抜けて、その後ろの空母部隊に向かうというものだ。
危険だが正面攻撃より遥かにましだし、立派に敵を牽制しているから文句を言われる筋合いも無い。
「でも、この部隊の速度で大丈夫なんですか?」
だがリーズは、別の疑問を指摘してきた。
白衛艦隊には『連合』軍からの鹵獲艦が含まれている。これらの艦は攻防性能こそ優秀だが、機動力が低い。
それを指揮下に入れた状態で、敵砲戦部隊の遥か後方にいる空母部隊を狙うのは難しいのではないかというのだ。
「別に本当に襲う必要は無いわ。その素振りを見せればいいだけ」
リコリスは応えた。白衛艦隊による空母への襲撃は無理というのはリーズの言う通りである。
白衛艦隊の火力面において主力を務める『連合』製戦艦は、恐らくこの戦場で最も足が遅い艦だ。空母に追い付けるはずが無い。
しかし重要なのは、敵はその事実を知らない事である。
敵から見た白衛艦隊はあくまで、『共和国』宇宙軍の一部隊だ。である以上、他の『共和国』軍部隊と同じ機動力を持つと考えるのが当然である。
そうなれば敵としては、白衛艦隊による空母攻撃を本気で警戒せざるを得ない。リコリスの狙いはそこにあった。
疑心暗鬼になった敵が空母を守る為に隊形を混乱させてくれれば大成功だし、そうでなくても1個艦隊程度は引き付けられるだろう。
「8番機より入電、敵巡洋艦部隊らしきものが接近中とのことです」
待つほどのこともなく、大量に飛ばしておいた偵察機から報告が来た。予想通り、『連合』軍は偵察部隊を広範囲に展開させる事で、『共和国』軍による奇襲を防ごうとしているようだ。
(さてと)
リコリスは次に考え込んだ。白衛艦隊は兵器も戦術も『共和国』軍よりかつての『連合』軍に近い部隊であり、機動戦は出来ない。
つまり奇襲と一撃離脱を繰り返すという、リコリスが本来得意とする戦術が使えないのだ。
対する『連合』軍の方は、『共和国』軍に近い大機動軍に変貌を遂げつつある。この戦いは戦争初期の『共和国』軍と『連合』軍の関係を、立場を変えて再現したものになりそうだった。
「接近中の敵巡洋艦部隊の陣容を確認しました。戦力は巡洋艦4と駆逐艦10隻前後、更にその後方には戦艦を含む部隊がいるようです」
そこに通信科が、更なる航空偵察の結果を伝えてくる。リコリスは眉を顰めた。
巡洋艦部隊の方は一蹴出来る規模だが、近くにいるという戦艦が厄介だ。攻防性能で『連合』軍のドニエプル級に対抗できる戦艦は、この人類世界にエレボス級とウルスラグナ級しかいない。
白衛艦隊にはそのどちらも存在しない上、機動力まで劣っている。例え敵戦艦の数が僅か数隻であっても、白衛艦隊にとっては大きな脅威となるのだ。
下手をすれば退路を塞がれ、全滅することにもなりかねない。
「対艦攻撃隊、発艦準備」
リコリスは素早く命じた。白衛艦隊の空母艦載機の大半は制空及び偵察に回されているが、50機程は対艦ミサイルを搭載した状態で待機している。
リコリスはこれを使って、敵に先制攻撃をかけるつもりだった。
「目標は戦艦部隊ですか?」
リーズが質問と言うよりは確認のような口調で話し掛けてきた。巡洋艦部隊の方は白衛艦隊が楽に始末できるのに対し、戦艦部隊はかなりの脅威となる。
ならば当然、戦艦部隊に対して航空攻撃をかけるべきだという判断だろう。
「いや、目標は巡洋艦部隊にするわ。この機数で戦艦を攻撃するのは無謀だし」
だがリコリスは別の決定を下していた。敵戦闘機が存在しない環境でも、50機という機数は、戦艦部隊への攻撃に使うには少なすぎる。
無理に攻撃をかければ、先ほど『共和国』軍艦隊を攻撃して大損害を出した『連合』軍航空隊と同じ失敗を繰り返すだけだ。
一方の巡洋艦部隊は、この程度の数の攻撃機でも容易に大損害を与える事が出来る。見込みの少ない大戦果よりも、高い確率でとれるささやかな戦果だ。
「しかしそれでは、戦艦部隊の攻撃を受けてしまいますよ」
リーズが困惑したように言った。戦艦は仕留めにくいというのはその通りだろうが、それは脅威度としての大きさと裏返しだ。
戦争は点取りゲームでは無い以上、最も危険が大きい相手を優先して叩くのが当然では無いかというのだ。
「眼を潰された大男は、目の見える小男に勝てない」
リコリスは彼女の疑問に対して手短に説明した。確かに巡洋艦部隊それ自体の脅威度は小さいが、彼らが白衛艦隊と最初に接触する位置にいることが重要なのだ。
その巡洋艦を航空攻撃で潰してしまえば、後方の戦艦は白衛艦隊の正確な編成と位置が分からなくなる。それどころか、白衛艦隊が空母を中心とした部隊であると錯覚させることさえ期待できるのだ。
その状態で戦闘に突入すれば、敵にとって恐ろしく不公平な状況を作り出す事が出来る。
即ち、敵は不期遭遇戦を戦うのに対し、白衛艦隊の方は完全に位置が分かっている相手に襲撃をかけることとなるのだ。
だから無理に戦艦を攻撃しなくてもいいとリコリスは説明した。
航空戦力はよく飛び道具に例えられるが、別に大岩で敵の頭を砕く事だけが飛び道具の使い方ではない。大きな石を投げつける力が無いなら、砂を投げつけて相手の目を潰してしまえばいいのだ。
「まあこの件に関してだけは、主力部隊に感謝すべきね。連中が空母を潰してくれたお陰で、私たちは好き勝手に行動できる訳だし」
航空隊が出撃していく中、リコリスはほぼ無意識のうちに皮肉を付け加えていた。
白衛艦隊がこの策を取れるのは主力部隊、具体的には恐らくコリンズ首席参謀が、敵の航空戦力に大打撃を与えてくれたからである。
もっともそれによって、白衛艦隊が囮兼被害担当部隊として使われている事実が消える訳では無いが。
リコリスが複雑な笑みを浮かべる中、攻撃隊が敵巡洋艦部隊に取りつき始めたという情報が入ってきた。
遠方で沈没する敵艦から発せられる電磁波の一部が白衛艦隊にも飛来し、各艦の電子機器に微かなノイズが走る。
攻撃隊指揮官は「駆逐艦3隻撃沈確実。他に巡洋艦3隻、駆逐艦2隻を撃破」の報を送って来ていた。
「まあ、こんなものでしょうね」
リコリスは戦果を評した。巡洋艦を沈められなかったのは残念だが、数十機単位の攻撃隊に出来る事には限りがある。
とにかく敵に損害を与え、隊列を混乱させることが出来ればそれでいいのである。
「第83巡洋艦戦隊、及び第201駆逐隊は敵巡洋艦部隊を掃討せよ。他の艦は急進し、敵戦艦部隊を攻撃する」
母艦に戻っていく航空隊の姿を見やりながら、リコリスは次の段階に移行するよう命じた。
航空攻撃で混乱した巡洋艦部隊には抑え程度の戦力を向け、こちらの陣容を確認する余力を完全に奪う。
残りの本隊は敵戦艦部隊に先制攻撃をかけ、艦の性能差が顕在化する前に火力で圧殺するのだ。
命令を受けた白衛艦隊は、旧式戦艦が出せる最大の速度で前進を開始した。
なお白衛艦隊が現在取っている陣形には、普通の意味での前衛や後衛に位置する部隊は無い。
代わりに全部隊がほぼ並列に並び、敵に一斉攻撃をかけられる配置を取っている。通常の1個艦隊の半分の規模しか持たない白衛艦隊には、本隊以外に戦力を割り振る余地が無いのだ。
一歩間違えれば逆に奇襲を食らいかねない危険な陣形だが、『共和国』側には航空優勢がある。リコリスはそれを考慮して、無防備な代わりに相手に与える衝撃力の大きいこの隊形を採用したのだ。
「第83巡洋艦戦隊より入電。敵の反撃により、アンティオキア、エデッサを喪失。敵艦、本隊に向かいつつあり!」
だが次に届いた報告に、リコリスは顔色を変える事になった。航空攻撃で大損害を受けた敵前衛の残敵を掃討する為に送り出した部隊が、逆に大損害を受けて追い散らされたというのだ。
しかも彼らはそのまま、白衛艦隊本隊への触接を図っているという。
「状況を説明せよ」
リコリスは内心青ざめながらも、表面上は落ち着いた声で敗北の原因を尋ねた。
敵前衛への抑えとして送り出したのは、巡洋艦と駆逐艦が4隻ずつだ。大兵力とは言えないが、空襲で半壊した部隊に対しては十分な戦力の筈なのだ。
「敵前衛は巡洋艦に非ず。戦艦級の主砲を装備した巡洋戦艦なり」
対する第83巡洋艦戦隊司令部は、こちらは動揺を隠そうともしない震え声で状況を説明してきた。
白衛艦隊司令部は敵前衛をこれまで「巡洋艦部隊」と呼んでいた。複数の偵察機が敵戦力を「巡洋艦4、駆逐艦10」と報告していたからだ。
だが第83巡洋艦戦隊によれば、敵は巡洋艦では無い。『共和国』のブレスラウ級のような巡洋戦艦だというのだ。
「成程、そういうことね」
リコリスは舌打ちした。自らの判断が裏目に出た事を悟ったのだ。
白衛艦隊は基本的に、航空機のみによる索敵を行っている。偵察に軍艦を使うと、その艦は実際の戦いでは遊兵となってしまう可能性が高いからだ。
艦の数に余裕が無い白衛艦隊は、攻撃力を減らしてまで偵察に軍艦を使うことが出来なかったのだ。また近年の偵察機の性能向上により、航空偵察のみでも敵の全容は把握可能と言う認識もあった。
だが偵察手段としての航空機には限界がある。そのレーダーや光学機器の能力は軍艦に遠く及ばないし、乗員が精々数人しかいないために見落としも生じやすいという点だ。
特に苦手とするのが、敵艦の正体の識別である。
航空機用レーダーは出力に限りがある為、分解能を犠牲にして索敵範囲を増やす方向に調整がされている。敵艦の存在は探知できても、その大きさや形状を見極めるのは困難なのだ。
戦艦と巡洋艦を間違えたり、正規空母と軽空母を誤認する事は、航空偵察では日常茶飯事である。
今回の白衛艦隊でも、まさにその誤認が発生していた。偵察機が巡洋艦と報告した艦は、実際には遥かに巨大な巡洋戦艦だったのだ。
「敵レーダー波、探知! 敵巡洋戦艦からです」
「敵戦艦部隊、増速! 明らかに我々を狙っています」
リコリスが息をつく間もなく、通信科と索敵科から続けざまに報告が入る。リコリスの最初の計画が完全に破綻した証である。
白衛艦隊は敵前衛を掃討して奇襲するどころか、無防備な状態での激突に巻き込まれようとしていた。
リコリスが対峙していた部隊は、『連合』宇宙軍第二十一艦隊と呼ばれている。『連合』軍の中では古参兵の割合が高い精鋭で、装備に関しても強力なものが与えられていた。
「序盤はこちらのものか」
その司令官を務めるディーター・エックワート中将は、浅黒い顔に笑みを浮かべた。いきなり航空攻撃を食らったときは驚いたが、幸い前衛の一掃は免れたようだ。
その後の砲戦では敵巡洋艦2隻を一方的に撃沈し、追い返している。第二十一艦隊は航空優勢を持たないというハンデを背負いながらも、見事に緒戦に勝利を収めたのだった。
「ウトゥルク級を前衛にしておいて正解でしたな」
参謀の1人が釣られるように言った。『共和国』軍が投入してきた中途半端な戦力から予想するに、彼らはこちらの前衛をただの巡洋艦だと誤認したのだろう。
そのせいで彼らは、前衛のウトゥルク級巡洋戦艦によって手痛い打撃を受ける事になったのだった。
ウトゥルク級巡洋戦艦は本来、建造される筈の無い艦だった。元はと言えば、戦前の軍縮期にあった小型戦艦建造計画の産物である。
造船官に最低限の仕事を与える為に低予算で作られる戦艦。要は確固たる運用思想もなく、作る事そのものが目的の艦だ。
その為『共和国』との緊張激化に伴って軍事予算が増額されると、ウトゥルク級という仮称が与えられていた小型戦艦の建造計画はすぐに書類棚に仕舞い込まれた。
大型戦艦を建造するだけの予算があるのに、わざわざ戦闘力に劣る小型戦艦を作る意味は無いからだ。
なお『共和国』軍は、ウトゥルク級とほぼ同サイズの巡洋戦艦を実際に建造したが、こちらにはちゃんとした目的があった。
中小型艦主兵主義を取る『共和国』軍は、それらの統制と火力支援の為に高速の大型艦が必要だったのだ。
対する『連合』軍は大型艦を主力とする軍隊であり、小型戦艦のような中途半端な兵器は必要としていなかった。
そのウトゥルク級を取り巻く状況が変わったのは、緒戦の大敗からだった。『連合』軍の兵器体系では、『共和国』軍による対艦ミサイル飽和攻撃を防げない事が判明したのだ。
『共和国』軍艦によるミサイル攻撃を食い止めるには、ミサイル発射前に敵艦を葬り去るしかない。
だが巡洋艦や駆逐艦の主砲、及び戦艦の副砲は、ストッピングパワーが今一つ物足りなかった。
敵艦に瀕死の重傷を負わせながらも接近を食い止められず、ミサイルを食らって相打ちに持ち込まれる。そんな戦例が複数確認されたのだ。
一方戦艦主砲の方は敵の中小型艦を一撃で仕留める力を持っていたが、こちらは動きが鈍すぎた。戦艦主砲が巡洋艦や駆逐艦に有効打を得る前に、敵はミサイルを発射して逃げてしまうのだ。
現に惑星ファブニルを巡る2度の戦いで、『連合』軍戦艦部隊はいずれも『共和国』軍の対艦ミサイル飽和攻撃によって、壊滅的な打撃を受けている。
更にこの2つの敗北のせいで、政権交代後の『連合』軍は深刻な軍艦不足に悩むことになった。
そこでピックアップされたのが、設計図だけは出来上がっていたウトゥルク級だった。同級は安価で建造期間が短かったし、小型と言えども巡洋艦よりは遥かに大きな船体には、敵中小型艦を一撃で葬れる程強力な火器を搭載することが出来た。
かつて継子扱いだった小型戦艦だが、強力な砲を積んだ艦を短時間で揃えたいという要求にはぴったりだったのだ。
こうして再評価されたウトゥルク級は、「戦艦以外のあらゆる艦を遠距離から火力で粉砕でき、戦艦にも条件次第で勝てる」艦として建造が進められた。
『共和国』軍は巡洋戦艦を指揮統制艦として考えたが、『連合』軍はあくまで小型の主力艦と捉えたのだ。
余談だがこの為、両軍の巡洋戦艦の設計には微妙な違いがある。
『共和国』軍巡洋戦艦は、分厚い装甲と何重にも複線化された通信回路を持っている。激戦の中でも最後まで指揮能力と航行能力を失わないことが設計上の最優先課題であり、火力支援能力はその次なのだ。
対してそのような任務を考慮されていない『連合』軍巡洋戦艦は装甲が薄めで、通信能力も並みの巡洋艦よりはましという程度だ。
代わりに火力は強力で、一世代前の戦艦と同じ砲を搭載している。更にその主砲は改良によって、速射性能と旋回性能が高められ、中小型艦への攻撃力が大幅に向上していた。
その威力は先程の遭遇戦で発揮される事になった。前衛にいたウトゥルク級4隻は、航空攻撃によって2隻が脱落したが、残り2隻は敵巡洋艦を一撃で蹴散らしてしまったのだ。
ドニエプル級と並ぶ、『連合』軍の新たな主力艦に相応しい活躍と言える。
「第六十二分艦隊、及び第七十分艦隊はそのまま前進。第十航空戦隊は出し得る限りの機体を出し、航空優勢を奪還せよ。残りの部隊は待機」
エックワートは続いて全体状況を確認すると、素早く命令を出した。
前衛同士の激突に勝利した為、現在情報面では『連合』側がやや有利となっている。この優位を維持する為、艦隊直属の航空隊を投入し、敵航空隊を排除する。
また第二十一艦隊は3個分艦隊と空母部隊、それにエックワートの直属部隊で構成されているが、このうち2個分艦隊をそのまま敵との交戦に入らせる。
これらの部隊はドニエプル級を主力としており、正面からの撃ち合いでは殆どの『共和国』軍部隊を圧倒できるはずだ。
一方残りの一個分艦隊とエックワート直属部隊は、機動力で優るウトゥルク級を主力としている。
そこでこちらの部隊は、その特徴を生かして戦場を迂回し、ここぞという時に突入するか、敵が後退するようであれば退路を塞ぐ。
状況によっては、敵後方にいる空母部隊への攻撃も期待できるかもしれない。
(機動戦術は貴様らだけのものではない)
エックワートは敵艦隊に向かって内心で語りかけた。『共和国』軍の前衛は明らかに、こちらを迂回しての空母部隊攻撃を狙っている。
航空戦勝利で偵察部隊としての前衛の意味が薄くなった『共和国』軍は、代わりに彼らを機動兵力として用いることにしたのだろう。
通信能力や機動力に劣ったかつての『連合』軍なら、この機動に引っかかっていた可能性が高い。だが現在の『連合』軍は優れた指揮系統と高い機動力を持っており、『共和国』軍のような機動戦が可能だ。
第二十一艦隊が敵前方にまとまって展開し、迎撃態勢を整える事が出来たのはその証拠である。
更に第二十一艦隊にはウトゥルク級という、使いようによってはドニエプル級以上の威力を発揮する高速・高火力の艦がいる。その力によって、『共和国』軍を機動戦で圧倒してやるつもりだった。
始めは疎らだった閃光はすぐに数を増していき、遂にはこの宙域自体が燃え上がっているような巨大な光の幕となっていった。白衛艦隊と『連合』軍艦隊は、本格的な交戦を開始したのだ。
「中尉、この状況をどう思う?」
その光景を何となく眺めていたリーズに、リコリスが突然話を振ってきた。教育の一環なのか、単なる気紛れなのかは不明である。
「そうですね。何というか、芸の無い殴り合いに見えます」
リーズは少し悩んだ後、率直な感想を述べた。『共和国』側の前衛が潰走した後、『連合』軍は白衛艦隊の斜め前方から最大戦速で突っ込んできた。
白衛艦隊の頭を抑える形を作り、戦闘を優位に進める為だろう。
対する白衛艦隊は微妙に針路を変えて敵を受け流す形を取り、敵はそれに追従してきた。その途中で両軍は砲の射程に入り、交戦が開始されたのだ。
現在戦場では、『連合』製と『共和国』製が入り混じった白衛艦隊の戦艦と巡洋艦が仲良く舳先を並べて発砲を繰り返し、その横ではミサイル戦闘群が攻撃の機会を伺っている。
対する『連合』軍の方も、ドニエプル級戦艦やコロプナ級巡洋艦が自慢の巨砲を連射し、それらを守るように駆逐艦部隊が展開している。
双方の主力艦同士が横陣を汲んだ状態で撃ち合うという、真に正々堂々とした殴り合いだった。
別の言い方をすると両軍に何の戦術的洗練も見られず、ただ互いの火力と装甲を頼みに撃ち合っているだけである。しかも遠距離砲戦なので、命中弾さえ疎らだ。
「その通り。はっきり言ってこの状況が続けば、私たちに勝ち目はない」
リーズの答えに対し、リコリスが軍人としては問題がある程に率直な口調で言った。
単純な殴り合いでは『連合』軍が有利と言うのは、開戦以来変わらない戦訓だ。しかも敵の方が数が多い以上、殴り合いを続ければ白衛艦隊はいずれ壊滅するという。
「では偽装後退の後、反撃をかけられるおつもりですか?」
リーズはリコリスの真意を問うた。撤退を偽装して別動隊による奇襲をかけるという戦術は、『共和国』軍と『連合』軍を問わず、これまで何度も用いられている。
リコリスは砲戦にしばらく付き合った後で後退し、そこから奇襲による逆転勝利を狙っているのだろうか。
「それは無理ね。敵の方が機動力で優る以上、偽装後退は出来ない」
だがリコリスはその考えを完全に否定した。
逃げる為には、当然のことながら敵より足が速くなければならない。旧式艦を編成に含む白衛艦隊は、この条件を満たしていないというのだ。
「じゃあ、どうやって?」
リーズは少し冷や汗をかきながら質問した。戦闘力において劣り、機動による挽回も狙えないというのは、勝算が無いということでは無いだろうか。




