フルングニル再戦ー2
「敵艦隊らしきもの、第2衛星付近に多数発見しました。なお第5艦隊は敵機の触接を受けている模様」
「第87駆逐隊、敵駆逐艦と遭遇し、これを撃破したとの事です」
白衛艦隊旗艦オルレアンの艦内に、通信科が傍受した味方同士の交信が次々と上がっていく。リーズはその内容を聞いてぞっとした。
この戦いは悪い意味で、事前に予想されていた通りの展開になりつつある。
「了解。全艦、臨戦態勢を取れ」
いつも冷静な彼女の上官でさえ、声が若干引きつっていた。「だから言わないことじゃない」、という感情が表情に仄めいている。
『共和国』軍のフルングニル守備隊救援作戦、暗号名称『ヴィマーナ』は、最初から躓きつつあった。
惑星フルングニル周辺には現在、見渡す限りに輸送船が浮かび、大気往還艇が引っ切り無しに往復している。この惑星に取り残されていた地上軍700万、及び資源を船内に収容しているのだ。
事故の多発が起きない最大の速さで作業が行われているが、それでも後40時間はかかる見込みだという。
その状況で、推定2000-2500隻の『連合』軍艦隊が来襲した。対する『共和国』宇宙軍の戦力は1900隻である。
この戦力差自体は、不利だが絶望的という程ではない。その程度の戦力差を覆した例なら、ファブニル星域会戦を始めとしていくつかあるのだ。
だが今回の『共和国』宇宙軍は戦力以前に不利な要素を抱え込み過ぎていた。
これまで『共和国』宇宙軍は機動力を頼りに戦ってきた。優れた通信能力と艦の高速性能を活かして戦力を効果的に集中し、動きの鈍い敵軍を葬り去ってきたのだ。
だが今この場所では、その機動戦を行うことが出来ない。フルングニルの軌道上には友軍の輸送船がいるからだ。
『共和国』軍艦隊が下手な動きをすれば、『連合』軍艦隊はそのまま輸送船団に突入して、乗船した地上部隊諸共に船を射的ゲームの的にするだろう。
輸送船を守ろうとする限り、『共和国』軍は最も苦手とする固着防御を行わざるを得ない。つまりは常に船団の傍に展開し、『連合』の攻撃に耐え続けるのだ。
当然そのような戦い方は良くても大損害、悪ければ敗北につながるだろう。
「何て間の悪い…」
リーズは思わず呟いた。『連合』軍は最悪の時に出現し、『共和国』軍にとって不利な戦闘を強要してきたと感じたのだ。
「いいえ。これは間ではなくて、我が軍の首脳部の頭が悪かっただけよ」
リコリスが忌々し気に、リーズの見解を修正した。端正な横顔が怒りと焦燥で歪んでいる。
リコリスはそのまま、今回の作戦の欠点を難詰し始めた。
「地上部隊の重装備に加えてフルングニルの資源まで回収しようとしたせいで、我が軍の船団は150時間もフルングニルに止まらなければならなかった。敵が艦隊を送り込むのに十分な時間よ。地上部隊の人員だけを回収するなら、40時間で済んだのに」
「……」
リコリスの指摘は辛辣だが、内容に関してリーズは反論できなかった。確かに『共和国』側が欲をかいたのが船団が巨大化した原因であり、敵艦隊に捕捉された原因なのだ。
地上軍と共に惑星フルングニルの資源と生産設備を回収しようなどと考えなければ、船団の規模及び作戦の所要時間はもっと抑えられた。
「付け加えると、人員だけなら高速輸送艦で回収できたのに、他のものを運ぼうとしたせいで鈍足の輸送船を使う事になった。高速輸送艦なら、敵艦隊が来ても一時避難できたのに」
リコリスは更に忌々し気に言うと、いったんは口を閉じた。この作戦についてまだまだ言いたい事はありそうだったが、戦闘指揮を優先したのだろう。
「敵機来襲、戦力は800機以上!」
「了解、防空隊を展開して迎撃する。迎撃手順は訓練通り」
『連合』軍が手始めに大規模な航空攻撃をかけてきたとの情報を受けて、リコリスが即座に反撃命令を出した。
既に発艦していた戦闘機に、空母群から新たに出撃した部隊が加わり、白衛艦隊周辺に展開する。数は400機ほどで来襲した敵の半分だが、この部隊には宇宙戦闘史上初となる特徴があった。
「航空隊司令部より第1大隊、敵機100機余りが接近中。針路を方位角12度程度ずらせ」
エルシー・サンドフォード飛行曹長は、コクピットに流れる電子音声を聞いて、乗機の操縦稈を微妙に横に倒した。
PA-27量産型の流麗な機体は試作機のXPA-27で経験した操縦性の悪さが嘘のように、滑らかに旋回する。そして彼女の隣にはもちろん、最も信頼できる戦友がいた。
「何だかつまらないわね。確実に敵の方に誘導してくれるんだから、文句言う筋合いもないんだけど」
電子音声とは打って変わった、澄んでいるが溌溂とした声が入ってくる。彼女と共にオルレアン第一分隊を形成するアリシア・スミス准尉である。彼女の乗機ももちろんPA-27だ。
「敵機はおそらくバラグーダ、対空装備と対艦装備が半分ずつと思われる」
電子音声が更なる情報を伝える。航空隊総指揮艦アジャンクールには既に、敵機の正体についての情報も入っているらしい。
(バラグーダ…)
エルシーは小さく息を呑んだ。これまで確認されている『連合』宇宙軍の主力機2種類のうち、より新しくて強力な方が出てきたのだ。
バラグーダが最初に登場してから半年以上経つことを考えれば、同機を主力とする航空隊が出てくるのも当然と言えるが。
そして敵の数は対空装備機だけでも、定数40機の第1大隊より多い。そして第1大隊の装備機は、オルレアン艦載機隊の8機を除いては旧式のPA-25、厳しい戦いになりそうだった。
唯一有利な点は、エルシー達が艦隊からの航空管制の元で戦うのに対して、敵機は精々スキップジャック電子偵察機に頼るしかない事だ。
演習においては、艦隊による管制の有無は機体の性能差以上に重要という結果が何度も出ている。演習結果がそのまま実戦に反映されるとは思えないが、少しは安心材料になった。
そう、この戦いは宇宙戦闘の歴史上始めて、艦隊からの直接指揮を受けた航空隊によって戦われるのだ。
軍艦によって航空機を管制するという発想は、実のところ宇宙航空機の黎明期から存在した。
軍艦のレーダーは航空機のレーダーより格段に探知距離や分解能が高いし、多数の乗員が乗っている分、パイロット1人では把握できない全体状況の判断も可能だ。
よって軍艦から航空機に情報を送り、指示を出すことで航空隊の能力は格段に向上する。
だが理屈上は非常に有効な航空管制は、なかなか実行に移される事が無かった。その原因は従来のやり方を変える事を嫌う保守的なパイロットの反発というより、技術的な問題による。
演習ならともかく、実戦では戦いの中で必ず沈没艦と被撃墜機が発生する。つまりは戦場に電磁波や金属片など、通信系統に有害な物が大量にばら撒かれるということだ。
こうなると軍艦と航空機を結ぶデータリンクが切れてしまい、管制は不可能になる。
要するに航空管制などという戦術は演習と言う、沈没艦が出ないでしか通用しない。そんなものに訓練時間を割く価値は無いというのが、これまでの共通認識である。
なお『共和国』-『自由国』戦争での『共和国』軍、そして今回の戦争での両軍は航空管制を時折戦術として取り入れている。
しかしこれも軍艦からの管制ではなく、『共和国』側はR-26、『連合』側はスキップジャックという多座航空機を用いてだ。航空機ならその加速性能を利用して、通信不能宙域からすぐに脱出できるためだ。
無論航空機に載せられる程度のレーダーと1人か2人の管制官では航空管制の効果は限られるが、それはやむを得ない事とされた。
だが白衛艦隊を指揮するリコリスは、航空管制に拘った。
『連合』軍は宇宙戦闘に強力な航空打撃部隊を投入してくるようになっており、その対策は急務だ。新鋭機のPA-27は空襲から艦隊を守る切り札になり得るが、開発と生産が遅れている。
PA-25でバラグーダ戦闘機の大群に立ち向かうには、航空管制による戦力の集中と奇襲しかない。リコリスはそう判断し、オルトロス軍港空襲の直後には上申書を出している。
またフルングニル星域会戦においては、乗艦のオルレアンを用いて小規模な航空管制を実施し、それなりに戦果を上げてもいた。
編成に空母6隻を含んだ白衛艦隊の指揮を任される事になった後、リコリスはいよいよ本格的な航空管制の導入を開始した。
まず必要だったのは、多数の電子装備とレーダー員及び管制員を乗せるための軍艦である。
旗艦オルレアンは指揮通信能力に優れた艦だったが、同艦にも艦隊の指揮と航空機の指揮を行えるほどのスペースは無い。航空管制専用の艦を手に入れる必要があった。
そこでリコリスが白羽の矢を立てたのは、オルレアンの姉妹艦アジャンクールである。
同艦はフルングニル星域会戦で大破の被害を受けた後、重要性が低い艦と見なされて修理もされないままモスボール状態になっていた。
リコリスはそのアジャンクールを白衛艦隊に引き取ると、航空管制専用艦への改装を提案した。
もともと白衛艦隊向けの予算は、編入された『連合』製戦艦の修理が予想より短期間で済んだことから余っており、巡洋艦1隻を改装する程度の事は十分可能だったのだ。
かくしてアジャンクールは、建造目的の駆逐隊指揮艦から、航空隊指揮艦に変貌した。
まず航空機格納スペースの半分が潰され、そこにウルスラグナ級戦艦に搭載されている最新型のレーダーと通信機、それに広大な航空戦指揮所が設けられた。
更に格納庫の残り半分にはRE-27偵察機4機が搭載され、緊急時の通信や情報収集を行うものとした。
失敗作扱いだったアジャンクール級巡洋艦だが、航空戦指揮艦への改装には非常に向いた設計だったのだ。
航空管制に際して最大の問題はやはり電磁波による通信の途絶だが、『連合』から亡命してきた技術者の協力で作られたウルスラグナ級戦艦の通信システムは、かなりの抗湛性を持っている。
またアジャンクールは艦隊から離れた場所に展開して通信のみを行う事で、近距離で僚艦が沈没して通信が不可能になるという事態を防ぐよう命令を受けている。
他艦からの防護も期待できないが、巡洋艦1隻をわざわざ大部隊が攻撃する事もないだろうと、リコリスは判断していた。
アジャンクールの編入によって白衛艦隊の戦闘機隊は宇宙戦闘史上初めての、実用的な航空管制システムの下で戦いに臨むことが可能となった。
同艦の索敵・通信能力は実は旗艦オルレアンより上であり、白衛艦隊の影の旗艦と称される事になる。
「凄いわね」
そのアジャンクールからの情報を受けたエルシーは各モニターを見ながら、感嘆の声を上げた。
光学機器以外の探索装置を一切稼働させていないにも関わらず、敵機の位置がリアルタイムで表示されている。
エンジンもレーダーも切った状態の『共和国』側が事実上不可視だったのに対し、『連合』側の機体は『共和国』側に丸見えだったのだ。これなら待ち伏せによって、相手に相当の損害を与えられる筈だ。
ただ1つ不安があるとすれば、血気に逸ったパイロットの一部が勝手な動きをする事だ。丁度同じ分隊にやりかねない人間がいる為、エルシーは一応の釘を刺しておくことにした。
「アリシア…頼むから、スタンドプレーはしないでね」
「まあ、エルシーがそう言うなら」
エルシーが言わなければ他の機より先に攻撃する気満々だったらしいアリシアは、渋々協調の姿勢を見せた。
エルシーは安堵した。アリシアが何だかんだ言って素直な人間であることを最もよく知っているのは、彼女だったからだ。
「航空隊司令部より第1大隊、射撃開始まで後20秒」
「ああ、うるさい!」
そのアリシアだが、さっきから度重なっている艦からの口出しに対し、明らかに苛立っているようだった。
白衛艦隊に導入された航空管制戦術は、未熟なパイロットには好評である一方、優秀なパイロットからの評判はあまり良くない。アリシアはその典型である。
航空管制とは要するに、戦場における裁量権の一部をパイロットから後方の司令部に移動させる事だ。
今までは各パイロットが自機のレーダーで敵機を探していたのに対し、航空管制では艦のレーダーで探知した目標に、航空機を誘導する。
また個々の中隊が敵編隊のどれを相手どるかは以前まで指揮官の裁量に任されていたが、今回からは艦から指示が出る。
これらの改革は経験の浅い将兵にとっては有難い。こなさなければならない作業量が減少する為、空戦における死因の1位に入る「他の画面を確認している隙に奇襲を受ける」、が大幅に減るからだ。
しかし母艦から指示されなくても誘導と位置確認をこなせるパイロットにとっては、航空管制は邪魔でしか無かった。
「しょうがないじゃない。結局、軍隊でも何でも、多数派の便宜に適ったやり方をするしかないのよ」
アリシアの不満に対し、エルシーは肩を竦めた。
リコリスが巡洋艦1隻を大改装してまで航空管制を導入した理由は、部隊の中ではほんの下っ端に過ぎないエルシーにも大体は理解出来る。
自らの力だけに頼って前線で行動できるほど優秀な航空兵で編成された部隊など、今の『共和国』にはないのだ。
『共和国』宇宙軍航空隊は軍拡に伴い、この5年間で規模が倍になっている。つまり航空隊の将兵の最低半分が、5年以下の経験しか持っていないという事だ。
宇宙航空機の操縦は出来るが、航法やレーダーを用いた敵機の捕捉等は申し訳程度にしか知らない人間が、現在の宇宙軍航空隊では多数派だった。指揮や誘導については論外である。
これではパイロットの能力に頼った従来の戦い方等、到底不可能だ。リコリスはそう考えて、航空戦に中央管制を導入したのだろう。
現場に熟練者が不足すると、機械化と集権化が起きる。あらゆる組織において普遍的な現象である。
自分たちとしては慣れるしか無いのだろうとエルシーは思う。計器飛行も碌に出来ないようなパイロットが多数派を占めるというお寒い状況では、個人ではなくシステムの力で戦うしかないのだ。
そう思っているうちに敵機が機銃の射程内に入り、周囲の味方機が一斉に発砲を始めた。エルシーも手早く照準を合わせると、最も近くにいた敵機に一斉射を浴びせる。
なお隣ではアリシアが機体を翻しながら、機銃を2連射していた。恐らくは別々の2機を狙っているのだろう。
普通の人間がやるなら二兎を追うだけの愚行だが、実際に2機とも落とせる技量を持つのが、アリシアの恐ろしい所だった。
そしてアリシアの射撃、及びエルシーたちが放った一撃は、バラグーダの群れを完全に捉えた。20個以上の光が編隊内部に煌めき、周囲の敵機の動きが大きく乱れる。
敵機は慌てて発砲し返してきたが、撃墜された『共和国』側の機体は運の悪い1機にとどまった。残りは小隊または分隊ごとに散開して、ばらばらになった敵機への攻撃を開始する。
少なくとも今の所は、『共和国』側の事前の予想通りに事は進んでいた。
エルシーとアリシアもまた、敵編隊の内部に突入していった。外周部にいた対空装備機が泡を食ったように変針するが、加速性能ではPA-27の方が上である。
2機は追撃してくるバラグーダを悠々と振り切ると、編隊中央部の対艦装備機を射程に収めた。
最初にアリシア機がPA-27の設計者をして「設計上は可能だが、現実的に可能だとは思っていなかった」と言わしめた急機動を行い、敵の編隊を混乱させる。
1機、2機とバラグーダが被弾し、生き残った機の一部は引き返す動きを見せ始めた。丁度、エルシー機の機銃の射界にも、押し出されるように2機のバラグーダが現れる。
エルシーは素早く引き金を引いた。対艦装備の機体とは言え機銃を積んでおり、反撃を食らう前に確実に仕留めなければならないのだ。
突然の攻撃を受けた2機はエルシー機に撃ち返す暇もなく火球に変わった。
続いてアジャンクールから、エルシー機自身が敵機に狙われているという報告が入る。エルシー機は素早く乗機を急旋回させ、その機を逆にアリシア機の機銃の射程内に誘い込んだ。
アリシア機の機銃が一閃し、バラグーダが光の球に変わったのはその直後だった。恐らく狙われているという自覚もなく、エルシーを狙っていたバラグーダは撃ち落とされたのだ。
「っと!」
エルシーは声を上げた。敵機を撃墜した直後、母艦からの通信が途絶えたことを示す電子音がコクピット内に鳴り響いたのだ。
敵味方の被撃墜機に由来する金属片と電磁波のせいで、通信が遮断されたのか、あるいは……
「アリシア、あいつを狙った方がいいわ」
モニターの片隅に映ったものを見て、エルシーは相方に呼びかけた。敵機の中に対空装備でも対艦装備でもない機体、多数のアンテナを生やしてのろのろと飛ぶ不格好な飛行機が混ざっている。
その姿は、『共和国』のRE-26やRE-27といった偵察機によく似ていた。おそらくあの機体が、味方の通信を妨害している。エルシーはそう判断したのだ。
だがアリシアからの返事は無かった。どうも機体相互の通信まで不可能になったらしい。
やむなくエルシーは単独で、その機体に向かっていった。
周囲には4機のバラグーダが護衛についていて数としては不利だが、PA-27の性能はバラグーダを上回っている。そこに賭けるつもりだった。
エルシーの目的に気付いたらしく、4機のバラグーダのうち2機が向かってくる。もう少しで敵機の機銃の射程に入らんとするところで、エルシーはPA-27を急加速させた。
慌てたように放たれた敵の銃火は、全てエルシー機の後方を貫いた。
バラグーダはこれまでの『連合』軍主力機だったスピアフィッシュよりずっと高い加速性能を持つが、PA-27の加速性能はさらに高い。
自らと同程度の性能の敵機を撃ち落とすために設計されたバラグーダの射撃指揮装置は、PA-27を追いきれなかったのだ。
敵護衛機の射撃を容易く回避しながら、エルシー機は敵電子戦機とみられる機体に照準を合わせた。アンテナとレーダーポッドを大量に生やした特異な形状の機体が、モニターの中で膨れ上がる。
異形の機体は逃れようとしたが、その動きは悲しくなる程鈍かった。
失敗作扱いだった機体を改造した『共和国』のRE-26程酷くはないにせよ、大量の電子装備を積んだ3座機の運動性はいくら設計を工夫しても良好にはなり得ない。ましてや両軍を通じて最強の戦闘機であるPA-27の攻撃を回避できるはずが無いのだ。
エルシーが抵抗してこない(と言うよりも不可能な)相手を撃つ事に若干の罪悪感を感じる間もなく、『連合』軍の電子戦機は分解していった。
なおこの機体は後に、バラグーダ複座型を3座に改装して本格的な偵察機としたもので、『連合』軍内ではタイルフィッシュと呼ばれている事が判明する。
先代のスキップジャック電子偵察機よりはずっと高性能な機体だったが、対空装備の戦闘機に対抗できるほどの機動性は持ち得なかった。
いずれにせよ、敵電子戦機が撃墜された途端、通信は回復した。モニターには先ほど消えていた数多の情報が再び表示され、他の機との交信も通常に戻る。
「エルシー、エルシー、返事して!」
すぐさま入ってきたのは、アリシアの声だった。珍しく慌てているような口調だ。
「わ、私は大丈夫よ。アリシアの方は?」
「あたしも大丈夫」
安堵したような口調でアリシアが返答する。どうやら自分とはぐれたエルシーを心配していたらしい。
2人が合流した時には、既に戦闘は終わりかけていた。撃墜された戦闘機の破片がそこら中に散らばり、『連合』軍の戦闘機隊がミサイルを捨てて母艦に逃げ戻っている。
レーダーからの情報を見ると、彼女たちの機体の周囲は、撃墜された敵機を示す反応で埋め尽くされていた。
そして他の大隊の担当宙域を含めた空戦全体の結果も、ほぼ同じようなものだった。
『共和国』軍の被害は85機、対する『連合』軍は362機を失っている。『共和国』側は数で1:2の劣勢にあり、機体の大半が旧式のPA-25であった事を考えれば、驚くべき戦果だ。
軍艦による航空隊の統制が行われた史上初めての空戦は、このようにして幕を閉じた。




