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フルングニル再戦ー1

 惑星ファブニルは、1年半前のファブニル星域会戦の時をも超える賑わいを見せていた。青とも緑とも付かない微妙な輝きを放つ惑星の外周部に、『共和国』宇宙軍の巨大な艦隊が集結していたのだ。

 戦闘艦艇だけでも2000隻近くに上り、輸送船を加えればその4倍以上、単純な合計で言えば、『共和国』軍創設以来最大の艦隊だった。

 


 基地の要員たちが感嘆の表情を浮かべる中、計10000隻近い艦船は次々にファブニルを出ていった。

 戦闘艦の大部分は開戦以来のクロノス級戦艦、エレキシュガル級空母、クレシー級巡洋艦、パラス級駆逐艦などだが、一部に新顔が混ざっている。

 

 まず第1艦隊と第2艦隊には、それぞれ10隻のウルスラグナ級戦艦がいて、その巨体を誇示している。惑星スレイブニルを巡る戦いで奮戦した同級は、今回の作戦の切り札として期待されていた。

 また両艦隊の本隊後方では、エレキシュガル級空母よりやや大きく、多数のカタパルトを持つ空母が6隻ずつ進んでいるのが見える。ウルスラグナ級にやや遅れて就役し始めた新鋭空母、セクメト級である。

 

 


 巡洋艦や駆逐艦にも、よく見ると新顔が混ざっていた。

 

 セクメト級を護衛する巡洋艦はクレシー級やアクティウム級に似ているが、より直線的で量産に向きそうなデザインになっている。

 4か月ほど前から就役し始めたブレンハイム級巡洋艦、対艦攻撃力ではアクティウム級と大差ないが、対空火力と量産性が向上した艦である。その隣には、同様の特徴を持つコロニス級駆逐艦の姿も見える。


 『ヴィマーナ』と名付けられた今回の作戦は『共和国』軍にとって、フルングニル星域会戦以来初となる複数の艦隊群による行動となる。それは同時に『共和国』宇宙軍新造艦のお披露目ともなっているのだった。

 なお表面からは見えないが、各空母にはこれまでのPA-25戦闘機に混ざって、PA-27戦闘機が試験的に搭載されている。合計600機のPA-27は、予想される大規模空襲に対しての切り札だった。

 


 

 そんな中でひときわ異彩を放つ部隊がいる。輸送船団の真後ろと言う最も攻撃を受けやすい位置に配置されたその部隊は、全ての艦が真っ白に塗装されていたのだ。

 

 露骨に囮扱いされていると思しきその部隊で、これまた異例の若く美しい女性司令官がぼやいた。

 

 「こんな冗談みたいな作戦が採用されてしまうとはね。我が国に亡命してきた人たちも気の毒な事ね」

 

 『共和国』宇宙軍の外人部隊である白衛艦隊を指揮するリコリス・エイブリング少将は、自らの部下の不幸、ついでに国の不幸を嘆いた。

 軍艦と輸送艦艇合わせて9000隻以上を投入する今回の作戦は、巨大な兵力投入に見合わない些末な弥縫策でしかなく、勝っても負けても損失が大きくなり過ぎると判断していたのだ。

 


 「でも、地上軍を救うためには、我々宇宙軍が危険を冒す事も必要じゃないんですか?」

 

 開戦以来リコリスの副官を務めるリーズ・セリエール中尉はそう反論した。

 今回宇宙軍が出撃する目的は、敵中に取り残された地上軍の救出と聞いている。それを堂々と非難するリコリスは、いささか両軍の協調と言う視点に欠けると感じたのだ。

 

 「どうかしらね。戦争のこれからの局面に重要なのは、明らかに宇宙軍の方よ。もちろんこう感じるのは、私が宇宙軍の人間だからかも知れないけど」

 

 リコリスは冷徹な口調でそう答えた。

 戦争遂行上重要な方を維持するために、重要でない方を犠牲にするのはある程度やむを得ない。ましてや自らの部下を地上軍の為に進んで犠牲にする気にはなれない。そんな思考がほの見える。

 

 リーズは口ごもった。自分が直率する部下には優しい所を見せるリコリスだが、決して普遍的な戦友愛の持ち主ではない。今更ながらに、その事を思い知らされたのだ。

 


 「それにこの大袈裟な艦隊の大部分は、地上軍の重装備の回収に加えて『連合』の資源を持ち去るために準備されたものよ。私なら、軍艦と高速輸送艦だけで艦隊を編成して、人員だけを救出する」

 「なるほど、司令官は略奪を目的とするような作戦には反対なんですね。あれ? でも、この間の作戦では……」

 

 感心と同時に混乱しかけたリーズの言葉をリコリスが遮った。

 

 「別に道義的な糾弾をしたい訳ではないわ。ただ、作戦のリスクとリターンが釣り合わないと言っているだけよ。鈍重な輸送船の群れを護衛しながら進むのは、敵の戦力を考えれば危険が大きすぎる」




 






 「史上最低最悪の利敵行為」、宇宙軍主席参謀のノーマン・コリンズ少将は、『共和国』軍の『ヴィマーナ』作戦をそう呼んだと言う。

 それについて上官に質問したリーズ・セリエール中尉にリコリス・エイブリング少将はこう答えた。

 

 「確かにコリンズ少将の言う通り。不愉快極まりないけどね」。

 

 そしてそれでも、『ヴィマーナ』作戦は発動された。宇宙軍と地上軍の友好関係の為に。

 

 

 

 『連合』軍が『紅炎』作戦と『黒点』作戦を発動した後、『共和国』軍の選択肢は2つあった。

 スレイブニル再占領を目指す『グングニル』作戦か、ゲリュオンを足場として惑星ユトムンダス占領を目指す『デュランダル』作戦か。

 

 悩んだ挙句に『共和国』は両者の悪い所取りを選んだ。実際の『ヴィマーナ』作戦の内容を見た後世の史家はこう嘲笑した。

 

 だがこれは言ってみれば後知恵に過ぎない。『ヴィマーナ』が何故発動されたかを見るには、当時『共和国』が置かれていた軍事的な状況を精査する必要がある。

 


 『連合』軍が発動させた『紅炎』・『黒点』作戦によって、『共和国』軍は2つの不安定な戦線を抱える事になった。

 

 まずファブニルーフルングニル軸ではフルングニルに孤立した守備隊800万が、全滅の危機に瀕していた。

 有人惑星とは地球時代の海空戦になぞらえて言えば、大海に浮かぶ島のようなものだ。そして補給線を切断された孤島の守備隊は長い目で見れば生存できないというのは、地球時代から綿々と続く法則である。

 

 次にフレズベルクーゲリュオン軸では、『共和国』の重要な工業地帯のうち一つが惑星ユトムンダスの『連合』軍巨大基地によって脅かされていた。

 第1艦隊群の投入によって一旦はフレズベルクを死守した『共和国』軍だが、いつ再侵攻が行われるかは予断を許さない状況にあった。

 


 この状況の中で、宇宙軍司令官のベルツ元帥はユトムンダス攻略作戦、暗号名称『デュランダル』を主張した。

 ユトムンダスの基地を放置しておけば、『共和国』は国力に優る相手との二正面作戦を強いられる。

 そのような事態を防ぐためには、『連合』軍がゲリュオンへの再侵攻と、同惑星の本格的な基地化・要塞化を行う前に根拠地を潰す必要がある。これが宇宙軍の見解だった。

 

 

 一方で地上軍司令官のケムラー元帥は、『デュランダル』に反対した。ユトムンダスを攻略するための地上軍が無いというのだ。

 確かに一理あった。『共和国』国内にはまだ1500万の地上軍予備兵力があったが、これらをユトムンダス攻略に用いれば、『共和国』の国内は全くの無防備になってしまう。

 

 さらにケムラーは、地上軍800万が敵中に孤立したのは宇宙軍の責任だとして、その事実を当てこすった。

 第1艦隊群をフレズベルク防衛のために派遣したせいでスレイブニルが無防備になり、同惑星の守備隊及びフルングニルの守備隊が危機に陥ったというのだ。

 作戦会議の場で持ち出すことの是非はともかくとして、おおむね真実であることは宇宙軍も認めざるを得なかった。

 


 一しきり宇宙軍の失態を指摘した後、ケムラーはスレイブニルの奪回作戦、暗号名称『グングニル』を提案した。

 ケムラーによると、『グングニル』の利点は2つあった。

 まずファブニルーフルングニル間の航路を回復する事で、孤立した守備隊と連絡を付ける事が出来る事。

 もう1つは、ファブニルーフルングニル軸を再奪回すれば、『連合』軍の反攻作戦以来遠のいていたリントヴルム攻略再開の見込みが立つことだった。

 


 対する宇宙軍はもちろん、『グングニル』の欠点を指摘した。

 

 まずスレイブニルには既に500万以上の『連合』地上軍が降下したとみられており、そのような惑星の攻略にはフルングニルにおける地上戦の戦訓から見て、多大な時間がかかる。

 その隙にユトムンダスの『連合』軍が動き出す可能性は大である。

 

 さらに言えば、スレイブニル再攻略が無事に成功したところで、『連合』国内に脆弱な突出部が再び出来上がるだけだ。

 既に戦争開始前より巨大化している『連合』宇宙軍を相手に、突出部を防衛できる保証はどこにもない。ましてやリントヴルム攻略等、現在の両軍戦力比から見て論外である。


 地上軍がフルングニルの早期攻略に失敗して『連合』宇宙軍の再建を許した時点で、戦争勝利の芽は断たれた。これからの戦略としては、旧ゴルディエフ軍閥領で『連合』軍を迎撃し続け、彼らの戦争資源を消耗させて講和に結び付けるしかない。それが宇宙軍の意見だった。

 



 地上軍が宇宙軍を敗北主義者呼ばわりし、宇宙軍が地上軍を夢想家呼ばわりする泥仕合が延々と続いた後、両者の折衷案のような作戦、暗号名称『ヴィマーナ』が採用された。


 『ヴィマーナ』作戦は基本的に『グングニル』の焼き直しであるが、スレイブニル再攻略は行わない。代わりに宇宙軍のほぼ全力を以て惑星フルングニルに進出、同地の守備隊を救出する。

 その後はフルングニルから持ち出せるだけの資源と生産設備を奪ってファブニルに撤退し、戦線を縮小して守りを固める。これが『ヴィマーナ』の骨子である。

 


 『ヴィマーナ』作戦はある意味、両軍に平等に報いた。フルングニルからの撤退は宇宙軍にとっては、彼らが主張していた戦線の短縮を意味し、地上軍にとっては全滅に瀕している部隊の救出を意味したのだ。

 どちらかというと地上軍側の主張に立った作戦ではあったが、守備隊を救出して予備兵力を確保する事は、『デュランダル』作戦再開につながるため、宇宙軍としても概ね満足だった。

 

 


 だが重大な問題があった。『ヴィマーナ』は『デュランダル』や『グングニル』より遥かに大量の船舶を必要とし、『共和国』軍の兵站能力に負担をかけたのだ。


 最初に提案された2つの作戦では、宇宙軍は基本的に駆逐艦の航続距離圏内の惑星まで進めばいい。対してファブニルースレイブニル間の距離は、巡洋艦でも往復できない程長いのだ。

 このため作戦に使用される10個艦隊を動かすには、それだけで補給部隊及び「補給部隊のための補給部隊」さえ必要とした。

 加えて『ヴィマーナ』では800万の兵士と彼らの装備を一気に輸送するのみならず、フルングニルの工場設備や食料、原材料、労働力のうち確保できるもの全てを持ち去る事が計画されていた。


 これら全ての輸送に必要な宇宙軍兵力を合わせると、10個艦隊1900隻(編成上は2500隻近くになるが、この時期の『共和国』宇宙軍は大幅に定数割れしていた)に加えて、8000隻を超える輸送船舶が必要だったのだ。

 なおこの数は、宇宙軍が保有する輸送船の半数強に当たり、他の方面での作戦や国内の資源輸送に重大な影響が出るのは確実だった。

 


 『ヴィマーナ』作戦の政治的・軍事的必要に鑑みて、8000隻の輸送船は何とか確保された。だがベルツ元帥を始めとする宇宙軍司令部は、もう一つの難題に直面していた。輸送船を守り切れるかだ。

 

 作戦の阻止に向かってくると思われる『連合』宇宙軍の戦力は10個艦隊から12個艦隊、数にして2500隻から3000隻に上るとみられる。開戦以来証明されている『共和国』宇宙軍の戦術能力を以てしても、勝てるかどうかは微妙な数だ。

 しかも『共和国』宇宙軍は鈍重な輸送船の大群を守りながら、最近質的にも大幅な改善を見せている『連合』宇宙軍と戦わなければならないのだ。

 


 それでも一部を除いて宇宙軍将兵の士気は高かった。彼らには開戦以来、相互の兵力差が大きすぎた一部の例外を除いて、『連合』宇宙軍に勝ち続けてきたという自負がある。


 迎え撃ってくるフルングニルの『連合』宇宙軍を徹底的に撃破し、戦争の帰趨を今一度こちらに傾けてやる。『共和国』宇宙軍の将兵はそう考えていた。


 










 「宇宙軍が助けに来てくれるらしい」、部隊内に広まり始めたその噂を、『共和国』地上軍第241師団に属するアンドレイ・コストフ准尉は当初一笑に付していた。絶望的な状況から目をそらすための希望的観測としか思えなかったのだ。

 

 惑星フルングニルの『共和国』地上軍は瀕死の状態にあった。

 降下してきた『連合』地上軍は、宙兵部隊による重要拠点の電撃的制圧、宇宙軍と地上軍が一体となった立体攻撃という、現在の『共和国』軍には到底実行不可能な戦術を用いて、薄く展開していた『共和国』軍守備隊を短時間で分断・殲滅していったのだ。

 

 900万人近くいた守備隊のうち、現在生き残っているのは推定700万前後。しかも各部隊は『連合』地上軍の猛攻を受けて人口希薄地帯に押し込められ、武器弾薬どころか食料の調達も出来なくなっている。

 このままでは早晩、全部隊が戦死ないし降伏の運命に追い込まれるのは明らかだった。

 


 コストフが属する第241師団もまた、『連合』地上軍の猛攻を受けて崩壊した部隊の一つだった。

 師団司令部が宙兵部隊の急襲を受けて師団長が戦死した後、降下してきた『連合』地上軍本隊によって2方向から攻撃を受けたのだ。

 指揮系統が混乱していた第241師団は優勢な敵の攻撃を受けて完全に崩壊し、現在コストフ達がいる森林地帯に向かって散り散りに潰走した。

 



 「宇宙軍は助けに来られない」、コストフは内心そう思っていた。

 

 『連合』宇宙軍は自由にフルングニルに地上部隊を送り込み、『共和国』側の施設に宇宙から好き放題爆弾の雨を降らせている。

 つまり、現在フルングニル周辺の制宙権は完全に『連合』軍のものだという事になる。そしてそれが暗示するのは、『共和国』宇宙軍の敗北だった。

 


 「まあ連中が奇跡を期待するのは無理もない」

 

 見張りに立っている5人の部下に聞こえない程度の小声で、コストフは呟いた。

 準士官たる者、部下の兵を不安がらせるような事を言うべきではないのは承知している。だからコストフは宇宙軍による救援と言う噂を肯定しなかったが、表立っての否定もしなかった。

 完全に希望が失われた場合、兵たちがどのような行動に出るかは予想がつかない。偽りの希望は、物資もないまま敵中に孤立しているという絶望的現実を直視しない為の必要悪だった。

 


 物資不足について補足すると、フルングニル守備隊には本来、補給無しで半年間持ちこたえられるだけの物資が供給されるはずだった。

 しかし『連合』地上軍の予想外の粘りによって大量の物資が消費されたこと、及び『連合』宇宙軍の活動による補給の遅延が原因で、確保されたのは予定の1/3以下だった。


 さらに大規模な倉庫及び輸送用のトラックの多くが、『連合』軍の空爆で破壊されるか宙兵部隊に奪われたため、現在守備隊にあるのはそのまた一部である。

 孤立した守備隊の一部では、既に飢餓が発生し始めているという話だった。

 


 第241師団の場合、食料はまだ余裕があったが、弾薬や兵器の予備部品の不足が深刻だった。

 『連合』軍が日課のように凄まじい砲爆撃を加えてくるのに対し、第241師団は狙いを定めて数発撃ち返すのが精々だ。

 

 装甲服の予備部品も不足が懸念されるため、コストフ達6人は普通の軍服を着ただけの生身で見張りに立っていた。

 敵の攻撃に対して非常に脆弱な状態だが、内蔵モーターの補助無しの装甲服を着て動けば、急速に体力を消耗して動けなくなる。熱帯気候では猶更であり、装甲服の着用中止はやむを得なかった。

 


 コストフは森林の至る所に仕掛けたカメラと集音機の情報に目を凝らしながら、水筒の中身を一口飲んだ。川で汲んだ水に殺菌剤と経口補水塩を放り込んだ代物で、酷い味だが飲めない事は無い。

 日中の平均気温が摂氏35℃を超える環境では、いかに嫌悪を覚えるような味だろうが水分補給は絶対だった。

 


 「定期便がやって来ないな」

 

 水筒をしまったコストフはふと、あることに気付いて首を傾げた。

 

 『連合』地上軍は足場を確保した後、森林地帯に逃げ込んだ第241師団に降伏を勧告するビラを撒くと同時に、瀬踏みのような攻撃を加えてきている。

 航空機や宇宙軍からの爆撃という形を取る事もあれば、小部隊が迫撃砲を撃ち込んでくることもあるが、『共和国』側はこれらをまとめて定期便と呼んでいた。

 心理作戦の一環なのか、規模は様々だが必ず毎日行われていたためだ。

 

 今日はその「定期便」が来ない。『連合』地上軍の行動らしい行動と言えば、午前中に頭上を通過していった数機の無人機だけだ。

 無人機のうち一機は『共和国』側の銃撃で撃ち落とされたが、それに対する報復も特に来なかった。

 


 ここからは2つの推測が出来る。『連合』地上軍は何らかの理由で攻撃を取りやめたか、あるいは攻撃を行えない状態にあるかだ。

 

 「友軍の反撃…か?」

 

 コストフは自分の推測を口にし、その途端に部下たちが目を輝かせるのを見て後悔した。

 うかつに余計な希望を与えると、それが裏切られた時の反作用が必ずやって来る。これでは宇宙軍の救援という噂を流した連中を笑えないと、コストフは内心で自嘲した。

 

 


 「うん?」

 

 突然、集音機を弄っていた兵が叫び声を上げた。この兵は音楽学校に通う学費を稼ぐために軍に志願したという男で、特性を活かして音響解析を任されていた。

 

 「どうした。敵か?」

 

 本日最初の「定期便」が来たのかと思い、コストフは兵に耳打ちした。

 同時に、自分が酷く落ち込んでいる事に気付いて驚いた。どうやら無意識のうちに、友軍の反撃という推測が事実であることを期待し、さらには半ば信じかけていたらしい。

 現在の戦況でそのような期待をするのは、宝くじに当たる事を願う以上に愚かしいというのに。

 

 「いえ、どうやら友軍が敵陣地を攻撃しているようです。砲撃、ないしは爆撃と思われる音が聞こえます」

 「本当か?」

 

 だがコストフは次の言葉を聞いて愕然とした。先ほど思わず口にしてしまった希望的観測は、事実だというのだろうか。

 コストフはそのまま兵からヘッドホンをひったくると耳に当てた。疲労からくる幻聴の可能性が高いが、一応確かめてみようと思ったのだ。




 「これは……もしかしたら本当に」

 

 ヘッドホンから聞こえる音に耳を澄ませたコストフは、更に驚愕して無意識に呟いた。

 兵の聞き間違いではなさそうだ。確かに『連合』地上軍の支配地域の付近に仕掛けた集音機から、これまでに無かった音が聞こえてきている。不鮮明だがどうやら爆発音と思われる轟音が引っ切り無しに響いているのだ。

 味方の攻勢と断定する事は出来ないが、少なくとも近くで戦闘が発生しているのは確実だった。

 

 

 「中隊本部には私が報告する。引き続き警戒を続けろ」

 

 ヘッドホンを投げ返すと、コストフは上層部に連絡と指示を仰ぐことにした。

 自分たちにとって吉と出るか凶と出るかは分からないが、少なくとも今までとは違う何かが、フルングニルでは起きているらしかったからだ。

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