白衛ー8
事情により、1日ずれて投稿します。これからも投稿日がずれる可能性がありますが、ご了承ください
「第二補給参謀、今から『太陽風』を実施したとして、物資は足りそうか?」
「敵地上軍の戦力が500万以下かつ敵艦隊の本格的な妨害が無いという条件なら、取りあえず橋頭堡は作れます」
グアハルドの質問を受け、降下作戦について物質面での助言を務めるロベルト・モランディ中佐がそう返答した。
第一統合艦隊、それにフルングニル方面軍を乗せた船団は余計な散歩を強いられたが、消費したのは主に艦船用燃料であり、地上軍用の物資の消費は誤差の範囲だ。
ファブニルに展開する『共和国』地上軍が予想より大規模で無い限り、『太陽風』作戦の実施は一応可能ということらしい。
(やってみるか?)
モランディ中佐の報告を聞き、グアハルドは取りあえず参謀たちに本格的な作戦計画を作らせることにした。
もちろん『太陽風』ないしはその改訂版を実施するか否かは、リントヴルムの最高司令部に諮る必要があるが、政府も嫌とは言うまい。
何といってもファブニルはこの戦争のそもそもの発端となった星であり、それを奪回した時の宣伝効果は、カトブレパス失陥という不始末を補って悠々お釣りがくる。
だがグアハルド、及び『連合』政府の皮算用は作戦計画の作成が始まってから3時間もしないうちに、思わぬところで破綻することになった。
『共和国』軍や自称正当政府が逃げ去った後の、惑星カトブレパス政務局庁舎を捜索していた内務局直轄軍が、彼らの作戦計画書を発見したと言うのだ。
「首都侵攻だと!?」
すぐさま転送されてきた作戦計画書の内容を見て、グアハルドたちは呻いた。
カトブレパスは囮であり、真の標的は『連合』首都惑星リントヴルム。『共和国』が残した計画書には確かにそう書かれていたのだ。
計画書の内容によると、今回の『共和国』軍の作戦は次のようなものだ。
まずはカトブレパスを占領して同惑星の物資を奪い、同時にスレイブニルの『連合』軍を誘い出す。その後艦隊はカトブレパスからフルングニルに移動、同惑星の『共和国』軍艦隊及び地上軍と合流する。
そして合同部隊はそのまま『連合』首都惑星リントヴルムに攻め入り、同惑星を占領して自称正当政府に引き渡すと言うのだ。
作戦計画には作戦に使用される戦力の編成表も付属していた。
『連合』からの亡命者で構成される白衛艦隊450隻、『共和国』宇宙軍第3艦隊群800隻、同第2艦隊群750隻という計2000隻の宇宙軍がリントヴルムの制宙権を確保する。
そして同じく亡命者で構成された白衛軍150万に、『共和国』地上軍第1軍集団250万、同第4軍集団300万がリントヴルムに降下し、同惑星を占領する。少なくとも編成表の上ではそうなっていた。
なお計画書の最後尾には、グアハルドたちをさらに動揺させるような記述が、ご丁寧に「戦争そのものに関わる最高度の軍事機密」として載っていた。
『共和国』軍は『紅焔』、『黒点』両作戦の内容を以前から把握しており、それに合わせた戦争計画を練っていたというのだ。
いずれ来る『連合』軍の反攻作戦によって大打撃を受けたと見せかけ、『連合』側を油断させる。そして勝ちに奢る『連合』側が戦力をファブニルに向けた隙を衝いて、リントヴルムを攻略する。
それがずっと前から練られていた『共和国』の戦争計画であり、フルングニルでの長きに渡る戦いは『連合』軍の注意を真の目的から逸らす為のものに過ぎなかった。計画書には確かにそう書かれている。
「出鱈目を並べただけです! どう考えても、『共和国』軍にこんな予備戦力などありませんし、『紅焔』や『黒点』の内容を知っていたというのも、わが軍を驚かせるためのはったりに決まっています!」
計画書を一読した第一統合艦隊作戦参謀のロジオン・ペトレンコ大佐が、憤然とした様子で言い、グアハルドは無言で頷いた。常識的にはペトレンコの主張が正しい。
編成表に記されている敵戦力は、『連合』軍統合参謀本部が予測する『共和国』軍の使用可能戦力の2倍を優に超えている。大半は紙上にしか存在しない部隊と考えるのが最も自然だ。
また『連合』軍の戦争計画の内容を把握して裏をかこうとしていたというのも、非常に控えめに言って眉唾物だ。
反攻作戦が始まる前にこの文書が発見されたのなら真剣に考慮する必要があるが、既に両作戦は発動されて成功を収めているのだ。
その後で実は意図を読んでいたというのは、ただの後出しじゃんけん、何か事件が起こった後で実は自分はこのことを予想していたと主張するインチキ予言者と同じだ。まともに取り合う必要など無い。
「こんな文書は敵の謀略に決まっています。無視してファブニルに向かうべきであると、小官は進言します」
ペトレンコ大佐は発言をそう締めくくった。
作戦計画書は政務局庁舎に「偶然」残されていたというが、『共和国』軍の最高機密がそれほど杜撰に管理されていたなど信じがたい。『連合』軍を驚かせるための偽造文書に決まっている。それがペトレンコの主張だった。
「どうですかな。宇宙軍2000隻と地上軍700万は大袈裟でも、敵がリントヴルムに向かっているという可能性については、無くはないのでは?」
ペトレンコの発言に対し、情報参謀のライオネル・アボット中佐が異議を唱えた。『連合』軍は『共和国』軍の全てを把握している訳では無い。楽観的に考えすぎるのは危険だと言いたいらしい。
「そうだとしても、別に我々がリントヴルムに向かう必要は無いだろう。リントヴルムに展開するわが軍の地上軍戦力は民兵を含めれば800万、敵地上軍がたとえ書類通りの700万でも十分に対処できる」
「その認識はどうでしょうか? 地上戦闘においては制宙権を握っている側が圧倒的に有利です。例えばわが軍は内戦の末期に、旧政府の地上軍200万がいたリントヴルムを、約120万の戦力で陥落させています」
「それは旧政府軍の士気がどん底で、情報が筒抜けだったからだ。フルングニルの戦訓を考えれば、防備を固めた惑星の攻略には守備側の1.5倍の戦力と3か月以上の時間が必要だ。そのどちらも『共和国』軍に無いものだ」
(意見が割れたか)
ペトレンコとアボットの論争を聞きながら、グアハルドは顔をしかめた。
9割以上の確率でペトレンコが正しいと、グアハルドは思っている。700万もの地上軍をリントヴルムに降下させるような輸送力など、現在の『共和国』には存在しない。その半分でも怪しいだろう。
また何かの奇跡が起きて降下を成功させても、その後の補給がまた難事だ。
ファブニルからリントヴルムへの中継地点にある惑星は、現在フルングニルを除くすべてが『連合』の手中にあるし、フルングニルの工場群は疎開したか戦闘で破壊されているかだ。
つまり『共和国』の船団は、リントヴルムへの補給にあたって中途での物資補給が一切出来ないことになる。
この状況を何とかするには、リントヴルムに続いて他の惑星への攻略作戦を実施する必要がある。しかしそんなことは『共和国』の国力を考えれば絶対に不可能だ。
「敵はリントヴルムの工場地帯を占領するかもしれません。そうなれば、彼らにとって補給の問題は解決します」
「馬鹿馬鹿しい。確かにリントヴルムの基地や軍事工廠は巨大だが、必要な資源や部品を全て自給できる訳では無い。航路を封鎖してしまえば、すぐに工場は動かなくなる」
グアハルドの考えを読んだかのようにアボットが反論し、そこにペトレンコが再反論を加える。2人の議論は、容易に決着がつきそうに無かった。
「捕虜になっていたわが軍兵士からの情報はどうだ?」
2人の議論にうんざりしたグアハルドは、取りあえずアボットに尋ねてみた。
カトブレパスの宇宙軍基地では、多数の『連合』宇宙軍将兵が『共和国』軍の捕虜となっている。彼らは何故か連れて行かれず、基地内にそのまま残されていた。
その元捕虜たちに聞けば、何か有益な情報が得られるかもしれない。グアハルドはそう思ったのだ。監視役の兵士が捕虜に自軍の情報を漏らしてしまうというのは、意外によくあることだ。
「それが、妙に矛盾しています。取りあえず多数派は、ただの政治宣伝が目的と聞かされたようです… しかし中には、そうでない者もおりまして」
アボットが続いて述べた元捕虜の供述内容に、グアハルドは再び顔をしかめることになった。
どうにも解釈しがたい情報だが、『共和国』によるリントヴルム攻略の可能性が少しだけ上がったような気もする。
「取り敢えず、フルングニルに向かってはどうでしょう?」
2人の議論を聞いていたモランディ第二補給参謀が、グアハルドと同じくうんざりしたように提案した。
敵の作戦計画書が本物であるか偽装であるかは不明だが、取り敢えず確実なのはリントヴルムに向かうにはフルングニルに寄らなければならないことだ。
そのフルングニルさえ押さえてしまえば、敵のリントヴルム攻撃と言う万一の可能性は完全に阻止できる。
「それでいくか」
グアハルドはモランディの案を採用した。
純軍事的に考えれば、ペトレンコの主張に従ってファブニルに向かうべきだが、問題は政治的な事情だ。
『共和国』軍はリントヴルムを占領することは無くとも、攻撃を企んではいるのではないか。グアハルドはそう疑っていた。
現在、『連合』宇宙軍の主力は『紅焔』、『黒点』の両作戦に投入され、残りは国境の監視についている。
首都惑星リントヴルムにいるのは訓練未了の1個艦隊のみであり、ある程度の規模の『共和国』軍艦隊が現れれば、リントヴルムの制宙権は容易に奪取されてしまうのだ。
無論、それだけでリントヴルムは落とせない。ペトレンコの言う通り、リントヴルムには800万の地上軍がいる。
それを制圧するには最低1200万の地上軍が必要だが、『共和国』にそんな数の地上軍をリントヴルムに輸送するような兵站能力など無いのだ。
もしあれば、フルングニルを巡る戦いはとっくに『共和国』勝利でけりがつき、『連合』軍の反攻作戦が行われることも無かっただろう。
しかし問題なのは、リントヴルムの「攻略」は不可能でも「攻撃」なら可能であることだ。
制宙権さえ確保しておけば揚陸艦から爆撃を行うことは容易だし、未帰還を覚悟するなら地上軍を降下させることも可能だ。
そして『共和国』はカトブレパスからの放送で見せた「正当政府」とやらを、リントヴルムに降ろすつもりでは無いのか。グアハルドはそう疑っていた。
もしリントヴルムが一時的にでも『共和国』地上軍の侵入を受け、そこに旧政府を名乗る集団が現れれば、新政府の面目は丸潰れになる。
救世教政権など、所詮は『大内戦』の時に現れた時と同じで、政変に乗じて出現した仇花に過ぎない。諸外国はそう考え、今にも増して『共和国』寄りの姿勢を強めるだろう。
それを防ぐには、カトブレパスを出て行った『共和国』軍を追って、彼らの目的地であるフルングニルに向かうしかない。
同惑星の『共和国』軍艦隊にリントヴルムに向かうための燃料を供給し、さらに地上軍を揚陸艦に積み込むのに最低でも3日はかかる。
『連合』軍はその間にフルングニルに辿り着き、『共和国』軍を撃破できるはずだった。
かくしてグアハルドが指揮する戦闘艦艇2100隻と輸送艦船多数はファブニル攻略を停止、一路フルングニルに向かった。
この機動は後に「『連合』宇宙軍の大散歩」と嘲笑されるが、当事者たちはそんなことを知る由も無かった。
グアハルド大将がフルングニルに向かった1日後、『共和国』宇宙軍はその姿を現していた。フルングニルでも、もちろんリントヴルムでも無い場所、惑星スレイブニルにである。
レナト・モンタルバン『共和国』第2艦隊群司令官は、目の前の光景に目を丸くしていた。『連合』宇宙軍がいない。正確には多少の哨戒艦艇が残っていたらしいが、それらは既に逃亡している。
現在スレイブニルの軌道上に存在するのは『共和国』の艦隊と船団だけだ。船団の中に含まれている揚陸艦部隊は現在、スレイブニルに残存する『共和国』地上軍部隊の生き残りを回収していた。
なおこの救援作戦において脱出する地上軍は小銃や装甲服まで含む装備を全て放棄し、身一つで大気往還艇に乗り込んでいる。
2個軍集団分の物資を捨てるのは非常に惜しいが、大気往還艇の数が十分でない以上やむを得なかったのだ。
そして脱出した地上軍、及び第2艦隊群の所属艦は船団から大量の物資を受け取り、力を取り戻しつつあった。
特に生鮮食料品は、将兵を喜ばせた。スレイブニル失陥によって艦隊の食糧事情は大きく悪化し、1日に缶詰1つなどという状態も珍しくなかったからだ。
「本当に、助けに来てくれるとは」
モンタルバンはそう言うと、第3艦隊群臨時司令官のエゴール・コヴァレフスキー中将に頭を下げた。階級はモンタルバンの方が1つ上だが、感謝の意を示すに躊躇いは無い。
コヴァレフスキーの部隊は見事に、絶望的な状況に追い込まれていた第2艦隊群を救ってくれたのだから。
スレイブニルで第3艦隊群の分遣隊が敗走したという知らせを聞いたとき、第2艦隊群の将兵たちは自らの運命もまた決まったと思った。
スレイブニルは第2艦隊群が展開していたフルングニルへの補給の要であり、失われれば第2艦隊群への補給が著しく困難になることが目に見えていたからだ。
これ以上の出血を防ぐため、自分たちは地上軍もろとも見捨てられるのではないか。第2艦隊群将兵はそう思い、『連合』の捕虜収容所での生活を陰気な顔で予想していた。
だから宇宙軍司令部から、スレイブニルで第3艦隊群と合流し、そこで補給物資を受け取れという指示を受けた時、第2艦隊群司令部はその真意を疑った。
確かに第2艦隊群には、『共和国』側策源地のファブニルではなく、スレイブニルになら向かえる程度の物資なら残っている。
しかしそのスレイブニルは現在、『連合』軍の艦隊が展開しているのだ。そんな場所で物資の補給など、正気の沙汰とは思えない。
また第3艦隊群と合流しろというが、その第3艦隊群はスレイブニルで大損害を受け、戦力は書類上の数値の1/4にも満たないはずだ。
そこに第2艦隊群の750隻を加えても、合計は1000隻強。2000を超える『連合』宇宙軍に勝てる道理がない。
スレイブニルに移動しろという命令の真意は、敵のファブニル侵攻を遅延させるための陽動兼時間稼ぎではないか。かくして命令の内容が知られるや否や、第2艦隊群の内部ではそんな噂が立ち込めた。
このままでは第2艦隊群は、物資の欠乏で朽ち果てるだけだ。
どうせ失われるならいっそ、スレイブニルの『連合』宇宙軍に特攻させて少しでも時間を稼ぎ、ファブニルの防備を固める。それが宇宙軍司令部の真の目的ではないか。そうした推測が部隊全体に立ち込め、将兵の士気を低下させたのだ。
だが今、第3艦隊群と輸送船団は約束通り、スレイブニルで第2艦隊群に物資を供給してくれていた。
宇宙軍司令部と第3艦隊群は、敵中に孤立した第2艦隊群を見捨てなかった。その事実は将兵に驚愕と感動の両方を与えていた。
「それにしても、『連合』宇宙軍はどこに行ったのだ?」
感激しながらも、モンタルバンは疑問も抱いた。
スレイブニルには2400隻の『連合』軍艦が来寇したという報告がある。その後の戦闘で失われた分を除いでも2000隻以上になるはずだ。彼らの姿が見えないのは何故だろうか。
「『連合』軍ならフルングニルに行きましたよ。わが軍の策略に騙されて」
コヴァレフスキー中将は人の悪そうな笑みを浮かべると、今回の『共和国』軍の作戦について説明した。
まずは警戒が手薄な惑星カトブレパスの宇宙軍基地を占領、基地に蓄積された物資を奪うとともに政治宣伝を行う。当然そうすれば、スレイブニルの敵艦隊はカトブレパスに向かってくるはずだ。
敵艦隊が圧倒的な戦力で現れる前に、『共和国』軍はカトブレパスから撤退する。ただし、ただ逃げるのではなく置き土産を残しておく。
「『共和国』の真の目標は『連合』首都惑星リントヴルム」、そう書かれた作戦計画書を遺棄していくのだ。
それだけで『連合』軍がリントヴルムやフルングニルに向かってくれるとは限らないが、『共和国』側は更なる仕掛けを用意していた。『連合』の捕虜たちに、2つの矛盾した情報を流したのだ。
即ち、「『共和国』軍はこのままファブニルに撤退する」という情報と、「『共和国』軍はリントヴルムに向かう」という情報を。
どちらか1つだけならただの偽装情報と判断されるだろう。しかし2つを同時に流せばどうなるか。慎重な人間ほど、疑心暗鬼に陥ってしまう。
相反する2つの情報が与えられると、人間はそのどちらか、または中間が正解だと考える傾向がある。2つの情報のさらに外側に正解があると考える者は少ない。
疑心暗鬼に陥った『連合』軍指揮官はこう考えるはずだ。カトブレパスに現れた『共和国』軍はファブニルに向かって撤退するか、リントヴルム攻略を試みるかのどちらかであると。
そして人間の習性として、どちらに決めるべきか分からない時はハイリスクハイリターンの選択肢より、ローリスクローリターンの選択肢を選ぶ。
この場合、ファブニル攻略作戦を行うのがハイリスクハイリターンの選択肢。フルングニルに急行することで『共和国』のリントヴルム攻略を阻止するのがローリスクローリターンの選択肢だ。
前者を選べば戦局を一気に『連合』優位にできる一方、首都惑星陥落のリスクがある。一方後者を選べば、その万一の危機は回避できるからだ。そして案の定、敵は後者を選んだ。
こうした情報操作によって、『共和国』軍は『連合』軍を惑星フルングニルに誘引することに成功。ファブニル陥落を回避するとともに第2艦隊群を救い出すことに成功したらしい。
「私ではなく部下の発案ですが」、コヴァレフスキーは最後にそう付け加えた。その言葉にモンタルバンは頷いた。コヴァレフスキーは優秀な艦隊指揮官だが、このような奇策を考え出すタイプの人間ではない。
「優秀な部下か。羨ましい限りだな」
「ああ、能力的にはすこぶる有能です。扱いに困ることも多いですが」
コヴァレフスキーが苦笑する。その言葉でモンタルバンは、今回の作戦を考え出した人物の正体を察した。何かと議論を呼んでいる白衛艦隊の、何かと議論を呼ぶ司令官だ。
彼女が1個艦隊群を救うことになるとは、殆ど笑いたくなるような事態だった。
フェルナン・グアハルド大将はその頃、『共和国』宇宙軍の姿が完全に消えた惑星フルングニルを見て、全身の血液が沸騰しそうなほどの怒りと屈辱を覚えていた。
自分たちが最初から最後まで、『共和国』軍の手の中で踊っていたことに気付いたのだ。
「スレイブニルより入電です。同惑星に出現した『共和国』宇宙軍は地上軍を回収後、惑星ファブニルに向かって撤退を始めたようです…」
旗艦エニセイの通信科員が、非常に躊躇いがちに報告する。グアハルドの怒りが自分に向けられることを恐れているようだ。
「了解した。我々もスレイブニルに戻ることにしよう」
努めて怒りを押し殺しながら、グアハルドはそう答えた。
敵の罠に嵌められた愚か者という汚名は既に着た。この上、罪もない部下に当たり散らす卑怯者になるつもりは無かった。
「このまま帰るのは如何なものでしょうか?」
それに対し、作戦参謀のロジオン・ペトレンコ大佐が意見を唱えた。
「何か案があるのかね?」
「連れてきた地上軍をフルングニルに降下させてはどうでしょうか? もともと、その予定でしたし」
ペトレンコの積極論を聞いたグアハルドはしばらく考え込んだ。
確かに第一統合艦隊には、地上軍を輸送する船団が同行している。敵が思わぬ惑星の攻略を試みた場合の保険だが、フルングニルの奪回にもそのまま転用できる。
「それはどうでしょうか? フルングニルには推定600万から900万の『共和国』地上軍がいるのですよ。対して連れてきた地上軍の数は400万。戦力的には不利に過ぎます」
情報参謀のライオネル・アボット中佐が異議を唱える。彼の言う通り、フルングニルを完全に奪還するには、地上軍戦力が不足していることは否めない。
「900万と言うが、補給が不足した900万だ。わが軍には制宙権があり、軍艦からの支援も可能だ。一概に不利とは言えないと思うが」
ペトレンコが再反論した。地上戦の成否は、結局のところどちらが制宙権を持っているかで決まる。それがペトレンコの持論らしい。
グアハルドは2人の主張を比較衡量した。こちらの地上軍戦力が半分以下しかないという点で、アボットの意見は正しい。
しかし一方で、ペトレンコの意見にも抗いがたい魅力を感じる。このまま帰ったのでは、『連合』軍は本当に散歩を楽しんだだけになってしまうのだ。
「大気往還偵察機を飛ばして『共和国』地上軍の状況を確認することにしよう」
グアハルドは取りあえずそう言った。幸い、時間はたっぷりある。即決の必要は無い。
やがて偵察機から送られてきた情報を見て、グアハルドは会心の笑みを浮かべていた。これならやれる。




