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白衛ー7

 いやリコリスにも、従軍記者が群がって来る原因は薄々分かっていた。恐らく政府の対外政策の都合である。


 スレイブニルを奪還された後の『共和国』は、一挙に不利になった戦局を覆すために対外宣伝活動に力を入れている。

 対『連合』戦争を「救世教の無知と野蛮から人類の文明を防衛する為の聖戦」と呼び、諸外国に向かって参加を呼び掛けると共に義勇軍を募っているのだ。


 特に義勇軍の招集には力を入れており、『連合』の現政権に反感を持つ国(つまり殆ど全ての国)の軍から秘密裏に入隊と兵器の提供を受け付けていた。

 『連合』と直接戦うのは拒否するが、『共和国』の戦争遂行は支援する。今回の戦争について、そのような立場を取る国はかなり多いのだ。

 


 そして白衛艦隊は非『共和国』人が大多数を占める初めての『共和国』軍部隊であり、ある意味では最初の反救世教義勇軍だ。

 国策で来ている従軍記者たちが、その司令官であるリコリスに取材を試みるのも当然なのだった。

 


 「司令官は作戦計画の作成でお忙しいので、取材は控えてください。軍機に触れない範囲の情報提供については、本官が担当します」

 

 事態に気づいて部屋に入ってきた副官のリーズが助け舟を出し、リコリスはやや罪悪感を覚えながらも胸をなで下ろした。『連合』軍と従軍記者との2正面戦争など御免である。

 

 (さてと、後は敵が上手く踊ってくれるかね)

 

 従軍記者が戦闘指揮所から追放されたのを確認すると、リコリスはこれからの作戦行動について考え込んだ。

 優れた奇術師は助手のみならず疑いの目で見ている観客をも、知らぬ間に自らの行動に協力させることで奇跡を演出する。今回の救出作戦において、『共和国』軍はその奇術師を演じてみせる必要があった。












 惑星スレイブニルの『共和国』地上軍は瀕死の状態にあった。最大の防衛拠点であったニコマコス市は激戦の末に陥落し、守備隊は同市の土と化すか『連合』軍の捕虜収容所にいる。 

 これを皮切りに主要都市の7割が今や『連合』軍の支配下にあり、『共和国』軍の支配地域は『連合』の大海に浮かぶ小さな島に過ぎない状態となっていた。

 


 制宙権と制空権を完全に『連合』側に握られていたことを考えれば、『共和国』地上軍は善戦したと言っても良い。

 『共和国』地上軍は死傷捕虜250万と引き換えに、『連合』地上軍に推定400万の被害を与えており、単純な損失比では勝っているのだ。

 最初から野戦を放棄して都市部に全戦力を集中、空軍力を生かしにくい市街戦に持ち込んだ成果である。

 


 だが善戦とは結局のところ、敗北の同義語に他ならない。損失比がどうであれ、『連合』軍が惑星スレイブニルを制圧しつつあり、『共和国』軍は全滅への道を進んでいるという事実に変わりは無かった。

 

 この日の攻防もまた、『共和国』軍にとってはもはや避けがたい運命の歯車を進めようとしていた。

 惑星スレイブニルの工業都市の1つであり、『共和国』側の武器生産拠点となっているタレス市に、『連合』地上軍が大攻勢を開始したのだ。

 





 まず始まったのは航空隊による地中貫通爆弾の連打だった。

 敵味方が近接して戦う市街戦では友軍を爆撃に巻き込む危険が高く、近接航空支援は困難だ。また都市を下手に爆撃して破壊すると瓦礫の山が形成されて地形をますます複雑化させ、一層防御側有利の環境を作り上げてしまう。

 

 その為最近の『連合』軍は都市に地上部隊を突入させる前に航空部隊を投入、また使用する爆弾は地下設備攻撃用の地中貫通爆弾のみとしていた。

 

 大抵の都市は地上の建物に加えて巨大な地下空間を持っており、戦争においては守備隊がそこに立て籠もったり物資を蓄積したりする。

 地中貫通爆弾は本来敵の塹壕深部や要塞を破壊する為の兵器だが、都市の地下空間に潜む敵軍やその物資への攻撃にも使えるのだ。また地表では爆発しないため形成される瓦礫の量が最小限で済み、爆撃後に突入する地上部隊の邪魔にならないというメリットもあった。

 




 肉眼では航空機の姿を確認できないほどの高空から投下された地中貫通爆弾の雨は、誘導翼によって軌道を微調整しながら、タレス市全域に降り注いだ。

 

 その速度は音速を優に超えているため、落下の際の風切り音は聞こえない。ただ街の至る所に小規模な陥没のような穴が開き、金属との衝突によってコンクリートが砕ける時特有の鈍いがどこか神経を掻き毟るような音が、軍人及び逃げ遅れた民間人の鼓膜を揺るがした。

 

 

 そして数分の1秒後、タレス市全体が轟音とともに痙攣した。地中貫通爆弾が一斉に爆発し、周囲の大地そのものを揺るがした瞬間である。

 

 小規模な直下型地震に匹敵する震動によって、スラム地区に立ち並んでいた違法建築群は高層階の部分が崩れ落ち、斬首刑に処された囚人を思わせる姿を晒した。

 スラム以外の場所でも建物の窓ガラスは纏めて砕け散り、商業施設表面の装飾は地上に落下している。地中貫通爆弾の遠い祖先である地球時代の兵器の俗称は「地震爆弾」だったが、まさにその名に相応しい光景である。

 



 しかし本当の惨劇は地上ではなく地下で発生していた。

 軍事基地に改装された区画も民間人の避難場所も区別せずに爆発した地中貫通爆弾は、その衝撃によって地下街に存在するあらゆるものを粉砕したのだ。



 爆弾が炸裂した個所では、破砕を通り越して粉末状になったコンクリートが霧のように通路と広場を舞い、歪んだ鉄骨が露出する。

 地下街にある施設は労働者階級向けの飲み屋から財閥階級向けの高級飲食店まで平等に破壊され、焼け焦げた椅子やテーブルと絵画彫刻がコンクリート片とともに散乱した。

 


 そして爆発によって破壊された物体の中には、無論人体も含まれていた。

 衝撃波を受けて装甲服の中でシェイクされた軍人の遺体が半液状化した状態で流れだし、自国軍の爆撃に巻き込まれた不運な民間人たちはただの赤黒い飛沫と化す。

 

 彼ら即死した者たちはまだ幸運であり、もっと不運な者たちの意識は破壊された肉体の中に激痛とともに幽閉された。

 装甲服のパーツが全身に食い込んだ軍人が呻き声を上げ、鉄片で衣服と全身の皮膚を引き剥がされた民間人が壊れた人体模型のような姿で助けを求めている。


 地下街の大半の場所は通路と広場の区別なく、コンクリート粉の白と破壊された人体の赤に彩られ、その中で時折鼠や昆虫たちの黒い影が走っていた。

 



 轟音と負傷者の悲鳴が収まる間もなく、次の音が聞こえてきた。金属製の百足が走るような不快な軋み音、タレス市外周部に向かって一斉に突入する『連合』軍車両の走行音である。

 

 それに対し、タレス市の内部から数えきれないほどの白煙の筋が舞い上がり、更に小さな閃光が連続して走った。

 『連合』軍が地中貫通爆弾のみを使った為、地上の施設は殆ど破壊されていない。市街地の中で偽装されていた『共和国』軍の自走砲と多連装ロケット砲は無傷で姿を現し、接近してくる車両群に向かって一斉に発砲を始めたのだ。

 


 まずは各口径の砲弾が弓なりの弾道を描いて車両群の真っただ中に落下し、轟音と破壊を撒き散らす。 

 装甲の薄い上部に直撃を受けた戦車は大破し、至近距離で爆発した砲弾によって履帯を切断された歩兵戦闘車がのた打ち回るような機動を見せた後に横転した。内部の兵員たちは何が起きたかも分からないままに爆砕されたり、車両が吹き飛ばされた衝撃で意識を失っていく。

 



 砲弾の落下が連続する中、続いて車両群の中に落ちてきたのは無数の白い煙の筋だった。最初の砲撃とともに発射されていたロケット弾の雨が追い付いてきたのだ。

 徹甲榴弾、通常榴弾、焼夷弾が入り混じった弾頭は一斉に爆発すると、車両群全体を粉塵の中に覆い隠した。薄黄色に染まった世界で赤く光っているのは、焼夷弾が直撃したことで燃えている車両の火災煙である。

 その間にも砲弾は落下を続け、一帯に人間の呼吸を不可能にするほどの量の岩石の粉を巻き上げた。

 





 だが『連合』側の反撃も既に開始されていた。後方にいた砲兵部隊の対砲兵レーダーは最初の砲弾とロケット弾が発射された時から、『共和国』軍砲兵部隊の位置を探っていた。

 そして位置が確認されるや否や、『連合』軍砲兵部隊の対砲兵射撃が始まったのだ。

 


 先ほど航空爆弾が落下したタレス市に、今度は地上部隊が放つ砲弾とロケット弾が降り注いでいく。

 その数は『共和国』軍砲兵の数倍に達していた。防御側である『共和国』軍の戦力はそれぞれの都市の守備隊の数で固定されているのに対し、攻撃側である『連合』軍は好きなだけ戦力を集めた後、戦闘に入ることができる為だ。

 空襲を避けるため移動と野戦を避け、都市に籠って戦うという『共和国』軍の戦略の弱点である。

 



 砲弾の落下により都市の全域では今度は地上爆発が発生、爆発と混乱は『共和国』軍の砲弾やロケット弾が誘爆したことで更に拡大していく。

 『連合』軍砲兵は徹甲榴弾の使用を避けたため建物の大規模な崩落は起きなかったが、通常榴弾や焼夷弾も部分的な破壊には十分すぎる威力を発揮した。


 特にスラムに林立する木造の掘っ立て小屋に落下した焼夷弾は消化不能な大火災を発生させ、移動手段を持たないために取り残されていた住民たちを業火で包み込んでいる。

 『連合』旧政府の財閥階級の一部は自領にある目障りなスラム街を火炎放射戦車で燃やしていたが、貧者の味方を自称する『連合』新政府軍もまた、結果的には同じ行為をすることになったのだった。

 




 市内に撃ち込まれる砲弾の数が増えるに従って、『共和国』軍砲兵部隊から『連合』軍車列に放たれる砲弾の数は逆に激減していった。砲が破壊されるか、指揮官の指示で発砲を中止して掩体濠に仕舞い込まれるかしたのだ。

 制空権を持たない『共和国』側にとって、砲兵は切り札だ。それを早期に消耗するわけにはいかないという判断である。

 

 だが砲撃の中止は無論、『連合』軍の進撃を止める手段が無くなったことを意味していた。

 塹壕戦においては、軽機関銃兵が敵兵の頭上に弾丸をばら撒くことで反撃を阻止し、白兵戦部隊の突入を手助けする。『連合』軍の対砲兵射撃はそれと同じ役割を果たし、『共和国』軍砲兵を沈黙させることで、市内に向かって進撃する車両部隊への妨害を止めたのだった。

 





 こうしてそれ以上の砲撃を受けることなく市の外周部に到達した歩兵戦闘車は歩兵を降ろすと、敵兵が隠れていそうな場所全てに機関砲を乱射する。

 その横では対空自走砲がビルの高層階に高速弾を発射し、上から発砲してくる『共和国』軍狙撃兵及び、彼らと共に潜んでいるであろう砲兵観測員を攻撃していた。

 

 対する『共和国』軍もまた、小銃から重迫撃砲に至るまでのあらゆる武器で『連合』軍を迎え撃っている。住民が避難した建物は全て『共和国』側の防御拠点となり、その内部には歩兵用火器が驚くほど大量に運び込まれていたのだ。

 

 タレス市外周部では次第に、戦場特有の臭気が漂い始めた。焼けつくような硝煙の臭いと、破壊されて粉末状になった建材の煙、それにあらゆる有機物が燃焼する悪臭だ。

 更に両軍の機関銃が放つ曳光弾の光が撒き散らされた粉塵の中で乱反射し、異界のような光景を作り上げている。

 



 最初のうち、攻防は互角か『共和国』軍優位に見えた。『連合』軍は数で勝るが、『共和国』軍兵士は市街戦における高地に相当するビルの高層階に陣取っている。

 ビルから投げ落とされる重擲弾や砲兵観測員の指示に従って集中運用される迫撃砲群は、道路上に無防備に姿を晒している『連合』軍兵士を次々と薙ぎ倒していった。



 建物の陰に隠れようとした兵士もいたが、そこで彼らは、ほぼ全ての路地に設置されている機関銃陣地が自らに向くのを見た。

 そして大抵の場合、それは彼らが現世で見ることが出来る最後の光景となったのだ。

 




 しかし次第に、『連合』軍の数は真価を発揮し始めた。市内に孤立している『共和国』軍は損耗を全く補充できないのに対し、『連合』軍は後続を幾らでも送り込むことが出来たからだ。


 『共和国』軍が支配する各建造物から放たれる火力は兵力の損失と共に小さくなっていき、次第に『連合』軍に圧倒され始めた。

 抵抗が十分に弱まった建物には『連合』軍の突撃隊が雪崩れ込み、内部の生き残りを一掃していく。  

 『共和国』軍が支配する街区は次第に縮小し、波のように押し寄せる『連合』軍の中で孤立していった。

 


 「こいつら、犠牲を最小限に抑えるという考えは無いのか?」


 次々に占領されていく建造物群を見ながら、『共和国』軍守備隊の指揮官は呻いた。

 『連合』軍の攻撃法はある意味では効果的だが、同時にぞっとするほど非効率的なものだった。全ての場所に向かって同時に、密集隊形を組んでの正面攻撃をかけるというのが、彼らの戦術の全てらしい。


 このような攻撃法は当然のことながら、目も当てられないほど多くの損害に結びつく。

 事実、『共和国』軍の各防衛線の外側には『連合』軍兵士の遺体と、死にきれずに呻いている負傷兵が何層にも渡って積み重なっていた。中にはたった1丁の機関銃によって、100人以上の『連合』軍兵士が射殺された区域もある。


 この戦争では『共和国』地上軍もしばしば強引な攻撃をかけたが、それは少なくとも、重点を形成しての集中攻撃として行われた。

 密集隊形を組んだ部隊を全ての前線に突っ込ませるというのは、普通に考えれば兵力の濫用を通り越して浪費である。



 だが一方で、背筋が凍るような規模の損害を無視してしまえば、この戦術は実に合理的でもあった。

 確率論から言って、戦場全体で攻撃をかければ絶対に一部の部隊は、攻撃に必要な戦力を保った状態で防衛線に突入できるからだ。

 どこか特定の場所に対する集中攻撃は予備隊を繰り出すことで防げるが、全ての前線に対する一斉攻撃を阻止する術は無いのだ。




 また密集隊形を組んでの正面攻撃には少なくとも1つの利点がある。散開しての行動が取れない程に未熟な将兵であっても、この方法なら攻撃に使用できるのだ。


 実際、『連合』軍の中には、民兵に装甲服を着せただけのような部隊が多数混ざっていることが、これまでの戦いで確認されている。まず間違いなく、人的資源の不足によるものである。


 『連合』地上軍は内戦で多くの士官を亡命によって失い、またフルングニル戦で精鋭部隊を全滅させられている。

 『連合』は驚異的な産業再編能力を見せて緒戦で失われた軍装備を作り直したが、それを扱う将兵を同じスピードで生産する事はできない。スレイブニルに降下してきた部隊の錬度はその表れだった。



 だがそんな部隊でも正面攻撃なら十分に用を足す。必要なのは最低限の訓練を受けた指揮官と、それに盲従する兵士だけだからだ。


 兵力の適切な運用という観点から考えれば、一見して人命の浪費にしか見えない攻撃法も、或いは理に適っているのかもしれない。『連合』軍が実際に『共和国』側の防衛線を次々と突破していることを考えれば尚更だ。

 この戦いにおける被害はほぼ間違いなく『連合』軍の方が大きいが、一方で敗北し、全滅するのは『共和国』軍の方であることも、既に運命づけられていているように見えた。



 





 タレス市守備隊の幕僚たちは暗然とした表情で、指揮所に使っている建物の小さな窓から覗く空を見つめた。

 この季節の空は青く澄んでいるはずだが、硝煙の影響で少々濁っている。そしてその上には『共和国』軍守備隊をこの地に磔にしている存在、『連合』宇宙軍の大艦隊がいる筈だった。



 だから彼らは、その空の上から急に姿を現したものを見て目を疑うことになった。灰色に塗られた有翼の飛行物体が数えきれないほど、タレス市周辺の平原に向かって降りてきていたのだ。


 そこに前線部隊からの緊急連絡が入ってきた。『連合』地上軍予備隊の集積地に爆撃が行われ、彼らの攻勢がいったん中断されたようだと言うのだ。


 「来てくれた……のか?」

 

 長い沈黙の後、誰かが呆けたように呟いた。


 惑星スレイブニルの制宙権が『連合』軍に移った後、スレイブニル守備隊は本国から徹底抗戦命令、要は玉砕命令を受けている。

 スレイブニル守備隊の高級幹部たちは、この命令から宇宙軍の現状を悟った。『共和国』軍上層部は冷徹かもしれないが、救える部隊を見捨てるほど愚かでは無い。

 それが玉砕を命じてきたということは、救出に使える宇宙軍が存在しないということに他ならなかった。

 


 だが今目の前では、どう見ても『共和国』軍に所属する大気往還艇が着陸を開始している。つまり『共和国』宇宙軍が、スレイブニルの制宙権を得ているということだ。

 

 「連中、勝ったのか? だが、どうやって?」

 

 他の1人がこちらも、喜びというよりは当惑を込めて言った。

 スレイブニル軌道上には2000隻を超える『連合』軍艦隊が展開していたはずだ。『共和国』宇宙軍の現有戦力でどうやって、彼らから制宙権を取り返したと言うのだろうか。

 

 一平卒から将軍まで含めたタレス市守備隊の面々が困惑する中、大気往還艇は次から次へと着陸していく。その規模からして、これが少数部隊によるゲリラ的な行動が成功した結果で無いのは明らかだった。













 惑星カトブレパスに到着した『連合』軍第一統合艦隊は、目の前の光景を見て愕然とした。敵がいないのだ。


 基地及び惑星上には『共和国』軍も『連合』の正当政府を自称している亡命者たちもおらず、自動モードに設定された通信衛星から宣伝映像だけが嫌がらせのように流され続けている。

 他に同惑星の宇宙軍基地に残っているものと言えば、内部で行われた戦闘の名残である血痕と『共和国』軍兵士が内部で取ったらしい食事の残骸、それに縛り上げられた数万人の『連合』宇宙軍捕虜だけだったのだ。

 なお基地内に備蓄されていた燃料や食料は、在庫が大幅に減少していることが確認されている。『共和国』軍が持ち去ってしまったらしい。

 

 「一体何だ、これは!?」 

 

 報告を受けた司令官のフェルナン・グアハルド大将は、思わず戦闘指揮所の机を拳で殴りつけた。

 

 第一統合艦隊は不遜にも『連合』正当政府を僭称する連中に鉄槌を下すべく、大挙して出撃したはずだ。それがものの見事に肩透かしを食らわされた。

 自称正当政府も協力者の『共和国』軍も、軍事的に決着をつける前にいなくなってしまったのだ。


 渾身の力を込めてバットを振った瞬間、ボールが消えてしまった。第一統合艦隊の将兵はそんな気分を味わっていた。

 

 なお降下した地上軍及び内務局直轄軍からは、カトブレパスの地上にも敵はおらず、僅かな遺棄物資が残されているだけという報告が来ている。

 拍子抜けを通り越して深刻な怒りが込み上げてくるほど、『共和国』軍その他の逃げっぷりは徹底していた。

 

 (どうする? いっそこのままファブニルに急行して占領してしまうか?)

 

 何とか怒りを鎮めた後、グアハルドは第一統合艦隊のこれからの行動について考え込んだ。

 

 何であれ、カトブレパスが『連合』の統治下に戻ったのは事実だ。

 政府は恐らく明日の発表で「カトブレパスに存在した僭主たちは、わが軍の武威を見て戦わずして遁走し、同惑星は無血で奪還された」とでも報道するだろう。そう主張しても、一応は間違いでは無いからだ。

 

 しかしだからと言って、敵の政治宣伝によってまんまとカトブレパスに釣り出された第一統合艦隊の屈辱が収まるわけではない。


 ここはいっそ、カトブレパス失陥によって一時は宙に浮いていた『太陽風』作戦、惑星ファブニルの攻略を実施して失点を取り返すべきでは無いだろうか。


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