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ファブニル星域会戦ー10

「敵駆逐艦2隻撃沈確実。味方巡洋艦より入電、『貴艦の支援に感謝す』」

 

『共和国』軍第33分艦隊司令官のエゴール・コヴァレフスキー少将は、旗艦のブレスラウ級巡洋戦艦2番艦ロスバッハの艦上で、黙ってその報告を聞いていた。当然の結果ではあった。ブレスラウ級の火力を持ってすれば、数隻の駆逐艦など一瞬で蹴散らすことが可能だ。


 (それにしても、あのクラスの艦を戦場に突入させるとは。艦長は勇敢なのか無謀なのか)

 

 コヴァレフスキーは首をひねった。ロスバッハに火力支援を要請してきた味方巡洋艦は、第33分艦隊の編成に入っていないのに戦場にいつの間にか紛れ込んでいたアジャンクール級。ある意味でブレスラウ級巡洋戦艦の建造のきっかけとなった失敗作だ。

 まさか艦載機の収容のために前方に出ていただけとは知らないコヴァレフスキーは、その艦が第33分艦隊と合同して戦闘に入った理由を、艦長の積極性ゆえと判断していた。

 同時に、アジャンクール級2隻の艦長(特に2番艦の)の性格を思い浮かべ、あの2人はそんな行動を取るタイプの士官だったかなとも思ったが。

 

 「まあ、単なる無謀さからの行動かもしれんが、見事な操艦ではあったな」

 

 コヴァレフスキーは感心した。味方巡洋艦はレーダー妨害装置で敵の目を奪いながら、彼らを巧みにロスバッハの主砲の射程内に誘導した。

 非常に高度な判断力と勇気を必要とする機動を、あの艦の艦長は完璧にやり遂げたのだ。『共和国』軍の現状を考えれば、巡洋艦の艦長などやらせるのが惜しいくらいだ。


 現在の『共和国』軍の士官の質はかなり低下している。まずローレンス・クラーク現政務局長の就任に続く急激な国家体制変更に伴って、軍内の旧体制派や、政治思想や出自が疑わしいと考えられた士官が軒並み粛清された。『共和国』-『自由国』戦争開戦に伴ってその多くが指揮に復帰したが、その前に処刑されたり強制収容所で死亡した者もかなりいる。

 そこに戦争に伴う軍拡があったため、艦長や司令官といった要職についている人間の中にも、若く経験不足の者が目立つ。その中で、あの巡洋艦の艦長の能力は際立っていた。特に自滅的な突撃をやるしか能がなかった僚艦の指揮官と比較すると。

 


 コヴァレフスキーが感心している間にも、ロスバッハと司令部直属部隊は戦場に向かってくる敵の増援を牽制している。遠距離砲撃では大した命中精度は期待できないが、敵を牽制して運動を制限する程度の効果はあった。

 

 ブレスラウ級は演習の結果実戦に耐えないとされたアジャンクール級の代艦として、建造が決定された艦である。全長800mという戦艦並みの巨体に巡洋艦並みの速度性能を持つ艦で、火力と防御力はその中間程度。主砲は解体が決まった旧式戦艦のものを流用して搭載しているが、副砲と射撃システムは最新式だった。

 アジャンクール級にはなかった、旗艦を狙って群がってくる敵の補助艦艇を排除する能力を12分に与えられたと言える。


 と言ってもブレスラウ級の真価は個艦の戦闘力ではなく、余裕のある艦体サイズと発電機容量がもたらす強力な通信能力と情報処理能力にある。アジャンクール級と違って艦載機は搭載しないが、戦闘中の艦載機発着艦の危険性を考えれば妥当な設計だった。



 ロスバッハの主砲がさらに吠えた。ブレスラウ級が装備する主砲はやや旧式だが、巡洋艦や駆逐艦相手なら十分すぎるほどの威力を持つ。その砲で敵補助艦艇を薙ぎ払う様子は、旗艦の面目躍如といったところだが、コヴァレフスキーは苦い顔だった。


 (虫のいい戦いは出来ないということだな)


 『共和国』軍が理想とする戦いはまず高速部隊が完全な奇襲をかけて敵艦隊に大打撃を与え、混乱状態に陥った残兵を主力部隊が殲滅するというものだ。

 第1艦隊群主席参謀のノーマン・コリンズ准将の言葉を借りれば、「まず相手を後ろからバットで殴りつけ、よろついたところで腹を踏みつける」ような戦いのために、『共和国』軍は訓練されてきた。


 ところが実際には高速部隊は奇襲の実行前に敵に捕捉され、その旗艦までが敵艦と交戦しなければならないという有様だ。『連合』軍は強い。2年前に戦った『自由国』軍とは比べ物にならない。それをコヴァレフスキーは思い知らされていた。

 しかも味方の通信を傍受して分かったが、この宙域での戦いはまだしも上手くいっている方なのだ。第33分艦隊の上位部隊は第2艦隊だが、ファブニル星域には他に5個艦隊が投入されている。そしてその5個艦隊の作戦宙域では、攻撃の遥か前に高速部隊が捕捉され、なし崩し的な消耗戦が発生していた。

 

 これは『共和国』にとって著しく不利だった。懸命な軍拡を行ったとはいえ、『連合』と『共和国』の軍事力には大差がある。ファブニル星域に『共和国』が展開できた戦力は、推定で『連合』の7割から8割ほどに過ぎない。しかもその指揮官の質は、はっきり言ってまちまちだ。

 



「シュペール准将より救援要請。敵は戦艦2を含む。突破の見込み立たず」


 ロスバッハの戦闘指揮所に悲鳴じみた通信が舞い込んだ。第18巡洋艦戦隊を指揮するクリスティアン シュペール准将は、第15ミサイル戦闘群と共に敵護衛部隊の排除に当たっている。だがその護衛部隊は思いのほか強力であり、彼の兵力では排除できそうになかった。


 (どうする? 司令部直轄部隊から兵力を回すか?)


 コヴァレフスキーの第33分艦隊は旗艦ロスバッハの他に、3個ミサイル戦闘群分合計48隻の駆逐艦と、17隻の巡洋艦で構成される。コヴァレフスキーはそのうち2個ミサイル戦闘群を敵補助艦艇の排除、予備としてとっておいた1個を司令部直轄部隊として敵主力艦への攻撃に使う予定だった。

 だが戦況はひどいものだ。このままでは敵主力艦への対艦ミサイル飽和攻撃どころか、第33分艦隊の方が殲滅されかねない。

 コヴァレフスキーは考え込んだ。敵中央部隊への攻撃を担当する第18ミサイル戦闘群を含む部隊を投入すれば、おそらくシュペール隊の救援は可能だ。


 だが、それは同時に敵中央部隊への攻撃を諦めることを意味する。シュペール准将が交戦中の敵部隊を司令部直轄部隊が始末している間に、敵中央部隊が陣形を航行序列から戦闘序列に変えて向かってくるのが確実だからだ。

 多数の戦艦が戦闘隊形で向かって来れば、第33分艦隊は撤退するか、あるいはそれさえ出来ずに包囲されて圧倒的な火力で粉砕されるかだ。


 そして現在、後者の状況になる可能性が高まりつつある。第45巡洋艦戦隊と第7ミサイル戦闘群(オルレアンが臨時配属されていた部隊)は全滅し、彼らと交戦していた敵部隊は第33分艦隊本隊を牽制しながら後ろに回る動きをとっている。さらに最初の交戦で撃破した敵部隊の残存艦も、徐々に再編されつつあるようだ。


 この状況下で第33分艦隊が取り得る選択肢は2つ。シュペール隊が敵を拘束している間に敵中央部隊を襲うか、あるいは敵の包囲網が完成しないうちに血路を切り開き、全艦を撤退させるか。

 前者を選んだ場合の問題は、それまでにシュペール隊が全滅せずにいるという保証がないことだ。彼らが早期に戦闘力を失った場合、第33分艦隊は敵中央部隊を攻撃する際に側面攻撃を受け、壊滅的な打撃を受けることになる。

 また後者を選んでも労多くして益が少ない戦闘を強いられる。敵の外郭部隊は少数とはいえ戦艦を含んでおり、短時間で突破しようとすれば大損害は避けられない。

 

 「我々は戦力の半分近くを失いました。ここは撤退も考慮に入れるべきかと」

 

 コヴァレフスキーの隣で参謀長が焦りを見せている。第33分艦隊は敵側面に配置されていた1個分艦隊クラスの部隊、及び途中から増援に来た30隻前後の部隊と交戦し、大損害を与えた。合計で32隻の敵艦に撃沈確実と思われる被害を与え、ほぼ同数に重大な損害を与えて後退に追い込んでいる。


 だが自らも巡洋艦7隻、駆逐艦20隻を戦列から失った。戦力に大差があることを考えれば、非常に手痛い損害である。

 まず第45巡洋艦戦隊と第7ミサイル戦闘群が全滅。そして現在支援を要請してきている第15ミサイル戦闘群の被害もかなりのものだ。少し離れた場所で前衛を務め、結果的に最初に敵艦隊と交戦を始めることになった第24駆逐隊が1隻を除いて全滅、他の駆逐隊も3隻を戦列から失っていた。

 そしてもはや、敵中央部隊への攻撃を成功させられるだけの予備戦力はないものと思われたが。

 

 (待てよ…)

 

 コヴァレフスキーは戦況モニターを眺めながら思いついた。シュペール隊と交戦中の部隊を最低限の時間で撃破し、敵中央部隊への対艦ミサイル飽和攻撃を成功させる方法はないことはない。かなりのリスクは伴うが。

 

 「航宙参謀、1個駆逐隊を引き連れながらこの進路を取れるか?」

 「技術的には可能です。ただ…」

 「司令官、それはお止め下さい」

 

 司令部の航宙参謀が言い終わる前に、通信参謀の方が口を出した。

 

 「本艦は大型で目立ちすぎます。例え電波妨害を行おうと、戦艦クラスの艦のレーダーや熱源探知機なら本艦を探知できる可能性が高いかと」

 「…そうか」


 コヴァレフスキーは旗艦の意外な欠点に舌打ちするしかなかった。ブレスラウ級巡洋戦艦は強力な戦闘能力と通信能力、巡洋艦部隊に追随できる速力を持つが、それ故に艦体が戦艦並みに大型化している。これは普通の巡洋艦より遥かにレーダーに映る面積及び機関からの排熱量が大きいことを意味し、その分隠密行動には向かない。

 かといって駆逐艦のみを向かわせるのは愚策だ。駆逐艦の通信能力と司令部能力では詳しい戦況情報が掴めず、臨機応変な対応が出来ない。加えて、指揮官の能力にも疑問符が付く。

 

 ただ一隻、十分な通信能力と有能な(正確には「かもしれない」)指揮官を有し、ロスバッハの代わりに駆逐艦を指揮できそうな艦がいるが。

 

 「あのアジャンクール級巡洋艦に通信を繋いでくれ。やって欲しいことがある」


 コヴァレフスキーは意を決した。アジャンクール級は個艦性能で見れば失敗作としか言いようがないが、同艦の通信能力はこの局面では貴重だ。特に戦場全体を見渡す目を持つ優れた指揮官によって使われれば。

 そしてこの戦いに投入された2隻のアジャンクール級の艦長のうち、少なくとも1隻の艦長はその能力を持っていることを、コヴァレフスキーは知っている。この戦場に来ているのがそちらであれば、第33分艦隊は危機から脱出できるかもしれない。

 …それは第33分艦隊が、もともと編成に入っていない艦の艦長の能力に期待するしかないという瀬戸際まで追い詰められている、ということでもあるが。

 


 いつの間にか紛れ込んでいたアジャンクール級の艦長は、すぐにモニターに出た。その姿を見て、司令部の何人かが失望にも似た声を発した。妙に若くて美しい女性だったからだ。

 ひょっとして政府の高官に取り入って現在の地位を得たのでは、彼らはそう疑っているようだ。

 だがコヴァレフスキーは、彼女が決してそのような人間ではないことを知っていた。その理由は単純で、前の戦争で共闘したことがあったのだ。

 

 「エイブリング大佐。悪いが頼まれてくれるか」

 

 コヴァレフスキーはすぐに本題に入った。彼女は戦場で長ったらしいやり取りをしたがる類の人間ではない。

 

 「シュペール隊の支援ですね」

 

 相手のリコリス・エイブリング大佐はこちらも即答した。全くもって相変わらずだとコヴァレフスキーは思う。

 

 「1個駆逐隊、と言いたいところですが。そんな戦力はありませんね。取りあえず駆逐艦1隻を貸して頂ければ」


 コヴァレフスキーは耳を疑った。彼女に課される任務の性質を考えれば、巡洋艦1個戦隊くらいは要求されるかと思ったのだが。

 

 「出来るのか?」

 「保証はしかねますよ。ただ、やる価値のある賭けだとは思いますが」

 

 半信半疑のコヴァレフスキーに対し、リコリスは素っ気なくそう返答してきた。


 「分かった。駆逐艦フォカエアを付けよう」


  駆逐艦1隻でいいというのは信じがたいが、彼女は前の戦争でも奇跡的な(リコリスに言わせれば、常識的かつ合理的な戦術機動の産物だそうだが)戦果を挙げている。ここは彼女に賭けるしかない。

 

 「すまんな。苦労をかける」

 「前の戦争よりはましですよ。閣下には多少の恩もありますし」

 「分かった。シュペール隊については君に任せよう」

 

 コヴァレフスキーがそう言うや否や、リコリスはもう用は済んだとばかりに通信を切った。司令部幕僚の多くがその態度に顔をしかめたが、コヴァレフスキーは無視して司令部直轄部隊の針路を指示した。

 結局のところ、態度が悪くて有能な軍人は、態度が良くて無能な軍人よりはましなのだ。少なくとも、味方に出る死人の数が少なくて済む。



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