白衛ー4
「どうして、敵はこっちに向かっているんでしょうか? 勝てないのは分かっているはずなのに」
隣のリーズが、まさにその疑問を口にした。
絶対に勝てない勝負を挑むのは勇気ではなく愚かさの表れだと、『共和国』軍士官学校では散々教育される。それは一種の戦力の逐次投入であり、みすみす敵に各個撃破の機会を与えるようなものだからだ。
圧倒的な規模の敵と遭遇した場合は後退して周囲の味方部隊と合流し、同等以上の戦力を確保してから戦闘に臨むこと。それが地上軍と宇宙軍を問わず、『共和国』軍で教育される原則だった。
『連合』軍士官学校のカリキュラムは『共和国』軍と異なるだろうが、それでも戦力の逐次投入の禁止という大原則までが違うということは無いはずだ。それを考えると、リーズの言う通り敵の行動は非常識そのものだった。
「多分奴らは勝とうとはしていない。わが軍の実際の規模や練度を確認して脅威度を推測するのが、真の狙いなのだと思う」
リコリスはリーズの疑問に対してそう応えた。
戦力の逐次投入禁止という原則の例外の1つに、小規模な攻撃を加えて探りを入れるという場合がある。敵の正確な戦力や能力が不明である場合、取り敢えず近場にいる部隊を見つけて反応を確認し、脅威度を判断するのだ。
例えば地上軍の陣地攻撃では、まず小規模部隊を接近させて瀬踏みのような攻撃を加え、敵火砲の数や位置を確認するという戦術がよく使われる。
敵艦隊は恐らくこれを狙っているとリコリスは判断していた。敵は高速のドニエプル級戦艦を主力とする小部隊であり、不利な状況に陥った場合の脱出が比較的容易だ。
白衛艦隊に攻撃をかけて全容を確認した後で離脱し、こちらの本当の規模を把握するのが狙いだと考えるのが最も自然である。
敵も薄々、おかしいとは思っているのだろう。彼らのどこか訝し気な動きを見ながら、リコリスはそう推測していた。
現在の『共和国』宇宙軍が自由に動かせる戦力が数百隻単位である事は、『連合』側にも予測がつくはずだ。だが白衛艦隊はデコイによって、レーダー上では1000隻を超える戦力を持つように見える。
何かトリックがあると予想して、敵が探りを入れて来るのも当然だった。
「まあ中々理に叶った行動で、戦力が少ないなりに出来るだけのことをやろうとしているのは確かね。促成栽培の士官にしては上出来と言えるわ」
リコリスは敵の行動について総括した。
敵の行動はあまりに教科書的だが、士官不足の影響で不相応に出世した軍人には、教科書通りの行動さえ取れない者も多い。それを考えると、目の前の敵はなかなかのものだった。
「でも、そうはさせない」
リコリスは続いて微笑んだ。
今回の作戦の肝はこちらの戦力を過大評価させることにある。敵に白衛艦隊の実際の規模を把握させる訳にはいかなかった。
「巡洋艦部隊、前へ」
リコリスは白衛艦隊本隊に命じた。戦闘力の低い旗艦オルレアンと空母の護衛を除く巡洋艦全艦が、現在位置の前面に向かって展開を開始する。
普通前衛は駆逐艦のみか巡洋艦と駆逐艦の混成で編成されるが、リコリスは敢えて巡洋艦のみを前衛としたのだ。
「第123及び第89の両ミサイル戦闘群は、C1宙域に移動。第76、第84の両戦艦戦隊はB19宙域に移動」
リコリスの命令一下、白衛艦隊は急速に迎撃準備を整えていった。前衛の巡洋艦が敵と正面からぶつかり、駆逐艦と戦艦がその側面に展開する態勢だ。
一方、前衛の後方には何もない。極めて変則的であり、多数の偵察機によって敵の全戦力を確認しているからこそ取れる隊形だった。
「司令官、これって?」
リーズがリコリスの命じた隊形を困惑顔で見ていた。確かに普通なら極めてリスクが大きく、決してやってはいけない並べ方の1つだ。
もしリコリスが士官学校の教官なら、シミュレーションでこんな隊形を組んだ学生には即刻作業を中止させて真意を問いただす。
だがこの特定の条件下では、これこそが最適解だとリコリスは判断していた。
航空優勢を確保しているのは『共和国』側であるため、敵はこちらの戦力とその配置を知らない。そして何より重要なことに、敵の指揮官は極めて教科書的な行動を取っている。
そのような相手には、教科書からずれた戦術で対抗すべきだった。
リコリスが見守る中、敵前衛の駆逐艦部隊はまずこちらの前衛である巡洋艦と激突した。
いや、より正確に言えば、白衛艦隊の巡洋艦が駆逐艦を一方的に蹴散らした。
巡洋艦は駆逐艦より遥かに射程の長い砲と長距離を探知できるレーダーを持っているため、開けた宙域では一方的に駆逐艦を攻撃できるのだ。
『共和国』製と『連合』製が入り混じった巡洋艦群が発砲するたびに、『連合』軍駆逐艦部隊の艦上に巨大な光が走り、艦の原型が失せていく。
駆逐艦の薄い装甲は、比較的威力が小さい『共和国』軍巡洋艦の砲でもあっさりと貫通され、命中箇所に存在する物体は全て吹き飛ばされた。被弾した箇所からは元が何であったかも分からない焼け焦げた機械と人体の破片が散乱し、黒い霧のように周辺の空間に散らばっていく。
白衛艦隊前面の宙域は瞬く間に、『連合』軍駆逐艦の墓場に変わりつつあった。
「逆探の反応、急激に増加!」
駆逐艦が苦戦する中、『連合』側の戦艦と巡洋艦が索敵用レーダーのスイッチを入れたことが、オルレアンの逆探によって確認された。前衛の駆逐艦は当然、敵の駆逐艦と最初に接触するはずだという常識からだろう。
駆逐艦ではなく巡洋艦とぶつかったということは普通、駆逐艦を見逃してしまったことを意味する。だから敵本隊は「見逃した」駆逐艦による奇襲を警戒して、今まで前衛しか使用していなかったレーダーのスイッチを入れたのだ。
「よし、他に艦はいないわね」
だがリコリスは安堵していた。この行動こそ、リコリスが非正当的な隊形を組ませた狙いだったのだ。
レーダーという兵器は電灯のようなもので、稼働させれば自らの位置もまた丸わかりになる。敵がレーダーを動かしたことで白衛艦隊は、偵察機が見逃した敵艦が存在しないかを労せずして確認できたのだ。
敵にしてみれば、疑心暗鬼が原因でみすみす『共和国』側に情報を与えてしまったことになる。
「各部隊、予定の行動を取れ」
見逃した敵艦がいないことを確認したリコリスは手早く命じた。
現在敵前衛は巡洋艦の攻撃を逃れるために後退しつつある。逆に本隊はこちらの巡洋艦を攻撃するため全速で前進している。常識と戦理に則っているが、それ故に対応しやすい動きだった。
「それにしても、意外に扱いやすいわね。この部隊」
各隊の動きを見ながら、リコリスは思わず呟いた。
白衛艦隊は『連合』軍艦と『共和国』軍艦が入り混じっているうえ、乗員まで亡命『連合』人と『共和国』人の混成だ。そんな部隊がまともに動くかは疑わしいと、リコリスは内心で思っていた。
一応訓練では思ったよりずっと指揮しやすい部隊であることが分かったが、訓練と実戦は違う。
『共和国』人と『連合』人の意思疎通の失敗から命令が上手く伝わらず、意図していたのと全く違う動きを取る可能性を、リコリスは危惧していたのだ。
だがそれはどうやら杞憂だったようだ。白衛艦隊はリコリスがこれまで指揮してきたどの部隊よりも命令に素早く反応するし、艦隊運動も巧みだ。
例え亡命『連合』人でも、古参の士官が十分にいる部隊はこうも違うのかと、リコリスはこれまでの寄せ集め部隊を思い出しながら内心で嘆息した。
その白衛艦隊の戦艦は先に交戦した巡洋艦を追う敵本隊の前面に、丁字を描いた状態で展開した。本隊を前衛の後方ではなく側面に展開させたことで、白衛艦隊は普通なら困難な丁字戦法を簡単に成功させたのだ。
更にその横ではミサイル戦闘群が展開し、生き残った駆逐艦の介入を阻止する態勢を取っている。
『共和国』側の布陣に気付いたらしく、敵の反応が慌ただしくなった。パニックに陥ったような通信波が連続して探知され、各艦の加速度が変化するのが各種機器によって確認される。
「気づいたわね。でも、もう遅い」
リコリスは慌てて回頭を試みる敵の姿を見て唇の端を歪めた。
この段階でこちらの狙いを察して後退を試みるとはなかなかのものだが、既に罠は閉じられている。敵が勝利はおろか生還する可能性は、もはや零に等しかった。
「いつもこうなら楽なのにね」
リコリスは続いて苦笑した。
戦いというものは本来、圧倒的戦力と情報面での優位を確保した状態で行うべきものだ。寡兵を以て際どい勝利を収めるより、予め十分な戦力を用意して危なげなく勝つ方が、実はずっと望ましいのだ。
出来るなら、次の戦いでもこういきたいものだとリコリスは思う。
リコリスが見つめる中、敵艦隊はまさに罠に加えこまれた野獣のように苦悶していた。
白衛艦隊の戦艦20隻がほぼ全ての砲を集中し、慌てて回頭を試みる艦を次々に撃っているのだ。戦艦には主砲、巡洋艦には副砲が向けられていた。
ドニエプル級戦艦やコロプナ級巡洋艦の精悍な艦影に次々と命中を示す光が走り、艦の原型が少しずつ失せていく。
敵も反撃するが、戦艦の数で勝りしかも丁字を描いている『共和国』側の方が向けられる砲門の数では圧倒的に有利だ。『連合』側が1発撃つたびに、『共和国』側は最低でも10発を撃ち返していた。
「あんまり、わが軍らしくない戦い方ですね」
その光景を見たリーズが声をかけてきた。
『共和国』軍の基本戦術は敵に忍び寄って対艦ミサイルを叩き付けることだ。戦艦の砲火力で圧倒するというのは、彼女の言うとおり『連合』軍の戦術に近い。
「まあ、元『連合』軍の部隊だからね。こういう戦い方の方が似合っているでしょう」
リコリスはそう応えた。白衛艦隊の装備は多くが『連合』製だし、将兵も『連合』出身者が多い。
その為『共和国』流の対艦ミサイル飽和攻撃より、『連合』流の火力戦術の方が白衛艦隊には向いていると、リコリスは判断していた。
「それに、『連合』軍の戦術はそう悪いものではないわ。旧政府軍がわが軍に負けたのは、戦術理論と言うよりも国家体制の欠陥のせいだし」
リコリスは続いて、『連合』旧政府軍の戦術を研究する中で得た感想を述べた。
『共和国』軍に惨敗した為評判が著しく悪い同国の戦術思想だが、実のところかなり健全で優秀なものだ。
『連合』旧政府が歴史の掃き溜めに消えたのは軍事思想の欠陥故ではなく、同等の権力を持つ複数の家による共同統治という、明らかに戦争に向いていない体制のせいである。
敵を味方戦艦の主砲の射線上に誘導して火力で粉砕するという戦術自体は、まともな指揮官さえいれば『共和国』の機動戦にも対抗可能だ。
ファブニル星域会戦の時も、『連合』軍は分艦隊以下の規模の戦闘では、『共和国』軍に引けを取らない戦闘力を発揮して見せたのだ。
リコリスの言葉を裏付けるように、白衛艦隊の『連合』製戦艦の砲は咆哮を続け、今や彼らの敵となった祖国の艦に大損害を与えていた。
『連合』軍隊列の内部には数えきれないほどの命中の閃光が走り、各艦の原型が少しずつだが確実に失せていく。
『連合』軍新鋭艦の装甲は旧式戦艦の砲では破壊できないが、軍艦というものは全ての部分が装甲で覆われている訳ではない。
レーダーや光学機器等はその性質上装甲化出来ないし、そもそもスペック通りの装甲が貼られているのは機関を中心とする艦の中枢部だけだ。それ以外の部分は下手をすれば駆逐艦の主砲でも破壊できる。
それらの非防御・軽防御箇所に命中した荷電粒子の束は、容赦なく命中箇所にあるものを破壊していった。
『連合』軍艦の兵員居住区画や副武装装備区画に出現した光は、その場所に巨大な破孔や焼け焦げ溶融した金属の塊を残していく。しかも複数個所で同時にだ。
応急科は必死に駆け回っていたが、あまりにも被弾箇所が大きすぎるために対応できていない。数えきれないほどの電路が切断されたことで各艦の機能は次第に停止していき、兵器から単なる浮遊する金属の塊に変わっていった。
「敵艦、後退します」
敵隊列内部に散々閃光が走った後、オルレアンの索敵科員が報告する。その時には既に、『連合』軍艦全てが沈没の次に悲惨な状態になっていた。
ある艦は副武装を根こそぎ吹き飛ばされ、一見破壊されなかったように見える主砲も明後日の方向を向いて停止している。
射撃指揮所と主砲塔を繋ぐ電路を切断されたか、或いは単純に主砲塔を動かすための電力源を破壊されたのだろう。
また別の艦は兵員居住区画を根こそぎもぎ取られ、斬首刑に処された囚人を思わせる姿でふらふらと動いている。
防御区画と、破壊というより切断された非防御区画の継ぎ目からは、機械の残骸と人体の破片が血のように流れ出していた。
普通砲撃とは敵艦の主要装甲部位を破壊して沈没させる為のものだが、それが全てではない。
威力の劣る砲多数によって敵艦の防御が低い部位を破壊しても、無力化という意味では撃沈と変わらない結果を得られる。廃墟のような姿に変わった『連合』軍艦たちは、その事実を如実に示していた。
それでも相手が戦艦のみなら、彼らも逃げることだけは出来たかもしれない。
ドニエプル級戦艦とコロプナ級巡洋艦は、白衛艦隊に配備されている『連合』軍旧式戦艦よりずっと加速度が高い。いったん砲の射程外に出れば、白衛艦隊の戦艦群は絶対に追いつけないのだ。
しかし彼らにとって不運なことに、リコリスにそれを許す気はなかった。
損傷した艦は沈没艦と違って修理可能だし、何よりその乗員はすぐにでも新たな艦に乗り込むことが出来る。敵の人的資源は破壊できるときに破壊しておくのが、戦争における鉄則だった。
「第66巡洋艦戦隊、対艦ミサイル全斉射」
リコリスは状況を確認すると、白衛艦隊の中で唯一『共和国』人のみで構成されている部隊であり、フルングニル以来リコリスの直轄となっている部隊に命令を出した。
オルレアンと6隻のポルタヴァ級巡洋艦で構成されるこの部隊は、貧弱な防御力と引き換えに1個戦隊としては最強の攻撃力を擁している。戦闘力を失った艦に止めを刺すには最適だった。
巡洋艦と言うより大型駆逐艦や高速輸送艦を思わせる形状をしたポルタヴァ級の艦体から、その大きさからは信じられないほどの数のASM-15対艦ミサイルが射出されていく。
ミサイルを破壊するための武装も妨害電波を放つための電子機器も破壊された『連合』軍艦に、それを防ぐ術は無かった。青白い光の矢が何の抵抗もなく吸い込まれ、直撃を示す巨大な閃光に変わっていく。
「さてと、次の段階に進みましょうか」
敵の戦艦と巡洋艦全てが爆沈するか航行不能になり、残った駆逐艦が敗走したことを確認したリコリスは、完全勝利に湧く戦闘指揮所要員たちを諌めるように言った。
はっきり言ってこんな戦いは勝てて当然だ。今必要なのは勝利を喜ぶことではなく、戦術的勝利を作戦上の勝利に変えることだった。
リコリスの命令を受けた白衛艦隊、正確に言えばその一部は迅速に行動を開始した。戦闘が始まる前に前面に出ていた駆逐艦が、敗走する『連合』駆逐艦に混ざって、カトブレパス軌道上の基地に突っ込んでいったのだ。
いや実際には駆逐艦では無い。その正体は鹵獲した『連合』軍駆逐艦を改装した特殊揚陸艦である。敵基地に接近して様子を探るために作られた艦を、リコリスが作戦の為に貰い受けたのだ。
各特殊揚陸艦は『連合』製の通信機を搭載しており、現在敗走中の『連合』軍艦と同じ周波数の通信文を発している。敵の混乱に付けこみ、直前までその正体に気取られないようにするのが狙いだった。
「特殊揚陸艦、敵艦の攻撃を受けています!」
だがすぐに、随伴していた偵察機からの通信がオルレアンの戦闘指揮所に送られてきた。『連合』軍は特殊揚陸艦の正体に気付き、攻撃を加えてきたようだ。
「流石に、そう上手くはいかないか」
リコリスは苦笑した。出来れば『連合』軍艦を装ったまま基地に侵入させたかったが、敵は思ったより早くこちらの狙いを察したらしい。
改装時に取り付けられた追加装甲のお陰でまだ沈没した艦は出ていないが、少なくとも基地に取りつかせることは不可能だ。
「計画2に移行せよ」
リコリスは落ち着いた口調で命じた。『連合』軍艦を偽装した艦を接舷させて地上軍特殊部隊を突入させる計画は、いったん棚上げにせざるを得ない。
最善の策が失敗したのなら、次善の策を使うまでだった。
リコリスの命令を受けた特殊揚陸艦は忠実に従った。乗艦していた特殊部隊、更には艦の乗員までが艦載艇で脱出していったのだ。
空になった特殊揚陸艦は機関出力を最大にしたまま、敵基地に向かって突っ込んでいく。
その光景を見た基地の砲は、泡を食ったように特殊揚陸艦に向けて発砲した。巡洋艦の主砲に匹敵する威力の砲が数十門束ねられ、特殊揚陸艦に向かって光の束が殺到する。
基本的には駆逐艦でしかない特殊揚陸艦は、一見その砲撃に対して全くの無防備に見えた。正体を隠すために設けられた張りぼての艦上構造物が次々と吹き飛ばされ、更には船体が穴だらけになっていく。
僅かの間に、各艦は幽霊船の宇宙船版とでも言うべき悲惨な姿となった。
だが特殊揚陸艦は沈まなかった。
改装の際、各艦には武装の撤去と引き換えに地上軍の収容施設が設けられた他、防御力が強化されている。基本的には駆逐艦のままだが、機関とその周辺設備だけは戦艦並みの装甲が施されたのだ。
その装甲は基地からの砲撃にも見事に耐え抜き、機関を守っていた。各艦は次々と被弾しつつも、加速度だけは落とさずに進んでいく。
「敵輸送艦らしきもの、及び敵駆逐艦、遁走します!」
索敵科員が残りの敵艦の逃走を報告する。敵は『共和国』側の狙いが、無人艦を突入させて基地を破壊する事だと判断したのだろう。
そして基地が崩壊すれば戦闘後の駆逐艦は燃料補給を受けることが出来なくなるのはもちろん、下手をすれば崩壊に巻き込まれてしまう。だから敵駆逐艦は泡を食って逃げ出したのだ。
「よしよし」
リコリスは状況を確認すると安堵の息をついた。最初の計画が失敗した時は内心でどうなるかと思ったが、何とか上手くいきそうだ。
リコリスが予想通りの敵の動きに薄笑いを浮かべる中、無人艦たちは基地の近距離に接近し、そして突入する代わりに大爆発を起こした。
無人艦の機関はオルレアンから制御されており、特定のコマンドを打ち込む事で、機関を暴走させて自沈させる事が出来るのだ。これにより通常の核兵器を遥かに上回る規模の爆発が発生し、周囲を襲う。
もっとも、宇宙空間には大気が存在しないため、地上での核爆発において破壊力の大部分を担保する爆風効果は発生しない。また同じ理由で熱も地上に比べて極めて伝わりにくい。
宇宙空間における核爆発には、艦船や基地のように巨大な物体を破壊したり蒸発させるような威力は無いのだ。
しかし一方で、地上における核爆発より遥かに伝わりやすいものがある。可視光を含む各種の電子線である。大気が無いという事は、電子線のエネルギーが吸収されないという事でもあるのだ。
そしてその電子線効果こそが、『共和国』側の狙いだった。
『共和国』側から直接確認する術は無かったが、至近距離で突如発生した膨大な電子線は狙い通り、基地の電子機器に対して人間が望遠鏡で太陽を覗き込んだにも等しい影響をもたらしていた。
突然異常な量の電磁波を浴びたレーダーは完全に機能を停止し、砲の旋回装置は混乱して出鱈目な動きを繰り返す。
その隣の光学観測所では、突然飛び込んできた膨大な可視光によって文字通り目を焼かれた観測員たちが呻いていた。
麻痺状態に陥った基地には、同じく地上軍を乗せた白衛艦隊の揚陸艦第二陣が接近している。
そう、『共和国』側が無人艦を向かわせた狙いは基地を破壊する事では無かった。目的は基地を使用不能にする事ではなく、防御機能を麻痺させて占領を容易にすることにあったのだ。
その意図に気付いたらしい駆逐艦群が反転を試みたが、同時に前進していた巡洋艦の主砲射撃によって追い払われた。
彼らはそのまま、輸送艦とともに逃げていく。連続した戦闘で燃料が危うくなり、やむなく撤退せざるを得なくなったのだろう。これで取りあえず、白衛艦隊の秘密は守られた。
地上軍特殊部隊が今度こそ基地の占領に向かう傍らで、それ以外の場所に向かっている揚陸艦もいた。基地に接近している艦が小型なのに対し、こちらは大型だ。
更によく見ると、全艦が『連合』製であり、大気圏上層まで突入する為の耐熱塗装を備えていることが分かる。明らかに大気往還艇ではなく、宙兵部隊を降下させる為に作られた艦だった。
各揚陸艦は同乗している元カトブレパス勤務の『連合』軍人の助言に従い、『連合』軍の航空基地や対空砲陣地に向かって照準を合わせている
『共和国』軍内の『連合』人部隊である白衛艦隊と白衛軍団は、『連合』軍自慢の降下作戦技術を受け継いでいる。その技術は今や生みの親に向かって牙を剥こうとしていた。