紅炎と黒点ー7
『共和国』首都惑星イルルヤンカシュでは、政府の緊急会議が開かれていた。議題は無論、『連合』軍の反攻作戦とそれがもたらした帰結である。
「『連合』軍は惑星ゲリュオン及びターラカを占領し、同地に駐留していた『自由国』軍及び『連盟』軍を壊滅させました。特に『連盟』軍は地上軍は無論、宇宙軍も殆どが未帰還となり、短時間で戦力を回復できる見込みはありません」
国防局長のエトゥワール・ラシュレイ元帥は、特大の苦虫を噛み潰してしまったような心境で、『共和国』最高指導者のローレンス・クラーク政務局長に事態を報告した。
国防の最高責任者という立場上、ラシュレイとしては物事の純軍事的な側面だけではなく、政治的側面も見なければならない。しかし今回、ラシュレイはそこから本気で目を逸らしたくてたまらなかった。
「また…この敗北により両国では大規模な政治的混乱が発生しています。『自由国』では救国政権軍、『連盟』では緑色同盟を名乗る『連合』寄りの反乱軍が蜂起しており、両国政府は対応に追われています。特に『連盟』では反乱軍が複数の惑星を占領する等、事態は深刻です」
ラシュレイは嫌々ながらという口調で、2つの同盟国の現状を説明した。
元々両国では、大して望んでいなかった戦争への反感と、戦時体制による消費財の不足に対しての憤懣が中産階級を中心に広まっていた。そこに前線から来た大敗の報告は、既にまき散らされていた油に火を点けるマッチの役割を果たしたのだ。
「まったく、戦いに負けたからと言って革命など起こせば、余計に状況を悪くするばかりだというのに」
ラシュレイの報告を聞いた産業局長が舌打ちする。
正論だが、多くの正論がそうであるように全く意味のない御託だとラシュレイは思った。
人間、或いは群衆という動物がそれほど理性的なら、この世はとっくに楽園になっているだろう。
無論実際の人間は必ずしも理性的に行動せず、結果としてこの世は楽園とは程遠い有様のままだ。
人間集団の知性と道徳性はその規模に反比例する傾向があり、歴史という書物は一人一人を見ればそれほど愚かでもないはずの集団が起こした、数々の愚行と蛮行で彩られている。
「とにかくこれで、『連合』領侵攻作戦に対する『連盟』や『自由国』の協力は期待できなくなりました。今望めるのはせいぜい、彼らが『連合』側に立って参戦しないこと位です」
続いてラシュレイは一息に状況を説明した。
始まった内戦がたとえ『共和国』寄りの現政府の勝利に終わっても、当分彼らの助力は期待できない。『連合』軍の反攻作戦によって、両軍は遠征能力を失ったからだ。
まず『連盟』軍は惑星ターラカに展開していた主力部隊が壊滅し、宇宙軍総戦力の6割を失った。同国が損害から立ち直る頃には、この戦争が終わっているだろう。
一方の『自由国』は何とか主力部隊の救出には成功したが、ゲリュオン陥落によって膨大な基地設備と物資を失っている。
同軍が損害から立ち直って再び攻勢作戦を始める準備を整える前に、イピリア方面の『連合』軍は再度の侵攻を不可能とする程の規模にまで強化されているだろう。
今後の『自由国』は守勢的な戦略を取るしかないと、国防局では推測していた。
「つまり我が国単独で『連合』を倒すか、或いは別の同盟国を誘わねばならんという事だな」
これまで黙っていたクラーク政務局長が重々しい口調で言った。一見茫洋として穏やかそうに見えるが、どこか酷薄なものを感じさせる顔にはめ込まれた青灰色の眼がラシュレイを見据える。
ラシュレイは背筋が寒くなるのを感じた。クラークは「メッセンジャー殺し」を行うほど愚かな人物ではないと頭では分かっているが、だからと言って内心の恐怖を抑えられるものではない。
クラークは内政、外政ともにまず優れた政治家と言ってよいが、それ故に仕える側としては気が休まらないのだった。
「その通りです。ここは大幅な譲歩を行ってでも、どこか他の国を戦争に引き入れる必要があるかと」
ラシュレイは水を一口飲み、深呼吸してから答えた。
『連合』軍の一連の攻勢により、『共和国』側は宇宙軍5個艦隊相当、地上軍6個軍相当の戦力を失った。殆どが同盟国軍で主力の『共和国』軍では無いのが不幸中の幸いだが、これほどの損失を短期間で埋めることはまず不可能だ。
同盟国の政治的混乱という事情を抜きにしても、大至急新しい国を『共和国』側に引き入れる必要がある。作戦本部ではそう分析していた。
「ふむ…しかし問題は大規模戦争における負け組に付こうとする国があるかだな。大抵の人間は沈みかけた船より、いかに内装が不快でも沈みそうにない船を選ぶものだ」
クラークが諧謔を込めた口調で言った。『連合』軍の反攻を予期できなかった軍と、『連合』、特に『連合』新政府との戦争を回避できなかった自らを同時に嗤っているように見えた。
「その通りです、閣下」
ラシュレイは取りあえずそう答えた。クラークの言う通り、『連合』軍の反攻作戦が成功した今の段階で、同盟国を募っても見つかるとは思えない。
他国の外交官という連中は銀行家によく似ている。物事が上手くいっている時にはお世辞を言いながら関係を深めようとする一方、こちらが困窮していればそっと離れていくものなのだ。
「よって軍事的勝利が必要となります。この度の敗北で高まっている敗戦ムードを塗り替え、他国に我が国の不敗を印象付けるだけの勝利が」
ラシュレイはそう言うと、作戦本部が立案した幾つかの作戦を口にした。
多くが『連合』軍の反攻によって失われた惑星の奪還を目的としているが、『連合』領の他の惑星の占領を目的としたものもある。
いずれにせよ目的は同じで、大きく悪化した地政学的状況を改善するとともに、諸外国に『共和国』が攻勢能力を失っていないことを知らしめるためのものだった。
クラークを含む議場の殆どが頷いた。『連合』軍の反攻は同盟国の軍事力だけではなく、『共和国』の対外的な威信をも傷つけた。
まずはそれを回復しない限り、この戦争の流れは『共和国』にとって好ましくないものになるだろう。
(幸い、我が国の軍事力は殆ど損害を受けていない)、各作戦案について説明しながら、ラシュレイは内心でそう踏んでいた。
今回の反攻作戦による『共和国』自体の被害は弱小な監視部隊位のもので、主力は全くの無傷だ。新たな作戦を実行する力は十分にあるはずだった。
しかしこの会議の2日後、ラシュレイはそのような楽観論が誤りであることを知ることになった。
作戦本部の会議室で幕僚たちと共に次期作戦案を詰めていた彼の下に、血相を変えた通信兵が駆け込んできたのだ。彼がもたらした報告を聞いて、ラシュレイは顔色を変えることになった。
「スレイブニルだと?」
惑星スレイブニル周辺の宙域には、2つの流星群が出現したように見えた。青白い光の帯が2群に分かれて飛び回り、時折爆発的な閃光が走る。
全てを俯瞰出来る者がいれば、それをこの世で最も美しい光景と見なしたかもしれない。
だがもちろん、2つの流星群、『共和国』軍第3艦隊群と、『連合』軍第一統合艦隊を動かす人間たちの中に、全てを俯瞰出来る者はいなかった。彼らはただ、祖国ないしは神への忠誠、及び自らの生存のために相手を倒そうとしているだけだ。
そして後者の為に戦っている人間の割合は、明らかに『共和国』側の方が大きかった。言い換えれば、敗北しているのは『共和国』側だった。
既に傷つき、戦闘力の過半を失っている『共和国』軍艦艇に、『連合』軍のドニエプル級戦艦が放つ主砲斉射、あるいはクレタ級駆逐艦から発射された対艦ミサイルが次々に突き刺さり、止めを刺していく。
対する反撃の砲火はその数分の一に過ぎず、『連合』の攻撃を止めるには至らなかった。
脱出しようとする部隊もいたが、その多くは『連合』軍のコロプナ級巡洋艦やこの戦いに少数が参加していた改コロプナ級巡洋艦に襲撃され、さらにはドニエプル級戦艦の砲撃を浴びて力尽きていく。
ファブニル星域会戦から2年近くが経過した今、『連合』宇宙軍は『共和国』宇宙軍に劣らない機動戦能力を手にしつつあった。
むろん、『共和国』軍が奮戦する場面も幾つかはあった。
指揮官、そして幸運に恵まれた部隊は、なおも彼らが優位に立つ分野、通信能力と対艦ミサイルの性能を生かして、勝ちに奢る敵にしたたかな一撃を加えていったのだ。
まずは駆逐艦と戦闘機が戦艦や巡洋艦からの支援を受けて敵の死角から襲い掛かり、相互連絡が取れていない敵艦を次々に叩きのめしていく。
『連合』の新鋭艦は機動力が大幅に改善された反面、防御力はそれに見合うほど向上していない。
今なお人類世界最強の威力を誇るASM-15やASM-16の直撃を受けたウルスラグナ級戦艦、コロプナ級巡洋艦、セルト級駆逐艦はほぼ例外なく装甲を貫通され、甚大な被害を受けた。
更に多数の脱落艦を出した部隊に向かって殿軍の戦艦が砲火を浴びせ、追撃を停止に追い込んでいく。
大損害を受けた『連合』軍部隊の指揮官たちは、再建された宇宙軍の限界を思い知らされた。
現在の『連合』宇宙軍は『共和国』宇宙軍と比べてもなお、若手士官の割合が多い。
しかも『共和国』宇宙軍の若手士官の多くはそれなりの実戦経験を積んでいるのに対し、『連合』宇宙軍の士官はこれが現在の階級に昇進してから初の実戦という者が中心だ。
実際、士官の平均的な能力という点でいえば、現在の『連合』宇宙軍はファブニル星域会戦当時より下だった。
だがスレイブニルの第一統合艦隊には、ファブニルの第二統合艦隊にはない強みがあった。
あの時と違って指揮系統と通信規格は統一され、すべての部隊が一人の指揮官の命令の下で動いている。そして何より重大なのは、圧倒的な数の優位だった。
『連合』軍第一統合艦隊は10個艦隊、約2500隻で編成されている。ターラカで生じた多少の損害を差し引いても尚、『連合』宇宙軍創設以来、最大規模の部隊である。
対して『共和国』軍第3艦隊群の戦力は702隻、約3個艦隊相当に過ぎなかった。
書類上は6個艦隊1581隻が所属しているのだが、多くの艦が整備のために本国に回航されたり船団護衛のために他の部隊に臨時配備されており、スレイブニルに展開しているのは半分以下に過ぎなかったのだ。
3倍の数の優位には、将兵の多少の能力差など完全に無視できるだけの力があった。
『共和国』のある部隊が奮戦して敵を撃破しても、すぐにそれ以上の戦力を持つ別の部隊が襲ってくる。第3艦隊群の戦力は、連続する打撃によって急激にやせ細っていった。
「我が軍の残存艦艇は400隻前後、多くは損傷しています」
第3艦隊群旗艦プラアムジスの戦闘指揮所に悲痛な報告が届く。司令官のゲミストス・ベサリオン大将は黙ってそれを聞いていた。
第3艦隊群はいくつか局所的な勝利を収めたものの、それが限界だった。スレイブニルに来寇した『連合』軍の大艦隊を止めるには至らなかったのだ。
「各艦に自己の判断で本国まで後退するように命令しろ。艦隊さえ残っていれば、また戻ってくることが出来る」
ベサリオンがその命令を発した時は既に、戦場は旗艦プラアムジスの付近にまで接近していた。副砲が時折咆哮し、ミサイル攻撃をかけようとする敵駆逐艦を追い払っている。
そして不意に、プラアムジスの巨体が大きく痙攣した。
「対艦ミサイル4発を被弾。通信機並びに副砲塔4基が損傷しました」
しばらくして被害報告が届く。副砲はともかく、通信機の損傷は致命的だった。プラアムジスは旗艦に不可欠の通信機能を失ったのだ。
「分かった。復旧を急いでくれ」
言いながらベサリオンは、さっきの撤退命令が自らの生涯最後の命令となった事を悟った。
通信機能の回復には少なくとも数時間かかるし、戦闘中の旗艦変更は不可能だ。そして今、旗艦プラアムジスには多数の敵艦が接近していた。
「戦艦7、こちらに接近しています」
「分かった。砲戦の指揮は任せる」
ベサリオンはそれだけ言うと、司令官席に座り込んだ。通信能力を失った戦艦で、司令官が出来ることは何も無い。
数秒後、プラアムジスは最初の主砲射撃を行った。その光の束の大きさと飛翔速度は、開戦当時の『共和国』軍最強戦艦であるクロノス級を遥かに上回っている。
そしてその巨大な光の束のうち、一つは敵戦艦を最初から直撃した。遥か彼方に走る巨大な光は、プラアムジスの主砲が持つ恐るべき威力を予感させる。
続いて第2射がまたも敵戦艦を直撃する。最初の目標になった戦艦はこれで沈黙した。おそらく射撃指揮装置を損傷したのだろう。
「これが、ウルスラグナ級戦艦の力か。流石は我が国の最強戦艦だ」
ベサリオンは旗艦の恐るべき戦闘力に感嘆の笑みを浮かべた。
プラアムジスは『共和国』の新鋭戦艦ウルスラグナ級に属している。途中の設計変更によって就役が遅れた同級だが、リントヴルム侵攻作戦に合わせ、ようやく前線に配備され始めたのだ。
そしてウルスラグナ級は、ベサリオンの目の前で期待通りの威力を発揮していた。相手はドニエプル級より一世代前のクラブリー級戦艦だが、それでも戦艦を2斉射で戦闘不能に追い込んだのは快挙と言うしかない。
「我が国最強ではありません。人類世界最強です」
プラアムジスの艦長が不敵に言い放った。フルングニル星域会戦以来、『共和国』軍は『連合』のドニエプル級戦艦の高性能に悩まされたが、それも過去の話だ。そんな自信が仄見える口調だった。
その言葉に反論しようとするかのように、『連合』側の砲撃もプラアムジスに降り注ぐ。荷電粒子の束から放たれる光が電飾のように舞い、続いて直撃の閃光が艦の表面に舞い散った。
ベサリオンは一瞬、轟沈を予測した。1隻は脱落させたが、それでも6隻の戦艦に一斉射撃を食らったのだ。これまでの『共和国』軍戦艦であれば、すぐに沈没してもおかしくない。
だがプラアムジスは耐え抜いた。幾つかの区画は破壊され、主砲塔1基が電路を切断されて使用不能になったが、残りの主砲は屈せずに発光性粒子の束を吐き出したのだ。
ちょっとした要塞砲並みの大きさと威力を持つ巨砲は、2隻目の敵戦艦を捉えた。敵の主砲塔2基が即座に沈黙し、甚大な被害を与えたことを伺わせる。
(この艦が30隻いれば、勝てたかもしれんな)
旗艦が発揮している恐るべき戦闘力を見て、ベサリオンの脳裏にそんな考えが浮かんだ。
むろん、それが幻想であることは承知している。宇宙戦闘は戦艦から航空機までの各種兵力が協同して戦うものだ。戦艦部隊だけがいくら優秀でも、他の部分で劣っていればやはり敗北は免れない。
それでもウルスラグナ級の圧倒的な火力と防御力は、ベサリオンをしてそう思わせるに十分だったのだ。
その考えを後押しするように、射撃目標にした敵戦艦が存在した宙域に、巨大な光の塊が出現した。プラアムジスの主砲が敵戦艦の機関を直撃し、轟沈に追い込んだのだ。
ウルスラグナ級戦艦の巨大な主砲は、戦艦をまるで巡洋艦のように叩きのめしていた。
一方のプラアムジスにも被害が相次いでいる。
敵艦の連続斉射は機銃やアンテナなどの外側に露出されている設備を破壊し、機関や粒子加速器程厳重に守られていない区画も次々に粉砕していく。
兵員の死傷と発電能力の低下、それに観測機器の破壊によって、巨艦の戦闘力は徐々に低下していった。10秒おきに放たれていた斉射が15秒おき、20秒おきになり、射撃精度も低下していく。
それでも何度かの空振りの後、プラアムジスの主砲は3隻目の敵戦艦をとらえた。この一撃はレーダーを破壊したらしく、敵艦からの電波放射量が激減したことが確認される。
ほとんどがベルツの第1艦隊群に配属されたため、第3艦隊群でただ一隻しかいないウルスラグナ級戦艦は、惑星フレズベルクで待機している姉妹艦を叱咤するように、八面六臂の戦闘を繰り広げていた。
あまりの損害に恐怖したのか、『連合』の戦艦はいったん後退していった。その代わりに、戦艦よりずっと小さいがずっと高速で動く光点が近づいてくる。
「敵駆逐艦20隻前後、本艦に突入してきます」
索敵科員が絶叫する。戦艦同士の戦闘では埒が明かないと見た敵は、駆逐艦による対艦ミサイル攻撃を行おうとしているのだ。
それを確認するや否や、プラアムジスの副砲のうち生き残っている砲が駆逐艦に向けられ、主砲までが発射される。
通信能力を失った今、護衛艦艇を呼び寄せて駆逐艦を追い払わせることは出来ない。第3艦隊群旗艦に残されているのは、自己の火力のみだった。
接近してくる光の帯のうち、まず2つが消滅する。プラアムジスの副砲が浴びせた集中砲火が、敵駆逐艦を直撃し、機関を停止させたのだ。
次に走った巨大な閃光は、主砲によるものだった。戦艦の装甲さえ破壊する巨砲は、駆逐艦を跡形もなく吹き飛ばしてしまったのだ。
全長1000mを超える巨大戦艦の火力は、300m前後の駆逐艦を容赦なく薙ぎ払っていく。ネコ科の肉食獣を蹴散らす巨象さながらだった。
続出する被害を見て、『連合』軍の指揮官たちは戦慄を覚えていた。
たった1隻の戦艦が合計30隻近い艦艇と渡り合い、大損害を与えている。あの怪物が量産される事になれば、どのような被害がもたらされるのか。
実はこの時、惑星フレズベルク周辺では既にプラアムジスの姉妹艦たちが舳先を並べていたのだが、彼らはそれを知る由も無かった。
『連合』側の指揮官たちは、ただ目の前の巨艦ーそれがウルスラグナ級という名の新鋭戦艦であることだけは既に分かっていたーの恐るべき戦闘力に驚愕するしかなかったのだ。
だがウルスラグナ級と言えども、全ての敵を自力で粉砕する事は出来なかった。巨大な主砲も、その間に敷き詰められた多数の副武装群も、合計27隻の艦艇を阻止するには少なすぎたのだ。
プラアムジスの巨大な艦体に、次々と青白い光が走る。駆逐艦群が放ったホーネット対艦ミサイルが直撃しているのだ。
ミサイルが一発命中するごとに、副武装やレーダーが吹き飛ばされ、優美さと重厚さを兼ね備えた艦体の形状が歪んでいく。そこに戦艦群の砲撃が襲い掛かり、ミサイルが破壊し損ねたもの全てを粉砕していった。
並みの軍艦ならとっくに跡形もなく消滅している程の被害だったが、プラアムジスはなおも主砲を一斉射し、『連合』軍の指揮官たちを驚愕させた。
流石に直撃はしなかったが、死にかけているはずの艦から放たれた太い閃光は、彼らを戦慄させるに十分だったのだ。
この一斉射を最後に、プラアムジスは完全に沈黙した。艦上の設備は全てが吹き飛ばされ、艦全体が焼け爛れている。
だが『連合』軍の艦艇はそれでも攻撃を止めなかった。少しでも手を緩めれば、この怪物は再び牙を剥いてくるのではないか。そのような迷信的な恐怖が、彼らに砲撃を続行させたのだ。
やがてプラアムジスが巨大な爆発光と共に消滅すると、ようやく『連合』軍の将兵は我に返った。
周囲ではとっくに戦闘は終わり、惑星スレイブニル周辺に存在するのは『連合』軍の艦ばかりになっている。ある意味プラアムジスは、旗艦自らが囮となる事で周囲の残存艦を逃がしたとも言えた。
「やった! 勝ったぞ!」
『連合』軍艦艇の内部では、どこからともなく、そんな歓声が上がり始めた。
『連合』軍はこれまで、『共和国』宇宙軍に対して敗北を重ねてきた。ファブニル星域会戦の屈辱から始まり、フルングニル星域会戦でも再び敗れた。『連合』軍が勝利したのは小規模な局地戦ばかりである。
大規模戦闘の中で唯一勝ったと言えるのはオルトロス星域会戦だが、内戦中の出来事でしかも騙し討ち同然の戦いとあっては、あまり素直に喜べるものでもない。
だが初めて、新『連合』軍は『共和国』軍に大規模な艦隊戦で勝利した。
敵艦隊700隻のうち400隻前後を撃沈し、惑星スレイブニルの制宙権を握るという、文句なしの勝利を収めたのだ。それも、恐るべき新鋭戦艦を相手に。その事実が彼らの気分を高揚させていた。
一方の『連合』軍第一統合艦隊司令官のフェルナン・グアハルド元帥は、大騒ぎの輪から離れて、結果を分析していた。
(『共和国』軍は、やはり強い)
グアハルドは被害状況を見てそう感じていた。第一統合艦隊で沈没ないし重大な損害を受けた艦の数は300隻ほど。2400隻で700隻を相手にしたにしては、異常な程の被害だ。
艦隊戦の能力において、『連合』軍は未だに『共和国』軍に劣っている。グアハルドはそう結論付けざるを得なかった。
だが戦術的には辛勝でも、戦略的には紛れもない大勝利だった。
この戦いにより、惑星スレイブニル周辺の制宙権は完全に『連合』軍のものとなったからだ。しかも『共和国』軍の主力部隊は遠く離れた惑星フレズベルクにいて、奪回作戦を行うことは出来ない。
『紅炎』作戦と『黒点』作戦は完璧な成功を収めた。開戦後すぐに『共和国』軍に占領されたスレイブニルは、ようやく本来の持ち主の元に戻ったのだ。
そればかりではない。スレイブニル奪回は間接的に更なる効果を上げていた。
この惑星は、『共和国』の本国と惑星フルングニルの中間に存在し、物資のやり取りにおいては欠かせない寄港地となっている。
そのスレイブニルが『連合』軍の領土に戻った今、惑星フルングニルに展開する『共和国』軍は同惑星に孤立することになったのだ。
しかもその数は半端なものでは無い。『共和国』軍は彼らが計画中のリントヴルム侵攻作戦に備え、フルングニルの戦力を大幅に増強していたことが分かっている。
その戦力は推定で軍艦1000隻と、地上軍800万人に及んでいた。それらが全て、補給の途絶した惑星に閉じ込められる形となったのだ。
「我々は戦争に勝ちつつある」
グアハルドは中央航路周辺の星図を見ながら呟いた。『紅炎』、『黒点』の両作戦によって、『共和国』軍がフルングニルへの中継基地として利用できる惑星は全て『連合』の手に落ちた。
後はこの状態を保ち続ければ、フルングニルの『共和国』軍は朽ち果てる。それは彼らにとって、片腕を切り落とされたに等しい打撃になる筈だった。




