紅炎と黒点ー5
有人惑星ターラカは長い間、『連合』人と『連盟』人が混在して居住しており、為に両国の間で係争地となっていた星である。
と言っても、一般的な意味においては特に重要な惑星ではない。一応人類の居住が可能というだけで、めぼしい資源も無ければ農業生産力に優れているという訳でもないのだ。
いやそもそも「『連合』と『連盟』の係争地」という言葉自体が、この星の価値について何がしかのことを物語っている。
『連合』が人類世界最大の大国であるのに対し、『連盟』は吹けば飛ぶような弱小国家だ。ターラカに何か重要な価値があれば、『連合』政府はとっくに直接侵攻なり軍事的恫喝なりを行って手に入れていただろう。
『連合』がそうしなかったのは、武力を用いて専有権の主張を通すほどの価値がターラカに無かったからに他ならない。
その為数十年に渡って外交上の非難合戦ばかりが続いていたターラカだが、この戦争において少しだけ脚光を浴びることになった。
『共和国』の属国として戦争に参加した『連盟』軍が、『連合』軍主力が『共和国』軍と交戦している隙をついて、ターラカ占領に成功したのだ。
『連盟』政府は長年の悲願達成を国民に喧伝し、芳しいとは言えない政権支持率の向上に努めている。 陸地の大半が砂漠気候で特に産業も無い惑星が手に入ったからと言って、『連盟』人の生活水準が実質的に向上する訳では無い。
しかしとにかくこの戦争で何がしかの成果を収めたという象徴としては、国境近くの有人惑星の占領に勝るものは無かったのだ。
かくしてターラカの各所には『連盟』の国旗が誇らしげに立てられ、惑星それ自体の重要性と比較して明らかに過剰な規模の『連盟』軍が駐留している。
これらの軍隊は次の侵攻作戦の為ではなく、単にターラカを守るために配置されており、『共和国』を嘆かせていた。
『共和国』としてはターラカの先、少なくとも現在の主戦場である惑星フルングニルの近くにある惑星カトブレパスまでは侵攻して欲しかったのだ。そこまで侵攻してくれなければ、助攻として『連合』に脅威を与えることが出来ない。
しかし『連盟』は何やかんやと理由をつけて、『共和国』の要請を拒否していた。元々脆弱な同国の経済は戦争による更なる負担に耐え切れず、崩壊の危機に瀕していた為である。
船舶需要の逼迫で食料の輸送にすら事欠く中、ターラカ以遠への侵攻作戦など考えられもしない。これが『連盟』政府及び多くの国民の本音だった。
このような態度を巡り、『共和国』と『連盟』の間ではかなり深刻な外交問題が発生している。
『共和国』は要請を拒むなら現在の軍事・経済援助を打ち切ると脅迫し、『連盟』の方は『連合』との単独講和を匂わせて対抗しているのだ。
険悪な空気が流れる中、『共和国』政府は『連盟』の首都に特殊部隊を送り込んで傀儡政権を打ち立てる計画を真剣に検討し始めていた。
だが結果として、両国の対立がそれ以上険悪化することは無かった。理由は単純である。惑星ウェンディゴから出撃した『連合』軍第一統合艦隊、2000隻を超える巨大艦隊がターラカを急襲し、駐留していた『連盟』軍を一撃で蹴散らしてしまったからだ。
「他愛無いな。所詮は弱小国の軍隊、『共和国』宇宙軍とは比べ物にならないか」
『連合』宇宙軍第一統合艦隊司令官のフェルナン・グアハルド大将は、光の中に消えていく『連盟』軍艦艇を見ながら安堵と軽蔑の入り混じった笑みを浮かべた。
オルトロス星域会戦以来の『連合』のお家芸、工作員による基地の通信機および長距離レーダーの破壊と、艦隊による奇襲は見事に成功した。
もともと『共和国』や『連合』と比較して電子兵装の性能が劣る『連盟』宇宙軍は、ほぼ無警戒のまま約4倍の戦力を持つ『連合』宇宙軍の奇襲を受けたのだ。
結果として始まったのは戦闘というより、無慈悲な流れ作業だった。
まずはバラグーダの大群が『共和国』から供与されたPA-25初期型からなる『連盟』宇宙軍航空部隊を一掃し、航空優勢を確保。続いてドニエプル級戦艦を主力とする高速砲戦部隊が、『連盟』宇宙軍の隊列をずたずたに切り裂いた。
『連盟』軍は意外な奮戦を見せ、『連合』軍艦艇80隻ほどを撃沈ないし撃破したが、その後彼らを待っていたのは緩慢な嬲り殺しそのものの戦闘だった。
戦力は『連合』軍2500隻に対し、『連盟』軍650隻。しかも兵器の質でも圧倒的に『連合』側が勝る。 この状況で『連盟』軍が勝つ可能性など、サイコロを100回振って全て同じ目が出る確率より低かったのだ。
今、『連盟』宇宙軍は『連合』側の艦隊機動によって幾つかの小集団に分割され、その全てが完全に退路を塞がれている。
第二次ファブニル会戦で『共和国』宇宙軍が披露した殲滅戦を、その仇敵にして最も優秀な弟子たる『連合』宇宙軍が披露していた。
「敵国とはいえ、こうなると哀れなものだな」
グアハルドは敵将が聞いたら激怒しそうな憐みの言葉を述べずにはいられなかった。分断され、包囲された『連盟』宇宙軍はグアハルドの目の前で、必死に脱出を試みながらもその都度『連合』軍の砲火に倒れている。
ドニエプル級戦艦で編成された部隊は、機動力で劣る『連盟』宇宙軍艦隊の前方を常に先回りし、丁字を描いた状態で集中砲火を浴びせる。
『連盟』軍艦艇はその火力の滝の中で次々と砕け散り、自らの反応炉の爆発が生み出す光の雲の中に溶けて行った。
輪をかけて冷酷な事実として、『連盟』軍は反撃することすら出来なかった。
戦場の航空優勢を完全に『連合』軍航空部隊が握っており、こちらは航空機による弾着観測を行えるのに対し、彼らには出来なかったからだ。まるで目を潰したうえで、遠くから全身を少しずつ切り刻んでいくような残酷さだった。
とにかくドニエプル級戦艦から離れようと反転した部隊の前には、『連合』軍の旧式戦艦が立ちはだかる。
旧式戦艦とはいえその機動力は『連盟』軍戦艦とほぼ同等であり、火力と防御力では上回っている。もちろん、『連合』側が航空優勢を確保しているという条件もそのままだ。
結局彼らもまた、『連合』宇宙軍が誇る圧倒的な火力によってなぎ倒されるという運命を免れることは出来なかった。
戦艦が、巡洋艦が、駆逐艦が、手出し不可能な距離から放たれる『連合』軍艦の砲撃に捉えられ、次々に艦体に直撃の閃光を浮かべる。
応急科が修理に成功する場合もあれば失敗して沈没の運命を迎えることもあるが、後者もより幸運という訳では無かった。応急措置を終えたそばから次の被弾が発生、修理に必要な機器と乗員を少しずつ削っていったからだ。
即死でない分、乗員にはむしろ残酷かもしれない。
それを見ている『連合』軍将兵からは、どこからともなく笑い声が上がり始めた。
今回の戦争が始まってから初めて、自分たちが圧倒的優位に立っていることを知っての喜びの笑みでもあり、手も足も出ないままに袋叩きにされている敵への嘲笑でもあった。
笑い声は少しずつ、第一統合艦隊全体に広がっていく。これまでの苦戦や敗北全てを吹き飛ばそうとするかのように、『連合』宇宙軍将兵は笑い続けた。
「一歩間違えれば、これが我々の運命だったのだ。新政府が成立せず、軍制改革が行われていなければ」
それを見たグアハルドは、勝利に意気上がる戦闘指揮所要員に少々の釘を刺した。
旧政府時代の『連合』宇宙軍は兵器の性能で『連盟』宇宙軍に勝っていたが、指揮・通信能力や戦術能力では似たようなものだった。そのことは惑星ファブニルにおける2回の会戦で、如実に示されている。
もし新政府が成立せず、旧政府の軍事制度のまま戦争が続いていれば、『連合』宇宙軍はおそらく、目の前の『連盟』宇宙軍と同じような敗北を喫していた。
もしかしたら、既にリントヴルムに『共和国』国旗が立ち、政府は地球あたりに遷都しているところだったかもしれない。
今回は勝ったが、『連合』宇宙軍は最初から強かったわけではないし、未だに無敵の存在という訳では無い。今回実施されている大反攻作戦も、幾つかの幸運な偶然と第一司教の智謀、そして戦前からの研究の成果があって初めて可能になったことだった。
「しかも今回の相手は『連盟』軍だ。装備でも将兵の能力でも『共和国』軍に劣る。弱敵に勝利したからと言って、決して油断はするな」
さらにグアハルドは将兵たちに重大な事実を指摘した。
今回の戦いははっきり言って、始まる前から勝負が決まっていたようなものだ。『連合』軍は『連盟』軍の数倍の戦力を持ち、兵器の性能や兵士の練度を含めた質でも圧倒的に勝っていた。
言わばヘビー級プロボクサーとライト級のアマチュアボクサーが殴り合うようなものだったのだ。
はっきり言って特殊部隊の工作が失敗しようと奇襲が空振りに終わろうと、『連合』軍は勝っていたとグアハルドは確信していた。
今達成されつつあるような完全勝利とはいかなかったかもしれないが、少なくとも惑星ターラカの制宙権は確保できていただろう。
だが艦隊が次に戦わなければならない相手、『共和国』宇宙軍は違う。
オルトロスとフルングニルで思い知らされたように、新生『連合』宇宙軍の全力を持っても勝てないかもしれない強敵だ。
「『連盟』軍部隊、次々に降伏信号を出し始めました」
グアハルドが将兵に注意を促し終わったころ、延々と続いていた嬲り殺しのような戦闘は決着がついた。
既に艦隊司令官全員が戦死し、隊列も指揮系統もずたずたになっていた『連盟』軍の下級司令官たちが、ついに降伏を始めたのだ。
グアハルドはすぐに降伏の受け入れを告げると、参謀たちに今回の戦闘で生じた損害の集計を命じた。
『黒点』作戦の最も重要な段階はこれからだ。連れてきた工作艦D型だけで、今回の戦闘における損害に対応できるかを調べる必要があった。
惑星ターラカの『連盟』宇宙軍が『連合』軍に降伏するより少し前、『共和国』宇宙軍フレズベルク方面艦隊もまた最期の時を迎えようとしていた。
艦数3:1という数的劣勢、更には『連合』軍に比べて2世代前の艦中心であるという質的劣勢を考えれば、同艦隊は奮戦したと言ってもいい。
小惑星帯内部に設けた補給基地、『連合』軍の接近しそうな針路全てに敷設した機雷原、更には敵の光学索敵装置の目を晦ますための反射鏡。
フレズベルク方面艦隊は防御側が使用できるあらゆる設備を使って一種のゲリラ戦を展開し、『連合』軍が衛星軌道上に到達するのを2日間にかけて許さなかったのだ。
通常の宇宙戦闘が1日以内で終了することを考えれば、驚異的な記録と言える。
ただこの記録はフレズベルク方面艦隊の奮戦のみによるものではないことも、臨時司令官のアーバン・ザイフェルト少将は自覚していた。
『共和国』軍が航空機と駆逐艦による最初の攻撃を退けた後、『連合』軍は次なる攻撃を繰り出す代わりに真綿で首を絞めつけるような策を取った。『共和国』軍が脱出できそうな航路全てを艦隊で封鎖し、多数の偵察機を繰り出してきたのだ。
『共和国』軍航空隊は高速重防御のバラグーダ複座型全てを阻止することは出来ず、フレズベルク方面艦隊は常に敵偵察機の触接を受けることになった。
位置を確認した時点で一気に攻めてくる気かと思いきや、『連合』軍はここでも慎重策を取った。
小規模な空襲を連続して加えることでフレズベルク方面艦隊を弱らせるとともに、罠が無いかを確認しながら少しずつ艦隊を近づけてきたのだ。
1/3以下の敵相手に随分と慎重というか臆病な戦い方だが、有効であることは否定できなかった。
一気に突っ込んでくるような敵ならまだ対処のしようがあるが、逃げ場所を塞ぎながら少しずつ近づいてくる場合、脱出することも罠にかけることも出来ない。
フレズベルク方面艦隊が活動できる宙域の数は徐々にだが確実に減っていき、その外には『連合』軍の戦艦と巡洋艦が鉄壁の砲列を敷いていた。
そしてついに決定的な瞬間がやってきた。フレズベルク方面艦隊は自らが敷設した機雷原と敵艦隊の間に挟まれ、身動きが取れなくなったのだ。
機雷原に突っ込むか、或いは絶対に勝てない戦いを挑むか。ゆっくりと接近してくる敵艦隊は究極の選択を強いてきている。
「せめて駆逐艦だけなら…」
接近してくるドニエプル級戦艦とコロプナ級巡洋艦の群れを見ながらザイフェルトは呻いた。
編成に工作艦D型が含まれていないことを考えると、敵艦隊は中大型艦の損傷を恐れている。だから敵は駆逐艦と航空機だけでフレズベルク方面艦隊を片付けようとするだろう。ザイフェルトは事前にそう予測していた。
そして小型艦と航空機だけを相手にするなら、かなりの時間を稼ぎつつ大損害を与えることが出来るだろうと。
しかし現実は甘くなかった。
確かに敵の一撃目は駆逐艦と航空機のみによるものだったが、それが失敗するや否や彼らは方針を変えた。特に修理が難しいはずの戦艦まで含んだ部隊を繰り出し、フレズベルク方面艦隊を追い詰めていったのだ。
これではザイフェルトが当初考えていた策は通用しない。
相手が射程の短い兵器しか搭載していない駆逐艦ならばかりなら、こちらの戦艦と巡洋艦でアウトレンジできると、『共和国』側は期待していた。
相手よりバランスの取れた編成で戦うという優位が、数や世代における劣勢をある程度相殺出来るだろうと。
だが現実の『連合』軍は全ての艦を繰り出してきている。編成が同じであれば、質・量ともに劣る側が勝てる可能性など無きに等しかった。
「慢心していたのは、こちらだったかもしれん」
容赦なく接近してくる『連合』軍の姿を見据えつつ、ザイフェルトは自嘲した。
敵の最初の動きを見たザイフェルトは、彼らが自信過剰に陥っていると判断した。これなら勝てないにせよ、かなりの損害を与えることが出来そうだと。
しかし現実には、『連合』軍は無能でも傲慢でも無かった。彼らは何も考えずに攻撃しても押し潰せそうな敵を相手に、慎重かつ細心にことを進めてきたのだ。
弱敵相手であっても手を抜かず、確実に勝利を掴む。軍人の模範と言える。
「敵艦隊、発砲!」
索敵科員が悲鳴を上げる。これまで狩猟のようにフレズベルク方面艦隊を追い詰めてきた『連合』軍は、そろそろ止めを刺す段階に入ったと判断したらしい。
画面の中ではドニエプル級戦艦の巨砲が咆哮し、更にはピトケアン級駆逐艦の群れがミサイル攻撃の態勢に入っている。発光性粒子の束と軍艦の航跡が、禍々しい電飾のように虚空を彩っていた。
「全艦、敵に接近砲戦を挑め!」
後悔と屈辱に焼き焦がされながら、ザイフェルトはそれでも命令を出した。
『連合』軍艦の方が有効射程の長い砲を持つ以上、今の位置では敵に一方的に撃たれるだけだ。少しでも命中率を上げるには接近砲戦しかない。
だがザイフェルトは、この命令が状況を左程好転させないであろうことも自覚していた。
フレズベルク方面艦隊に所属する艦の砲では、敵の主力であるドニエプル級戦艦の装甲を打ち抜けない。砲撃が命中し始めても、せいぜい護衛の巡洋艦や駆逐艦を何隻か倒すのが関の山だろう。
砲が駄目ならミサイルというのは『共和国』軍人の普通の思考回路だが、フレズベルク方面艦隊の場合はそれさえ期待できない。所属艦が装備しているミサイルは大半が旧式のASM-13だからだ。
このミサイルではドニエプル級の装甲を貫けないばかりか、有効射程が足りないために砲火を掻い潜って発射することすら容易ではない。
敵艦隊とフレズベルク方面艦隊の間には、数の問題を抜きにしても、猟銃を持って防弾ベストを着ただけの人間と完全武装した装甲歩兵位の差があった。
自らの非力を自覚しながらも、フレズベルク方面艦隊はそれでも必死に接近を試みた。
降り注ぐ砲撃の中で戦艦の主砲塔は吹き飛ばされ、巡洋艦は中央部に直撃を受けて指揮中枢を失い、駆逐艦は巨大な光とともに沈没しているが、それでも各艦が前進を止めることはない。
機関は出しうる限りの出力を絞り出して艦を動かし、同時に敵に指向できる限りの砲が発砲して敵に少しでも被害を与えようとしている。
「各艦の砲撃、敵に命中し始めました!」
しばらくして敵の隊列内部に明らかに発砲とは異なる爆発光が出現し、索敵科員が歓声を上げる。
その歓声は兵装科、さらには艦全体に広がっていった。二線級部隊と見下されていた自分たちが、敵の新鋭艦を向こうに回して戦果を上げている。そのことに対する誇りが入り混じった声だ。
(そうだ。我々は少なくとも戦い続けている)
その声を聴いたザイフェルトは、自己嫌悪と絶望に沈みかけていた自らを鼓舞した。
フレズベルク方面艦隊は敵に追い詰められているが、まだ壊滅したわけではない。各艦が屈することなく戦闘を続けている中、司令官の自分が絶望に浸っているべきではない。
「いいぞ! そのまま撃ち続けろ!」
ザイフェルトは拳を握りしめながら立ち上がると、命令と言うよりは激励に近い言葉を将兵に送った。 声を発するとともに、沈んでいた心が熱を持ち始めるのを感じる。ここに左遷される原因となった5年前の疑獄事件に巻き込まれて以来、初めて感じる感情だった。
ザイフェルトの声に応えるように、各艦の砲は咆哮を続けた。
無傷の艦や損傷が軽微な艦はもちろんの事、沈みかけている艦ですら残った砲を敵に向けて発砲している。直撃を示す閃光が敵艦隊の隊列内部に連続して走り、花火のように虚空を彩った。
砲撃がどれだけの戦果を上げているのかはよく分からない。或いは殆どが、『連合』軍新鋭艦の分厚い装甲に弾き返されているのかもしれない。
だがそれでも各艦の砲員は発砲を続け、少しでも多くの被害を敵に与えようとしていた。
しかし『連合』軍からの砲撃も、着実に『共和国』軍艦を捉えていた。
ドニエプル級戦艦やコロプナ級巡洋艦の巨大な主砲から放たれる眩い光の筋は、材質自体が旧式化しているフレズベルク方面艦隊所属艦の装甲を易々と貫通する威力を持つ。
それが無数と言ってもいい程飛来し、『共和国』軍艦を次々と破壊しているのだ。
『共和国』軍の隊列に直撃の閃光が走るたびに、『共和国』側からの砲撃の密度はゆっくりと、だが確実に低下していく。隊列の至る所で轟沈を表す巨大な爆発光が走り、『共和国』軍の隊列は徐々にやせ細っていった。
「駄目なのか」
戦闘指揮所の幕僚の1人が絶望の叫びを上げた。
『共和国』側の戦力は『連合』軍の砲撃によって急速に低下している。一方、『連合』軍は重大な被害を受けたように見えない。
何隻かは撃沈破したはずだが、こちらに向かってくる砲火の密度は見たところ変わらず、接近によって命中率が向上した分激しくなったようにさえ見えた。
(ここまでか)
ザイフェルトはその声を聴きながら覚悟を決めた。後数分もすれば、フレズベルク方面艦隊は組織的な抵抗が出来なくなり、砲火の中で消滅するだろう。
ザイフェルトは敵艦隊の姿を睨みつけた。流石にこの距離まで来ると、旧式艦の光学装置でもその姿をはっきりと識別できる。
ザイフェルトは思わず、敵艦隊の雄姿に見とれた。
ドニエプル級戦艦、コロプナ級巡洋艦、ピトケアン級駆逐艦等の新鋭艦が整然とした隊列を組んで発砲を繰り返す様子は、荘厳と言ってもいい美しさを感じさせる。
ファブニルを巡る一連の戦いと内戦で一時は壊滅が囁かれていた『連合』宇宙軍は、新たな力を得て以前を上回る強大な軍に再生したのだ。もしかしたら、『共和国』宇宙軍をも上回るほどの。
だがフレズベルク方面艦隊に向かって発砲を続けていたその堂々たる隊列は、ザイフェルトが見つめる中で急に身を翻した。
各部隊が見事な一斉回頭を披露しながら、フレズベルク方面艦隊から遠ざかっていく。
「…何故」
ザイフェルトは呆けたように、敵艦の艦尾を見つめた。何故『連合』軍艦隊は、フレズベルク方面艦隊に止めを刺すことなく立ち去っているのだろう。
「馬鹿にしやがって! 倒す値打も無いってことか!?」
戦闘指揮所をたまたま訪れていた若い通信兵が、『連合』軍の行動を見て泣くように叫んだ。
絶対に勝てるはずの戦闘を放棄して立ち去るなど、侮辱も甚だしい。フレズベルク方面艦隊は、『連合』軍艦隊にとってそこまで歯応えの無い相手だったのかと、彼は思っているようだった。
「いや、これは違うかもしれんぞ」
ある事に気づいたザイフェルトは、通信兵に話しかけた。敵は隊列を戦闘序列にしたまま、各レーダーを最大出力にして遠ざかっている。にわかには信じがたいが、それが意味するところは…
「味方艦より通信です」
別の通信兵がさっきのザイフェルト以上に唖然とした表情で報告し、回線を繋ぎ始めた。
そう、彼は「味方艦」と言った。フレズベルク方面艦隊の所属艦以外の『共和国』軍艦が、フレズベルクに出現するという、絶対にあり得ないはずの現象が起きたのだ。
そしてモニターに現れた相手の顔を見て、ザイフェルトは思わず口を開けてしまった。一瞬、自分が発狂したか、或いは知らない間に幻覚剤か何かを飲まされたのではないかと思ったほどだ。
「久しぶりだな。参謀長。約束通り、増援を連れてきたぞ」
「か、閣下!?」
相手はザイフェルトの驚愕を見ながら、得意そうに笑っている。
フレズベルク方面艦隊本来の司令官であり、戦闘が始まる前に敵前逃亡したと思っていたマーティン・ベーカー大将の姿がそこにあった。しかも第1艦隊群司令官のベルツ大将と顔を並べて。