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紅炎と黒点ー3

「言わないことじゃない…」


『自由国』宇宙軍とともに現在ゲリュオンに駐留している部隊、『共和国』宇宙軍第131分艦隊の司令官を務めるユリウス・ベンディク少将は、敵艦隊発見の知らせに大きく呻いた。せっかく本国に行った警告が何の意味もなさなかったことを悟ったのだ。



惑星ユトムンダスに不審な動きがあることを知ったベンディクは、取り敢えず上位部隊のフレズベルク方面艦隊に情報を送った。

お飾りの司令官に代わって同部隊の実質的な指揮を執っているアーバン・ザイフェルト少将は報告を真剣に受け止めてくれたらしく、ベンディクと連名で上層部に連絡と増援要求を行ってくれたものだ。

 

だがそれだけだった。増援の代わりに本国から来た返事は、「増援部隊の編制が行われ次第、兵力を送る。時期及び規模については追って報告する」という、政治家の答弁のような代物だった。ベンディクとザイフェルトの警告は、事実上握り潰されてしまったのだ。


警告が無視された理由は恐らく、現在の『共和国』軍上層部の目が完全にファブニル‐リントヴルム軸、すなわち『連合』の中央部に存在し、同国の死命を決する惑星群に向いているからだ。

第131分艦隊及び『自由国』軍が担当するゲリュオン‐イピリア軸は、完全に二次的な戦線として扱われており、そこへの増援は兵力の無益な分散と見られているのだろう。




その結果がベンディクが現在目の当たりにしている忌々しい現状である。惑星ゲリュオンには、1500隻と伝えられる『連合』軍艦隊に到底対抗しえない規模の部隊しかいないのだ。

 

 現在ゲリュオンにいる唯一の『共和国』宇宙軍戦闘部隊は最近イピリアから移動したベンディクの第131分艦隊だが、その戦闘力は極めて低い。

 艦数だけは65隻とまあまあだが、その内訳は4世代前の旧式戦艦8隻、旧式巡洋艦15隻、護衛駆逐艦38隻、護衛空母3隻というものだ。第131分艦隊は所詮、『共和国』も『自由国』の戦争遂行のために戦力を送っているという見せ金として送られた部隊で、実際に戦う事など想定されていないのだ。

 相手が当の『自由国』宇宙軍の1個分艦隊程度でも恐らく負けるし、ましてや『連合』宇宙軍の精鋭と戦うなど論外と言える。



 なお惑星ゲリュオンには他に、『自由国』宇宙軍の2個艦隊が駐留している。

 こちらの戦闘力はおそらく第131分艦隊よりはましだが、総数は500隻弱である。敵の大規模な攻勢に対応できないという点では、第131分艦隊と変わらなかった。

 つまりゲリュオンは実質無防備な状態で、『連合』軍の侵攻の矢面に立っていることになる。




 「馬鹿野郎どもめ! ゲリュオンの先にはフレズベルクがあるし、後ろにはイピリアがあるんだぞ!」


 クラーク政務局長やラシュレイ国防局長の顔を思い出しながら、ベンディクは思わず口に出して罵った。上層部批判は本来ご法度だが、現在祖国が陥ろうとしている危機を思えば、言わずにはいられなかったのだ。


 確かにゲリュオン‐イピリア軸は本来、敵の兵力を分散させるために設けられた副次的な戦線だ。この戦線での攻勢が成功しても、『連合』に与えられる打撃は部分的なものに止まるだろう。『共和国』上層部の判断はそこまでは正しい。



 だが一方、ゲリュオン‐イピリア軸で『連合』軍が大攻勢に出た場合、『共和国』は重大な危機を迎えることになる。

 惑星ゲリュオンは『共和国』の重要な工業惑星であるフレズベルクにほど近い位置にあり、航続距離の短い駆逐艦であっても途中の燃料補給無で到達できるのだ。ゲリュオンが陥落すれば、フレズベルクもまた常時危険に晒されることになる。


 それだけではない。ゲリュオンは現在惑星イピリアに取りついている、『自由国』軍主力部隊の出撃基地なのだ。

 補給物資の大半はゲリュオンに集積されてからイピリアに運ばれるし、損傷した兵器の修理も主にゲリュオンで行われている。そのゲリュオンが陥落すれば、イピリアの『自由国』軍主力部隊は補給線を断ち切られて壊滅してしまう。





 「『自由国』宇宙軍艦隊より入電、敵戦闘艦が一斉に増速し、わが方に向かっているということです」

 「…了解した」


 だがベンディクは偵察機から送られてきた敵の位置と針路、及び速度を確認すると、それ以上の思考を停止した。

 これから祖国及び『自由国』に何が起きるのであれ、自分にそれを確認する機会は存在しないことを悟ったのだ。


 ベンディクの第131分艦隊は、頭に「護衛」とつく低速の船団随伴艦及び耐用年数の切れかかった旧式艦で構成されている。機動戦を旨とする『共和国』宇宙軍の基準で言えば、その機動力は鈍牛に等しい。


 対する『連合』軍の艦隊は、『共和国』宇宙軍と同程度の機動力を発揮しているようだ。恐らく高速のドニエプル級戦艦及び正規空母を主力とする部隊だろう。

 勝利はおろか逃走の可能性すら、第131分艦隊には残されていなかった。






 「通信を送ってくれ。内容は『ゲリュオンに敵艦隊出現、戦力は戦闘艦艇1500隻以上、輸送艦船3000隻以上。敵は降下部隊を伴う模様。祖国万歳』以上だ」


 ベンディクはゲリュオンの恒星間通信衛星のうち、『共和国』が所有している衛星との通信回路を開くと、青ざめた顔の通信員に向かって指示を出した。これが、自分が『共和国』本国に向かって送る最後の通信となるだろう。


 次にベンディクは、『自由国』軍の基地司令官に通信を送った。『連合』軍はほぼ確実に、このゲリュオンの占領を企んでいる。その前に、基地の設備及び補給物資を爆破するよう申請したのだ。



 しかし通信機の向こう側から来るのは雑音だけだった。基地司令官はおろか、参謀の1人ですら現れない。


 「そういうことか。どこまでも全力で向かってくるのだな。奴らは」


 ベンディクは理由を予測して自嘲の笑みを浮かべた。『連合』新政府軍が得意技を使ったことに気付いたのだ。



 惑星の基地に仕込んだ細胞組織を本隊の作戦直前に蜂起させ、敵軍を麻痺させることで作戦の進行を容易なものとする。内戦時代から『連合』新政府軍がよく使っていた戦法だ。

 『共和国』軍もオルトロス星域会戦でこの手の攻撃を食らい、航空機による先制攻撃を受ける一因となっている。

 

 『連合』軍は今回もこの得意技を使用した。戦闘開始前に惑星ゲリュオンの基地機能を麻痺させ、基地のレーダーや航空隊による支援を不可能にしたのだ。

 正面から戦っても余裕で勝てるであろう相手に、何とも大袈裟なことだった。






 「全艦、敵が射程に入り次第戦闘を開始せよ。1隻でも多くの敵艦を道連れとし、祖国の栄光の礎となるべし」


 もうすぐ戦闘に入る。そう判断したベンディクは、第131分艦隊に生涯最後になるであろう訓示を発した

 彼我の戦力差を考えれば勝利など望むべくもない。ならばせめて、一時は世界最強の称号を得た『共和国』宇宙軍の名に恥じない戦いをする。ベンディクはそう決意していた。






 「前衛、敵と接触します!」


 通信科員が絶叫する。互いの前衛を務める駆逐艦部隊が、交戦を開始したのだ。


 「戦艦と巡洋艦も前面に出せ。この際駆逐艦でも構わん。1隻でも多くの敵艦を葬り去ってやれ」


 ベンディクはすかさず命令した。どの道第131分艦隊の旧式艦では、『連合』が誇るドニエプル級戦艦やコロプナ級巡洋艦に太刀打ちできるものではない。それなら前衛の駆逐艦を全力で攻撃し、『連合』軍に少しでも損害を与えてやろうとしたのだ。


 「…分かりました」


 命令を受信した各部隊の指揮官たちは、覚悟を決めた顔で答え、自らの部隊を前進させ始めた。勝利や生還の可能性が万に一つもないことを、彼らも悟っているのだろう。






 (済まない。皆)


 ベンディクは部下たちに心の中で詫びた。二線級部隊の例に漏れず、第131分艦隊にも精兵は配属されていない。大半は軍役を終えたところを開戦に伴って呼び出された予備役や、訓練目的で配属されてきた新兵だ。

 本来ならもう戦闘とは無縁でいられたはずの年配者や、前途ある青少年ばかりを大量に死なせることになる。それを考えると断腸の思いだった。


 (詫びは救世教徒のいう天国なり地獄なりで、たっぷり行わせてもらう。今はついてきてくれ)


 ベンディクは感傷を振り払うと、正面モニターを見据えた。朧に見える光点の数だけで、敵軍が圧倒的な戦力を持ち、この戦いが絶望的なものであることが分かる。

 しかしそれでも、勝負を捨てるという考えは『共和国』側には無かった。いくら不利でも、手元に戦力が残されている限りは戦い続ける。それが軍人の務めだ。




 「敵機、接近中。わが軍に対する攻撃を企んでいるようです!」

 「構わん。全艦最大戦速で進み続けろ!」


 空襲の報告に対し、ベンディクは指揮所に仁王立ちになりながら絶叫した。どの道第131分艦隊所属艦の機動力と対空戦闘力では、敵の航空攻撃に全く対抗できない。

 頼みの綱は護衛空母の艦載機だが、彼らが姿を見せないということは、状況は明らかだ。艦載機隊は圧倒的な数の敵機に圧倒され、追い散らされたのだ。まだ報告は届いていないが、既に母艦も空襲でやられているかもしれない。

 つまり第131分艦隊に打つ手は残されていない。最大戦速で航行しながら、空襲を受け続けるしかないのだ。





 ベンディクの旗艦アンシャルの周囲で、太陽を直視したような眩い光が続けざまに走る。多数のミサイルを受けた戦艦、巡洋艦が沈没しているのだ。

 旗艦アンシャルもまたミサイル3発を被弾、主砲塔1基を破壊された。『共和国』側に艦を守るための戦闘機もまともな対空砲さえ無い中、『連合』軍機は我が物顔で飛び回り、ミサイルを撃ち込んでくる。






 「残存戦力、戦艦3、巡洋艦8!」

 

 「ほう、そんなに残ったか」


 狂騒が終わった後に来た報告を聞いて、ベンディクは唇の端を釣り上げて笑った。

 元は戦艦8と巡洋艦15だから半分以下に減ったことになるが、旧式艦ばかりの部隊が200機以上の敵機による空襲を受けたにしては良い方だ。生き残った艦の乗員たちには、勲章が与えられて然るべきかもしれない。


 「もっとも無論、その機会は無い訳だが」


 ベンディクは正面を見据えて小さく呟いた。

 そこでは『共和国』の護衛駆逐艦と、『連合』の艦隊型駆逐艦の大群が交戦している。もっと適切な言い方をすれば、前者が後者によって止めを刺されようとしている。『共和国』側の駆逐艦部隊は既に戦力の大半を失い、指揮官と次席指揮官の両方が戦死していた。




 「駆逐艦部隊より入電。敵戦力100隻前後、わが方の残存14隻。戦果は敵駆逐艦10隻前後を撃沈破したとのことです」

 「立派なものだ」


 その護衛駆逐艦群を現在指揮している最先任艦長が送ってきた報告に、ベンディクは本心から称賛の声を上げた。護衛駆逐艦38隻が艦隊型駆逐艦100隻以上と戦い、そのうち1割を倒したのなら大戦果だ。




 「駆逐艦部隊に後れを取るな。全艦、最も射撃しやすい目標を攻撃しろ!」


 続いてベンディクは生き残った戦艦、巡洋艦に激励の言葉を送った。旧式化しているとはいえ艦隊型軍艦だ。せめて護衛駆逐艦が上げた程度の戦果は達成して見せろ。その思いを込めたつもりだった。


 旗艦アンシャルを含む11隻の軍艦が、主砲、副砲を目についた敵めがけて乱射する。精鋭とは言い難い砲員に旧式の射撃指揮装置では俊敏な駆逐艦は中々捉えられなかったが、それでも数分間の砲戦で15隻に命中させ、その半数程度に撃沈確実と思われる被害を与えた。

 荷電粒子砲の直撃を示す巨大な閃光が虚空に煌めき、溶融した破片が火の粉のように飛び散って周囲を照らす様子は、耐用年数の切れかけたモニターにもしっかりと映し出されている。


 「やったぞ!」


 敵駆逐艦撃沈を確認したベンディクは他の乗員とともに歓声を上げた。艦も将兵も精鋭とは程遠いが、それでも第131分艦隊は戦っている。『連合』軍の巨大艦隊を向こうに回し、堂々と立ち合っているのだ。


 「敵駆逐艦群、後退を開始しました!」


 さらに索敵科員が歓喜の声で叫んだ。光学情報を映し出す画面を見ると確かに、敵駆逐艦後方に曳かれる青白い航跡が遠ざかっているのが分かる。

 

 「見たか!」


 幕僚たちが拳を突き上げ、後退する駆逐艦に向かって口笛を吹いた。

 恐らく『連合』軍駆逐艦部隊は、『共和国』の戦艦と巡洋艦はとっくに空襲で全滅したと判断していたのだろう。そのいないはずの部隊から砲撃を受け、思わぬ被害を出した彼らは、一度後退して態勢を立て直そうとしているのだ。


 (もしかしたら、やれるか?)


 ベンディクはその光景を見ながら、胸中に僅かな希望が芽生えるのを感じた。

 空襲を何とか切り抜け、更に敵の一部隊を追い払った。このまま敵の隊列が薄い部分を切り破っていけば、第131分艦隊の生き残りは祖国に帰れるのではないだろうか。





 だがその希望は、初霜に打たれた新芽のように萎れていった。駆逐艦群が増援を得て再接近を開始し、彼らに続いて駆逐艦より遥かに巨大な艦の群れが出現する様子が、電波・光学両方の探知機によって確認されたのだ。


 「新たな敵を発見。戦力は戦艦10、巡洋艦18、駆逐艦多数! さらに敵駆逐艦群、わが方に最大戦速で前進を開始しました。ミサイル攻撃を意図しているものと思われます」


 先ほどの索敵科員が、今度は奇妙なほど落ち着いた声で言った。自らと第131分艦隊が祖国に帰還出来る可能性が、完全に断たれたことを悟ったのだろう。





 「敵駆逐艦、ミサイル発射。敵戦艦3隻、本艦に集中砲火を開始しました」


 客観的には1分に満たないだろうが主観的には永遠と思えるほど長い時間の後、やはり落ち着いた声で報告が来た。

 新たな敵の総攻撃が始まった。すなわち、旗艦アンシャル及び乗組員2000人前後は、後数十秒で過去の存在となるということだ。


 「終わりか。だが悔いは無い」


 ベンディクは周囲の喧騒を子守唄のように聞きながら微笑んだ。

 ちっぽけな二線級部隊が敵の巨大な第一線級部隊を向こうに回し、最後まで戦い抜いたのだ。救世教徒のいう死後の世界とやらがあったとして、何ら恥じることなく過去に散って行った数多の先達と面会できる。


 「大変です! 地上で大規模な反乱が発生し、『自由国』の地上軍主力が反乱側に付きました!」


 『共和国』側が管理する恒星間通信衛星の1つから不意に通信が来た。『連合』宇宙軍の来寇と並行して、基地だけではなく地上でも動きがあったらしい。


 だがベンディクがその意味を理解する前に、戦艦の主砲と駆逐艦が放ったミサイルが旗艦アンシャルを粉砕し、その乗員たちを原子単位まで分解していた。




















 


 アンドレイ・コストフ准尉は、小隊長の負傷により臨時に指揮下に預けられた小隊とともに、惑星フルングニルの中で『連合』側に残っている最後の大都市であるティトス市の瓦礫の中を探索していた。

 

 視界は極端に悪い。全ての方角で何かしらの物体が燃えており、不完全燃焼で生じる黒煙が空を覆っている。

 さらに敵味方の砲弾が時折着弾し、大量の粉塵を巻き上げながら新たな火災を発生させるため、数十m先を見渡すのさえ容易ではない。


 その限られた視界のなかでは時折野良犬や野良猫、及び異様に巨大なネズミが這いずり回っている。中には砲火で粉砕された人体の一部を咥えて駆け去っていく動物の姿さえあった。救世教徒が言うところの地獄そのものの光景である。

 

 



 砲弾が遠方で炸裂している事を示す鈍い音が絶え間なく響く中、不意にそれとは異なる鋭く乾いた音が聞こえた。ほぼ同時にコストフたちの周囲で瓦礫が砕ける。

 

 「あそこだ。撃て!」

 

 ヘルメットの音声探査機能で銃が発射された大体の位置を掴んだコストフは、続いて赤外線探査機能と望遠機能を稼働させ、射手の位置を突き止めて反撃を命じた。

 そこかしこに熱源が存在するせいで分かりにくいが、100mほど離れた瓦礫の近くに銃を持った人間らしき姿をした影が見えたのだ。

 

 コストフたちが放った銃弾は、吸い込まれるようにその影に命中した。影の腕らしき部分が切断されて落下し、同時に頭部がハンマーを叩き付けられた泥団子のように砕け散るのが見える。

 

 「正規軍じゃないな」

 

 原型を留めないほどに破壊された影が倒れこむのを見ながら、コストフは敵の正体を推測した。装甲服を纏った兵であれば、複数の8㎜弾を食らってもあれ程の損傷は受けない。

 グループで行動していないところや射撃を外したところから見ても、軽武装の民兵と考えるのが自然だろう。

 

 


 そう思っている間にも次の銃声が響き、今度は兵の1人が腕に銃弾を食らって倒れこんだ。

 コストフたちはすぐに反撃の銃火を浴びせるが、その敵の無力化を確認する前に第3の銃声が響いた。射撃に参加していなかった分隊が敵を探し出して照準を合わせ、発砲を開始する。まるでイタチごっこだ。

 

 しかも新たな敵をやっと倒したかと思えば、今度は瓦礫の山の陰から擲弾が投げ込まれた。もはや吐き気がするほどに馴染みの出来事である。

 

 近くにいた伍長が咄嗟に蹴り飛ばして砲弾の落下跡に落とし込んだお蔭で、何とか擲弾による被害は零に抑えることができたが、兵たちの士気は冴えなかった。

 我々はいつまで、こんな戦いを続けなければならないのか。ヘルメットの下の疲れ切った顔がそう言っている。




 「次は第43ブロックを制圧する。前衛は第2分隊、後衛は第4分隊」


 コストフは敢えて大声で命令した。不毛な市街戦で兵士たちの士気が落ちているのは明らかだが、臨時小隊長のコストフまでがその空気に飲まれる訳には行かない。何とか小隊を引っ張っていき、任務を完遂する必要があった。




 兵士たちの表情は相変わらず冴えなかったが、少なくとも彼らは命令に従いはした。

 咄嗟の遭遇においては小銃より有効なショットガンとハンマーで武装した班が3人1組で前進し、瓦礫と煙の中に隠れている敵を探索する。彼らが何かを発見すると後方の本隊が軽機関銃と小銃で援護、敵らしきもの全てを掃討する。

 このプロセスは延々と続き、最終的に小隊は負傷4名と引き換えに敵民兵20名以上を射殺した。





 「よくやってくれた。次の地区を掃討した後、後方の第4小隊と交代する」


 コストフは疲れ切った様子の兵たちにそう告げ、この日最後になる予定の戦いを開始するよう促した。 肉体的というよりは精神的に疲弊しているのはコストフも同じだが、立場上それを顔に出す事は出来ない。あくまで皆の模範として戦い続けるしか無かった。


 (きりが無い…)


 それがコストフの実感だった。惑星フルングニルに残っている敵兵の大半は装備が貧弱で錬度も低い民兵であり、大した戦闘力は持っていない。本来なら装甲服を着て重武装した正規軍とまともに渡り合うことなど出来ないはずだ。


 だがここ、フルングニルにおける『連合』軍最後の重要拠点であるティトス市では状況が違った。民兵たちは両軍の砲爆撃で瓦礫と化した市街地の至る所から現れ、制圧を試みる『共和国』軍兵士に奇襲をかけてくるのだ。


 敵の指揮官は民兵の使い方をよく分かっている。コストフは忌々しさとともにそんな感慨を抱いていた。


 民兵は開けた場所で正規軍と渡り合うことは出来ない。装備している武器の有効射程が違うため、もし戦いを挑めば遠距離から一方的に殺戮されるだけだからだ。

 だが市街戦では状況が異なる。必然的に接近戦になるため、生身の人間が扱える程度の銃器であっても、装甲歩兵を射殺できる可能性があるのだ。

 

 敵の指揮官はその事を知っているため、民兵を全て大都市に集中させたとコストフは推測していた。

 地峡会戦とその後の戦いで『連合』正規軍の大半は壊滅したが、民兵はまだかなり残っている。敵上層部はその残された資源を、『共和国』軍にとって最も不快な形で活用しているのだった。


 普通ならそんな都市など封鎖した上で放置するところだが、厄介なのはティトス市に長距離砲陣地と巡航ミサイルの生産工場がある事だ。これらが稼働している限り、『共和国』がフルングニルに建設中の工場及び農場は脅威に晒され続ける。

 空爆と砲撃だけでは地下深くに設けられたコンクリート製構造物を破壊できないため、結局は歩兵による攻撃で制圧するしか無いのだった。


 


 (つまりは敵の思う壺と言うことだ)


 性懲りもなく現れた敵民兵の集団に銃撃を浴びせながら、コストフは苦虫を噛み潰していた。


 『共和国』地上軍は死傷した自軍将兵より遥かに多くの民兵を無力化しているが、正規兵と民兵では価値が大幅に違う。

 前者が高価な装備を身に着けて訓練にも膨大な費用と時間をかけているのに対し、後者は政治宣伝に乗せられやすい半失業状態の若者に、その辺の町工場で生産できるような銃を持たせただけだからだ。

 例え正規軍1人の犠牲と引き換えに民兵10人を倒したとしても、実質的な損失比はこちらが不利かもしれない。そんな割に合わない戦いを『共和国』地上軍は強いられていた。


 もっと問題なのは、民兵のしぶとい抵抗のせいで惑星フルングニルの基地化が予定通りに進んでいないことだ。兵隊あがりの准士官に過ぎないコストフにも、それが『共和国』軍の戦略自体の遅延と同義であることは分かった。





 この時彼らの背後では、コストフの最悪の想像をも遥かに超える事態が始まろうとしていたが、幸か不幸か、惑星フルングニルで戦闘中の『共和国』地上軍将兵がそれを知ることは無かった。

 

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