ファブニル星域会戦ー9
最大速力で突っ込んでくる敵駆逐艦の接近は急速だった。 レーダーはもちろん、艦の至る所に取り付けられた光学観測機でも、最大戦速で航行する軍艦の後方にできる超高温ガスの帯が確認できる。
「針路x1、機関出力15%。敵駆逐艦群に艦首を向けよ。回頭後に主砲一斉撃ち方、目標は敵駆逐艦一番艦。射法はレーダー射撃」
オルレアンはこれまでで最も急激な回頭を行った。重力制御装置が作動しているので乗員はほとんど何も感じないが、本来なら艦自体が押しつぶされるほどの急機動だ。そして回頭が終了するや否や、オルレアンの前方に集中装備された8門の主砲が一斉に発射された。
最初の一撃は空振りに終わったが、すぐに諸元が修正され、第2射が放たれる。そしてこの砲撃は、見事に敵艦を捉えた。駆逐艦のスマートな艦体の上に一瞬の閃光が煌き、敵一番艦からのレーダー波が消失する。
だが敵駆逐艦は傷つきながらも、そのまま突っ込んできた。機関にダメージは受けていないらしく、後方のガスの帯の大きさは変わっていない。さらにその後ろからは、第二、第三の駆逐艦が来る。
(やっぱり火力が弱い…)
リーズは副官の業務である戦闘詳報作成を行いながら思った。艦載機運用能力と通信能力優先で設計されたアジャンクール級巡洋艦は、原型艦のクレシー級巡洋艦の半分の火力しか持たない。
そして全長はアジャンクール級の方が少し長いため、砲の配置の問題を抜きにしても、敵にとっては図体の割に火力が小さく、沈めやすい艦ということになる。
建造時には、他艦との連携前提で運用される艦なので問題ないとされたが、そうもいかないのは演習で示され、そして今実戦でも証明されようとしている。何しろ他の艦は全て、勝手に死への突撃を始めてしまっているのだ。
オルレアンのすぐ横を数条の閃光がかすめた。敵駆逐艦の前部主砲が発射されたのだ。駆逐艦の砲で巡洋艦の主要防御区画は撃ち抜けないが、兵員居住区やレーダーアンテナは破壊できる。しかもオルレアンの場合、後部の艦載機格納庫という爆弾を抱えている。ここに被弾すれば致命傷だ。
オルレアンが対抗するかのように第3射、第4射を放つ。その度に敵駆逐艦一番艦に一発ないし二発が命中し、艦の原型が失せていく。
「…っ」
リーズは呻いた。おりしも第5射を放とうとしていたオルレアンの第一砲塔正面に、凄まじい光が走ったのだ。敵駆逐艦の砲撃が、オルレアンを捉えたらしい。
だがその一瞬後、直撃を受けた第一砲塔を含むオルレアンの全主砲が、これまで通り発射された。敵駆逐艦が放った砲撃は主砲塔正面の装甲に跳ね返され、艦にダメージを与えることはなかったのだ。
そして第5射によって、オルレアンは被弾の報復を数百倍にして返した。
「敵1番艦轟沈!」
報告を聞くまでもない。光度をカットされたモニター越しに見てすら目を覆いたくなるほど強烈な白い光は、機関に直撃を食らった宇宙船舶のものでしか有り得ない。
「目標を2番艦に変更。進路マイナスx2、yマイナス8、機関全速、敵駆逐艦より遠ざかれ!」
そろそろ残りの艦の対艦ミサイルの有効射程に入ると判断したのか、リコリスが再度の変針を命令した。艦が向きを変える間にも主砲は発砲を続け、さらに副砲のうち敵艦を射界に入れた6門も発射され始める。
そのオルレアンの、今度は中央部に光が走る。敵駆逐艦の砲撃が命中したのだ。
「レーダー妨害はかけているはずなのに」
リコリスが焦ったように呟いた。この距離で、光学情報だけを頼りに砲撃しているにしては、敵駆逐艦の射撃精度は高い。戦艦から情報支援を受けているせいか、あるいは乗員の光学射撃の技量が優れているせいかは不明だが。
「応急科より艦長。3番両用砲損傷、戦死4名。6番両用砲への通信ケーブル損傷、現在復旧中です」
少し遅れて、被弾によって生じた被害の報告が来る。緒戦で撃墜された戦闘機のパイロットに続いてまた戦死者が出たが、この程度の被害で済んだのは幸運な方かもしれない。後部の航空機格納庫に命中していれば、一撃で沈没する可能性もあったのだから。
被害報告と復旧が行われている間も、オルレアンの砲は敵駆逐艦への砲撃を続けている。だが、その数は徐々に減少を始めていた。オルレアンは現在、敵から遠ざかる方向に変針しつつあるが、その後部にはほとんど砲が装備されていないのだ。
後部主砲は撤去されているし、レーダーと光学装置がクレシー級と比較して格段に大型化したせいで、両用砲の数も減っている。完全に敵に後部を向けた時に指向できるのは機銃のみという有様だ。
後は対艦ミサイルだが、ミサイル発射筒に装填されていた分はさっきの交戦で撃ち尽くしてしまった。再装填には後3分ほどかかる見込みで、この戦いには間に合わない。
かくして、巨大な巡洋艦を体積でいえば1/5にも満たないであろう小さな駆逐艦が追い回すという奇妙な追撃戦が始まった。さらに滑稽なのは、明らかに後者の方が火力で優っていることだ。駆逐艦が両用砲を撃っているのに対し、オルレアンの武器は機銃のみ。命中しても、最良でレーダーアンテナを破壊できる程度だ。
「航宙科より艦長。回避運動の許可を」
「却下する。進路はこのまま」
このまま敵に艦尾を向けて直進していては撃ち負ける。そう判断したらしい航宙科が意見を具申してきたが、リコリスはそれを拒否した。リーズはその理由を必死で考えた。回避運動を行えばその分速度が遅くなり、敵が対艦ミサイルの射程に入るのが早くなるからだろうか。
カリマンタン級駆逐艦は9基の対艦ミサイル発射筒を持つから、合計36発のミサイルが飛んでくるはずだ。その1/10でも食らえばオルレアンは沈没するか、航行不能となって敵艦隊に袋叩きにされるだろう。
だが砲撃も、後部を晒している今のオルレアンにとっては重大な脅威となるはずだ。それを考えると、回避運動を行わないというのはどんなものだろうか。
(来る、近づいて来る)
リーズは無言で、『連合』のカリマンタン級駆逐艦のどこか魚を思わせる艦体を見つめた。リコリスが味方艦と何か通信しているようだが、それも耳に入らない。
『連合』のホーネット対艦ミサイルの射程からして、後20秒ほどで一斉ミサイル攻撃が行われるはずだ。それ以前に、敵の砲撃が格納庫を直撃する可能性もある。
オルレアンは相変わらず機銃による反撃を繰り返しているが、当然ながら敵駆逐艦が沈む様子はない。とりあえず敵のレーダーの一部は破壊したらしく、戦艦から遠ざかったのも相まってオルレアンに向けられる砲撃の脅威は減っているようだが。
「味方艦隊、対艦ミサイル飽和攻撃を実施しました」
「戦果は戦艦1隻撃破、巡洋艦1隻撃沈確実」
「味方艦隊からの通信、全て途切れました」
唐突に、さっき突撃していった味方部隊の戦果と、その最終的な運命が伝えられた。戦艦1隻にミサイルを命中させたのは大戦果と言えるが、全滅と引き換えにする価値があったかは疑わしい。
そして何より、この報告は根深い部分でオルレアン乗員を戦慄させた。あの宙域にいた『共和国』の艦はこの1隻を残して全て沈んだ。次は本艦の番ではないか。
味方を見捨てたに等しい行為への後ろめたさもあり、彼らは先に沈んだ僚艦の亡霊が、敵駆逐艦の姿を借りてオルレアンをも宇宙の塵に変えようとしているのではないかという錯覚を覚えていた。
「あと少しね」
唯一リコリスだけが、そのような後悔あるいは恐怖とは全く無縁な口調で、状況を冷静に分析中だった。ところで何が「あと少し」なのだろうとリーズは思った。敵が対艦ミサイルの射程に入るのが、ということだろうか。
リーズはカリマンタン級の姿を見据えた。4隻はオルレアン目がけて、最大戦速で突っ込んできているらしく、その距離は少しずつだが確実に縮まりつつあった。オルレアンもまた最大戦速で動いているが、加速性能では巡洋艦より駆逐艦が上なのだ。
「やっぱり間違いだったんじゃないですか?」、リーズは危うくそう言いそうになった。『共和国』の軍艦は他国の同種の艦に比べて高速だが、それでも巡洋艦が駆逐艦と追いかけっこをするというのは無謀だ。航宙科の進言に従って回避運動を行うか、あるいは敵艦に艦首を向けての砲撃戦を続けた方がまだましだったのではないか。
(後10秒もない!)
迎撃の甲斐もなく敵駆逐艦が対艦ミサイルの射程に入りつつあるのを見て、リーズは息を飲んだ。設計時には後方に向かって主砲を撃てないのは大した問題ではないとされた。だがそれはとんでもない間違いであることが訓練で証明され、今実戦でも証明されようとしている。
そして何の前触れもなく、敵駆逐艦2隻を巨大な閃光が掠めた。明らかに軍艦の砲、それも巡洋艦よりずっと強大な艦による砲撃だ。
(え?)
リーズが戸惑う間もなく、2度目の砲撃が敵駆逐艦を直撃する。次の瞬間、2つの巨大な火球が宇宙空間で膨張し、急激に萎んでいった。今まで中々沈まず、オルレアン乗員を戦慄させ続けたのが嘘のような呆気ない沈没だ。残りの2隻はというと、僚艦の運命を見て恐怖に駆られたのか、算を乱して逃げて行った。
「これでよしと。何とか間に合ったわね。通信科、取りあえず感謝の意を伝えておいて」
そして彼女の隣では、リコリスが安堵の息を吐いていた。
リーズは理解した。何が起こったのかは分からないが敵駆逐艦は沈み、オルレアンは危機を脱したのだ。
「ど、どういうことですか? あの砲撃はどこから来たんですか? 艦長?」
敵駆逐艦2隻を沈めた砲撃は、その威力から見て戦艦の主砲射撃としか思えない。だが高速性能を重視した編成の第33分艦隊には、戦艦は含まれていないはずだ。
「本艦の代艦が、立派にその任務を果たしてくれたということよ」
リコリスが指さした先のレーダー画面には、大きさがぱっと見でオルレアンの数倍はあろうかという巨艦が映っていた。
「適当に相手をして見せた後、敵を襲撃隊で最大の火力を持つブレスラウ級巡洋戦艦の主砲の射程内に誘導する。古典的な戦法だけど、上手くいったみたいね」
「ブレスラウ級? 旗艦ですか?」
リーズは呆けたように、その名を反芻した。
そう言えばアジャンクール級の代わりの高速部隊旗艦として、そんな名前の艦が建造されたという話は前に聞いた。
「その通り、あのクラスの主砲なら最大射程ぎりぎりの砲撃でも、駆逐艦くらいは沈められる」
「では直進を命じたのは?」
「ブレスラウ級の主砲の射程に早く入るため、それから敵の運動を単純なものにするためよ」
「運動を単純に?」
「ほら、最大射程ぎりぎりの砲撃だから。相手が本艦に合わせて転舵を行ったら当たらないでしょう」
ようやくリーズは理解した。砲撃もミサイル攻撃も、その命中精度は距離に反比例する。距離が遠くなるほど位置情報には誤差が出やすいし、発射から着弾までのタイムラグも長くなるためだ。
そのため軍艦同士の戦闘は通常、その砲やミサイルの理論的な最大射程より遥かに短い距離で行われることが多い。宇宙空間ではミサイルは理屈上無限に近い射程を持つし、高速粒子も距離に応じて拡散して威力が減退するとはいえかなりの距離を飛ぶ。
しかしそんな距離で撃ってもまず当たらない。射撃諸元の誤差もあるが、何より着弾時までに相手がどんな機動をして、どんな位置に移動するかが分からないからだ。
ただ相手が等速直線運動や等加速度直線運動のような単純な動きをしている場合は別だ。この場合、射撃諸元さえ合っていればどんな距離からの砲撃でも命中する。
リコリスはこの事実を考慮し、敢えて機関出力を最大にして直進を続けるという芸のない機動を行ったらしい。そうすれば敵駆逐艦もオルレアンに追い付くために、単純な等加速度直線運動を余儀なくされる。後は旗艦のブレスラウ級巡洋戦艦に射撃諸元を送れば、初歩的な射撃演習同然の手軽さで同級が敵艦を沈めてくれるというわけだ。
「本来ならこうやって分艦隊司令部直属部隊と合同で突出してきた駆逐艦を沈めた後、改めて戦艦を狙えば良かったのに。あの無能… 貴重な戦力を無駄に…」
説明を終えたリコリスが呪詛を吐き散らし始めた。さっき無謀な攻撃を行って全滅した味方艦隊の行動に対し、今になって怒りがこみ上げてきたらしい。
「そ、その艦長。分艦隊司令部からの通信入ってますよ」
リーズは恐る恐るそんな彼女に話しかけた。リコリスの怒りももっともかもしれないが、とりあえず落ち着いてもらわないと困る。通信科によるとこの場での最高司令官が、リコリスに何かを伝えようとしているのだから。
「ああ、分かったわ。つないで」
リコリスは大きく溜息をつくと、取りあえずは苛立たし気な口調をひっこめた。