攻防ー7
コストフたちが属する部隊が下車を命じられたのは、『連合』側が砲兵観測所として使用している高地の近くだった。この高地が周辺戦区における戦闘の焦点となっているらしい。
コストフは部下を連れて近くの塹壕に飛び込むと、小銃を構えたまま辺りの状況を確認した。
まず目に付くのは砲弾炸裂の光、そしてそこから立ち上る粉塵と黒煙だった。高地の周辺には双方の砲弾が絶え間なく降り注いでおり、地表にある物体は悉く破壊されているのだ。
惑星フルングニルにおけるこの地域は現在秋のはずだが、可燃性を持つあらゆる物体が燃えているせいで周囲は真夏のように暑い。
砲弾の中には焼夷弾が一定の割合で混ざっているらしく、破壊された人体や巻き込まれた不運な動物の死骸に含まれる脂肪分までが燃え上がり、胸の悪くなるような臭気を放っていた。
(まるで地獄だな)
その情景を見たコストフは思わず救世教徒のような感想を抱いた。
上空に舞い上がる粉塵はあちこちで燃え上がる炎の光を反射し、空を血のように赤黒く染めている。砲弾の甲高い落下音と鈍く重い炸裂音は、地獄の亡者の悲鳴さながらだ。
そこに本物の人間の悲鳴と絶叫が重なり合った情景は、救世教の教義において神に背いた罪人が放り込まれるとされる審判の場を思わせた。
「あの陣地を攻撃せよ」
続いて装甲服のヘルメットに内蔵されたスピーカーから小隊長の若々しい声が響き、バイザーに目標の『連合』軍陣地が表示された。
少々食いちぎられた丸パンのような形をしたこの高地だが、近くで見ると多数の陣地が組み合わさった巨大な要塞と化しているのが分かる。すそ野には幾重もの塹壕線が敷かれ、斜面に設けられたコンクリートの構造物からは砲身らしきものが突出しているのだ。
その陣地の1つを強襲して占領し、味方の更なる攻撃の足掛かりとせよというのが、コストフたちが所属する小隊に課せられた任務だった。
本来なら対地攻撃機に誘導爆弾を叩き込んで貰うところだが、現在味方航空部隊は別の任務で出払っている。そのため歩兵の強襲という、昔ながらの方法で陣地を制圧するしか無いのだという。
「了解しました。攻撃は戦車部隊が到着してからで宜しいでしょうか」
全体を分厚いコンクリートで固められ、砲と機銃座が至る所に点在する高地を見て内心ぞっとしながら、コストフは小隊長の命令を微妙に修正した形で了承した。
支援も無しにあそこに突っ込めば、数秒で全員が金属片と入り混じった挽肉に早変わりだ。現状の乏しい砲兵支援を考えれば、攻撃に際しては戦車による直接照準射撃で機銃座を潰して貰う必要がある。
「分かった。攻撃は戦車の到着後とする」
小隊長が極度に緊張した声で答える。コストフの意見を吟味して納得したのか、或いは初の実戦という極度の緊張の中で、年長者の意見に盲従しただけなのかは不明だ。
まあ後者でも、それはそれでいいとコストフは思う。初めて実戦に臨む若手士官の中には、自信だけがやたらに豊富な人間が一定数存在する。根拠もなく自己の判断を絶対視して周囲の意見を聞かず、結果として自らと部下を死地に追い込む輩だ。
そういう人種に比べれば、他人の意見を聞く度量があるだけこの小隊長はましな部類だ。場数を積めば割といい指揮官になるかもしれない。
先頭車両が故障した影響で進撃が遅れたという戦車隊の到着を待って、コストフたちの小隊は塹壕を飛び出した。周囲では他の小隊も前進を開始したのが見える。
途端にカタカタという不気味な音が聞こえ、無数と言ってもいいほど多数の曳光弾の火箭が高地全体から舞った。隠匿されていた機関銃が、突撃を開始した『共和国』軍兵士に発砲し始めたのだ。
「皆、伏せろ! 伏せて戦車と砲兵が機銃座を制圧するのを待て!」
「ぜ、全隊は第1分隊長の命令に従え!」
コストフは絶叫した。数分の一秒後に、小隊長が他の分隊にも同じ命令を出す。高地に設けられていた機関銃陣地の数は、予想より遥かに多い。ここは火力による制圧を待つべきだ。
だが他の小隊は、そのまま突撃を続けていた。重大な被害が出る前に機関銃陣地に突入できる可能性に賭けたのか、或いは攻撃命令を盲目的に遂行したのか。
いずれにせよ、コストフが近くにあった砲弾穴に飛び込んだ一瞬後、地獄が口を開けた。
それはまるで、砂糖菓子の人形を屋外に並べて豪雨に曝したようだった。その位あっけなく、将兵たちは消えていったのだ。
先頭を進んでいた小隊長と分隊長が最初に薙ぎ倒された。彼らがいた後には、僅かな金属の欠片と赤い染みだけが残されている。
重機関銃に使用される15㎜無薬莢弾には、航空機や軽装甲車両さえ破壊できる威力がある。それが装甲服を着ているとはいえ人体に命中すれば、もたらされるのは破壊というよりも飛散だ。多数の15mm弾を受けた彼らは、赤い霧となって文字通り消滅していったのだった。
隊長たちの運命を見た部下の下士官兵は慌てて伏せようとしたが、銃弾の嵐はその前に彼らの隊列内部を通り抜けていた。
粉砕されて半液状になった人体組織が飛沫となって舞い散り、切断された手足の残骸が華を添える。一瞬、空がその赤さを増したように見えた。
「言わんこっちゃない」
狂騒が過ぎ去った後、周囲を見たコストフは呻いた。銃弾が通り過ぎて行った後には、死傷者の群れが残酷な子供に弄ばれた玩具の残骸のように並んでいる。複数の手足を失ったり、上半身と下半身を分断された人間たちが、血や体液と混じりあった泥濘に埋もれながらもがいているのだ。
多数の機関銃を備えた陣地に歩兵だけで突撃すれば、必ず惨事が引き起こされる。機関銃という兵器が世に誕生してからずっと存在する戦訓だ。それを無視した結果、『共和国』側は数百の兵士を失うことになったのだった。
歩兵が一掃されたのを見て、戦車も一時後退を始めた。戦車が単独で突撃すれば、対戦車ミサイルの餌食になってしまうと判断したのだろう。
「何をしているんだ? 航空隊の連中は? どうして空爆と空挺降下で、あの忌々しい陣地を叩かない?」
砲弾穴の中から塹壕を掘りつつ、部下の1人が怒りの声を上げた。
作戦開始前には嫌というほど飛んでいた対地攻撃機は、何故か完全に出払っており、今上空にいるのは僅かな着弾観測機だけだ。何故航空優勢を最大限に生かし、空から敵を攻撃しないのかと言いたいらしい。
確かに一理あるとコストフは内心で思った。例えばあの高地をすそ野から馬鹿正直に攻める羽目になったのも、航空部隊がいないからだ。誘導爆弾で主だった陣地を潰した後、空挺部隊と連携して攻めれば、遥かに少ない犠牲で済んだ。
「上にも考えがあるんだろう」
だがコストフは表立っては、部下の不平を窘めるという下士官の職責を果たすことにした。
航空部隊の姿が見えないのは確かに妙だが、他のもっと重要な戦区に投入されたのだろうと思うしかない。それに今やるべきことは不平不満を表明することではなく、塹壕を掘り進めて砲撃に備えることだ。
石の多い土に苦労しながら塹壕を掘り進めていると、前後の両方から金属質の軋み音が聞こえてきた。 『連合』軍は『共和国』軍の攻撃が撃退されたのを好機とみて予備隊を投入しての反撃を試み、『共和国』軍も後続の部隊を投入したのだろう。
やがて交戦が始まった。車両の走行音に交じって一時は収束していた砲弾の飛翔音が聞こえ始め、巨大な爆発音が連続する。双方の車両が被弾、炎上していることは見るまでもなく分かった。
塹壕に籠っているコストフたちは最初戦況を把握できなかったが、やがて1つのパターンが生じ始めた。『共和国』側での砲弾の炸裂音と車両の爆発音が減少傾向にあるのに対し、『連合』側では急激に増えていったのだ。
車両の走行音も『共和国』側のそれは接近、『連合』側は後退を示している。さっきとは打って変わって後方に大量展開しているらしい砲兵隊の火力に物を言わせ、『共和国』側が押し始めたようだ。
「各隊、攻撃準備」
続いてコストフたちにも命令が届いた。後続部隊は敵予備隊を撃退した後、そのまま高地を再攻撃する。最初の攻撃の生き残りも、合同して攻撃に投入されるらしい。
(我々は第2梯団の実験台か)
多数の砲弾が同時に着弾するとき特有の鈍い炸裂音を聞きつつ、コストフはやや不謹慎な感想を抱いた。
『共和国』地上軍は攻勢において、梯団攻撃と呼ばれる方法を採用することが多い。
最初に第1梯団が前進できるところまで進み、戦力を消耗しきった所で第2梯団に代わる。第2梯団もまたいつかは消耗して止まるが、第1梯団の残存戦力に予備部隊を加えた第3梯団が代わって進んでいく。
これを繰り返すことで敵の全縦深を突破するのが、梯団攻撃という戦法である。
最初の攻撃が撃退された後ですぐに後続が現れて敵予備隊を撃退したのも、梯団攻撃の態勢を取っていたお蔭だった。
通常の攻勢では先頭の部隊が疲れ切って停止したところで、敵予備隊に横合いを衝かれる危険がある。対して梯団攻撃では前線に常に新鮮な部隊が供給されるので、敵の反撃への対処がしやすいのである。
しかしそれはそれとして、どうもコストフたちとしては、自分たちが高地の防御力を確かめるための威力偵察部隊として使われたという感が否めない。
上層部は第2梯団の攻撃に必要な情報を得るため、僅かに進撃余力を残していた部隊を取り敢えずぶつけて反応を確認したのではないか。コストフたちの時とは打って変わって豪勢な今回の火力支援の規模を見ると、そう思えてならないのだ。
だがコストフは表立っては何も言わず、部下たちを先導して塹壕を飛び出した。
前方では数えきれないほどの砲弾が着弾し、弾幕という言葉通りの光景を作り上げている。横では『共和国』の歩兵と戦車が、弾着に合わせて前進していた。
「撃て!」
コストフは近くにあったトーチカの残骸に部下たちを伏せさせると、弾幕が通過した敵塹壕の一点に向かって小銃の一連射を加えた。そこで数人の敵兵が、銃架から落下した軽機関銃を再度据えつけようとしているのが見えたのだ。
別方向を進む分隊に軽機関銃の銃口を向けようとしていた敵兵たちは、思わぬところからの銃撃を受けて全員が塹壕内に落下していった。
別の一団がコストフたちに気付いて銃口を向けようとしたが、そこで歩兵戦闘車の迫撃砲弾が近くに落下し、彼らは塹壕内に戻っていく。
「よし、我々はあの機関銃陣地を狙うぞ」
塹壕に『共和国』軍兵士が次々と雪崩れ込んでいくのを確認すると、コストフは分隊の次なる目標を決定した。
弾幕が通過した敵陣地は一見、悉く瓦礫の山に変わったように見える。しかし実際には至る所に敵兵が生き残っており、局所的だが反撃を加えていた。
その中でコストフが目を付けたのが、中腹にある4丁の重機関銃だ。これらは生半可な砲撃では破壊できない位置にあり、『共和国』側にかなりの出血を強要している。ここはたまたま近くにいる自分たちが潰すべきだと判断した。
コストフは部下を連れてトーチカの陰を飛び出すと、近くの尾根に隠れて接近を開始した。その尾根の裏は急斜面になっており、通行の難しさから両軍に無視されていることに気付いたのだ。
コストフたちが隠密に移動している間にも、銃火の応酬は続いている。最初はスムーズだった『共和国』側の進撃はいつしか亀の歩みのように遅くなり、双方が塹壕1つ1つを取り合う血塗れの戦いに移行していた。
ある場所では『共和国』側がようやく確保した塹壕に対し、付近に潜んでいた『連合』軍兵士の一団が重擲弾を投げ込んだ。
くぐもった爆発音が収まる前に、彼らは塹壕内部に突入すると、『共和国』軍兵士が残した軽機関銃を構える。再占領を図る後続は、軽快な音とともに放たれる火箭に薙ぎ倒されて高地の下に落下していった。
『連合』軍が快哉を上げるのもつかの間、歩兵戦闘車が放つ機関砲弾と迫撃砲弾が彼らを一掃し、塹壕はまた『共和国』のものとなる。
だがその歩兵戦闘車も隠れていた敵兵によって対戦車ミサイルを食らって破壊され、焼け焦げた炭素化合物と化した乗員を乗せて斜面をずり落ちていった。
更に今度はその敵兵も援護の小銃兵ごと『共和国』軍狙撃兵に撃たれて戦死、彼らがいた場所にはその狙撃兵チームが代わって陣取った。そこに『連合』軍の砲弾が落下、全てを吹き飛ばしていく。
「無茶苦茶ですね」
イザード一等兵が小声で言った。彼の言うとおり、状況は混沌そのものだ。各兵科の歩兵と車両がまるで殴り合いのような接近戦を繰り広げ、支援の砲兵が華を添える。現代戦とは思えないほどに泥臭い戦いだった。
「まあ、陣地を力攻めすればこうもなるか」
コストフは憮然として答えた。砲撃と爆撃で散々叩かれたにも関わらず、『連合』軍は果敢な抗戦を続けている。
それは彼らの勇気と陣地構築の巧みさを示すものだが、同時に『共和国』軍の拙速な作戦を示すものでもあった。
大地峡への攻勢において総指揮を務めるバルテス大将は、「犠牲の如何に関わらず、大地峡に設けられた敵陣地全てを3日以内に突破せよ」と命令している。
これが単なる掛け声でないことは、地平線を見渡す限りに立ち上っている煙を見て明らかだ。『共和国』軍は消耗戦で大地峡から敵軍を追い出すのではなく、力攻めによる短期突破を狙っているのだ。
潤沢とは言えない物資を考えれば賢い選択とも言えるが、現場の将兵にとってはたまったものではない。本来なら包囲して孤立させることで陥落させるべき拠点まで、力攻めで落とさなければならなくなるからだ。
この高地も普通なら持久戦で落とす所だが、全陣地を短期で突破することを優先したために、強襲を選択せざるを得なくなっているのだった。
一応、砲爆撃の徹底によって敵陣地は歩兵による攻撃の前に無力化できると上層部は言っており、コストフも半ばは信じていた。航空部隊のほぼ全力に、虎の子の砲兵師団まで投入したのだから、『共和国』軍の進撃路は無人の荒野と化しているだろうと。
しかしその読みは甘すぎたようだ。砲爆撃だけでは敵全てを制圧できず、結局は歩兵同士の接近戦でけりをつけるしか無くなっている。最終的な勝敗がどちらに傾くにせよ、この戦いで恐ろしいまでの被害が出るのは確実だろう。
だがコストフはそれ以上何も言わず、腹這いになって目標とする機関銃陣地の上に回り込んでいった。時折頭上を流れ弾や外れた砲弾の破片が通過していくため、それらを避けるためには動物のように這って登るしかないのだ。
しかも両軍の砲撃によって地表が破砕されているからか、手をかけた場所の土がしょっちゅう崩れ落ちる。普段なら数分で登り切れるであろう距離だが、この状況では途方もない長さに感じられた。
悪戦苦闘の末たどり着いた時には、両軍の前線は件の機関銃陣地にかなり近づいていた。『共和国』軍は凄まじい損害を出しながらも、『連合』軍を追い上げつつあるようだ。
「よし、投げろ」
コストフは小さく言うと、ピンを抜いた重擲弾を機関銃陣地に向けて投げ落とした。転がっていく重擲弾に続くように、分隊の半分を率いて走り出す。
残り半分は尾根の後ろに展開し、別の敵兵が現れた場合の援護を担当することになっていた。
重擲弾が炸裂し、いきなり攻撃を受けた敵兵が悲鳴を上げる中、コストフたちは陣地の中に駆け込んでいった。
見るとコンクリートで裏打ちされた薄暗い空間の中、10人ほどの兵士が籠を蹴飛ばされた鼠のように動き回っている。まさか頭上から攻撃を受けるとは思っていなかったのだろう。
彼らは慌てて近接戦闘用の武器を手に取ろうとしているようだが、その前にコストフのハンマーが目の前にいる敵兵の頭部を直撃していた。
右手にヘルメットと頭蓋骨の固い感触が伝わるが、すぐに何かが圧潰していく時特有の不快な柔らかさに代わる。白と赤が入り混じった飛沫が飛び散り、ヘルメットのバイザーを汚した。
「ち!」
コストフは慌てて、バイザーの右半分を覆う血と脳漿を拭った。同時に首を捻り、視界が妨げられている場所の様子を確認する。そこでは同じくハンマーを握った敵兵の姿があった。
「食らえ!」
ハンマーによる攻撃は間に合わないと直感したコストフは、代わりに敵兵の胴体に蹴りを入れた。今しもハンマーを振り下ろそうとしていた敵兵がバランスを崩して転倒する。
コストフは自らも転倒しそうになりながらも、何とか体勢を立て直すと敵兵に馬乗りになった。必死に起き上がろうとする敵兵を右手で殴りつけ、左手で腰の多目的ナイフを抜く。装甲服の隙間に差し込まれたナイフは、呆気なく敵兵の肉体に沈み込んでいった。
コストフが立ち上がった時には、残りの部下も敵兵の掃討を終えていた。陣地内にはハンマーで頭部や胸部を砕かれた死者や死にかけている者たちが、断末魔の痙攣を繰り返しながら横たわっている。
ちなみに味方の死傷者はいない。奇襲効果に加え、他国に比べて近接格闘術を重視する『共和国』の兵員教育カリキュラムの成果と言えるだろう。
敵兵全員の無力化を確認したコストフは、そのまま陣地に残った機関銃に取りついた。両国の機関銃の設計と操作法は類似しており、『共和国』兵が『連合』製機関銃を撃つことも、その逆も可能なのだ。
銃が撃てる状態にあることを確認すると、コストフは今しも逆撃に出ようとしている『連合』軍小隊の背中を狙って引き金を引いた。ミシンのような軽快な音とともに銃弾が吐き出され、敵兵たちは糸の切れた操り人形のように倒れていく。
それが契機となったかのように、戦闘は決着に向かい始めた。まず『共和国』軍の一部隊が『連合』側の隙をついて頂上の砲兵観測所に駆け上り、『共和国』軍旗を掲げる。
次いで到着した砲術士官が斜面の反対側にある敵砲兵陣地の位置を確認、正確な射撃で叩き潰していった。
「何とか勝ったか」
『連合』側の最後の反撃を頂上からの射撃で追い返しつつ、コストフは息をついた。眼下では相変わらず無数の煙が上がっており、硝煙と肉が焼ける臭いで鼻が焼けつきそうだった。
ふと上空に爆音が鳴り響いた。見上げると『共和国』軍機の大群がどこかに向かっている。
「今まで何してやがった?」
戦闘が終わった後に登場した彼らに向かって周囲の兵士たちが非難の声を上げるが、無論航空機たちが答えることはない。奇怪な鳥を思わせる形状の機械の群れは、そのまま地上の将兵を置いて飛び去って行った。
惑星イピリアは『連合』の第1辺境航路の中軸となる惑星であり、新政府が臨時首都としたことで知られている。
内戦の終了後も政治・軍事の両面で重要な惑星の1つであり、『共和国』の要請を受けて『連合』領に侵攻中の『自由国』軍の主要攻略目標となっていた。
しかし『自由国』軍による第1回降下作戦は、無残な失敗に終わった。宇宙軍と地上軍の連携が不足していたのが原因で、降下した地上軍は『連合』地上軍によって包囲殲滅されてしまったのだ。
この醜態を見た『共和国』政府は、これまで渋っていた最新型宙対地兵器の供与及び、その運用法を教えるための軍事顧問団の派遣にやむなく同意した。
旧敵国である『自由国』に強力な兵器を渡せばいつか『共和国』に牙を剥く可能性があるが、背に腹は代えられない。『自由国』軍があまりに弱ければ、助攻兼『共和国』軍の進撃路の側面確保という役割を押し付けることも出来ないのだ。
大量の宙対地兵器の供与に揚陸艦部隊の派遣まで行った結果、第2回降下作戦は何とか成功した。『自由国』軍は激しい抵抗を受けながらも、橋頭堡の確保に成功したのだ。
しかし『連合』軍も、重要な工業惑星にして革命の聖地をむざむざ開け渡すつもりはないらしい。地上軍は熾烈な抵抗を続けており、降下した『自由国』地上軍は橋頭堡に押し込められたままだ。
そして予想に反し、宇宙軍も活発な活動を行っていた。中央航路を進撃する『共和国』軍への対処で精いっぱいだと思われていた『連合』宇宙軍は、艦隊レベルの大戦力をイピリア戦に投入しているのだ。
「『自由国』軍第3艦隊より入電、今より交戦に入るとのことです」
「了解した」
(また、このパターンか)、イピリアに展開する『共和国』宇宙軍第131分艦隊を指揮するユリウス・ベンディク少将は、『自由国』宇宙軍からの入電を受けて内心で思った。
惑星フルングニルへの攻撃は小規模な高速部隊や空母部隊による奇襲が中心なのに対し、惑星イピリアには正規編成の『連合』軍艦隊が来ることが多い。
しかも奇妙なことに奇襲のための迂回航路は使用せず、いつも正面から来る。当然『自由国』も対抗して艦隊を振り向けるので、今やイピリアは開戦以来、艦隊規模の戦闘が最も頻繁に起こっている惑星になっていた。
「各艦、臨戦態勢を整えよ」
衝突しようとしている両軍を見ながら、ベンディクは短く指示を出した。第131分艦隊は『自由国』軍の指揮下に無いため、要請が無い限り戦闘に加わることはない。
ただ『連合』軍がこちらに向かってくる可能性は存在する。もしもの場合に備え、戦闘準備は行っておく必要があった。




