攻防ー4
(うん?)
画面を見たギルベルトは最初に戸惑いを、続いて恐怖を感じ始めた。迎撃に向かってくる敵機の数が異様に多いのだ。
敵空母の数は40隻、各艦の搭載機数を100機とすれば敵航空戦力は4000機となる。
そのうち1/4を艦隊防空に回すとすれば、迎撃してくる数は1000機。『共和国』側はこのように予測し、攻撃隊のうち対空装備の機体を1500機とした。
PA-25の性能はバラグーダに劣るが、1.5倍の優位があれば圧倒できると踏んだのだ。
だが見たところ、敵機の数は1000機どころでは無かった。戦闘機のレーダーで戦場全体を見渡すことはできないが、他の宙域でもこの密度の敵機がいるとすれば、総数は2000機を超えるはずだ。
「中隊長、これは罠です! あの艦隊は我々をひっかけるための…」
ギルベルトは事態を悟って青ざめた。敵空母部隊は偵察機に偶然発見されたのではない。わざと発見されやすい場所に現れ、『共和国』側の攻撃を誘ったのだ。
しかも攻撃隊を壊滅させるため、大量の戦闘機を展開させながら。
「分かっている!」
自らの推測を伝えたギルベルトに対し、中隊長がややヒステリックな口調で応えてきた。その程度のことは自分にも分かるが、我々は戦うしかないと言いたいらしい。
ギルベルトは覚悟を決めて操縦桿を握りなおした。中隊長の言うとおり、ここまで来て後戻りは出来ない。死力を尽くして戦い、対艦攻撃隊を敵空母に取りつかせるのだ。
バラグーダの1個中隊が、ギルベルトたちに向かって突っ込んでくる。火線が交差し、双方が1機ずつを喪失した。
息をつく間もなく別の中隊が飛来し、再び空戦が始まる。この空戦は無傷で切り抜けたが、直後に奇襲を受けて1機を失った。
いつの間にか、中隊はばらばらになっていた。ペアのラルフ飛行曹長とのみ、何とか連携できている状態だ。
「数が多すぎる!」
ラルフが機体を小刻みに動かしながら呻いた。
PA-25でもバラグーダに対抗できない訳ではないが、それには数的優位が必須条件となる。今のようなほぼ1対1の状況では、性能に勝る敵に圧倒されるしかなかった。
ギルベルトたち護衛隊が悪戦苦闘する中、対艦攻撃隊には更なる地獄が訪れていた。護衛隊がバラグーダによって拘束されたのを見計らい、スピアフィッシュの大群が突っ込んできたのだ。
スピアフィッシュの性能はPA-25Dと比べてやや劣るが、対艦攻撃隊は重いASM-16対艦ミサイル2発を抱えている。加速性能も運動性能も偵察機並に落ちた機体は、スピアフィッシュにとって好餌でしか無かった。
各所で撃墜を示す爆発光が続けざまに発生し、『共和国』側の編隊はみるみる痩せ細っていく。
機銃による反撃を試みる機体もあったが、重いミサイルを抱えた状態では猛禽の襲撃に対するカラスの抵抗でしかない。スピアフィッシュは軽やかに回避し、続いて必殺の一撃を叩き込んだ。
「畜生!」
対艦攻撃隊の惨状を見ながら、ギルベルトは呻き声が入り混じった罵声を上げた。
『共和国』軍における現時点での最新鋭機、そしてそれ以上に貴重なパイロットたちが、敵艦隊に辿り着く前に次々と撃ち落されていく。あまりに屈辱的な戦闘だった。
だがギルベルトはそれ以上何も言わず、迫りくる敵機に機首を向けた。
敵の罠にかかったお偉方、彼らの判断を疑いもせず意気揚々と攻撃に向かった自分たち。双方に対する怒りや自嘲の言葉は山ほど浮かんでくるが、今更何を言っても遅い。
先ほど中隊長が言った通り、戦闘機のパイロットとして今出来るのは、とにかく目の前の敵と戦い続けることだけだ。
ギルベルトはほぼ正面から接近してくる敵機に向かって、機銃の引き金を引いた。地吹雪を思わせる光の球たちの行方を見届ける前に、操縦桿を思い切り倒す。
前に乗っていたC型より若干だが機動性が向上したPA-25D2の機体は、主の意志に忠実に従った。バラグーダと比較すると華奢でひ弱そうにさえ見える機体が素早く旋回し、敵機から放たれた銃撃を回避したのだ。
ギルベルトが放った一撃もまた外れたが、ギルベルトの横から別の航跡が飛び出し、敵機に追加の一撃を加えた。すぐ横を飛行していたラルフが敵機の隙を衝いたのだった。
旋回によって動きが鈍っていた敵機は、この一撃を躱すことは出来なかった。爆散は辛うじて免れたようだが、大きく動きが鈍った状態で何とか逃亡しようとしている。
ギルベルトは止めを刺す誘惑に駆られたが、次の敵が現れたのを見て断念した。
対空装備の機体の数は明らかに『連合』側の方が多い。こちらとしては戦果を上げるより、少しでも多くの敵機を引き付けることで対艦攻撃隊を守ることを優先すべきだった。
その対艦攻撃隊は、一方的にやられていた最初に比べれば奮戦していた。
どうも指揮官の命令で、一部がミサイルを放棄して空戦に加わったようだ。重いミサイルさえ捨てれば、PA-25Dはスピアフィッシュ程度に早々やられることは無い。
しかしそれは必ずしも歓迎すべき状況ではないことも、ギルベルトは熟知している。ミサイルを捨てた機がいるということは、敵艦への攻撃力がその分低下したことを意味するからだ。
「敵艦隊はまだなのか?」
またもや接近してきた敵機に牽制射を浴びせながら、ラルフが呻き声を上げた。
2人が得た情報を総合する限り、攻撃隊は既に全体の2割以上を失っている。対艦装備の機体に限れば、その割合は更に跳ね上がるだろう。
「分からんが、とにかく進むしかない!」
ギルベルトは叫ぶように言った。上が犯した戦術的失敗を下が戦闘で覆すことは不可能に近い。そんなことは分かっている。
しかしだからと言って、ここで引き返すなど問題外だ。自分たち戦闘機隊は、1機でも多くの対艦攻撃機を敵艦隊に取りつかせるために戦い続けるしかない。
2人が乗るPA-25D2の機体は、敵味方が乱舞する宙域をひたすら前進し続けた。周囲では時折撃墜を表す光が煌めくが、2人にはどちらの機が撃墜されたかを知る余裕も無い。
「艦隊だ!」
何度目かも分からない攻撃を回避した後、ラルフが不意に叫んだ。2人の目の前には、青白い光の筋が数えきれないほど広がっている。間違いなく、偵察機が発見した敵空母部隊だった。
悠然と進む光たちに向かって、ずっと小さな光たちが突っ込んでいく。大きく数を撃ち減らされながらも、ここまで辿り着いた対艦攻撃隊である。
無論彼らの周囲には敵機が乱舞し、その数を更に減らそうとしていた。
「頑張ってくれ!」
対艦攻撃機に群がる敵機をラルフとともに牽制しながら、ギルベルトは小さく叫んだ。敵の罠に嵌りつつも、攻撃隊はどうにかここまでやってきた。後は戦果を期待するしかない。
噴き上がる対空砲火の中を、対艦攻撃機たちは進んでいく。やがて、明らかにミサイルの命中と分かる閃光が幾つか走り、敵艦のうち何隻かが速度を落とすのが見えた。
「うまくいったか」
フルングニルの船団攻撃作戦に投入された『連合』軍部隊のうち、「砲戦隊」と呼称される部隊の指揮官を務めるディーター・エックワート少将は、空母部隊からの報告に息をついた。
「プランC」はかなり投機性の高い作戦だったが、どうやら成功に終わったようだ。
プランCの目的は、船団攻撃に際して最大の脅威となる『共和国』軍基地航空隊の排除にある。そのために採用されたのは、空母を囮に使うという危険極まりない戦術だった。
手順としては第一航空打撃群に所属する艦の大半を目につきやすい場所に展開させ、わざと敵航空隊による攻撃を誘う。その周囲には多数の迎撃機を展開させ、敵攻撃隊の戦力を減殺するとともに空襲の被害を出来るだけ抑える。
もちろんそれだけでは、輸送船団の撃滅という『連合』側の作戦目的は達成できない。空母の護衛のために多数の迎撃機を展開させるということは、船団攻撃に必要な航空戦力がその分減ることを意味するからだ。
そこで登場するのが、エックワートの砲戦隊である。
惑星フルングニルは数百年に渡って『連合』領であり、『連合』軍は周辺の星域について知悉している。例えば特定の時期・時間に吹き荒れる恒星風によって、レーダーが使えなくなる宙域についてだ。
空母部隊が敵を引き付けている間に、砲戦隊はそのような宙域を通って船団に接近する。そして空母部隊に代わって船団を撃滅するのだ。
この戦術は今のところ成功しつつあった。空母部隊は空襲によって被害を受けたが、その規模は十分に許容可能なものだ。引き換えに砲戦隊は、船団への接近に成功した。
「全隊、隊列を戦闘序列に移行」
頃合いとみて、エックワートは隊形変更を命じた。
砲戦隊はこれまで敵に発見されるのを防ぐために機関出力を最小に落としながら密集して進んできたが、このような隊形は戦闘に向いていない。
密集したままでは索敵を行えないし、ある艦が沈没した場合に周囲が巻き添えを食らう危険があるからだ。
戦艦、巡洋艦、駆逐艦たちが隊形を戦闘に適した形に切り替える中、砲戦隊に随伴する小規模な空母部隊は艦載機を発艦させ始めた。
砲戦隊の航空戦力は防空用の軽空母6隻のみだが、第一航空打撃群のうち、囮として活動していない部隊は、砲戦隊の攻撃に合わせて空襲を実施する。先ほどの戦闘で大打撃を受けた『共和国』軍基地航空隊には、空襲を迎撃しながら挺身隊を食い止める余裕はないだろう。
(しかし、ハミルトン閣下がこのような戦術を採用するとは)
船団襲撃の成功を確信しつつも、エックワートはふと違った感慨を覚えていた。
第一航空打撃群を指揮するケネス・ハミルトン中将は戦前、航空派の筆頭格の一人として知られていた。
十分な規模を持った空母部隊さえあればあらゆる敵を撃破できる。戦艦や砲戦型巡洋艦の建造は中止し、空母及び護衛の駆逐艦や小型巡洋艦を充実させるべき。この派閥はそう主張し、エックワートのような砲術畑の人間と対立関係にあった。
だが今回の作戦において、ハミルトンは航空戦力と艦隊戦力が合同しての船団攻撃を命じた。航空戦力だけで全てをこなせるという戦前の主張とは正反対の行動だった。
恐らく開戦以来の戦訓が、ハミルトンの考えを変えたのだろう。エックワートはそう推測していた。
空母は瞬間的には強大な攻撃力を持つが、その力は持続しない。艦載機は戦闘による消耗や故障ですぐに数が減るし、何より短時間しか行動できないからだ。
航空戦力が威力を発揮するためには、艦隊戦力と協同して欠点を補い合う必要がある。そのことはフルングニル星域会戦後に開かれた、戦術研究会でも確認されていた。
同研究会ではさらに、『共和国』宇宙軍を艦隊戦で打ち破る方法についても議論が行われ、艦隊と航空機の有機的結合の重要性が説かれた。
特に若手の参謀が提出した、500機以上の航空機と艦隊が同時攻撃をかけ、敵の行動を完全に麻痺させるという案が注目を集めたものだった。
「後方より味方機」
「了解。わが隊は航空隊が到達した時点で最大戦速」
そこに飛び込んだ報告を聞いて、エックワートは目前の戦闘に向かって意識を切り替えた。
『共和国』宇宙軍を打ち破ることができる戦術の開発は急務だが、このフルングニルで敵船団を撃滅することはそれ以上に急務だ。今は戦闘に全神経を集中させる時だった。
やがてエックワートの旗艦イーザルが敵輸送船を射程に捉える。殺戮が始まった。
「畜生、悔しいなあ…」
ラルフ・フェルカー飛行曹長が搭乗員待機室で呻いている。その視線の先にあるモニターには、フルングニルの宇宙港で発生中の惨劇が映し出されていた。
何とか逃れようとする船団の周りをバラグーダとスピアフィッシュが乱舞し、さらには戦艦や巡洋艦までが攻撃をかけている。
『連合』軍は空襲に加え、『共和国』側が支配するステーションに向かって艦隊を突入させるという、危険極まりない戦術まで採用したのだ。
そして大きなリスクを取ったことは、相応に大きな報酬を彼らにもたらしていた。
ドニエプル級戦艦の巨大な主砲が連続斉射を吐き出し、輸送船の上に巨大な爆発光が煌めく。
クロノス級戦艦の装甲すら破壊できる巨砲が、無装甲の輸送船に向けられているのだ。どの船もほぼ一撃で轟沈し、積荷と共に焼け焦げた漂流物に変わっていった。
その横では巡洋艦が輸送船に砲撃を行っている。
戦艦主砲の時のような一撃轟沈という事態こそ起こりにくいが、最終的な沈没という結果は同じだ。装甲が無く、武装も申し訳程度の船が正規軍艦に勝てる可能性など、鶏が猛禽に勝てる確率より小さかった。
時折、『連合』軍艦の艦上に発砲とは異なる光が走る。『共和国』側の護衛艦艇や、ステーションの砲が、せめて一矢報いようと発砲しているのだ。
『共和国』側はこの攻撃で巡洋艦と駆逐艦数隻ずつを脱落させることに成功したが、報復はすぐに来た。『連合』軍は『共和国』軍の軍艦や砲の位置を知るや否や、戦艦の主砲射撃、及び艦載機によるミサイル攻撃を加えてきたからだ。
船団の中から砲撃を行っていた仮装巡洋艦や、沈没した船の陰からミサイル攻撃を敢行した護衛駆逐艦に、ドニエプル級戦艦の巨砲が向けられる。
『共和国』軍艦たちは脆弱な武装でせめてもの反撃を試みたが、それが功を奏する前に光の滝を思わせる発光性粒子の雨が連続して彼らに降り注いだ。
光の滝の中で何かが爆発する様子を見た者もいたが、その光景は一瞬にして消え去った。そして光が過ぎ去った後、そこには何も残っていない。
仮装巡洋艦や護衛駆逐艦は輸送船と同じく装甲を持たない。そこに世界最強の戦艦多数が集中砲火を浴びせたため、彼らは沈むというより「消えて」しまったのだ。
艦を構成していた構造材や外板、それに不運な乗員たちは一瞬で原子レベルにまで分解され、虚空を彷徨っているのだろう。
一方、艦載機群は主にステーションに設けられた砲台を攻撃してきた。スピアフィッシュやバラグーダが乱舞し、一斉にホーネット対艦ミサイルを発射する。
旧式軍艦の砲塔をそのままステーションに載せ替えただけの砲台の表面に、次々と命中を示す光が煌めいた。
戦艦の砲撃を受けて轟沈していった軍艦たちと異なり、砲台は一見、ミサイルが命中しても大した被害は受けていないように見えた。
表面に焼け焦げたような跡が付き、防楯が変形しているが、原型は留めている。ミサイルの直撃にもめげず、そのまま発砲を続けられそうだった。
しかしそれは錯覚だった。超高速の飛翔体が激突した衝撃で砲台内部の機器は損傷し、完全に動かなくなっていたのだ。
操作していた砲員たちは剥離した内壁の破片で肉体の至る所を貫通・切断され、床を血と内臓で赤黒く染めながら呻いている。
費用と手間、それに必要な資材を運ぶための輸送力をけちって砲台に追加装甲を取り付けなかったつけを、末端の彼らが払わされているのだった。
護衛を一蹴した『連合』軍は、再び矛先を輸送船に向けた。何とか逃げようとする船たちに、それより遥かに高速の軍艦たちが追いすがり、砲火を浴びせていく。戦闘と言うより狩猟だった。
「しかし何だって、たかが船団狩りに正規空母や戦艦まで持ち出すのか?」
隣のラルフが、惨劇に顔をしかめながらふと疑問を口にした。
輸送船団への襲撃は宇宙軍にとってはどちらかと言うと裏方の任務だ。そこに投入されるのは商船を改装した仮装巡洋艦や護衛空母、或いは退役間近の旧式艦であることが多い。
だが『連合』軍はフルングニルへの攻撃に正規軍艦、しかも空母や戦艦のような虎の子の大型艦多数を使っている。
高価な大型軍艦をたかが輸送船への攻撃のために危険に晒すのは、戦理に反しているのではないか。ラルフはそう思っているらしい。
「多分、奴らは輸送船や物資自体を狙っているわけじゃない。時間を買おうとしているんだ」
ギルベルトは自らの推測を伝えた。下士官から士官に昇進する際、ギルベルトは士官学校で短時間だが講義を受けた。その中で学んだことの1つに、遅滞防御の概念がある。
遅滞防御とは土地と部隊を少しずつ犠牲にしながら、敵軍の進撃速度を低下させ、その後の反撃に繋げるという行動を意味する。
元々は陸戦で使われる用語だが、宇宙軍でも決戦を避けて土地を開け渡し、妨害によって敵の行動を遅延させる戦略を遅滞防御と呼ぶことがある。
今の『連合』軍は明らかにその遅滞防御を狙っているとギルベルトは推測していた。
輸送船の喪失は、それ自体では『共和国』軍にとって致命傷にならない。現在広く使われている戦時標準船は、二級品または三級品の材料を半自動式の機械で溶接して作ったもので、沈められても代わりは幾らでも用意できる。
しかし一方で、輸送船の喪失は戦争においてある意味兵力より重要な要素、時間の損失に繋がる。地上軍向けの物資を運んでいる輸送船が沈めば、フルングニルで進行中の地上戦は当然遅延を余儀なくされるからだ。
そしてフルングニルの占領が遅れれば、『共和国』側の大戦略である『連合』首都惑星リントヴルムの攻略と中央航路制圧もまた遅れることになるのだ。
そこで画面の一部が切り替わった。現在フルングニルの地上で発生している戦闘の最新情報が送られてきたのだ。
「『わが軍は勇戦し、敵を見事撃退』、ねえ…」
映像を見たギルベルトは思わず士官らしからぬ皮肉を言ってしまった。
確かに従軍記者のカメラは破壊された『連合』軍の車両と、その横で誇らしげにポーズをとる『共和国』軍兵士の姿を映し出している。
だが画面の端に、大量の黒煙を上げる山のようなものが映っているのを、ギルベルトは見逃さなかったのだ。
あれはどう見ても、後方の物資集積所が『連合』軍の攻撃を受けた跡だ。要するに『連合』軍は『共和国』軍の奥深くに食い込み、集積されていた物資を破壊してから撤退したことになる。
撃退と言えば聞こえはいいが、敵は単に作戦目的を達成したから退いたのではないか。炎上する倉庫群を見ながら、ギルベルトは半ばそう確信していた。
限定的な攻勢は遅滞防御に不可欠な要素だ。恐らく『連合』地上軍は宇宙軍の攻撃に呼応しての補給所攻撃により、『共和国』地上軍の物資不足を更に深刻化させようとしている。
その目的はもちろん、フルングニルの占領を遅らせ、『共和国』の戦略全体を妨害することにあるのだろう。
(それにしても)
ギルベルトは考え込んだ。遅滞防御とは通常、その後の攻撃とセットになった概念だ。
最優先の戦区に戦力を集中するため、或いは主力部隊の再編に必要な時間を稼ぐために、この戦略は用いられる。
ギルベルトは壁に表示してある『連合』の星図を見つめた。『共和国』及び同盟国が占領した惑星は青、それ以外は緑に塗られている。
緑に塗られた惑星群のどこかに、現在所在不明の『連合』宇宙軍主力が存在するはずだ。遅滞防御の段階が終わり、彼らが反撃を開始するのはいつだろうか。
そして何より重要なことがある。前線に十分な戦力を展開させることも出来ない『共和国』宇宙軍は、『連合』宇宙軍の反撃に対処できるのだろうか。




