攻防ー3
永遠に続くかと思われた両軍の砲撃戦は、唐突に終わりを告げた。より正確に言えば、次の段階に移行した。
『連合』地上軍の車両、及びそこから下車した歩兵たちが弾幕の後ろから『共和国』軍前線陣地に突っ込んできたのだ。
歩兵戦闘車が塹壕内部を迫撃砲と機銃で掃射し、直後に歩兵が内部に飛び込んでいく。銃声と打撲音、それに断末魔の悲鳴が響く中、第一線陣地制圧を確認した車両群は『共和国』軍後方に移動していった。
「流石に精鋭と言ったところか」
攻撃の矢面に立っている『共和国』地上軍第8軍を指揮するセリノ・ラスコン中将は、苦戦の知らせを受けて顔をしかめていた。
捕虜の尋問及び通信傍受によれば、第8軍を攻撃している敵の先鋒を務めるのは、『連合』地上軍第一親衛軍団『祖国』と、同第二親衛軍団『緑旗』だ。
これらは『連合』新政府成立の最初期にその傘下に加わった部隊であり、報奨として最新鋭の装備と専用の旗が与えられている。第8軍は言わば、『連合』地上軍のエリート部隊と対峙しているのだ。
「航空隊は稼働全機を出撃させ、敵砲兵隊を攻撃。予備隊は別名あるまで待機」
状況を確認したラスコンは急いで指示を出した。
『連合』軍は『共和国』軍の第一線陣地を突破し、後方に浸透しつつある。彼らを止めるには予備隊の投入しか無いが、今大規模な予備隊を動かせば『連合』軍砲兵部隊の格好の的になってしまう。
まずは航空攻撃で砲兵を制圧しない限り、予備隊の投入は出来なかった。
そうしている間にも、『連合』地上軍の切っ先はラスコンのいる軍司令部に接近していた。
戦闘開始時は遥かに遠かった砲弾の弾着は、今や軍司令部から視認できる位置にまで接近している。その背後には、『連合』軍の車両が大挙して列を成しているはずだった。
そこに別の弾着が始まった。『共和国』軍の砲兵が対砲兵射撃を中止し、目標を車両群に変更したのだ。
敵味方の砲弾が巻き上げる粉塵のせいで弾着位置の状況は不明だが、車両群の速度が明らかに低下しているということは、砲撃は一定の効果を上げているのだろう。
(しかし、何故この程度の戦力で)
出撃した『共和国』地上軍航空隊が『連合』地上軍航空隊と空戦を開始するのを眺めながら、ラスコンはふと疑問を感じた。
敵の戦力が妙に少ない。第8軍を本気で攻撃しようとしているとは思えないのだ。
2か月前のガイウス殲滅戦では110万の『自由国』軍を、民兵を含めれば300万以上の『連合』軍が攻撃し、最終的に包囲殲滅した。
一方偵察機の報告によると、今戦力40万の第8軍を攻撃している敵軍は合計30万前後。先頭に立つ2つの親衛軍団がいかに精鋭であろうと、包囲戦を実行できる数ではない。
攻撃の規模の割に砲兵支援は潤沢だが、最後に勝負を決めるのはやはり歩兵なのだ。
ラスコンが首を傾げる中、第8軍はやがて反撃を開始した。航空攻撃によって『連合』軍の砲兵射撃が鈍った隙をついて予備隊が前進し、突っ込んでくる敵の横腹を突いたのだ。
『共和国』軍の主力戦車MT-31が装備する140㎜戦車砲が咆哮し、特殊合金の塊を音速の数倍の初速で叩き出す。
正面に比べて装甲の薄い側面を直撃した140mm徹甲弾は易々と『連合』軍戦車の車体に侵入し、その内部を捻じ曲がった金属の残骸と無数の肉片が入り混じった廃墟に変えた。
無論『連合』軍の戦車部隊も反撃を試みるが、その動きは鈍かった。
『連合』地上軍が装備するスミロドン主力戦車は155㎜戦車砲を搭載しており、特に遠距離における火力でMT-31を上回る。また整備無しで走行できる距離も長いようだ。
だがその代償に、スミロドンはMT-31と比較してあらゆる面で鈍いのだ。重い主砲と性能より信頼性を重視した駆動機構のせいで、スミロドンの最高速度は遅く、運動性も低い。また砲塔の旋回速度と主砲の発射速度も同様だ。その特徴が反撃を困難にしていた。
スミロドンが車体をMT-31に正対させ、主砲の照準を合わせる前に、複数の140mm弾が飛来して側面装甲を貫通する。
突入してきた徹甲弾は乗員が絶望の表情を浮かべる前に、いかなる肉挽き機も叶わない程の効率で彼らの肉体を破砕した。
だが2つの親衛軍団は屈しなかった。戦車が当てにならないと見るや、彼らは歩兵による反撃を試みたのだ。
対戦車ロケット砲を構えた歩兵たちが砲弾孔や破壊された車両の残骸の陰に飛び込み、前進するMT-31を狙い撃っていく。
戦車は機銃による掃討を試みるが、視界の狭い車載カメラでは、歩兵を発見するのは容易ではない。『連合』軍の歩兵たちはほぼ好き勝手にMT-31を攻撃できた。
至る所から放たれた白煙の筋がMT-31の平たい車体に命中し、小さな爆炎を上げる。
一見すると大した打撃には見えないが、MT-31の内部では深刻な事態が発生していた。成型炸薬弾頭から放たれた高温の金属流が装甲を貫通し、車内に侵入していたのだ。
金属流の前方にあった機器及び人間たちは熱と運動エネルギーによって文字通り粉砕され、無機物と有機物が入り混じった奇怪な混合物に姿を変えた。
「何ということだ!」
予備隊の指揮官たちは、高価な戦車がその百分の一以下の値段のロケット弾によって破壊される様を見て顔を歪ませた。
一刻も早く戦場に到着するため、予備隊は歩兵を下車させていなかった。それが惨劇を招いたことに彼らは気づいたのだ。
『共和国』側は歩兵戦闘車から慌ただしく歩兵を下車させ始めたが、その前に『連合』軍は完全に立ち直っていた。
態勢を整えた戦車群は歩兵とともに再度前進を開始し、展開が終わっていない『共和国』軍歩兵部隊に榴弾を乱射する。155㎜榴弾の威力は凄まじく、目標となった将兵たちは遮蔽物ごと粉砕された。
その横では装甲歩兵の群れが前進し、『共和国』軍の拠点を次々と占領している。理想的な協同攻撃だった。
「まるで死兵だな」
『共和国』軍前線指揮官の1人は、半ば本気で親衛軍団の戦いぶりを讃えた。
『共和国』軍の砲撃と重機関銃による射撃によって、親衛軍団にも大量の死傷者が出ている。親衛軍団は軍旗の他に緑旗を掲げているが、その緑旗は今や血で赤黒く染まり、所々に骨片と脳漿の白い染みが出来ていた。
しかしそれでも、親衛軍団の将兵たちは全く怯えた様子を見せない。先頭を進んでいた下士官や下級士官が落下してきた砲弾により粉砕され、重機関銃で胴体を分断されても、後の次席指揮官たちが残りの兵を率いて前進を続ける。
無能な財閥系士官と士気の低い下士官兵の寄せ集めと言われていた『連合』地上軍とは思えないほどの勇敢さだった。
そして彼らの勇気と献身は、それに見合う成果をもたらしている。二等兵から将官に至る『共和国』軍兵士たちは、そのことを認めるしかなかった。
ある兵士は瀕死の重傷を負いながら、全ての重擲弾のピンを抜いた状態で『共和国』軍の塹壕に駆け込んだ。その兵士は当然すぐさま撲殺されたが、直後に重擲弾が爆発し、数人の『共和国』軍兵士を道連れにした。
また親衛軍団に属していた戦車のうち先頭の1両は、対戦車地雷を踏みながらもそのまま直進し続け、走行装置が完全に機能を停止する寸前で車体を針路からずらした。その戦車はそのまま砲撃を続け、近くにあった機銃座を粉砕する。
停止した戦車は当然、『共和国』軍の砲撃によってすぐに破壊されたが、横では既に別の戦車が大群をなして進んでいた。
最初に地雷原に突入した戦車が進行方向にある地雷全てを踏み潰すことで、後続に安全を保障したのだった。
2つの親衛軍団はこのようにして、まるで肉を切り裂く刃物のように『共和国』軍陣地を次々と突破していった。
親衛軍団の被害は大きいが、『共和国』側の被害はさらに甚大だ。血に染まった緑旗が通過した後には、死ぬか死にかけている『共和国』軍兵士の肉体が破壊された兵器類に混ざって散乱し、その上を後続の部隊の車両が踏み潰していった。
「薬物でも投与されているのでしょうか?」
前線から送られてくる報告を聞いて、ラスコンの下についている幕僚の1人が呟いた。
『連合』地上軍、特に親衛軍団の戦いぶりはかつて『共和国』地上軍が対戦したどの敵よりも凄まじい。前の戦争で対峙した『自由国』地上軍、いや今回の戦争初期における『連合』地上軍も、これ程の勇気もしくは狂信を示したことは無かった。
だから彼は、今回の戦いにおける『連合』地上軍の勇気と献身は促成栽培されたものでは無いかと疑っているらしい。『連合』地上軍上層部は将兵に恐怖心を麻痺させる薬物を投与し、無理やり戦わせているのではないかと。
「それは多分無いな。彼らはただ、旧政府時代に戻りたくないのだ」
だがラスコンはそう答えた。ラスコンは『連合』領をスレイブニル、フルングニルと転戦しており、その住民の生活の実情を知っていた。
『連合』の都市部、もっと正確に言えばその中心部は豊かだ。
『共和国』では首都惑星イルルヤンカシュ以外の場所で見かけたことが無いほどに立派な建物が立ち並び、あらゆるインフラが整っている。戦火で破壊された後でさえ、その威容は『共和国』軍将兵を驚かせた。
しかしそれ以外の場所は酷いものだった。都市の周りには地の果てまで続くかと思われるような広大なスラム街が乱立しており、そこには字も読めない日雇い労働者たちが住んでいた。
『共和国』にスラム街が存在しないという訳ではないが、これほど大規模なものは無かったし、住民の大半は自分の名前くらいは書けるのが普通である。
農村部の状況は更に悪かった。新政府の成立まで、財閥経営の大農場では事実上の奴隷制が敷かれ、労働者たちは許可を得ずに農場の外から出ることが出来なかったのだ。
そこから不法に逃げ出した労働者は、周囲の痩せた土地で集落を作って暮らしていた。その生活水準は大抵の『共和国』人が囚人以下と呼ぶレベルだったが、それでも農場内部よりはましだったらしい。
『連合』人が新政府を支持したのは、彼らが愚かな狂信者だからではない。こんな状況を生み出した旧政府よりは、救世教徒の方がまだましそうだと思ったからだ。ラスコンはそう思っている。
そして彼らは今、必死に戦っている。この戦争を勝ち抜けば、旧政府時代よりは良い未来が待っていると信じて。
(だが、我々も負ける訳にはいかん)
ラスコンは前線から送られてくる報告を聞きながら内心で決意した。
『連合』人にとってこのフルングニルでの戦闘は自らと子孫の命運がかかった問題かもしれないが、それは『共和国』人にとっても同じことなのだ。
新政府が『連合』人の生活を向上させることが出来るかは、『共和国』人には分からない。
だが確実なのは、『共和国』にとって新政府が旧政府より遥かに危険であることだ。彼らは少なくとも軍事的能力と領土欲では、旧政府を遥かに凌駕しているからだ。
新政府をここで倒すか、少なくともその力を弱めなければ、いずれ緑の旗を掲げた大軍が『共和国』国内に侵入してくる可能性が高いのだ。
『共和国』としては是非とも中央航路制圧を成功させ、新政府の侵攻能力を打ち砕く必要があった。
しかしラスコンの決意とは裏腹に、親衛軍団を矛先とした『連合』軍はますます第8軍の奥深くに侵入しつつあった。その姿は、新政府をここで倒せなかったときに起き得る未来を象徴しているように見える。
「第4軍に支援を要請しろ」
状況を見たラスコンはやむなく命じた。親衛軍団は思った以上に手ごわい。彼らを撃退するには、他の部隊の手を借りる必要があった。
「これでまた、攻勢の開始が遅れるな」
ラスコンは小さく呟いた。実のところ、第8軍が壊滅的な打撃を受ける心配は無い。
親衛軍団がいかに強力でも、その総数は2つ合わせて10万に満たない。40万の兵力を持つ1個軍を殲滅するほどの力はないのだ。
本当の問題は別のところ、物的な損害にあった。
フルングニルの2つの人口密集地を結ぶ大地峡への攻勢に備え、『共和国』地上軍は膨大な物資を蓄積していた。そしてその物資は主に、大地峡の最も近くに位置する第8軍の倉庫に収められていたのだ。
敵の攻撃が届く位置に物資を集積するのは危険だという指摘もあったが、『共和国』地上軍の降下以来、『連合』地上軍は防御陣地にこもったまま動いていないという事実により、この措置は正当化された。
敵が攻撃してこないなら、出来る限り攻勢発起点の近くに物資を集積したほうが、戦闘中の補給がやりやすくなるという理屈である。
だが今、第8軍は予期せぬ攻撃を受けている。このことが意味するのは、『共和国』軍の攻勢に使用される物資の上にも砲弾が降り注いでいるということだ。
第二次フルングニル会戦、及び現在軌道上で発生している戦闘による輸送船の損害と合わせて、『共和国』軍の全体戦略への影響が懸念された。いやそれこそ、『連合』側の狙いなのかもしれない。
軌道上の戦闘で、『連合』側の主役を務めている部隊である宇宙軍第一航空打撃群を指揮するケネス・ハミルトン中将は、第1次攻撃隊の被害報告を見て眉を顰めていた。
出撃1322機に対し、帰還したのは961機。しかもそのうち200機前後は修理不能と報告されている。
「バラグーダを以てしても、これ程の被害が出てしまうとは…」
参謀長のベルトランド・パレルモ少将も、予想外に大きい被害に顔をしかめていた。
新鋭機バラグーダの配備によって、『連合』宇宙軍航空隊は『共和国』宇宙軍航空隊より遥かに優位に立った。ハミルトンたちはそう思っていたのだが、現実は甘くなかった。
そのバラグーダを中心に編成された第1次攻撃隊は、『共和国』の基地航空隊によってかなりの被害を被ったのだ。
「まあいい。目的は達成している」
ハミルトンは半ば自分に言い聞かせるように言った。
第1次攻撃の目的は敵戦闘機隊の戦力を測るための威力偵察、及び空戦によってその戦力を減殺することだ。予想より大きな被害は受けたが、目的自体は達成されている。
「第3次攻撃隊も対空装備中心の編成とせよ」
次にハミルトンは各空母に攻撃隊編成の見直しを命じた。
たった今帰還した第1次攻撃隊、及びもうすぐ敵に取りつく第2次攻撃隊は空戦で敵戦闘機戦力を削ることを目的としており、対空装備中心の編成となっている。
第3次以降は対艦装備として停泊中の敵艦船を攻撃する予定だったが、『共和国』側の防御は思ったより堅い。ここは戦闘機の掃討をもう少し続けるべきだと判断した。
「それでは延々と続く消耗戦になる可能性があります」
参謀の1人がハミルトンの命令に異議を唱えた。
第1航空打撃群がフルングニルに来たのは敵船団を攻撃するためであって、基地航空隊と戦うためではない。
艦船の燃料その他が有限である以上、作戦目的と直接の関係がない行為に時間と戦力を割き続けるのは、いかがなものかと言いたいらしい。
「心配する必要は無い。船団への攻撃はプランCを採用する」
「プランC!? それはあまりに危険では?」
ハミルトンは素っ気なく答えたが、プランCと聞いた参謀は顔面を蒼白にした。彼もプランCの作成に関わったはずだが、本当に実行されるとは思っていなかったのだろう。
「多少の危険を冒さなければ勝利は得られない」
だがハミルトンは敢えて強気な口調で言った。延々と航空戦を続けていては勝てないということでは同意見だが、だからと言って撤退や時期尚早な攻撃を選ぶつもりはない。
第一航空打撃群にとって最も脅威となる敵の基地航空隊を素早く叩き潰し、その後の船団攻撃につなげるつもりだった。
「もうすぐ、敵艦隊か」
ギルベルト・フェルカー少尉は手の平から流れていた汗を飛行服で拭いながらモニターを見据えた。『共和国』宇宙軍フルングニル基地航空隊は、ようやく反撃に出ようとしていた。
これまでフルングニルにはのべ5回の『連合』軍攻撃隊が飛来した。敵の中に占める対艦装備の機体が少なかったため被害は輸送船20隻の沈没または損傷に留まったが、一方的に叩かれた『共和国』宇宙軍にとっては、実に屈辱的な戦闘である。
その恨みを晴らす機会は、敵の第4次攻撃隊が飛び去った直後に訪れた。
敵空母を探索していたRE-27の1機が、「敵艦隊発見」を報告したのだ。その後の触接により、発見された艦隊が空母40隻前後を含むことも判明した。
敵空母部隊の所在を確認した基地航空隊司令部は色めき立ち、大規模な航空攻撃による撃滅を命じた。正規空母は最も高価な軍艦だ。それを40隻も仕留めれば、1個艦隊の殲滅に匹敵する大戦果となる。
かくして基地では空戦を生き残った機体と予備機をかき集め、計2800機からなる攻撃隊を出撃させた。 多くのパイロットは2回目、3回目の出撃となり肉体的な疲労が溜まっていたが、彼らの士気は高かった。
敵艦隊への攻撃こそ、航空隊の花形任務だ。それも相手が空母のような大型軍艦となれば、パイロット冥利に尽きる。『共和国』軍パイロットたちはそう思いながら、意気揚々と機体に乗り込んでいったのだ。
「気をつけろ。敵の防空隊だ」
コクピットのスピーカーから中隊長の声が流れてくる。その言葉通り、レーダー画面には敵機の影が映り始めていた。




