攻防ー2
輸送船団に対する『連合』軍駆逐艦部隊の攻撃、『共和国』側では第二次フルングニル会戦と命名した戦いの後、惑星フルングニル周辺の宙域ではしばらく平穏が続いた。
輸送船は妨害を受けることなく入港し、旧式駆逐艦を改装した情報収集艦や偵察機が時折接近する以外、フルングニル周辺に『連合』宇宙軍の影は見えなかったのだ。
そのため『共和国』側では、あの攻撃は確たる戦略に基づくものというより、政治的な行為だったのではないかという推測が広まり始めていた。
フルングニル星域会戦に敗北した『連合』は、小規模な局地戦での戦果を誇示する事で、民心の動揺を抑えようとしたのではないかと。
ただ無論、全員がそのような楽観主義を共有していた訳では無い。前線と後方を問わず、『連合』宇宙軍による再度の襲撃を警戒している者たちは一定数存在した。
「全く、喉元過ぎれば熱さを忘れるとはこの事だな」
そのうちの1人、フルングニル基地航空隊に所属するギルベルト・フェルカー少尉は、弟のラルフ・フェルカー飛行曹長に向かって思わず愚痴を零した。彼の視線の先には、現在荷下ろし中の輸送船団がある。
輸送船団が無事到着したこと自体は慶賀すべきだが、問題は護衛戦力が少ない事だ。200隻以上の輸送船に対し、護衛はたった40隻。しかも半分は艦隊型軍艦に対抗できない護衛駆逐艦や仮装巡洋艦だ。
第二次フルングニル会戦と同規模の戦力で『連合』軍が攻撃して来た場合、これだけの護衛では対処しきれない可能性が高い。
「しょうがないだろ。前線に戦艦や空母を張り付けるような贅沢は、我が国では無理なんだから。俺たち基地航空が頑張るしか無いのさ」
ラルフが肩を竦めた。彼の言う通り、ギルベルトたちが所属するフルングニル基地航空隊そのものが『共和国』の貧しさの象徴と言ってよかった。
第二次フルングニル会戦の後、『共和国』軍上層部ではフルングニルに空母部隊を常駐させるという案が出たらしい。
空母は瞬間的には戦艦を上回る攻撃力と、高い索敵能力を持つ。フルングニルを襲撃してくる『連合』軍高速部隊を迎撃するには、最適の艦種だ。
しかしこの案は議論の末、没になった。
空母のような大型軍艦は、ただ稼働状態で存在するだけで大量の物資を消費する。活発に行動するとなれば尚更だ。
空母を最前線に多数展開させるような真似をすれば、ただでさえぎりぎりの輸送力に持続不可能な負荷がかかる。反対派はそう意見し、最終的にそちらが通ったのだ。
代わりの妥協として編成されたのが、フルングニル基地航空隊である。開戦後に飛行学校を卒業した新米航空兵に、フルングニル星域会戦で沈没ないし損傷した空母の搭乗員を混ぜ合わせて作られた部隊だ。
部隊の基地は、内部機器を運び出した上で放棄されていた『連合』の宇宙ステーションを使用している。
本来基地航空というのは、あまり今の時代にそぐわない概念である。
過去には航空基地と要塞砲を持つ軍事衛星が国防の主役だった時代もあるが、艦船の航続距離延伸と恒星間分業の発達により、宇宙要塞は段々と時代遅れの存在になっていった。今は艦隊の時代であり、動けない基地に資材を注ぎ込むのは邪道とされる。
だが一方で、基地航空には重大な利点が1つあった。同規模の母艦航空隊より遥かに安く済むのだ。
空母の場合、搭乗員と整備員の他に艦の運行に携わる要員が必要となり、必然的に1機当たりの人件費が大きくなる。
対して基地航空の場合、航空関連以外で必要なのは整備機器に必要な電力を供給する作業員位のものである。
また空母、に限らず軍艦の航行と発電に使われる機関は、限られたスペースの中で最大の出力を発揮するよう設計される。機関が大型化すれば軍艦全体もまた大型化し、建造費や整備費が余計にかかってしまうからだ。
だが小型で高出力の機関は高価な材料及び部品を必要とし、その分製造費や維持費が高くつくのもまた事実だ。
一方基地の場合、基本的にスペース上の制約は無い。安価で単純な構造の発電機を必要量載せれば用が足りる。
このような理由から、基地航空は空母に比べて遥かに金と人手がかからない兵種なのである。
かくして主に懐具合を理由にフルングニル基地航空隊は誕生し、惑星フルングニル周辺の警戒に勤しんでいる。特に輸送船団が入港している今日は、いつもより多めに偵察機が飛ばされていた。
「敵はこちらの懐具合なんぞ、考えてくれんからな」
国力を考えれば仕方がないというラルフの意見に対し、ギルベルトは憮然として言った。
確かに『共和国』宇宙軍の輸送力では、前線に展開できる兵力はこれが限界なのかもしれない。
だが敵手たる『連合』がそれに付き合ってくれる道理はない。前線のすぐ近くに策源地を持つ彼らは、好きなだけ戦力を送れるはずだ。
それに対しラルフが何かを言おうとしたようだが、彼の口から言葉が出る前に搭乗員待機室に耳鳴りな警報が響き渡った。
「敵機来襲。繰り返す、敵機来襲]
「いつもの奴か?」
サイレンに続いて流れてきた言葉に、ギルベルトは何となく呟いた。
このところフルングニルへの攻撃は無いが、前線兵士が「定期便」と呼ぶ偵察機はほぼ毎日飛来している。それが今日もやってきたのだろうか。
「飛行可能な機体は全て出撃を準備。さらに整備部隊は予備機の整備を開始」
だが続いての命令に、ギルベルトはそれが単なる偵察で無いことを悟った。
少数の偵察機相手なら、稼働全機の出撃準備など絶対に行われない。明らかに本格的な空襲だった。
約10分後、ギルベルトとラルフは機上の人となっていた。周囲には膨大な数の友軍機が飛行している。
フルングニル基地航空隊は、書類上で52個航空団7000機以上という大戦力を擁する。配備の遅れや稼働率、整備部隊の限界と言う問題から実働戦力は遥かに小さいが、それでも一度に2000機程度を出撃させることが出来た。
「一応、戦力的にはこっちが有利みたいだが」
ギルベルトはこれまでに判明した情報を見ながら唸った。
敵編隊周囲を飛び回って情報を収集していた新鋭偵察機RE-27によると、敵機の数は約1300機。『共和国』側の7割ほどだ。敵の一部は対艦攻撃機だろうから、実際に戦闘を行う機体の数にはさらに差が出る。
しかし問題は『連合』軍の新鋭機バラグーダだ。同機が『共和国』宇宙軍主力戦闘機のPA-25を上回る性能を持つことは、既に確認されている。
(こっちも新型だ)
ギルベルトは弱気になりそうな自分を叱咤した。
フルングニル基地航空隊の主力装備は、PA-25シリーズの最新型であるD2型となっている。基本的にはD型と同じだが、より高威力の機銃を装備した機体だ。
飛行性能は向上せず、むしろ武装重量の増加によって低下しているが、パイロットたちは総じてD2型の配備を歓迎した。
これまでのC型やD型では、機銃の威力不足から空戦において優位に立ってもバラグーダを落とせないことが多々あり、パイロットたちの士気を低下させた。
そこに現れたD2型は、「当てれば落とせる」という言わば当然の状態を復活させてくれたのだ。
「手合わせといくか」
ギルベルトはラルフに声をかけた。2人はフルングニル星域会戦には参加しておらず、実際にバラグーダと対峙するのはこれが初めてだ。まずはその性能を実際に確認してみる必要があった。
両軍がほぼ相対して接近していたためか、交戦は予想よりやや早く始まった。2人の周辺では、既に撃墜を示す巨大な光の塊が浮かび、合わせてレーダーにも乱れが出ている。
ギルベルトは敵味方の位置を確認しながら、相方とはぐれたらしい1機に目を付けた。
単機で行動してはならないという空戦の基本原則を守れないという事は新米だろうが、新米も生かしておけばやがてベテランになる。敵は倒せるときに倒しておくのが、戦場の掟だった。
「ち、流石は新型か」
だが2人は、そのバラグーダが次に行った機動を見て舌打ちした。バラグーダの巨体はもう少しで機銃の射程に入る所で急加速し、射線を外したのだ。
バラグーダは図体も大きいが、それ以上にエンジンが大きい。強力な武装と分厚い装甲を持つ機体に負けない大出力エンジンにより、機動性を確保する設計になっているのだ。その贅沢な機体構造が、新米パイロットを救ったのだった。
ギルベルトは一瞬追撃の誘惑に駆られたが、すぐに考え直した。PA-25の推力質量比では、どの道バラグーダに追い付けない。あの敵は他の味方機に任せ、自分たちは違う機体を狙う方が賢明だろう。
その「違う機体」はすぐに見つかった。2人が前進した先で、敵味方の1個小隊同士が空戦に入っていたのだ。
双方のパイロットの能力は互角のようだが、このままでは『共和国』側が敗北する。ギルベルトはそう直感した。
推力質量比で優るバラグーダは旋回機動で失った運動エネルギーをすぐに回復できるが、PA-25の方はそうではない。いずれは追い詰められ、致命的な一撃を浴びるだろう。
ただギルベルト達にとって、この状況は好都合でもあった。4機のバラグーダは現在交戦している『共和国』軍機を追い詰める事に夢中になっており、2人の接近に気付いていない。先制の奇襲をかける好機だ。
頃合いと見た2人は、ほぼ同時に引き金を引いた。前に乗っていたC型のそれとは比べ物にならないほど密度の高い光が、機銃の銃口から吐き出されていく。
敵は慌てたように回避を試みたが、既に遅かった。光の網はほぼ完全に2機のバラグーダを捉え、内部に包み込んでいる。命中を示す光が無数に明滅し、一瞬敵機の姿が見えなくなった。
「よし!」
次に起きた事を見て、ギルベルトは歓声を上げた。1機はそのまま爆発四散し、もう1機も動きが大きく鈍っている。D2型の強化された武装は、期待通りの威力を発揮したのだ。
2人の攻撃に続き、味方の小隊が見せた反応は素早かった。被弾して動きが鈍ったバラグーダの援護にかけつけた残り2機の敵機に接近し、集中的な射撃を浴びせたのだ。
敵のうちさらに1機が被弾してエンジン出力を大幅に低下させ、もう1機は形勢不利と見たのか逃げ去って行った。
「何とか勝っているみたいだな」
動きの鈍った2機のバラグーダが撃ち落されていくのを横目に、ギルベルトは全体の戦況を確認した
『共和国』軍航空隊は概ね、『連合』軍航空隊と互角に渡り合っている。被害はこちらの方が多いようだが、輸送船団への空襲は阻止していた。
戦場を駆け巡っていた2人がさらに1機を撃ち落した直後、戦闘は終息に向かい始めた。1000機弱まで減少した『連合』軍機が、母艦に向かって撤退を開始したのだ。
「やったな!」
それを見たラルフが歓声を上げた。『共和国』宇宙軍航空隊が、新鋭機バラグーダを中心に編成された『連合』宇宙軍航空隊を追い返して見せたことが嬉しいのだろう。
「勝ったのは俺たちの実力という訳じゃない。気を抜くなよ」
ラルフの口調に慢心の色を感じたギルベルトは釘を刺した。
勝利を収めたのは喜ばしいが、この空戦はフルングニル基地航空隊の実力を示すものではない。兵力的に優位で、しかも偵察機やレーダー衛星の援護を受けられるという条件では、勝って当然なのだ。
これから実施されるであろう敵空母への攻撃を成功させて初めて、フルングニル基地航空隊は勝利を誇れる。ギルベルトはそう思っていた。
フルングニル軌道上に『連合』軍航空隊が大挙して押し寄せていたとき、その地上でも状況は大きく動いていた。『共和国』地上軍の着陸以来目立った動きを見せていなかった『連合』地上軍が、突然攻勢を開始したのだ。
攻撃は主に、『共和国』地上軍が降下後最初の攻略目標としている大地峡の周辺に展開する、『共和国』地上軍第8軍に対して行われた。
まず聞こえてきたのは、『共和国』軍兵士が「ハーモニカ」と呼ぶ、『連合』軍の多連装ロケット砲の飛翔音だった。俗称通り素人による吹奏楽器の演奏を思わせる甲高く耳障りな音が鳴り響き、数えきれないほどの白煙の筋が上空に見え始める。
ロケット弾の雨は一見出鱈目に飛んでいるように見えるが、実際には無人偵察機によって標定された後方の各目標に向けられているのは確実だ。「ハーモニカ」の発射が確認された瞬間、『共和国』軍の各司令部は地下に避難したが、地下に格納できないレーダーや通信機等はかなりの被害を受けることが想定された。
『共和国』軍の偵察部隊が前方に仕掛けていた聴音マイクは、また別の音を感知していた。金属製の昆虫が這いまわっているような耳障りな機械音。『連合』軍の車両が前進を開始する音だ。
聴音マイクは続いて、連続した風切り音を伝えた。1つ1つの音は「ハーモニカ」から発射されたロケット弾の飛翔音よりずっと小さいが、その分発射速度と数が凄まじい。重層化した風切り音は、聴音マイクからの音を集計していた兵士たちの耳を弄せんばかりに鳴り響いた。
「敵の砲撃が始まりました! ただちに地下壕に避難を」
『共和国』軍の前線で聴音を担当していた班の指揮官は、慌てて全体に注意を促した。観測された飛翔音は明らかに、『連合』軍の砲から発射された砲弾が大気を突き抜けていく音だ。
ただ音の大きさと周波数は、敵の砲弾の初速がそれほど速くないことを示している。電磁式の砲が最大初速で撃てば、砲弾はいったん宇宙空間を経由してから地上に辿り着くが、飛翔音から推定される敵の砲弾の飛翔速度はそれには程遠いのだ。
そして敵が砲弾を低い初速で発射しているという事実は、彼らの目標が後方には無いことを示している。『連合』軍の砲は彼らの近くにある目標、即ち『共和国』軍前線陣地を狙っていると考えられた。
「役割を分担したということか」
自らも避難しながら、聴音部隊の士官の1人が呟いた。
多連装ロケット砲と通常の砲の最大射程はほぼ同じだが、遠距離の目標に対する命中精度という点では前者に圧倒的に分がある。砲弾は発射されれば物理法則に従うだけだが、ロケット弾には簡易的とはいえ誘導装置がついているからだ。
これらの事実に鑑み、『連合』軍は2つの兵器の役割を分けた。遠距離の目標を狙えるロケット砲は後方の指揮所その他の施設を攻撃し、通常の砲は前線陣地に向けたのだ。なかなか合理的な戦術と言える。
「撃ち返せ!」
他の部隊の車両や兵員が地下壕に避難していく中、『共和国』軍砲兵部隊は果敢に応戦を開始した。 「ハーモニカ」にほぼ匹敵する性能を持つML-9多連装ロケット砲システムが、1両あたり16発のロケット弾を吐き出し、次いで各口径の砲も一斉に連射を開始する。風切り音とともに無数の白煙が空に舞い上がっていく様子は、『連合』側の砲陣地で見られるであろう光景と、寸分違わぬものだった。
「畜生、考えやがったな」
だが『共和国』軍砲兵部隊の指揮官たちは苦い顔をしていた。『連合』軍は意図的に、こちらにとって最悪のタイミングで攻撃をかけてきた。彼らはそう悟っていたのだ。
『共和国』地上軍はこれまで、フルングニル軌道上に展開する揚陸艦部隊による支援を受けてきた。揚陸艦は地上軍に『連合』軍の動きについての情報を提供すると共に、搭載する艦対地兵器による攻撃を行ってくれていたのだ。
『連合』地上軍がこれまで目立った行動を見せなかったのも、揚陸艦の存在による所が大きいことが、捕虜の尋問により判明している。
『連合』軍はスレイブニルの戦訓を受け、『共和国』側が制宙権を握っている状態で無理な攻撃をかければ、地上と宇宙からの同時攻撃で壊滅的打撃を受けると判断していたのだ。
しかし今、その揚陸艦部隊はいない。『連合』宇宙軍による空襲が始まるや否や退避してしまったからだ。
高価な艦を失うリスクを冒すわけにはいかないという事情は分かるが、地上軍としては見捨てられたという思いは否めなかった。
揚陸艦が不在の今、両軍は情報面で互角。いやフルングニルが昔からの『連合』領であることを考えれば、『連合』優位だ。『連合』地上軍は、勝利のための最重要要素の1つを失ったことになる。
「こんな様で何が大勝利だ!」
次に地上軍士官たちの一部は宇宙軍及び政府に対して毒づいた。
政府のプロパガンダでは、フルングニル星域会戦は『共和国』宇宙軍の大勝利だったことになっている。
『連合』宇宙軍は同会戦で壊滅的打撃を受けた。『共和国』軍は準備が完了次第、『連合』首都惑星リントヴルムに侵攻できる。国営放送ではそう喧伝され、国民の大多数はそれを信じていた。
もうすぐ戦争は終わり、長かった戦時体制も解除される。軍需工場での長時間労働は終わり、不足していた消費財も市場に供給され始めるだろう。
フルングニル星域会戦に関する政府発表を聞いた『共和国』人たちはそう思い、戦争終結と祖国の領土拡大の知らせを心待ちにしているのだ。
だが現実には『連合』宇宙軍は壊滅しておらず、未だに『共和国』軍を脅かすだけの力を持っている。国民が現実を知れば、政府、そして『共和国』そのものが、過度に楽観的な発表を行った報いを受けるのでは無いだろうか。
地上軍の士官たちが考え込む中、上空を覆い尽くしていた悲鳴のような轟音たちが、一斉に地上に到達する。そして次の瞬間、目の前の世界全てが燃え上がった。
前線後方に落下したロケット弾は目標となった通信所、レーダー施設、司令部等の建物に着弾し、夥しい数の破片と粉塵を噴き上げる。
その下では破壊されたアンテナが炎で炙られてねじ曲がり、所々にコンクリート塊が刺さった鉄筋が重力と高熱により、生き物のように形を変えていく。
そしてもちろん、逃げ遅れた不運な将兵たちもまた炎の中で焼かれ、元が何だったかも分からないほどに破壊された肉塊に成り果てていた。
ほぼ同時に、前線陣地には『連合』軍の自走砲から発射された砲弾が着弾していた。120㎜から200㎜までの様々な口径の砲弾が、急ごしらえの陣地全体に落下したのだ。
塹壕の前方に積み上げられていた土嚢が引き裂かれて土が散乱し、トーチカに命中した砲弾がコンクリートの破片を噴き上げる。
将兵の大半は地下壕に避難していたが、それでも一定の被害は防げなかった。山なりに放たれた徹甲弾の一部は退避所のコンクリート壁を貫通して内部で爆発し、榴弾もまた爆発によって内壁を剥離させ、壕の内部にコンクリート片を散乱させたからだ。
非常灯が灯る退避所内では破片によって全身を切り刻まれ、人体模型のような姿に成り果てた負傷者がうめき声を上げている。その隣ではもはや人型をしていない肉塊が最後の痙攣を繰り返し、流れ出した内臓器官が別の生き物のように蠢いていた。
無論、『共和国』側の砲撃もまた、『連合』軍に降り注いでいる。具体的な戦果は分からないが、少なくとも遠雷のような爆発音と振動、そして火災煙は『共和国』側の前線からも観察できた。
両軍の砲撃が巻き上げた粉塵は陽光を遮る一方で随所に発生した火災の炎を反射し、黄昏時を思わせる光景を作り上げている。あまりにも多くの破片と塵が巻き上げられ、一方で炎が強烈な光を放っているせいで、前線からはたった数十メートル先を見渡すことも出来なかった。




