ファブニル星域会戦ー8
モニター上の青い光点(味方)と赤い光点(敵)が同時に動き始めた。目の前の敵に止めを刺そうとしていた味方艦隊は、一旦戦闘宙域から離脱し始めている。敵艦隊の生き残りは、陣形を立て直そうとしているようだ。
「敵駆逐艦群、突入してきます!」
大声で報告が響く中、カリマンタン級と思われる『連合』の駆逐艦部隊は2列の縦陣に分かれて攻撃を加えてきた。艦の前部に据え付けられた両用砲が連続して『共和国』の巡洋艦、駆逐艦目がけて発射される。
対する『共和国』の艦隊は手こずっていた。さっき全滅させ損ねた敵艦隊が巡洋艦1隻、駆逐艦8隻という小勢になりながらも果敢に牽制機動を行い、効果的な対応ができないように『共和国』軍を拘束していたのだ。
青い光点群はしばらく無秩序な動きをした後、ようやく隊列を組みなおした。敵艦隊が戦闘力の大部分を失い、いったん隊列を再編する間も大した脅威にならないことに気付いたようだ。
「対応が遅い!」
リコリスは味方の無様な機動を見て吐き捨てた。リーズはその言葉に賛同すべきか迷った。リコリスからすれば拙劣な戦闘ぶりなのだろうが、リコリスと同じ速さと正確さで次に取るべき行動を決められる人間など、他に存在するはずがないとも思うのだ。
だがともかく、リコリスの指摘は正しかった。『共和国』部隊は不適切な機動のために接近中の敵駆逐艦に砲火を集中できていない。その隙をついて、駆逐艦群は徐々に対艦ミサイルの有効射程内に近づきつつあった。
ASM-15のそれにも似た青白い航跡を引きながら駆逐艦群は突進する。その前方に荷電粒子砲のビームが叩き込まれるが、そのほとんどは虚空に消えていく。
高速艦が回避運動を行いながら接近している場合、複数の艦が砲火を集中して敵の未来位置全てを塗りつぶす必要があるが、今の『共和国』艦隊はそれが出来ていない。砲撃の効果が上がらないのは当然だった。
「というかあの連中。何でまだ敵の沈没位置の近くにいるのよ!? レーダーが不調になる宙域にい続けるなんて、自分で自分の目を潰すようなものじゃない! 通信科、その旨を意見具申。それから、射撃データも送ってあげて」
オルレアン戦闘指揮所にリコリスの罵声がさらに飛ぶ。リーズはそっと肩をすくめた。一応の助言と支援を同時に行ってはいるが、味方に対する態度とは思えない。
だがこれで自分の部下には優しいというか甘いのが、リコリスの不思議なところだ。以前からの乗組員はもちろん、新米でリコリスにとっては不満な点も多いはずのリーズでさえ、今のような口調で罵倒されたことはない。
リーズが少しばかり味方艦隊の指揮官に同情する中、戦闘は熾烈さを増した。『共和国』軍の一隊は巡洋艦部隊の残敵を攻撃し、一隻だけ残った巡洋艦に砲撃を集中する。砲撃を行っているのは主に駆逐艦だが、それでも数が揃えばバカにならない威力を発揮した。
『連合』巡洋艦は『共和国』の巡洋艦とは異なり、戦艦を小型化したような艦形と性能特性を持つ。その艦上に閃光が走るたびに、敵艦から放たれるレーダー波が弱くなり、『共和国』軍に対して放たれる砲火もまばらになっていく。その様子に『共和国』軍艦隊の乗組員は歓声を上げた。
一方の巡洋艦部隊は、乱れていた隊列を組みなおして新手の駆逐艦を砲撃する。艦長たちはこの戦いを、ほぼ一方的なものになると予想した。巡洋艦と駆逐艦では砲の有効射程はもちろんのこと、搭載しているレーダーの出力に大きな違いがあるため、前者は後者が反撃できない距離からの砲撃が可能なのだ。
だがその期待は裏切られた。『連合』の駆逐艦部隊の射撃精度は予想よりかなり高かったのだ。毎分数十発の速度で発射される発光性粒子の雨は、着実に『共和国』の巡洋艦を直撃し、戦力を削り取っていった。巡洋艦のスマートな艦体に閃光が走るたび、艦の表面に設置された機銃やレーダーアンテナが削り取られ、蒸発する。
一方の『共和国』軍も反撃する。いずれもディラキウム級に属する4隻の巡洋艦は、沈没した敵艦から発せられる電磁波によって半ば盲目の状態にあったが、オルレアンからレーザー通信で送られた情報によって何とか敵の位置を把握した。各艦の主砲は高速で旋回すると、駆逐艦の主砲に数倍する威力を持つ光の束を吐き出す。
「敵駆逐艦4隻に味方の砲撃が命中。1隻撃沈確実!」
オルレアンが射撃データを送った甲斐あってか、味方艦隊の砲撃に効果が出始めた。『共和国』の巡洋艦は砲力より通信能力や速力を重視した設計になっているが、それでもその主砲の威力は駆逐艦とは比べ物にならない。巡洋艦4隻は自らも損傷を受けながら、敵駆逐艦を次々に蹴散らした。
だが駆逐艦群は突進を続けた。その兵力は22隻、その中の数隻が撃沈破されても、十分な戦力を残している。
そしてオルレアン戦闘指揮所には、索敵科からさらに悪い情報が届いていた。
「後方の敵は戦艦2隻を含む。繰り返す。敵は戦艦2隻を含む」
「最悪ね」
リコリスが状況を簡潔かつ的確に評価する。第33分艦隊はこれまで、敵の外郭部隊は補助艦艇のみで構成されていると判断していた。だから艦の数はともかく、攻防性能では互角に近い相手と戦うことになるだろうと。
だがそうではなかった。『連合』の艦隊は外郭にも戦艦を配置していた。攻撃力、防御力、通信能力の全てにおいて巡洋艦とは比べ物にならない性能を持つ、宇宙戦闘の王者を。
そして確かに戦艦がいるなら、あの駆逐艦部隊の射撃精度の高さも納得できる。彼らは後方の戦艦から射撃データを受け取っているのだ。現在の距離では(通信機能に特化したアジャンクール級のような例外を除く)普通の巡洋艦は砲撃に必要な情報を入手できないが、遥かに強力なレーダーと大型の光学測距機を搭載した戦艦なら可能だ。
さらにもちろん、戦艦の脅威はそれだけではない。その主砲はあらゆる巡洋艦の装甲を最大射程からの砲撃で貫通できるし、一方巡洋艦は零距離射撃でも戦艦の装甲を撃ち抜けない。敵戦艦が主砲の射程にまで接近してきた時が、『共和国』の巡洋艦の最後だ。
「通信科より艦長。第15ミサイル戦闘群、及び第18巡洋艦戦隊からの緊急信を傍受。『敵戦艦を発見。至急、来援を願う』」
「また…戦艦が」
リーズは息をのんだ。第15ミサイル戦闘群はこの宙域からかなり離れた場所で突破を図っていた部隊だが、その部隊も戦艦と遭遇したというのだ。「戦艦多数」とは報告されていないのでおそらく1隻か2隻だろうが、それでも戦艦は恐るべき脅威だ。
「まずい。おそらくこちらの戦術パターンが読まれている。敵の指揮官は前の戦争の教訓をちゃんと理解しているようね」
リコリスがつぶやいた。『共和国』軍の作戦構想が崩壊しつつある事はリーズも理解した。リコリスが参加した『共和国』-『自由国』戦争の後半戦では鮮やかに達成された「高速部隊の襲撃→主力部隊による残敵掃討」という戦術は、出だしで躓きつつあった。
「味方艦隊、隊列を組みなおし、敵戦艦に向かって突撃を開始しました!」
「ば、馬鹿! 死ぬ気なの!?」
いきなり入ってきた報告にリコリスが驚愕する様子がリーズの耳にも入ってきた。現在の敵戦力は分かっているだけで戦艦2、巡洋艦6、駆逐艦17。巡洋艦5、駆逐艦11で立ち向かえる戦力ではない。まず前進中の駆逐艦の対艦ミサイル攻撃で戦力を削ぎ落され、続いて戦艦と巡洋艦の砲撃で壊滅するのが落ちだろう。
味方艦隊の指揮官は、戦艦撃沈のチャンスに血迷ったとしか思えなかった。
「…艦長。味方艦隊より、突撃に加われという指示が来ていますが…」
通信科から震え声で報告が来た。この命令に従って一緒に敵艦隊に突撃した場合の結果は、彼らにも予測できるらしい。
「無視しなさい」
リコリスは何の躊躇いもなくそう答えた。
「いいんですか?」
リーズは恐る恐る聞いた。別に自滅的な命令に従ってほしいわけではないが、上官の指示を無視したということになれば、リコリスはまずい立場に置かれるのではないか。
「電波状態が悪くて命令が届かないというのは戦場ではよくあることよ。それに…」
続いてリコリスは悲し気な口調で言った。
「死人に口なし。全滅した部隊の通信記録は残らないわ」
リーズは寒気を覚えた。リコリスは既に、彼らの全滅を既成事実と見なしているらしい。
「砲撃及び対艦ミサイル攻撃開始、目標は味方艦隊右舷側の敵駆逐艦部隊。せめて少しはましな死に場所を用意してあげましょう」
リコリスの命令に従い、機銃を除くオルレアンの全ての火器が、現在味方に近接している右側の敵駆逐艦部隊に発射される。敵駆逐艦1隻に直撃弾を示す閃光が走り、続いて対艦ミサイル1発が命中した。巨大な青白い光と共に、駆逐艦一隻が消滅する。
この一撃を受け、敵駆逐艦の隊列は大きく乱れた。ASM-15の威力に驚愕したのかもしれないし、この距離で直撃を出せるオルレアンの通信能力に脅威を感じたのかもしれない。
2列に分かれて突入してきた敵駆逐艦のうち、右側の一列がオルレアンの攻撃で混乱したのを見た味方艦隊は、その方向に転舵しながら砲撃を浴びせた。計16隻の艦は敵駆逐艦を反航戦で撃破した後、敵戦艦に向かっていくつもりらしいが。
その左側面に敵駆逐艦8隻が接近するのを、オルレアン戦闘指揮所の乗員、そしておそらく味方艦隊の乗員は諦観が混じった眼差しで見つめていた。片方の部隊を排除しても、もう片方は無傷だ。もはや対艦ミサイル攻撃を食らうのは避けられない。
『連合』の駆逐艦は『共和国』の基準ではかなりの至近距離まで接近すると、転舵しながら計70発ほどの白い矢を吐き出した。おそらく彼らの艦が装備するホーネット対艦ミサイルだろう。
情報によるとその性能は『共和国』の一世代前の対艦ミサイルであるASM-14と同等か、やや劣る程度。命中すれば、巡洋艦や駆逐艦にとっては大打撃となるはずだ。
だが離れた位置にいるオルレアンにはどうすることも出来なかった。もちろん一緒に突撃しても、仲良くミサイルを食らうだけだったが。
数十秒後、味方艦隊の隊列に7個の青白い光が走った。ASM-15が直撃した時の爆光よりは小さいが、それでも凄まじい光だ。直撃を受けた7隻が、かなりの打撃を受けたことを伺わせた。
「巡洋艦3、駆逐艦4隻が被弾しました。巡洋艦2、駆逐艦3はそのまま隊列から脱落します」
状況を見張っていた索敵科員が事実だけを淡々と告げる。なおこの状況における隊列からの脱落とは、要するに沈没の同義語である。近距離からの対艦ミサイル飽和攻撃を受けたにしては、少なめの被害で済んだとも言えるが。
大きく損傷を受けた艦を含めて11隻に減ってしまった『共和国』の部隊は、脱落した艦を顧みることなくそのまま前進した。その彼らに対し、敵戦艦2隻、巡洋艦6隻が砲門を開く。
「味方巡洋艦1隻轟沈。戦艦の主砲を食らった模様です」
「さらに味方駆逐艦1隻轟沈、あ、さらに巡洋艦1隻がやられました」
「了解。なお兵装科は敵駆逐艦部隊の迎撃に備えること」
悲報が次々に伝わってくるが、もはやリコリスは顔色一つ変えなかった。それが人間としての美徳であるかは怪しいが、味方の損害に動揺せずに状況に即した指示を出せるのは、少なくとも指揮官としての美徳ではあった。
何しろレーダーを最大出力で稼働させて情報収集に当たっていたオルレアンには、さっき味方艦隊右舷にいた敵駆逐艦のうち生き残りの5隻が接近し始めていたからだ。まるで仲間と共に死地に向かわなかったことを罰しようとするかのように。