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プロローグ

早瀬悠斗と申します。久しぶりの連載開始となります。これからよろしくお願いします。

 「2番機より入電、燃料の消耗により偵察を続行できず。これより帰投する」

 「5番機より入電、敵機の迎撃熾烈、一時後退する」

 

 リーズ・セリエール『共和国』宇宙軍准尉は次々に戦闘指揮所に飛び込んでくる悲報を、為すすべもなく聞いていた。先ほど出撃した艦載機は戦闘機隊に捕捉され、敵艦隊まで辿り着けずにいる。これでは敵艦隊の情報が掴めない。

 他の艦からも情報が送られて来ないところから判断すると、初戦の偵察は失敗に終わりつつあるようだ。彼女の乗る偵察巡洋艦オルレアンを初めとする味方艦隊は、碌に敵の陣容も掴めないままに戦闘に突入することになる。

 

 リーズ准尉は助けを求めるかのように、オルレアンで最も高位の士官、すなわち艦長であるリコリス・エイブリング大佐の方を見た。士官学校を出たばかりのリーズは、オルレアンでリコリス艦長の副官(と言う名の雑用係)を務めている。

 なお18歳のリーズは戦闘指揮所にいる人間の中では一番の若輩だが、リコリス大佐も彼女よりたった5歳上でしかない。ただでさえ少数派の女性軍人の中にあって、リコリスはさらに珍しい20代の大佐だった。

 そのリコリス エイブリング艦長はだらしない格好で椅子に座り込みながら、眠そうな顔でモニターを眺めていた。本来かなりの美人なのだが、寝癖がついた髪に櫛も通していない上に、これから戦闘を控えた軍人とはとても思えないような覇気のない表情を浮かべているせいで台無しだった。

 

 これを練達の指揮官の余裕と見るべきか、単に怠惰の表れと考えるべきかは微妙なところだ。リーズがオルレアンに着任してから3ヶ月ほどが経つが、彼女はいまだにリコリスという上官をどう評価すべきかが分からない。

 

 

 リコリス・エイブリングは少なくとも戦歴を見る限りでは、オルレアンが所属する『共和国』で屈指の英雄だった。4年前の『共和国』ー『自由国戦争』序盤に起きたアスピドケロン星域会戦では、護衛駆逐艦1隻で敵一個駆逐隊を足止めし、味方輸送船団が退避するための時間を稼いでいる。

 この会戦で彼女は『共和国』の軍人にとって最高の名誉とされる『共和国』英雄の称号を得て、『共和国』最高指導者のローレンス・クラーク政務局長から、直々に勲章を授与されるという栄誉を受けている。

 さらにその1年後に起きた第一次から第三次までのフレズベルグ会戦には、駆逐艦の艦長として参加、戦艦1隻を含む4隻の敵艦を撃沈して大勝利の一翼を担った。若い美貌の女性士官が上げた数々の大戦果はメディアでも大きく報道され、当時のリーズを初めとする士官学校の生徒を興奮させたものだ。

 

 だから最初、配属先がリコリス エイブリング大佐が艦長を務める艦だと知ったリーズは大喜びした。『共和国』英雄の称号を持つ若き女性士官、士官学校時代に純然たる憧れの対象だった人物が指揮する艦で戦えるのだ。しかもリーズの役職は副官、常に艦長の傍で補佐をする仕事であり、リコリスの戦闘指揮を間近で見ることができる。

 

 そしてリーズは期待に胸を膨らませながらオルレアンに乗り込み… 「奇襲の天才」、「『共和国』の若き英雄」などと報道されていた女性士官の正体を目の当たりにした。

 確かに演習での指揮は信じがたい程に上手い。艦を敵に対して有利な位置に持っていく技量はずば抜けていて、しかも不利な条件の演習でも一度も撃沈判定を食らったことがない。

 『共和国』軍人の一部にはリコリスの戦果を単なる幸運によるものとして軽視する者もいるが、それは完全な間違いであると、リーズは自信を持って言える。

 

 だがそれ以外の部分は… 無茶苦茶である。

 まず分かったのは、リコリスの性格が極端に怠惰であることだった。今日のようにだらしなく座っているくらいならまだいい方で、艦長室のベッドに寝転がったままで指示を出すことすらある。というか、その方が多い。

 なおそのベッドの周りには書類やら電子機器やら酒瓶やらが、無秩序に積み上げられていることをリーズは確認している。「実は無秩序ではなく、全てが手の届く範囲になるように計算しつくされた配置になっている」とは、リコリスの弁である。

 

 だがそれだけならまだいい。さらに問題なのは、その軍人らしからぬ性格と態度だった。上官や政治家に対する辛辣な発言は毎度のことで、時には国家や軍隊そのものを軽蔑しているとしか思えない暴言まで吐くことがある。彼女の普段の言動を見るにつけ、この人物が士官用軍装を身に着けて『共和国』英雄勲章を飾っているのが、何かの冗談のように見えてならない。

 

 「艦長… 戦闘時位は艦の最上級者として模範を示すという考えは」

 「ないけど」

 

 リコリスは0.1秒で即答し、リーズは肩を落とした。この3か月の付き合いでリコリス・エイブリングとはこういう人間だと分かってはいるのだが、それにしても残念な気がしてならない。

 本人は気づいていないらしいが、『共和国』軍の士官用制服を着込んだリコリスは黙っていれば非常に颯爽として美しいだけに尚更だ。

 

 (本当に、態度さえ改めれば凄く素敵な人なんだけどな)

 

 リーズはリコリスの全身を何となく眺めながらつくづく思う。戦意高揚の宣伝番組では、軍人や政治家の映像に美化処理を行うのが普通だ。誰も大っぴらには言わないが、ある程度の教育を受けた『共和国』人なら誰でも知っている。

 だからリーズは最初に実物とご対面した時に衝撃を受けた。プロパガンダ映像通り、いやそれ以上の美人だったからだ。

 やや長身のスリムな体には『共和国』軍の軍服があつらえたように馴染み、少しウェーブのかかった長い黒髪と深い青色の瞳が特徴的な整った顔は、一種の気品さえ感じさせる。他人がやると不快感を与えるだけであろう出鱈目な態度も、リコリスがやると不思議に様になったりするのだ。

 

 もっともリコリスというのは、そんな貴族的な容貌とは真逆の性格と能力を持っている人間でもあった。演習で垣間見せる戦闘指揮能力は神がかっているものの、その他の面の能力は無きに等しいどころかマイナスである。

 大抵の書類仕事や機器の操作は嫌い以前にまともに出来なかったし、上官に取り入る才能が全く無いことは、士官学校を出たばかりのリーズにすら分かった。

 

 挙句に『共和国』ー『自由国』戦争戦勝2周年記念祝賀会への出席を、「面倒くさい。基本的に他人と会うの嫌い」という理由で拒否しようとして、リーズがなだめすかす羽目になったこともある。

 「召使の前でも英雄でいられる人間はいない」という格言を、リーズはリコリスと過ごした半年間でつくづく実感した。リコリスの名誉のために言っておくと、人格的には悪い人ではない、少なくとも部下に理不尽な態度を取ったりはしないという点では、いい上官だとも思うのだが。

 

 「4番機より入電。敵艦隊発見。敵は複数の戦艦を含む模様。位置は本艦よりxマイナス13、y45、z18」

 

 リーズのそんな感情をよそに、待ち望んでいた報告が届いた。このファブニル星域に来寇した『連合』軍の艦隊、その一群をオルレアンから発艦した偵察機が発見したのだ。

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