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臆病者と野獣の恋  作者: 金剛陸奥
第三幕
22/23

第二十一話 恋愛とは二人で愚かになることだ。





 JCCに向かっているのだろうか

カリムは私を抱えて迷いなく足を進めている。

私はカリムの胸元の服の部分を掴んで、止まってほしいと訴えた。

伝わるだろうかと不安になったが、カリムはすぐに足を止めてくれた、

その場にいったん私をゆっくりと降ろし、安定して座れる様に支えてくれた。


 声を出したいが何かが喉につっかえたように、上手く出せない。

カリムは辛抱強く、私を見つめて待っていてくれた。


 しばらくたって、か細くはあるが、声が出そうだった。



「かりむ」

「……何だ?」

「本当に、カリム?」

「うん」



 ほら、とカリムは私の手をとって、自身の頬に触れさせた。

私の前に居て、触れられる。カリムは確かにそこに居た。

嬉しい、けれど。

それと同時に、切なさもこみあげて、涙がまた溢れだした。



「どうして、戻ってきたの?」

「真知子が言ったんだろ。幸せになってくれるか、と。

だから俺はここにいるんだ」

「家族は? おうちは? 婚約者の人はどうしたの?」



 そう尋ねると、カリムは困った様に笑った。



「もういい、それも、もう、いいんだ」



 安らかに、吹っ切れた様に、そして自分に言い聞かせる様にカリムは答える。

それはまるで、重い荷物をやっと降ろすことのできた、旅人。


 ぽろぽろと、大粒の涙が落ちていく。



「わ、私でいいの? 私は、カリムの隣に立っても恥ずかしくない容姿じゃない。たいしてお金もないし、不名誉なことばかりなのに、悪いところだっていっぱいあるのに、暗いし、我儘だし、

すぐに、うえっ、泣ぐし、それに、それに」

「お前がいいんだ」



 私のもう片方の手も取って、カリムは自分の反対側の頬に触れさせ、私の手を覆うように自分の手を被せた。



「真知子じゃなきゃ、俺は幸せにはなれないよ」



 決壊。私の目のダムが決壊した、

マズイ、鼻水も出てるかも。

見てほしくない。

でも、やっと伝えられるんだ。伝えて、いいんだ。



「カリムが、好きです……大好きです

ずっと……ずっと、おじいちゃんおばあちゃんになっても、ずっと一緒に居たい、です」



 涙や鼻水、ついでに果汁やジュース塗れの私の顔を気にせず、カリムは私の唇にかぶりついた。


 初めてキスされたときも思ったけど、カリムって意外とこういうとき激しいんだな、って、恥ずかしさのあまり思考を巡らせていた。




◆◆◆




 紫煙が空中に舞う。

草むらなどの地面に直接座ることを嫌がる男が、木にもたれて座り、だらしなく上着を脱いで、一服している、

目の前の若者二人をただ見つめて、煙草を吸っている。



「それにしても、よく間に合いましたね。カリムに緊急の手紙送りつけて、それから彼がどうするか判断を仰ぐだなんて。

彼も帰国してからいろいろといっぱいいっぱいだったでしょうに。というか、彼に手紙がそのまま行き渡るなんて、どんな手を使ったんです。

カリムが婿入りしようとしていた王族、かなり情報操作にも五月蠅いところだったでしょうに」

「奴が日本語を少しでも学んでいたことを利用した。ヘイデンという王族の性格は絶対的完璧主義者だ。

タイトルに”留年のお知らせ”なんて書かれていて、手紙の中身を開けたら日本語が長ったらしく書かれていたら、ヘイデンも怒り狂って、カリムに直接読ませるだろう。

そのとき、カリムだけが手紙の本物の内容を知ることが出来る」

「そんな……その王族が日本語の通訳でも連れていたらどうするつもりだったんですか」

「中身は古文にしておいた。通訳者でもあれを読める者はそういまい。もし解読できる通訳者であればアウトだったな」

「貴方はカリムに何を教えていたんですか」

「お前が言ったんだろ。俺がカリムに日本の基礎知識を教えてやれと。俺はその基礎知識の古文を教えてやったんだ。寿司屋に連れて行ったときにさらっとな。頭の回転が速いやつで助かった」



 しれっとぬかしているが、この男、とんでもない。

カリムは普通の日本語はまだすらすらとは読めないというのに、それに古文を教えたなんて。あんなもの暗号ではないか。日本の古書を漁って、読み方がわからないと真知子に尋ねたとき、真知子も目を点にしてさっぱりわからないと言っていたのに。


 リストは新たな煙草に火を点けた。5本目。

吸いすぎですよと声を掛けるも、ほうっておけとあしらわれる。



「これから、あの二人、どうするんでしょうね」

「二人はいつまでも幸せに、とはいかないだろう。あの二人が選択した道は愚かと言える。そして世間から批判もされるだろう。

責任を全て放棄した結果なんだからな」



 特に、カリムは。とリストは煙を吐く。



「だが、それがなんだというんだ」



 いつになく力強いリストの言葉に、思わず彼の顔を見る。

強い眼差しは、先ほどから二人から逸らされることはない。



「夫人。俺達は個々に生きている人間だ。選択権はそれぞれに在り、それぞれがその選択に対する責任を払うんだ。

他人の上っ面な意見や批判など何の参考にもならん。

あれがあいつらの道で、誰もそれに指図も、口出す権利もない」

「よく言いますね。真知子を安全地帯へと何とか導こうとしていた貴方が」

「それもまた俺の選んだ道だ」



 煙草に口をつけ、リストは目をつむる。

煙草の火が彼の顔を照らした。


 私は思わず、自分がずっとずっと思っていたことを吐き出したくなった。

神父に懺悔する信者の様に。



「リスト。本当は、私はずっと、真知子の隣に居るのは貴方でいいんじゃないかと思っていました」



 リストが、動きを止めた。

それでも、私は、告白を続ける。



「ごめんなさい。貴方は初めて私に会ったとき、絶対に自分と真知子をそういった関係と思うな、発言するなと言いましたね。

でも、貴方に命じられた役目を果たしながら、近くで貴方と真知子を見ていて、そう思わずにはいられなかった。


貴方たちは、絆なんてものでは説明しきれない、もっと深いもので繋がっているのだと、すぐにわかりました。

それが一体何なのか、私に知ることは許されてはいない。だから聞きはしません。

でも、どうか、これだけは教えてくれませんか?


リスト、貴方は、真知子を愛してい」

「夫人」



 遮られ、私は口を閉ざす。

やはり言うべきではなかっただろうか。

猛禽類の様な鋭い目が私を射抜く。

しかし、その鋭さはすぐに消え失せ、リストはため息をつき、再び前を見た。



「……言っただろう、俺と真知子を、そういった目で見るな、と」

「でも、リスト」

「もし、万が一、俺があいつに色を持った感情を持っていたとしても、俺達は何も変わらない。変わることなど出来はしない。

それに、」



 リストはその先を言おうとしたが、すぐに口を閉ざした。そして、また煙草を口にして、この話はもう終わりだといわんばかりの態度をとった。

こうなってしまっては、もう何をどう言おうとも続きを話はしないだろう。


 私もまた、真知子とカリムの二人を見つめる。

まさか、リストが望んだ通りに、あの二人が結ばれるとは、正直思いもしなかった。

最初は、あの二人が合う訳がないと、感じていたから。

こういうことがあるから、人の人生とは驚きである。



「なんだか、寂しいですね」



 私達の傍でのみ、幸せそうに笑ってくれた真知子が、掻っ攫われてしまった様で。

白雪姫の小人たちはこんな気分なのだろうか。

可愛がっていた娘を、突然現れた男に城に連れて行かれるのは。


 それでも、彼ら小人が二人を見送ることが出来たのは、娘の幸せが、約束されていたからなのだろう。



「ああ、寂しいさ」



 木の根元に座った男からの発言があまりにも素直なものだったので、思わず目を剥く。

言葉とは裏腹に、リストの真知子を見守る目は、いつも以上に、慈愛と、暖かさに満ち溢れていた。





第二十一話 恋愛とは二人で愚かになることだ。

ポール・ヴァレリーより



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