第十五話 「君は会うたびに美しくなる」「会ったのはついさっきよ」「その間に美しくなった」
昼を過ぎてから日本のパビリオンを訪れると、そこにはJCCよりも和風の世界が広がっていた。他の国のパビリヨリンよりも少しスケールは広めーーそれでも本土のアメリカがやはり一番広いーーだった。
本で読んだ五重塔や、石庭、そして日本の城がある。少なからず感動する。
「そうか、これが、真知子が生まれた国か」
「ここまで和風和風してないよ。なんか、日本の有名どころのイメージをぶち込みましたって感じだね」
「そうなのか」
「でも、懐かしいよ。ちょっとほっとする」
駄菓子と書かれた小さな店が外に出ている。覗いてみると、アメリカでは見られないお菓子や飲み物が並んでいる。
真知子は目をきらきらさせて、吟味している。
「わあ~瓶ラムネだぁ~、あっ、ぽちぽち焼きもある。ひとつ買っちゃおうかな~」
「JCCのイベントで出したらどうだ? 日本のお菓子だったら子供たちも興味を持つだろう」
「な、なるほど。そうだね、じゃあいろいろ買っておこ」
そう言うと、真知子はあれとこれと、と見るからにうきうきとして菓子を選択していった。
それを見ていた店員が真知子に声をかけた。
「あの、もしかして日本の方ですか?」
「! は、はい」
「わー! いらっしゃいませ。嬉しいな~私、最近こっちに留学してきて、日本のパビリオン(ここ)にバイトに来てるんですよ~。日本の方に会えるなんて嬉しい!」
「わ、わ、私も、嬉しいです! に、日本語話すの、久しぶりで」
「ですよねー! え、もうどこ回りました? 新しく出来たアトラクション乗りました?」
真知子と店員は楽しそうに会話を始めた。
母国語で話しているのだろう。なので俺にはその内容はわからない。
店員が俺を見て、何事か真知子に話した。
すると、真知子は全力で首と手を振って何やら必死に否定している。その顔は真っ赤だった。
真知子が店員から駄菓子とらむね? 瓶を受け取り店員に礼をしてから俺のところに戻ってきた。
「何を言われていたんだ?」
「え!!? ん何が!?」
「顔が赤い」
「そそそ、そうかな!? 気のせいじゃない!?」
「顔も熱い」
そっと真知子の頬に手を当てると、ほんのり熱を持っていた。
真知子がさらに顔を赤くし、固まった。
ふと後ろを見ると、店員がにやにやと笑っていた。
真知子は慌てた様子で俺の手をとり、パビリオンの中で一番盛況している大きなショップへと手を引いた。
◆◆◆
「……どうだ? 日本は正しく認識されているか?
「うん……まあ、ところどころ間違ってはいるけど……」
『あなたもこれで日本人になれる!』と謳い文句の書かれたCDを手に取って真知子はしげしげと眺めている。
CDのタイトルは一文字で『己』。真知子はひたすらこれで日本の全てがわかるのか……と困惑していた。
店内を見渡すと、様々なアニメーションのポスターや人形、ロボットらしきものが所狭しに飾られ、売られている。日本のアニメコーナーは特に人気で大人も子供もぬいぐるみなどのグッズを手に取って買い物を楽しんでいた。
ボンサイ、日本製の食器、日本の酒、民芸品など様々なものが売られている。
店の奥に、浴衣や着物のコーナーがある。先ほどの店員も着ていたものーーおそらく着物だろうーーで、JCCに置いてある以上のさまざまな模様のものが置いてある。そこでは試着も可能だそうで、老夫婦が浴衣の着物の試着を楽しんでいた。老夫婦の夫が妻の浴衣姿を綺麗だと褒めている。老婦人は嬉しそうに笑って、自らの浴衣姿を見下ろしていた。
「真知子」
妙な柄のTシャツーーサムライらしき人物がサーフボードを楽しんでいる柄だったーーを眺めていた真知子を呼び、手を引く。
どうしたの、という問いに、俺は先ほどの着物コーナーまで連れて行く。
真知子が様々な浴衣や着物を目にして、感嘆の声を上げた。
「すごい。色んなのがあるね。これなんか大人っぽくて綺麗だな~」
「着てみてくれ」
「はい?」」
「真知子の気に入ったものでいいから」
「えっと。え、ええ? でも私、」
「お客様、こちらが試着室となっております。どうぞお試しになりたいものがあればお気軽に、ってあら、お客様日本の方? あら~それなら、絶対お似合いじゃないですか! 彼氏さんの為にも着てあげてくださいな」
「ちょ、ちょっと、あの、ええええ」
あれよあれよとという内に真知子は店員に連れられ、試着室へと背中を押された。
店員は真知子を試着室に半ば強引に押し込んだあと、俺にどの着物がいいか選んでやれと言った。
「彼女の気に入ったもので、」
「なに言ってるんです? ここは彼女さんに似合うと思うもの、ピッタリだと思うもの、個人的に着てほしいと思うものでも構いませんので、彼氏さんがビシーっと彼女さんの為に選んであげた方がお喜びになりますよ! 大丈夫。日本人は基本的にシャイなんです。彼女さんも恥ずかしがっていらっしゃるだけですよ」
「わ、わかった。……じゃあ、」
店員の勢いに押されーー貞淑な日本人のイメージが崩れた瞬間だったーー、俺は再度目の前の浴衣や着物を眺める。
そして俺は一着を指差した。店員はこちらでいいかと聞いて俺は頷き、着物を手に取って店員は試着室へと向かっていった。
数十分後、試着室が開き、中から青を基調とした着物を着た真知子がおずおずと出てきた。
着物の色に合わせた、青と紫の紫陽花の髪飾りをつけ、軽い化粧も施されたのか、唇は赤みがまし、頬もピンク色に染まっている。
自分で選んでおいてなんだが、よく似合っていると思った。
真知子は俺の姿を目にすると、すぐに店員の後ろに隠れてしまった。
「あらあら、お客様ったら恥ずかしがらないで彼氏さんに見せてあげてくださいな。よくお似合いですよ。彼氏さんのチョイスに間違いはありませんでしたね」
「真知子。せっかくなんだからちゃんと見せてくれ」
真知子が店員の方からゆっくりと顔を出す。恥ずかしいのだろう、照れた顔と共に、髪飾りが揺れる。
そして、ゆっくりと俺の前に進み出た。俯いていて、俺の方を見はしない。晒された首は真っ赤に染まっている。
そっと顔を上げさせて、真っ赤になった真知子の顔をじっくりと見る。
恥ずかしさからなのか、少し潤んだ瞳も、震える赤い唇も、俺にとっては全て愛おしく見える。
「大丈夫だ。ちゃんと似合ってる。……可愛いよ」
すると真知子となぜか店員が奇声を上げて、後ずさった。
真知子がうわあうわあと壁をべしべし叩き、その隣で店員が「お客様羨ましい超羨ましい! 私もあんなイケメンに言われたい! 口説かれたい!」とぷるぷる悶えていた。
ちなみに着物はレンタル出来るらしいので、申し込んでおいた。
真知子は店の外に出てかも自分の姿を気にして、午前程の勢いは失せていた。
流石日本人、着物を着ているとかなり様になっており、他のゲストがキャストと間違えて、写真を撮っていいかと真知子に尋ねる人が多くなった。
もちろん真知子は必死に恐れ多いからと断っていたが、そこはアメリカ人特有のパワフルさに負けて、真知子は結局見知らぬ人物との写真を何枚か撮ることになっていた。
その間のカメラマンはもちろん近くに居た俺だった。まあわからなくもないだろう。キャストの付添と思われても仕方がない。
ひととおり、真知子に写真を頼む人物が居なくなったところで、真知子がげっそりと呟いた。
「顔が……ひきつって、笑顔から……通常に、戻らない……」
「夢の国の王は毎日これをこなしているんだな。すごいな」
「うん……すごい……尊敬する……今度からもっと労うことにする……」
そういえば、日暮が近くなってきた。時計を見ると、そろそろ夕食時で、レストランも込み合う頃だろう。
真知子に夕食のレストランを探そうかと提案すると、真知子はそれなら、と言葉を発した。
「日本のパビリオン(ここ)に、日本食専門のレストランもあるから、そこでご飯にしない? 確か、ナイトショーはレストランにあるバルコニーに出て観覧できるらしいから、場所取りもしなくて済むし……」
「じゃあそうするか。他に見ておきたいところはないか?」
「リストたちのお土産も買っておいたし、大丈夫」
◆◆◆
日本食レストランは人気の様で、もう少し遅かったら満員でスムーズには入れなかったとキャストが言う様に、賑わっていた。
皆がみんな、慣れぬ箸を用いて、食事を楽しんでいる。
俺と真知子もテーブルに座って、店員から水を受け取って、メニューを眺める。
そういえば、と俺は水を眺める。
「入ってすぐ水を頼んだのか?」
「え? 頼んでないよ?」
「?」
「……あ、あああ! そっか、うん。大丈夫、水は無料だから」
「無料?」
「うん。そっか、アメリカでも、海外は水もオーダーしないと出てこないもんね。日本ではお店に入ったら、お客さんにお水を出してくれるの。あと、このおしぼりと」
「それは、また、特殊と言うか、親切なものだな……」
「お、も、て、な、し、の国だからね!」
真知子が手を前に、日本語と共に、不思議な動作をした。
俺が首を傾げていると、真知子は顔を真っ赤にして、すごすごとメニューで顔を隠した。
「あの、ごめん忘れて……。”おもてなし”っていうのは、こういう、お客様に喜んでもらうサービスに重きを置いているって意味だから……それだけだから……」
「へえ。で、さっきの動きは何だったんだ」
「忘れて……忘れて下さい……。そ、それよりほら! 何にする? いろいろあるよ。お寿司とか、天ぷらとか、丼系とか……」
「寿司は一度リストに連れられてダウンタウンで食べたな。テンプラ? にしてみるよ」
「え……いつのまに……寿司……。ま、あいいや! 私は何にしよっかな~……」
真知子は久しぶりの日本食が嬉しい様で、メニューを読み込んでいる。
着飾ってはいるものの、中身は何も変わらない。いつもの真知子だった。
結局、真知子はカラアゲとユドーフに決め、店員にオーダーしていた。
しばらく今日の出来事を話したあと、料理が運ばれてきて、俺には歪な形をした黄色い物体、そして真知子には鳥を揚げたものと、白く四角い固形が入った熱々の鍋が運ばれてきた。
真知子に尋ねると、この黄色の物体がテンプラというもので、たれにつけて食べるらしい。
JCCで学んだ通り、イタダキマスと言って、箸を手に取った。箸の使い方はJCCに遊びに来た子供から学んでいたので、扱いには何ら問題はなかった。
真知子の言うようにたれに浸し、咀嚼する。さくさくとした感触に、中の具材ーー茄子だったーーの味が染み渡る。最初は不安もあったが、うまいと思った。
感想をそのまま言うと、真知子は嬉しそうに笑った。真知子もユドーフを掬いだし、たれーー後でたずねるとポンズというものらしいーーの入ったさらに入れ、俺に食べてみるよう差し出した。
白の固形物を箸で触れると、あっさりと崩れた。その為なかなか箸で掬うことが出来ない。難易度が高く、奮闘していると、前から俺の様子を見て、真知子がくすくすと笑っていた。
真知子が俺の持っていた皿を手に取り、器用にトーフを四等分に切り分け、箸で掴みやすいようにした。
照れ臭さを隠すように切り分けられたトーフを口に運ぶ。
味は、薄くよくわからなかったが、嫌いではなかった。
「そういえば、お前に初めて会ったときに流れていた音楽、このテーマパークの、というよりもアニメーションの曲だったんだな」
「え。う、うん。……よくわかったね。私、あの時に流してた曲のこと、君が覚えているとは思ってなかった」
「色々と衝撃だったからな。俺にとって。忘れるはずもない」
「衝撃……目の前で、スっ転んだこと……?」
「そう」
あの時はびっくりして、だから、と真っ赤になる真知子を見て笑う。
本当は違うけれど。あの時の光景は今でも目に焼き付いている。そのときの感情を、俺は今でも忘れはしない。
第十五話 「君は会うたびに美しくなる」「会ったのはついさっきよ」「その間に美しくなった」
『ジョルスン物語』




