プロローグ
ある娘の話をしよう。
そんなに長くはならない。お前もどうせ暇だから、こんな辺鄙な所にやって来たんだろう。歩き続けるのではなく、少し立ち止まって、見知らぬ男の話に耳を傾けるのも一興だぞ。
無理強いはせんがな。
娘は幼いころから、虐げられる側の人間だった。
お前の周りにも居るだろう。特に何をするでもない、ただそこに居るというだけで、人の嗜虐心を刺激してしまい、罵倒、罵声、そして侮辱を受けてしまう人間が。
不幸にも、生まれ持ってしまった性質なのだろうな。
その性質故に、娘はいつも深く傷つき、怯え、可哀想に震えていた。
いつしか人を信じることさえ容易でなくなり、人と関わることを恐れるようになった。
それでも彼女は心の奥底で憧れを抱いていたよ。自分を虐げる人間の居ない、自由で、夢に溢れた世界を。
けれども現実は非道だ。そんな世界はお伽噺か、空想にしか存在しえない。外の世界は、いつも娘に思い知らせた。
娘は醜く、汚いもので溢れた現実を忌み嫌った。そして、自分を庇護する唯一の人間が用意した安全な場所に閉じこもる様になった。
憐れなことだ。
だが、俺は見つけたのだ。彼女を、我がいとし子を閉ざされた世界から掬いだせる可能性を持つ者を。
無謀な賭けではあったが、俺にも時間が無かったのだ。焦ってもいた。
男は卑しい生まれながらも、高潔で気高い心の持ち主だった。
その気高さゆえに、少しばかりの歪みも抱えてはいたが、完璧な人間など在り得ないが故、これは不思議なことではない。
そいつは、自分のことを、何も持ち得ない伽藍堂と考えていた。しかし、娘と同じく、心の奥深くでは、自分だけの”何か”を求めてもいた。……それを自覚していたかどうかは知らんがな。
俺はこの二人を何としてでも結び付けたかったのだ。多少強引ではあったが、縁を繋げたかった。
それもこれも全ては我がいとし子の為。
これは償いでもある。
たとえ、夢物語であったとしても、どんな形でも、最後は幸せに終わらせなければならないのだ。
そうなる様導いてやるのが、俺の役目だった。
慣れないが、お前が付き合ってくれるなら、俺は語り手になろうか。
途中で嫌になったら出て行ってくれて構わない。
ただまあ、この話の結末にどう感じるかは、人それぞれだ。
俺に文句は言ってくれるなよ? 少なくとも、俺にとっては満足出来るエンディングだったよ。