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天使落ちてた

 ある日、いつものように図書館へ向かうと。

 私が常連となっている第五閲覧室の隅っこに、天使が落ちていた。

 思わず二度見。

 この第五閲覧室は、魔術書が所狭しと並べられている、魔術書専用の部屋だ。魔術に興味を持たないこの国の人たちは、ほとんど出入りしない。よって、誰かと出会う事はまずない。


 それなのに、なにゆえ天使が……ちょっと神様、落とし物ですよー?

 ん? 落とし物? 落とし者?


 そう思いながら、隅でしゃがみ込んでいる小さな天使の横顔をまじまじと見つめていると、視線を察知したのか、天使が顔を上げこちらを見た。うーん、正面顔も天使。

「……おねえちゃ、だあれ?」

 無言で凝視する私にびびったのか、びくっ!とした後、恐る恐るといった風情で話しかけてきた。おおお、天使は声も天使だ。まるで変声期前の聖歌隊の少年のように、澄んだ声をしている。

「私はシーデ。きみは?」

 天使に名前があるんだろうか? あ、ラファエルとかガブリエルとかって名前だよな。じゃああるだろう。

「ぼく、ヒュー」

「そう。ヒューは、人間界で何してるの?」

 天使相手にタメ口利いていいのかな。ちっさい天使だからセーフかな。

「?」

「えっとじゃあ、何で泣いてたの?」

 きょとんとされたので、別の質問を。ヒューの頬には、天使には似つかわしくない涙の跡がある。

「ぼく、ぼく……っく、う、っ……」

 うわお、泣き出した! 顔をくしゃくしゃに歪め、嗚咽を堪えるように、体を小さく小さくしている。

 泣くな男の子だろ! とは言わない。男だろうが女だろうが、泣きたい時はある。いや、天使に性別が有るのかどうか知らないけど。ぼくって言ってるから、暫定男の子で。

 まぁ、泣きたいんなら、好きなだけ泣いたらいいと思うよ。幸いここに人は滅多に来ないから、うるさいって怒られる事もないだろうし。

 私? 何かに熱中してれば、近くで誰が何をしてても気にならないタイプだから、構わない。


 すすり泣くヒューをそのままに、定位置に腰かけ、テーブル上に紙とペンを準備して。さらりさらりと陣を描き始める。

 うーん、いい加減、転移の陣の改良を進めたいけど、ちょっと煮詰まってるんだよなぁ。この部屋の魔術書は読破したけど、どうやら初級から中級者向けの内容なんだよね。閲覧制限のかけられた書籍は、許可が無いと読めないし。許可、欲しいなあ。知名度の高い魔術師の弟子になれば許可がもらえるみたいだけど。

 考えつつも手は動かしていると、いつの間にか横へ来ていたヒューが、私の袖を引いた。

「……どして?」

「ん? 何が?」

「なんで、おねえちゃは、泣いてるぼくを、ほっとくの?」




あ、イラッときた。




「ね、なんで? ぼく、泣いてるのに」

「……」

「ぼく、泣いてるんだよ?」

「……」

「おねえちゃ? ね、なん―――ぅひゅぅ」

 両手で彼の頬を掴み、うにーんと左右に引っぱってやった。

 邪魔くさい天使だな。泣きたきゃ勝手に泣いてなさいよ。構ってちゃんか!

「よく聞きなさいね。泣いてた理由を聞いてあげたのに、話しもせず泣きだしたのは、きみでしょ?」

「ぅひゃ、ぅぃぃ」

「かまって欲しいんだったら、ぼくが泣いてる理由を聞いて下さい、って素直に言いなさい。分かった?」

「ひゃ、ぅ、ふぅぅ」

 じりじりと良く伸びる頬を引きつつ言って聞かせれば、涙目ながらも頷きを返した。よしよし、引っぱるのは止めてあげよう。

 手を放すと逃げ出そうとしたので、襟首を掴み、「隣の椅子に座りなさい。ね?」と笑顔で進めると、大人しく従ってくれた。おねーちゃん、素直な子は好きよ。

「それで? 言うことは?」

「ぁぅ、ぼくが、泣いてるりゆうを、聞いてくださぃぃぃっ……」

「良くできました」


 言い終わる前に再々度泣き始めてしまったが、まぁ合格としてあげよう。ちっさいからね。よしよしと頭を撫でまわす。うお、天使の髪、ふっわふわ!

「じゃあ聞こうか。何で泣いてるの? 嫌なことがあった? 誰かにいじめられた?」

「ぅ、ちが、うの。きょ、ぼく、ごさいで」

 聞き取りにくいなぁ。

「ごさい?」

「た、たんじょび、で」

「ああ、5歳か。誕生日なんだ? おめでとう?」

「まりょく、はか、はかっ、て」

 ……うん?

「魔力を測ったの?」

「ん。それで、それ、で、ぼく、ぅっく、が、がっこに、がっこにいけって」

 ……あれ?

「魔力を測って、学校に行けって言われたの?」

「んっく、そ、う。ぼく、ぼく、ぱぱとまま、と、はなれるの、いやああぁぁぁううっ」


 はいはいどうもー勘違い野郎シーデでーす。

 天使なんかじゃ無かった! 人間でしたわ、この子!

 顔面だけで天使って判断するのは早計だった。反省しよう。顔面で人を判断してはいけない。

 金の巻き髪とバラ色の頬に、潤んだエメラルドの瞳を持った、どう見ても天使じゃないか!という外見であっても、この子は人間のようだ。こうなってくると逆に、ガチムチふんどし野郎でも天使である可能性が……うん、想像したことを後悔。


 脳裏からふんどし天使を追い払い、目の前で泣く天使、もとい、天使のような少年に気を戻す。5歳か。5歳って、こんなに幼かったか? ああ、そりゃばーちゃんズが私を大人びてるって言う訳だ。私、ここまで幼い演技はできてなかったわ。今後もできないわ。根本的に無理。


「う、うっく、うぇ、ぁぅっ……」

「ああこら、そんな高そうな服で拭かないの」

 襟元、袖口、裾周りなど、随所にレースのあしらわれたお高そうな衣装なんかで、涙を拭くべきではない。てっきり天使だから、こんな繊細なレース使いの服なんだと思ったんだけど……人間だとすると、この子、貴族の子だろうな。だから、こんなに甘ったれなのか。

 袖口で顔を拭おうとしたヒューを押しとどめ、さりとて私もハンカチを持ち歩くという女子力は無いため、どうしたもんか、と考え。

 ……ま、洗うし、いいか。

立ち上がり、泣いているヒューの頭を自分の胸元に引き寄せる。私の服で顔を拭かせてしまおう。涙だけなら、汚れるわけでもなし。高級衣裳をべしゃべしゃにするよりはマシなはず。当たって困るような胸も無いし。


「おね、ちゃ?」

「ほら、涙拭いちゃいな。せっかく天使みたいに可愛いんだから」

「ぼ、ぼく、かわぃくないもん。ぼく、男だもん」

「はいはい、男前が台無しだからとっとと顔拭きなさい」

「ぅぃ」

 男前の言葉に釣られたのか、涙を拭くため、顔をぐりぐりと押し付けてくる。おい小僧、いくら私がまな板だからって、遠慮が無さすぎやしないか?


 椅子へ座り直し、少し落ち着いたらしいヒューへ、もう少し突っ込んで聞いてみたところ。

 どうやらヒューは魔力が高く、二年後には魔法学園に入学する事が測定の場で決定したそうだ。それも相当な魔力だったようで、学園拘束期間十年コースが確定済みらしい。

 それを聞いたヒューはショックの余り、測定に共に赴いた護衛(護衛付きかよ!)を振り切って、ここに逃げ込んだと、そういう事のようだ。

 魔力が高いとか、うらやましくなんかないんだからねっ! ……うんごめん、ついカッとなって言った。反省してる。

 それはともかく。

 ヒューは、その魔法学園へ行くのが嫌で嫌でたまらないそうだ。理由は、大好きなパパとママと離れなきゃいけないから。この甘ったれさんめ。


「まりょくなんか、いらないのに」

 おっと。その言葉は聞き捨てならん。

「ヒューは、パパとママを守りたいとは思わないの?」

「まもる?」

「ヒューが何もできないままだと、二人が危ない目にあったときに、見てるしかできないんだよ? それでいいの?」

「え、や、やだ」

「ヒューが学園でしっかり勉強して、魔法を使いこなせるようになったら、大好きなパパとママに何かあったとき、ヒューの魔法で守る事ができるでしょ?」

 本来ならそれは、私が歩みたかった道だ。代われるもんなら代わってやりたい。

「まほう使えたら、パパとママをまもれるの?」

「へなちょこな魔法だと無理かも。でも、ヒューは魔力が高いんでしょ? だったら、物凄く強い魔法が使えるようになるんじゃないかな」

「つよいまほうなら、まもれる?」

「きっとね。でもそのためには、いっぱい勉強しなきゃいけない。学園で」

「でも、がっこ行くと、パパとママとは……」

「しばらく会えないね。でも、その方がいいんじゃない?」

「な、なんで? 会えないのやだ。やだよ」

「だってヒューは、パパとママと一緒に居たら、甘えちゃうでしょ? ただでさえ甘ったれなんだから」

 5歳児に突き付けるべき言葉じゃない気はするが、せっかく魔力があるんだから宝の持ち腐れにしちゃうのは勿体ないと思うんだよ。あとこの子は、ちょっと甘ったれが目につく。甘やかされまくって育った結果、みたいな。まぁ私も、今世では甘やかされ倒してますけど。


「ぼく、甘ったれじゃないもん!」

「甘ったれだよ」

「ちが、ちがうもん! 甘ったれじゃないもん! ……ないもぉぉああぅぅぅ」

 また泣いた。

「ほら、泣き虫。湿気は本の大敵なんだから、泣くなら外で泣きなさい」

「ぅぅ、おねえちゃ、ぼくより、ぅっく、本がだいじ、なの? ……ひっく」

「うん。ついでに言うと、私ここに勉強に来てるんだよね。そろそろ勉強に戻りたいから、ヒューも帰ったら?」

 ヒューと出会って1時間が経過。そろそろ相手すんのが面倒くさくなってきた、という理由もある。いくら顔面が天使でも、甘たれ坊で泣き虫な構ってちゃんとか、めんどいわ。さっさと親元へ返却したい。

「ぅあ、おねえちゃ、いじわるだああああ゛あ゛あ゛あ゛!」

 ひっどい泣き声! やめて、耳に突き刺さる!

「あ゛あ゛あ゛あ゛―――ぅひぃ」



 本日二度目のほっぺた引っぱりが炸裂すると同時に、閲覧室のドアが開いた。

「坊ちゃん、こちらに……坊ちゃん?! テメェ、坊ちゃんに何してやがんだ!」

「ん? あ、コレの保護者ですか? さっさと引き取ってもらえません? 邪魔なんですよ」

 入室して来た厳つい男性が、頬を引き伸ばされているヒューと、引っぱっている私を見比べ険しい声を上げたので、私の要望を伝えてみた。早く持って帰ってくれ。

「邪魔だと?! このガキ……! とにかく、その手を放しやがれ!」

「ああ、了解です。それと、図書館内ではお静かに」

 この坊やの護衛であろう男性に、注意を促しつつ、ヒューの頬から手を放す。

 解放されたヒューは、ダッシュで男性の後ろへ。そんなに痛かった? 加減はしたんだけど。

「坊ちゃん、お怪我はありませんか?!」

「らいじょぶ……」

 頬を両手で包みさすっている姿は、きっと男性の庇護欲を駆り立てたんだろう。突き刺すような目で私を見てくる。しかし目線は物理的に刺さりはしないので、痛くも痒くもない。

「テメェ、ガキだろうと、うちの天使みたいな坊ちゃんを傷つけたからには、容赦しねえぞ」

 お貴族様の使用人にしては、口が悪いな。

「そうですか」

 席を立ちもしなかった私は、机の上に広げた私物を鞄へと戻していく。もう今日は勉強は諦めよう。ついでに、鞄の中に入れっぱなしになっていた陣を確認。よしよし、ちゃんと持ってきてた。


「何してんだガキ! とっととこっち来て、うちの坊ちゃんに謝らねえか!」

「……あ? 何でしたっけ?」

「ぁあ?! 聞いてなかったってか?! うちの坊ちゃんに謝れっつってんだよ!」

「や、やめて、ぼく、へいきだから」

「ああ坊ちゃん、お優しい。こんなクソガキ、庇う必要はないんですよ」

「ちが、ほんとにだいじょぶだから! おねえちゃを、怒らないで!」

「そのご命令は承服致しかねます。天使のような坊ちゃんを傷つける輩には、それがガキであろうとも、死、あるのみです」

 マジか! ほっぺた引っぱったぐらいで死刑宣告?! ……ああ、こりゃ、ヒューが甘ったれになるはずだわ。

「他所様の教育事情に口を挟みたくはありませんが……甘やかしすぎは、ヒューの成長の妨げになるのでは?」

「何だと?!」

「2歳年上な私から見ても、その甘ったれ具合は気にかかります。今のうちに手を打った方が、ヒューのためですよ」

「ぼく……ぼく……ぼく、甘ったれなの?」

 先程は勢いよく反論してきたヒューは、甘ったれと何度も言われたせいか、心許なげにこちらを伺ってくる。

「そんな訳ありません! 坊ちゃんは天使のように清らかで天使のように無垢で天使のように純真で天使のようと言いますかもはや天使そのものですからそのままお育ちになってくださればよろしいのです!」

 凄え。ノンブレスで言い切ったよ。

 てかこの人、ウチの父さんと同類かも。私みたいに、自己が確立している人間が聞く分には「はいはい親馬鹿乙」で済むが、ヒューのように自己を確立している最中の年頃では、甘えを増長させるだけだろう。

「面倒なんで言い逃げさせてもらいますが、ヒューの事を思うなら、そういった過剰な美化や大仰な賛辞は控えた方がいい。それが無理なら、あなたはヒューから離れた方がいいかもしれません。このままではヒューは、まともな人間になれない可能性が高いですよ」

「んだとこのガキが!! そんなに死にてえかクソが!」

「言い逃げと言ったでしょう? では私はこれで。―――転移」

 鞄を手に掴み、先程確認した陣を発動させると、


 私は一瞬で、家へと転移した。


 はっはっは、逃げるが勝ちだ!

 甘やかされた坊ちゃんも、甘やかしてる護衛も、面倒。

 これ以上関わっても、私、何にも得しませんから。

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