閑話・恋する男と父親もどき
モルモット騒動から数日後
夜・小さな酒場での騎士団長とボスの会話
「お前の方から呑みに誘うなんて、珍しいな」
「聞きたい事があってな」
「ほお? 更に珍しい。明日の天気が心配……冗談だ。それで、何を聞きたいって?」
「では単刀直入に聞く。女の気を引くにはどうすれば良い」
「ぶはっ! がはっげほっげほっごほっ―――!」
「何を咽ている」
「げほっ、ぐっ、はぁ……いや悪い、ちょっと驚いてな。気を引くってアレか、勧誘とかの類だな? まさか恋愛相談なんかじゃねえ、よな?」
「お前は何を言っている」
「だ、だよな」
「これは紛れもなく恋愛相談だ。勧誘などという話はしていない」
「ぅぉぉ……」
「……何だその絞り出すような声は」
「お前の口からそんな言葉が出るとは……青天の霹靂というか何と言うか……。まぁいい。それで、どうして俺に聞くんだ」
「お前しか相談出来る相手がいないからだが?」
「そ、そうか……。いやお前、弟が居るだろう。ああでも、兄貴としちゃあ弟には聞き辛いのか」
「いや、あいつに言うと確実に領地の家族にも伝わるから言いたくないだけだ。大はしゃぎした父が余計な横槍を入れてくる様が目に浮かぶからな」
「お前の親父さん、そういうの好きそうだもんなぁ……。あーっとそれで何だ、気になる女でも出来たのか」
「気になるを通りこしている。初めは頭を占めているだけだったが、いつの間にか心に住みつかれていた。自分でも想定外の事態だ」
「おいやめろ。三十路間近の男がそんな詩的な表現をするな」
「何故だ」
「聞いてる方が恥ずかしいからだ」
「私は恥ずかしくは無いが」
「俺はお前と違って何でも無表情に流せる訳じゃねえんだよ。しっかし、お前が女にねぇ」
「駄目か」
「そんな事は言わないが、意外過ぎてな。相手は―――っと、これは聞いたら野暮ってもんか」
「……そうだな。名前は出したくは無い」
「じゃあ参考までに、どんな女だ? 何のとっかかりも無い状態じゃあ、助言のしようも無いだろう」
「非常に可愛い」
「…………よし、それで、どんな女だ?」
「何故繰り返す」
「そういうふわっとした感想は聞いてねえんだよ。惚れてる相手なんざ大概可愛く見えるに決まってんじゃねえか。もっと参考になる事を言え。年だとか趣味嗜好だとか性格だとか、そういう部分だよ」
「年は15だ」
「……大分若いな。若い娘が好みだったのか」
「好みの問題では無い。他の若い娘に興味も無い。あいつがもっと早くに生まれていれば、とも思ったが、その場合出会えなかった可能性もある。だからこれで良いかと思う事にした」
「ぅぉぉ……くすぐってえ……」
「……その絞り出すような声はやめろ」
「むず痒いんだよ。何が悲しくて男の甘酸っぱい心境を聞かなきゃならないんだ」
「聞いたのはお前だろう」
「はぁ……それじゃあ年以外の部分は」
「そうだな。私に対して怯えも怯みもせず、普通に接してくれる」
「ほお、そりゃまた珍しい。落ち着いた娘って事か?」
「……そう言われると違う気がするな」
「ああ?」
「落ち着いている、というよりは、図太いだけのように感じられる。確かに大人びた面もあるが、間が抜けた部分も多々ある。基本的には動き回っている事が多いな。あれは動いていないと死ぬかもしれん」
「……人間の話だよな? 何か変な生き物の話じゃあねえよな? 魚類とか」
「間違い無く人類だ」
「おお、良かった。魚類だとか言われたら、もう同じ水槽に入っておけとしか助言のしようが無いからな」
「魚類の話を広げるな」
「すまんすまん。えーと、図太くて大人びてもいるが間抜けで、動いていないと死ぬ……待て待て、どんな娘だ」
「そんな娘だ。趣味は聞いた事は無いが……読書と狩りと金儲け辺りか?」
「……お前、その娘のどこが好きなんだ」
「部分部分で好きになるものでもあるまい」
「至言だが、部分部分ならともかく、まとめると人物像がえらい事になるんだよ。動いてないと死ぬとか言いつつ読書好きって、どうなってるんだ」
「ふむ、そう考えると動いていなくとも死にはせんな。言い直そう。動き出したら止まらんタイプだ」
「……どこが好きなんだ」
「楽しそうに動き回っている姿は見ていて飽きない。真剣な目で文字を追って集中している様も好きだが、こちらを見て欲しくて手を出してしまう時もある。警戒心が強い割に一瞬後にはそれを忘れている間の抜けた部分も愛らしいし、思っている事が口から洩れていたり頻繁に口を滑らせたりするのも面白い。今となっては怒った顔も可愛いと思うが、あまり怒らせたくは無いな。あいつには笑っていて欲しい。総合すると、私に自然に接してくれるその全てが愛しいとしか思えん。あえて言うのならそんなところか」
「なあ店主、強いやつ頼む」
「ではこちらをどうぞ」
「……おい、何故酒に逃げる」
「―――っはあ。走って酒場から逃げ出さなかっただけ我慢した方だ。どうして俺が無表情な男の口から垂れ流れる惚気を聞き続けなきゃならないんだ。今のは拷問だぞ。体中が痒い。どうしてくれる」
「お前が聞いたから答えただけだ。私に非は無い」
「誰が惚気ろと言ったよ」
「恋人でも配偶者でも無いのだから、惚気とは異なると思うが」
「晴れて恋人になれた場合の惚気が今から恐ろしいぜ……」
「そうなれたら逆に言わん。あいつの可愛いさを吹聴するなど、勿体無いだろう」
「はいはい、もう腹一杯で胸焼けしそうだからそれ以上言うな。あーそれで、何の話を……ああ、気を引くって話だったか。その珍妙な娘の気を引きたいと」
「本人が知ったら憤慨しそうな弁だな」
「見知らぬ娘さんに失礼だと分かっちゃいるが、俺の中の評価がそうなったのはお前のせいだからな」
「……充分知っているのだがな」
「ん? 何だって?」
「何でもない。それで、どうやって気を引けばいい」
「その娘の性格を聞いたら一気に難易度が跳ね上がった気がするんだが……。まぁ定番で言やあ、逢引きの際に贈り物をしたりだとかか? 言っておくが、贈り物に手厳しい女もいるからな。慎重に選べよ」
「逢引きに持ち込むのが不可能な段階だが、それはどうすれば」
「不可能? 誘い辛い、とかじゃあ無く不可能なのか?」
「十中八九、何らかの罠だと思われ逃走されるだろう」
「……その娘に何をした」
「……ちょっと執着心が行き過ぎただけだ」
「具体的に何をしたのか言ってみろ」
「執拗に声をかけたり、一度、いや二度か? 持って行こうとした程度だ。他にもやらかしていることは大小あるが……」
「しょっ引くぞ、てめえ」
「そうは言うが、あれは可愛過ぎる。持って行こうとしたのは気持ちを自覚する前だが、自覚した今こそ持ち帰りたくて仕方が無い」
「やめろ。誘拐も拉致監禁もやめろ。俺は友人を牢にぶち込む羽目にはなりたく無いんだよ」
「善処しよう」
「そうしてくれ。……なあこれ本当に恋愛相談か? 犯罪の相談ならお断りだぞ」
「恋愛に決まっているだろう。犯罪ならば相談などせず自力で成し遂げる」
「……」
「冗談だ」
「お前が言うと洒落や冗談に聞こえねえんだよ。ったく……あまりにも行き過ぎた行為は慎め。合意の上でのお持ち帰りなら、俺が口を挟む筋合いは無いが」
「合意なら良いのか」
「そりゃあ当人同士の問題だろう。外野が干渉する事でも無い。まぁ成人するまで手は出さない方がいいと思うが」
「……言質は取ったぞ」
「ん? どういう意味だ」
「気にするな。―――元々早くとも成人するまで想いを告げる気は無い。現状では嘘か罠だとしか思われん。成人するまでには関係を改善し、多少なりこちらを意識するようになれば、と思っている」
「それで気を引く方法、って話に戻る訳か」
「そうだ。逢引きは無理でも贈り物ぐらいなら出来そうだな。問題は何をやれば良いのかだが」
「そりゃあその娘の喜びそうな物だろう」
「ふむ、……金か」
「やめろ生々しい。逆に引くだろう普通。それで喜ぶ娘だったら全力でやめておけと言うぞ、俺は。読書が好きだってんなら、本はどうだ」
「図書館にある本で必要な物は読破したと言っていたからな。それ以外で、となると……他国から取り寄せられるか調べるか」
「おいおい、そこまでするのか? いや、それとも貴族の娘相手ならそういった贈り物は普通なのか?」
「貴族では無い。平民の娘だ。商売をしている家ではあるが、内情までは知らん。驚くほど裕福、という程では無いようだが」
「……平民? 大丈夫なのか?」
「何がだ」
「身分差的なアレに決まってんだろ。いくらお前が跡取りじゃあ無いとはいえ、家族に反対されるんじゃないのか」
「我が家の者は表情以外は柔軟だ。相手の身分など、さして拘りもすまい」
「ならいいが……って、そもそもその段階まで持っていける保証も無いのに、今から考える事でも無いか。保証が無いというより、可能性が低いって方が正しそうだしな。ははっ、無用な心配だったな」
「今のお前の言葉で、私の胸は抉られた」
「悪い悪い。しかしまぁ、相手が平民なら金をかけ過ぎた贈り物はやめておけ。恋人でも無い相手にそこまで大袈裟な贈り物をされると負担だろう。……普通は、な。その娘がいまいち普通じゃ無い辺り、判断に困るところだが……」
「では、普通の平民の娘ならば何を喜ぶ」
「花とか、高価じゃ無い小物や装飾品とかか? あとは甘いものが好きなら、菓子類なんかの消え物だと重く無くて良いんじゃないか」
「装飾品……ふむ、装飾品か」
「とはいえ、よく考えれば俺も最近の若い娘が好むものなんて知らないな。今時の娘は何を喜ぶんだろうな?」
「発言が年寄りそのものだな」
「てめえ誰が年寄りだ!」
「別に年を取るのは悪い事ではあるまい。誰もがいずれ老いるものだ」
「良いこと言ってる風を装って、俺を年寄り扱いした事を誤魔化すんじゃねえよ! まだそこまでの年でも無いわ! ……本っ当にお前には遠慮ってものが無いな。どうせその意中の娘にも、そういう態度で接しているんだろう」
「それはそうだ。想いを自覚してまだ数日しか経過していない。態度を改めるのは今後の課題だ」
「態度を改める?! お前が……?! 自覚して数日でそこまでのめり込んでいるのか……」
「自覚するよりも前から惹かれていたという事だろう。既に心の大部分を持っていかれている」
「だからそういう言い回しは止せ。恥ずかしいんだよ。言うなら俺じゃ無く相手の娘に言ってやれ」
「罠だと勘ぐられ逃走されるか、天変地異の前触れだと慄かれるか、あるいは低確率で体調を気遣われるか。この三択だな」
「嫌な三択だな……。どう考えても脈無しじゃねえか」
「否定しきれん。加えて、あいつに対する己の行いを鑑みるに、嫌われている可能性が高いと承知している。―――だが、笑ってくれる事も間々ある。だから今後の行動如何で挽回を図る事も不可能では無い、と信じている。いや、信じたい」
「……挽回出来るのか、それ」
「……」
「お前、自分でも無理だと思ってるだろう」
「努力すれば報われる、などという綺麗事は言わん。この世には努力したところでどうにもならん事など多々ある。それぐらい分かっている」
「でも、諦める気も無いんだな」
「当然だ。何もせん内から諦められるものでもない。……いざとなれば持って行」
「だから誘拐はやめろっつってんだろ。しょっ引くぞ」
「ではしょっ引かれんよう、お前の目の届かん場所へと逃げよう。ふむ、愛の逃避行か。それはそれで……」
「よし、遺言はあるか?」
「…………冗談だ」
「その間は何だ。今のは絶対に本気だっただろう」
「ならばもっと助言を寄こせ。そういう事態になるもならんも、お前の助言次第だ」
「お前の恋愛事の成否、いや、その後の不始末の責任を俺に投げようとするな! 自力で頑張れ!」
「その応援はありがたくもらっておく」
「違う……今の頑張れってのは応援とは違うニュアンスだろうよ……」
「何を沈んでいる。それで、物で釣る以外に関係の改善に役立つ手法は無いか」
「“贈り物”を“物で釣る”のと同義語にしちまうのがまず駄目だと分かれ」
「言い方を変えたところで、本質は同じだろう」
「言葉を選ぶって事も必要なんだよ」
「……それもそうか。選ばずここまできた結果があいつからの不信だからな。今後はそこも気を付けよう」
「お、おお……素直に聞き入れたら聞き入れたで気持ち悪いな、お前」
「失敬な。お前こそ言葉を選べ」
「お前と俺の間で、今更歯に衣着せて何になる」
「……心を開いた友人同士、という事か。ふむ、歓迎しよう」
「ぅぉぉ……やめろぉ……! 気恥ずかしさで悶絶死しそうだ……鳥肌が……! そういうのは思っても黙っておけよこの野郎!」
「言い出したのはお前からなのにか。理不尽だな。しかし今はお前との友情物語より、私の恋物語の方が重要だ。物で釣―――いや、贈り物以外に何をすればあいつの警戒心を解けるか考えろ」
「店主、鳥肌を治める酒をくれ」
「ではこちらをどうぞ」
「おお、ホットワインか。沁みるな」
「……おい」
「まぁお前も呑んで落ち着け。―――そうだなぁ、警戒心を解きたいんなら、優しくしてやったらいいんじゃないか?」
「ふむ。具体的には?」
「おいおい、ちったあ自分で考えろよ」
「現状、冷たくも厳しくもしているつもりは無い。私なりのささやかな配慮もしてきたつもりだ。それを優しくと言われたところで、どうしていいのか分からん」
「配慮? 何をしたんだ?」
「飴と鞭という言葉に倣い、飴を与えた」
「その言葉をそんなにも直接的に捉える奴が居るとは思わなかったぜ……。そりゃ優しいってよりも餌付けだな。ちなみに効果は?」
「抜群だ。飴の缶をちらつかせると、直前までこちらを『また来た』という目で見ていたのに、一瞬で笑顔になり喜んで受け取る。裏の無い素直な笑顔を私に見せるのは、その時くらいか」
「……それは本当に15の娘か? 5歳児の方がまだ警戒心があるんじゃないのか」
「あいつの警戒心は強い方だ。どちらかと言えば、人の斜め上をゆく警戒心を持っている。ただ、根が単純なのか、すぐに忘れる」
「単純なのか警戒心がポンコツなのか……ちょっとその娘が心配になるな……。相手が喜ぶならそれもそれでいいとは思うが、そんな誘拐犯めいたやり口より、相手の気持ちを察して細かい気配りをしてやるとか、そういう方向に優しくしてやるのがいいんじゃないのか。まぁこれはあくまで俺の意見だ。参考程度に留めておけ。優しさなんて人によりけり、千差万別だからな」
「目に見えんものを察しろと? また難しい事を……」
「そりゃあ難しいとは思うが。察する、まではいかなくても、相手の気持ちを考えて行動するってのは悪い事じゃあ無い。相手を見て、顔色や表情なんかで汲み取れる事だってあるだろう」
「成程、心理戦か。そう考えれば、あいつ相手にならそれなりに出来そうだな。先日も負かしたばかりだ」
「心理戦じゃねえし負かしてどうすんだよ! 尊重してやれよ!! そういう所が駄目なんだよ……!」
「私が勝とうとした訳では無く、あいつが勝手に敗者の顔になっていただけだ。何故かたまに対抗心を燃やされている感があってな」
「たまの事なら勝ちを譲ってやるくらいの心構えでいけばいいだろうが。ああもう、お前に相手を慮るのは無理かもしれねえな……。もうあれだ、小さい事からいけ。ドアを開けてやるとか、椅子を引いてやるとか、体調が悪そうなら気遣うとか、そういう小さな積み重ねで好感度を上げろ。ただし、相手が嫌がったり迷惑そうにしていたらそれも中止だ。別の方法を考えろ」
「……もう延々と飴を与えておけば良いのではないか」
「何でちょっと面倒そうな声になって……さてはお前、酔ってんな?」
「少しな。お前はいくら呑んでも顔色も変わらんな」
「顔色はお前も変わらんだろうが。むしろ表情にも変化が無いから酔ってんのが分かり辛いんだよ。ペースを落とせ。つうかもう呑むな。店主、ホットミルクでも出してやってくれ」
「どうぞ」
「……頼んだ俺が言うのも何だが、普通にあるんだな。いやそれより、頼んだ直後に出されるのが凄いのか。いつから温めていたんだ……」
「お客様のご様子から望まれるものを察する、この程度熟せなくては、酒場の店主は務まりませんので」
「とんでもねえな。―――おっ、そうだ、店主からもこいつに助言してやってくれよ。こいつにあんたみたいな高度な事は出来無いだろうが、参考にはなるかもしれないからな」
「そうでございますね……お客様のご事情に、あまり差し出口を挟みたくは無いのですが……」
「そう言うって事は何か思う所があるんだな? 遠慮せず言ってやってくれ。ほれ、お前からも頼め」
「頼む」
「簡潔過ぎるだろう……」
「では失礼して。―――優しくして差し上げるのは大変結構ですが、優しいだけではいけないと思いますよ」
「どういうこった?」
「先程までのお話からいたしますと、お客様と想い人の方には年齢差がございますね? 優しく優しくしてくれる年上の男性に芽生えるのは、恋心よりも安心感ではないかと思うのです」
「ふむ、安心感か」
「ええ。優しくし続けた結果、異性としてでは無く父兄のように慕われるという事になる可能性もあるかと」
「あー、そりゃ無くもねえな」
「それは困る。私はあいつの兄になりたい訳では無い」
「ですので、たまにはドキッとさせて差し上げるのも重要かと。もちろん法に触れない程度に、ですが」
「成程……参考になった。礼を言う」
「いえいえ、お気になさらず。わたしも妻とは歳が離れておりますので……異性だと意識してもらうまでが大変だったのですよ」
「って事は、さっきのは店主の経験談か?」
「ええ、お恥ずかしい話なのですが、可愛さの余り全身全霊で甘やかしておりましたら、肉親のおらぬ彼女には完全に親代わりだと認識されてしまいまして―――」
初老の渋い店主の恋愛講座を肴に、男たちの夜は更けてゆく。
******
三週間後・練兵場での団長とシーデの会話
「ん? 嬢ちゃん、首飾りなんてしてるのか。珍しいな?」
「え、あ、服から出てた。はい、ええと、ボスに貰いました」
「………………は?」
「? 団長?」
「……悪いが、もう一度言ってくれるか?」
「ボスに貰いました」
「……首飾りを、あいつが、嬢ちゃんに?」
「ええ」
「…………どういう事だ? まさか……」
「何でも、モルモットのときに泣かせた詫びだそうです」
「詫び、だと? いやこれは……っく、相手は嬢ちゃんか、あの野郎……!!!」
「だ、団長? 顔が怖いですよ? どうかしましたか?」
「あ、ああすまん。ちょっと心の中で悪い予感が嵐になって吹き荒れててな」
「あぁ、ボスがお詫びなんて悪い事が起きる前兆みたいですよね。そうで無くても、あれは別にボスのせいじゃ無いので受け取るつもりは無かったんですが……」
「無理やり押し付けられたのか? おっちゃんが叩き返してきてやろうか?!」
「えーとそれがですね、このペンダント、魔具なんですよ」
「魔具?」
「はい。先日の実験で、私には精神系の魔法に対する耐性が欠片も無い事が判明しまして。これは精神系の魔法を防ぐ物らしいんです。身に着けておくだけで効果を発揮するそうで、常に身に着けておけるようにと、わざわざペンダントにしてくれまして。私自身、その弱点には困ったものだと思ってたので、ありがたくいただいちゃいました」
「やり口が汚え……!」
「はい? 何か?」
「っいやいや、何でも無い。……魔具にしちゃあ、可愛らしいなと思っただけだ」
「それは私も驚きました。若い娘が身に着けていてもおかしくないものをって、わざわざ宝飾店に作らせたそうなんです。そんな気遣いをボスが出来るなんて思ってもみませんでした。シルバーのハート型の土台に薄い青の魔核がはまってて、涼し気で可愛いですよね」
「嬢ちゃん、そういうのが好きなのか? 何だか意外だな。あんまり装飾品の類に興味は無いかと思ってたんだが」
「見る分には好きですよ。基本的には実用性を優先させるので、こういうのを自分で買ったりはしないですけど。だから実は着けてて違和感があります。早く慣れなきゃですね」
「嬢ちゃんが喜んでんなら叩き返させる訳にもいかねえか……」
「喜ぶというか、これがあれば私のどうにもならないと思っていた弱点が消えるので、非常にありがたいんですよ」
「しっかり受け取りそうなもんをチョイスしやがって……重ね重ねあの野郎……!」
「あ、大丈夫ですよ。お詫びの品にしては高価過ぎるという事は理解してます。これがおいくらなのかは教えてもらえませんでしたが、魔核はお高い物だと知っているので、後日該当する魔獣を狩りに行って代わりの魔核をお返しする予定です。あっ、あのその……狩りに行っても良いですか……?」
「おお、そりゃあ良い案だ。大賛成だ。むしろ余分に狩って、多めに返した方が良いな。貸し借り無しの状態まで戻さないと、不安でしょうがない」
「良かった。そうですよね、やっぱり借りがある状態って危険ですよね。相手はボスですし。いつ何時『借りを返せ』って言われるか分かったもんじゃない」
「嬢ちゃんが通常営業で救われた……! よし、何ならおっちゃんが手伝おう。早い方がいいな。明日休みをとるから、一緒に狩りに行こうか」
「へ?! いえいえいえ、わざわざお休みしてまで手伝ってもらう訳にはいきません! 団長のお仕事は大切なんですから!」
「今は嬢ちゃんの案件が一番大切かつ重要だ」
「おっちゃん……! 大好き……!! ……でもやっぱり同行はご遠慮しますね」
「ほお……危ない事をするつもりなのか?」
「うわぁ声が冷やっこい~! 違います、その、親友が手伝うって言ってくれて。親友が親友になってから初めて一緒に遊ぶ機会なので、今から楽しみで。聞いた感じそんなに強い魔獣じゃ無いみたいですから、親友を危険に晒すような事にもならないでしょうし」
「そうか、そういう事か。……嬢ちゃんは魔獣狩りを遊びだと思ってるんだな」
「間違えました今のは言葉の綾的なアレです! か、監視役&サポート役として親友が付き添ってくれると、ええ、決してお遊び気分なんかじゃありません! 無茶も無理もしません!」
「ハハッ、……この件については別途説教の時間を設けよう。な?」
「最近私の墓穴掘りっぷりがひどい……プレーリードッグ級の穴掘り名人だよ……全部口から出る……もう物理的にチャックしたい……」
「ところで嬢ちゃん、他には?」
「他?」
「他には何も貰って無いな?」
「? ええ、特には。……あ、飴ならたまに貰います。何か近頃は会うたびにくれるので、ちょっと不思議なんですけど」
「大当たりだこん畜生……っ!!」
「はい?」
「悪い嬢ちゃん、ちょっと用事を思い出した。おっちゃんは行くな。訓練、頑張るんだぞ」
「はーい。団長もお仕事頑張ってくださいねー」
「冗談じゃないぞ。このままじゃ嬢ちゃんが持ち帰られる……!」
去り行く団長が何事か呟いていたけれど、聞き取れず。
強張った顔で猛ダッシュで去ったので、よっぽど大事な用事だったんだろう。騎士団長って仕事はやっぱり忙しいんだなぁ。
……何か一人でもごもご言ってたし、お疲れなんじゃないかな? 労わらなきゃ。今度差し入れでパン持って来よう。おやつに丁度いいよね。
その差し入れ効果で、あわよくば、お説教を忘れてくれますように!
……無理だろうなぁ。
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数分後・魔法師長の執務室に飛び込んだ団長とボスの会話
「おいこらガル! てめえ狙いは嬢ちゃんか?!」
「ふむ、もうばれたか」
「っの野郎、ぬけぬけと……嬢ちゃんは渡さねえぞ!」
「お前のものでは無いだろう」
「俺は父親みてえなもんなんだよ! 可愛い娘分をお前なんかに渡して堪るか!」
「ばれたのならそれはそれで都合が良い。お前の助言を参考に優しい言葉をかけてみたところ、『モルモット勧誘についに懐柔という手法が……?!』と慄かれたが、どういう事だ」
「ふぅ、嬢ちゃんがアホで良かったぜ……」
「それと、気遣おうとするたび、リリックという男に先を越されるのだが」
「リリック、グッジョブ! 後で褒めておこう。ついでに前からあいつが希望していた通り、嬢ちゃんの訓練日は必ず出勤にしてやるか。嬢ちゃんの安全のためにもな」
「私を応援してくれるのではなかったのか」
「ありゃ相手が嬢ちゃんだとは思わなかったからだ。嬢ちゃんに恋愛なんてまだ早え!」
「ちゃんと成人する1年後―――いや、もう1年を切ったな。まぁそれまでは待つ。安心しろ」
「1年後でも早えっつってんだよ! 嬢ちゃんはまだまだ子供だ!」
「……お前も大概、シーデに執着しているな」
「なっ……」
「自覚が無いとは言わせん。―――息子の代わりか」
「っ違う!! ……自覚は、ある。だが、代わりだなんて思っちゃいない」
「ならば何故、騎士団に入れた? 亡き息子と共に歩みたかった道筋をシーデになぞらせようとしているようにしか見えんぞ」
「お前は……ぐさぐさ突いてきやがって……」
「間違っているか?」
「……完全に間違いじゃあ無いが、かと言って正解でも無い。確かに最初の頃は嬢ちゃんに息子を重ねていた事もある。息子が生きていれば、こうして教えてやる事もあったかもしれない、と思ったりもした」
「過去形なのか」
「そうだ。過去形だ。今は嬢ちゃんは嬢ちゃんとして可愛い娘分だと思っている。……それに、俺の息子は一人だけだ。代わりが欲しい訳じゃあ無いし、代わりで満足出来る訳も無いだろう」
「そうか。……悪かった」
「まったくだ。―――こうして息子の事を口に出せるようになる日が来るとは思わなかったけどな。時が経つのは早いな……」
「爺むさい」
「誰がだ!」
「お前だ」
「っとにてめえは……あっ、そうだお前、嬢ちゃんを珍生物みたいに言いやがったな?!」
「何の話だ」
「魚類みたいに言いやがっただろうが!」
「珍生物扱いしたのも魚類扱いしたのも私では無くお前だ。私はただ聞かれた通り、特徴を挙げていっただけだ。全て当て嵌まっていると思うが?」
「当て嵌まり過ぎてて驚愕しかねえよ。あんなに条件が一致するってのに、何で俺はあの時に気が付かなかったんだ……! つうか、冷静に言語化した嬢ちゃんの特徴が酷過ぎて引くわ!」
「安心しろ。そんなシーデが私は好きだ」
「今一番要らねえ情報だからな、それ」
「引くと言いつつ、お前も近頃はシーデの行動を咎めようとせんくなっただろう。せいぜい言葉遣いを注意するくらいか」
「嬢ちゃんの好きにさせておいた方が男避けには丁度いいかと思ったんだよ。そう思ってたのに、どうしてお前が嬢ちゃんに惚れるんだ。おかしいだろう」
「おかしな生き物になっていっていると、分かってはいたのだな?」
「おかしいのはお前だ! 嬢ちゃんはおかしくねえよ! ……ちょっと自由なだけだ」
「もう一度、私の目を見て言ってみろ」
「断る」
「やはりお前もおかしいと思っているのか」
「そんな事はねえよ。娘分としては目に入れても痛くない程に可愛い。……だがあの嬢ちゃんを恋愛対象に持ってくるお前の趣味が分からん。気付いたら熊狩ってんだぞ?」
「もはや日常の一コマだな」
「要らん事を口にしては説教食らってんだぞ」
「その迂闊さが堪らなく可愛い」
「甘味を作ろうとすると謎の物体が出来上がるんだぞ」
「それは初耳だ。だが誰にでも不得手というものはあるだろう」
「魔獣狩りを遊びだと認識してんだぞ」
「ふむ、怪我をしたら私が治してやらなくては」
「菩薩かよ……」
「人だ」
「知ってるわ! ……お前、本気で嬢ちゃんの全部が好きなのか」
「全部、と言われると語弊があるな。私とてシーデの全てを許容している訳では無い。怪我に無頓着な部分―――己の身を多少なり軽く扱っている様が稀に見受けられる。そこは困ったところだと思っている」
「あー……確かに、嬢ちゃんにはそういうところがあるな。軽くというか、雑な感じだな。女の子なのになぁ……」
「だから私がしっかりと見ておけば良いという結論に達した。安心しろ」
「不安しかねえよ。見るな。減る」
「あれ以上、縮みはすまい。……後は、熊を狩るのは構わんのだが、それを『女子力』と言うのは正直意味が分からん」
「それには同意しておいてやる。正直俺にも嬢ちゃんの理論は意味不明だが、でもそれが男除けに丁度いいだろうと思ってた俺の安心感を返せこの野郎!!」
「ヒートアップするな。そして会話をループさせるな」
「何度でも繰り返してやるわ! 嬢ちゃんには恋愛なんざ早え! まだまだ家族や俺の庇護下でぬくぬくぬくぬくぬくぬくぬくぬく育つべき段階だ!」
「育たせ過ぎだろう。根腐れするぞ」
「植物じゃねえよ!」
「お前は過保護過ぎだ。年頃の娘にあまり構いつけると、鬱陶しがられる羽目になるぞ」
「はっ、そんなのに引っかかるか。ついさっきも思いっきり過保護な発言をぶちかましたが、『おっちゃん大好き!』と言われたわ。残念だったな」
「くっ……」
「ははは、悔しがれ悔しがれ。そして嬢ちゃんを諦めやがれ。間違っても攫おうとするんじゃねえぞ」
「……」
「おい、なに目ぇ逸らしてんだ。てめえ真面目に攫う気だったな?!」
「違う。攫いは……しないが。多分。しかし諦める事は出来ん。それだけは受け入れられん。お前がどうしても反対すると言うのならば、やはり逃避行」
「何が逃避行だ。きっちり攫う気じゃねえか。地の果てまで追いかけて八つ裂きにすんぞてめえ」
「…………冗談だ」
「嘘吐け。……ああ、まぁ俺が追いかけるまでもなく、無理に家族や親しい相手から引き離されたりしたら嬢ちゃんが荒ぶるか。攫ったはいいが生涯嫌われるっつう地獄に突入だな」
「っ、それは……」
「いや待てよ、嬢ちゃんが攫われてそのまんまで居る訳はねえな。空を飛んででも戻ってきそうだな。どっかに閉じ込めて繋いでおくなりすりゃあ別だろうが、確実におかしくなるだろう。お前はそんな嬢ちゃんがいいのか?」
「……全力で私の精神を揺さぶりにくるのはやめろ」
「お、気付いたか。まぁ俺が言った事はあながち間違っちゃいないと思うが」
「…………攫わん。こちらを向くよう、誠心誠意努力する。これで良いか」
「その努力の結果、嬢ちゃんが自分の意思でお前に惚れたってんなら、俺は何も言わねえ―――いや、言えねえよ」
「そうか。では尽力しよう」
「ただし無理な真似しやがったら容赦しねえぞ」
「分かっているから殺気をしまえ。まったく……お前の親心を甘く見過ぎていた私の計算違いだな。ここまで面倒な父親もどきだとは思わなかった」
「相談する相手を間違えたな」
「いや、それは間違いだとは思わん。お前ほど頼りになる相手も他に居まい」
「ハハッ、そうやって俺を持ち上げるような事を言ってみせたところで、『お前になら嬢ちゃんを任せられる』とか言ったりはしねえからな?」
「チッ」
「舌打ちするな。まぁ協力はしてやらねえが、友情に免じて愚痴程度はたまになら聞いてやる。協力はしねえがな」
「お前に協力の意思が無いのは伝わった。だがまぁ、愚痴を聞いてくれるというのはありがたい。あいつは鈍そうだからな」
「そいつは太鼓判を押してやる。あんなに分かり易いアレクの気持ちにもまるで気付かねえんだよなぁ……丁度いいっちゃ丁度いいが。鈍いまんまで育って欲しいもんだ」
「……アレクとは誰だ」
「ん? ああ、まぁお前の敵ってところか。俺が何度“指導”しても懲りねえしぶとさを持った奴だ。あの一途さは評価してやりたいところだが、まぁ何にせよ、嬢ちゃんにはまだ早い」
「結局、結論はそれか」
「それ以外にはねえよ。―――っと、そろそろ戻るか。最後に念押ししておくが、嬢ちゃんに無体な真似すんじゃねえぞ」
「くどい。そんな事はせん。良いからお前の所の副団長が探しに来ん内に戻れ」
「分かった分かった。じゃあ邪魔したな」
「嬢ちゃんが自分の意思で惚れたら―――とは言ったが、あの嬢ちゃんに色恋なんて感情が芽生える訳も無いだろうに。贈り物を“借り”だと認識しちまうし……少なくとも魔獣狩りに行けるとはしゃいでる内は駄目だろうな。まぁそれに、惚れようが惚れまいが、嬢ちゃんが俺を倒せるようになるまではお預けだしな。ははっ、鍛錬の時間を増やすか。それが一番の妨害になるだろう」
魔法師長の執務室から出た騎士団長は、一人不敵に笑うと颯爽とその場を後にした。
また一歩恋愛への壁(物理)が高くなるであろう事を、本人は知らない。
ボスと一対一だと普段より口が悪くなる団長。
何だかんだでそれなりに仲が良い二人。
ボスにとっては惚れている相手で、団長にとっては娘のように思っている相手なのに、二人ともシーデの人物評価に容赦は無い。
団長が口にしている『ガル』はボスの愛称。過去に一度だけ既出。
本名はスティンガルド。忘れて大丈夫です。きっと出てこない。ボスはボス。
尚、ボスはもうすぐ30。ついでに団長は40代半ば。
初対面時、シーデはボスを三十路前後だと思っていましたが、実際は25でした。
老け……大人びていたのです。




