私の名前はモルモット―モルモット、終了!―
「ほうほう、という事は、理性が飛んだ状態ともまた違うと」
「そうですねぇ。錯乱状態っぽかったですけど……何と言うか、一応理性もあったにはあったんですよ。ただ、凄い勢いで振り切れる感情に追い付けなかった感じですかね」
「うーん、興味深い。一体どの魔法がどう作用していたのか……」
「それは私には分かりません。というか、何でいろいろ重ねちゃったんです? 一個ずつにしとけば、どれが原因か分かったでしょうに」
「ボスに内緒で加えた実験だからね。あれこれと装飾品を付け加えたらバレる可能性が高くなるし、でもいろんな魔法を試してみたいって事で、ホワイトブリムに全てを託したんだよ」
「ホワイトブリムひとつには荷が重すぎでしょう。それで原因が分からなくなってちゃ、お話になりませんよ」
「そうそう、だからお嬢ちゃん、ひとつずつ試させて欲しいんだけど」
「私はあなたでは無くボスのモルモットです」
「ボス! 是非とも許可を!」
「許可などせん。こうして聞き取りをさせてやっているだけありがたいと思え。―――お前も、何故こいつに協力してやる」
練兵場の隅で、ストーカー野郎による聴取が行われている現在。
あんな目に合わされたのだから協力する必要など無い、とボスが切り捨ててくれたし、今も険しい目で私の隣に居てくれてるけど、それでも私はストーカー野郎の聞き取りに答えている。
尚、その他の魔法使いたちは私に近付くのを禁止され、遠巻きにこちらを伺うのみ。寄って来ようとした途端、騎士たちが拳で語ってくれている。何という万全な警護体勢。SPなのかな?
「だってあんなに体を張ったのに、無かった事にされたらたまったもんじゃないですから。何かしらの結果を得てもらわないと、体、張り損じゃないですか」
ギャン泣きさせられたにもかかわらず協力してやるのは、こういう理由だ。体を張ったっていうか、目から塩気のある水分を大放出したって感じだけどね!
私の黒歴史が爆誕するような出来事だったってのに、何の成果もありませんでしたとか、マジで損しかしてない事になる。そんな無駄死に、許すもんか。
「お嬢ちゃん、そういうところドライだよね」
「さっきまでめちゃめちゃウエットでしたから、釣り合いがとれてるでしょう」
「あっはは、上手いこと言うねぇ」
手を叩いて笑うストーカー野郎に「反省しろよ」と白い目を向けるも、当然、どこ吹く風。うん、この人が反省なんてする訳が無いよね。知ってた。
「後で団長にぶん殴ってもらおっと」
「騎士団長様にぶん殴られたら僕、死んじゃうかもしれない」
「死んじゃえ死んじゃえ」
「随分と軽く死を願われたなぁ。僕とお嬢ちゃんの仲じゃないか」
はやし立てるだけで実行に移さない辺り、私って甘い、と自覚はしてるよ。
でも、私の与り知らぬ内に、既に騎士たちがこの人含め魔法使いたちをボコってくれたから割と気は済んじゃってるというか、さっきまでのあの状態は魔法でえらい事になってただけであって、私自身の意思でのギャン泣きだった訳じゃ無いし、まぁいいか、みたいな気持ちになってるというか。
ぶっちゃけ、今生初の親友ゲットで今なら全てを許せる気持ちになっていたりするのです。仏のシーデ、ここに誕生。
「はぁ……思えばあなたとはもうすぐ10年来の付き合いになるんですね」
溜息を吐きながらも、こうしてストーカー野郎の軽口に乗ってやる余裕はあるのだ。これが持てる者の余裕というやつですよ。親友を得て心が一回り広くなったんですよ。元が狭過ぎたという意見は聞こえぬ。
そして、これは多分一時的な症状だとも思う。すぐに元の狭い心に戻る予感がしてるよ!
「出会ったとき、お嬢ちゃんはまだ5歳だったんだよね。それがこんなに大きく……大きく? ……うん、まぁそこそこ大きくなって」
「言っておきますけど、あなたの奥さんに比べたら大体の女性は小さい部類に区分されますからね」
「ははっ、よくおっぱいの事だって分かったいたい痛い痛い痛いですってボス何すいたいたいたたあああああああ!」
会話の最中、突如ボスがストーカー野郎の顔面を鷲掴み、そのままぎちぎちと締め上げ昇天させてしまった。
……実に見事なアイアンクローだったけど、いきなりどうしたんだ。私が仏になった分、バランスを取るためにボスが羅刹にでもなったのか。
「えーっと、ボス」
「聞き取りは終了だ」
強制終了の手段が物理的過ぎやしませんか? 魔法使いの長なのに……なぜ咄嗟の攻撃方法がゴリゴリの物理なのかとツッコミを入れたい。
っていうか、何かボス、怒ってる? ……下ネタ嫌いなのかな?
「はぁ、あの」
「終 了 だ。分かったな?」
「イエスボス!」
ふおおお、何でそんなマジ切れしてんの?! 冷気がハンパないよ! 低音美声じゃなくて低温美声になってるよ! 冷えっ冷えだよ! 団長がマジ切れした時と同等の危険を感じるんですけど!
抗えない何かを感じ取り、良いお返事と共に敬礼してしまった私は真正のチキンです。チキンなのにモルモット……うむ、深い。
「執務室に戻る」
「え、あの、じ、実験がまだですよ?」
謎のぶち切れボスに手首を掴まれながらも、引き止めてみた私は勇者だと思う。若干震えてたし、ちょっと噛んだけども。
「まだそいつに協力してやるつもりなのか」
だから、どうしてそんな冷えた声してるの? そんなにおっぱいネタ嫌だった?
いくら視線に物理的な攻撃力が無いからといって、そこまで凍えるような目で見られると、メンタルが削られるからよしてほしい。
「いえ、ストーカー野郎に協力してやる気はさらさらありませんが、ボスが許可した実験という事は、ボスもこの実験に賛成だったんですよね?」
「……そのつもりだったが」
「じゃあやりましょうよ。それにっ、ここで戻ったら私、ただメイドのコスプレを見せつけに来ただけの人みたいで凄く微妙な気持ちなんです!」
私の本音なんてこんなもんですよ。コスプレ姿見せつけて泣くだけ泣いて戻ってくって、ちょっと意味分かんないでしょ。超やだ。せめて意義ある実験として昇華したいこの気持ちを分かってくれ。
掴まれた手を逆に掴み返し、切々と訴えると、ボスは怒りを引っ込め黙り込んだ。どうやらどうするか考えている様子。
おお、ようやく冷気とおさらば出来たぜ。寒かった。団長は勿論だけど、ボスもマジ切れさせないように注意しよう。下ネタが地雷って事で良いのかな。……そういえば、チュー事件の時にも不機嫌になってたし、やっぱそういう系のネタがダメなんだな。よし、気を付けよう。
「つーかさ、ここで実験っつっても、スカート姿で何すんだよ? あんまり激しく動いたら中が見えちまうだろ?」
「やはり戻るぞ」
「わーボス待って待って! お兄ちゃん、余計なこと言わないでよ!」
せっかく実験に心が傾きかけてたっぽいのに、近くに来たお兄ちゃんの一言で御破算の危機。
「いや余計じゃ無いだろ。そんな格好で」
「違うの大丈夫なの! 中にいつもの短パン履いてるから! ほら!」
さすがの私もおパンツ様を見せつけながら戦う趣味は無いからね。手合わせするって分かってたから、短パンは履いたままなんだよ。
と、スカートの裾をぺらっと捲って主張したところ、一瞬後に降ってきたのは、複数の怒声だった。……あれ?
「慎みを持て馬鹿者おおぉっ!」
「女の子がスカートを捲って見せるなんて、何て事するんだ!」
「大勢の男の前ではしたない真似をするな!」
親友、団長、ボスの順だ。
えー、短パンだから良いじゃないか。というか、親友や団長はともかく、何でボスまで怒ってんだ。……ああ、これも下ネタ的扱いでアウト? パンツじゃ無いからセーフでしょ?
発端となったお兄ちゃんは「短パン履いてんのか。んじゃ大丈夫だな」って納得してるってのに。ほら、あれが正しいリアクションだよ。皆、見習って。
「シーデちゃん、そーゆー事しちゃダメだし!」
と思ったら、珍しくナンパ騎士にも怒られた。そんなにアウトな行為だったのか。……反省するか。
「そーゆーのはオレと二人っきりの時にっ」
「アレク、お前は今から特別訓練だ。来い」
黒い微笑みを浮かべた団長様に引きずられ、アレックスさんご退場。
なぜ彼は団長の前でああいう事を言ってしまうのか。……あれはもうコントだと思っとけば良いか。あと、私の反省心を返してほしい。
何か怒られはしたけど、短パン履いてんならいっか、という事で実験の続きをする事になった。何でボスより私の方が実験に意欲的みたいなノリになってんだろうね。謎だわ。
「ところで、この服って本当に身体強化の魔法がかかってるんですか? さっき走り回ったとき、別段強化されてる感じは無かったんですけど」
「ホワイトブリムと違ってその服は、ボタンのひとつがスイッチになってるんだ。それを決まった手順で動かすと、服にかけた魔法が発動する仕組みになっているんだよ。そんな訳でお嬢ちゃん、くるっと後ろを向いていたたたボスいたいた痛いですっていたたたた」
「触れるな」
メイド服の話題になった途端、倒れたまま放置されていたストーカー野郎がゾンビの如き復活を果たし、一息にまくしたて、いそいそと私へと手を伸ばし、そしてその手をボスに捻りあげられた。
展開が早いよ。詰め込み過ぎ詰め込み過ぎ。付いて行けないわ。私を置いてけぼりにしないでくれ。
「あの、ボス、一体何を」
「こいつはお前に何をするか分からん。安易に触れさせようとするな」
えええ、それボスが言っちゃうの? 同じ穴の狢って言葉、知ってる?
……って、おい待てストーカー野郎、何だその『あれ、バレてら』って顔は。それ見るの今日二度目だぞ。
ひょっとすると、この人はボス以上に油断ならない相手なのかもしれない。渡る世間は鬼畜ばかりかよ……。
「その人の危険性はとりあえず置いておいて、発動させないと実験が開始出来ないと思うんですが」
「私がやる。手順を吐け。……偽れば次年のお前の班の予算は半減」
「うわああちゃんと本当の手順を言いますからそれだけは勘弁してくださいいい!」
ストーカー野郎がとても情けない悲鳴を上げた。
何だ。ちゃんとボスが急所を押えてるのね。じゃあ何で今まであんなにやりたい放題にさせてたんだろう。……何かボス、不本意極まりないって目をしてるから、もしやその急所は諸刃の剣的なものなのかな。よく分からないけど。
そうしてストーカー野郎が吐いた手順通りにボスが私の背中のボタンをいじり、身体強化の魔法が発動したところで、実験が開始された。遠巻きにしていた魔法使いたちは記録のため四方に散り、ワクワクとした目でこちらを見ている。ぶれない人たちだな。
ストーカー野郎が「これを着けなきゃ戦うメイドさんとして未完成なんだああああ!」と先程投げ捨てたエプロンを握り締め喚いていたので、一発殴ってからそのエプロンを奪い取りボスに渡し、鑑定を頼む。
結果、何の変哲もないエプロンだと判明したので、着用。あの羞恥心は魔法で私の感情がぐちゃぐちゃになっていたせいであって、正気になった今、別段恥ずかしくも無いし、エプロンに恨みがある訳でも無い。あのホワイトブリムだけは二度とごめんだけど。
誰か素手での手合わせを、と頼んだところ、お兄ちゃんの一人が名乗りを上げてくれたので、さっそく戦った。
負けた。
次に、もう一人のお兄ちゃんと戦った。
負けた。
この二試合で、五分もかかっていないという悲しい事実。
……違うんだ。強化されてるから、お兄ちゃんたちは私の足に追い付けはしないんだ。でも素手での戦いだから、当然触らないといけない訳で。
ダッシュで死角に回り込み仕掛けても、私の攻撃が軽過ぎて効かないんだよ……そして捕まって、捕まったが最後、マッチョのパワーに勝てはしないんだ。
くそ、こんなんじゃダメだ。
「ストーカー野郎、この服の身体強化、甘くないですか?」
「えっ? いや、元の身体能力の倍になってるはずだけど」
「倍程度でマッチョとどう戦うの! 地力も体重も体格も違い過ぎる! 勝負になる訳無いでしょ! 更に倍にしてください!」
「お嬢ちゃん……ナイスモルモット精神! よしじゃあさっそくいたたたたた」
「お前はシーデに寄るな。―――シーデ、それ以上に強化するのは賛同出来ん」
駆け寄って来ようとしたストーカー野郎の腕をまたしてもボスが捻りあげ、そこまでは何となく予想してたけど、言われた言葉は予想外だ。
そこでストップかけるって、ボスらしくない気がする。
「止めるのなら理由を述べてください」
「身体強化は体に負担がかかる。倍でも保って数分だろう。更に倍にしては」
「あ、大丈夫ですよ。倍程度なら一時間は余裕です、私」
「…………何?」
本来の身体能力を超える力を発揮させる術だから、当然負担はある。短時間なら軽度の筋肉痛程度で済むけれど、あまり長時間術をかけたまま活動していると、肉離れだとか筋肉が断裂したりだとか、モロに体がやられる。
でも、日頃から身体強化をトレーニングに取り入れ体を慣らしておけば、だんだん時間を延ばせるんだよね。最初の内はそれこそぶちぶちと体のどこかが千切れるような音がするわ激痛だわで辛かったけど、そのたびに治癒の術で治してじわじわと時間を延ばしたのだ。……Mじゃ無いよ。トレーニングだよ。
未だに限界を迎えるとどっかがぶっ千切れて痛い事になるけど、強くなるためには致し方なしである。
「更に倍にしても十数分はいけますから、早くやっちゃってください」
ボスのもとへ行き、くるりと背中を向け催促すると、尻尾をくいっと引かれ上を向かされた。これも本日二度目だな。
「予測で物を言うな。痛みを伴う可能性が高い」
覗き込んでくるボスの目が、駄目だと雄弁に語っている。
ほんとに、何でモルモットになった途端、大事にされてる気がするんだろうか。まだ他にも実験が残ってるから、使い潰さないようにと慎重になってるのかな。この程度では私、潰れないよ?
「十数分はいけるって言ったでしょう? やった事あるんですよ。というか、自宅での特訓でやってるんですよ。さすがに八倍までいっちゃうと数分しか保ちませんし、それ以上は怖くてやったこと無いですけど……」
身体強化の術は、足し算では無く掛け算なのだ。重ね掛けをすると、二倍、三倍、四倍、五倍と順当に増していけるのではなく、二倍、四倍、八倍、十六倍とえらい事になってしまう。
筋力だけを増せるんなら良いんだけど、全身体能力を増しちゃうもんだから、四倍以上になると足をセーブしなきゃいけなくなるんだよね……。
ただでさえ私の逃げ足はピカイチなのに、八倍なんてもう事故だ。さすがに身体の制御に自信が無くて危ないので、森でしか試したことが無い。あそこなら頼れる人外様が私を見張ってくれるし。
「……お前は何を目指している」
「パン屋さんに決まってるじゃないですか」
変なこと聞きますね? と返したらボスに胡乱げな眼差しで見られた。なぜだ。
でも一応、そんな説明で納得はしてもらえたようで、更に倍(つまりは四倍)にして実験を継続という事にはなったんだけど。
「痛みを感じたら、……いや、体に異変を感じたら即止まれ。背いたら魔法薬の件を実行するぞ。分かったな」
無表情(つまりはいつも通り)なボスに脅された。
またしても魔力回復薬の口移しの件を仄めかされるとは。確かに脅しは手っ取り早い説得方法だし、私も有効活用しているけど、私はいつだって脅される側より脅す側でありたいのに。くそ。
身体能力四倍で、再度お兄ちゃんの片割れに挑戦。
お兄ちゃんは既に私を追う事は諦めているらしく、完全に迎え撃つ体制に入っている。どの方位から仕掛けられても対応出来るよう、意識を集中させているのが傍目にも分かる。
そこを意表をついて正面からいくんですよ!
真正面へと駆け寄ると、驚いた顔をしたお兄ちゃんが次の瞬間、にやりと笑い私を捉えようと踏み込んでくる。それが届く手前で踏み切り、お兄ちゃんの頭上へジャンプ。四倍の身体能力なら、マッチョの頭上だって飛び越えられるのだ。
飛びながらくるりと回転、そして身を捻り、お兄ちゃんと同じ方向を向くように体を調整。飛び越え終わる前、空振ったのを踏み堪えて振り返ろうとしているお兄ちゃんの首に足を絡める。
勢いが途切れる前に、そのまま自分の上体を思いっきり下へと逸らし、お兄ちゃんを丸ごと引っこ抜く感じで叩き付け―――ってやべえお兄ちゃん受け身、あ、ちょ、あかん!
動体視力も四倍なため、普段より全てを鮮明に感じ取れる。
それにより、お兄ちゃんが受け身を取れていないと気付き、首がやばくない?! と焦った結果、―――私はマッチョの下敷きになる事を選んだ。
肋骨折れた。
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「何をしているんだお前は!」
マッチョの下から私を救出してくれつつ、「自爆か?!」と畳みかけてくるボス。
違う、あれはああいう技というか、動きの勢いを利用して相手を引っこ抜いて地面に叩き付ける技であって、下敷きになるのは想定外だよ。ましてや決して自爆なんかじゃ無い、と言い訳しようとした私の口から出たのは「けふっ」という力無い咳と、少量の血だった。これ肋骨だけじゃ無い。内臓いかれてるかも。
即座にボスが魔法で治してくれたので、やっぱファンタジーすげーってなったけどね。骨や内臓がやられてようと見る間に完治だもんなぁ。
「他に痛むところは無いか。どこにも怪我など残って無いな?」
治癒魔法を使った本人には完治した事は分かるはずなのに、首や腕に触れ確認される。まるでボスに心配されてるみたいだ。……モルモットって、意外と待遇が良いな。今日一日でモルモットに対する考え方が変わってしまうかもしれない。やだ危険。
「もう痛くないです。治してくれてありがとうございました。……何だか今日はボスに面倒見てもらってばっかりですね。世話の焼けるモルモットですみません」
「……構わん。私のものを面倒見るのは当然の事だ」
そう言いながら、頬に付いた土を撫でるように払ってくれる。
モルモットの面倒を見るのが当然って、これはもしや、モルモットのままでいれば介護までしてもらえるのでは? なんてアホな考えが過ったところで、背後から呻き声が。
やべ、忘れてた。
「おおおお兄ちゃん! ボス、お兄ちゃんも治してくださいお願いします!」
「……仕方が無い」
本当に仕方が無さそうな感じで治してくれた。
私の時と態度が違う……やっぱりモルモットは特別待遇なのか。いや待て、そう思わせて私のモルモットへの抵抗感を無くそうって腹積もりかもしれない。むしろその可能性が高いな。危ない、モルモット詐欺に引っかかるところだった。
「あー、脳が揺れた。先輩、あざっす。―――そんでシーデ、お前何で途中で動き変えたんだ? あのまんまいけば、お前の勝ちだっただろ?」
ボスにお礼を言ったお兄ちゃん(道場が閉まった後でも先輩呼びはそのままである)が、首を左右に振りながら立ち上がり、こちらへと向き直る。
「だってお兄ちゃん、受け身取れてなかったじゃん。あのままいったらお兄ちゃんの首がやばいって思って、慌ててクッションになったんだよ、私」
「庇ってくれたのか。ありがたいような情けないような……つーか、そんな殺意の高い技、すんなよ」
「いや、ウチのじーちゃんたちだったらあれぐらい余裕で受け身取れるし、むしろ大体は途中で技外されるし。それが普通だと思ってたから、まさかお兄ちゃんが受け身も取れないとは思わなくて……」
そう言い終わるかどうかのタイミングで、お兄ちゃんが崩れ落ちた。
「お兄ちゃん?! まだどっか痛いの?!」
「妹分に庇われた上にけちょんけちょんに言われて心が痛い……オレ、もうダメかもしんない……」
しまった、お兄ちゃんのプライドを打ち砕いて止めを刺しちゃったっぽい。何てこった。……男のプライドってめんどいな。軽くポイ捨てしなよ、そんなの。
そこから数分間、お兄ちゃんを元気付けるため、私の口がフル稼働した。
ウチのじーちゃんズは超強いから比べるべきじゃ無かったね、とか、私は魔法で四倍の身体能力になってたんだからフェアじゃ無かったし、とか言葉を尽くしたけど、最終的にはほっぺにチューで復活してくれた。
何かボスに微妙な目で見られたけど……面倒になってチューで誤魔化したってのがバレたかな。
******
練兵場での実験を終え、ボスの間にリターン。
終えてというか、ボスによる強制終了だったんだけど。
「怪我をしたのだから終わりだ。異論は認めん」
まさに鶴の一声というやつだったよ。若干、冷やっとした声だったから、静かに従った。冷えた声の人に逆らっちゃなんねえ、と心のメモに書き留めておこう。
座るよう促されたので、いそいそとソファに腰を下ろす。ただいま、まふまふソファ。座るだけで癒される君が好きだよ。
「少し待て」と言い置いたボスが実験室へと消え、数分後、湯気の立つカップを二つ持って戻って来た。
コトリとテーブルに置かれたカップには、揺れる琥珀色の液体。一見紅茶のようだけど、何だか不思議な香りがする。
「紅茶、じゃ無いですよね。これも実験ですか?」
「違う。ただのハーブティーだ。飲め」
まぁお洒落。ボスの癖に。
というか、実験室にお茶淹れる道具なんてあったっけ? ……ビーカーならいっぱいあったな。そして薬草も山のようにあった。ハーブ……ティー……? いや、確かに薬草もハーブだけど……実験より高レベルのドキドキが止まらないよ。
「ありがとうございます。いただきます」
考えるのをやめて(諦めたとも言う)カップを手に取った私の隣に、もうひとつのカップを持ったままだったボスが着席。
……テーブルを挟んで二脚のソファって場合、普通は向かいに座らないかな?
「あの、何で隣に?」
「傍に居たいだけだ。気にするな」
研究熱心だな。一日限りのモルモットでほんと良かった。
迂闊にも自ら「一日モルモット」と言ってしまったが、普通にボスの出退勤に合わせてのモルモットで済むというのも安心ポイント。いやぁ、後から気付いたんだよね。二十四時間耐久モルモットって捉えられてたらどうしようって。曲解されてなくてマジセーフ。
まぁ今日は好きなだけ観察してちょうだい、と思考を放り投げ、手元のカップに口を付ける。一口含むと、鼻腔にふわっと桃の香り、とか何かそんな感じの香りが広がった。……桃以外は分かんなかったんだよ。何かこう、いろいろ混ざったいい感じの香りとしか言えない。薬っぽく無かっただけでも御の字ですな。
うむ、このお洒落さに追い付くにはまだ時間がかかりそうだ。ハーブティーなんてオルリア先生宅ぐらいでしか飲まないからなぁ。
「……気に入らんか」
おっと、顔色を読まれた。
「いいえ。きっと数年後の私には良さが分かるはずです」
「今のお前の口には合わんのだな」
「そんなこと無いです。ハイレベルな飲み物にちょっと理解が追い付かないだけです。凄くお洒落な味がするのは分かりました」
大真面目にセンスの無い感想を述べると、ボスの口の端が僅かに上がった。
それ以降は特に会話も無いまま、しばしお茶を楽しみ、空のカップをテーブルへと戻す。フッ……女子力が上がった気がするぜ。
「さて、じゃあ実験ですね。次は何をすれば良いですか?」
隣のボスに対し斜めに体を向け、姿勢を正しそう尋ねると、ボスもまたこちらを向いた。……ソファで隣に座るのって、しゃべり辛いと思うのは私だけなのか。
こっちを向いた割になぜか話し出そうとしないので、さて、電源ボタンはどこだろう? などと無意味な事を考えて時間を潰していると、少ししてようやくボスが口を開いた。電源は落ちていなかったようだ。
「お前は……何故そこまで実験に意欲を示す。お前にとって、嫌な事の筈だろう」
電源は落ちて無かったけど、何らかのエラーが発生している模様。
まさかそれを実験する側の人から聞かれるとは思ってもみなかったよ。そりゃ、喜んでモルモットになります! とかいう心境じゃ無かったのは確かだけど、でもさ。
「あのときボスが協力してくれたお陰で、兄様―――リーベンツ伯の命を救えました。だから、その恩を返すためなら実験ぐらいへっちゃらです。今日限りの怪我にも痛みにも目を瞑ります。治せば良いだけですし」
自分だけでは、結界を探すところで詰まって終了だった。けど、ボスが手伝ってくれた。モルモットという交換条件ありきではあったけど、それにどれほど助けられた事か。
その感謝の気持ちを、今日のモルモットで十全に表す。これが私に出来る恩返しだ。
それなのに、ボスは険しい目で私を見据える。
「お前は……っ」
そうして絞り出された、低く唸るような声に戸惑っていると。
「……もっと、自分を大切にしろ」
耳を疑うようなお言葉、いただきました。戸惑いがマックスだよ。
私をモルモット扱いする人がそれを言うの? やっぱり今日ボス変じゃない? あれかな、出張の疲れが取れて無いのかな。ちゃんと休みをとってからモルモットデーにすれば良かったのに。
という思いはさて置き、言われた事には答えないと。
「してますよ?」
「どこがだ。他人の為に自分の身を差し出す、それのどこが大切にしていると言える? お前は、己の身を粗末に扱い過ぎだ」
他人の身を粗末に扱う事に長けた実験者にそう言われたら、何かお終いな気がするんですけど。
「粗末になんてしてませんって。あのですね、リーベンツ伯の命が助かったんですよ? 命、ですよ? はっきり言って、私が実験で多少の怪我をする程度じゃ釣り合って無いぐらいだと思います」
今でも、路に横たわる血塗れの兄様の姿と、泣き叫ぶオルリア先生の顔が鮮明に思い出せる。同時に、体中の血が冷えていくような、あの感覚も。
もし兄様があのまま命を落としていたらと思うと、ぞっとするどころでは済まない。想像しただけで指先が冷たくなる。
それを防げたんだから、実験による怪我ぐらい屁でも無い! と私が思うのは当然だろう。
「それが粗末にしているという事だ。この馬鹿者が……!」
だというのに、苛立たしげに唸ったボスは、私のデコをピシッと弾いた。ちっとも痛く無かったけど。手加減し過ぎだよ。
ううむ、どうもちゃんと伝わって無いな。そうじゃない、そうじゃないんだ。
「これが命と命だったら、私は自分の命を優先させますよ。例え大好きな人であろうとも、自分の命の方が大切です。愛してくれる家族も居ますから、悲しませるような真似はしたくないですし」
ただし、その家族のためならどうするか分からないけど。
……私の家族なら命の危機ぐらい乗り越えられそうな予感もするな。それも割と軽々と。ふふん、頼もしいぜ。
「でも大好きな人の命と自分の怪我なら、私は怪我をする事ぐらい何とも思いません。痛いのは嫌ですけど、我慢します。―――だって、消えた命は何をしても戻ってきませんから。その痛みよりは、肉体的な痛みの方が魔法で治せる分、マシでしょう?」
命を賭してまで他者の命を救おうなんて、そこまで傲慢な事は考えて無い。
昔、ヒューの護衛に言ったみたいに、そんなのはただの自己満足だと思うから。助けられた人が生涯心に負担を抱えてしまう、そんな助け方はよろしくない。
でもぶっちゃけ怪我程度なら、このファンタジーな世界では割と簡単に治るし。痛みという代償はあれど、治るんなら良いじゃないか。少なくとも、大切な人を失う痛みよりはマシだもの。
これはこれで傲慢だし、自己満足だと分かってはいるけどね。というか、大切な人を失う辛さが嫌だっていう自分勝手な都合なんだけどね。でも譲らないよ。
「やはり、粗末にしているとしか思えん」
「うーん、今朝も言いましたけど、昔、ボスが言ったじゃないですか。『治せば問題無い』って」
「それは……」
ぐっと詰まるボスに、「いえ、今更それを責めてる訳じゃ無くって」と手を振って続ける。
「治せば問題無い、つまり、治してくれるって意味でしょう?」
首を傾げてそう言えば、ボスは僅かに目を見張った。
「実験で怪我をしても、ボスがちゃんと治してくれるんですよね? 現に、治してくれましたもんね? ほら、問題無しです」
どうだ、論破出来無かろう。そんな達成感で、心の底からにっこりしてしまう。さて、反論があれば聞こうか。
「……分かった」
ボスが、あのボスが、目を伏せ溜息を吐いています。
勝った。ボスに勝ったー! 超嬉しいんですけど! 良かったら『ぎゃふん』とか言ってくれてもいいのよ?
心の中で、勝利のエ○クトリカルパレード、開・催・中!
と、にっこにこが止まらない私に、ボスが伏せた目を上げた。その瞳は、まるで兄様の件で私を問い詰めた時のように、楽し気に揺らめいている。
……え、何、その目。
「お前が意思を曲げんというのが、よく分かった。ならば、お前が己が身を顧みん分、私がお前を気にかける。それで解決だ。今後は今まで以上にお前を見ておいてやる。安心しろ」
はい撤収ー! エレ○トリカルパレードてっしゅーぅ!
堂々の観察強化宣言とか、結論おかしくない? 私をアサガオ、もしくはヘチマのポジションに当てはめるのはやめてくれないかな? どんなに観察されようが、花は咲かないし実もつけないから!
これはあれか、試合に勝って勝負に負けたというやつか……!
悔しさで無意味に口を開閉させる私と、そんな私の後頭部に手を伸ばし、またしても尻尾を弄り始める、機嫌の良さそうなボス。
この、いたぶられてる感……! あと、ちけーよ。
じゃれ飽きたのか、はたまた途中から無我の境地に達して反応しなくなった私が面白みに欠けたのかは定かでは無いが、ようやくボスが尻尾を解放してくれた。
尻尾タイム終わり? じゃあ早く実験しようよ。時間が勿体無いよ。
そんな催促が顔に出ていたのか、若干躊躇いがちにボスが切り出したのは、精神系の魔法を試してみたい、という案だった。
うむ、さっきの私の暴走ぶりを見て、好奇心が疼いちゃったんだろうな。そして即座に実験したくなった、と。さすが実験馬鹿。
「嫌だと言うのなら……やらん」
いやいや、超やりたそうじゃん。
もちろんいつも通り無表情だったけど、私の返答を待つ間、膝の上で軽く組まれた両手が落ち着きなく動いていた。そわそわしてるみたいで面白い。どうも無意識の動きっぽいな。ちょっと可愛い。
「良いですよ。やりましょう」
そう答えた途端、目がギラリとして、そっちはちょっと怖かったけど。だからその獲物捕らえた感じはやめようぜ……。
精神系の魔法にどんなものがあるのか、私に何をかけるのか、それらは言わないでくれと頼んだ。前もって聞くと、そういう魔法にかかったって思い込みからそっちに寄せていきそうな気がするし。
知識ゼロの状態の方が、きっと良い実験結果が得られるに違いない。でも興味はあったから、解除してから教えてもらう事に。
そうして、魔法をかけられ効果を観察して解除、という実験が行われた。泣いたり笑ったり特攻したり特攻したり、そして特攻したりと忙しかった。
……うん、三回も特攻したんだよね。
一回目は対象の攻撃性を増幅させるという魔法にかかったとき。私は二本の指を武器に、ボスに目潰しを仕掛けた。手元に剣が無くてマジで良かったよ……。あの時の私、殺る気がマックスだった。
二回目は対象の気分を高揚させるという魔法。けらけら笑いながら、三本の指を武器に、「みつびしっ!!」と叫んで特攻。「私に第三の目は無い」と冷静なボスに腕を掴まれ終了。
高揚、つまりテンションが上がる魔法なのに攻撃的になった理由、それはテンションが上がり過ぎて、今なら勝てる! みたいなノリになっちゃったからだ。無謀。あと、目潰しとかけたんであろうギャグが寒い。解除された後、自分にドン引きしたよ。
三回目は対象の狂気を呼び覚ます魔法。狂気に満ちた私は、ボスの首を絞めにかかった。手段が普通過ぎて逆に狂気感が凄い。
私の中には殺意しかないの……?
と不安になったけど、対象に恐怖心を抱かせるという魔法ではそれまでとは一転、ソファの隅で縮こまって震えて泣くという醜態を晒した。醜態ではあったけど、殺意以外もあった、良かった……! と解除されてから安心してしまった。
でもそんな事より、解除されてもなかなか涙が止まらず、「悪かった。悪かった、泣くな」とハンカチで涙を拭われた時の、あの衝撃ときたら。
ボスもハンカチ持ち歩いてんの……?!
またボスが謝った、という衝撃を上回る大ショックだったよ。私は一体、何度このハンカチショックを受ければ良いのか。
この世界の人、ハンカチ持ち歩く率が高くない? 何年経っても持ち歩かない私が悪いの?
でも別に、手を洗ってもぴっぴって振れば済むし……。最近はぴっぴってする間も無く、リリックさんにタオルを差し出されるんだけど。あの隠密、マネージャーも兼ねてんのかな? 甲子園に連れてかなきゃダメ? いや、この世界に無いけどさ。
そして最後にかけられたのが、対象を魅了する魔法。
これは私が密かに期待していた魔法なのだ。あるんならかかってみたいと思ってた。だって、私の知らない恋愛感情というものを疑似的にでも味わえる可能性が。当然、解除してもらえるって分かってるからこそ、かかってみたいと思えるんだけど。
でも実際かかった感じ、どうも予想とは違った。
もうちょっとこう、甘酸っぱい感じなのかと思ってたんだけど……。いや、途中まではそれっぽかったんだよ? でも何か最終的に、コレジャナイ感が……。
魔法をかけられ(当然、この時点で何の魔法かは知らず)、「何か変化はあるか?」と問われても、首を傾げる事しか出来ず。
一瞬、迷うような動きを見せたボスの手が、私の頬にそっと触れた。すると、何だかほわっとするような心地になったので、その手に頬を擦り寄せた。この辺りは割と恋愛っぽい雰囲気だったかもしれない。
しかしその後、ボス本体に体ごと擦り寄り、ボスの体を撫で回し、挙句の果てに押し倒すという、セクハラ判定待ったなしの荒業に及んでしまった。訴えられたら負ける案件。
そこで魔法を解除してくれたので、それ以上のセクハラ行為はしなくて済んだけど……違う、あれ多分、相手に恋愛っぽい感情を抱く系の魔法じゃ無い。何かこう、エロスな方向に破廉恥な魔法だよ。
それとも私は、惚れた相手を即押し倒しちゃう超肉食系なのか? うおお、どうか魔法のせいでありますように!
詳細をボスに尋ねたかったけど、片手で顔を覆って呻いていたのでタイミングを逸し、聞けず。
というかすまん、押し倒した時にバランス崩してエルボー入れちゃった。体重乗ってたし、不意打ちだったから痛かったよね。マジすまん。攻撃するつもりは無かったんだよ。……あれでも、治癒魔法使えば良いんじゃないの?
「お前は精神系の魔法に耐性が無さ過ぎる。皆無と言っても良いだろう」
「つまり私は、何事にも動じない鋼の精神を手に入れるべく励むべきだ、と?」
「違う」
しばらくして復活したボスが、微かに眉間に皺を寄せながらそんな事を言い出した。残念ながら私の案は即座に却下されたけど。それが違うなら、私はどうしたら良いんだ。
「おそらく、魔力が無いせいだ。魔力が低い者ほど、精神系の魔法が効きやすい傾向にあると判明している。つまり、魔力ゼロのお前は」
「精神系の魔法が格別効いちゃうって事ですか?」
「その可能性が高い」
途中でボスの言葉を引き継ぐように確認すると、首肯を返され、思わず溜息が漏れる。
「ここでまた魔力無しの弊害……。何でこう、たまに思い出したみたいに弊害が発覚するんだ……」
これ割と致命的じゃないですかね。魔力の有る無しに左右されるんなら、奇跡的に魔力が芽生えでもしない限り、私は精神系の魔法が露骨に弱点って事になる。しかも、攻撃魔法みたいに目に見えるような魔法じゃ無いから、避けるとか以前の問題だし。
うむむ、と思いを巡らせていると、ぽん、と頭の上に手を乗せられた。
「対策はある。少し時間はかかるが、用意しておいてやる。だからお前は悩むな」
そのまま、ゆっくりと頭を撫でられる。これは、もしや……。
「ぼったくられるフラグ……?」
「そうか、ぼったくって欲しいのか」
「また口からポロリしてた……?!」
慌てて口を押えても、出た言葉は戻って来ない。沈黙の状態異常を付加する魔法とか無いのかな……。
本当はもうひとつ、対象を混乱させるという魔法があったらしいのだが、練兵場での私の混乱ぶりが酷かったから、かけるのはやめてくれたとの事。その魔法をかけられるまでも無く、泣いたり笑ったり特攻したりと、充分混乱を極めてた私って一体……。
その後は魔法に込める魔力量の違いで、どの程度効果に差が出るのかという実験が行われた。かけられたのは一律“高揚”の魔法。ボス的にはあれが一番マシだったらしい。
また私の口から寒いギャグが飛び出すのか……と切ない気持ちで挑んだけど、幸いにも同様の現象は起こらず。魔法に込められた魔力の量にかかわらず、ずっとハイテンション状態を維持。
とにかく楽しくて、まふまふソファで体を弾ませながら、笑ったり歌ったり、最終的には部屋の中で踊ったりするシーデ・オン・ステージが開催された。……あれこれ恥が量産されてない?
結局、魔法に込められた魔力の量による差は微々たるもので、さして魔力が込められていなくても、精神系の魔法だと私には効き目が凄いと判断された。
普通は体内を巡る魔力が自然と障壁のような役割を果たし云々……という小難しい説明は、テンションマックスではしゃぎ倒したせいでぐったり気味な私の脳を、右から左へと速やかに駆け抜けて行った。もう何でもいいよ。精神系の魔法やべぇ、って覚えとくから。
そんなこんなで終業時間。ようやくモルモットデーの終了だ。
ずっと着っぱなしだったメイド服から着替え、ルンルン気分で帰ろうとすると、最後に「今後は毒草の類は私に直接売りに来い」との命令が。ギルドよりお高く買ってくれるって言われたから受諾したけど……なぜに命令されないといけないんだろうか。あれか、家に帰るまでがモルモットですって事で、まだ命令に従う時間内なのか。まぁ儲かるなら何でも良いか。
しかし、良い事も悪い事もあった微妙な一日だった。いや待て、親友を得られたんだからプラスな一日じゃない? ……でも爆誕した黒歴史もずっと心に居座るんだよなぁ……プラマイゼロな一日だな、うん。
まぁでも、自分の弱点が発覚したのは有意義だった。後は克服方法を……あ、ボスが対策してくれるって言ってたっけ。対価に何を要求されるのか、それだけが今から心配でしょうがないぜ。どうかぼったくり価格じゃありませんように!




