私の名前はモルモット―黒歴史の誕生で泣いたけど、親友をゲットしたからもう私の勝ちって事でいいや―
今年に入ってもう半月も過ぎた……?!
という驚愕を隠しきれないまま、あけましておめでとうございます。
本年もゆるゆるとお付き合いください m(_ _)m
まふまふとソファで転がっていると、ノックの音が聞こえたので、慌てて起き上がり靴を履いた。外面は大事なのよ。
「失礼します」と入室して来たのは、城付きの巨乳メイドさんだった。もう一度言おう。巨乳メイドさんだった。前に見かけた事がある人だ。遠目だったし、顔をはっきり見た訳じゃ無いけど、あの胸を見間違える事は無い。でっけえ。ロマンだなぁ。
「来るのが早い」
「あら、昼食後というお約束でしたでしょう? お早めに召し上がっていらっしゃったので、それに合わせたまでですよ」
「まったく……」
やり取りの内容は分からないけど、まぁ私は所詮部外者なので、邪魔にならないよう置物のようにじっとしているのみだ。バレない程度に体を弾ませてまふまふしてるから、じっとして無いかもしれないけど、きっと気のせい。
「それで、貴女がシーデちゃんね? ダーリンの言ってた通り、可愛いこね」
「ダーリン?!!!」
部外者のはずが急に話を振られた、なんて事より、巨乳メイドさんの口から出た衝撃的な単語に、驚き過ぎて声がひっくり返った。
ダーリン?! ボスが?! ボスがダーリン?! ダーリンって呼んでくれる人が居たの?! しかもこんな、口元のホクロが色っぽい巨乳なメイドさん!
「ふおお、半年分は驚いた……! ボスにもそういう相手が居たんですね……」
「何を勘違いしている」
「へ?」
「私の事では無い」
「え……何だ……やっぱりいくら顔が良くて地位があっても、性格が外道じゃダメか……」
「ほう、どうやら魔力回復薬を口移しで飲まされたいようだな」
「訂正してお詫びします! すみませんでした!!」
「ふふっ、シーデちゃん凄いわねぇ。魔法師長様にそんなこと言えるなんて。あと、謝罪が早業ね」
口移しは団長がマジ切れする案件だから勘弁して! と即座に立ち上がり、腰を直角に曲げ謝罪。それを見てメイドさんがコロコロと笑っている。
ボスめ、私が言葉にしなかった口移しの可能性に気付いていたとは。実験だからと問答無用でやられなかっただけ良しとすべきか。
「ええとそれで、メイドさんのダーリンとは一体……」
ボスからはそれ以上お咎めはなさそうだったので、さっさと体を起こし聞いてみる。まぁダーリン云々以前に、むしろこのメイドさんが一体何者なのかという疑問があるんだけど。
「あら、ごめんなさいね。わたしのダーリンっていうのはね―――」
どこか含みのある笑みでタメを作ったメイドさんに合わせるよう、バーン! と扉が開かれ、そして。
「僕だよ、お嬢ちゃん!!」
ストーカー野郎が現れた。
行動を選択してください。
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→燃やす
→吊るす
「お嬢ちゃん、年々思考が物騒になっていくね」
「毎回言ってますけど、勝手に私の思考を読まないでくださいよ。……え、ちょ、待って、このタイミングでの登場って、つまりこのメイドさんのダーリンっていうのは」
「もちろん僕さ! 世界一メイド服の似合う妻だと自慢させてもらおうか!」
「何の主張なの……いや待って妻? 奥さん?! この常識外れのストーカー野郎に奥さんがいたの?! しかも巨乳美人とか! 人生の不条理を知った!」
口元の艶ボクロの色気が尋常じゃない、そして巨乳ぶりも尋常じゃない美人メイドさんがどうしてストーカー野郎なんかの嫁なの? もったいない!
「こんなに美人なんだから、一攫千金、じゃなくて玉の輿だって余裕で乗っかれるでしょうに」
「あら、褒められちゃったわ。嬉しい」
「玉の輿を一攫千金って言い間違える人、僕初めて見たよ」
「似たようなものじゃないですか。でもまぁ貴重な体験おめでとうございます」
「ありがとう」
適当な軽口を交わしながらも、私の頭では警鐘が鳴り響いている。
何の用? 私がボスのモルモットというタイミングで、何をしに来たの? 一体何を企んでいるの?
「ええとそれで、お二人ともボスにご用ですよね。私、席を外しますね」
部外者が居たら出来無い話もあるよね、という事にして、ここは逃げるが勝ち。
そう極めて自然に退室しようとした私の前に、揺れる二つの膨らみが。
「うふふ、か・く・ほ」
極めて自然に捕まった。これが、ハニートラップ……!
ううっ、しょうがないじゃん。目の前に来られたら見ちゃうじゃん。だって揺れてたんだよ? しかも美女。ついつい目がいっちゃうのはやむを得ない事なんだよ。私、悪くないよ。
そして確保と称して抱き付かれてしまったので、振り払って逃げる事も出来無い。この柔らかくも弾力のある二つの誘惑を振り払える人間なんて居ないだろう。まったく、恐ろしい拘束具だ。
「お嬢ちゃん、思考がおっさんだね」
だから私の考えを読むなと言うのに。
「あ、言っておくけど、顔を見れば一目瞭然だったからね? 何て言うか、スケベ親父みたいな顔してたよ」
「マジですか」
来週には15歳になろうかという女子として、何かが終わっている気がした。
巨乳に、……おっと間違えた、メイドさんに拘束された私は、そのままお着替えタイムに突入する事になった。何やら身体強化の魔法の練り込まれた衣服を着用し、実動するところを観察するとか云々かんぬん。説明は大体、聞き流した。私が魔法のこと聞いたってしょうがないし……。
実験に必要だと言うのなら着替えるのは構わない。一人では着用し難い服だからメイドさんが手伝ってくれるという言い分も、まぁ分かる。
「それを何でストーカー野郎から指示されないといけないのかが分かりません。私はボスのモルモットですよね? もしや早々に払い下げたんですか?! ボス、シーデは転売禁止ですよ!」
ただ、喜々として説明してくるストーカー野郎は受け入れ難い。
どうして人任せにしてボスは書類に没頭しているのか。あんなに執着してたくせに、私を捨てるの早くない? 何か癪に障るんですけども! いやそれより、捨てるならその辺にポイ捨てしてくれないかな。わざわざストーカー野郎にくれてやるとか、悪意しか感じられないよ!
「転売などしていない。ひとつ共同の実験を行うだけだ。あくまでも、これひとつきりだ」
「なるほどなるほど……って納得すると思いましたか? このストーカー野郎と共有されるなんて、想定外もいいとこです!」
「私とて不本意だ」
ようやく書類から顔を上げたボスは、分かり易く不機嫌オーラを漂わせていた。
不機嫌になるぐらいなら共同実験とか容認しないでよ。あと、せめて私に断りを入れてよ。……まぁモルモットの分際で逆らおうとは思いませんがね。どのみち受け入れはしただろうけど、事前に心の準備ぐらいしたかったよ。
「だってズルいじゃないか。僕の方がずっと昔からお嬢ちゃんを狙ってたっていうのに、ボスに横入りされるなんて」
「よこはいり」
「……そう延々と訴えられた。あれでは仕事にならん。加えて、参加を認めんのなら部下共総出で一日中付きまとい邪魔をすると宣言された」
「つまり、ボスが負けた、と……?!」
確かにストーカー野郎のしつこさは私のお墨付きだけども、まさかボスが負けるほどだとは。恐るべき執念だな。そして総出って、魔法使いたち、上司相手だろうがガンガン行くな。
「実際に動くところを見るとなると、多数の目があった方が良いのも事実。……ああ、部下共には観察と記録以外はさせん。手出しはするなと言い含めてある。安心しろ」
部下共ということは、このストーカー野郎だけじゃなく他の魔法使いも参加するんですね? 安心って言葉から程遠いと思うのは私だけなのか。私とボスとでは安心って言葉の意味の捉え方が違うのかな?
噛み合わない価値観は諦めて、もうさっさと着替えよう。
そうして着替えのため別室へ移動しようとしたのに、それをボスが止め、そこからまたひと悶着。
「ここから連れ出す事は許可していない」
「まあ、まさか魔法師長様の前で着替えさせろとおっしゃるんですか? 年頃の女の子相手に? そんなご趣味がおありだったなんて……」
「そんな目をしてみせても無駄だ。私の目の届かん所でお前らが何をするか、知れたものではない」
メイドさんの軽蔑の眼差しをものともせず、ボスが冷静にそう返す。
それを受けたメイドさんは微かに舌打ちをしていたし、ストーカー野郎は『あれ、バレてら』という顔をしていたので、止めていただいて大正解のようです。
ちょっと、夫婦そろって私に何するつもりだったの。もしやメイドさんもストーカー野郎と同類なのか。似たもの夫婦なのか。いつの間にこの世は外道まみれになってしまったんだろう。
結局、折衷案として、この部屋の一角に結界を張り、その中で着替えるという事になった。外から姿は見えないけど声は通るという結界で、何かあればボスに筒抜けになるので、これならメイドさんも滅多なことは出来ないだろうとのこと。たかが着替えにどんだけ用心しなきゃいけないの……。
******
「もう、駄目じゃない、こんなサラシなんかで胸を潰しちゃあ。大きくならないわよ?」
「見る分には好きですけど、自分に欲しいとは思わないので。ちょっと動きを阻害されませんか?」
「夢の無いこと言うのねぇ。まぁ確かに、足元が見えにくいから階段は危ないし、走ったりすると痛いけれど」
「日常生活に支障が……?! こわっ。絶対育たないよう祈っとこ」
「シーデちゃん、貴女、何なのこの腰は」
「へっ? 何か変ですか?」
「細過ぎるわ! 何なのよこれ、コルセット要らないじゃないの!」
「うおお、良かった。その拷問器具付けられたらお昼ごはん全リバースするとこですよ。セーフセーフ」
「細過ぎて色気もへったくれも無いわ!」
「おっと、ダメ出しだった」
「いいこと? 細いのは良いけれど、腰や太ももは多少むっちりしていた方が色気が増すのよ?」
「それなのにコルセットでぎっちぎちに細く絞ろうという矛盾が発生していますが」
「脱がされるときに重要なのよ!」
「脱がされる予定は無いので問題ありませんね」
「えっ? 後で魔法師長様に脱がしてもらうんじゃないの?」
「えっ? ボスはそんなプレイをお望みなんですか? 寝耳に水ですよ。まぁそれもモルモットの仕事の内だと言われれば従いますが……着せ替え人形になったと思えばいける」
「待ってごめんね嘘よ、冗談よ冗談。というか、いけちゃうの? 駄目よ? 自分を安売りしちゃあ」
「いえ、既に売り払った後ですよね、この状況って」
「あら、そう言われるとぐうの音も出ないわ」
「待って、それを着るの?! 私が?!」
「あらぁ、可愛いでしょ?」
「単体で見れば可愛いかもしれませんけど、私が着たらただの罰ゲームですよ! 完全なるコスプレじゃないですか!」
「大丈夫よ。この衣装、シーデちゃんのためにダーリンが夜なべして縫ってたのよ? 似合わない訳が無いわ!」
「その根拠では大丈夫だとは思えませんね。……いや違う、これストーカー野郎の手作り?! 無駄に器用! あと普通に気持ち悪い! 旦那さんがよその女に衣類を手作りするって、奥さんとして許容出来るんですか?! それ以前に聞きたいと思ってたんですけど、あの人が私に執着してるのを許せるの?!」
「あのねシーデちゃん、わたし、今でこそメイドをしてるけど、元々は城付きの魔法使いだったのよ。だからダーリンの実験にかける情熱は誰よりも理解してるし、むしろ共感してるからこそ、こうしてわたしも参加してるの。魔力の無い被験者なんて、魔法使いにとっては垂涎ものだわ。ダーリンが粘着するのは当然よ」
「本物の似たもの夫婦だった……そして私が執着って言ったのに粘着って言い直されたよ旦那を理解し過ぎでしょ……。物分かりの良い奥さんというものを恨めしく思ったのは今日が初めてですよ」
「あら、初体験おめでとう」
「ありがとうございます」
「化粧までするんですか……」
「この化粧品も特殊なのよ。何を隠そう、わたしが作ったものなの。これは別に魔力の有る無しには関係ないから、シーデちゃん以外での実験で構わないんだけど、まぁついでだものね」
「ついでで実験一個増やされた……」
「魔法師長様にも許可は貰ってるから大丈夫よ。それにこれ、専用の魔法薬でないと落とせないの。つまりは汗にも強いという事だから、今から動き回ってもらうシーデちゃんには丁度良いかと思って」
「はぁ、まぁそういう事なら……」
******
姦しい着替えを終え、少々お疲れ気味な私。実験より着替えの方が疲れたのは何でだ。
結界を解除してもらい、いの一番に確認したボスの表情は、いつも通り無だった。いっそ笑ってくれよ……。
私の居心地の悪さを知る由もないボスは、鉄壁の無表情を保ったまま、ストーカー野郎へと視線を移す。
「……何を着せている」
「何って、身体強化の魔法を付与した服ですが?」
それが何か? とけろりと言い放つストーカー野郎は、神経が太過ぎだと思うの。私はこんなにもいたたまれない気分だというのに。
「メイド服である必要性がどこにある」
そうです。私が着ているのはメイド服なのです。それも、隣に居るメイドさんのようなヴィクトリアン風の、いわゆる仕事着らしいメイド服では無い。
黒のミニスカフレアワンピースに真っ白なニーソ、同じく白いフリッフリのエプロンと揃いのホワイトブリムという、実に仕事が出来無さそうなメイドスタイルなのだ。これで面接に行っても絶対採用してもらえないよ。
あまりにもベタなコスプレ感に、私の羞恥心が焼き切れそう。何この一人秋葉原。せめて仕事着方向のメイド服にして欲しかった。
「メイド服こそ至高の衣服! だからですが何か?」
「あれでは動き回るのに支障が出るだろう」
「ノンノン、僕の力作“戦うメイド服”は、動きを阻害しないようスカート丈にもこだわりが」
「……もういい」
ちょっとボス、諦めないで! 得意げに『ノンノン』とか言う奴に屈しないで! 自分のこめかみをぐりぐりして溜息吐いた後、何事も無かったかのような顔で机上の書類をそろえ始めないで! 私を見捨てないで!!
「お嬢ちゃん、どこもおかしな部分は無いかな?」
「あなたの頭の中がおかしいと常々思っています」
「あっはは、それはともかく、着た感じはどう?」
盛大にディスってやったのに、まるで気にせず流すストーカー野郎の神経は、もしかしたら太いんじゃなくて無いのかもしれない。これぞ暖簾に腕押し。くそっ。
「そうですね、どこもかしこもジャストフィットしていて、抜群の着心地です。だからこそ、あなたが気持ち悪くて仕方がない」
寸分違わず私のサイズを熟知しているだけでなく、普段は潰している胸部すらピッタリになるよう作られているという、この事実。サラシの下まで見透かすようなその観察眼、非常に気持ちが悪い。
「最高の褒め言葉だね! ほらお嬢ちゃん、全体を見たいから、こっちでくるっと回ってみてよ」
「え、嫌です」
「そんなこと言わずに、ほらほら」
「嫌だ。ホントに気持ち悪いから近寄らないでください」
何だろう、いつも以上にストーカー野郎を気持ち悪く感じる。
別にこの人の言動がこうなのは昔からだし、割と慣れてしまったので、今更そこまで不快感を覚える事では無いはずだ。いや、メイド趣味については今日知ったけど、そんなのはまぁ人それぞれの趣味だし、他人がとやかく言う領域じゃ無い。
そう頭の冷静な部分では理解しているのに、なぜだか普段より拒否反応が出る。
……?
何かおかしいな。何がおかしいのかは、具体的には分からないけど。
言葉にし難い違和感を覚え、何がおかしいのかを真面目に考えようとした矢先、待ちきれなくなったと思しき魔法使いたちがボスの間になだれ込んで来て、私の思考は中断を余儀なくされた。
ここでしっかりと考察しボスに報告していたら、あの悲劇は防げたかもしれないのに。
******
ぞろぞろと連れ立って、城内から練兵場へと移動中。
隣を歩くボスに手首を取られ、さっさかと歩いています。
団長や師匠と違って歩幅を合わせるなんて事もしてくれないから、私はずっと早歩き。疲れはしないけど、一歩の幅が違い過ぎてそのうち足がもつれそうな予感。ボスが若干ピリピリしているので、スピードを落としてくれとも言い難い。
ピリピリの原因は、ついさっき遭遇した城付きの魔術師のせいだ。以前、治療班として一緒に仕事をした(あの人は果たして仕事をしていたと言えるのか……)彼である。よく考えたら名前すら覚えて無いけど。覚える気も無いけど。
彼は共に居るボスや魔法使いたちには目もくれず、出会い頭に立て板に水の如き勢いで勧誘の言葉を並べ始めたのだ。他の通行人が引いていたので、城内での勧誘行動は禁止すべきだと思う。明らかに通行の邪魔になってた。
当然ボスが割って入ったものの、「魔法師長殿のモルモットという事ですが、本日限定だと聞き及んでおりますよ。であれば、僕がシーデ君を勧誘するのは自由なはずです」などと宣い、ボスの神経を逆撫でしてくれた。お陰さまで、それからずっとピリピリしているのだ。
もっとも、その前にボスの間に魔法使いたちが乱入してきた時からずっとピリついてると言えばそうなんだけど。城付き、魔法使いも魔術師もロクなのと出会わない。あとメイドも。
しょうがないので、魔術師の事はきちんと団長にチクッておこうと決めた。前に団長、俺を通せって言ってたしね。通さなかった彼が悪いんだよ、うん。
「ボス、もう少しゆっくり歩いてください。彼女がいっぱいいっぱいになってますよ」
つらつらと考えながらせかせかと足を動かしていると、背後からそんな声がかけられた。
それを受け、こちらを一瞥したボスが歩く速度を落としてくれたので、これで無様に足をもつれさせるような事は無さそうだ。
足を止めず軽く振り向くと、柔和な顔立ちのお姉さんが、少し心配そうな顔でこちらを伺っている。
この人も魔法使いの一人で、名前は、名前は…………さっきそれぞれ自己紹介してくれたけど、案の定、覚えられなかったというね。軽く十人は居たから、既に脳内でごっちゃになってるよ。まぁ今後もご縁があるようなら覚えられるでしょ。魔法使いとのご縁はこれ以上は結構ですけども。
でもこうやって気遣う言葉をかけてくれるあたり、このお姉さんはまともな人なのかな。
「大切な実験前にモルモットに傷が付いたら大変です。もっと気遣ってあげてくださいな」
「ああ、大切なのは私では無く実験の方なんですね……。魔法使いにもまともな人が居るのかという私のささやかな期待感、打ち砕かれるのが超早い」
期待が直後に破砕され、シーデさんはしょんぼりだよ。
「良識のある魔法使いって居ないのかなぁ」
ぽそりと落とした独り言が聞こえたらしく、お姉さんが私の隣まで来て、ほわほわと微笑んだ。
「やだ、良識や良心のある魔法使いは、城付きになんかならないわ。皆、医者になってるわよ」
「つまり城付きの魔法使いは、良識どころか良心まで捨て去っていると?!」
何という精鋭ぞろい!
「元々持ち合わせが無いだけよ」
嫌あああ! 城付きの魔法使い、完全に外道の集団じゃん!
知りたく無かった魔法使いの真実に衝撃を受けている間に、城外へと出ていた。
これから適当な騎士をつかまえて私と手合わせしてもらい、それをボス含む魔法使いたちが観察、記録するという事らしい。
あああ、やだな。今日イチで嫌だ。この恥ずかし衣装を騎士たちに見られるとか、物凄く嫌だ。
……?
やっぱり何かおかしいな。何でこんなに嫌だと思うんだろう。師匠に半裸を見られても適当に流した私なのに。着衣な分、この姿の方がマシなんじゃ? 半裸とコスプレのどっちがより嫌かは人によるだろうけど。
……この違和感は何だろう。自分の中の理性と感情に齟齬が生じているような、先行する感情に理性が追い付けていないような。
例えばオルリア先生たちが襲撃された晩のように、理性がぶっ飛んだあれともまた違う感じで―――。
「あいつも居るのか」
その声で、思考の糸が切れた。
ボスの視線の先を辿ると、遠目に騎士団長様の姿が。あ、お兄ちゃんたちも一緒だ。あっちにはイノシシと、うわぁ、騒ぎそうなナンパ騎士も居る……。あ、でも師匠とリリックさんは居ないな。お休みだっけ? 不幸中の幸いだ。
他の騎士? いっぱい居るけど、十把一絡げです。
「お前は騎士団長と仲が良いな」
「へ、ええ、ええと、良くしてもらってますけど」
団長へと向けていた視線を私に移し、そんな事を言い出したボスに、何だか嫌な予感がして微妙に口ごもってしまった。
「では、走って行って飛び付いてこい」
淡々と命令を下す、本日限定司令官。
嫌な予感的中! 飛び付くって、何それ?!
「ボス、それはなにゆえに」
「あいつの反応が見たい。これも実験だ。行け」
「イエスボス!」
実験と言われれば逆らう訳にはいかない。それがモルモットの宿命。
確実に実験なんかじゃなくて、団長に小さな悪戯を仕掛けたいだけだよね? ピリピリしてたのの鬱憤晴らしも兼ねてるよね? とか思っても口にはしない。だって私はモルモット。
ボスにもそんな悪戯心があったのか、なんて考えながら、スカートの裾を翻し、私は風になる。
背後で「よし、じゃあ記録開始だ!」「「「ヤー!」」」なんて声がしているけど、もう気にしないでおこう。……いや、やっぱ一個だけ気になる。何で魔法使いたちの返事があんな体育会系なの? 文系じゃないの?
団長に向かって駆ける私に気付いた周囲の騎士たちが、「メイド?」「え、メイド?」とざわつき始めたが、総スルー。ちょ、二度見とかやめて。
全力疾走するコスプレメイドに辺りがざわめき、それを訝しんだのか、団長がこちらへと振り向く。
だがもう遅い!
「パパー!」
命令されてもいない掛け声を追加(悪ノリした)しつつ、団長に正面からぴょいっと飛び付いた。
「なっ?!」
驚愕の声を上げながら、それでも私をしっかりと抱き留めてくれた団長、マジ紳士。団長の紳士っぷりに嬉しくなり、ぎゅうっと抱き付く。うへへ、マッチョゲット。
「パパ?! パパとか聞こえたし!」
「メイド?! だんちょーがメイドのパパ?!」
「まさかの隠し子発覚とか?!」
「つーかパパって違う意味とかじゃね?!」
「え、そっちのパパ?!」
「どっちにしろヤベーし! 見ちゃダメなヤツだし!」
「何、俺ら見なかった事にすべきなワケ?!」
「オレ、見ないフリとかチョー得意!」
さっきとは別の意味でざわつき始める、安定のチャラ騎士たち。和む。
「……嬢ちゃん、何してんだ?」
団長の首元に顔を埋め、がっちりと抱き付いているにも関わらず、私だと分かってくれたようだ。振り向いた瞬間に飛び付いたから、私の顔をはっきりとは視認出来ていなかっただろうに。さすが抱っこのスペシャリスト。
「えへ」
「えへじゃ無くてだな……何だかやたらとひらひらした格好してないか?」
ああ、はい、あなたのお友達とその部下のせいですよ。
……はぁ、見られたくない。見られたくないけど、離れれば当然見られる。ずっと抱き付いてる訳にもいかないし。私はコアラじゃ無いんだ。
だったら開き直って、堂々と見せつけてやろうじゃないか。
さあ皆の衆、私の散りざまをとくとその目に焼き付けよ!
「団長、おろして?」
そう手を離しおろしてもらうと、小走りで団長から離れる。
ある程度距離を置いたところでくるりと回ってみせ、「じゃーん!」とお披露目。スカートの裾をつまみ、にっこり笑顔で小首を傾げて、これで仕上げだ。
ははっ、どうだ、あざとい恰好にあざとい仕草、この痛々しいまでのあざとさの多段重ね。くどいだろ? 大事故だよ。さあ笑え。
もういっそウケ狙いを覚悟した私をよそに、その場の全員が動きを止めた。
誰一人としてピクリとも動かず、静まり返ってこちらを凝視している。団長も同じく。
大勢の騎士が居るとは思えないほどの静寂。誰も、何も言わない。
そんな皆の様子にとてつもない羞恥心が込み上げ、じりじりと自分の頬が赤く染まっていくのが分かったので、両手で顔を覆った。ダメだ、耐えられなかった。恥ずい。シーデの黒歴史が爆誕したよ。埋まりたい。
「マジか……」
しんとした中、誰かの零した呟きがやけに大きく響いた。
それを切っ掛けに私の中のいたたまれなさが爆発し、顔を覆ったまましゃがみ込む。
マジで埋まりたい。誰か、掘るもの持って来て。そして私を埋めて。せめて大地の養分となってこの世の役に立つよ。
そんな居心地の悪い空気をぶち破ってくれたのは、通常営業なイノシシの声だった。
「おい小娘、自分で見せておきながら恥じ入るというのは、一体どういう精神構造なのだ?」
そこツッコまないで!
「……違うもん。好きで着てるんじゃないもん。違うったらあああ!!」
恥ずかしさが限界を突破し、絶叫が私の喉を衝いて出た。そして、年甲斐も無くぼろぼろと涙があふれ出す。ううっ、黒歴史に新たな一ページが……。
「ああああうあああああああ!」
「じょ、嬢ちゃん、嬢ちゃん泣くな!」
「シーデ、大丈夫、似合ってるって!」
「超メイドだったし!」
「リアルにメイドだったし!」
「イノシシ! テメー何ウチの妹泣かせてくれてんだこの野郎!!」
「いや、しかしっ」
「しかしも案山子もねぇんだよ! あんなギャン泣きするシーデ、初めて見たぞ?! どうしてくれんだ!」
「ど、どうすると言われましても……」
「シーデちゃんチョー可愛かったし! 今すぐ結婚して欲しいほどっ」
「アレク! てめえまだ懲りねえのか!」
泣き叫ぶ私と、周囲で騒然とする人々。カオス過ぎる。……原因は私か。
そんな混沌と化した練兵場へ、無表情なボスとやたら楽しそうなストーカー野郎がやって来た。
遅い! 観察し過ぎでしょ!
「ボスの馬鹿あ! ボスのせいだああ! もっと早く来てよおおお!」
このカオスの原因が私なら、ボスはさながら元凶だ。
ぼろぼろと泣きながら、傍らへとやって来たボスを見上げ責め立てると、少しだけ当惑したように眉を歪ませた彼は、その手を伸ばし、すっと私を抱き上げた。
そのまま、宥めるように背中をぎこちなく撫でられる。
「ボスの馬鹿ぁ! ボスの馬鹿ぁぁぁ! 皆に引かれた! ドン引きされたじゃん! 団長に嫌われたらどうすんのぉぉ!」
だが宥められてなどやらん! と、全力で文句を言い倒す。
あそこまで引かれるとは思って無かったんだよ! ショックがでかいよ!
「嫌われる、嫌われた、絶対嫌われたあ! ボスのばかぁ! もうおうち帰る!」
自分で言いながらどんどん絶望的な気分になってきたので、逃走を決意。
背中を撫でさするボスの腕から逃れようと、体をうごうごと蠢かせる。
「暴れるな。落ちるぞ」
「いいもん落ちるもん! 私なんか落ちて頭カチ割って脳ミソ垂れ流して死ねばいいんだあああ!」
そうすれば、この黒歴史も幕を閉じるだろう。
流れる涙もそのままに、そんなやけっぱちな気分でボスの腕から脱出を試みていると、それを逃がすまいとしてか、私を抱えるボスの腕に力がこもる。
そうして、耳元で、戸惑ったような、途方に暮れたような声が聞こえた。
「……すまん。私が悪かった」
…………え……空耳?
「もっかい言ってください」
「私が悪かった。もうやらん。嫌ならその服も脱いで良い。だから泣き止め」
「……嘘だぁ。もしくは何かの作戦でしょ」
「嘘でも作戦でも無い。だからもう泣くな。……頼む、泣かないでくれ」
間近で目を合わせ、驚くほど真剣な眼差しで、まるで懇願するかのようにそう言われ、ビックリし過ぎて涙が止まった。
ボスが、謝罪……?! 天変地異の前触れ……?!
「……じゃあおろして」
うごうごするのをやめてそう頼むと、それを受けたボスは、意外なほど丁寧な動作で私を地面へと立たせてくれる。
ボス、具合でも悪いのかな……それともやっぱり天変地異起きる……?
そんな不安を抱きながらも、びしょびしょな目元をぐしぐしと擦り、すんっと鼻を啜り、そして。
「脱ぐ」
すたたたたっとボスから遠ざかり、脱衣を開始。
エプロンのリボンをしゅるりと解き、ぺいっと投げ捨てる。ワンピースは背面にボタンという、体が硬い人には鬼畜な仕様になっているが、私は余裕だ。
「おい待て小娘!」
「やめろ嬢ちゃん!」
「ちょ、それはアウトだろ!」
「マジやべーし!」
「シーデちゃんダメえええ!」
「誰がここで脱げと言った?!」
一番上のボタンを外した段階で、慌てふためいた皆が私を止めようとダッシュして来る。さあ鬼ごっこの始まりです。でも残念な事に、私の逃げ足に追い付ける者は居ないのだよ。ふはははは。
捕まえてごらんなさ~い、と軽やかに逃げ回りながら、上から順にボタンを外していく。うーん、走ってるとなかなか外しづらい。
「シーデ、やめろ!」
いつになく必死な様子のボスが、突然、前方に出現。
こんな風に声を荒げるの、初めて聞いたかも。ていうか、転移したの? 魔法使うのは反則じゃない? ずっこいな。私の鞄はボスの間に置きっぱなしだから、今は魔術使えないんだからね。
大股でこちらへ来るボスに向かって、「嫌っ! 来ないで! 触らないで!」と生娘のような事を叫びながら急停止。いや、生娘なんですけどね。
それでもこの距離では捕まるか、と思いきや、なぜかボスまで停止していた。どうしたの? 固まってるの? 電源落ちた?
良く分からないけどチャンス、とぐるっと反転し、再度走りだそうとした私の前に、今度はストーカー野郎が立ち塞がる。まったくもう、次から次へと。
「邪魔しないでください」
「お嬢ちゃん、本気で脱ぐの?」
「脱ぐ。全裸でおうち帰る」
「そんな、駄目だよ」
もたもたしてたら背後のボスが再起動するかもしれないし、他の人ももう近くまで来てる。急がなきゃ。
右か左、どっちから抜けるか、とストーカー野郎を伺っていると、彼は私の目をじっと見つめ、次の瞬間、こう言い放った。
「どうせ脱ぐなら、次はこれを着て!」
そうして高々と掲げられた深紅のメイド服を見て、私は膝から崩れ落ちた。
「もうやだあああ! このストーカーメイドマニア野郎に心が折れたあああ! 魔法使いなんか嫌いいいい! 今すぐそのこめかみに刃を突き立てて抉って脳漿ぶちまけてやりたいぐらい嫌いいいいっ!」
もうやだ。もうやだ。誰か私の短剣持って来て。そしたらすぐにこいつを始末してやる。
でもその前に泣かせて。
崩れ落ちた姿勢のまま、わあわあ泣き喚いていると、すぐ傍でさくりと土を踏む音がした。
「シーデちゃん、顔を上げて」
……メイドさん、の声?
仕事に戻ったはずなのに。わざわざ様子を見に来てくれたの?
一筋の光明を見つけた思いで顔を上げると、しゃがみ込んだメイドさんがにこりと微笑み、私の頬を撫でた。
「これだけ泣き濡れてもメイクにヨレも滲みも無いわ。完璧。ああ、やっぱりわたしの作った化粧品は素晴らしいわ!」
さすがはストーカー野郎の嫁だよこんちくしょおおおおっ!!!!!
「ああああもうやだこの夫婦やだあああ! 巨乳にぐらついた過去の自分の腹掻っ捌いて内臓を引きずり出してやりたいよおおお!!」
「モツって言うな」
「ぐらついたのか」
「気持ちは分かる、チョー分かるケド」
「でもシーデ、女の子なのにな……」
「言う事がグロテスク過ぎるぞ、さっきから」
ハートクラッシャー夫妻に完全に心を砕かれ、再度大声で泣き叫ぶ私。
周囲で何か話しているけど、理解する前に右から左に流れていく。
もう知らん! 永遠に泣き続けてやる! 枯れ果ててやるわ! 干し椎茸みたくカッサカサになった私を見て後悔するがいい!
「おいイノシシ、テメー何だその他人事みたいな感想は!」
「今引っかかるべきはそこじゃねえだろ?!」
「嬢ちゃんがこんなにも泣き叫ぶなんて未曾有の事態だってのに、何でお前は落ち着いてんだ?!」
「だから、それがおかしいのです。この小娘は、あの程度の事で泣き喚くような殊勝な性質では無いでしょう」
「……お前、嬢ちゃんを何だと思ってんだ」
「手強い相手だと思っておりますが」
きっぱりと言い切られたそのイノシシの言葉だけが、妙に私の中に響いた。
……手強い相手?
……つまりは好敵手?
って事は、裏を返せば親友って事ですね?!
「やったー! イノシシが私を親友に格上げしてくれた!」
跳ね起きた私は、ぎょっとする周囲は意に介さず、そのままイノシシへと飛び付く。
それをさっとバックステップで躱すイノシシは、きっと照れているんだろう。そうに違いない。決して、私の顔面が涙でべしょべしょだからとかいう理由では無いはずだ。そんなのは気にしたら負けだ。
「ほら、親友との熱い抱擁を!」
「寄るな小娘!」
「やだ、そんな照れないでくださいよ!」
「どう考えてもいつもの小娘とは違うでしょう! 死にそうなほどに恥じ入って、この世の終わりのように泣き叫んで、人目も憚らず脱衣しようとした上に、このテンションの上昇ぶりは異常です!」
私の抱擁を避け続けながら、何事かを団長たちへと訴えているイノシシ。
照れ隠しが大袈裟じゃないかね? でもそんなイノシシでも私は受け入れるよ! だって親友だもん!
「確かにおかしいな。―――おい、嬢ちゃんに何しやがった?」
「……午前中に薬を飲ませたりしたが、このような副作用が出るものでは無い。飲ませた後、しっかり体調も確認した」
「他に何か思い当たる節は無いのか」
「魔力を流しもしたが……後は、強いて言うなら、あの服、か? しかし、あれは身体強化がかかっているだけだと聞いているが」
「聞いてるって、誰からだ」
「そいつだ」
「いやー、どうせ逃げ回るんなら服にかけた魔法のスイッチを入れてからにして欲しかったですねぇ」
「そんな話はしてねえよ。こっちが聞きたいのは効果だ。嬢ちゃんのあの変なテンションに、服は関係してるのか?」
「服ではありませんね。頭に付いているホワイトブリム―――白いひらひらに、です。精神系の魔法をいろいろと重ね掛けしてあるんですが、どうやら感情の制御が難しくなるようですね。非常に面白い。魔力が低いと精神系の魔法への耐性が低いとは判明していますが、お嬢ちゃんはそれ以上みたいだ。いやあ、良い実験結果が得られました!」
「……何故、それを早く言わない」
「ええ? だって実験ですからね! 現在も鋭意記録中ですよ! な、皆!」
後方を振り返り、魔法使いたちとイイ笑顔で頷き合うストーカー野郎。
そんなストーカー野郎と愉快な仲間たちを即座に拘束、そのままボッコボコにする騎士たち。
そしてその状況を一切関知する事無く、イノシシへと抱擁を迫り続ける私。
親友の抱擁から逃げる振りをするだなんて、ホントに照れ屋さんだな!
「ほらほら、逃げないでくださいよ。ハグがダメならキスでも良いですよ?」
「もっと駄目だろうが!」
「ほっぺならセーフ、ほっぺならセーフ。ほら良いではないか良いではないか」
「不気味な笑顔で迫るな!」
じりじりとにじり寄る私から、じりじりと距離を取るイノシシ。
「おい! 嬢ちゃんの頭に付いてるヤツを外せ! それで元に戻る! ……多分」
「最後に不安な言葉が聞こえた気がしますが、善処します!」
団長と言葉を交わしたイノシシは、私へと向き直り、一瞬の躊躇の後、ずんずんと近寄って来た。
「諦めたんですね? それで、ハグですか? キスですか?」
「……抱擁だ」
「えへへ、じゃあどうぞ」
満面の笑みと共に広げた腕―――をスルーし、イノシシは私の頭に付いていたホワイトブリムを力尽くで毟り取った。
……ん?
…………えーっと?
「小娘、正気に返ったか?」
真顔で問いかけるイノシシに、こちらも真顔で頷きを返す。
「……この上なく。それで私は、この広げた腕をどうするべきでしょうか?」
「そのまま静かに閉じろ」
「了解です」
イノシシの言葉に従い、両腕を静かに下げた私は、そのまま地面へと両膝を付いた。
「おい小娘?! どうした?! やはりまだ駄目か?!」
焦って距離を詰めるイノシシを視線で押し留め、周囲をぐるりと見回す。
「お見苦しい醜態を晒し、まことに申し訳ございませんでした」
人生二度目の土下座は、我ながら堂に入ったものだったと思う。
何、何あの醜態。
あんな風に人前で力の限り泣き喚く事なんて、赤子時代以降は無かった。途中から完全に理性が追い付いて来れなくなってた。確実に精神がおかしくなってた。ホワイトブリムに私の精神がヤられてた。何て恐ろしいホワイトブリム。ただのひらひらな布のくせに。こええ!
「いやいや嬢ちゃん、誰も気にしてねえから、な?」
「シーデは悪くないって」
「気にすることねーってか」
「だからシーデちゃん、顔上げて! 土下座なんてやめてよ! ねっ?」
「ふん、無様に泣き散らかすより、その方が余程お前らしいわ」
誰もが優しい言葉をかけてくれる中、いつものように憎まれ口に見せかけたデレ台詞をくれるイノシシが好きだ。
「やっぱイノシシは私のこと超理解してますよね。さすが親友」
「勝手に人を親友にランクアップさせるな!」
「ランクアップさせたのはあなたじゃないですか。もう親友は決定事項ですからね」
今生初の親友獲得! おめでとうシーデ! ありがとうシーデ!
「どうして俺がお前の親友などというものにならなくてはならんのだ!」
「それは私があなたの事を親友にしたいぐらい好きだからです!」
大声で食ってかかるイノシシに、負けじと大声で愛を叫ぶプレイ。
はっはっは、もう逃がさないよ、親友。
何を言っても良い反応を返してくれる、ツンデレというより、もはやただのツッコミ係なんじゃないかと思えてきた、分かり易くて心根の善良なイノシシが私は大好きなんだよ。
正面切って友愛を告白されたイノシシは、非常に迷惑そうな顔をしている。
これこれ、こういうとこが面白くって好きなんだよ!
「俺はお前のそういう事を堂々と言ってのける所が気に食わん!」
「え? じゃあ耳元でこっそり囁きましょうか?」
「そういう意味では無い!」
「手紙にしたためるとか」
「そうでも無い!」
「うーん……あ、テレパシー? 私に出来るかな……」
「能否以前に、俺には届かんだろう、その方法は!」
「何だ、やっぱ届いて欲しいんじゃないですか。じゃあ大声で叫ぶのが最善ですよね」
「くっ……ああ言えばこう言うっ……」
ぎりぎりと歯軋りされても、ちっとも怖くありませんよ。愉快なだけですよ。
友情って良いね!
地べたに正座したまま会話をエンジョイしていると、気を取り直したらしい親友が「ところで、魔法師長殿は何故俺を睨んでくるのだ」とこっそり聞いてきた。
上体を捻って背後を確認すると、目を細めこちらを見るボスの姿が。
「別にあれ、睨んで無いと思いますよ? ボスは何かをじっくり観察するとき、ああいう目をしてますから」
捻った体を戻し、安心しろよ、的な笑みで答える。
何かって言うか、大体の場合対象は私なんだけど。
「ふむ、観察される側のお前が言うのならば間違いは無いのだろう。……観察される事に慣れ過ぎている様子に若干の不安を覚えるが」
「心配されてる……! 親友の愛が尊い……!」
「……一度グーで殴って良いか?」
「ならば私はパーで受けて立つ!」
「シーデ」
「はい?」
小気味好い仲良し親友トークに、ふいに低音ヴォイスが差し込まれた。頭上から降ってきたその声に、ひょいっと顔を上向けると、いつの間にか接近していたボスに真上から見下ろされている。
「……いい加減、背中をしまえ」
ん? 背中?
……ああ! そう言えば、ワンピースのボタン半分くらい外したままだった。肩甲骨辺りまでオープンしちゃってるわ。ボス側からは丸見えだったようだ。むしろ土下座の時にほとんどの人に見せちゃったかも。はは、失敬失敬。
「重ね重ね、お見苦しいものをお見せしました」
両腕を背中に回し、今度は下から順にボタンをはめていく。……外すのより大変だな。ボタン穴の位置がよく分からない。着たときはメイドさんがやってくれたから、難しさを理解して無かった。
そのメイドさんはというと、向こうの方で魔法使いたちと一緒に山積みにされているので、手伝ってもらえそうに無い。比喩表現じゃ無く、マジで山積み。私がイノシシと友情確認をしている間に、一体何があったんだろう。天罰かな?
のたのたとはめていき、途中尻尾の先を盛大に絡ませ、苛々しながらやり直していると、アレックスさんが「オレがやったげる!」と駆け寄って来ようとして団長にラリアットを食らい撃沈する一幕が。な、流れるようなワンシーンだったな……。そうなるだろうと思ったから男性陣には手伝いを頼めなかったのに。
結局、見かねた団長がボタンをはめてくれた。こんな事で騎士団長様の手を煩わせるとか申し訳ない。でもそろそろ手がつりそうだったから助かった。
「ありがとうございます。お手数おかけしました」
「このくらいお安い御用だ。……あー、ところで嬢ちゃん、話は変わるんだが」
「はい?」
「その、な。最初、おっちゃんに飛び付いてきたときにな」
「はい」
「その、……何か、言ってただろう?」
おうふ。出来立てほやほやの黒歴史が早々に掘り返される悲劇。思えば既にあの時点で私のテンションはおかしかった。出来ればそっとしといて欲しいのだが。
忘れたふりでいけるだろうか? と団長の様子を伺うと、何やらそわそわしていらっしゃる。
……あれこれもしや、期待されてる? 若干、嫌な予感がするけど……正直に言って大丈夫かな……?
「えっと……パパって言っちゃいま」
最後まで言わせてもらうことは叶わず、本日二度目の嫌な予感的中。
それはもう嬉しそうに笑み崩れた団長に抱き締められ、あわや窒息するところでした。私の呻き声でピンチを察したボスが救出してくれなかったら、マジでやばかった。体中が軋んだよ……。救出及び治癒魔法をかけてくれたボスを表彰したい気持ちでいっぱいだ。
「お前の力で加減せず抱き締めて、折れていないのが奇跡だ。あんなに細いのが見て分からんか?」
「すまん、その、感極まって……」
叱りつけるような口調のボスに、しゅんとする団長。いつもとは逆のパターンで面白い、と見守りながらも、あの鍛え抜かれた筋肉の前には私の地力なんて蚊みたいなもんなんだな、と遠い目になった。
私、あの筋肉を倒さないと誰ともお付き合い出来無いんだぜ……。
もう諦めた方が早くない?
次話はボス視点の予定でござる。




