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私の名前はモルモット―ジャブがキツい―

 治験、もしくは臨床試験というものがある。

 細かく言えば両者に違いはあるものの、どちらも薬剤や医療器具等の安全性、有効性などを確認するために行われる、というのがざっくりした説明になるだろう。

 試してみない事には正確な効能、性能のほどは掴めない。医学の発展のため、また様々な病を克服するためには必要な事である。新たな薬が開発されれば、それだけ救われる命もあるのだ。

 魔法のあるこの世界では、科学的な医学は発展していない。治療は魔法、もしくは魔法薬によって行われる。

 魔法薬は種類も豊富で、旅の際には欠かせないと言われる軽度の怪我の治療薬から、肌荒れを治すようなもの、果ては口内炎を治す薬まで幅広く展開されている。……チョ○ラBBかな?

 余談だが、育毛剤の類は『これだ!』と言える物が無いらしい。人類は頭髪の問題からは逃れられないようだ。私はスキンヘッドもアリ派なので、剃っちゃえよ、と思うんだけど。


 ともかく、そうした魔法薬が一般的に流通し、平民でも購入出来るというのは、ひとえに先述した治験等を経て改良を重ね、効能はそのまま価格を抑えるという事が行われているからこそなのである。

 つまり、被験者(モルモット)とは非常に尊い存在なのだ。


 ……でも私って、そんなご大層な治験に使われる訳じゃ無いよね? 単純に魔力ゼロなヤツに対しての好奇心だけでしょ? そもそも治験じゃなくて実験って言われてるし。ハイハイ、誰の役にも立たなーい。

 例え歴とした治験で人様のお役に立つとか言われても、自ら立候補なんてしないけどね。そういうのは私とは関係無いところで発展してって欲しいってのが嘘偽り無い本音ですよ。これ多分、割と多数派な意見だと思うよ。

 なんて事をぐだぐだと考えながら、私は現在、城内の魔法師長専用執務室、通称“ボスの間”の扉前に立っております。

 「名称に反してボス戦は発生しないから安心しろ!」とかお兄ちゃんたちに励まされたけど、私の状況(モルモット)が既にボス戦後の敗者の扱いっぽい気がする罠。

 団長には「おっちゃんが取り成してやろうか?」と心配されたけど、そちらは丁重にお断りした。

「いえ、ボスの助力があったからこそ、兄様―――リーベンツ伯爵は今、生きているんです。ボスはきっちりと働いてくれました。それなのに私がボスとの約束を身勝手に反故にするような、そんな恥知らずで畜生にも劣るような真似はしません」

「嬢ちゃん……最後の台詞が勇まし過ぎる。もうちょっとこう、可愛らしくだな」

「えー難しい。じゃあ……私は約束破るような悪い子じゃありません! ……とかでどうです?」

「よし、それならオッケーだ」

 心配……されてた? されてたよね? 何か途中から違う方向に行ったけど、心配してくれてたよね?


 まぁそんな風にぐだぐだ考えてるけど、もう覚悟は決まってる。

 団長にも言った通り、ボスのお陰で兄様を助けられたんだし、何より自分から持ちかけた取り引きなのだ。ここで逃げたら女が廃るってもんですよ。ぐだぐだ考えるのはやめられないけど、脳内ぐらい自由だって良いじゃないか!

 自分の思考になぜか半ギレしながら、その勢いのままに目の前の扉をノック。

 そうして私のモルモットデーがスタートした。



******



 勇ましく踏み込んだボスの間内部は、予想に反して普通だった。

 何かこう、コポコポ沸き立つ謎の液体だとか、そこかしこに散逸する見た事も無い文字の書かれた紙きれだとか、あちこちに積み上げられた本で歩くのも大変、みたいなイメージを勝手に抱いていたのに、ごく普通の部屋というか、応接間っぽい感じだ。ちょっとがっかり。

 手前にローテーブルとソファがあって、その奥にどっしり重厚な執務机と、顔を伏せ何らかの書類を捌いているらしきボスの姿。その背後は壁一面の書棚で、ぎっちりと本が詰まっている。ボスがまともに仕事してる姿、初めて見たかも。

 そのまま永遠に書類に明け暮れててくれないかな、と諦めの悪い考えが過った瞬間、顔を上げたボスと目が合った。やはり何かしらのセンサーが搭載されているのでは……。

「おはようございます」

「ああ。逃げずに来たか。そこに座れ」

 目で示されたソファに座ると、まふっとした極上の座り心地で驚いた。

「ふお、何このソファ。気持ちいい……。これどこで買えます?」

「以前倒した魔獣の革で造らせた。革自体は流通していない事もないが、非常に高価だ」

「高いのかぁ……何という魔獣ですか?」

「バイオレントカウだが」

 まふっまふっと体を揺すりながら、教えてもらった魔獣を心の“狩りたいリスト”に記す。狂暴牛(バイオレントカウ)ね。いつか絶対狩ろう。その前に生息地を調べなきゃ。しかし黒熊(ブラックベアー)もそうだったけど、ネーミングがストレートだな。



「まずは話がある」

「? はい。何でしょうか」

 カリカリと書類にペンを走らせながら、そんな風に切り出された話は、私の動悸を早めるには充分なものだった。

「半月前に起きたリーベンツ伯爵の襲撃事件だが」

「はい」

 オルリア先生たちが襲撃されたあの事件は、既に半月ほど前の事。

 事件から今日という日(モルモット)までに間が空いたのは、ボスが出張に行っていたからである。

 一刻も早く実験をしたかったボスは、面倒くさそうに出立(見送りをさせられた)し、予定していた一ヵ月の仕事を半月で終わらせ、帰って来たのが一昨日だ。一ヵ月かかると聞いていた私が全力で「はえーよ!!」と叫んだのは当然だろう。はえーよ。

 ともあれ、今更そんな半月前の事件について何の話があるというのか。

「お前が犯人を追っていた時間、襲撃のあった現場で、騎士がリーベンツ伯爵家の者に軽い聴取を行った」

「はあ、そうだったみたいですね」

「その中でおかしな部分があった。襲撃犯が魔法でお前の結界を一部破り逃走、それをお前が追った、と聞いたが」

「……その通りですよ?」

 どこがおかしいんですか? と何食わぬ顔でボスを見ると、ちらりと書類から顔を上げた彼の瞳は、楽しそうに揺らめいていた。

 ……待て、この感じ。……嘘が……バレて、る? え、どこ? おかしいのはどこだ?

「魔法というものは、使用後しばらくはその場に魔力の残滓が残る。人に使った場合はその対象にもだが。……お前の結界を破ったという魔法の痕跡はあの場に無かった」

「……魔力の追跡を阻害する魔具もありますよね?」

「ああ、あるな」

 その肯定で、悟られない程度にホッと力を抜く。焦った。そういう魔具があると聞いた事があったから、私の嘘が看過される事も無いだろうと踏んでいたのだ。見込み違いだったかと焦ったじゃないか。

 …………うん? なら、ボスはどうして……。

「だがそういった類の魔具に可能なのは、追跡を阻む、もしくはその魔力の持ち主の特定を阻む程度。―――その場の魔力の残滓を無かった事になどは出来ん」


 カタリ、とペンを置く音がやけに響いた。

 席を立ったボスが、悠然とこちらへと歩いてくる。

 そのままテーブルを挟んだ向かいのソファへ向かうかと思われた彼は、なぜか私の座るソファの後ろへと回り。

 振り向こうとした私の動きを止めるかのように、軽く尻尾(ポニーテール)を掴まれた。

「それがどういう事か分かるか?」

 頭上から降る問いかけと、ちょいちょいと弄ばれている尻尾(ポニーテール)の毛先。二重の意味で、自分の体が強張るのを感じる。

 ヤバい。魔法にも魔具にも詳しく無いから、そこまで知らなかった。これは何かもう、言い訳不可能な領域に足を踏み入れかけてないか?

 追い詰められた鼠の気持ちが、今なら分かる。ボスが私の毛先で遊んでいるのも、猫が鼠を甚振るようなアレであろう。だが待ってほしい。猫の力で小突き回されたら、鼠は命に関わるのだ。安易な気持ちで苛むのはやめていただきたい。

「あの場にお前の結界を破った魔力の痕跡が無かった、即ち、お前の結界は破られてなどいない、という事だ」

「……」

「ではお前はあの時どこに行っていた? 犯人を追うなどと嘘まで吐いて」

「……」

 俯き、無言の抵抗を試みる私の尻尾(ポニーテール)がくいっと引かれ、やんわりと上を向かされる。背後から、半ば覆い被さるような形で私を覗き込むボスの目は、先程までより更に楽しそうだ。私を追い詰め楽しむ、正に外道の所業。

 ……追い詰められきった鼠は猫を噛むべきだろうか。でも、どこに噛みついたら良いんだろう。

 泣いても無駄、罵声もスルー、脅せるようなネタも掴んで無い。体格と力で劣り、剣でも敵わず、魔法使いの(おさ)相手に正面から魔術(真っ当なもの)で挑んでも勝てる要素が皆無。

 あれこの人、マジでラスボスじゃない?


「……言えません」

 結局私に出来るのは、黙秘を貫く事ぐらいで。

 悔しさと焦燥を目力に乗せて返すと、ボスの口の端が微かに上がった。

「言えない、か。成程。つまり私の当て推量は正しかったという訳だな」

「…………は? 当て推量?」

「複数の魔法が使われた場で魔力の痕跡を正確に探るのは難しい。魔法も込みの襲撃が行われた場で、結界を破ったと思しき魔力の残滓を見つけられずとも、さして不思議では無い」

 襲撃犯の中には魔法を使う奴も居た。先生たちの乗っていた馬車も、車輪のひとつが魔法により壊されていたと聞いたし、私が暴走した時も、火の魔法を使っていた奴が居たと記憶している。

 そうやって多数の魔法が使われていたあの場所で、ひとつひとつの魔力の痕跡を探るのは難しいという事らしく、つまりこれは―――。

「まさか、引っかけだったんですか?!」

「そうだ」

 尻尾(ポニーテール)の先を指で絡め取り、こちらを見下ろすボスは、いつになく上機嫌。対する私は愕然。引っかけに思いっきり引っかかった……! これだからポンコツを卒業出来無いんだよ、私のお馬鹿さん!

「悔しい、すごい悔しい……そして破滅の足音が聞こえる……団長に絞られる……いやそれより嫌われるかも……」

 間抜けにも引っかかった上、この事が報告されれば私の嘘がバレ、最悪、あの肉塊をいずこかへと放り出した事まで芋づる式にバレる。私は今、窮地に立たされております。

 状況証拠はあっても物的証拠は無いから、捕まる事は無いと思うけど。……嫌われる可能性があるだけで。


 ……真っ当じゃない魔術なら、きっとボスにも勝てる。“手”で存在消去、“羽”で記憶消去、街の外に誘い出してからの“強制転移”で行方不明、より取り見取り。

 でも、憎い相手でも無いのにそこまでするのは……でもでも、迷ってたら身の破滅かも……。

「何が破滅なのか知らんが、私はこの事を他言する気は特に無い」

「いや絶対嘘でしょ」

 反射的にツッコんでしまったが、ボスは特に気にする風でも無く淡々と続ける。

「言って私に何の利がある?」

「城付きの魔法使いなんですから、報告はしますよね?」

「既にあの場で『魔力が入り乱れ特定は不可』だと報告を上げている。わざわざ訂正する程の事でもあるまい」

「いやいやいや、訂正する程の事でしょう?!」

「あの事件は犯人の大半が捕縛、もしくは死亡。取り逃がしたとされる数名からの再襲撃も可能性が低く、既に警戒も解かれた。そして今、取り逃がした犯人などは居ないとも判明した。つまりは終わった事だ。掘り返して何になる」

「いいの?! それでいいの?! 城付きって国に仕えてるんですよね?! そんな姿勢で良いんですか?!」

「魔法使いとはこういうものだ。加えて、お前が国に害をなすとも思わん」

 前半部分には不安しか感じないし、後半部分は……え、これ信用されてんの?

「いや……いやでも、だったら何で私にそれを?」

「この推量が合っているのか知りたかっただけだ。私ですら完全に破壊するしか無いお前の結界を、部分的に破った者が居るとは認められん」

「プライドの問題ですか?!」

「誇りと言え」

 そうか。ボスにとってはプライドに障る事だったのか。私は都合に応じてプライドなんてポイ捨てしちゃうから、そういうのは分かんなかったわ。そしてやけにボスが饒舌だと思ってたけど、魔法に関する事だったからか。つくづく、魔法馬鹿なんだなぁ。


 安堵のあまり、ずるずるとソファに沈みかけた私だったが、尻尾(ポニーテール)は未だボスの手の中にあり、残念ながら沈み込めなかった。くそ、全身でこのまふっと感を味わおうと思ったのに。いい加減、離してくれないかな。

「はぁ……良かった。てっきり報告されて全バレするか、もしくはこれを盾に後遺症の残りそうな実験を強行されるのかと思った」

「……その手があったな」

「あ、待って嘘、今の無し! 冗談です! 今のは無かった事にしましょう!」

 口から本音がポロリし、盛大に墓穴を掘る女、それが私。

 ポロリは稀に起こるからポロリなのであって、頻繁にポロリしてたらそれはもう丸出しって事だよ。私の口の滑りをどうにかしなきゃ……。

「ふむ、それについては追々考えよう」

「借りが出来てしまった!」

 借りを返すためにモルモットしに来て、更なる借りを作ったという間抜けな構図。今夜は涙で枕を濡らせそうな予感がするぜ。

「とりあえず、今日のお前のモルモットぶり如何による、とだけ言っておくか」

 あー、はいはいなるほど。シーデさんの従順なモルモットっぷりに期待が高まっちゃってるのね? 良いでしょう、お手本のようなモルモットになってやろうじゃないか! ……モルモットのお手本って何だ。


「さて。では実験を開始する」


 とりあえず、その獲物を捕らえたハンターのような笑みよりは、普段の無表情の方がなんぼかマシだと思います。



******



 この応接間のような部屋でどういう実験をするのかと思えば、続き部屋にちゃんと実験室があった。魔法師長専用執務室に付随する、魔法師長専用実験室。もうその言葉の響きだけで帰りたくなってくる。

「危険な物も多い。安易に周囲の物に触れるな」

「それにしては無造作に置かれてますけど」

「ここには誰も入れん。どう置こうが私の勝手だ。被験者を伴う実験の場合も、普段はここではなく二部屋隣の実験室を使っている」

 ここ以外にも実験室があるという、嫌な情報ゲットだぜ。

「しかしそちらには部下共も居るからな。邪魔をされてはかなわん。万全を期してこちらにした。ここへの入室を許可したのはお前が初めてだ。喜べ」

 おお、全然嬉しく無いですわ。

 あえて喜ぶとするならば、こちらの実験室はさっきの部屋よりは魔法使いっぽい感じがする点か。でもおどろおどろしさよりは、理科室のような雰囲気だけど。

 コポコポと沸き立つビーカーの中の液体、棚にズラリと並ぶ色とりどりの試験管、瓶詰めにされている何かの羽やら目玉。謎の機材もいろいろあって、無造作に置かれてはいるけど、でも散らかっている感じでは無い。意外と几帳面?

 乾燥した薬草類もたくさん―――あ、あれって。


「あー、これ“毒草くん三号”だ。いっぱいありますね。ご自分で採ってこられてるんですか?」

「いや、冒険者ギルドから定期的に買い取っている」

「そうですか。お得意様だったんですね」

「……お得意様?」

「これ、ほとんど私がギルドに売ったやつだと思います。この辺りには無い毒草なんで、他の人は持ち込まないみたいで」

 この街から一番近い森にこれは生えていない。私がたまに転移で行く謎の山(班長さんたちと出会った山)にはそれなりに生えているので、行くたびに引っこ抜いて持ち帰り売り払っているのだ。なかなか良い値で売れる。

「見習いであろうとも騎士団に所属する以上、冒険者ギルドの依頼は受注出来んはずだが」

 依頼の受注だけでなく、冒険者ギルド(もしくは商業ギルド)に所属するという事も騎士団員は出来無い。騎士団員だけでなく、城付きの人間は皆そうらしい。

 でもこれには抜け道がある。

「はい、勿論依頼なんて受けた事ありませんよ。でもギルドで売り払うのは個人の自由なので、偶然採取した毒草を売り払っているだけです。街から出る前に顔を出したギルドで、受け付けさんの『誰かこの毒草を採ってきてくれないかな~』という独り言が私の耳に飛び込んできていたとしても、何ら関係はありません」

「茶番だな」

「何事にも建前って必要ですからね。それに発見者としては愛着もあるし」

 これは私が今生において三番目に発見した新種の毒草なのだ。相変わらず薬草も毒草も見分けがつかず、一律“草”と認識している私だけど、自分で発見したものぐらいは見分けられるようになった。進歩進歩。

 尚、人生において薬草を納品出来た事は、まだ一度も無い。驚異の毒草率百パーセントである。呪われてるのかな?

「“毒草くん”の名が付けられたものは四号まであるが、もしや全て発見者は」

「私ですね」

「……ネーミングセンスが死んでいるな」

「反論は出来ません」

 新種の発見者は名付けの権利が発生するが、考えるのが面倒だったため、分かり易く全て“毒草くん”で統一。発見した順に一号、二号……となっている。

 つまり私が発見した新種の毒草は既に四種類もあるという事だ。これは呪いじゃ無くて、毒草の祝福を受けているのかもしれない。……嬉しく無いな。いや、そこそこ儲かってるから喜ぶべきなのか。



 毒草に関する話はそこで打ち切られ、用意された木の椅子に腰かける。向かい合う位置に座ったボスとは膝が触れそうな距離だ。ちけーよ。

 促されるまま差し出した片手をボスに取られ、握り込まれる。

 まずは魔力の測定からという事だけど、どうせまたそのまま黙って実験に移るんだろうな、という予想に違わず、しばらくすると手の平がちりちりと痛み始めた。痛いというか、熱い。じわじわと焼けてる感じ。

 初めて会った時もこんな感じだったなぁ。いや、あの時の方が熱かったかな。もうかなり前―――4年? 5年? それぐらい前の事だから、はっきりと熱さを比べられはしないけれど。

 あの時は離せって言っても離してもらえなくて、ボスに回し蹴りを食らわせた後、捨て台詞吐いて逃げ出したんだっけ。同じ場に居て止めなかったストーカー野郎には本を投げ付けてやったんだよな。


 ―――なんて回想に浸っているのは、手の平の熱さから気を逸らすためだ。

 熱いよう。熱いんだよう。でも我慢しなきゃ。だって、今日の私はモルモット。実験者であるボスに唯々諾々と従うのが私の役目。あんまりヤバければ申し出るけど、この程度は耐えなきゃ実験にならないだろう。

 ウェルダンは論外だけど、ミディアムぐらいまでなら我慢……出来るかな。無理かな。レアぐらいで勘弁してくれないかな。とりあえず、耐えられるとこまでは耐え忍ぶべし。

 そうして微動だにせず、為されるがままじりじりした熱に耐えていたが、突然、ぱっと手を離された。

「っ、終わり、ですか?」

「……この馬鹿者が」

 頑張って耐えたのに詰られた。理不尽だ。

 珍しく眉間に深い皺を刻んだボスが、再度私の手を取ると、爛れていた部分が見る間に治っていく。どうやら治癒魔法をかけてくれた模様。

「ありがとうございます」

「何故、耐えた」

「はい? だってモルモットですから。これが今日の私の仕事ですよね?」

 実験者(ボス)の期待に応えるため、多少の無体は耐えねばならない。それがモルモットの宿命。そんなこと理解した上で私はここに居る。ここまできて駄々をこねるような真似はしないし、むしろ完璧なモルモットを目指してやる心構えだ。

 オルリア先生の精神、何より兄様の命を救えたんだから、たった一日のモルモットという痛みぐらい耐えてみせるさ!

「痛ければ言え」

 いやいや、耐えてみせるってばよ。私の気勢を削ぐようなこと言わないでくれないかな。

「でも前は、怪我なんて治せば良いって言ってたじゃないですか」

 私、初対面時の無礼を忘れてないよ? 『治せば問題無い』って言ってたのはボスだよね?

「…………いいから言え。分かったな」

「はぁ。了解です」

 どういう心境の変化なんだろう。そしてなぜちょっと不機嫌っぽいのか。外道の思考は分かんないわー。


 その後も手を握られ何かをされる(多分昔言ってたみたいに、私の中に魔力を固定しようとしたとか、そんなやつだろう)たびに、痛みや熱さ、痺れ、時に痒さなどに襲われ。

 言えとは言われたけど、あんまりすぐにギブアップしてたら実験にならないよな、とある程度は平気なふりをして、それに気付いたボスに叱られ治され、というのを繰り返した結果、ボスの私の顔色を読むレベルが上がった。

 ちらっとでも痛いと思うと、すぐさま手を離される。ちょ、そんな変なレベルアップしなくて良いから。実験を続けなさいよ。進まないじゃない。……やだ、何で私の方が積極的なの。

 釈然としない私をよそに、どうやら別の実験に移る事にしたらしく、ボスが棚に並ぶ試験管を持って来た。

 透明で華奢な試験管の中には、赤、青、黄、緑などなど、様々な色の液体がそれぞれに入っている。カラフルだけど澄んでいて、どれもこれも向こう側がはっきり見える程度の透明度だ。綺麗。

「これらの魔法薬を飲んでもらう。色合いに抵抗はあるだろうが、どれも副作用のある薬では無い」

「はい。どれからいきましょうか?」

「……抵抗は、無いのか」

「特には」

 はっはっは、着色料に慣れた元日本人を見くびらないでいただきたい。

 これがもしコッテリどろどろとした異臭を放つ物体だったら超絶嫌だっただろうけど、試験管に入った無臭でさらっとしたカラフルな液体は、私にはどれもこれもカキ氷のシロップにしか見えない。イチゴ、ブルーハワイ、レモン、メロン、その他諸々。ひとつ濃い茶色のような黒のようなものがあるけど、あいつはコーラだと思おう。うん、イケるイケる。

 大体、私の作り出す物体X以上に体にヤバそうな物など無い。


 一本飲むごとに脈を測られたり瞳孔を確認されたり、大きく開けた口内を見られたり。ちょっとした質問をされたり、指示されるがまま軽く体を動かしてみたりで、何だか実験というよりは問診とか診察を受けている気分。ちなみに、薬の効果は一切教えてもらっていない。聞かない方が躊躇せず飲めるし。

 緑色の液体がミントっぽかった以外は、どれもほとんど味も無く。順調に飲み干していき、残るはコーラっぽい色の一本のみ。

「これは魔力回復薬だが、魔力の無いお前にどう作用するのか未知数だ。まずはほんの少し、舐める程度にしろ」

「げっ」

「……どうした」

「魔力回復薬って、『飲むか潔く死ぬかで迷うところだ』とか言われてるやつですよね」

「そうだな。味の酷さは保証する」

 そんな保証は要らないよ。最後の最後に嫌なのがきたなぁ。でもま、飲むしかないか。薬なんかに負けるシーデさんじゃ無いしね!

 舐める程度、と言われたので、小指の先を試験管内の液体にちょんと付け、その指をちらりと舐める。

 …………うん?

「味、しませんよ?」

「何? 劣化か? いやしかし、保存には気を配っているが」

 訝し気に呟き、私の持つ試験管に指先を付けたボスが、それをひと舐めし。

「……私を騙して楽しいか?」

 いつも以上の無表情で非難された。心外だよ。

「騙してませんよ。味しませんでしたって」

「私には通常通り、クソ不味かったが」

 ボス、クソ不味いとか言うのね。意外。

 もう一度、今度は先程より多めに付着するよう試験管に指を浸し、ぺろりと舐めるものの、やっぱり何の味もしない。

 ええい面倒だ、一気しちゃれ。

「おい、未知数だと言っただろう」

「あ、忘れてた」

 くいっと一息で飲み干した私に、ボスの険しい声が刺さったが、時すでに遅し。もう飲んじゃったよ。味が気になって注意された事なんて忘れちゃってたや。うっかり。

 今まで以上に入念に問診が行われ、少し時間を置いてみたものの、私の体調に変化などは無く。多分大丈夫だと思われるが、万が一翌日にでも体調に異変を感じたらすぐに来るようにと約束させられた。

 おかしいな、モルモットになる前よりも大事に扱われてる気が……せっかくモルモットになったのにあっさり壊れちゃ勿体無いとか、そういう心理だろうか。


「それで、やっぱり無味無臭でしたが」

「お前は味覚障害でも患っているのか」

「えええ……そんな事は無いと思いますけど……朝ごはん美味しかったし……。あ、それにさっきの緑色の液体、あれはミントっぽくてスーッとしましたよ。爽やかな味でした」

「ふむ、味が分からん訳でも無いのか。ならば何故、クソ不味いこれだけは平気で……ああ、ゲテモノ好きか?」

「その言われようは何か嫌です!」

 パン屋さんにその評価が付いたらダメだ! お客様が逃げてっちゃうわ!

「いや……もしや、魔力が無いからか? あの酷い味は、飲む側の魔力に反応した結果だと、そういう可能性が? ……となると、どれほど改良を重ねたところで味は不変だという絶望的な見通しが……」

 憤慨する私などお構いなしに、ぶつぶつと独り言つ魔法師長。

 真剣に考え込むその様は、まさに仕事の出来る男といった風情だ。顔が良いから、腕を組み思案に暮れているだけで絵になる。性格を知らなきゃコロリといってしまうお嬢さんも多いだろう。性格を知った瞬間、短距離走選手もかくやという猛ダッシュで逃げ出されそうだけど。

「人が味を感じるのは主に口内と喉でしたっけ。という事は、口内の時点で魔力と反応してるんですかね?」

 ボスについてのどうでも良い考察は切り上げ、適当に思い付いた事を口にする。確か口内や喉付近に味を感じる器官があったような記憶が、こう薄っすらと。

「成程。口内で、か。……ならば、私が一度口に含み魔力と反応させたものを、お前が飲むとどうなるのか」

「……さすがに私、人がリバースしたものを飲むのは抵抗があります」

「……さすがにやれとは言わん」

 良かった。お前はモルモットだろう、で押し切られたらどうしようかと思った。リバースじゃなく口移しという手段もあるけど……うん、言わぬが花だな。

 でも、一回口から出されるとアウトだけど、世間的に口移しは割とドキドキイベント扱いなのは何でだろう。どっちも実態は同じなのに。後者はチューとどっこいどっこいみたいなものだから、そこで感情的にセーフって事になるんだろうか。人間の心理って複雑。

 まぁどっちにしろ、私には団長からチュー禁止令が下されてるし、口移しでもアウトだね。バレたら前以上にぶち切れられること請け合いだ。そんな無謀なチャレンジは絶対しないよ。


「魔力って、部分的に遮断する事は可能なんですか? 可能なら、口と喉に魔力が無い状態にして飲んだら味は感じずに済むんでしょうか?」

「……やってみる価値はある」

 言うが早いか、即座に棚から薬を持って来た。ついでに水も用意しているあたり、本気でクソ不味いんだろう。そこまで拒否られる味、逆に興味が湧くな。私に味を感じられないのが残念だ。

 ……今度ボスに物体Xを食べさせて、どっちがより不味いか聞いてみようか。どうやって騙せば食べてくれるかな。普通に『差し入れです』って渡せば引っかかってくれるかな。尚、食べさせた後に発生するであろう仕返し(リスク)については考えない事にする。リスクを恐れていては何も出来無いと、内なる私(イタズラ心)が囁くのよ。

 不穏な事を考えながら見守っていると、ボスはコーラ色の液体を喉に流し込み、そのまま数秒間静止。

 上手くいったのかな? と私が首を傾げた拍子に、試験管とは逆の手に持っていた水を一気していたので、どうやら失敗のようだ。そんなに不味いものだというのに無表情を貫けるのはいっそ感心するなぁ。

「ダメでしたか」

「飲み下すまで味はしなかった。が、遮断した魔力を戻した途端、不愉快な事になった」

「あー、口内に残ってた分ですかね。魔力を戻す前に水で口をゆすぐなりしたらどうです?」

「それならば上手くいきそうだな。やってみよう」

 というかこの人、自分で試してみるのも厭わないんだな。ある意味立派なのか。

「……ふむ、多少の後味の悪さは残るが、概ね成功のようだ」

「おお、良かったですね。これで今後は不味いの我慢しなくて良くなるんじゃないですか」

「実戦ではこのように悠長な事は出来んが、平素ならば可能だな。何より、医者にとって朗報だろう」

「お医者さんたちが潔く死のうかなんて考えなくてすみますね」

「値段から考えるに、どのみち多用は無理だろうがな」

 あ、そっか。お高いって言ってたもんね。




 区切りが良いので、少し早いけど先に昼食にしようという運びになり、ボスに連れられ城内の食堂でお昼ごはん。

 やはりまだ早い時間のせいで人の姿はまばらで、余計な注目を浴びずに済んでラクだった半面、団長にも会えなくてがっかりした。いっつもここで食べてるって聞いてたから期待してたのに。

 恙なく食事を終え、ボスの間にリターン。

 戻る途中に文官らしき男性に手渡された書類を片付ける事にしたらしく、それが終わるまでは食休みを兼ねて好きに休憩していろと言われたので、お言葉に甘える事に。

 好きに、と言われたら、今私がしたいことはこれしかない。

 靴をそろえて脱ぎ、まふっとソファにダイブ。全身でまふまふを堪能。まっふまふですわ。いいなー、これいいなー。いつか絶対ゲットしてやるぞ。バイオレントカウとやら、毛並み……じゃなくて革並みを整えて待ってろよ。あ、でも熊の時みたいに狩り尽くさないよう気を付けよう。

 ボスがさくさくと書類仕事を熟す中、一人ごろごろとしている私。

 モルモット、楽勝じゃないですか? 思ったほどハードモードじゃ無かったわ。これなら無事にモルモットデーを終えられそうだなぁ。



 当然、そんな甘い訳が無かった。





本編に関係の無いクリスマス小話を本日(2017/12/30)の活動報告に置いておきました。

……ええ、クリスマス過ぎてますけども……大晦日一日前ですけども……。

間に合わなかった悲しみと共にご賞味ください。



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