後始末
|д・) ソォーッ……
|・д・)ノ 遅くなりました……
|彡サッ!
翌日、普段とは違い大きめの肩掛け鞄に荷物を詰め、練兵場に到着。
兄様やオルリア先生たちと合同で聴取、かと思いきや、私単体だった。兄様たちは早い時間に聴取済みとの事。リリックさんも既に終わっているらしい。
個別に話を聞いて、矛盾点が無いかどうかとか、そういうのもあるのかな? どうなんだろ?
だが私たちは既に口裏合わせ済みなので、矛盾点など出ようはずも無い。へっへっへ、私の小賢しさが火を噴いたぜ。良かった、昨日打ち合わせといて。
小さな部屋で、団長、副団長から聴取を受ける。
騎士団のツートップ直々ってどういうVIP待遇だ。日頃の行いか。でもツートップだけど、私に甘いツートップでもあるから、意味無いんじゃないの?
……と思ってたけど、やっぱりさすがは団長と副団長。こういう真剣な部分の仕事は別腹でした。きっっっちり聴き取られましたとも。そして私は私で、ばっちり嘘交じりの報告をさせていただいた。成し遂げた。
聴取と同時にもたらされた情報によると、昨夜捕らえた襲撃犯七名の内、四名は元より死亡、三名は不思議なことに一切の記憶を失っていたそうだ。ほんと、フシギダナー。
「そういう魔法ってあるんですか?」と空っとぼけるシーデさんの名演技が光っていたよ。観客が二名なのが勿体無いぐらいだったね。
それにより、襲撃がその七名プラス逃げた三名(と申告してある)の意思によるものなのか、はたまたそれらが実行犯で裏に誰か居るのかどうかが分からず、リーベンツ伯爵邸にはしばらく交代で騎士が警護に付く事になったそうだ。
ああ、無駄足踏ませちゃってる、と少しだけバツが悪くなったけど……で、でも、先生たちの心の平和のためには良い事のはずだし! 騎士が警護してたら、安寧が得られるだろうし! 無駄なんかじゃ無いよね! ……ねっ!
私が襲撃を察知した点、というか下準備諸々についてはシュラウトスさんやトムさんから(伏せるべき点は伏せたまま)語られていたらしく。
「そういう心配事を抱えていたんなら、せめておっちゃんに相談して欲しかった」
その時ばかりは、聴取をする騎士団長という体ではなく、素で寂しそうだった。
ごめんね団長。あなたの娘分は、隠し事はするし嘘だって吐いちゃう、清廉潔白とは程遠い生き物なの。大好きな人にも言えない事ってのはあるんだ。ま、誰だってそうだと思うけど。だから、あんまり寂寥感を漂わせないでほしいな。何だか心が痛むから。
最後に、と前置いた団長から超真剣な顔で問われたのは、私がボスを結界に閉じ込め分断した事についてだった。どうやらそれが一番引っかかっていたらしい。
そうだよね。ピンチの場面で人手を減らすって、普通おかしいよね。
でもそれについても勿論、あらかじめ考えておいた言い訳を披露。
「あれ以上ボスに借りを作りたくなかったからです。私に提供出来るのはモルモット一日が限度。それ以上は無理だと判断し、借りを作らないよう、ボスに何もさせないように閉じ込めました。勝手に働かれて、それ以上の支払いを求められたら困るでしょう?」
この嘘は半分以上本音と言っても過言じゃないから、まったく胸は痛まないね。
そして、物凄く納得はされたものの、団長は頭を抱えていた。
「あいつの日頃の行いのせいか……」という呻きに、団長の気苦労を垣間見た気がしたよ。団長、がんば!
******
そんな風に私の中では概ね予定通りな聴取を終え、さて行くか、と練兵場から出ると、とても見覚えのある馬車と執事が待ち構えており、流れるような動きでそれに乗せられ連行された。いやぁ、無駄の無い動きだった。
そうして辿り着いたオルリア先生宅、門の外や庭など、所々に騎士の姿が見える。ばっちり警護してくれているご様子。……すまん、無駄骨なんだけど……今度パンを差し入れるから許してくれ、と心の中で手を合わせる。
通されたエントランスには、使用人さんが勢揃いしていた。何これ、またしてもVIP待遇なんだけど。
しかし、VIP待遇なのも考えてみれば当たり前。私は自分がしたい事をしただけだけど、兄様たちにしてみれば命の恩人になっちゃってる訳で、使用人さんたちにもそれは当然伝わっていて。
整然と並ぶ使用人さんたちにシュラウトスさんが合流し、最前列で深々と頭を下げた。
「この度は旦那様方をお救い下さいまして、誠にありがとうございました。リーベンツ伯爵家全使用人より、心からの感謝とお礼を申し上げます」
「「「誠にありがとうございました」」」
完璧にそろったお礼と、角度まで同じお辞儀。
息がぴったりだねぇ、なんて考えたのは、何かそわそわすると言うかむずむずすると言うか……面映ゆくて落ち着かないからだよぉ! 褒められるのは好きだけど、こういうマジなお礼は照れる!何か私が超良い人みたいで身の置き所が無い!
違うんだ、私は自己中の塊みたいな人間なんだ。やりたい事をやりたいようにやってるだけだし、それがたまたま兄様の救命に繋がっただけだし、つまり何を言いたいかというと、私に『助けたい』と思わせた兄様と先生の手柄じゃね? あれこれ間違ってる?
「旦那様方を助けてくれてありがとう!」
「シーデちゃんが居なければ、旦那様は亡くなっていたかもしれないと聞いてぞっとしたよ」
「感謝してもしきれない」
「本当にありがとうございました!」
「シーデさんには怪我などは無いんですか?」
「本当に感謝しています。旦那様方は私達にとって大切なご主人様ですから」
「ぜひうちの息子の嫁に」
「いやいやうちの孫の嫁に!」
「君は旦那様とオルリアお嬢様の、いいや、リーベンツ伯爵家の恩人だ」
「ありがとう、ほんとにありがとうっ!」
「もてなそう」
「もてなそう」
「おもてなしを」
「もてなそう!」
気恥ずかしさに悶えていると、わらわらと取り囲まれ、口々にお礼の言葉……途中で変なの混ざった気もするけど、とにかくお礼を言われ、最終的に『もてなそう』で意見が一致していた。
純朴な村人が余所者を歓迎するみたいなノリで、一気に恥ずかしさがどっか行ったわ。ふう、お帰り平常心。でももてなさなくて良いよ。このお出迎えで充分もてなされた気分を味わったから。
あと、私を取り囲んでる半数以上が号泣してんの、ちょっと怖い。泣きながら『おもてなしを』とか言われても、先に涙を拭いて? ってなるよ。
泣き濡れる人々に埋没し腰が引けていると、シュラウトスさんが救助してくれ、先に私を兄様たちの所に連れて行くから、その間におもてなしの準備を、という事でまとめてくれた。
……いや待て、おもてなしがさりげなく確定してた。完璧執事の手腕になすすべもなく流されている気がする。
そして私は、流されるがまま、客間へと連れて行かれた。
「シーデ、君は命の恩人だ! この恩は一生忘れない! 本当にありがとう!」
「貴女が来てくれなければ兄上は……うぅっ……シーデ、ありがとう。こんな言葉じゃ足らないわ……でもありが……うっうぅ……」
客間のソファに身を委ね、若干ぐったりと待機していると、結構な激しさで開かれた扉から兄様とオルリア先生が飛び込んで来て、そのままダイブする勢いで抱き着かれた。
兄様はハイテンション&半泣き、先生は号泣。二人にぎゅうぎゅうと抱き締められながら、降り注ぐ涙で私の頭部が濡れてゆく。屋内で突然の降雨ですなぁ。
「っそ、そろそろ苦しいです……」
しばらく堪えたけど、徐々に圧迫に耐えられなくなり、くぐもった声が漏れる。
私の両サイドに座ってソファに押し付けるように抱擁してくるもんだから、結構キツかった。全てを押し返す筋肉の鎧は、私には無い。
「っああ、すまない。もうどう礼を言ったら良いのか分からないぐらい、感謝の気持ちがあふれて止まらないんだ」
「うぅっ、ごめ、なさ、シー……っく、ぅうっ」
「っふ、泣き過ぎですよ先生。そんなに泣いたら美人が台無し……いや泣き顔も綺麗ですね。先生ミラクル。でも笑ってる顔の方が好きなので、泣き止んでください。あんまり泣くと、目、溶けちゃいますよ」
その号泣ぶりに少し笑いながら言うと、兄様が呆れたように「息をするように褒めるなぁ……」と呟きながら、目元をハンカチで押さえていた。
兄様もハンカチ常備してるんだ。……女子力で負けてる? いやいや、私は熊を狩れるからね。余裕で勝ってる。大丈夫。
ちなみに姉様は、臨月に入る少し前から出産に向け里帰り中。いや良かったよ。臨月の妊婦に旦那と義妹が襲撃に合ったなんて衝撃情報、聞かせらんないもん。兄様も、出産が済んで落ち着いてからぼかして伝えるって言ってたし、そこはお任せしとこう。
「こんな風にうちに連れて来させてしまってすまない。本来ならこちらから出向くのが礼儀だと分かってはいたんだが……」
「いやいや、分かってますから。この状況では無理ですよ。気にしないでください」
家の周囲を騎士が警護しなきゃいけない状況なんだし、気軽に外出なんて出来無いでしょうよ。第一、襲撃にあった翌日に外出るのって怖いだろうし。
……そう考えると、騎士団に聴取に行くのも怖かったんじゃないのかな。
そう聞いたところ、聴取は騎士団では無くここで行われたとの事で一安心。さすが民の味方だね。騎士団、素敵。外道な魔法使いとは雲泥の差。
「シュラウトスやトムからも話を聞いた。前からいろいろと考えて備えてくれていたんだって? 本当に、君には頭が上がらない」
運ばれて来た紅茶を飲み、少し落ち着いた兄様が改めて頭を下げる。しかし相変わらず二人とも私の両サイドに鎮座したままだ。向かいの席に移動する気は無いらしい。この距離の近さは心の距離を表してるんだろうか。
「いえ、備えてたんですけどね。思わぬトラブルに見舞われて、結局あんなギリギリになっちゃいました。本当ならもっと早くに駆け付けられるよう、準備してたんですけど……」
これは私の反省点だ。あんなに準備に時間をかけたのに、たったひとつ崩れただけで全てが瓦解するところだった。最悪の結末は免れたけど、到底完璧とは言えない。私の到着が遅れたせいで馬車にかけた結界も壊され、あんな事になってしまったのだ。
兄様の中で、もう少しで死ぬところだったという恐怖は消えないものとなって残ってしまっただろうし、それらを間近で見てしまった先生も、病むところまではいかなくても精神的に不安定になっているようだ。文句無しの結果、とはいかなかった。
しかも、ボスやリリックさんが居なければこのギリギリの結果ですら導き出せなかっただろうという、この無力感。私に出来る事なんて限られてると突き付けられたようで、一晩経った今、正直落ち込んでる。
「いいえシーデ、充分過ぎる程よ。それは確かに、兄上が儚くなってしまわれるのかと恐ろしくて堪らなかったけれど、そんなわたくし達を貴女は救ってくれたの。心から感謝しているわ。……駄目ね。こんな言葉では言い表せない。どうしたら良いのかしら。シーデ、わたくしに出来る事があったら何でも言ってちょうだい」
先生が私の手を握りしめ、潤んだ瞳で見つめてくる。
危ない、私が男だったら襲っちゃうところだ。美女は破壊力が高い。……でも、お陰でちょっと落ち込みは緩和されたかな。
「先生に出来る事、ありますよ」
「本当? わたくしは何をしたら良いのかしら? 何でも言って」
「笑っててください」
「……え?」
「先生に笑っててほしくて頑張ったので」
それだけ言ってにっこりすると、先生の顔が涙を堪えるように歪んだ。そしてまたぎゅうぎゅうと抱き締められる。うむ、先生単体なら苦しくないや。先生、非力だね。
「シーデ、感謝は勿論しているんだが、頼むからうちの妹を口説かないでくれるか? あんな風に助けられてそんな風に口説かれたら、恋愛経験の少ないオルリアはコロッといってしまうぞ」
その言葉に先生が私をぱっと離し、兄様に食ってかかる。
「兄上! わたくしの恋愛経験だなんて余計なことを言わないでください!」
「はぁあ、昨晩は昔みたいに『お兄様』って呼んでくれたのになぁ。どうして兄上に戻ってしまったのか……」
「あれはっ! あれは、その、動転していたのですもの!」
ヤレヤレと首を振る兄と、頬を赤くして噛み付く妹。
仲良いなぁ、と微笑ましく眺めていると、「シーデ、生温かい目で見ないでちょうだい!」と流れ弾を食らった。
「ふふ、今こうしていられるのが嬉しくって。私は自分の好きな人たちが幸せでいてくれるのが幸せなんです。だから先生だけじゃ無くて、兄様も姉様も、生まれてくるお子さんも、皆して笑って幸せでいてくださいね」
「……君はどこかに旅立つ予定でも?」
「いや、無いですから。自分でも何か、今生の別れみたいな台詞、とは思いましたけど」
そしてちょっと偽善者っぽい上にクサい台詞でもあった。今更ながら照れが襲ってきて、顔が熱い。
ま、まぁこれで、先生もゲーム上の道筋から大幅に逸れたはずだし。大団円に一歩近づいたって事で良しとしようかな! うん! 顔、熱いな!
******
私のクサい台詞でまた泣き出してしまった先生を兄様がメイドさんたちに任せ、自室へと下がらせた。先生は最後までお礼を言い通しで、やっぱりちょっとむず痒い。照れる。
尚、さり気なく確認したところ、あの現場で先生は死にかけの兄様しか目に入っておらず、私が戦っている姿を見ていなかった。良かった。あの全員殺っちゃうマンな状態を見られてなくてマジで良かった。
客間内に残ったのは兄様とシュラウトスさんのみ。兄様が向かいのソファに移動したので、あれ、心の距離が開いた? と思ったけど、どうやら真面目な話が始まるようで。
「現場で聴取を受けた時にな、襲撃に関して心当たりはあるかと聞かれたんだ。考えたんだが、商売をしていたら当然商売敵なんてのはザラだし、綺麗事だけで済まない事も過去にはあった。ましてや俺の奥さんは可愛いし、そういった方面で知らない内に恨みを買っている事もあるかもしれない」
「最後のはただのノロケですよね」
「だが、俺が今一番思い浮かぶ心当たりというのは、君も警戒してくれていたヒール殿の件だ。以前話した通り、彼はオルリアを寄こせと世迷言をほざいていたし、俺はその返答を引き延ばしていた。そして近々、完全に断る予定でいた」
「確か、別の鉱山の持ち主との交渉がほぼ完了してるんでしたっけ」
あの肉塊との交渉についての報告は、前に約束した通り定期的にもらっていた。時間はかかったけれど、何とか目処が付きそうだと教えてもらった矢先のこの襲撃。きっとあっちもその情報を掴んでいて、今回の強硬手段に及んだんだろう。下衆野郎の考えることはどこまでも下衆だ。
「そうだ。だから襲撃を受けた際、もしやヒール殿が、という考えが過った。そしてそれを騎士にも伝えた。証拠がある訳でも無く、言ってみれば邪推に過ぎない。だが騎士団は迅速に動いてくれたようで、今朝方ヒール殿へ面会の申し入れをしたそうなんだ」
ほうほう、それは知らなかったや。やっぱり昨日の内に片を付けておいて正解だったね。
なんて自分の先見の明に満足していると、「しかし」という声が続く。
「昨夜からヒール殿の姿が見当たらないそうだ。いい年をした男が一晩帰らない、というのならさして問題にもならないが、誰にも知られず、いつの間にか自宅内から姿を消したらしい。家人の誰一人として、ヒール殿が家を出た事に気が付かなかった、と。そもそも彼は護衛を付けず外へと出るような事は無いらしく、家人が探しているそうだが、要として行方知れずのまま、という事だ」
そこまで言った兄様が一度区切ると、深く息を吸い居住まいを正した。
そして、どこか緊張を孕んだ目でこちらを見据え、口を開く。
「シーデ、正直に答えて欲しい。―――それについて、知っている事はあるか?」
あれ? シュラウトスさんから聞いてないのかな? 私も詳細はまだ語ってないから、話しようが無かったのか。もしくは、兄様にも内緒だと解釈されたかな?
「はい。私がやりました」
兄様には全てを話した上で手伝ってもらうつもりだったので、隠すこと無く頷きを返す。
「……そうか。…………そうか」
あっさり答えた私に対し、片手で口元を覆い、何かを堪えるように俯く兄様。
私が『肉塊燃やす』発言をした時にあれだけ止められたのは、きっと本来無関係な私を巻き込みたくなかったからだろう。それなのに結局私が始末をつけてしまったから、罪悪感を感じてるのか、自己嫌悪にでも陥っているのか。
……などという考察はさておき、シュラウトスさんが淹れなおしてくれた紅茶を飲み、共に置かれた焼き菓子をもしゃもしゃする私。
甘味愛にあふれたシュラウトスさんが居るからか、この家で出されるお菓子は美味しいんだよね。伯爵様宅だから値段からして違うのかもしれないけど。
そうして堪能していると、ようやく兄様が顔を上げた。
「それで、君が何をしたのか教え―――随分寛いでいるな?!」
「んぐ?」
「『んぐ』じゃ無くて! もっとこう、緊張感を持とうか?!」
「ん―――っふぅ、すみません。頬張り過ぎて変な声出ました。これ美味しいですね。どこのお店のですか?」
「緊張感! カムバック緊張感! 何かこう、俺から悲壮感とか漂ってなかったか?! 滲み出る三十路男の哀切を感じなかったか?!」
「兄様の悲壮感は私とは無関係ですし」
「 当 事 者 !」
愕然とした顔で叫ぶ兄様と、ずずっと紅茶を啜り、口内の甘さをリフレッシュする私。対比すると酷いな。
「シリアスさんは昨日で売り切れちゃいまして。再入荷にはお時間がかかりますので、しばらく私のノリはこんな感じですよ」
「自由過ぎる……」
てへ、と笑うと、兄様は脱力したようにソファに背を預け沈み込んだ。このソファ、座り心地抜群だもんね。スプリングが効いてるし。
そうなんだよ、こういうのにちゃんとバネが使われてんだよ。なのに何で馬車はあんななのか。馬車もバネで乗り心地良く出来るんじゃないっけ? 構造とかまるで知らないから、提案したり助言したりとか無理だけど。誰か頭の良い人、考えてくれないかな。
「……ノリに関しては諦めるから、君がヒール殿をどうしたのか、聞かせてもらえないか? ノリは諦めるから」
なぜ二度言ったし。
「と言っても、大したことはしてませんよ。あの肉塊宅にこっそり侵入して、強制ランダム転移の刑に処しただけですから。どこに行ったのかは分かりません」
「待て、分からないのは俺の方だ! 頼むから詳しく説明を!」
更にテヘペロ、と舌を出し肩を竦めたら、凄い形相でローテーブルに両手を付き身を乗り出し迫られた。いやん。
昨晩、リリックさんの先導で肉塊宅へ到着後、リリックさんが鍵を開けてくれて肉塊宅へ不法侵入、リリックさんに導かれるまま家人と遭遇しないルートで肉塊の自室へ到達した私は―――ちょっと待って、私が完全にお荷物。
ってか、リリックさんのお役立ち度がファンタスティック。彼が居れば見取り図とか要らなかった。せっかくいつでも侵入出来るよう頭に叩き込んどいたのに。
とにかく、そうして忍び込んだ肉塊の自室で、都合良く一人だった肉塊に見つかる前に意識を刈り取り。
斬り刻んでやりたい衝動を何とかやり過ごし、手持ちの“ランダム転移”の陣を使用。この世界のどこかに放り出してやったという訳だ。これぞ不法投棄。
「以上です」
「分からない事が増えた……どこから手を付けて良いのかも分からない……」
「あ、リリックさんというのは昨日一緒に現場に駆け付けた騎士です」
「いや、それは知っている。今日の聴取に同行して来たので正式に紹介してもらい、感謝を伝えた。……しかし、君と共に逃走犯を追ったと聞かされていたんだが、まさかそんな事をしているとは。そして、彼がそういう人物だとは思いもよらなかった」
「ハハハ……。彼の口から騎士団に真実が漏れる事は無いので、その点は安心してください。そして彼についてはこれ以上ツッコまないでください」
伝えなくて良い情報は言わないに限る。下僕だとかそういう余計な部分は黙っておけば良いのだ。更なるツッコミが舞い込むに決まってんだから。
「それでだな、“ランダム転移”というのは一体何だ?」
「発動させると、対象を身ひとつで強制転移させる陣です。身に着けているものは全てその場に残りますので、マジで身ひとつです。……あ、そうだ、あいつヅラでしたよ。転移させた後、取り残された衣服の上にふぁさっと落下したあのカツラ! 危うく不法侵入中に爆笑するとこでしたよ」
「シーデ、多分それは重要じゃ無い」
「ああ、行き先は不明ですので。だから“ランダム転移”って言うんですよ」
「付け足された部分の方が確実に重要だなあ! 頼むから出す情報を取捨選択してくれないものか……!」
私的にはあのヅラがぽとっと落ちたシーンは超重要だったんだけども。しばらく思い出し笑い出来るよ。
駄々っ子のように足をジタバタさせた兄様が、「シュラウトス、代わってくれ。もう何を聞けば良いのか分からなくなってきた」と有能な執事に丸投げた。
それを受け、聞き役に徹していたシュラウトスさんが口を開く。
「行き先が不明、というのは具体的にはどういう事でございますか?」
「そのまんまの意味です。どこに行ったのかは私にも分かりません。誰にも追跡出来無いでしょうね」
「ですが、街の中なのでしょう? いくらこの街が広いとは言え、容易に自宅へと戻れるのでは?」
「街の中じゃ無いですよ。お外です」
「……街に張られている結界を抜ける方法を見出したと、そういう事でございますか? さすがにそれは、秘匿するにせよ危う過ぎる……」
珍しく険しい顔で考え込んでしまった完璧執事。昨日に引き続きレアな表情が見れた。
「いえ、違います。あの結界を抜けるのは今のところ無理ですから、安心してください。そうじゃなくて、昨日のあのタイミングだけ街の結界が調整されてて、転移での出入りが可能だったんですよ」
正確には、街中での小競り合いを収めるためにボスが出動したときからだけど。
……だからホントは、腕輪のお知らせ機能が働いたとき、シュラウトスさんは街の外から転移して来る事が可能だったんだよね。無理だと知っているから試しもしなかったんだろうな。私だって普段なら無理だと分かってるからやらないもん。あんまりな事実だから、極力ふんわりと伝えよう。
「ちょっと街中でごたごたがあって、城付きの魔法使いが結界を調整してたんですよ。私はそのタイミングを偶然知ったので、活用してみました」
「それならよろしいのですが。……という事は、本当にどこへ転移したのかはシーデ様にも把握出来かねるという事でございますね?」
「そういう事ですね」
「それで昨日『不法投棄』と仰っていたのですね。納得いたしました」
よしよし、伝えたい部分だけ伝わった。
満足したので、またひとつクッキーを口に放り込みもしゃもしゃ。
洋菓子も好きだけど、和菓子が恋しいなぁ。落雁に口中の水分持ってかれるの、結構好きだったんだけど。さすがに私、和菓子の作り方は知らないしな。前世で教え込まれたのは洋菓子だけだから。……私が作ったらどのみち物体Xになるんだけどさ。
「あれだけ『燃やす』と言っていたから、もっと苛烈な手段を選んだかと思っていた。踏み止まってくれて良かったよ」
私の口内が片付いたタイミングを見計らって、兄様が安堵したように柔らかく笑う。
「たまたま結界の調整があったからですよ。じゃなきゃ街の外にポイ捨てする方法が無くて、証拠が残らないよう片付けるしか無かったですね」
勿論たまたまなんかじゃなく、あの襲撃犯たちが陽動作戦とやらをしてくれたお陰だけどね。そう考えると奴らのした事は私にとっては僥倖だったと言えるな。
それにね?
「この方法は踏み止まったというより、逆に踏み込んだ方向ですよ?」
「……どういう事かな?」
「あっさり一撃で死ぬより辛いだろうと思いますけど」
「……街の外に放り出しただけ、なんだよな?」
「どことも知らない場所に独りぼっちですよ? おまけに全裸で無一文。大きな街には結界が張られているから転移の出現場所にはなり得ませんし、かなりの確率で大自然の中にポッツーンですよ。運良く人と出会えたとしても、全裸ですよ? そんな不審人物、良くて捕縛、下手すりゃ石投げて追われますって」
前世の地球は、確か表面積の70%前後が海だった。残りの陸地部分も、人が住めるのは90%に満たない……んじゃなかったかなーと記憶している。
つまり人が居住していたのは、地球の表面積上の30%未満でしかないという事だ。あれだけの科学力があってその値なのだから、この世界ではその数値はもっと下がるだろう。海がどのぐらいを占めているのかにもよるけど。
即ち、どこに飛ばされるか分からない転移で人里付近に飛ばされる確率はかなり低いって事になる。せいぜい絶望しておくんなまし。
「ま、人に出会える可能性より、溺死の見込みが一番高いですけど。それ以外だと、野生動物のお食事になったり、彷徨った挙句餓死する確率が高いでしょうね。あっは、ナイス生き地獄! 大自然のパワーに期待が高まる!」
苦しんだ末、大自然に淘汰されるとイイネ!
「想像以上にえげつない方法だった……何て事だ……」
「あっさり死なせるより万倍素敵な方法でございますね。さすがはシーデ様」
「シュラウトスさんの薫陶の賜物ですよ」
「いえいえ、天性の賜物かと存じますが」
うふふあははと笑みを交わす私たちに対し、兄様が不味いものを飲み込んだみたいな顔を向けてくるのは何でだろうか。
「……君にそんな事をさせる前に、俺が動かなくてはいけなかった。全て俺の見込みの甘さが原因だ。……本当にすまない!」
「え? 私は自分で出来てラッキーでしたけど?」
「軽いな?!」
「んー、だって兄様だと対症療法しかしなさそうというか、相手ごと根絶とかって出来無いでしょう? 何か、お貴族様にしては陰湿で凶悪な手段が苦手そうというか」
そもそもが、鉱山を盾に妹を寄こせなどと言ってくる輩に対し、正面から相対しようというのが生温い。向こうが先に卑怯な手を使ってきたんだから、遠慮する必要なんて無いと思う。
やられた分をお返ししたところで、そういう輩は恨みを拗らせるだけで懲りはしない。一発に対し同等の一発を返すだけじゃ、いつまで経っても終わらないイタチごっこになってしまう。だからこそ、臭いものは根元から絶つべきなのだ。
ま、兄様の気持ちを慮って自重しちゃった私も生温いんだけどさ。
「君の中の貴族観、酷いな?! 陰湿で凶悪な貴族が身近に居るのか?!」
って、引っかかるのはそっちなんですか、兄様。
「あくまでもイメージですよ。表面上はにこやかでも、水面下では足の引っ張り合いとか、むしろ毒殺暗殺が日常茶飯事みたいな? そんなイメージです」
「重ねて言うが、酷いな?! そんな殺伐とした日常、俺は知らないぞ?!」
「北の方の国では珍しくもございませんね」
「そうなのか?!」
お貴族様というか、権力者は得てしてそうしたものだろうという勝手な思い込みだったけど、シュラウトスさんから肯定が。でもその言い方からするに、この国ではそういう血みどろの権力抗争的なものは少なそう。……王族からして呑気っぽいもんね、この国。平和が一番だ。
「この国でも無くはないのですよ。目に余るものは秘密裏に処理されておりますので、大衆の耳目に触れる事はございませんが」
あの、意味深な微笑みで微妙な情報を漏洩しないでくれませんかね。『秘密裏』関係、あんまり知りたく無いんですよ、私。
「それにしても兄様は考え方が健全というか、割と正面突破思考ですよね。『綺麗事だけで済まない事も過去にはあった』ってさっき言ってましたけど、本当に世間の荒波を渡っていけてます?」
兄様だけでなく、オルリア先生もそんな感じだ。先生の使う魔術の真っ直ぐさは心根の真っ直ぐさでもあるんだろう。捻くれた私は捻くれた術を教わったり編み出したりしてってるからね。まるで自慢にはならないけども。
「まさかそんな心配を、自分の半分にも満たない子にされる日が来るとは……」
シュラウトスさんの微妙なお話を逸らそうと口にした言葉だったけど、想定外に呆然とされてしまった。あちゃ、生意気な発言だったかな。失敗。
「すみません、余計なお世話でしたね。でも、魔法も剣も身近にあって、熊や魔獣や追い剥ぎみたいな悪漢が跋扈するような危険な世の中ですから、もうちょっと備えが必要なんじゃないかと思っちゃいまして」
「いや、余計な世話だなんて思わない。君の言う通りだ。危機管理が不足していたと、今回の件で実感したよ。……しかし、今のは絶対途中からおかしかったぞ。君は普段何をしているんだ?」
「え? 熊や魔獣を狩ったり、追い剥ぎを追い剥いだりしてるだけです。こないだ絡んできたごろつきは素敵な臨時収入になりましたよ」
「臨時収入って何だ?! いやいやその前に、熊も魔獣も追い剥ぎも日常生活では出会わないだろう!」
「熊とは結構エンカウントしますよ? これまでに両手ではきかない数を美味しくいただいてきましたし」
「君はどこの猟師だ!」
今日は兄様のツッコミが冴えてるなぁ。イノシシ並みのキレの良さだ。でも素人にそのツッコミは負担が大きいんじゃないのかな。喉、大丈夫?
あ、そうだ。
「飴ちゃん食べます?」
「唐突な話題の転換に付いて行けないんだが」
「ツッコミが激しいので、喉に負担がかかってるんじゃないかと思って」
「君の気遣いはどうにもずれているよな……折角だから貰うが……」
何かを諦めたような顔で受け取った飴を口に放り込んだ兄様が、「お、美味いな、これ」と目を瞬かせた。ふふん、ボスがくれる飴にハズレは無いのさ。……ああ、連鎖反応でモルモットの件を思い出してしまった。いかん、その時が来るまでは記憶の底に沈め直しておこう。今から考えてても仕方ない。
そして甘味愛あふるる執事がこちらに目で圧力をかけてくる件。そんな見つめなくてもまだあるってば。
「はぁ……しかし、君みたいな女の子が熊を狩れてしまうと考えると、魔術の恐ろしさが分かるな。いや勿論、今回はそのお陰で助かったと重々承知しているが」
三人そろって口内の飴をコロコロするという和やかな空気が流れたところで、兄様が疲れたようにぼやいた。
「そうですねぇ、やっぱり熊みたいな大物は私の短剣では難しいんですよね。一回トライしましたけど、倒し切るまでに毛皮ズッタズタで。当然、売価もズッタズタですよ。買い叩かれて私のハートもズッタズタでした。もう二度とやらない」
「まさかのノー魔術だった! 恐ろしいのは魔術じゃなくて君自身か!」
「叫ぶと血圧上がりますよ」
「叫ばせているのは君なんだよなあ! 昔から変わった子だとは思っていたが、ここまでだとは思わなかった……」
「常識というのは人の数だけあるものなのです」
「その、良いこと言った、というようなドヤ顔では誤魔化されないからな?」
「私の顔なんて見ても面白くないものは置いておきましょう。それよりも私、兄様にお願いがあるんですけど」
いい加減、話が逸れまくって明後日どころか明々後日の方向に行っている気がしたので、強引に自分の要件を切り出す事に。
べっ、別に変わった子って言われたのを誤魔化すためじゃ無いんだからねっ! 大体、素手で狩っちゃうじーちゃんズに比べれば私なんてごく普通だよ。平々凡々だよ。
「ん、何だ? 命の恩人に報いる為なら、俺は何でもするぞ」
「っしゃ、言質取った。ではこちらをどうぞ」
「キレの良いガッツポーズだな……」
ごそごそと鞄の中から一束の書類を取り出し、向かいの兄様に差し出す。
シュラウトスさんに連行されてこの家まで来たけど、元々は騎士団での聴取で会えるだろうと思ってて、そこで渡すために持って来たんだよね。でもよく考えたら騎士団で出来る話じゃないから、結果的に都合が良かったのかもしれない。
「これは?」
「あの肉塊宅の金庫から回収した、悪事諸々に連なる書類です」
「…………うん? ……金庫?」
「ええ。同行した騎士がいつの間にか金庫破りを習得してて……」
リリックさんの隠密度がマキシマム。もう私に彼を止める術は無い。そこまで求めて無いって言ったのに……助かったけどさ……。
ちなみに、当初の予定では金庫ごと転移で持ち帰るつもりだった。その後は母さんのパワーに期待。無理だったら兄様に金庫を丸投げする気まんまんだった。
「それで、その書類を兄様に託しますから、肉塊の家を潰しちゃってください」
「?!」
「そのまま騎士団に渡すとかはダメですよ。出所探られたら私が困りますし。でもその書類を上手く使えば、肉塊の家だけでなく、繋がりのある貴族の方も片付けられると思うんですよね」
って、リリックさんがその書類見て言ってたよ。
……いや、うん、私、そういう書類とかよく分かんないし。だから兄様に丸投げしちゃおうという、この潔さ。何かしら役割を与えた方が罪悪感も薄れるだろうし、ってのは後付けの理由だ。ふはは。
「あの肉塊が生き延びる可能性はゼロでは無いんです。もしかしたら誰かが通りがかるという奇跡が起きないとは言えません。世の中は広いですから、全裸で一文無しで根性の腐れた輩を助けるような物好きが居ないとも限りませんし。そして王都へ戻って来る可能性も無きにしも非ずです。ので、戻る場所を無くしましょう」
「容赦無いな……」
「肉塊の家族、及び使用人や護衛に関しても調査済みですが、容赦してやりたいと思える人が居なかったので。ですから、綺麗さっぱり全て無くしてください。私がやるとなると一人一人ぷちっと潰していくしかないんですよね。物理的に」
「是非、俺にやらせてくれ」
親指と人差し指でぷちっと摘む動作をしてみせると、兄様が素敵な笑顔で請け負ってくれた。
「旦那様、私にお任せを」
……と思いきや、横合いから執事が書類一式をかっさらった。シュラウトスさん、やる気ですな。
「待てシュラウトス。どうするつもりだ?」
「シーデ様の仰る通り、綺麗さっぱり潰してみせましょう」
「具体的には」
「こうでございます」
涼しい顔で親指と人差し指をぷちっとしてみせる執事が素敵で、思わず拍手。兄様は引きつった顔してたけど。
「……という戯言はさて置きまして。前職の伝手がございますので、この程度でしたらひと月もあれば片が付きます。どうぞご安心してお任せ下さい」
「伝手ですか……」
それはもしや、上に“王”が付いて下に“弟”が付くやつじゃないんですかね。しがらみの多そうな伝手だ。突っ込んで聞くのはやめとこ。
「しかし、戻って来る可能性がほんの僅かにでもあるとお考えなのですか?」
「さっきも言いましたけど、ゼロでは無いんですよ。私としては頑張って戻って来て欲しいんですけど、多分難しいだろうなとは思ってます」
大自然の前では人間なんて無力だからねぇ。剣でも持ってればまた違うんだろうけど、完全なる丸腰だし。てか、丸裸だし。
「……戻って来て欲しいのか? それはまたどうして」
「絶望の淵からアイルビーバック成功、と思いきや自分の家どころか繋がりのある家も潰れてて絶望再び。そして門番さんは騎士団員なので、そこ繋がりで戻って来た事が私に筒抜け、からの、もう一度ランダム転移の刑で絶望の底に叩き込む。この絶望のミルフィーユ仕立てを召し上がれという気持ちが抑えきれず」
「聞きたく無かった……シーデの頭の中が酷い……」
いやいや、私はただただ仕返しに燃えるタイプなだけだから。私の心が真っ黒だとか、きっと気のせいだよ。ホラ、満足するまでが仕返しですって言うし。
さて、兄様へのお願い事も済んだし、これでお暇しようかな、と腰を上げた私は、シュラウトスさんに待ったをかけられた。
ん? もう用事無いよ?
きょとんとすれば、「それではこれよりおもてなしの時間となります」と微笑まれ。
「え、あれ本気だったんですか?」
「本気も何も、うちの料理人が朝早くから張り切って準備していたからな。他の使用人も総出で広間を整えてくれていたし。そういう訳で、シーデを主賓に昼食会といこうじゃないか。使用人たちも全員参加の立食パーティーだ」
「どう考えても私が来る前からおもてなしが決定していた件」
完全に私をここへ連行するのが前提条件なんだけど……私に用事とかあったらどうするつもりだったんだろう。
そして、さっきの使用人さんたちや先生のノリを思うと、号泣食事会になりそうな予感がですね。味わう余裕があるかどうか甚だ疑問だよ。
「えーと、そこまでしていただかなくても……」
「ちなみにオルリアには着飾るよう指令を下してある。女性の使用人も、それぞれにめかし込んでの参加だ」
「何という酒池肉林。喜んで参加させていただきます」
「……誘導しておいて何だが、君は変な方向にちょろいな」
美女の艶姿を見たくない人間なんてこの世には居ない。そう言い切る。
昨晩も夜会帰りだったから先生はドレス姿だったのに、あんな現場で呑気に観賞する事なんて出来無くて、かなり悔しかった。今日は目に焼き付けよう。
しかし、兄様たちも昨日の今日でよくそんな気になるな。
……気を紛らわせたいというか、気持ちを切り替えたいとか、そういう事なのかもしれない。“助かった”という部分を前面に押し出し、そうして昨夜の酷い部分の印象を薄くしようという事なのかも。
だったら私は、先生の美女っぷりを褒めて褒めて褒め千切っては投げ千切っては投げ、嫌な事なんて吹っ飛ばして差し上げなければ。泣く暇なんて与えない程に褒めまくろう。
使命感に燃えた私は、立食形式で美味しい食事を楽しむ傍ら、あまり派手ではないスッキリとした意匠のドレスを纏った美女中の美女である先生を褒め倒した。プラス、女性使用人さんたちもこれでもかというほど褒めまくった。
……もてなされる側なのに、若干、日頃の接客と似たような事をしている気がする。……うん、天職って事だな!
最終的に、「それ以上うちの妹を口説くのなら責任を取ってもらう事になるがよろしいか」と真顔の兄様に問われるまで、私の口は止まらなかった。
あはは……すまん。ちょっとやり過ぎた。




