長い一日の午後―周りが誰も彼も濃い―
ルナ王子との楽しい“肉体言語での語り合い”(剣がある場合は違うと主張されたので、最初の数戦は互いに素手での勝負をした。もちろん全勝)を堪能し、それ以上は特に何事もなく昼を迎えた。
確かに騎士たちはバタついてるけど、これなら私、休んでも良かったんじゃないのかな。休んで腕輪を作り直した方が良かった気がする。
一応修復の術をかけて形だけは元通りにしてはめてるけど、これじゃあまともに機能しないだろうし。内側の“お知らせ機能”は、陣に欠けも無いからいけるっぽいけど。
そんな風に他人事気分でいられたのも昼食を終えるまでだった。
食堂から出ると、一旦警邏から戻ったサイラス師匠のお呼びがかかり、今からやる事の説明を受ける。
どうやら朝から謎の小競り合いが頻発し、騎士の負傷が増えているという事で、私にも治療班に加わって欲しいという事だった。
……謎の小競り合いって何なんだ。それに、そんな簡単に騎士が怪我する? あと、私に任される仕事が明らかに騎士向けじゃ無い不思議。
などという疑問はあれど、仕事を与えられたのなら、私はそれに粛々と従うのみ。お給料を貰っている以上、それは当然なのである。
治癒の陣をどのくらい持っているのかという質問には、少なめに十枚以上と答えておいた。本当は二十枚以上あるけど、大事を取って十枚ぐらいは手元に残しておきたいし。
「……普段からそんなに持ち歩いているのか? 君は何に備えて……いや、良い。この場合は助かる。悪いが、それを使って治療班に加わってくれないか? もしかしたらそれでも足りなくなるかもしれないが……」
「そうなったら随時描きますよ」
本当はコピペの術で一気に量産出来るけど、それは知られたらマズいし。他にも治療に当たる人が居るんなら、そこまで切羽詰まった事態にはならないだろうから、量産するのを見られるような愚行は犯さないよ。保身が一番だよ。
再度警邏に戻る師匠を見送り、臨時の治療場として解放された練兵場の一画へと移動。治療場と言っても、医者は全員魔法使いなこの世界。ただ長机と椅子が置かれているだけだ。必要なのは魔力と治癒魔法が使える人間のみ。ラクだなー。
その場にいた数人の医者(城付きの方々)に挨拶をし、サイラス師匠に加わるよう言われたと説明。魔術で治しますと言ったら歓迎された。何で?
王子は特に役に立たない(てか、王子にさせられる事なんて無いか)ので城に戻ったが、代わりに側近さんが私へと紙を持って来てくれた。どれぐらい必要なのか分からないけど、手持ちの陣じゃ足らないかもしれないと言われたし、助かる。
というか、せっかく差し入れてもらったんだから、自前の陣は温存して貰った紙に描きまくろう。間に合わない時は自前のを使うって事で良いよね。
魔法についてほぼ無知な私だけど、魔力が尽きると使えないって事ぐらいは知ってる。加えてお医者さんたちが、魔力の回復にはそれなりに時間がかかると教えてくれた。回復薬もあるけど、それがどうやら高価な上に激マズらしい。
「あれを飲むか潔く死ぬかで迷うところだ」
そんなに?!
だから私がこの場に居るのは、いわば回復薬の代わり。それで歓迎されたのか。
彼らが魔法で治癒をし、合間に私が治癒の陣を使う事で、その間、彼らの魔力が温存出来たり、じわりと回復したりする。亀の歩みの如き回復スピードだそうだ。……魔法って、意外と微妙。
もちろん私だけじゃなく、城付きの魔術師も一人居た。……一人しか居なかった。
魔術師は絶対数が少ないので、城付きも三人しか居ないらしい。その内の一人は城内に残っていないと何かあったらマズいので待機。一人はここに居る。……もう一人は?
「魔術師長様は……本日は体調不良で急遽お休みを取られました」
「ああ、疲労か精神からくる体調不良ですか? それだと治せませんからね」
そう言うお医者さんの言葉に、魔術師さんの視線がふらりと虚空をさまよう。
「いえ……何分、お年を召していらっしゃるので……」
あ、老衰ですか……。そりゃあ治せませんわ。
そんな会話をBGMに、せっせと治癒の陣を量産する。
描いて、描いて、描いて描いて描いて描いて描いて描いて「シーデ君、といったかな? 物凄く描く手が早いね。それに、凄く複雑な陣だ」描いて描いて描いて描いて描いて描いて「ストップ。止まって、シーデ君止まって。憑りつかれてるみたいで怖……じゃなくて、君が治療する番だから」描い……おっと、出番か。
陣描くマシーンと化していた私の手を引きつった顔で抑えた魔術師さんに「えへ」と笑い、近くに来た負傷した騎士には描きたての治癒の陣を使用。
騎士は、「おー、ばっちり治った。さんきゅ」と私の頭をひと撫でして去って行った。お仕事頑張ってください。
「……シーデ君」
「何でしょうか?」
「今の騎士、結構な深手を負っていたけど」
「そうですねぇ。肉が抉れてましたね。あの傷は剣じゃ無くて魔法かな?」
「……一発で治ったよね?」
「治すための陣ですからね」
「君の陣、どんだけなの?! あの深手を一発って! ぜひとも研究させてくれないか!」
え? ……あっ! しまった! 団長に魔術師もボスみたいなのばっかだって聞いたんだった! つまりは研究好き! すげぇ食いつかれた……やだ面倒な予感しかしない。
頭を抱えたい心地になったが、予想に反して魔術師さんは私では無く、私の描いた陣を食い入るように見つめている。
あ、そっか。別にこの人は私に興味を持った訳じゃ無く、私の描いた陣に興味を持っただけだ。なら別に警戒しなくても、陣をあげちゃえば良いんだ。
机上に置かれた陣を一枚手に取り、魔術師さんに差し出す。
「よろしければ差し上げます。お好きに研究してください」
この陣には別に知られて困るような部分は無い。この人はさっき深手が一発で治ったと興奮してたけど、これは私が描ける中での最高の治癒の陣じゃ無いのよね。本気出した私の描く陣はこんなもんじゃないよ。治癒の効果を上げるよう、突き詰めて改良しまくったからさ。
私は生きる事に貪欲なのだ。代わりに、怪我には頓着しないけど。怪我をしても治せば良いじゃないってヤツだ。だからこそ、治癒の陣はどんどん改良していった。今では生きてさえいれば大体の怪我は治せるレベルを誇る。マジで誇っちゃうよ。
本気を出せばそういう陣を描けるけど、今は何より枚数を描く事を優先させるべきだろうと、それよりは簡単なものを描いている。
仮に酷い怪我を負った人が来ても、お医者さんが居るから大丈夫なはず。もしダメでも、持ち歩いてる自前の陣を使えば治せるだろうから問題無し。ちゃんとその辺は考えてるよ。
だから別に、この陣を魔術師さんに見られようが研究されようが構わない。秘匿するつもりも無いしね。
国を滅ぼすような術は広められないけど、治療に使うものなら知られても何ら困らないし。ズブの素人が描けるような易しい陣じゃ無いから、知ったところで魔術を修めてる人以外には描けないだろうし、悪人に流用される心配も無いだろう。
陣を一枚与えておいたら、隣の魔術師さんはしばらくは大人しかった。研究馬鹿には研究対象を与えると大人しくなるんだな。ボスやストーカー野郎への対策にも使え……無いね。研究対象って私じゃん。危ない、ただの積極的な生贄になるとこだった。
それに残念な事に、魔術師さんが大人しかったのは本当に束の間だった。途中から陣では無く、描き手である私に興味が移行してしまったらしく、再度陣を描きまくっていた私をジロジロジロジロ……超見られた。だから、穴開くってば。
「マジやられたー。治療ヨロー」
「ん? ああ、その程度なら放っておいても治るでしょう」
治療を求めてやって来た一人のチャラ騎士をチラ見した魔術師さんは、そんな事より私が描いているところを見る方が重要だと言わんばかりの態度でスルー。
いや待て、スルーはダメだろ! 確かにただの打ち身っぽいけど、治すのが私たちの役目だっての!
「治療が優先です!」
「馬鹿な、研究より優先されるべき事なんてこの世には無い」
出たよ、研究馬鹿の超理論! 『馬鹿な』って、馬鹿なのはあなただよ!
「こっち来てください。私が治します」
「お、おお。ありがとうシーデ。お願いします」
ほら、チャラ騎士すらドン引きしてるじゃないか。ドン引きした結果、言葉遣いが普通になっちゃってるよ。キャラが死んじゃってるじゃん。可哀想に。
「“治癒”28」
同じ陣を複数枚持ち歩く私は、一枚ずつ名前を変えるのも面倒なので術名にプラスして番号を振っている。治癒の陣は1~25番まで持ち歩いているので、今描いたものはそれ以降の番号を付けた。実用重視と割り切っているけど、正直、とても格好悪い。
「おー、ラクんなった。助かったわー」
「……いや、ちょっと待ってください。治り切ってないです」
「は? でも痛み、マシになったし?」
「マシなだけで痛むんでしょう? もう一枚いっときましょう」
魔法で怪我や病気を治す場合は、治り切るまで魔力を注ぐらしいけど、魔術にはそんなのは無い。陣に描いた効果分しか治癒されない。
代わりに、完治しなかった場合などは、陣が消える瞬間、ふっと違和感が走る。
これは結界などでも同じで、壊されたりした場合同様の現象が起きる。ただし、本当に微かな違和感なので、慣れていないと気付けないと思う。
たった今チャラ騎士を治した時に、その違和感があった。ただの胸部の打ち身だと思ったけど、肋骨までイってるのかもしれない。
机上にある本日描いた陣では無く、腰の鞄に入っている自前の陣を発動。集中していたが、今度は違和感無く終わった。
「これで大丈夫なはずです。痛み、引いたでしょう?」
「お、マジだ、痛くねーわ! チョーさんきゅー!」
「いえいえ、仕事ですから」
私の両手を握りぶんぶん上下に振るチャラ騎士に、手がもげるからやめてくれと頼む。
だからね、力に差があるからね。肩からポロッと取れちゃったらどうすんの。
そんな事より、感謝の気持ちを表すのなら、そのはだけた上衣から見えてる割れた腹筋をひと撫でさせてくれないかな。……くれないかな?
「シーデ、目がヨコシマなんだけど。なに考えちゃってんの?」
「……ナンデモナイヨ?」
目から欲望が漏れてた。
だって、身内じゃダメなのよ。父さんは腹筋割れて無いし、じーちゃんズは……じじいの腹筋触っても楽しく無いし。団長に言ってみて、もし軽蔑されたら軽く死ねるし。くそ、一体誰なら生の割れた腹筋を触らせてくれるんだ!
「ま、いーケド。んじゃ、オレ戻るし。マジ感謝な」
「どういたしまして」
手を振って彼を見送り、さあどんどん描こうか、と伸ばした手がペンに触れる事は無く。私のお手ては、隣の魔術師さんに攫われた。
「シーデ君、話し合おう。いや、語り合おう!」
「働きましょうよ」
「働いている場合では無いよ!」
給料分は働けよ。私の手を握りしめてないでさ。
「いや待て、そうじゃ無いな。城付きの魔術師の仕事は主に研究だ。陣の改良や新たなる陣の可能性を探るのが僕たちの務め。という事はつまり、君と語り合うのも仕事の一環と言っても過言では無いと」
「私は城付きの魔術師では無いので一環ではありません。今の私の仕事は滞りなく負傷者を治療する事です。あなたも今は同じ仕事を任されているんでしょう? 優先順位ぐらい分かりますよね?」
「研究だな」
即・答!
一切の躊躇いも無いとかマジか! 城付きの魔術師やべえ! 想像以上に酷かった! 説得が無効化されたよ!
「彼に悪気は無いんだよ」
「魔術師は……いいえ、魔法使いも含めてだけれど、こういう方ばかりなのよね」
「研究熱心な者がそろっとるからの。こういう時にはちと困るんじゃが」
お医者さんたちは慣れているようで、魔術師さんに軽く注意しながらも、仕方が無いと割り切っているようだ。
「本来はわしらの仕事じゃからのぉ」
そう苦笑するお医者さんの心の広さに、ちょっと感動。私にはこういう心の余裕は無いよなぁ。
魔術師さん―――もう鬱陶しいから“さん”は付けなくても良いか。とにかく、彼に対する説得は時間の無駄でしかないと悟り、握られているのとは逆の手でペンを取り、さささっと一枚の陣(治癒とは別物)を描き上げた。
「お好きなだけ研究しててください」
「おおっ! この陣は……」
陣を与えられた彼は、即座に私の手を離し、それに夢中になった。
うん、これで平和。この人の分も私が治療すれば良いとして、なら居るだけ邪魔だから、お城に引っ込んでてくれないものか。
その後も数枚陣を与える事で魔術師を大人しくさせておき、私とお医者さんたちは仕事に励んだ。彼曰く『研究が仕事』という事だから、彼は彼で仕事に励んでいたとも言えるのか? ……いやいや、不公平じゃね?
まぁ私にかかれば、彼一人の働きが減ったところで何ともなかったけどね。お医者さんたちにも超褒められたからね。撫でてもらえて気分が良いから、もうどうでも良いや!
ただちょいちょい、「今度、城内の執務室に遊びに来ないか? 歓迎するよ!」とか、「いっそシーデ君も城付きの魔術師を目指したらどうだい?」などという勧誘をかけられるのが邪魔くさかった。大人しくしてなよ。
しかし、城付きの魔術師ならこれぐらい描けるんじゃないのか、と何気なく口にしたら、魔術師の数が少な過ぎてどうしても広く浅くになってしまうとぼやかれた。
そっか。私だって突き詰めて改良しまくったのは治癒と結界の陣ぐらいだし、後は必要に応じて改良(ときに改悪)したり、たまに挫折したり変な方向に進んだりするもんな。
「何より、ここまで繊細な陣はとてもじゃないけれど手が付いていかないよ」
消沈というよりは、悔しさと憧憬の滲んだ眼差しが私の手元に注がれる。
私は魔術自体とは十年弱のお付き合いでしかないけど、前世で設計図を描いていた経験を踏まえると結構な年数を“描く”という行為に費やしている訳で。そういう部分で差が付くのかな? と思ったり。
後はアレだ、日本人は細かい手作業得意だよねって事で。今の私、体は日本人じゃ無いけどね。心は未だに日本人だから。うん、そういう事にしとこう。
魔術師長さんはそれこそ長年魔術に打ち込んでいる人らしいけど……目はかすむし手はたまにプルプルするしで、他の誰より体が付いていかないそうだ。おじいちゃん……寄る年波には勝てないのね……。
そうして陣を描いたりそれを使ったりしながら、何度目か分からない勧誘を受けている時だった。
「これだけの陣を描けるのなら、魔術師長様にかけあって君を推薦していただく事も可能だと思う。だから、ぜひ共に研究を」
「私のモルモットに手を出すな」
熱意こもる勧誘を無心でスルーしていると、頭上から不機嫌そうな低音美声が降ってきた。それと同時に、私の首元にするっと腕が回され、背面から抱え込まれる。……抱え込まれた?!
「ボス、びっくりするんで背後から突然のハグはやめてください」
ハグというか、座ってる私の背中におんぶ状態なので、子泣き爺っぽいというか。いや、顔が私の頭上にあるみたいだからトーテムポール状態? 何という絵面。
「助けてやった私に言う事はそれだけか」
「助かった気がしないのでスルーで」
前門の魔術師、後門の魔法師長。
何か昔、似たような事があった気がするな。ボスとのファーストコンタクトの時だったかな。あの時も勧誘されてたんだよね。……進歩が無くない?
「魔法師長殿、のモルモット、ですか?」
「違」
「そうだ」
違います、と言いかけた私の口を押さえ、勝手な返事をするボス。
ちょっと、誰かこのトーテムポール(上部分)を撤去して。私から発言の自由が奪われてる。
「―――何をしているんだ」
呆れ返った溜息と共に、我らが騎士団長様も登場。振り向けないから見えないけどね! 私に自由を!
「魔術師の魔手からシーデを保護している」
「お前が襲っているようにしか見えねえぞ。酷い絵面だ。誤解が生まれる前に離してやれ」
あ、やっぱり酷い絵面なのね。
「何と思われようとも私は気にせんが」
「気にしろ。ほれ、さっさと離せ。嬢ちゃんがじたばたしてるだろ」
自由になる両足をばたばたさせてアピールしてたのが伝わったよ。良かった。どれだけ足をばたばたしようが、ボスにのしかかられた上半身がぴくりとも動かないあたりが悲しかったけど。
そのままボスの腕が離れていく―――かと思いきや、腕ごと抱き込まれ直し、真上に持ち上げられ、椅子とお別れする羽目に。さよなら私の椅子。
「魔術師などに攫われる前に、このまま持ち帰るか」
ひいい! お持ち帰りからの監禁モルモットコース?!
突然の不適切な言動に、両足をぷらーんとさせたまま硬直。これ、抱っこチガウ。これ、捕獲。
「馬鹿言うな」
固まる私は、苛立ちの含まれた舌打ちと共に、一瞬でボスの腕の中から奪い取られた。ありがとう団長、奪ってくれてありがとう。
尻の下にある固い前腕筋と、反射的に団長の肩に乗せた自分の手。抜群の安定感だ。これこれ、これこそが抱っこですよ。今ならこれを私の定位置だと定めても良い。そのぐらい、監禁モルモットコースの想像は肝が冷えた。
「嬢ちゃん、魔術師に何か言われたのか?」
「城付きの魔術師になれと勧誘されました。お断りしたんですけど、しつこくて」
「そうか。―――嬢ちゃんは騎士団の見習いだ。用があるなら俺を通せ」
「……騎士団長殿がそう言われるのなら、致し方ありませんね」
残念そうではあったけど、魔術師はひとまず引き下がってくれた。体の前で軽く両手を挙げているのは、敵意が無いという表明かな? 団長に敵認定されちゃったら大変だもんね。また団長が返り血に染まっちゃう。
「団長、カッコいい……!」
「……おい。私との扱いの差に不満がある」
ボスが真顔で寝言を言っている。急に私を捕獲した外道と、私を救い出してくれた団長の扱いに差が出るのは当然じゃないか。
「私とて、お前を守った事に変わりあるまい」
「守った……強制的に借りを作らせようとしたんじゃなくて?」
すっと目を逸らされた。
「当たりじゃねーか!」
「嬢ちゃん、ちょっと口が悪いぞ」
「あ、ごめんなさい」
魂の叫びが飛び出てしまった。反省。私よりもボスこそが反省すべきだと思うけどね。隙あらばモルモットに繋げようとしてくるから、始末に負えないよ。
「ところで団長はどうしてここへ? あ、私の様子見に来てくれたんですか?」
愛されてるぜイエーイ! と心の中で快哉を叫んでいると、団長が少し困ったような顔になる。
「ああ、様子見ってのも合ってるが……いや、そうだな、様子見だ。様子見に来ただけだ」
「団長、勝手に話を終わらせ」
「ぅひっ! ……副団長、いつから居たんですか?」
「……団長と共にこの場に来たよ」
横合いから上がった声に、心底驚いて変な声が出た。副団長、相変わらず存在感が無いな。心臓に悪い。
「コホンっ。―――シーデ、普段なら君はそろそろ帰宅する時間だが、今日はもうしばらく残ってもらう。これは命令」
「嬢ちゃん、断っても良いぞ。あんまり遅くなると家族が心配するだろう?」
「団長! 貴方はシーデを甘やかし過ぎで」
「私のために争わないで!」
「……」
「……」
「すみません、一生に一度で良いから言ってみたい台詞だったんです。どうぞ続けてください」
真面目なシーンだと分かってはいたけど、己の欲求に素直に従ってしまった。ずっと前に言いそびれた乙女チックな台詞をようやく言えて、私はとても満足です。それでは続きをどうぞ。
そう促したのに、副団長は力が抜けたように肩を落としている。
「命令なんて……しかし誰かが言わなくては……嫌われる覚悟で……。それなのに、団長にもシーデにも言葉を遮られて……」
副団長が涙目だ。
大事なことなので繰り返す。いい年した副団長が涙目だ。そして、裏事情が筒抜けだ。命令したら嫌われると思ったの? 上司なんだから命令なんて普通の事じゃん。副団長はメンタルももやしだねぇ。……やばい、これブーメランだった。メンタルに関して人の事は言えないわ。
「えっと、私、団長からも副団長からも日頃から甘やかされまくってる自覚は充分ありますから。お役に立てるなら命令じゃなくてもやりますよ。もうしばらく残って治療を続ければ良いんですね?」
「えっ……いや、僕は甘やかした覚えは無いけど……」
「え? だって、いっつもすれ違いざまに頭ぽんぽんって撫でてくれるじゃ」
「うわあああそれは言わないでくれえええぇぇ」
情けない悲鳴を上げた副団長は、しゃがみ込み両手で顔を覆ってしまった。
……私を撫でるのはそんなに恥ずかしい事なの? 人に知られたく無い恥ずべき行為なの? さっきお医者さんたちも撫でてくれたんだけど。
釈然としない気持ちで首を捻る私に、「あいつは可愛いもの好きなんだ。小動物とかな。それで、それを隠せていると思ってる」団長がこっそり教えてくれた。
あ、そうなんですか。私を“可愛いもの”に分類してくれてるんですか。これはお礼を言うところなのかな? でも小動物と同じカテゴライズってのが微妙に気になるんだけど、ディスられてる訳じゃ無いよね?
それにしても、副団長の意外な一面を知ってしまった。一応心に留めておこう。これが役に立つ日は、きっと来ないけど。
羞恥に沈む副団長はそっとしておき、団長から聞いた話によると、朝から続くゴタゴタを終わらせるべく、今からボスが出動するらしい。
ならこんなとこで油売ってないで早く行けば? と思ったら、ボス的には本日のシーデ成分が不足しており、私を構ってから出動したかったとの事。うむ、まるで意味が分からない。
何で団長じゃ無くてボスが出動なのかという問いには、街中を飛んで上空から指示を出すからだと言われた。団長は他の騎士たちに混ざって警邏に行くみたい。
街を覆う結界(魔具によるもの)の関係で、一定以上の高さを飛ぶと弾かれて落ちるらしく、今までかかって結界の条件の調整を行っていたそうだ。
……そんなの知らなかった。良かった、街の中で高く舞い上がってみなくて。今後も気を付けよう。
「結界を停止させたって事は、今外部から攻撃されたらヤバいって事ですか?」
「停止はさせていない。攻撃を防ぐ機能はそのまま作動している。あくまでも調整だ。だからこそ時間がかかった」
「へぇ。じゃあ高さ制限が無くなっただけなんですか?」
「……そんなようなものだ」
うん? 微妙に濁されたっぽい?
……もしや、高さでなく出入りの制限の方なのかな。今なら街の外に転移し放題? まぁ別に外に行く用事も無いし、何でも良いけど。
ボス以外の魔法使いは飛ばないのかと聞いたら、魔法での飛行は並の魔法使いではすぐに魔力が尽きて落ちるとの事で。ボス並みの魔力が無いと、長時間は飛べないんだって。
あのストーカー野郎は結構な魔力量らしいけど、彼はごたごた終了後、街の結界を元に戻すため城内待機。戻すのにも時間がかかるらしい。……意外と重要な役を任されてやがる。
上空から指示を出さなきゃいけないような事って、何があったんだろう? 特に説明も無いから、まったく把握出来無い。
でもまぁ私は今まで通り、ここで治療班に加わって治療を続けるだけだしね。知らなくても問題無いか。
ちょっと補足
医者は魔法使いですが、城付きの魔法使いと城付きの医者は別物。
魔法使いに求められるものは能力 + 魔力量。
医者に求められるものは能力 + 人格。
いずれ本文中に織り込む……予定。




