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長い一日の始まり―曲がり角でバッタリ―

 私は思うのだ。

 曲がり角でバッタリ出会う相手は、転校生男子(ただしイケメンに限る)であるべきだと。

 決して、血走った目で斬りかかってくるようなイカレた輩と遭遇したなんて状況を、曲がり角バッタリだとは認めない。これはただの事件だ。

 まぁそもそも私は遅刻少女じゃ無いし、パンも咥えて無いし、イケメンにさして興味も無いんだけどね。


 出会い頭に斬り捨て御免を発動した無礼な男の後頭部に着地し、そんな呑気な事を考えていると、一人の騎士が息せき切って駆け寄って来た。きっとこの男を追っていたのは彼なのだろう。

「はっ、はぁっ、はぁ、っ…………何だこれ」

 ちょっと、第一声がそれなの? 怪我は無いかと気遣うとか、もっと他にあるでしょ?

「って、何だシーデか。ちょっと状況を説明して―――いや、その前に、そいつの上から降りようか」

 地に倒れ伏した男の後頭部に、華麗なる着地をした状態のまま、Yの字のポーズをキメていたら、降りるようにと促されてしまった。これ結構難しいのに。

「後でちゃんと褒めてくれるなら降ります」

「はいはい、褒めてやる褒めてやる。ほら降りろ」

 些か雑な対応をされたような気もするけど、褒めてくれるなら良しとしよう。

「で、何でお前はそいつの上で、変なポーズでドヤ顔キメてたんだ」

「飛び蹴りが見事に決まって、嬉しくって」

「ああ悪い、俺の聞き方が悪かった。どうして飛び蹴りをかますなんて事態に陥ったのか、最初から、きちんと、筋道立てて、説明してくれ」

 私の肩をがっちりと掴んだ騎士が、一言ずつ区切って聞いてくる。なぜそんなアホの子に言い諭すかのような口調なのか。ちゃんと説明しますってば。




 私は練兵場に向かうべく、あまり広くは無い通りを歩いていた。というか、走っていた。私の基本移動はダッシュなので、大通りだと目立つのだ。更に言うと、この道はいつも人気(ひとけ)が少なく、歌いながら走るのに最適だという利点がある。

 ただ残念な事に、歌に夢中なあまり、横道から飛び出して来る男に気付かなかった。反省。

「どけっ!」

 相手も寸前で気付いたのか、短く怒鳴ると同時に、進路を塞ぐ私を振り払うかのようにその腕を横薙ぎにした。なぜかその手には短剣が握られていた。殺意が剥き出し過ぎる。

 それをさっと避け―――られれば良かったんだけど、ギリギリ過ぎて避けきれない状況で。いや、普段なら避けられるレベルなんだけど……微妙に疲れていたのだ。ダッシュ & ヘヴィメタはちょっと息が上がる。猛省。

 これ無理だ、と判断する間も無く、相手の剣の軌道上に咄嗟に右腕を差し込む事が出来たのは、ひとえに日頃の鍛錬の賜物だろう。

 男の剣を右手首にはめていた腕輪で受け止め、結構な音と共に痺れるような重い痛みが走った。それだけでなく、飛び出してきた勢いのままに斬り付けられたので、そのまま勢い負けした私は背後の壁に叩き付けられる事になり、背中を強打。

 そんな私に目をくれること無く、男は走り去って行った。

 残されたのは、壁に叩き付けられた衝撃で息が詰まり、必死に空気を求め金魚のようなパクパクっぷりを披露する私と、割れた腕輪。

 木製とはいえ幅広で厚みのある腕輪だったのが幸いし、私の右手は痛むだけで斬れてはいない。ヒビくらいは入ってるかもしれないけど。

 しかし、腕輪。これはオルリア先生救出のための重要アイテムなのだ。びっしりと陣が彫り込まれた、努力と労力と涙の結晶である腕輪。メイドイン私。

 歌に夢中で注意を怠った私が悪い。人通りが少ないとは言え、脇目もふらずダッシュしていたのもアウト。


 それらを踏まえた上でぶち切れて良い案件ですよ、これは。


 この腕輪作るのにどんだけ時間かかったと思ってんだ! 今のは割とお互い様でしょ?! あいつだって走って飛び出して来たんだし! しかも、何でいきなり斬りかかってくんのよ?!

 その疑問は、男が飛び出して来た路地から「くそっ、どこ行った?!」という声が聞こえてきた事により氷解。

 そう、追われてたのね? 誰かから逃げていたのね? それで、邪魔な位置で遭遇した私に斬りかかったのね?

 そうかそうか、じゃあ……私が追ってやろうじゃないの。

 治癒の陣で痛む体を治し、真っ二つになった腕輪の残骸を引っ掴んだ私は、怒りのまま男が去った方向へ追走開始。

 あっはっは、私の足の速さを舐めるなよ! すぐに追いついてやるわ! あんたの余命は私が追いつくまでだ!

 この時点で、もはや殺っちゃう気まんまんだった。復讐するは我にありってテンションだった。私ってば、お茶目。

 身体強化の陣も使い、疾風のように駆けた私は、さして時間もかからず男の背中を視認。走り去る後姿を見ていたし、何よりその手には変わらず短剣が握られているから、間違いようが無い。

 そのままぐんぐん距離を詰め、今度は風の陣を発動。

 男の両足を風で掬い、体勢を崩したところで、私は駆け寄る勢いのまま踏み切り、男の後頭部目がけて両足を揃えた飛び蹴りを放った。どっちかっていうとドロップキックかな? ま、どっちでも良いか。

 そのまま男は倒れ、地面と熱烈なキッス。石畳だから鼻も歯も折れただろう。知ったこっちゃ無いわ。

 風の陣をもう一枚発動し、風力の補助で綺麗にバランスを保ったまま男の後頭部に着地。頭って平らじゃ無いから意外と乗っかり難いな。……よし、安定したかな。


 そして私はY字になった。




「―――という感じですね。達成感が尋常じゃ無いです」

「あーっと、その男、別の場所でちょっとやらかしてな? 取り押さえたんだけど、隙を付いて逃げられてさ。それ追いかけてたの俺だから、助かったんだけどな?」

「ではどうぞ褒めてください」

「うん、まぁ……ギリギリ死んでねーし、いっか」

 倒れたままの男を一瞥し、その背中が僅かに上下しているのを認めた騎士は納得したように頷き、私の頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。

「よし、シーデ、良くやった! すげえ助かったわ! ありがとな!」

「えへへ」

 うっかり取り逃がした悪漢を再確保出来てニコニコな騎士と、撫でられ褒められニコニコな私。何という Win – Win な関係でしょう。倒れた男の一人負け。すべて世はことも無し、ってヤツだね。

 この男を一撃で仕留めきれなかったのは無念だけど、褒めてもらえたしもう良いや。壊れた腕輪分ぐらいの復讐は果たした―――いや待て、私の地道な労力の結晶だよ? キック一発じゃ、つり合い取れて無くない? 殺意が蘇ってきたぞ?

「すみません、やっぱり許せないので止めを刺しても良いですか」

「それ許可したら俺がド叱られるだろ。そんな事より縛るから手伝ってくれ」

「ではせめて嫌がらせのため亀甲縛りに」

「それを運ぶのは俺だぞ。俺に対する罰ゲームじゃねえか」

 言われてみればその通り。

 納得した私はささやかな嫌がらせを諦め、男を縛るため風の術で支えた。風の術、便利だなぁ。……こうやって横着するから筋力が付かないのかな。



 しかし、腕輪が壊れたのは困った。綺麗に真っ二つになったとはいえ、外側の陣は抉れている部分があるから、修復の術でくっつけたところで機能しないだろう。修復の術は陣までは再生してくれないんだよね。内側は欠けもないみたいだから、いけそうな気がするけど。

 余剰分の腕輪なんて無いから、またどこかで適当なのを買って家で作り直さなきゃならない。と言っても今度は描くだけにするから、全部で一時間もかからないだろう。あの苦労は何だったのか……。

 現在姉様は臨月に突入している。いつ事態が動くか分からない。

 そう考えると、今日は訓練は諦めて腕輪作りを優先すべき? さすがにこんな目に合った日にイベント発生なんていう、逆ご都合主義みたいな展開はまず無いと思うけど……。

 あ、それに今、兄様この街に居ないんだった。確かシュラウトスさんと一緒に別の街に行ってるはずだ。先生と兄様が揃ってなきゃイベントは起きないだろうし、大丈夫かな? でもやっぱり念のため、腕輪を優先させた方が利口かな?

「おいシーデ、お前も騎士団行くとこだったんだろ? 早く行くぞ」

「あ、私」

「今日は何か小競り合いが多いのかバタついてんだ。猫の手も借りてえんだよ」

「おぅふ。い、行きましょうか」

 忙しいって聞いちゃったら休みますって言い辛いじゃないか……。猫の手も借りたいって事は、私にも何らかの仕事が回ってくるかもしれないし。私の訓練は一応“勤務”って扱いだからなぁ。

 うーん、まぁ訓練が終わったらダッシュで帰りがてら腕輪買って、帰宅後真っ先に陣を描けば何とかなるかな? 私が帰る時間ってそう遅く無いし。うん、大丈夫な気がする。


 そう結論付け、騎士と共に練兵場へと向かった。

 それが悪手だとも知らずに。



******



「西通りの方で暴れてた馬鹿を連行しました」

「何でそんなズタボロなんだ」

「あー、ちょっと事情が……」

 練兵場に到着すると、同行した騎士の言っていた通り、どうにも忙しない空気が漂っていた。

 このバタバタっぷりに紛れて、このボコボコな男を引き渡しちゃおうと思っていたのに、居合わせた騎士団長様に見咎められてしまうという、絶妙なタイミングの悪さ。

「俺が取り逃がしてしまったのを、偶然遭遇したシーデがボコってくれて、再捕縛に成功しました。逃がした俺の失態ですし、シーデのお蔭で助かったんで、怒らないでやってください」

 そっと離脱しようとした私の手を、同行した騎士がさり気なく掴んでくれたので逃げられず。すわ、お説教コースか、と身構えたが、騎士はちゃんと私を庇ってくれた。

 どうやら私を逃がさないようにしたのは、逃げたら後で怒られるだけだから、この場でちゃんと釈明した方が良いって事だったみたい。振り切って逃げなくて良かった。……まぁ、振り切れないんですけどね。力が、欲しい……。


「捕縛は良いが……嬢ちゃん、やり過ぎだろう」

「すみません。いきなり斬り付けられたので、頭に血が上って」

「斬り付けられた?」

「はい。出会い頭に剣を一閃され、避ける事も叶わず」

「なにっ?! 怪我はしてないのか?!」

「即座に自分で治して、ダッシュで仕返しした結果がこちらです」

 そう言い、足元に転がる縄でぐるぐる巻きの男を指差す。

 ぐるぐる巻きにした上で、風の術で重さを軽減させたコレを騎士が引きずってここまで来たので、更にあちこちボロボロになっている。良い気味だ。

「自分で治したって事は、怪我自体はしたんだな?」

「え? ええ。腕輪に当たったので斬れはしなかったですけど手首を痛めましたし、壁に叩き付けられて呼吸困難になりました」

「そうか。……嬢ちゃん、こいつの怪我も治せるか?」

 険しい顔で足元の男を見据える団長に、コクリと頷く。

「はい、出来ますよ。すぐに治します?」

「ああ、頼む」

 そうして、怪我が完治した男に繋がる縄の端を手にした団長は。

「嬢ちゃんを傷付けた分、おっちゃんがキッチリ落とし前つけてきてやるからな。……生まれて来た事を後悔させてやる」

 私に優しく笑いかけ、後半かなり物騒な事を呟きながら、男をざりざりと引きずってどこかに行った。

 治してからまたボコる。何という再利用(リユース)。……あ、ルナ王子相手になら私もやってるや。




 サイラス師匠を発見したので同行した騎士とは別れ、そちらへ駆け寄る。

「おはようございます」

「ああ、おはよう。……何か揉めていたか?」

「いえ、大した事じゃありません」

「団長が獰猛な顔で笑っていたが……」

「私に向けられた笑顔は優しかったので問題無しです。それより、今日は何だかお忙しそうですね。小競り合いがどうとかって聞きましたけど、私に出来る事はありますか?」

 小首を傾げ見上げると、さり気なく師匠が視線を逸らした。

 ……え、また? 何か最近、たまにこういう事があるんだけど……え、ちょ、き、嫌われて、無いよね? 嫌われた訳じゃ無いよね? 師匠に嫌われたら泣く自信がありますけどもよろしいですか?!

 悲しい予感に心の中のシーデが右往左往し始め、いっそのこと聞いちゃえばスッキリするんじゃ、と思ったけどぐっと耐えた。

 だって『おはよう』の直後に『私のこと嫌いなの?』って言い出す女とか、地雷臭が凄い。私なら裸足で逃げ出す案件。

 でも聞きたい。むしろ問い質したい。何で可愛い弟子から目を逸らすのか―――はっ、もしや、私よりルナ王子が良いの?! どどどどうすれば?! 愛弟子の地位を守るにはどうしたら良いの?!

 ますます心の中のシーデがおろおろウロウロし始め、自分でもどうしようもなくなったとき。

「……シーデ? っ、待て、何で泣きそうなんだ?!」

 逸らしていた視線を戻した師匠が、ぎょっとしたような声を上げた。

 う、マズい。腕輪真っ二つでダメージを負っていたところへ、この嫌われてるかも疑惑。思った以上にメンタルに負荷がかかっていたらしく、気付いたら涙目。いかんいかん、ここで泣いたら完全なる地雷女だよ。

 慌てて目元をごしごし擦り、「何でもないです」と取り繕う。

 もうアレだ、嫌われたかも? って時は、全部『ひゃっほうツン期だ! デレ期に期待!』って思っといた方が精神衛生上良いかもしれない。……超おめでたい人だな、それ。でも妙に後ろ向きになるよりはマシだと信じよう。


 そんな事を考えていると、後ろからひょいっと抱き上げられた。

「さあ嬢ちゃん、落とし前もつけたし、これで安心だ」

「団長」

 早々と戻って来た団長に、いつもの如く抱っこコース。もう団長に抱っこを諦めさせるのは諦めた。マッチョの筋トレに協力していると思えば何て事は無い。お陰で涙も完全に引っ込んだし。

 上腕二頭筋が眩しいや、とある種の逃避をしながら、団長の頬に手を伸ばす。

「うん? どうした?」

「返り血付いてますよ」

「拭ってくれたのか。ありがとうな」

 ほのぼのとしているけど、会話の中身は返り血。殺伐とした世の中だぜ。

「団長、その落とし前というのは? 何かあったんですか?」

 気がかりそうに尋ねた師匠に、団長がつい先刻の私たちとのやり取りをそのまま繰り返すと、彼は納得したように頷いた。

「そうか。それで君は不安定だったんだな」

「不安定? 嬢ちゃんが?」

「ええ。先程、泣き出しそうだったので」

「……嬢ちゃん、実は怖かったのか? まあそりゃ、いきなり斬りかかられたら怖いわなぁ」

「うえ? あ、えーっと、怖く、は無かったと思ったんですが、その、ちょびっとはビックリしたのが残ってた、みたいです」

 何か誤解されたけど、さっきの地雷臭を隠すためなら、斬りかかってきた男に罪をなすり付けるのも辞さない。あいつのせいだという事にしておけば私の体面は保たれそうだ。ありがとう生贄。グッジョブ生贄。

 誤魔化せそうで安心して、へらりと笑うと、また師匠が微妙に視線を逸らしていた。……ツン期、あれはただのツン期。……今度王子に、どのぐらい師匠に可愛がられてるのか問い質そう。王子の方が可愛がられているようだったら、何らかの対策を講じなくては。愛弟子の座は譲らない。


「今日はどういう訳か忙しいんだ。もしかしたら後から嬢ちゃんにも働いてもらう事になるかもしれない。と言っても危ない事はさせないから、サイラスの指示に従ってくれ。頼んだぞ」

 途中で様子を見に来る、と言い置き足早に城内へと向かった団長は、やはり騎士団長なだけあって会議やら書類仕事やらも多く、現場に出ずっぱりという訳にもいかない。団長は書類仕事も出来るマッチョなのだ。素敵。

 入れ替わるようにして弟弟子であるルナ王子もやって来たので、並んで師匠から説明を受ける。

 といっても、早朝から街のあちこちで小さな揉め事が頻発していて、その対応に騎士が走り回っているという事で、現時点で私に出来る事は特に無く。

 現在出払っている面子が戻り、報告がまとまればやってもらう事があるかもしれない、と言われ。師匠もそちらの対応に加わるので、本日の訓練はとりあえず自主練という事になった。

 そうかぁ、自主練か。皆忙しそうだから、暇なのは私と王子ぐらいか。私と王子で自主練か。……つまり、さっそく聴取のチャンスが巡って来たという事ですね分かります。体に聞けという事ですね了解です。




「さて殿下、肉体言語で話し合いましょうか」

「サイラスが居なくなった途端にそれなの? まずは口頭で話し合う余裕を持って欲しいのだけれど。それに、剣を使う場合は肉体言語とは言わないと思うよ」

「シーデさん、よろしければ取り押さえましょうか」

「ねえどうして騎士が王族を取り押さえようとするのかな? リリックは国に対する忠誠をどう思っているの?」

「申し訳ありません殿下。俺の忠誠はシーデさんに捧げました」

「毎回言っているけれど、せめてもう少し取り繕おう?」

「リリックさん。今日は忙しいみたいですから、私の事は良いのでお仕事に戻ってください」

「分かりました! 行ってきます!」

「はーい、行ってらっしゃーい」

「彼は本当にシーデの言葉には従順だよね……」


 王子とお話し合い(物理)をしようとしたら、いつの間にかリリックさんまで傍に居てちょっとびびった。彼は段々隠密度が上がっている。比例して下僕度も上がっている。完全にお手上げだ。

 そんな彼の下僕っぷりに、共に訓練する王子も当然気付き。

 さすがのリリックさんも、王子に対しては他の人にするようなとんがった対応をしなかったので安心したけど、ごくごく普通に「俺はシーデさんに仕えてます」とか言っちゃった時には手に汗握った。あの、それ、騎士が王子に言ったらヤバくね? と。

 けど王子は、そんな彼に特に怒るでも無く、こっそり私に「君が僕の部下になれば、彼も僕のものという事だね。使えそうな人材で嬉しいよ」と耳打ちした。その鷹揚さに王族の余裕を感じれば良いのか、緩い空気のこの国に感謝すれば良いのか。とりあえず、部下になる予定は無い。

 まぁリリックさんの発言が不敬になるのなら、しょっちゅう王子をボコってる私なんてとっくに不敬で打ち首になってるよね。私の王子ボコタイムは王妃様公認みたいだから、そんな心配は無いと思うけど。

 実は一度だけ、王妃様からお手紙をいただいた事があるのだ。

 上質な紙に綺麗な字で丁寧に綴られたお手紙は難解だったけど、要約すると『ルナの体と精神を鍛えてくれてありがとう。いいぞもっとやれ』という内容に読み取れて五度見した。

 五度見したけどそれ以上の意味を汲み取れなかったので、悩んだ挙句、団長と副団長に相談。

 私の解釈合ってる? 裏の意味が込められてない? 皮肉とかじゃない? 実は王妃様、キレてない? と手紙を見せたところ、私の解釈で合っていると太鼓判を押された。我が国の王妃様はとても愉快な人だった。好きだ。



「それで、僕に何を聞きたいのかな?」

「殿下が師匠にどのくらい可愛がられているのか探りたくて」

「探るって……どう考えても君ほどには可愛がられていないと思うけれど」

 そもそも僕は王子だから、愛でる対象では無いでしょう? と首を傾げる王子だが、そんな言葉で誤魔化されはしないぞ。

「馬鹿な子ほど可愛いって言うじゃないですか。だから、貧弱な王子の方が師匠にとっては可愛いのかもしれないですし」

「たったそれだけの言葉の中に、僕の心を抉る要素がしっかりと織り込まれていてとても驚いたよ。君は僕を何だと思っているの?」

「“王子様”だと思っています」

「感情ではなく端的な事実しか述べないその言葉に、ますます胸が抉られるね。シーデは本当に僕を嫌っているよね……」

「いえ? 私は受け付けない相手だったら路傍の石のようにしか感じませんから、こうやって話したりもしませんけど」

 石に話しかけるほど精神を病んだ覚えは無いからね。かと言って別に王子を好きでも無いけど。敢えて言うなら、普通。たまにされる勧誘は鬱陶しいし、師匠の弟子愛を争う仲ではあるけど、反面、ボコ……手合わせ相手としては重宝してるので、プラマイゼロ。


「ま、そんな話は置いといて。それで、どのくらい師匠に可愛がられてるんですか?」

「僕の話が流された上に、終わったはずの話が蒸し返されるとは思わなかった。こうして僕の精神は鍛えられていくのだろうね。……ひとつ聞くけれど、何故それを気にするの?」

「何か最近、師匠に目を逸らされる事があるんですよ。嫌われたのかと思うと切なくて」

「ああ、それは……」

 少し考えるような面持ちになった王子は、言葉を選ぶように口を開いた。

「日々の態度から薄っすらと予想出来る理由はあるけれど、本人にも掴みきれていないみたいだし、そっとしておくのが一番じゃないかな」

「師匠本人にも分からないって事ですか?」

「だと思うよ。まぁ彼も多感な時期なのだろうね」

 多感な時期って、王子の方が師匠より年下なのに。

 そして、師匠本人にも分からない事を、なぜ王子が予想出来ちゃっているのか。なぜそんな全てを悟ったかのような目をしているのか。これも王族の余裕というやつなのかな。


「あまり悩まなくても、どう見ても君はサイラスに可愛がられているよ。……弟子の域を超えかねない程には。だからこそ、真面目な彼には余計に悩ましいのだろうね」

 弟子の域を超えかねないって、それってこういう事?

「要するに、私は最愛の愛弟子って事ですか? うっかり単語の意味が被っちゃうほどの師弟愛がそこにはあると」

「ええと……君が満足ならそれで良いんじゃないのかな。これからどう進むのかは分からないし」

「なるほど。つまり先の事は分からないから、愛弟子の座を殿下に奪われないよう、私は一層励まなくてはならないと、こういう事ですね」

「超解釈にも程があるね。最終的に僕への敵意に繋げてくる辺りが空恐ろしいよ」

「敵意では無くライバル心と言ってください」

「……ライバル?」

 戸惑ったように小さく呟いた王子の口元が、一拍置いてから、少し緩んだ。

 ん? 喜んでる? ライバルって言われて嬉しかったの? ……王子、もしや友達居ないのかな。かわいそうに。


「そうですね、ライバルらしく、早く私と切磋琢磨出来るようになってください。楽しみにしてます」

「それはつまり、『足元にも及ばない格下の相手をしても身にならないから早く腕を上げろ』という意味だね?」

「殿下……心を読まないでくださいよ」

「せめて否定して欲しかったよ。―――腕を上げる為にも、そろそろ手合わせを始めようか。少しお喋りが過ぎたようだし」

「では今からは、肉体言語で語り合いましょうか」

「……そのフレーズが気に入ったの?」

「……少し」



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