涙の空回り
ゲーム上で公開されていた情報で私が覚えているものは断片的だが、その覚えている事から推察可能な事もある。めっちゃ脳ミソ絞ったよ。超考えた。
誰にも相談出来ないのってつらい、というかもどかしい。頭良い人に助言を求める事が可能ならどれだけ助かるか。
私って、テキストに沿った勉強は得意だったけど、それだけというか。
自由な発想が苦手な訳じゃ無いけど、『お前ってたまに真逆の方向に全力疾走してるよな』と前世の親友の一人である宇佐見君に言われた事があるんだよね。建築科卒業後に小料理屋を始めた奴には言われたくなかった。なぜ小料理屋……。ふろふき大根、しみしみほろほろで美味しかったけども。ホタルイカのぬたもヤバかった。あれは酒が進む。日本酒にも焼酎にも合うという危険な食べ物―――おっと、今世では禁酒禁酒。
閑話休題。
“王都内”で、“馬車に乗ったオルリア先生たち”を襲撃。これが成功してしまうというのは、即ち襲撃犯の手によって相当強力な結界が張ってあった、という事に他ならない。
そもそもがこの王都、大々的な襲撃には向いていないのだ。だって騎士団があるから。もちろん他の街にも騎士団員は派遣され駐在しているけど、王都だけあって規模が違う。頼れる騎士団長様も居るしね。
街中を騎士が警邏している事を考えると、見つからずに大規模な襲撃を行うのは至難の技。けれど、魔法には結界という便利なものがある。
もちろん、ただの結界ではダメ。馬車、及び襲撃犯たちを取り囲む規模の結界を張れば、警邏中の騎士に気付かれるのは必至。
ゲーム中でそれが気付かれず成功していたというのは、つまりその結界に様々な効果が相乗してあったからだろうと推察出来る。
例えば私が森に行った際に張っている結界(魔法じゃなく魔術だけど)は、それなりの広範囲、内部及び外部双方の音を遮断、外部の人を寄せ付けないという優れもの。
そして最大の特徴として、内部がはっきりと見えているにもかかわらず、外から私の姿を見る事が不可能であるという事が挙げられる。
これは何と言うか……アレだ、スパイが防犯カメラの映像を差し替える、みたいな感じ。そこに居るのに、差し替わっているせいで、外から見ても何も居ない通常の風景しか見えないというヤツ。
人避けの効果を付けてるから、別に最後の効果は必要無い。完全に過剰だと言える。にもかかわらず、なぜそんな厳重な結界を張っているのかというと―――実は深い意味は無い。
自分の持てる技術を注ぎ込んじゃったというか、ここまで盛り込んだ術だと陣が複雑怪奇な模様になって、だけどこんなに難しい陣でも私にはチョロイぜ! と調子に乗ってるだけ。ただの天狗ですが何か?
ただし、ここまで盛り込んだ結界でも、なぜかボスには見つかる。理由は教えてもらえないから不明。ボスにはシーデセンサーでも搭載されてるのかな? ……なにそれ怖い。震える。
私は魔術でこういった結界を張るが、魔法でも同様の事が出来る。
とはいえ、盛れば盛るほど魔力を食う上に、維持が大変らしい。ボス並みの魔法使いならイケるらしいけど、魔法師長レベルの魔法使いがそこらにゴロゴロ転がってる訳も無い。あんなのがいっぱい居たら嫌だ。勿論、人格的な意味で。
一人では難しくても何人かで分担すれば可能らしいので、襲撃犯には魔法の得意な奴が複数人居るんだろうと思う。ま、そこは重要じゃ無いからいいや。
肝心なのは、そういう結界が張ってあったから見つからずに襲撃が成功したんだろう、という点。
これ、超困る。だって、どう考えても私もその結界を見つけらんないじゃん。人避けの効果があったら近寄るのも無理じゃん。
“結界を探知する”という術もある。しかし、精度が低いのだ。普通の結界なら見つけられるだろうけど、隠蔽系の術を盛り込んだ結界だとまず不可能。
ならば精度を上げれば良いじゃない、と張り切って改良しまくり、超複雑怪奇な陣になったけど、どれだけ盛り込んだ結界でもほぼ確実に探知出来る陣が完成した。さすが私。
……問題は、探知の範囲が、術を発動させた私から半径一メートル程度になってしまった点か。さすが私。最低の改良をしてしまった。これじゃあ使いものにならない。
こんな術じゃ街中走り回らなきゃ見つけられないじゃないか! ってか、人避けが施されてたら半径一メートルまで近寄れないっての! 私のポンコツ!
自分を散々罵倒し、結界の探知は潔く諦めた。持てる知識を詰め込んだ結果がコレなのだ。これ以上の改良は今の私には無理だ。さっさと見切りを付けて別の方法を考えた方が良い。時間は有限なんだから。
しかし、探知が無理ならどうしたら良いのか。ちょと詰んでない?
―――と思うのが素人の浅はかさ。まぁ私の事なんだけど。浅はかな私は、このぶち当たった壁に相当悩みましたとも。
悩んで悩んで悩める子羊状態で、今なら「あなたは神を信じますか?」なんて胡散臭い勧誘に嬉々として付いてって、「出て来いや神ぃ! ぶん殴ってやらあ!」と本能のままに暴れられるな、という精神状態だったある日。
点検に訪れた図書館で思いもかけずボスとエンカウントし、苛々が募っていた私はしつこいモルモット勧誘に耐え切れず、転移の陣で家に逃げ帰った。私の転移陣、マジで逃走専用。何度図書館から逃げ出せば気が済むの。
しかしそこで、ハッと気付いた。
あれ、コレで解決じゃね? と。
要するに、どんな結界を張られようとも、元々その結界内部に転移の陣(出口)があれば転移出来るじゃん、という事に気付いちゃったのだ。実際に結界を張って実験してみたら出来たから、これは確実。街を覆っているような物凄い結界では無理だけど、あれは個人が張れるようなものじゃ無い(魔具を使っているらしい)からイケるはずだ。
……ボスの勧誘が切っ掛けで閃いたってのがちょっと複雑だけど。いずれ理由は述べず商品でも進呈しようか。お礼って事で。
場所が不明なので、事前に道に仕込むという案は却下。街の至る所に仕込もうかとも思ったけど、ピンポイントで結界内部に仕込めなきゃ意味無いし。
ちなみにこれを実行する場合は、路面の石畳を引っぺがして土部分に埋めるという方法になる。小さ目の結界を張って夜中に敢行すれば見つかる可能性も少ない。石畳を元に戻せば誰にもバレない。完璧である。場所が不明だから実行出来無いんだけどね。本末転倒だね。
しかしこれに関しては、ちょっと考えれば解決した。
結界内部には、必ず先生たちの乗る馬車があるのだ。元々馬車には襲撃を感知したら私に知らせがくるような陣を仕込む予定だし、転移の陣も仕込んじゃえば良いだけ。完全にノープロブレムだった。
だったら手っ取り早く、襲撃を感知した時点で自動転移……という案はすぐに思い直した。だって私が全裸のタイミングだったらどうすんの。恥ずかしいとか以前に、丸腰過ぎて戦えないよ。そんな無能を戦場に送り込むとか、無意味。
……昔、ヒューにあげた陣が発動されない事を切に祈ってる。あの時の私は考え無しだった。急に召喚されちゃって全裸だったら詰むし泣く。頼むから使わないで欲しい。ヒューにピンチが訪れない事を祈っとこう。……元気かな。
後は、攻撃を受けた際に自動で結界が張られるように―――いや、ちょっと待て。それには不確定要素がある。
初撃が馬車に対してだったら、それに反応して結界が発動するようにすれば良いけど、初撃が馭者に対してだった場合意味が無くなる。
それに、攻撃といってもそれがどの程度のものなのか分からない。微かな衝撃にすら反応するようにしてしまったら、この世界の振動の激しい馬車では何でもかんでも攻撃判定になっちゃうだろう。石が跳ねただけで攻撃判定とか馬鹿馬鹿しい。
となると、結界は自動じゃなく、馭者の声で発動するようにしよう。
……いや、それだけじゃダメだ。初撃で馭者の喉が潰されたらどうにもならなくなる。……馭者台に陣を仕込み、スイッチを付ける。声、もしくはスイッチのどちらでも発動可能にする。よし、これだ。
その結界が発動されると同時に、連動して私に知らせが来るようにする。私はそれを受けて、一緒に仕込んでおく転移陣(出口)へ向けて転移する。これなら万が一全裸であっても支度する時間は取れる。おお、完璧じゃない? この全裸への警戒心、我ながら見事である。
そこまで決めれば、後は作る陣を試行の上で決定し、作成し仕込むだけ。脳ミソと手を動かすだけの簡単なお仕事です。
これらの陣は守る事に重点を置いているし、周辺に被害を及ぼすような術では無いから、しばらくは森ではなく図書館で試行すれば良いや。森まで行くと時間を食うからね。
ひとつだけ問題点を挙げるとすれば、森に行かないと麗しの人外様が拗ねるだろうという点か。
……全部終わったら頑張ってご機嫌を取ろう。ご機嫌取りまで並行してやっていくのは、ちょっと時間的に厳しいのだ。それよりも試行に試行を重ねたい。ラキラ、すまん。
******
「こんにちはトムさん」
「シーデちゃん、こんにちは。はて、今日はオルリアお嬢様はお留守だったと思うが……」
「ううん、違うの。今日はトムさんに用があって来たの」
「おや、それは嬉しいね。こんな爺さんに何の用事だい?」
「えっとね、まずは賄賂をどうぞ」
「賄賂」
手土産であるクランツさんのチョコレート詰め合わせを押し付けると、なぜかトムさんは微妙な顔になった。あれ? チョコ、嫌いじゃ無かったよね?
「甘い物、いけるくちでしたよね?」
「ああ、勿論だよ。ありがとう。ただ、賄賂という言葉に驚いてね」
なるほど、素直さは時に罪という事か。シュラウトスさんとは普通のやり取りだから、もう正直に賄賂って言うようになっちゃってたな。どこかに捨ててきたオブラートを拾って来なきゃ。
「それで、賄賂という事は、何かして欲しい事でもあるのかい?」
もしやデートのお誘いかな? と冗談めかして続けたトムさんは、オルリア先生宅の馭者を務めている初老の紳士。……この家の男性使用人はもれなく紳士だな。教育が行き届いていて実に好ましい。
「デートは奥さんに悪いからやめときますね。今日は馬車にこの魔術の陣を仕込もうと思って。それと、それを発動させるためのスイッチも付けるつもりなんです。だから、トムさんにちょっとお手伝いしてもらえると助かるんですけど……」
手にした三枚の小さな陣をひらひらと振り、いいですか? と確認を取ると、トムさんは難しい顔で顎に手を当てた。
「……シーデちゃん、それは旦那様の許可を得ているのかな?」
「兄様には内緒なんです。でも、シュラウトスさんからオッケーいただきました」
「彼も今日は旦那様に伴い外出しているが……」
「大丈夫です。ちゃんと一筆もらいました。これ、確認してください」
オルリア先生宅の使用人さんたちとは、それなりに良好な関係を築いている。
初めてこの家にお呼ばれされた際、私と先生とのやり取りに崩れ落ちて笑いを堪えていたメイドさんとも仲良しだ。彼女は笑い上戸で、私が先生を褒めちぎる度に肩を震わせ必死に耐えている。「腹筋が鍛えられて助かります」って言ってた。いずれシックスパックも夢じゃ無いかもね。
しかし、良好な関係だからといって何でも許される訳じゃ無い。いくらプチ改造とはいえ、当主である兄様の許可無しに馬車に手を入れるのはアウトだ。
それを事前に見越していた小賢しい私は、兄様ではなくシュラウトスさんから許可をもらうという姑息な手段を選んだ。
……兄様には許可してもらえないと思うんだよね。あの『燃やす』発言で、私が突っ走るタイプだとバッチリ把握されたみたいで。下手な事はするなよ? って目で語ってくるんだよ。下手な事なんてしないのに。全部上手にやり遂げてみせるのに。ねえ?
3ヶ月に及ぶ試行錯誤の末、全ての陣を作成し終えた私は、滾る達成感のまま(でもちゃんと先生と兄様不在時を見計らい)シュラウトスさんの元に突撃した。
え、あっさり出来過ぎ? ふっふっふ、裏の苦労を悟らせないのがデキる女というものなのだよ。
まずシュラウトスさんには、作成した陣についてキッチリ説明。一枚は転移陣(出口)である事。もう一枚は馭者の言葉、もしくはスイッチで発動する結界、及び連動する私の陣に知らせが来るようにした陣である事。
このとき、既に身に付けていた腕輪も一緒に見せた。腕輪には知らせを受けるための陣が内側に、転移陣(入口)が外側に彫り込まれている。
この腕輪が大変だったんだよ……。
腕輪自体はその辺の露店で買った、何の変哲もない木の腕輪。幅広で厚みのあるものだから、ちょっと無骨かもしれない。継ぎ目のない輪っかで、すぽっと腕にはめるタイプ。
これに二種類の陣を彫る事にして―――何個犠牲にしたかなぁ。尊い犠牲だったよ。板に彫るのは完璧だったのに、筒状の腕輪に彫るとなるとまるで勝手が違った。またしても私、舐めてました。舐めプでした。しょぼん。
外側はまだしも、内側に彫るのは、え、これ新手の拷問? ってレベルに難しかった。
失敗しては父さんに「頑張るシーデが天使」と褒められ気を取り直し、また失敗しては「半泣きのシーデが天使」と褒めら……これ褒められてんのかな? 雑にあしらわれてないよね? 大丈夫?
そんな風に日々コツコツと頑張り、頑張り過ぎて寝不足になったりもして。
目の下のクマがヤバめ、と自覚していた、とある訓練日。
サイラス師匠に「体調が悪いなら今日は帰った方が良い。……良ければ送って行こうか」と心配されてしまい、謝辞したり。勤務中の師匠にそんな手間をかけさせる訳にはいかないよ。それに、多少の寝不足ぐらいどってこと無い。人はゾンビ手前ぐらいまでは無理が利くと、前世の経験から知っているのだ。
ボスには「具合が悪いのか? 医者に……いや、私が治してやろう。ほら来い」と両手を広げて待機され、全力でお断りしたりした。ボスの腕の中に飛び込むなんて自殺行為、絶対しないよ。モルモット一直線じゃん。治療すら実験の過程じゃん。うっかり永眠したらどうすんの。
尚、「俺に手伝える事は」「過度の甘やかしは私の成長の妨げとなります」「何て深い……!」というコントのようなやり取りを経て、リリックさんには納得してもらえた。彼の扱い方は、まだよく分からない。そして、甘やかされるの大好きな私が言ってもまったく説得力の無い言葉だった。でも彼は何か感銘を受けていたみたいだから、まぁ良いか。
そうした苦労の末、ようやく納得のいく腕輪が完成。ここがもしパラメータのある世界だったら、木工関係のレベルがぐぐんとアップしたに違いない。順調に木工職人として育ってんな。
……あっ、苦労について語っちゃった! 私、デキる女失格……!
気を取り直して。
陣について一通り説明し、設置したらシュラウトスさん立ち会いのもと、危険が無いか発動の実験もするから許可をください、と拝み倒した。
私の説明を至極落ち着いて聞いてくれていた彼は、ひとつだけ質問を、と静かに口を開いた。
「何故そのようなものを仕込む必要が? 貴女は何を警戒していらっしゃるのです?」
質問、ふたつじゃね?
なんて野暮な事は言わないよ。うん、ここはツッコんで良いとこじゃ無い。
当然この質問も想定内なので、ばっちり正当化するための理由は準備済み。
あの肉塊の件が丁度良い口実になってくれました。オルリア先生があんな野郎に狙われてる現状で、何の対策もせず安穏としているのは沽券にかかわる! と激しく主張。いやぁ、あの肉塊の件は口実としては渡りに船だったね。後は燃やすだけだね。ふふっ。
「私の美女は私が守る!」
拳を握りしめ、キリリと宣言したら、何とも言えない顔をされたけど気にしない。コレ、嘘じゃ無いしね。理由としてはガチなやつですよ。
「それで、許可はいただけますか?」
「……その前に、苦言を少々よろしいですか?」
お、おう。よろしくないです。
苦言て、つまりはお説教でしょ? ここまでの話にお説教案件ってあったっけ? やっぱアレか、兄様を通せって事かな?
「正直に申しますと、オルリアお嬢様をお守りする事に関しては、シーデ様の考える事では無いように思われます。しかし、リーベンツ伯爵家に仕える身といたしましては、オルリアお嬢様を弟子である貴女がそこまで心配して下さっている事、感謝の念に堪えません」
えーっと、回りくどいけど、本来なら他人が考える事じゃ無いけど、でも大事なお嬢様を心配してくれてありがとうね、って意味かな。
「ですが、何故初めから私に相談して下さらなかったのか、と恨み言を申し上げてもよろしいでしょうか? よろしいですね?」
う、恨まれた?! なにゆえに?!
「えええ……どの辺りがシュラウトスさんの怒りに触れちゃったんでしょうか……」
「怒りではございません。このような計画を立てられるのならば、初めからそう言って頂きたかったのでございます。そうしましたら、陣の改良からお手伝い出来ましたものを……」
苦い笑みを浮かべたシュラウトスさんが、ちらりと私の腕輪に目を向ける。
「特にその腕輪。非常にご苦労なさったようですが……」
「あー、はい。無茶苦茶時間かかりました」
前段階の練習や試行も兼ねているとはいえ、数か月間を彫りに費やしているのだ。マジで木工職人への道が開けちゃいそう。そっと閉じとくけども。
「描くのではなく腕輪に直接刻む事で、水に弱いという部分を克服なさったと説明頂きました。しかし……」
「しかし?」
何やら言いよどむ目の前の執事に、続きを促すようオウム返ししてみると、彼は尚も躊躇った上で、慎重に言葉を紡いだ。
「…………必要な陣を描いた周囲に、防水の陣を描けばよろしかったのでは?」
…………。
「あの」
「はい」
「泣いても良いですか」
「十分後にタオルをお持ち致します」
完璧執事は足音も立てず退室した。
一人残された部屋の中、私は咽び泣いた。
長期間の苦労が……! これが空回り……ッ!!
ゲーム云々、襲撃云々は誰にも言えない。
だけど、あの肉塊の件を口実に使うのなら、最初からそれを口実に使った上でシュラウトスさんに助言や助力を求めるべきだった。そうすれば木工を極める必要なんて無かったのだ。何たる無駄骨。
シュラウトスさんが戻るまでの十分間、マジ泣きし続けました。
私、馬鹿だ……超馬鹿だ……防水の陣ぐらい思い出せよ……ポンコツ……。
「過去は忘れて前へ進みたいと思います」
「その意気でございます」
涙を拭くためのタオルだけでなく、蒸したタオルと冷えたタオルを持って来てくれ、交互に当てる事で泣き腫らした目元も元に戻り。
リラックス効果のあるハーブティーまで提供され、シュラウトスさんの有能ぶりにびびって冷静になった。“凄い”と“怖い”って紙一重だと思うの。
それに防水では汗程度は防げても、水浸しレベルには対応出来無いからね。入浴にも付けたままイケるという点では彫ったのは間違いじゃないのだ。……そう思わないとやってらんない。ううっ。
落ち着いたところで続きを話し合い、条件付きで許可をゲット。
その条件とは、転移陣(出口)を一枚では無く二枚設置する事。そして、それに対応する転移陣(入口)&お知らせ機能付きの腕輪をもうひとつ作り、シュラウトスさんに渡す事。
私が付けているのと同様のもので、彫るのでは無く描いて防水の陣もプラスすればそれで良い。且つ、代金は支払う、と申し出てくれたけど、それに関しては速やかに却下。
それがあれば兄様たちに何かあった際、万が一自分が一緒に居なかったとしても、私と同様に駆けつける事が出来るから、という事だったんだけど。
うん、それ自体は全然オッケー。むしろ、実際に襲撃があってそこに来てくれるんなら、それは別にもうゲーム云々とか言わなくたって大丈夫だから、助っ人が増えるのはありがたい。兄様たちの生存確率を上げる意味でも。
ダメなのは、私と同様の腕輪ってとこ。
こんな無骨と素朴の中間みたいな安物の木の腕輪、完璧執事には似合わない。描く方向で良いんなら、木じゃなくて金属でいけるもの。仕事の邪魔にならない細い金属製の腕輪の方が絶対にマシだ。というか、木の腕輪がマジで似合わないから全身全霊で却下させていただいたよ。譲れない戦いが、そこにはあったのだ。
そんなこんなでシュラウトスさん用の腕輪も作り、渡した後で馬車に陣を設置する許可をもらった。
私の腕輪は作り直したりはせず、木の腕輪をそのまま使用する事に。……だって超時間費やしたのに、ポイするなんて悔しいし。後は、自分のポンコツぶりを忘れないためでもある。
「ふむ、確かに許可すると書かれているね。シーデちゃんに協力するようにとも書かれている。それじゃあ、何をすれば良いかな?」
シュラウトスさんからの一筆を確認し、納得してくれたトムさんが一気に協力的な姿勢だ。話が早くて助かる。
ぶっちゃけ、やってもらうのは大した事じゃ無い。馭者台のどの部分に陣を仕込めば良いか一緒に考え、実際そこに仕込み、事前に作っておいたスイッチを取り付ける、それだけ。はっきり言って、腕輪作りの方が何倍も大変だった。あ、また涙が出そう。
取り付けよりも重要なのは、トムさんに陣の発動方法を覚えてもらう事。と言っても、それも簡単なんだけどね。
万が一(と、トムさんには言っておく)危険な事があった場合、『結界』と言ってもらうか、もしくは仕込んだスイッチを押してもらうかってだけ。でもそれが何より重要。それやってくれないと、私が駆けつけられないからさ。
後はまぁ、この結界を発動するような事になった場合、馬車に乗っている人に説明して、結界内から出ないように注意してくれって事ぐらいだ。
「しかし、仕込んでから言うのも何だが、魔術の陣は作った本人にしか発動出来無い物だと思ったが……」
「そうですね。だからこの陣には、非常に特殊な処理を施してあります。私の人生において、もう二度と作れないだろうと思います。……代償が大きいんですよ」
「代償……」
トムさんがごくりと喉を鳴らした。
「危険なので方法は秘匿してます。こういうのが作れるって漏れるだけで多分、私の命も危険になるので、トムさんにも内緒って事でお願いしたいんですけど……」
「勿論だとも。何があろうとも誰にも漏らさない。お嬢様の為にシーデちゃんがそこまでしてくれるとは……」
漂うシリアスな空気と、深く感じいっているらしきトムさん。
だがすまん、あらかた嘘だ。
他人が使えるような陣を作るのは別に難しくも何とも無い。現に私、作ってクランツさんに売ってるしね。
でも以前、先生とシュラウトスさんに言われたように、これが広まると余りにも危険だから。今回はどうしてもトムさんに任せるしかないので、これらの嘘は苦肉の策。本当の理由は明かせなくても、こう言っておけばトムさんは誰にも漏らしたりしないだろう。これはシュラウトスさんと打ち合わせて決めた事。相談出来る相手が居るってイイネ!
仮にトムさんが誰かに言ってしまうような人だったとしても、先生とシュラウトスさんが知っているとは明かしていないので、狙われるのは私だけで済む。それなら存分に返り討ちに出来るからノープロブレム。正当防衛は得意です。
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こうして無事に下準備を終えた数日後。
朝イチに練兵場で遭遇したお兄ちゃんたちが、私の腕輪に目敏く気付いた。
「お、シーデ、腕輪なんかしちゃって。お洒落に目覚めたのか?」
「にしては、ちょっとゴツいな、それ」
「この腕輪はね、愚かな自分への戒めなの。これがある限り、私は己の過ちを決して忘れはしないんだよ」
「な、何があったんだ?!」
「言えない」
「シーデ、自分だけで抱え込まず、兄ちゃん達に話してみろ!」
「言えない」
俯き、フッと乾いた笑みを零すニヒルな私だが、実態はただのポンコツである。
いくらお兄ちゃんたちにガックンガックン揺さぶられようとも、自分のポンコツぶりを語るつもりは無い。そんな恥は晒さない。だから揺さぶらないで。首、カクンッてなるから。
どれだけ揺らされようとも口を割るような事はしなかったけど、揺らされ過ぎてうっぷってなった。三半規管の鍛え方が知りたいね……。




