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気分は中ボス戦

 体を鍛え、書から魔術を学び、看板娘として女性客を楽しませ。

 そんな日々を送るうち、気付けば7歳になっていました。時の流れって早い。



 就寝前のひととき、自室で魔術の陣を描いていると、ノックの音。

「シーデ、まだ起きているかい?」

「父さん? うん、起きてるよ」

 ドアを開け、父さんが私の傍へ。

「また魔術かい?」

「うん」

「シーデは本当に勉強熱心だね。可愛くて、賢くて、可愛くて、天使のようで、それでいて可愛」

「何か用があったんじゃないの?」

 口を開けば“可愛いシーデ”祭りを始める父さん。それを遮るのが私の癖になった。じゃないと、話が進まないんだよ。

「ああ、そうだった。シーデ、学校に行く気はないかい?」

「学校?」


 この世界にも学校はある。

 魔力が高いと魔法学園への強制入学イベントが生じるが、それ以外の子供は一般の学校に通う。学校というか、寺子屋みたいな規模だけど。ご近所にひとつあるよねってスケール。

 だがしかし。この学校というのは強制ではない。通うか通わないかは、ご家庭事情によって様々。貴族だと、学校へは行かせず家庭教師を雇うらしい。マネーパワーですな。

 ウチのように商売を営む家庭だと、読み書き計算だけ叩き込んでくれって子供を通わせたりしてる。教わる内容はチョイスできるようだ。便利。


 そして私はといえば。

 読み書き計算、普通にできるから。学校行く意味ないよね?

 いやそりゃ、この国の歴史とかは知らないけども。歴史とか、今はいいから。問題は未来だから。そこに時間を割く気はない。


「この辺りには、シーデと同年代の子が居ないだろう? 学校に通えば、お友達ができると思うんだ。どうかな?」

 困った。何て言えば諦めてもらえるだろうか。

「私、他にやりたいことがあるの」

 言ってはみたが、父さんの表情は変わらない。いかん。このままじゃ入学フラグが立ってしまう。

「あとね……父さんと離れるのやだ」

 ちらっと上目遣いで見上げてみるが……うん、これじゃ駄目だ。

 全寮制の学校じゃあるまいし。通学するだけなんだから、離れるってほどじゃない。それが嫌ならどこにも行けなくなるじゃないか。もっとマシな言い訳はなかったのか。我ながら呆れる。

「そう、じゃあ仕方がないね」

「え?」

「ふふ、父さんと離れたくない、かぁ。じゃあ別に良いかな。学校でシーデがモテモテになっても困るし。……そうかぁ、父さんと離れたくないのかぁ……ふふふ」

「父さん?」

「ああ、ごめんごめん。じゃあシーデ、学校の件は忘れて良いからね。おやすみ」

「あ、うん、おやすみ」

 不気味に笑いながら、傍目に分かるほど上機嫌で引きあげて行った父さんの背中を見送る。

 ……何てちょろいんだ。大好きだ!



 そう安堵したのも束の間。

 父さんと入れ替わりで、やって来ましたばーちゃんズ。

 うわあ、父さんの学校発言は、ばーちゃんズの差し金だったのか。真の敵はこっちか。強敵だわー。

「話は全部聞いていたわ」

「それでシーデ、私たちが、あなたの父親ほどちょろいとは思わないことね?」

 あ、ばーちゃんズもちょろいと思ってたんですね。

「なぜ学校へ行きたくないの?」

「うーん、じゃあばーちゃんたちは、どうして私を学校に行かせたいの? 私、あるていどの勉強はできるよ?」

「あら、それはさっきデジーが言っていたじゃないの」

 説明しよう。デジーとは父さんの愛称である。

「あなたは勉強ぐらい一通り自分でやっている。それくらいの事は私たちも承知してるけどねぇ」

「家業だって積極的に手伝ってくれて。私たちとしては、ありがたいのよ?」

「でもね、もっと子供らしくても良いと思うのよ」

「身近に子供が居ないから、あなたはどんどん大人びていく。今だって、私たちの懸念がどういったものか、理解できているでしょう?」

「学校へ行っても、勉強なんて二の次で良いの。同じ年頃の子たちと、遊んだりいたずらしたりして、怒られて。そうやって、徐々に大人になっていけば良いのよ?」


 大人びてる? そりゃそうだ。私の精神は大人なんだから。


 ばーちゃんズの鋭い観察眼に舌を巻くと同時に、胸に沸く、この罪悪感。

 真剣に私の事を思って言ってくれてるのが分かるからこそ、いたたまれない。

 私は、この優しい人たちを、ある意味で欺いて生きてる。今後も欺き続けるしかない。それはもう、どうしようもない事なのだ。


 だったら私は、うつむくべきじゃない。

 どうせ欺くなら、最後まで完璧に欺き続ける。

 それこそが、私がこの人たちにできる最善。


「ねぇシーデ、あなたのやりたい事というのは、何?」

「え?」

「さっきデジーに言っていたでしょう? 学校へ行く他に、やりたい事があると」

 ばーちゃんズに誤魔化しは効かない。正直に言おう。

「剣術の道場に通いたい」

「……あらまあ」

 口に手を当て、目を丸くするばーちゃんズ。

「シーデあなた……いったい何を目指しているの?」

「それ以上鍛えてどうしようっていうの?」

「ただでさえ女の子らしさが薄れていっているのに……」

 え?! 女の子らしくなかったですか?! 性格的には、前世からこんな感じなんですけど?!

「だめ、かなぁ?」

「駄目という訳ではないけれど……」

「おじいちゃんたちから体術を教わっているでしょう? それで十分なのではない?」

「最近では、おじいちゃんたち、あなたを捕まえる事もできないと言っていたわよ?」

「それが問題なの。あれじゃ練習になんないもん」


 非常に深刻な問題だ。

 確実に、私の逃げ足ばかりがレベルアップしてってる。

 あ、逆かもしれない。私の逃げ足にじーちゃんズが追いつけなくなってきてるだけかも。じじいだし。たまに「腰が……!」とか呻いてるし。

 避ける私をじーちゃんズが捕まえられないので、組み合いにもならない。

 避けずに受けるべきかもしれないが、捕まえられそうになったら普通、避ける。実戦でだって、避けられるんなら避けるべきでしょ。わざわざ捕まる事に意味があるとは思えない。そんなのはただのMだ。私にマゾヒズムは実装されていない。


「そうねぇ。組み合わなくては始まらないものねぇ」

「でもあなた、組み合ったときは、押さえ込まれているわよね?」

「うん。それも問題なんだよ……」

 何十回かに一回は捕まって、組み合う事もある。

 その場合、即座に押さえ込まれて終了する。進化するのは逃げ足ばかりで、力はさしてアップしてない。

「おかしいわねぇ。シルゥがそのぐらいの頃は、おじいちゃんたちを叩き伏せていたものだけど」

 うん待って。

 私ぐらいって、7歳の頃ってことだよね? 7歳の少女が父親を叩き伏せるのって、おかしくない? え? 何? 母さん最強説浮上?! あの母さんが?!

 ……よし、私は何も聞かなかった。

「どうも私、力で勝つのは難しいみたい」

「あらじゃあ、訓練はやめにするの? それで代わりに剣を?」

「ううん、続ける。あれはあれで、逃げ足が鍛えられるから。それとは別で、剣もやりたい」

「……本当に、何を目指しているの?」

「えっとね、最終目標はパン屋」

 看板娘だけでなく、いずれ後を継がせてもらえたら、と思ってます。

「パン屋に剣は必要ないわねぇ」

「私ね、ばーちゃんたちも、じーちゃんたちも、父さん母さんも、大好き。だから、守れるだけの力が欲しい」

「守るって……」

「何もなければ、それでいいの。私の訓練が無駄になってもいい。でも、いざってときに、何もできなかったら嫌だ。だから、できることはやっておきたい」


 何事もない未来が来ないことを知っているから、尚更。

 その呟きは、胸にしまっておく。


「本当に……」

「あなたという子は……」

 ばーちゃんズが揃って溜息を吐いてる。呆れられた? やっぱ強制入学かなぁ。

「何て可愛いの! 本当にもう!」

「どれだけ家族思いなの! 可愛くて仕方がないわ!」

「これなら、学校なんて行かなくてもいいわね」

「そうね。学校へ行かなくても、こんなに優しい子に育っているもの」

「剣でも何でも、好きに習いなさいな」

「シーデがどれだけ屈強になろうとも、可愛い孫であることに変わりはないわ」

「ああ、シーデのこの可愛さを誰かに伝えたいわねぇ」

「明日さっそく、ご近所の方に自慢して回りましょう」

「そうと決まれば、早く寝ようかしら」

「そうね。シーデ、あなたも早く寝なさいね」

「夜更かしは美容の大敵ですからね。じゃあね、おやすみなさい」

「あ、はい。おやすみなさい」

 そう二人で盛り上がると、二人で結論を出し、二人そろって去って行った。

 最終的に、ばーちゃんズの孫ラブが発動し、学校フラグが消えたのは喜ばしいが。



 ……ねえ私、屈強にはならないよ?!そこまで鍛え上げるつもりは無いからね?!


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