下準備は必須
さて、オルリア先生のトラウマイベントについてだが。
ゲーム中、途切れ途切れな過去の回想という形でしか表されていなかった上、私の記憶も完璧とは言い切れない。それでもいくつか分かっている事がある。
ひとつ、それは王都内で起こる。
ふたつ、先生とその兄様が連れ立って夜会へと向かう途中、二人の乗った馬車が何者かによる襲撃を受ける。襲撃犯は複数人。
みっつ、その襲撃により、馭者が怪我をし、兄様は死に至り、その一部始終を傍で見ている事になった先生は精神を病む。他に同乗者が居たのかは不明。
ここまでだと手掛かりが少なくて割と無理ゲー。
王都内って普通に広いわ。場所を教えてくれよ。夜会へ向かう最中という事が分かっているのが救いではあるけど。
それなりにお貴族様の知り合い(お客さんとか騎士たちとか)もいるので、夜会とやらがどのぐらいの時間帯に行われるものなのかは既にリサーチ済み。確実な時間は分からなくても、大まかに分かってるだけで大分違う。
ただこれだと、日付が分からない。
そこでよっつめ、これが一番重要。本来なら兄様と姉様とで出席するはずだった夜会だが、姉様は欠席し、代わりにオルリア先生が兄様と共に出席していた。それはなぜかというと、姉様が身重―――具体的には、臨月だったから。
一気に絞れた……! つまりは姉様の臨月、いや、余裕を持ってそのひと月前ぐらいから警戒しておけば良いという事だ。これ忘れてたら詰むとこだった。覚えてて良かった。
そうやって脳内の情報を整理し、イベント完遂を防ぐための計画を練りながら、並行して件の肉塊の情報も集めた。
このイベントに繋がっているという可能性も無きにしも非ずだし、そうでなくともあいつは先生、というかリーベンツ伯爵家の敵なのだ。つまりは私の敵。情報を集めるのは当然の事。
兄様が教えてくれるのは進捗状況だけなんだよね。どうも私が特攻をかけかねないと懸念しているらしく、肉塊の素性については伏せられているのだ。信用されて無い……いや、逆に凄い信用されてるのかも。
だからそこに関しては自分で調べるしかないね、と思ってたんだけど、実際に情報収集に勤しんだのは私では無い。
私の……私の下僕がやりました。そうだよリリックさんだよ。
だってあの人、『ご用は? ご用は?』って目力で超プレッシャーかけてくるんだもん。手合わせをしたあの日以来、完全に遠慮が取っ払われたみたいで、普通に接近して来るようになっちゃってさ。
荷物を運んでたらさっと奪われるし、昼食時には食事を席まで持って来てくれるし、団長にお説教されてると心配そうに見守られるし。付き人なの?
あまりにもあからさまなその行動に、当然周りも気付く訳で。
ボスには「その男を寄せる気は無いと言っていただろう。あれは嘘だったのか。何故勝手な真似をする」と叱られた。相変わらずモルモットへの束縛が強い人だ。
何と言うか、未婚の身なのに不貞を詰られる嫁の気分を味わえてお得だったよ、うん。でも私はモルモットじゃ無いから、ボスの苦情なんて知らないけどね!
団長は団長で、無言のままリリックさんを物陰に引きずって行った。
お、これで下僕終了かな? と思いきや、戻って来るなり「あれならセーフだ」と大変イイ顔で仰ったので、そのまま下僕の居る日常が続いている。団長のセーフ判定の基準が分からない。
私の訓練が週に二日で良かった、と思ってたのに、たまに店にも出没するようになったし。……あれこれストーカーとは違うの? 下僕ってストーカーと同義語だっけ? 来店するストーカー枠は埋まってるんですが。
そんな風に首を捻りつつ微妙な距離で接してたけど、話してみると別に悪い人では無かった(変な人ではあるけど)し、何より団長の事を悪く言ったのを超反省してたから、まぁ許した。
というか、ルナ王子との初対面で団長にチュー事件がバレた時、私が退室した後、団長はリリックさんの名前まで王子に吐かせていたらしい。そして呼び出されたリリックさんは、団長に全力で謝罪していた、と。
私の与り知らぬところで全てが終わっていたという衝撃の事実。でもまぁ、そこまでキッチリ片が付いてるんなら、もう終わった話だ。団長が許したのなら、これ以上私がどうこう言う必要も無い。二度目は無いぞ、次言ったら埋めるぞ、と釘は刺したけども。
そうして接点ができ、世間話程度の軽い会話は交わすようになった中で。
ふと彼が、「ヒールという人と何かあったんですか?」と、それはもうさりげなく爆弾をぶっ込んできた。
待て貴様、なぜ私がそれについて調べていると知っている。いずれ私が奴を燃やしてしまっても足が付かないよう、自分の素性がバレそうなところでは聞き込みをしていないというのに。どこで知ったんだ。
「よろしければ、俺が詳しく調べましょうか?」
驚愕する私を置いてけぼりに、キリッとした顔で申し出られたけど、『ぜひ、ぜひ俺にやらせてください!』という副音声が聞こえた気がした。
用命を乞う目力に耐えかねてたのもあって、まぁやってみてもらっても損は無いか、という軽いノリでお願いする事に。
ただし、調べてるのが相手にバレないように、目を付けられたりなんかはしないように、と注意はしたけど。何かあったら責任感じるし。
結果、彼は予想以上の働きをしてくれました。
「やっぱり評判の良く無い人なんですねぇ」
「商家に対する貸し付けからの乗っ取りで財を成したようで、その強引なやり口から、後には禍根しか残らないようです」
「ま、金貸しが嫌われるのは当然かもしれませんけど。……この感じだと後ろ暗い所がありそうだけど、確証は無いんですよね」
「よほど上手く隠しているんでしょうか」
「でしょうね。じゃなきゃ一代でこんなに成り上がれないでしょう」
「素晴らしい推察です!」
「ただの偏見です」
「あの男について調べていたのは、そうした推察があったからですか? シーデさんの慧眼に感服しました!」
「ただの私怨です」
「素晴らしいです!」
幻滅して目を覚ましてくれるかと思ったのに、讃えられた。解せぬ。
人に聞かれるのは憚られる内容だと考え、報告の場に選んだのは図書館の第五閲覧室。魔術書ばかりのここならほとんど人は来ない。魔術の人気の無さがありがたいね。
リリックさんがひと月ほどかけ用意してくれた調査書を見る限り、正攻法でいくのは時間がかかりそうだと思う。
肉塊本人は成り上がりだけれど、ちらほらと貴族に繋がりがあるようだ。きっと賄賂的なアレだろうね。偏見だけど。だからこそ兄様も燃やすなと言ったのかもしれない。証拠さえ残さなきゃ平気なのにねえ?
そうして時々質問を挟みながら、渡された資料を読み進める。
あの肉塊の年齢、住まい、家族(妾含む)及び勤める使用人の概略、来歴、仕事内容、そして―――邸内の簡易見取り図。
……見取り図?!
「待って、ちょ、これダメじゃないですか?!」
「申し訳ありません! 大まかにしか分かりませんでした! もう少し時間をいただければ、もっと詳しく」
「要らない要らない! 逆にどうやって大まかにでも調べれちゃったの?! まさか忍び込んだりとかはしてないですよね?!」
私は大体においてバレなきゃセーフだと思ってるし、だから別に、それが必要な事ならバレない範囲、尚且つ証拠隠滅が可能な範囲でなら何しても良いやってタイプだけど。
でもそれは私自身がって事であって、人に強要するつもりは一切無い。もしも私がした頼み事のせいで捕まったってなったら、後味が悪過ぎるでしょうよ。……見事に自分の精神的平和の事しか考えて無いね。これでこそ私。
「万が一捕まるような事があっても、シーデさんの名前は出しませんから」
「うん、そうじゃないです!」
「冗談です。捕まるような失態は犯しません」
「ホントですか? じゃあ良いですけど。充分気を付けてくださいね?」
これで納得しちゃう私って、やっぱり大概だな。
最悪リリックさんが捕まったりでもしたら、脱獄の手引きと国外脱出の幇助をすれば丸く収まるし、まぁ良いや。……収まるって言い切るよ?
私の目の前に肉塊宅見取り図(詳細版)が差し出されたのは、そんなやり取りから更にひと月後の事だった。
マジか……成し遂げちゃったか……。隠密なの?
騎士とは何ぞや、という不毛な問答は早々に脳裏から追い出し、受け取った見取り図に目を通した私は、更に驚愕する事になる。
「金庫の場所までバッチリですと……?!」
やっぱり忍び込んじゃってるよね?! 意外な才能が開花してやしませんか?!
「情けなくも、現段階の俺の能力ではその中身までは到達出来ませんでした。もっとお役に立てるよう研鑽を積みます!」
「金庫破りまでは求めて無いですよ?!」
完全に間諜とかの類じゃねーか! あなたは私のお庭番にでもなるつもりなの?! 私、吉宗じゃ無いから!
確かに、金庫の中身をゲット出来れば、あの肉塊の弱味を握れたり、悪事の証拠(悪事を働いていると決めつけている)を掴めたかもしれないけど、そこまで人任せにしようなんて考えて無いよ。ここまで調べてくれただけで御の字だよ。予想以上の成果というより、明らかに予想の斜め上行かれちゃってるもん。
ここまでしてもらったんならお礼、というよりむしろ謝礼を支払う必要があるだろう。私は自分勝手だけど、タダ働きを強要するような外道じゃ無いのだ。性格が黒かろうとも、そういう面ではホワイトを貫きたい。
―――と申し出たところ、なぜか物凄くショックを受けられました。
「そんなものが目当てだった訳じゃありません……」
超、落ち込まれた……!
え、何、この場合どうするのが正解なの?! こんだけいろいろ調べてくれたんだから、それに見合った金銭を渡すのは当然なんじゃないの?! 下僕の扱い方が分からない! 誰かマニュアルをプリーズ! 取説、取説どこ?
そんな私のヘルプコールに応えたのか、脳内にばーちゃんと母さんの言葉が甦る。
『頼られて役に立つ、というのが喜びなのよ』
『その後でちゃんと褒めてあげると、更に喜ぶわよ♪』
……褒め? 足りないのは褒め成分? お金的なやり取りじゃ無く、感謝を伝えて褒めればリリックさんは満足するの?
「とても助かりました。ありがとうございます。また何かあったら、お願いしますね?」
頼りにしてます的なニュアンスを込め、項垂れるリリックさんの頭をわっしゃわしゃと撫でくり回してみた。褒めと撫ではセットです。これは譲れない。私はいつもそうされてるもん。
すると、一発で上機嫌になった彼は、「はい! 何なりと申し付けてください!」とキラキラな笑顔で頷いた。
ふおお、この健気さ……!
何が彼をこうまで駆りたてるのか……。私はとんでもないものを生み出してしまったんじゃなかろうか。悪意が無い分、無下にも出来無い。
いつか目を覚ましてくれる日が来るんだろうか、と遠い目をする私に、「他に何か出来る事は!」という弾んだ声が突き刺さった。
******
リリックさんに調べものをしてもらっている間、私が何もしなかった訳じゃ無い。それなりに忙しくしてましたとも。
以前、魔術の陣を紙以外に描く事について調べ、先々代図書館長さんの日誌を読み漁り知ったのは、“術の発動に紙は耐え切れず一度で霧散する”という、予想通りの事実。そしてそこには、紙の厚み、サイズ、描かれた陣の種類問わずそれは適応されるという詳細なデータも記されていた。
先々代館長さんが実験してデータを残してくれたお陰で、紙に関しては実験せずに済む。ありがたや。……でも日誌の解読は辛かったから、相殺して感謝の舞は捧げない事にした。もっと分かり易く書いてくれてたら舞ったのに。
更に、紙以外への実験についても書かれていたけど、そちらは芳しく無かった。
図書館の練習部屋に描かれている陣は、現在の陣でこそ3ヶ月程度で薄れたり部分的に消えたりしてしまうが、これは陣の複雑さに依存するらしい。割と簡単である“防音”のみの陣であれば、1年程度はいける模様。
ただこれに関しては、実験が長期スパンになってしまうので、移り気な先々代館長さんには向かなかったようだ。“防音”だけでも最後まで実験を続けたのが奇跡だと言えよう。
ひとつ確かなのは、壁面に描いたものは紙と違い、壁そのものの耐久が上回るらしく、紙のように霧散したり崩れたりはせず、描いたものが徐々に消える―――つまりは描かれたインクの方が耐えられなくなる、という事らしい。
飽きっぽい先々代館長さんは、壁と違って実験に時間はかからないだろうと踏んだのか、木の板や鉄板でも実験をしてくれていた。好奇心旺盛な人って凄いね。
通常陣を描く際に使う紙(描く人により異なるが、まぁA5~A4サイズといったところ。複雑なものならもっと大きくなる。私は一律名刺サイズに収めているからドヤ顔で自慢したい)と同程度の大きさの木の板や鉄板に陣を描き、どういった違いが出るのかを検証。
結果としては、何に描こうが発動される術に差異は出ないが、木や鉄板だと複数回使用出来るという事が書いてあった。
紙だと使い捨て、木だと数回、鉄板だと木の倍程度の使用回数になる。しかし残念な事に、陣が複雑になればなるほど回数は減る。紙との違いは、描かれた素材側が保つか保たないかという部分だけ。……意味無くね?
その上、陣によってどの程度保つかが異なってくるので、それは実際に実験してみなくては分からない、という身も蓋も無い事が書き殴られていた。
うん、やっぱ感謝の舞は捧げられないね。必死に解読した挙句、そんな総括が書かれていたあの虚しさったらなかったよ。そりゃ全部の陣を試すなんて無理だろうけどさ。魔術の陣の可能性は無限大だもの。
しかし先々代館長さんは、好奇心に導かれるまま、あくまでも趣味でこれらを行っていたのだ。という事は、それを専門でやっている人なら、もっと突っ込んで実験なり何なりしてるんじゃないだろうか?
そう思った私は、城付きの魔術師を紹介してもらえないかと団長に尋ねた。オルリア先生に聞くって手もあったけど、同じ城勤めな分、団長からの方が確実だろうと考えたのだ。
シュラウトスさんは王弟殿下の直属だったから、城付きの魔術師とは接点が無いそうな。「表の仕事はした事がございませんので」と言った彼の意味深な微笑みは忘れようと思ってる。あれは追及したらダメなやつだ。
それはさて置き、ボスやストーカー野郎のような魔法使いだと魔力ゼロの私は興味の的だけど、魔術師ならそんな事は関係無いから平気だよね、と団長に紹介を頼んだところ。
「紹介なぁ……出来無い事は無いが……あんなのばっかだぞ?」
渋い顔で団長が示したのは、ボスだった。
即座に前言を撤回した私は、やっぱりチキンかもしれない。コケー。
城付き、こええ。魔術師もボスみたいなのばっかってどういう事? 全員マッドサイエンティスト系って事? 絶対にかかわりたく無いや。
これ以上濃い人間関係は築きたく無いね、と速攻で魔術師を諦め、横着せず自分で実験を重ねる事に。逃げじゃ無くて英断だよ!
正直、木や鉄板に描くってのは必要無い。確かに描くのに時間がかかる事を考慮すると、複数回使えるというのは魅力的な事なんだろうとは思う。
でも私は、現時点で陣の量産が可能になっている。
壁一面に陣を描く際、紙にそれを描いて拡大コピペという技が使えるのなら、逆に縮小&複数枚コピペも可能じゃないかと実験を重ねた結果、かなり前にそれを成し遂げてしまったのだ。一枚描けば、後は紙を用意するだけでそこから好きな枚数に増やせちゃうのだ。やばい、天才かもしれない。ただ、これがバレると危険だと思って秘匿しているけど。自分で使う分には問題無し。人に言えない術が増えてくなぁ。
そんな私にとって、複数回使用可能という部分はまったく利点にならない。木や鉄の方が重くて嵩張る分、欠点であるとすら思う。鞄に入り切らないよ。
だけど、身に付ける、という部分で考えると、紙は不向きだ。
私の構想としては、先生たちの馬車が襲撃にあった際、私に知らせがくるようにしたいと思っている。先生宅の馬車に何らかの陣を仕込み、それに対応する陣を私が持つ事によって襲撃を感知、即行で駆けつけるという方法にしたい。
その場合、私が持つ側の陣が紙で、従来通り鞄に入れているという状態だと、四六時中身に付けているというのが難しいのだ。主に入浴、トイレ、就寝といった場合に困る。サラシや下着の中に、という方法もあるけど、私は体を動かす事が多いので、確実に汗で滲み使いものにならなくなる。
そう考えた場合、紙では無く、木、もしくは金属で肌身離さず使える装飾品を作るという方向が良い気がするのだ。自分で作るのは無理だろうから、出来合いの物を買ってそれに刻むつもりだけど。描くだけだとやっぱり汗や水でアウトだろうから、刻む方が良いんじゃないかと思う。
となると、その時点で金属は除外。複雑な陣を金属に刻むほどの技術、身に付けるのにどれだけ時間がかかるか分かりゃしない。そこまでやったら私、別の職人になっちゃう。パン職人以外は目指して無いよ。
まずは、木に描くのではなく刻んだ陣がきちんと発動するのか、という検証からスタート―――するのに時間がかかった。
素人には木に正確に刻むのも難しかったんですよ。舐めてましたすいません。
木の板を大量に購入し、それからは黙々と彫る練習の日々。
正直途中で、これ修行じゃない? 木工職人になっちゃわない? って思った。でも頑張った。褒めて欲しい。
てか、褒めてもらわなきゃやってらんないと思って、ちょっと上手く出来るようになったら父さんの所にダッシュ。存分に褒めてもらっては部屋へ戻り黙々と彫る、のループだった。途中でウザいとか言わない父さんって、心が広いね。
リリックさんが肉塊について調査している間中、そればっかりやってた。遊んでたんじゃ無いよ、真剣だったんだよ!
2ヶ月かけて腕を磨き、寸分違わず木に陣を彫れるようになり、ようやく検証スタート。作成した陣を十枚ほど試行し、刻んだものでもまるで問題無く術が発動すると分かり、検証終了。検証は1日で終わった。……虚しくなんて無いさ。
そうやって調べものを(リリックさんが)したり、木工職人への道を歩……違う違う、陣の検証をしたり、先生のイベント完遂を防ぐための計画を練ったりというのを普段の生活と並行して行い。
忙しく日々が過ぎる中、その日は来た。
「わあ、おめでとうございます! 楽しみですね! 姉様のお子さんならきっと凄く可愛いですよ! 今、何か月なんですか?」
オルリア先生宅にて、姉様から「出来ちゃった♪」と愛らしく報告され、それは旦那さんに向けて言うやつじゃ……と思いつつも満面の笑みで祝福。
ついに来た、という緊張感や覚悟は微塵も表に出さない。更には必要な情報を自然に引き出そうとするこのテク。やるな私。……まぁただの普通の会話なんですけどね。
そうして聞き出したところによると、姉様は現在妊娠4ヶ月。という事は、臨月は6ヶ月後。
遅くても半年後には先生のトラウマイベントが発生し、結果が出るという事。当然、良い結果しか求めてないよ。兄様は死なせないし、先生を病ませたりもしない。
更に言うなら、臨月だった姉様のその後について、ゲームでは言及されていなかった。……って事は多分、碌なもんじゃ無いって事だろう。
つくづく私、ヒロインのポジションに転生してなくて良かったわ。そんな事になってたら、登場した時点でこの一家の鬱々としたイベントが終わっちゃってるって事だもん。
てか、乙女ゲーなのにこんな鬱設定盛り込まないで欲しい。制作陣、絶対病んでただろ。
そんな病みルート、私の手で断ち切ってやる。
―――と決意を新たにした私だったが、装飾品に陣を刻む難しさに、しばらくの間、死んだ魚のような目をする事になるのだった。




